No.515848

学園黙示録~とりあえず死なないように頑張ってみよう~ 3話

ネメシスさん

3話です

2012-12-07 09:13:12 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:7187   閲覧ユーザー数:6991

 

 

 

『全校生徒に連絡します!校内で暴力事件が発生中です!生徒は先生の指示に従って避難してください!』

 

校内に流れる放送を聞きながら、俺は長い廊下を走り続ける。

 

(まったく、ほんといきなりだな! 前情報があっても焦るってマジで!)

 

内心舌打ちしつつも、しかし俺はそういうほど焦っていなかった。

確かに校門で悲鳴を聞いたときに一瞬ビクッとしたが、それでも本当に一瞬だけだ。

なんたって、今まで何度も何度もイメージしてきたんだ。

いざという時に焦らないように、取り乱さないように、何度も何度もイメージしてきた。

だからこそ、俺は焦らない、ただイメージした通り、その通りに動けばいい。

昼の休み時間や放課後にだってルートを何度も往復した。

避難訓練のようなものだ、次に動くことが何かわかっていれば焦らずその行動に移ることができる。

……緊張で今にも胃が捻じれそうなくらいキリキリしてるけどな!

 

『繰り返します!校内で暴力事件が発生中です!生徒は先生のs『ガチャ!ガチャ!キーン……』……う、うわ!やめろ、やめてくれ!ひ、ひぃぃぃ!!!痛い!痛い痛い痛い!!助けてくれぇぇぇ!!!し、死ぬ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!……』

 

 

 

そうしているうちに放送されている声が悲鳴に変わり、そして消えた。

俺の走る音以外何も聞こえない。

恐らく現状を理解できず、脳内での処理が追いつかないのだろう。

パニック時にはよくあることだ。

っと、そうしているうちに俺も目的の場所についた。

ここは調理室、まぁ何をする場所かなんてのは今更説明することなんてないだろうが、もちろん調理をする場所だ。

そこに何をするために来たかというと、もちろん武器の調達と答えるしかない。

作中では永は拳で、麗はモップの柄で戦っていたが、はっきり言って≪奴ら≫相手に拳だと下手したら殴った時に自分の拳を負傷しそこから感染する恐れだってあるし、麗のようにモップの柄は俺としたら逆に使いにくいし邪魔にしかならないだろう。

だから俺は≪奴ら≫の動きが鈍いという特徴を逆手に取り、接近戦で確実に頭に一撃を与える。

確かに失敗すれば自分がやられる可能性もはらむ作戦ではあるが、むしろ慣れない長物を使う方が俺としては怖い。

……まぁ、作中のようにバッドをつかえれば一番いいのだが、俺自身もバッドの扱いには慣れているし。

しかし、それには一度教室の近くに行かなくてはならない。それだと、いざパニックを起こした時にこちらに来るのが遅くなってしまう。

バッドがあればいいのではと思うかもしれないが、バッドは振ることにより発生する遠心力を利用して打力とするものだ。廊下とかだといいかもしれないが、狭い場所に行ったり近距離に気付かれずに迫られていた場合の対処にはバッドでは対処できないところも出てくるのだ。

 

俺は調理場の引き出しから手ごろな鞘付果物ナイフを3本ずつ両方の学ランもポケットに突っ込む。

流石に鞘もなく抜き身の刃物を持っていくとこちらが危険だし、もうそろそろ来るだろう人波に流されてでもしたら他の人たちに刺さったりする可能性も高くさらに危ない。

ズボンのポケットにも入れたいところだが、下半身は動きが激しく知らない間にポケットから滑り落ちてしまう可能性もあるため諦めることにした。

 

 

 

『うわぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!』

 

(……ん? やっと動き出したか。慌てすぎ……とは言うまい、俺だって何も知らなかったら冷静な判断なんてできるか怪しいところだしな)

 

俺がほかに何か無いか物色している最中、ようやく動き出した生徒たちの悲鳴を聞きながら俺はさらに何か無いか探す。

ナイフがあるからと言って、手に何も持たないというのも心もとないからな、何か手に持っていても危険じゃないものはないかと、今度は戸棚を開ける。

 

(お、これはごますりの棒(大)じゃないか! よし、これを持っていこう)

 

