「……」
翌日の大学構内。私は先日、先輩から借りた三国志の漫画を読んでいた。
先日、心の奥に引っかかっていた何かを思い出すかもしれないと読み進める。
劉備、曹操、孫権…… と言った、名立たる武将が漫画に登場していた。
更に漫画を掘り進んで読んでいくと、劉備こと蜀と、孫権こと呉は同盟を結び、曹操こと魏に立ち向かう……
「あれ?」
「……」
「おーい、蓮華ー?」
「ん」
友人の声がした。
友人は両手にノートと筆記用具を持ち、私のいる席の反対側の席に座る。
「ねぇ、ノート写させてもらっていい?」
「えぇ、構わないわ」
ノートを渡し、再び漫画に集中する。
……何故だろう、読み進める度に私の心の奥の引っかかりは更に深まっていた。
先日の先輩の話によれば、この漫画の三国志は、三国志演義という小説をベースにしているとの事だった。
この漫画らしい、謎のオーラや金色の鎧は目を瞑っておくとして…… クライマックスである赤壁の戦いにおいて、劉備と孫権は、曹操を倒す。その後、曹操は劉備と共に行方をくらまし、曹操の息子である曹丕が魏を建国する。
「……ふぅむ」
「その漫画、面白い?」
「えぇ。三国志を知る、という意味ではいい入門に──」
~~~♪
「あれ、電話鳴ってるよ?」
「……そのようね」
音楽は、私の携帯から聞こえていた。
漫画を読む事を中断して携帯を見ると、アルバイト先の先輩からだった。
「はい、もしもし」
『あ、蓮華!?』
電話の相手はかなり慌てている様子だった。
『今何処にいるの!?』
「大学の構内ですが…… どうかしましたか?」
『ちょっとすぐに来れる!?』
「な、何かあったんですか?」
『ウチの喫茶店に危機が迫っているの!』
──孫呉の危機なのよ! すぐに来て頂戴!
「っ!?」
一瞬、脳裏をよぎったこの言葉は一体……
……だけど、初めて聞いた気がしない、この声。
『蓮華?』
……いいえ、私はこの声の主を知っている。
孫策伯符。その真名は雪蓮。江東の小覇王にして、私の姉だった人物。
そして私は孫策伯符の妹、孫権仲謀その人。その真名は蓮華。
「蓮華、どうしたの?」
「……なんでもない。すぐに向かいます」
『ありがとう、迅速でお願いね!』
「……」
これは前世の記憶、というべきものなのだろうか。私は思い出していた。"かつての私"を。
「なんかあったん?」
「喫茶店の危機、だって。 ……大したことじゃないと思うけど」
「大したことじゃってそんな暢気な……」
友人を他所に私は静かに歩き出した。
雪蓮姉さまに「危機だ」と言われて本当に危機だった事なんて、数える回数しか無い。なので、今回もそれ程の事ではないだろうと思った。
「……」
喫茶店にどんな理由で呼び出されたかと思えば、なんて事は無かった。
雑誌で秋葉原のメイド喫茶の特集を組むので取材を行っていた所、私抜きで撮影を行う予定が従業員の内の一人が口を滑らせてしまい、私を呼ばざるを得なくなってしまった。
口の軽い先輩方に呆れながらも撮影を承諾した後は十数枚の写真撮影。
その後は大学に引き返し、今はパソコン室にいた。
「……」
"かつての私"を思い出す。
確かに蜀と呉は同盟を結び、赤壁において曹操孟徳率いる魏を打ち破った。その後の三国決戦においても、蜀呉同盟は魏を完全に打ち破った後に五胡の侵略を受けるが、即席ながらも魏と同盟を組みこれを撃退。
その後、正式に魏・呉・蜀は同盟を結び、互いに支えあう存在となった。
……その中で、三国の中心にいた男、北郷一刀。
──黒点を切り裂いて天より飛来する一筋の流星。その流星は天の御使いを乗せ、乱世を沈静す。
その占いの通り、天の御使いである一刀は蜀の劉備の元に現れ、乱世となった三国の争いは終結した。
そういえば…… 三国の交流の際に、一刀から"天の国"について聞いたことがある。
私達の言う"天の国"とは、私達にとっては、"未来"。一刀は今、私が生きるこの時代、"現代"から"過去"に飛ばされた。
「……タイムスリップ、か」
もしかしたら、一刀もこの"現代"にいるかもしれない。
もしかしたら、私と同じようにこの"現代"に転生している者がいるかもしれない。
一刀との会話の記憶を辿りながら検索ワードを打ち込んでいく。
「あれ、蓮華いつ戻ってきたん? ってか、何調べてるの?」
「ちょっとね」
