第二十話 ~ 強化詐欺・推理編 ~
【アヤメside】
土下座する黒い物体に、ベッドに腰掛けてそれを見下ろす栗色ロングヘアーと茶色ツインテール。
それが、俺が部屋に入ったとき一番最初に見た光景だった。
……部屋、間違えたか?
いやいや、ちゃんとノックして「入って大丈夫か?」と確認して、しっかりとアスナとシリカの返事を聞いたんだから間違えてない。絶対に。
となると、これはあれか。
「今度はどんな無神経働かせたんだ?」
「私たちの返事を聞かずに部屋に入ってきました」
「アスナさんのアイテムストレージを盗み見…じゃなくて、奪い見てもいました」
どうやっても覆しようのない有罪だった。
「……《ハラスメント・コード》が接触だけで良かったな」
キリトに同情……ではなく、侮蔑の目を向けたあと近くにあった椅子に腰掛ける。
「二人とも、それくらいにしといてやれ」
「「……分かりました」」
「キリトも顔上げろ。今から大切な話をするんだから」
「……はい」
俺がそう言うと、女子二人は渋々といった様子で頷き、キリトは言葉の端に嬉しさを滲ませて答えた。
誠意を見せてか、正座のままではあるが。
「それで、アスナのウインドフルーレは……取り戻せたみたいだな」
「ああ。無事にな」
アスナの手に大事そうに握られている細剣を視界に捉える。
「キリト君に聞きました。私の剣を取り戻すために第一層まで行ってくれたみたいで―――」
「取り戻す担当はキリトだから、感謝はキリトだけにしな。俺はトリックを暴こうとしただけで何もしてない」
頭を下げようとするアスナに声で制止をかける。
「でも……ありがとうございました」
どんな言葉を並べても無駄だと思ったのか、アスナは俺がもう一度制止掛ける前に感謝の言葉を述べた。
「……感謝の言葉は要らない。その代わり、トリックを暴くのを手伝ってくれないか?」
「もちろんです。ここまでされて何もしないほど、私は大人しい子じゃありませんから」
少し冷たい言い方だったかと思ったが、アスナは気にした様子もなく笑顔で頷いた。
「私も、力になるか分かりませんけど手伝わせて下さい!」
すると、アスナの隣にちょこんと座っていたシリカが手を挙げて言った。
「ありがとうシリカ。―――さてと、じゃあ情報提供だな」
チラリとキリトに目配せすると、キリトは無言で頷いてネズハを追跡して得た情報を話し出した。
「先ず、アヤメの言ったとおりこれは《強化詐欺》だった。俺の目の前でそのウインドフルーレを取り出したし、その前にアスナの話をしてたから間違い無い」
「話してたってことは、誰か一緒に居たってことですか?」
「ああ。これもアヤメの予想通りだったんだけど、何人かのプレイヤーが一緒に居た。でも、なんというか、和気藹々って感じで脅されてる感じは無かったな」
「何人居たの?」
「ネズハ含めて六人だった」
「何か言ってたか?」
「《元を取る》とか、《ガンガン稼ぐ》とか」
シリカ、アスナ、俺の順に立て続けに出された質問に、キリトは淀みなく答えていった。
「でも、脅されてる訳じゃないなら、そもそも強化詐欺なんてしませんよね?」
「どうだろうな。普通のゲームなら割りとあったし、このゲームでも第一層で出遅れたプレイヤーが最前線に追い付くためにしないとも限らない」
キリトはシリカの問いに、溜め息混じりに否定した。
「あんなに嫌そうなのにですか?」
「う、うーん……」
間髪入れずに出されたシリカの質問に、今度は言葉に詰まり曖昧に返した。
そのまま救いを求めるようにアスナを見上げるが、アスナも頭を悩ませていた。
「……まあ、強化詐欺を実行した動機については今は置いておこう。ネタが上がったら、そのとき自白して貰えばいい」
そう言って無理やり終了させる。
全員の顔を見て確認すると、一様に頷いてくれた。
「キリト、他には何かあるか?」
「いいや。これで全部だ」
「じゃあ、次は俺の番か」
少しの間を置いて、皆が耳を傾けたのを確認してから話し出す。