戸棚を開けると、ごますり鉢や、するときに使う棒が並んでいる。

その中の一番大きい棒を俺は持っていくことにした。

長さは大体30㎝ほどで、どこか山から持ってきたものをそのまま使ったんじゃないかと思えるような歪な形の棒だ。

だが、長さ的にも太さ的にもそして何気に持ち易さ的にもかなりいい。

武器を決めると、早速次の行動に移す。

俺は調理場を出ると……

 

 

 

「ぎゃぁ!!や、やめて、食べないで!!!」

 

 

 

「来るな、来るなぁぁぁ!!」

 

 

 

「う、うぁ、うぅぅぅ」

 

 

 

予想していたような人波はなかったが、しかしそれを上回るような地獄がそこにあった。

人だったものが人を食い、さらに人だったものを生み出していく。

俺はそれに目を背けたくなるが、しかし背けてはいられない。

これからこれが当たり前の世界になる。

慣れるとまではいかなくても、目をそむけてはいけない、目を放している最中に襲われるということがないとも限らないのだ。

……ほら、今も俺が調理室から出てきたことに気付いた、近くにいた2体がのそのそと緩慢な動きで俺に近づいてくる。

俺はすり棒をベルトに掛け、ポケットの中にしまった果物ナイフを一本取り出し鞘から抜く。

すり棒を使ってもいいかもしれないが、どれだけの力でやれば倒せるかまるっきりわからないのだ。

作中の毒島先輩や“俺”は普通に吹っ飛ばしたりしてるけど、だからと言って俺もそんなにうまくできるとは限らない。

いや、作中以上に俺も野球でバッドの扱い離れているためやろうと思えばできるだろうがそれはバッドでの話。

このバッドよりも短い棒でどれだけやれるのか。

まぁ、近々試していけばいいかもしれないが、今はそんなに時間をかけている余裕もない。

だからこそ思い切り刺せばほぼ確実に突き刺さる果物ナイフを使う。

俺は果物ナイフを逆手に持って構えるとゆっくりと≪奴ら≫に向かって歩いていく。

だが、いざという時になり、緊張のせいだろうかどんどん呼吸が荒くなっていく。

今まで何度もイメージしてきたというのにこの様だ。

どっかの誰かも言ってたな、実戦と訓練とじゃ別物だと。

 

(落ち着け、相手はあんなに遅いんだ。焦らなければ失敗なんてしない!)

 

近づくごとにどんどん荒くなる呼吸を何とか抑えようと、冷静さを取り戻そうと、何度も何度も落ち着けと自分に言い聞かせる。

目の前には一体目の奴が俺に手を伸ばしている。

奴の手が俺に届くより早くその手を躱し、横側にスッと入り込む。

そして無防備になった奴の側頭部に逆手に持った果物ナイフを思い切り突き立てた。

 

手に伝わってくる肉を切り裂く感触が、骨を貫く感触が俺に鳥肌を立たせる。

早くこの感触から抜け出そうと、刺さった果物ナイフを抜く。

すると奴は、まるで糸が切れた人形のようにその場にすとんと力なく倒れ、そのまま動かなくなった。

俺は一瞬安堵感に包まれたが、すぐに気持ちを切り替える。

もう一体、俺に近づいてきている奴がいる、それを思い出しナイフを構え二体目と対峙する。

あとは、一体目と同じだ。

相手の横側に入り、側頭部に一撃、それで一体目と同じように倒れ伏す。

しかし、まだ油断できない、今の倒れる音はそれほど大きくなかったが、それでも奴らは音に反応する。

どれくらいの範囲までの音を聞き取ることができるかはわからないが、油断はできない。

俺は周囲を見渡すと、幸いにも俺がいる廊下には他に≪奴ら≫はいなかった。

遠くの方から悲鳴やら叫び声やらが聞こえてくるから、恐らくその音を察知してそちらに向かっているのだろう。

今のところに危機は脱したようで、俺は思わず深い溜息を吐いた。

ふと、ナイフを持っていた手を見ると大量の汗がにじんでいた。

想像していた以上に緊張していたようだ。

ナイフについていた血を倒した≪奴ら≫の服で拭き取り、鞘に戻した。

そうしたところでやっとひと段落……と思ったら、胃から何かが食道を通って上ってきた。

俺は思わず口を押え廊下の端にしゃがみ込み、その上ってきたものをすべて吐き出した。

 

