「この青い飴をなめると大人になれる?」
小鳥遊いつきは手渡された二つの飴玉をまじまじと見つめた。
「そう。こっちの青い方が大人になれる飴で、赤い方が子供になれる飴だ。まずはお試しって事でそれぞれ一個ずつ君にあげよう」
いつきの目の前に立っている、黒いローブを着たいかにも怪しげな風貌をしている男がにっと笑みを浮かべる。いつきが彼本人から聞いた話を信じるなら、どうやら魔法使いらしい。
「こういうのは女の子が定番なんだけどね。君を女の子と間違えたお詫びって事でよしなに」
「何度も言わないでよ。人が凄く気にしてるのに」
いつきは眉間にしわを寄せて魔法使いを睨んだ。少女のような顔立ちとやや低い背丈と高い声を持っているが、いつきは立派な十四歳の少年である。
「いやー悪い悪い。だからお詫びでその不思議な飴の試供品をあげると言ってるんだ。気に入ったならもっとプレゼントするぜ」
魔法使いが手から次々と赤と蒼の飴玉を取り出す。持ちきれなくなって手からポロポロと落としている。
「いや、とりあえずこの二つだけでいいよ。だけどこんなもの何に使えばいいのさ」
「それは君次第だ。大人になって大人じゃないとできないあんな事やそんな事をするもよし、子供になって子供の時にしか出来なかった事をするもよし」
「大人になって……」
いつきはその言葉である人物を思い浮かべた。それは隣に住んでいる女子大生の茜沢理菜だ。
理菜は身長が高くやや童顔で整った顔立ちをしておち、胸も大きい。また時々夕飯を作りすぎたといっていつきの家におかずを持ってくる事があり、更に一緒に食卓を囲んで食事した事もあった。いつきは二年前に彼女が引っ越してきた時から、彼女の事がずっと気になっていた。一目惚れと言ってもいいその感情はまさしく恋だった。
しかし、いつきは自分が女の子みたいな見た目なのをコンプレックスとしており、そのせいで彼女と付き合いたいと思ってはいてもなかなか言い出せずにいた。
「……よし!」
「お、何かいい使い道が思い浮かんだか? 大人になるか子供になるか、ともあれ有意義に使えよ」
いつきの考えを察したのかそうでないのか、魔法使いは親指を立てるサインを見せた直後に煙と共に消えた。
魔法使いが消えた直後、いつきは意を決して青い飴を口に含んだ。
するといつきの身体が急激に伸びだし、百八十センチほどの青年の姿に急成長した。
「おおっ」
思わず驚きの声を上げるいつき。その声は先ほどと打って変わってテノールほどの低さになっている。
「これなら理菜さんと恋人になってもおかしくない! そうと決まれば……」
いつきはやや興奮しながら自分の父親の部屋に向かい、適当な服を選んでそれに着替えた。先ほどまで着ていた服は今の自分には合わずつんつるてんになっていたからだ。
とはいえ、父親の服もファッション誌に載っているようなものは無い。仕方なくいつきはスーツで身を包む。
いつきは理菜の部屋の前に意気揚々として立ち、チャイムを鳴らした。
「はい」
理菜がドアを開けて顔を覗かせた。
「あ、あの!」
いざ彼女を目の前にして急に緊張してしまい、いつきの第一声は裏返ってしまう。
「えっと、どちら様でしょうか?」
「あ、えっと……お、同じ大学に通ってる島田といいます!」
「はあ、島田さん」
気の抜けたような声で理菜がいつきがとっさに名乗った偽名を繰り返す。その表情はどこか怪訝そうだ。
「あの! 僕と付き合ってくれませんか!」
「はい?」
いきなり告白してしまった。いつきは早くも自分の行動に後悔し始めた。今の自分と彼女は初対面だ。それなのに告白して付き合ってくれる人なんてまずいないし、それどころか不審人物として避けられるようになってしまう。
「あ、す、すみません! 今の忘れて――」
「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです」
理菜の意外な、それもある意味最悪な返事にいつきは固まってしまった。
「えっ、い、今、なんて……」
「私、好きな人がいます。隣に住んでいる男の子なんですけど」
更にいつきは耳を疑った。
「い、今なんて?」
思わず先ほどと全く同じ言葉で聞き返してしまう。
「私、隣に住んでいる男の子――中学生くらいの子なんだけれど、その子が好きなんです。だから、申し訳ないけどお付き合いできません」
「……い」
「え?」
「いやったあぁぁぁぁぁっ!!」
いつきは満面の笑みで歓喜の声を上げた。まさかの両思いだ。
「ちょ、ちょっと!?」
「あ、すみません! ありがとうございました!」
いつきは我を忘れてお礼を言った後、自分の家とは反対方向に走っていった。
「……何なの?」
そんないつきの後ろ姿を理菜は呆然と見つめるしかなかった。
それからいつきは赤い飴をなめて元の姿に戻り、もう一度告白した。当然ながら理菜はそれを受け入れ、二人は恋人同士となった。
数日後。
「ふう」
いつきとの映画館デートを終えて帰宅した理菜はベッドに座り込んで一息ついた。
「まさかいつき君と付き合うようになるなんてね、夢みたい」
彼女もいつきと同じ様に、いつきと不釣り合いじゃないかと思っていたために告白できずにいた。その気持ちを紛らわせるかのように彼の家におかずのお裾分けという名目で足繁く通っていたのだ。
「それにしても――」
ベッドに座ったまま、机の上に飾っているいつきの写真に目を向ける。写真の仲のいつきは少しはにかんだ笑顔を見せている。
「はあぁん、やっぱりいつき君可愛いなあ」
いつきの写真を眺めていた彼女の表情がほころぶ。
「やっぱりイケメンより可愛い男の子の方がキュンキュンくるよお。いつき君、いつきくぅん」
更に猫なで声を出したかと思うと、突然ベッドに背中を預け右へ左へと身体をくねらせる。
いつきの容姿は彼女の好みそのものだったのだ。
その事をいつきが知るのは、二人が結婚した直後だった。
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