「先ず、強化ペナルティに《武器消滅》は存在しない」
俺を除く三人、特にアスナは安心したように息をついた。
「だが、強化で武器が消滅することはある」
「「「はい?」」」
一転して、全員の顔に戸惑いが浮かんだ。
一度は《無い》と言われたのに、直ぐに《有る》と言われたのだから無理もないだろう。
「えと、意味が分からないんだけど……?」
「武器にはそれぞれ《強化試行上限数》が設定されているだろう」
ここで重要なのは、《強化上限数》ではなく《試行上限数》であると言うところだ。
《試行》とは、そのまま《試しに行う》という意味。つまり、このゲームでの強化は《いくつまで強化できます》ではなく《何回までなら強化に挑戦出来ます》と言う意味になる。
成功しようが失敗しようが、強化を行ったのならそれはカウントされる。
だからこそ、昼間の三本ツノの男はあんなにも激怒していた訳だ。
「では、試行上限数を越えてまで強化した場合。それはどうなると思う?」
俺が皆に問い掛けると、少しの黙考の後、何かに気付いたらしいアスナが顔を上げて答えた。
「もしかして、《消滅》するんですか?」
「正解。ルールを無視したんだから、相応のペナルティだな」
「でも、それがどうかしたんですか?」
どうしてこんな話をするのか分からない、といった様子のシリカが頭に疑問符を浮かべて尋ねてきた。
「……この強化詐欺の《トリックの一つ》ってことか?」
「また正解」
全く、勘がよろしいことで。
俺がその可能性に気付いたのは、もうちょっと時間が掛かったのにな。
「エンド品を強化することにより発生する武器消滅は、プレイヤーに《武器がこの世界から完全に消滅した》と錯覚させるためのものだ。で、ここまでくれば詐欺の手口は分かる」
「じゃあ、これで事件解決ですね!」
と、嬉しそうな声でシリカが言った。それに同調するように、キリトやアスナも笑顔を浮かべる。
その中で唯一、俺は溜め息をついた。
「残念ながら、まだ解決してない」
一か所、どうしても解けないところがあるのだ。
「強化の際、ストレージ内のエンド品とすり替える。それによってすり替えられたエンド品は消滅し、本物は自分のストレージの中。これが詐欺の大まかな流れ。すり替える方法は、強化素材を炉に流し込んだときのライトエフェクトを使って、ミスディレクションの様な現象を引き起こす。あれだけ強い光なんだから、不可能ではないはずだ」
自分で言うのもアレだが、なかなか的を射ている推理だと思う。
目の前の三人も、推理自体に矛盾を感じていないようだった。
「問題はな、《ライトエフェクトの発生時間》だ。手伝って欲しいのはここからなんだよ」
「えーと……?」
「シリカ、俺が《スタート》って言ったら時間を計ってくれないか?」
「はい。分かりました」
シリカの返事を聞いた俺は、右手を振ってウィンドウを開き、アイテム欄に切り替える。
その後、ウィンドウを指でタップして表示位置を移動させた。
俺が左手を垂らしたとき、自然とその真上になる位置にだ。
最後に、腰に挿してあるハームダガーを左手で鞘ごと外し、ぶら下げた。
その様子を見て、俺が何をするのか察したらしい三人は息を呑み、シリカは時計を、キリトとアスナは俺の動きを注視した。
「いくぞ。―――スタート!」
叫んだ直後、左手の短剣をウィンドウに落とす。
ウィンドウに触れた瞬間、短剣は光の粒を散らしながら消滅してストレージの文字列となった。
俺はすかさずそれをタップし、浮き出たメニューからオブジェクト化を選択。
再度のライトエフェクトを伴い実体化した短剣を左手で掴み上げた。
「何秒だ?」
顔を上げてシリカを見ると、俺が何を言いたいのか分かったのか、残念そうな眼と視線が交差した。
「約2秒です」
「これを見てどう思う?」
今度はキリトとアスナに視線を向けると、二人はそっと頭を横に振った。
「現象としては似てますけど、決定的に遅すぎます」
「だろ?」
「でも、練習すればなんとか……」