「う、ゲホッ、ゲホッ! ウェェ」

 

今まで張りつめていた気が一気に抜けたからだろう、昼に胃に入れたものをすべて吐き出してもまだ嗚咽は止まらず、胃液を吐きだし続ける。

しばらくすると、ようやく収まってきたようで、口の中に残った気持ち悪い味のする液を唾液とともに吐き捨てる。

 

(……流石に、きつい。相手がもう人じゃないってわかってはいるんだが、それでも人の形をしたものだからな)

 

まだ口の中が嫌な味がするが、そのまま黙っているわけにはいかない。

俺はその場から立つと、周囲を確認した。

少し目を放していた内に≪奴ら≫に近づかれてやられていましたじゃたまったものじゃない。

周囲を見ると特に俺に向かってきている奴はいないようで、少し安心する。

 

(……っと、安心してる場合じゃないな、早くいかないと……って、あれは!?)

 

俺がまた走り出そうとしたとき、ふと外にある校舎と校舎をつなぐ連絡通路が目に入った。

そこにいたのは俺の友達の永と、俺の幼馴染の麗。

しかも、今そこにいるのは二人だけじゃなくもう一人、この学園の先生のようだ。

その先生を麗が棒で突いたままの形でしゃがみ込み、その後ろから永が羽交い絞めにしている様子が見えた。

 

……そして

 

(……って、まず!)

 

俺はその様子を見て慌てて走り出した。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

俺たちが連絡通路を通り向かいの校舎に移ろうとしたとき、現国の脇坂に出くわした。

しかし、脇坂の様子はいつもとまるっきり変わっていた。

肌の色が変色し、目が白く濁っている。

こちらが様子を見ていると、脇坂はありえないほどに口を大きく開き、近くにいた麗の方に向かって迫ってきた。

麗も最初は脇坂の姿に驚愕し身が竦んでいたのだろうが、どうにか吹っ切り持っていたモップの柄で得意の槍術を繰り出し、見事奴の心臓に渾身の突きを繰り出した。

どんな人間であろうと、急所への攻撃を決められたらそこでお終いだ。

殺してしまっただろうが、しかしこれは正当防衛だし更にこんな緊急事態だ、いくらでも言い訳はつく。

俺は、そう考えていた。

 

……しかし

 

「……え、うそ!?」

 

麗の声に俺は考えを中断して見てみると、なんと心臓を突かれ死んだと思っていた脇坂が動いていた。

それはあまりにも緩慢で、しかしそれはあまりにも人間にしてはあり得ない力で突き刺さった棒ごと麗を通路の端に叩きつけた。

俺はあまりにもありえない出来事に一瞬呆然としてしまい、麗の悲鳴とともにはっと我に返る。

脇坂は棒が突き刺さったままにもかかわらず麗に食らいつこうと迫っているのに対し、麗も負けじと棒をつかみ脇坂に近づかれないように必死に押し返している。

 

「な、なんで動けるのよ!」

 

「くっ!」

 

俺は麗から引き剥がそうと脇坂を羽交い絞めにして無理やり引き剥がした。

 

「麗!今のうちに引き抜け!」

 

俺の声にこたえ、麗は一気に棒を引き抜く。

これで、麗は大丈夫だ。

……しかし、そこで安心はできなかった。

 

「ギ、ギギ、グギギギギギ!」

 

「な!? こ、こいつ、なんでこんなに力が!?」

 

脇坂は今度は標的を俺に替えたようで、羽交い絞めにされているにもかかわらず無理やり首を俺の方に向けてきた。

俺はこちらを向けないように側頭部を抑えたが、それでもその圧倒的な力を抑えるきることはできなかった。

徐々に、徐々に、脇坂の首は俺の方を向いて、脇坂の大きく開かれた口が俺の腕に近づいていく。

 

「く、くそぉ!」

 

「永ぃ! 永から離れて! 離れてよぉ!!!」

 

麗が棒で突き、その尖端は脇坂の肉を突き破るが、しかしそれでも脇坂は苦痛を感じた様子はなく、力が緩まることはなかった。

 

 

 

……そしてついに

 

 

 

「ガゥ!(ガッ!)」

 

「……え?」

 

「ふぅ、間一髪!」

 

脇坂の歯が、俺の腕に届くことはなかった。

脇坂の口に差し込まれた一本の棒、そして俺や麗にとって聞きなれた声が聞こえた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

(やっべぇ、ほんとマジ間一髪だった! マジで焦った! マジでちびるかと思った!)

