「あー、また増えてるのー!」
「ちょっ、この数字はシャレにならんて」
最近、風呂あがりの沙和と真桜は騒がしい。隊長から教えられたへるすめーたーという、体重を測る天界の機械を真桜が作ってからだ。今も湯浴み着一枚を羽織り、へるすめーたーの上で悲鳴を上げている。
「むう、へるすめーたーは乙女の敵なのー」
「こうなったら眉裏の舞踏しかあらへんか?」
服をまとい、どんより暗い雰囲気で出ていく二人の背中を見つつ私は思う。適度な食事と適度な運動をしていれば太る事などないのだ。そう私のように。その証拠に私がへるすめーたーに乗った所で……
「……えっ!?」
明日から鍛練の量は倍にしよう。私は固く心に誓った。
「はっ!! やっ!! たあっ!! ……はぁっはあ……」
翌日。ひたすら庭を走り、拳の型を繰り返し、きっちりいつもの倍の鍛練を行った。さすがにきつい。
「お疲れさま、随分と気合が入ってたな」
膝に手を付き、息を荒げる私に隊長が声をかけてこられた。水瓶と椀を手にしている所を見ると、政務の合間の休息を庭で取るおつもりなのだろうか。
「隊長こそお疲れ様です」
「ああ、楽にして楽に」
失礼のないよう背筋を伸ばして答える私に、隊長は優しく微笑みながら水を満たした椀を差し出して下さった。
「えっ、あの?」
「見かけたのは途中からだったけど、あれだけ体を動かしたら喉が渇くんじゃないかと思ってね。急いで汲んで来たんだ」
「隊長……」
隊長はこういう方だ。誰よりも優しくて、私のような武骨者にも気を遣って下さる素晴らしいお方だ。
「……ところで、凪もダイエットか?」
芝生の上に並んで腰を下ろし、一息ついた所で隊長が言われた。
「だいえっと、とはなんですか?」
「えーと、美容を目的として痩せる事、かな」
ぶーっ!! 私は思わず口に含んだ水を吐き出してしまった。
「ち、違います! だいえっとなどではありませんっ!」
我ながら慌てふためいた口調だが、せめて頬は赤らんでいないと思いたい。
「そうか、すまなかった。真桜や沙和が痩せたい痩せたいと言っていたから、てっきり凪もそうだと思い込んでたよ」
「うっ!」
隊長の素直な謝罪が心に痛い。
「そうだよな、ダイエットとしては殆ど効果のないやり方だったもんな」
「えっ!?」
続いた隊長の言葉は、別の意味で心に痛い。半日近く続けたこの苦しさが、無意味だったと?
「あの、隊長? 沙和や真桜の為にお聞きするのですが、効果的なだいえっとというのは、どういうものなのですか?」
私の精一杯の誤魔化しに気づいているのかいないのか……たぶん気づいているのだろうけど……隊長は笑顔でこう答えて下さった。
「短時間で激しい運動をすると、筋肉は鍛えられるけど脂肪は燃焼しにくいらしいよ。痩せる為の運動なら、むしろしっかりと呼吸をして汗ばむまで歩き続ける方がいいって聞いたことがある。あと唐辛子を食べるのも、脂肪の燃焼にはいいみたいだな」
「なるほど! では今日の夕食からは唐辛子ビタビタから、ビダビタビタビタに格上げを!」
「いや、辛い物食べ過ぎるのは体に毒なだけだから! ……ああ、もうそんな捨てられた子犬みたいな顔しない」
私は余程落ち込んだ顔をしていたらしい。隊長は私の頭を優しく撫でてくれた。気持ちいいし嬉しいが……犬扱いされてる?
「じゃあダイエット頑張れ……じゃなくて、頑張れと沙和と真桜に伝えておいて」
「はい、ありがとうございます」
立ち去る隊長の背中に向け、私は精一杯の感謝を込めて頭を下げた。
それから私のだいえっとの日々が続いた。時折様子を見に来て下さる隊長から授けられた知識に従い、食事から塩分と油分を減らし、毎日一刻は歩き続け、間食は我慢し。時には隊長に閨に呼ばれ、そこで汗を流し……あ、いやいや。
ともかく、つらく厳しい日々だったのだ。
そして一月後。
「凪ちゃんは変わらないのー、むしろ痩せてるのー」
「うちらがこないつらい思いして痩せんのに、ひどい裏切りやで」
賊討伐に出ていてしばらく顔を合せる事がなかった、沙和と真桜が脱衣所で詰め寄ってくる。入浴中からやけに不機嫌な様子でこちらを見ているかと思えば、戦の最中もだいえっとを続け、しかもそれが上手く行かなかったのが理由らしい。
私は静かに言ってやる。
「私は食べた分、しっかり体を動かしているからな」
私だって努力して痩せたのだ、これくらいの優越感には浸ってもいいだろう。
「凪ちゃんの裏切り者―!!」
「あほー、ヘソ噛んで死んでまえーっ!!」
二人の叫びを背に受けつつ、私は微笑みを浮かべながら脱衣所を立ち去った。
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作中ではただ太らないと言っていた凪ですが、実は努力しているのでは? と思い書いてみた作品です。