第十九話 ~ 強化詐欺・疑問編 ~
【キリトside】
こんな時間に道を歩いているプレイヤーは少ないだろう、と考え《索敵》スキルを発動させたのは正解だった。
アヤメと別れて少し移動すると、長さ一メートル半、直径十センチほどの筒状になったカーペットを担ぐネズハを見つけることが出来た。
そして今、発動スキルを《索敵》から《隠蔽》に切り替えた俺は、建物の屋根の上を忍者のごとく移動しながらネズハを尾行している。
……そういえば、ベータテストのとき忍者ギルドがあったような……《フウガ忍軍》だっけ?
そんな頭に浮かんだどうでもいい考えを直ぐに振り払い、俺はネズハの動きを注視した。
ネズハの足取りは重く――彼がアヤメの言う通り《強化詐欺》の犯人だったとしたら――《ウインドフルーレ+4》という大物を手に入れた後には見えなかった。
やっぱり、誰かから脅されているのか?
そんなことを考えていると、ネズハが一軒の酒場の前に立ち止まった。
僅かに躊躇してからネズハは酒場の扉を開けた。
「よーネズハ! 今日は早かったじゃねえか!」
扉を開けた途端、酒場の中からネズハに呼び掛ける男の声がした。
「う、うん。ちょっと色々あってね」
ネズハはそれに返事をしながら酒場の中に入っていき、扉を閉めた。
ウルバスの街に、夜の静寂が舞い降りる。
「……どうしよ?」
SAOの扉がある建物は完璧な防音効果を誇っている。
要するに、外からは中の音が完全に聞こえないなのだ。
扉さえ閉まっていれば、それが障子であろうと窓が開いていようとそれは適用される徹底ぶり。
そのため、店内の会話を聞くのに一番いい方法は自然と客を装って店内に入ることに絞られる。
しかし、俺の場合はネズハに顔が割れているのでそれは出来ない。
《聞き耳》スキルを上げていれば外からでも聞こえるのだが、現状、そんな趣味スキルを上げる余裕なんて無いためそれも出来なかった。
そうなると、俺が取れる行動は一つしかない。
俺は酒場の扉にそっと近付き、扉をゆっくり一ミリほど開けた。
耳を澄ますと、酒場の中の音が聞こえてくる。
あとは、気付かれないようにするだけだ。
「グーッと行けよネズオ! どうせこっちじゃ酔わねーんだからさ!」
そのセリフの内容とは逆に、声の主はかなり出来上がっているようだった。
リアルでも雰囲気で酔っ払うことはあるらしいが、それはこっちでも同じらしい。
音だけでは仲間のキャラクター構成が分からないので、俺はちょっと危険を冒し、スイングドアの上部からほんの一瞬だけ中を覗いた。
店内にはプレイヤー集団は一つしかなく、ネズハを含めて六人いた。
ネズハ以外の五人は全員が革や金属の防具をまとう戦闘職だった。
別に、可笑しなところは無い。
そこまで確認して、俺は直ぐに顔を引っ込めた。
直後、喝采や拍手が響いた。
それにしても、この和気藹々とした雰囲気はどう考えても《一日の健闘をねぎらう仲良し集団》である。
とても《強化詐欺》をするような集団には見えなかった。
「アヤメの邪推が過ぎたかな……?」
聞こえないように、少しの悔しさを滲ませて呟く。
結局、全部ただの偶然だったのか……。
そう考えた俺は、扉を閉めようとした。
そのとき、
「でも、アレはもう限界だよ……」
というか細いネズハの声が聞こえ、騒ぎが一気に沈静化した。
ネズハが続ける。
「これ以上は、もう危ないよ……それに、元はもう取れて……」
「何言ってんだよ? これからがんがん稼いで、二層の間にトップ連中に追いつこうぜ!」
元を取る? がんがん稼ぐ……?