 

「「孝!」」

 

俺は永の腕に奴が噛みつく寸前、持っていたすり棒を口の奥にくわえさせる形で横から突っ込むことで、永の腕に噛みつくことを阻止したのだ。

しかし当たり前であるがまだ安心なんてできない。

すり棒を噛む力に耐えきれず歯がバキッと折れる音が聞こえているというのに全く力を緩めない。

歯が折れているというのにあまりにも噛む力が強く、すり棒がみしみしと音を立て、いつ折れるかわからなくかなり怖い状態だ。

 

「永! とりあえずいったん離れろ!」

 

「あ、ああ!」

 

永が腕を放した途端自由になった奴の腕が今度は俺に伸びてくるが、そんなことはもちろんわかりきっている。

俺はすぐに後ろに下がりその腕を回避すると、ナイフを構え先ほどと同じように相手の横に入り側面に突き刺して行動を停止させる。

ナイフについた血を拭き取り鞘に収めると一息つく。

それとともに、俺の中には一種の達成感にも似たものを感じた。

友達を死なせないで済んだこと、幼馴染を泣かせないで済んだこと。

それが、俺の中で喜びとして満ちていた。

だが、それをいつまでも味わっているわけにもいかない。

 

「孝」

 

永が俺に近づいてくる。

一緒に麗も来るが、やはりどこか余所余所しい。

まぁ、それは時間が解決してくれることだろう、今はまず生き残ることだ。

 

「永、無事だったか? どこも噛まれてないか?」

 

「え、あ、あぁ、孝のおかげでどこも怪我することなかったよ、ありがとう」

 

「いや、無事ならそれでいいんだ」

 

流石に、助けたと思ってやっぱり手遅れでしたなんてことになったら絶望感がたまらないことになりそうだからな。

とりあえずそれは置いといて、≪奴ら≫についてわかってることを簡単に説明した。

 

「……そっか、噛まれただけで」

 

「あぁ、だから絶対噛まれないようにするんだ。もしものことがあって、俺や麗に大切なやつを殺させてくれるなよ」

 

まぁ、永は頭のいい奴だ。

さっきは≪奴ら≫について何の情報もなかったからあんな取っ組み合いなんて言う愚行に及んだのだ、わかっていたらそんなことをしようとは思わないだろう。

そういうわけで、何も武器がないのは大変だろうから、俺の持っているナイフを2本ずつ永と麗に分けてやった。

麗も長物はなれてるから、説明した今なら頭部を攻撃するようにするだろうけど、いかんせん尖端の金具はそれほど長くはなく一度突いただけで倒せるかわからない。

もし倒せなかったとき、接近を許してしまった時にナイフはあった方がいいだろう。

……さてと

 

「それじゃ、俺は行くから」

 

「え、ちょ、待てよ!」

 

永が二人から離れていく俺の腕を掴む。

大方一緒に行くと思っていたんだろう。

……まぁ、普通に考えてだれでも思うよな。

だけど、二人には悪いが、どちらかというと俺一人の方がいいのだ。

別に二人が足手まといだというつもりもないし、二人がいれば俺も安心できる。

……だが

 

「悪いが、俺はここで別行動する」

 

「なんで! そうだ、屋上、屋上に行こう! みんなで救助が来るまで立てこもるんだ!」

 

「いや、救助が来ることは考えない方がいい」

 

「ちょ、どうしてよ! なんで救助が来ないなんて決めつけるのよ!」

 

 

 

今まで黙っていた麗が突っかかってくる。

いや、別に決めつけているわけじゃないんだが、まぁほぼ来ないと思って間違いないだろう。

 

「ここがどういう感じにできてるか覚えてるか? 町と比べてかなり高いところにできている。そんな高いところにまで≪奴ら≫がいるってことは?」

 

「ッ! ≪奴ら≫が町の方でもあふれかえってる可能性がある、ってことか」

 

「まぁ、俺はそう思うってだけだけどな。でも、仮にそれが当たってたら、救助隊もあちこちでてんやわんや。簡単に救助に来てくれることはないだろうぜ」

 

「そ、そんな!」

 