「それでも出来ないよ。ウィンドウに出し入れする時、かなり派手なエフェクトが出ただろ? 流石に、このエフェクトじゃ強化素材のフラッシュで誤魔化せない」
「それに、二回あるものね」
「それに、あのカーペット上のアイテムでウィンドウを隠したとしても、ウィンドウが自動でアイテムを回収するからそもそも不可能なんだ」
「そう、ですか……」
溜め息混じりのシリカの声を聞きながら、俺はウィンドウを消去して椅子に座り直した。
【シリカside】
「短時間で完了して、尚且つ地味。これを満たさないとな」
椅子に座り直したアヤメさんは、悩ましそうに頭を抱えて言った。
「短かい、ですか……」
アヤメさんの呟きを聞いて、私は何か引っ掛かるものを感じた。
なんだろう、このモヤモヤした感じ。どこかで見たような気がするんだよなぁ……。
「……あ、そう言えば。エンド品はどうやって集めてるのかな?」
「それなら自力で作ったり、いらないって人から買ったり貰ったりすればいいだろ」
「確かに、昼間の三本ツノからアニールブレード買い取ってたな」
「……そんな大事なことをなんで今になって言うんだ」
「いや、だってあの時はこんなことになるとは思ってなかったし」
「まあ、今はすり替えのトリックだけ考えような。シリカ、なんか思い付くことは無いか?」
「えと、ちょっと思い当たることが……」
「本当か?」
「へ? あ、いやなんでもないです! 」
突然アヤメさんに話しかけられ、無意識のうちに返事をしてしまった私は、慌てて否定した。
ハッキリ思い出せていなかったし、的外れのことを言ってアヤメさんに呆れられるのが嫌だったからだ。
それに、さっきの会話にだって追い付くのがやっとだった私の考えが当たっていいるとも思えない。
役に立たない自分を、悔しく思う。
「本当のことを言ってくれ」
しかし、アヤメさんは私の咄嗟の嘘を見抜いていたようだった。
「えっと……」
「間違えとか気にするな。俺たちが挑戦してるのは前代未聞の《正解が分からない》難題なんだから、どんどん意見を出すことが大切」
「そうだぜシリカ。俺とアスナなんて、思い当たることもないんだからな」
「それ、自慢げに言うことじゃないよ?」
そんなキリトさんとアスナさんの掛け合いに、思わず微笑した。
アヤメさんは呆れたように息をついていた。
「まあ、とにかくそういうことだ。それに昼間も言っただろ。自信を持て」
そうだった。悔しくて立ち止まるのはもう辞めるって決めたんだった。
なら、ここで有言実行しなきゃダメだよね。
「……って、昼間?」
不意に、体中に電撃が走るような感覚がした。
昼間って、何があったんだっけ?
確か、アヤメさんと合流して、フィールドで少しモンスターと戦闘して、褒めて貰って、強化素材を集めにウインドワプスを狩りに行って――――
「―――っあ! 思い出した!」
そうだよ。あれならほんの一瞬で、しかもエフェクトがほとんど無い!
「どうしたんだ?」
瞳に戸惑いの色を浮かべるアヤメさんたちに向かって、私は少し興奮気味に話し出した。
「アヤメさん! 昼間のアレなら、短い時間でそれも目立たずに出来ますよ!」
「あれ?」
「ほら、あのウインドワプスを空中で倒した時のです! 《武器から素手》だけじゃなくて《武器から武器》に出来ればですけど」
「………」
私がそこまで言うと、アヤメさんは目を閉じてその時のことを思い出そうとした。
キリトさんとアスナさんは、何のことか分からないようで首を傾げていた。
そしてしばらく経過すると、アヤメさんは目を開いて無造作に手を伸ばし、
―――ぽふっ
私の頭に手を置いて、無言で撫で始めた。
「ふえ? あ、あの、アヤメさん……?」
突然のことに呆然としていると、今度は頭を撫でる手を後頭部に回し、ギュッと抱き締めながら撫でた。
「え? ええ!? あ、ちょ、ちょっとアヤメひゃん!?」
一瞬にして、顔が沸騰するように熱くなった。
(あの、キリトさんとアスナさんが見てるんですけどッ!?)