「それに、今日の一番最後の人……女の子、なんだけどさ。その子、アレのせいで凄くショックを受けてたみたいで……」
そう言ってネズハが取りだしたのは、刀身が鋭く輝くウインドフルーレだった。
会話の流れからして、それは間違いなく《アスナのウインドフルーレ+4》だ。
「……ッ!」
酒場の中に飛び込もうとした体を、己の自制心で必死に抑え込む。
ここで殴り込んだとしても、この人数じゃ何も出来っこない。
それ以前に、あれがアスナのウインドフルーレだと第三者に示せる明確な証拠も無いんだ。
《そんなの言いがかりだ》の一言で一蹴されるに決まっている。
アヤメの「あまり急ぎ過ぎるな」という言葉を何度も思い浮かべ、心を落ち着かせる。
「……もう、大丈夫」
心を落ち着かせることに成功した俺は、中のプレイヤーたちに気づかれないよう静かに扉を閉めた。
「あれは間違いなく強化詐欺だ」
酒場から少し離れたところで、アヤメの直感に感服しながら確信を持って呟いた。
強化詐欺と言うことなら、ウインドフルーレを取り戻す方法は一つだけある。
問題は、時間なんだが……。
「げ、思ったより時間経ってる……!」
ネズハの尾行に時間が掛かったようだ。
直ぐにメニューからフレンドリストを開き、アスナの居場所を確認。
それほど遠くないところにある宿屋にいるようだ。
「間に合ってくれ!」
俺は宿屋に向かって全力で駆け出した。
【シリカside】
「アスナさん、大丈夫ですか……?」
「……うん。大丈夫だよ」
近くにあった宿屋に入ってから、ずっとこの繰り返しだった。
アスナさんはずっと《大丈夫》と言っているけど、今にも崩れそうでとても大丈夫そうには見えなかった。
自分の大切なモノが、目の前で跡形も無く消え去ったのだから無理もないと思う。
こんなとき、どうしたらいいんだろう……。
アヤメさんたちならこんな時、何を言うのかを考えてみる。
「……ありがとう。シリカちゃん」
私が頭を悩ませていると、アスナさんが伏せていた顔を上げた。
「私はもう大丈夫。キリト君が言ってた。いつかは他の剣に変えなきゃけないって。今回のは、それが少し早まっただけだよ」
さっきよりは気色の良くなった笑顔を私に向け気丈に振る舞っているけれど、アスナさんの目は私に悲しみを訴えかけていた。
「……ウソ、つかないで下さい」
「シリカちゃん?」
無意識のうちにそう呟いていた。
その一言を皮切りに、次々と言葉があふれ出てきた。
「アスナさん、『キリト君から貰った大切なものなんだ』って言ってたじゃないですか。それなのに、好きな人から貰ったものなのに、そんな簡単に諦めちゃっていいんですか? キリトさんへの想いはその程度なんですか?」
「………」
アスナさんのはしばみ色の瞳から一切目を逸らさず言うと、綺麗な栗色の髪が左右に揺れた。
どっちに対しての否定かは分からない。
でも私は、両方への否定だと思えた。
「だったら、そんなウソつかないで下さい。我慢なんてしなくていいじゃないですか。ここには私しかいませんからね」
キュッとアスナさんの手を強く握りしめる。
「それに、少しくらいは私に甘えて下さい。たった三日間ですけど、ずっと一緒だったんですから。……私、信用ありませんか?」
「いい…の……?」
アスナさんの瞳には、今にも零れそうなほどの涙がたまっていた。
「はい」
「ありがとうっ!」
「わあっ!?」
ガバッと勢いよくアスナさんに抱き締められた私は、アスナの胸に顔を埋める形になった。
突然のことに取り乱しかけたけれど、頭上から聞こえてくるかみ殺すような嗚咽を聞いて、落ち着きを取り戻せた。
泣き声を上げないようにしてるのは、私に情けないところを見せたくない、せめてものプライドなのかな?
