No.514771

純真な彼女

紅羽根さん

即興小説で作成しました。お題「純粋な小説家たち」制限時間「1時間」

2012-12-03 20:47:09 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:370   閲覧ユーザー数:366

「ねえねえ、今日の私の運勢、星座占いで一位だったよ」

「よかったね。私は六位だったから普通かな」

 頭の中にお花畑が咲いていそうな二人の会話に私は思わずため息をついた。

「そういう話で盛り上がるのもほどほどにして、一奈は早くシナリオを書き上げる。ふたばは残り三人分のイメージイラストを仕上げる」

「はーい」

 一奈と呼んだ方の女の子が間延びした返事をする。

 一奈とふたば、そして私こと湊は一組のチームを組んで本を作っている。三人が共通して好きなアニメのキャラクターがアニメでは描かれなかった活躍をするという、いわゆる二次創作の同人誌だ。しかもメインは一奈の書く小説で、それに私とふたばの描いたイラストを付けて同人即売会で売っている。もっとも、小説という媒体はなかなか売れないから大抵赤字なんだけどね。

 それでもやりたいんだよなあ、楽しいから。ひいき目で見てるかもしれないけれど一奈の書く話は面白いし、それをイラストとして描けるというのは幸せだ。

 とはいえ、今はそんな事に浸っている余裕は無い。次の同人即売会で売る同人誌の制作の締め切りが目前まで迫っているのだ。

「頑張らないとね、湊ちゃん」

「わかってるって」

 ふたばの『頑張る』ポーズに一瞥もせず、私は必死にペンタブレットでイラストを描く。一奈は自前のノートパソコンで毎時五千文字の勢いで文章を書き連ねていき、ふたばは紙とペンで着実に絵を仕上げる。

 

 それから五時間が経過した。

「……よし、これでそれぞれの分は出来た」

「やったあ」

「みんな、お疲れ様」

 さっきまで張り詰めていた空気が一気に和んだ。

「あとは私の方で仕上げるから」

「うん、わかった」

 組版は私の仕事だ。一奈の書いた小説と私やふたばが描いたイラストが本として様になるようにパソコン上でデータを作り上げる。これもまた大変だけど、これをしないといくらコンテンツが良くても公開すら出来ない。ただでさえ読んでくれる事が少ない今の状況だと、ますます惨めな事になる。

(しかし、やっぱり限界があるかな)

 プロの作家やイラストレーターとして有名になりたいというわけではないけれど、かといって読者の数が少ないのは寂しい。

(手っ取り早く読者を増やすには……やっぱり十八禁かな)

 いわゆるエッチな本にする事、それが比較的簡単に読者を増やす方法だ。もちろんコンテンツの技量は必要だが、キャラクターの裸のイラストやセックスを描くだけでもそれなりに売れる。少なくとも今よりは読者が増えるだろう。

「ただなあ」

 私は一つの懸念から思わず声を出してしまった。

「どうしたの、湊ちゃん?」

 ふたばがそのくりっとした瞳で私を見つめてきた。

 一つの懸念、それは一奈にセックスシーンを書いてもらい、ふたばにそのシーンをイラストとして描いてもらう事が出来るかという事だ。

 いくら読者を増やしたいといっても、そんな事をこの二人に頼むのは気が引ける。気の置けない仲だけれども、セックスのセの字も知らなそうな純真な二人に性的なものは……

「湊ちゃん、何か考えてる?」

 一奈もこちらを心配そうに覗いてきた。

「ううん、何でもない」

「遠慮無く言ってよ、湊ちゃん。私達の仲じゃない」

「でもさすがにこればかりは」

「湊ちゃんは私の事嫌いなんだ……」

 一奈の瞳が潤んでくる。ちょっとした事でもこうして泣き落としにかかってくるから困る。しかもこれが天然だから余計に。

「ああ、わかったわかった。言うから泣かないで」

「本当?」

 首を何度も縦に振る私。一奈の涙には敵わない。

「じゃあ、言うけど――」

 

「………………」

 私がひとしきり思っていた事を語ると、二人は呆然としたような表情になっていた。

(あー、やっぱり言うんじゃなかったかな)

 しゃべってしまった事に私が後悔しかけた、その時だった。

「それぐらいだったら別に大丈夫だよ?」

「うん」

「えっ」

 二人から意外な返事が返ってきた。

「何で驚いた顔してるの?」

「いや、二人ともそういう事に嫌な顔するかなって思ったから」

「何で? 漫画じゃ普通にしてるじゃない」

 ふたばがそういって本棚から漫画雑誌を取り出し、パラパラとページをめくってあるページを私に見せた。そこには漫画のヒロインとその相手役である男性が絡んでいる構図が載っていた。

「うわっ」

 私は思わず飛び退いてしまった。

「こういう事も愛情表現だったり物語を盛り上げるために必要な事だよね。うん、確かに私達の本にはこれが足りなかったよ」

「それじゃ、次の本で思い切って描いてみよっか」

「うん、そうしよう」

 二人が私の持ちかけた提案で盛り上がっている。私はただそれを唖然としてみているしかなかった。

 純真だったのは、むしろ私だったのかもしれない。


 
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