「だから、お前らは屋上に行くよりも職員室に行ったほうがいいと思う。職員室には先生たちの車とかのカギが沢山あるはずだ。車があれば自力で脱出できる可能性もあるだろ?」

 

俺の言葉を聞くと永はなるほどといったように頷く。

先ほど俺の話を聞き落ち込んでいた麗も目に見えて明るくなる。

うん、やっぱり女の子は落ち込んでるよりは笑ってた方がいいね。

 

「だけど、どうしてそれと孝が別行動することにつながるんだ?」

 

まぁ、流石は永、そう来るよな。

 

「俺はちょっと工作室に行ってくる、あそこにはたぶん林先生がいるから」

 

というか、ほぼ間違いなくいる。

あそこは林先生も自分で間違えてかどうかはわからないが「私の部屋」といっていたくらいだ。

家にも帰らないで工作準備室に寝泊まりすることもしばしばあるといっていた。

林先生にはいろいろと世話になった、先生がどうなってるにしろ俺としては一度行かないと気が済まない。

……と、いうのもこの二人と別れる理由の一つではあるがな。

 

「だったら俺たちも!」

 

「さっき言ったよな、車があれば自力で脱出できる可能性があるって。俺でさえ気づいたんだ、他に気付いたやつがいてもおかしくない。お前らは職員室に行ってそいつらと合流して脱出しろ」

 

「……お前はどうするんだよ」

 

「俺はさっきも言ったように工作室に行く。そのあと一応俺も職員室に行くつもりだけど、そっちが準備できたら俺のことは待たなくていい」

 

まぁ、本当はいかないが。

そうでも言わないとたぶん納得しないだろう……言っても納得してないようだが

 

「いや、それは」

 

「これは俺の我儘なんだ、俺の我儘にほかの人たちを巻き込みたくはない。それに、俺はこんなところじゃ死なない!

二人の結婚式で友人席でスピーチするまでは死んでも死にきれないって!」

 

「ち、ちょ!?」

 

「孝!?」

 

少し茶化したすぐ赤くなり、二人で目を合わせると恥ずかしくなったのかすぐに目をそらしてしまう。

まだまだ若いな、そう思いながらもやっぱりこの二人ならきっとうまくやっていけるだろうと確信した。

 

「だからさ、安心……はできないかもしれないかもしれないけど、俺を信じて行ってくれ」

 

「……孝」

 

永は俺の言葉に俯き考え込んでしまう。

麗はそんな永を不安そうに見つめている。

まぁ、永なら俺の言っていることを理解してくれるだろう。

団体行動の時、一人の我儘でほかのみんなを危険に巻き込むわけにはいかないし、仮にも永には麗という大事な恋人がいるのだ。

人というのは大事な存在ができたとき、その人を守るためにどんなことでもできるようになる。

確かに俺は永とは友達だ、しかし恋人と天秤に掛けたらどうなるかな?

……まぁ、どっちかなんてそう簡単に決められるわけないよな。

じゃなかったら今こんなに悩んではいないだろうし。

こんなに悩んでいるということは、俺のことも麗と同等に大切な存在だと認識しているということだ……そう思いたい。

 

「……孝、大丈夫なんだよな?」

 

そして、永の天秤は、最終的に麗に傾いたようだ。

まぁ、麗を選んだからと言って俺がどうでもいいというわけではないだろう。

むしろ、俺なら大丈夫だろうという信頼の証だ……そう思いたい。

 

「当たり前だ。さっきも言ったろ? 俺も死ぬつもりなんてない。どんなことになっても生き抜くって!」

 

だからこそ、俺はその信頼にこたえるために笑顔でそう答えた。

 

「……わかった。麗、行こう」

 

「え!? う、うん……た、孝!」

 

「ん?」

 

「し、死なないでよね!」

 

「……ああ!」

 

そう答えると、二人は職員室の方に向かって走って行った。

何度か俺のことを振り返ってみていたが。

まぁ、大切な人たちにここまで心配されたんだ。

ここで死んだらどんなに悲しまれるだろうか。

 