そんなアスナを可愛く思った私は、そっとアスナさんの背中に手を回し、優しく背中を撫でた。
「大丈夫ですよ、アスナさん……」
きっと、アヤメさんとキリトさんが何とかしちゃいますから。
【アヤメside】
リズベットから重要な情報を入手し、フレンドリストの位置探索でキリト君たちを探したところ、皆同じ宿屋にいるようだった。
これは好都合と思いその宿屋に向かおうとしたとき、俺はまさかの《コルイート・マウス》とエンカウントした。
「誰が《
「いや、お前以外にいないだろアルゴ」
「さすがのオネーサンも傷付くヨ!」
「冗談だ」
いい情報を入手することが出来て少し舞い上がってる俺だった。
「……で、何かようか?」
アルゴが用も無しに俺の前に現れるとは思えない。
「残念ながら、今日は本当に偶然ダ」
「そうなのか」
アルゴに一声かけ早くキリトたちのところに行こうと走りだそうとしたとき、あることを思い付いた。
「アルゴ。ここ最近で装備の質が一番いいプレイヤー、もしくはパーティは?」
その言葉に耳聡く反応したアルゴは、フードの中にふてぶてしい笑みを浮かべて指を二本立てた。
ぶれないなと思いつつ、アルゴに二百コルを渡す。
「毎度あり。そうダナ……一点のみだったらアヤ吉の《ハームダガー+8》。総じて言うんだったら、攻略会議に参加してたあの三人組ダ」
「具体的にはどれくらいだ?」
「最低でも平均+6は下らない」
なるほど。武器ならそれくらいは普通だが、防具も含めてだったらそれは凄い。
流石の俺やキリトも、武器ばかり強化してるから防具の強化は+2や+3止まりだ。
それだけの強化をするには、それなりの金額も必要だしな。
「その三人組、コボルト王戦のときはどんなモンだったんだ?」
「そこから先は別料金だヨ」
少しはぶれろよと思いつつ、アルゴの手の平の上にコルを置く。
受け取ったアルゴはそれを懐に仕舞い込むと説明を再開した。
「残念ながら、いなかったとしか言えないネ。でも、逆を言えばオイラのおヒゲが興味を示さない程度だったってことダ」
何気に酷いアルゴのセリフに少し引きながら、俺は考えた。
―――おかしいだろ。
アルゴが興味を示さないと言うことは、誰かが情報を欲しがるような《有力パーティ》で無いことはもちろん、伸びしろのある《中堅パーティ》でも無かったと言うこと。
だというのに、強化の平均が《パーティ》よりコルを稼ぐのに効率のいい《ソロ》を凌いで現在トップ。
一度の強化に掛かるコルは決して安くない。
他のパーティメンバーがたった一人に工面すれば出来なくもない話だが、それが三人もいるとなれば一気に難しくなる。
さらに、強化にはペナルティも存在することを考慮すればその難易度はさらに増す。ぶっちゃけ、不可能なんじゃないかとすら思える。
一度の強化に掛かるコルは決して安くないのだから、いったいどこにそんな資金源があったというのだ。
現状を考えて、最も安全かつ効率的にコルを稼ぐのはアイテムを売却することなんだが―――――
「……まさか!?」
一つの道筋が見えた。
「急に大声出してどうしたんダ?」
キョトンとするアルゴを視界に捉えるや否や、俺はその肩に手を置いて逃がさないようにガッチリとホールドした。
「アルゴ、その三人についてと、他にパーティメンバーがいないかスクリーンショット付きで調べて欲しい。ただし、俺が依頼したと言う事実を伏せてだ」
「前者はいいとして、後者はオイラのモットーに反するナ」
「それは分かってる。でも、どうしても必要なんだ」
「ン~……ン――――!」
たっぷり十秒ほど唸ったアルゴは、俺の顔をチラッと見ると、「仕方ないナァ…」と呟きながら頭を振った。
「分かったヨ、その依頼引き受けた」
「ありがとう」
「でも、オネーサンがアヤ吉への私情を優先させたってコトは忘れるなヨ」
「わ、分かった……」
「じゃあナ」
突然の流し目に思わずたじろぐと、アルゴはニヤリと笑って夜の街に消えていった。
「さて、どこまで当たってるかな」
俺の勘が正しければ、その三人のパーティメンバーには少なくともあと一人居るはずだ。
【アスナside】
シリカちゃんを放したのは三十分くらい経った後だった。
その間ずっと泣き続けていた私にお姉さんとしての威厳なんて残って無いだろうけど、少し清々しい気分がした。
スッキリした、の方が正しいかもしれない。
「でも、アスナさんもやっぱり女の子なんですね。あんなに泣くとは思いませんでしたよ」
「ちょっと、ひどいよシリカちゃん。私をなんだと思ってたのよ?」
「鬼教官、でしょうか……?」
「へぇ~。もう一度会ってみます? その鬼教官に」
「うっ……ごめんなさい」
「冗談よ」
そんな訳で、少し心にわだかまりが残っているものの、私はシリカちゃんとの小さなパジャマパーティを楽しんでいた。
もう本当に大丈夫なのに、「今晩は一緒に居ますよ」と言って聞かなかったシリカちゃんは本当にいい子だと思う。
「そう言えば、キリト君とアヤメさんはどうしてるのかしら?」
「きっと、アスナさんのウインドフルーレを取り返そうと必死になってるんじゃないですか?」
「そうだとしたら、ちょっと悪いかな……」
と、そのときだった。
――――ドンドン!
「アスナ、俺だ!」
荒々しいノックと共に、慌てたキリト君の声が部屋の中に届いた。
「噂をすれば影ですね」
「そうね」
「ドア開けるぞ!」
私が返事をしようとした瞬間、ドアノブが回転しだした。
……って、ええっ!?