と、声にならない声で叫んでいると、スッとアヤメさんが離れていった。
そこに一抹の寂しさを感じて、そう感じた事実に恥ずかしくなり俯く。
「シリカ、お前天才だな」
私が俯いてもじもじしていると、心底感心した様子のアヤメさんの声が耳に届いた。
「《灯台下暗し》とか当にこのことじゃねえかよ。何で気付かなかったんだよ俺、恥ずかしい……」
顔を上げてみると、左手で顔を隠し恥ずかしそうにしているアヤメさんが目に映った。
「あの、どういうことなんです?」
状況に付いて来れていないアスナさんが、少し申し訳無さそうにアヤメさんに尋ねた。
「すり替えのトリックのタネが、俺がよく使ってる《強化オプション》だったんだよ。詳しく説明してやるから、少し待ってくれ」
目を凝らしてよく見ると、アヤメさんの耳はほんのり朱くなっていた。
数分後、耳の赤味が失せたアヤメさんは、私の思い付いた新しい方法を使いさっきと同じことをしてみた。
結果、その時間は1秒と掛からず本当に一瞬で終わってしまった。
「すごい……これなら、フラッシュの間にすり替えられる」
アスナさんが目を見開いて感心た様子で呟いた。
「それに、これが同じ武器だったとしたら、注意して見なかったら全然分からないな」
アヤメさんの握るアニールブレードを見つめながらキリトさんが言った。
アヤメさんは、武器が変わったのを分かりやすくするために、仕舞う武器と取り出す武器を違うものにした。
それなのに、短い白刃のハームダガーが、その倍の長さはある黒刃のアニールブレードに変化した瞬間を捉えることはほとんど出来なかった。
「お手柄だなシリカ」
「い、いえ、本当に偶然ですから」
謙遜する私に気にせず、アヤメさんは「よくやった」と言いながらもう一度私の頭を撫でた。
「これで、トリックは完全に見破れたってことね」
「正直、俺、これ考えたヤツは天才だと思う」
緊張を解いて、欠伸をしながら言うキリトさん。
「じゃあ、さっさとネズハのところに行って、事件解決しようぜ」
そのまま、伸びをしながら立ち上がり屈伸運動を少ししてからドアに向かって歩きだした。
「キリト、それはまた明後日。しかもお前じゃダメだ」
しかし、アヤメさんはそんなキリトさんを呼び止めた。
「どうして?」
「今頃、向こうはウインドフルーレが無くなってることに気付いてるはずだ。警戒して、少なくても一日は店を開かないはずだ」
「それに」とアヤメさんは一言間を置いてから続ける。
「俺やキリトはネズハと顔を合わせているんだから、バレない為にもあと何度かは武器を詐取しようとしないはず」
「変装すればいいんじゃないですか?」
「ボイスチェンジャーがあればな」
私の意見を、アヤメさんは即座に否定した。
「……いやまあ、声を変える方法は思い付くけど、100%バレないとは限らないからな」
少し、しゅんとしていると、取り繕うようにアヤメさんはそう付け足した。
「じゃあ、どうするんです?」
「シリカにやってもらう」
アスナさんの疑問に、アヤメさんは何でもない顔でとんでもない爆弾発言をした。
「ええッ!?」
驚き過ぎて、私のチャームポイントとも言えるツインテールが逆立った様な気がした。
【あとがき】
以上、二十話でした。皆さん如何でしたでしょうか?
もう二十話ですよ。はやいものですね。
これがアヤメ君の推理力だ! や、少々無理やりなところもありますけどね。
いよいよ次回は《強化詐欺・解決編》です。なんか、ここまで来るのが妙に長かった気がします。
次回は、シリカちゃんが詐欺のトリックを可愛く解説してくれます(6割くらい嘘)。
そして最後に言いたい。キリト君が、話し合いの最中ずっと《正座》だったことを……
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二十話目更新です。
女子の部屋に突貫したキリト君はこってり絞られました(過去形)。
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