「さて、俺も行くか」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

工作室に行くまでの道のりはそれほど大変というわけでもなかった。

確かに何体か≪奴ら≫はいたものの処理しきれないほどではなかったし、少しまずいと思ったらちょっと走ればすぐに引き離せるほどに≪奴ら≫は遅い。

最低限囲まれず、1対1に持ち込めばほぼ間違いなく勝てる……慢心はいけないが。

さて、いざ工作室についてみると、扉は壊れていて何体かの倒れていた≪奴ら≫の頭には一発ずつ釘が突き刺さっていた。

恐らく平野や高城がここにいたのだろう。

残念ながらいつまでいたのかということはわからないが、とにかく二人も無事にここを切り抜け、職員室に向かっているのだろ。

そのことには素直に安心した。

平野とは特に話したことはないが作中でどういうやつかは知っているし、高城は幼馴染で友達だ。

ほんと、死んでなくてよかった。

ここはもう原作とはすでに違ったルートをたどっているから、今後どうなるかはわからないが、永のことだ原作の“俺”と同じかそれ以上にうまくやってくれるに違いない。

 

「と、それより先生だ」

 

俺は部屋の奥にある扉から工作準備室に入る。

ここもいろいろと荒らされてはいるが、どこにも先生らしい死体も何もない。

だが、普段この準備室から出ない先生が一体どこに行ったのだろうか。

 

「まさか、林先生……死んではいないだろうな」

 

「そう簡単には死なんよ」

 

「あぁ、そうだよな、林先生だし、そう簡単に死ぬわけ……え?」

 

俺は突然聞こえた林先生の声に反応し周囲を見回した。

しかし、どこにも先生はいない。

じゃぁ、先生は一体どこに?

 

「せ、先生?」

 

「うむ」

 

やっぱり聞こえる。

別に幻聴というわけではなかったか。

じゃぁ、本当に先生は一体どこにいるんだ?

 

「先生? どこにいるんですか?」

 

「うむ、ここじゃここじゃ」

 

その声のする方を探すがやはり何もない。

 

「いや、だからどこに……?」

 

「ここじゃって、ここ『ギギギギギッ』」

 

今度は先生の声とともに、何か変な音が……って!

音の方を見るとなんと床が上に持ちあがっていた。

そしてその中からは、いつも通り厳格そうでありながらも悪戯が成功した子供のように愉快そうに「ほっほっほ」と笑っている、林先生が出てきた。

 

「は、林先生? なぜそんなところに?」

 

「うむ、何やら学園で大変なことが起こっていたようでの、しばらく隠し部屋に隠れていたのじゃ」

 

そういって出てきた先生は自分が今まで入っていたそこを指さす。

俺も恐る恐る見てみると、そこは入り口は狭いものの、階段がついておりその下には高さは低いが2畳くらいの広さの空間があった。

 

……ていうか

 

「先生、いつの間にこんな改造を?」

 

「ふむ、わしがここに来て何年たってると思ってるんじゃ? これくらいの改造する時間なぞ十分にあったぞ、ほっほっほ!」

 

「そ、そっすか」

 

……とりあえず、この先生に関しては心配するだけ損だったということか。

まぁ先生との会話で少なからず緊張が解けたが、いつまでもこのままというわけにはいかない。

流石に先生でも、今の状況はよく知らないようだし、今現在でわかってることを先生に説明することにした。

 

「……ふむ、そうか」

 

今まで起きたことをかいつまんで話すと、重い溜息の後そういった。

いつもの厳格そうな顔にさらに皺が入る。

事の深刻さをわかってくれたようだが、この先生のこんな表情初めてだな。

 

「それで、小室君はどうするのかね?」

 

「えぇ、俺は」

 

俺のこれからの計画を話そうとした途端、この学園中に響き渡るくらいに大きな「カーン!」という金属がぶつかったような音が響いた。

 

「む、これは……」

 

恐らく、みんなが脱出する時に一緒にいた奴がへまをしたのだろう。

というか、ちゃんとみんな脱出してくれたんだな。

うん、よかったよかった。

 

「まぁ、気にしなくていいでしょう。それより、これからどうするかでしたよね」

 

「む、そうじゃったな」

 

 

俺のこれからの計画。

これは以前から思い描いていた、かなり賭けの要素が含まれるものがある。

失敗したら間違いなく死ぬか、≪奴ら≫の仲間入りになってしまう可能性も高い。

だからこそ、永や麗を巻き込みたくなかった、そんな俺の考えた計画。

……それは

 

 

 

「俺は、この学園で籠城しようと思います」

 

 

 

 


 
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