「ちょ、ちょっと待ってキリト君! 私たち今ほとんど――――」
下着みたいな格好なんだけど、と続ける前にドアが開け放たれ、黒いコートを着たキリト君が部屋の中に入ってきた。
「「き…キャアアアアアっ!!」
私とシリカちゃが反射的に悲鳴を上げるが、それはキリト君がドアを閉めたことによって外に漏れることは無かった。
キリト君は私たちに向き直って顔を赤くするも、直ぐに頭を振って私の方にズンズンと近付いてきた。
「アスナ! 時間がないんだ。俺の言うとおりにしてくれないか?」
「は、はい!」
キリト君の剣幕に気圧されて、私は無意識にそう答えていた。
「まずウインドウを出して可視化モードにしてくれ」
「う、うん」
言われた通りにウインドウを可視化モードにすると、キリト君は私の隣に素早く回り込みウインドウを凝視した。
「よし! 第一条件クリア!」
「え? ええ?」
「次、ストレージ・タブに移動!」
その後も、セッティングボタン、サーチボタン、マニュピレート・ストレージと言われるままに次々とメニューの深い階層に移動していく。
そして、最終的に《コンプリートリィ・オール・アイテム・オブジェクタイズ》というボタンにたどり着き、キリト君は迷うことなく《イエス》を押した。
ん? んん……?
「ねえキリト君、《オール》ってどこまで……?」
私がそう尋ねると、《やり遂げた男の笑顔》を浮かべたキリト君は「コンプリートリィに全部。あらゆる、あまねく、なにもかも」と答えた。
次の瞬間―――。
さまざまなサウンドを部屋に響かせて、硬くて重い→柔らかくて軽いの順に私が所有する
当然その中には、今着ている下着みたいなものだけでなく、下着そのものもあった。………一番上に。
「な…なっ、なな、な……!?」
あまりの出来事に絶句していると、キリト君は「失礼」と一言断りを入れてその山を崩しにかかった。
「―――ッ!? き、キリト君は、あれなの? 殺されたい人かなにかなのかな? かなかな?」
「まさか!」
羞恥心やら怒りやら悲しみやらなにやら、いろいろな感情がごっちゃになって目が回ってきた。
もう何が何だか分からない。取り敢えず、この目の前の私のアイテムを漁ってる失礼極まりない黒い物体は殺そう。うん、そうしよう。
腰に手を持って行って、今は武器を装備していなかったと気付いた私は、代わりとして近くにあった花瓶を手に取った。
一歩一歩、確実に駆逐するために気づかれないようにゆっくりと近づいていく。
「あったアアアア!!」
黒い物体が私のレンジに入った瞬間、その黒い物体は勢いよく立ちあがり何かを掲げた。
「あ……」
黒い物体……もとい、キリト君が掲げた物を見て、私は言葉を失った。
銀色に輝く、キリト君の片手剣と比べて圧倒的に刀身の細い剣。
その細剣は間違えなく、一時間前に砕け散ったはずのウインドフルーレだった。
「う…そ……」
「本当だよ。ほら、アスナ」
キリト君から手渡されたそれは、今まで使い続けて手に良く馴染む重さだった。
―――本物だ。この剣は、間違えなく私のウインドフルーレだ。
「よかった…よかったよ……」
その剣を抱きしめて、私は大粒の涙を流した。
「あの、しんみりしてるところ悪いんですけど、まずはこれをどうにかしませんか?」
と、本当に申し訳なさそうなシリカちゃんの声が耳に届いた。
シリカちゃんが指さすそれは、床に散らばった私の下着…る…い……。
「い…っ、イヤアアアアアアアアアッ!?」
「ゴハッ!?」
羞恥で頭が一杯になり、キリト君に《リニアー》を放ってしまった私は悪くないと思う。
【あとがき】
以上、十九話でした。皆さん、如何でしたでしょうか?
文章量が話が進む毎に増えて言っていますorz
最初は2000文字くらいだったのに、今はあとがき合わせて6800文字だヨ……。おっと、移ってしまった。
個人的に、この話の最後のところは《プログレッシブ一巻》で一番好きなシーンです。
よかったねアスナさん。ウインドフルーレが戻って来て。
あとキリト、後で屋上来てね? 体育館裏でもいいけど。
さて、次回は《推理編》になります。ちょっとだけ、シリカちゃんが活躍する予定です。
ではまた次回!
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十九話目更新です。
ネズハを追跡するキリト君は、そこで何を見るのか。
リズベットの元から帰るアヤメ君は、誰と出会うのか。
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