「
「……」
「おぉそうだ、思い出した。それ
「……学校のホームページは無い、か」
学校のホームページなどの情報は出てこない。
学校の名前としては個性の強い名前だったので、出るだろうと思ったら一件も情報は無い。
「そりゃそーよ」
「どういうこと……?」
「んー、検索結果を見れば自ずとわかるんじゃないかな?」
~~~♪
「っと、今度は私の携帯か。んじゃあね、蓮華」
「ええ」
パソコンに映し出された検索結果を見る。学校のホームページの代わりに出てきたのは、ゲームの情報だった。
「……『真・恋姫†夢想』?」
絵で描かれた私がいた。 ……いいえ、いたのは私だけではない。そこにいたのはかつての仲間。
しばらくの間、呆けてしまっていた。まさか、自分の前世がゲームのキャラクターだったなんて誰が予想できただろうか。
この様子だと、北郷一刀という人間はもしかしたらいないのかもしれない。
「雪蓮姉さま、シャオ……」
私に兄弟姉妹がいたという話は聞いた事がない。かつての仲間はおろか、雪蓮姉さまや小蓮も探すことすらかなわないだろうと思った。
「いやはや、今年のコミケも盛り上がったよー」
「いいなぁ、私も行きたかったー……」
あれから数週間後の夏。私がアルバイトを始めて、早くも一年が経過していた。
他の従業員達は先日まで行われていたコミックマーケットの話題で持ちきりだった。
従業員室では、参加してきた人達が戦利品(と言うらしい)を広げている。いくらお客が少なくて、注文が少ないからってこんな事をしていいのかとも思うけど……
──カランカラーン♪
お客が入ってきた。
他の従業員達は気づいていないので、私が応対を行う。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……」
そこに立っていたのは男だった。執事喫茶に男が来るなんて珍しい…… と思ったら、その後ろには女が三人。彼女らの付き添い……? と思いつつ席に案内する為に顔を上げた瞬間、私は驚いてしまった。
だって、そこにいたのは──
「一刀?」
朱里達の言う通り別人、ないしは出勤していないという懸念はあったがどうやら当たりらしい。当の本人は顔を上げ、俺を見るなり固まってる。
執事喫茶に勤める蓮華は雑誌の通りの礼装で、髪はロングではなくショートヘア。恋姫では髪の色はピンクだったが、若干赤みがかった茶色だった。加えて呉の人間は立地の都合、褐色肌が多かったように思えるが、今の彼女の肌の色は俺たちと大差はない。んでもってプロポーションは…… あまり変わってないように見える。
「……何をしているの、蓮華?」
華琳は言葉を発する。朱里達と違ってそんなに差が無かった為か、睨みつける事は無かった。目つきが少し攣りあがっているような気もするが、無かったと信じたい。
「……こちらへどうぞ」
蓮華は何事も無かったかのように俺達を案内する。
未だ固まる朱里達を現実に引き戻し、蓮華は俺たち四人を座らせ、水を出すと従業員のいるだろう部屋へと引き返してしまった。
「……本当に、蓮華なの?」
「あの反応からして間違いはないと思いますが……」
「朱里達に行ったようにメモでも渡すか?」
向こうがアルバイトの最中であることを考慮し、以前行ったようにメモを用意していた。
注文を取るついでにこの紙を蓮華に渡して欲しいと頼み、後は連絡を待つ。
「それでいいかと思います」
「んじゃあ早速なんか適当に注文を──」
「その必要はない」
「へ?」
俺たちの後ろに、蓮華がいた。
だが、着ている服は先程までの礼服ではなく、水色を基調とするセーラー服というべきなのかなんなのか。ってかこれ、確か無印恋姫で一刀が蓮華に贈ったやつじゃなかったっけ。何処で売ってんだよ、こんなの……
「あぁえっと…… 君は蓮華で間違いない、か?」
「えぇ、私はかつての孫権で真名は蓮華。それに間違いは──」
蓮華の奥からとんでもない視線を感じる。彼女の後ろを見ると、まるで密会した恋人を監視するかのような目つきの従業員達が、こっそりと角から様子を伺っていた。
「……場所を変えるか」
「……そうね」
場所を変えてメイド喫茶ではない、適当な喫茶店。
テーブル席に適当に座り、飲み物を注文した所でようやく落ち着く事が出来た。
「さて、自己紹介といこうかね」
「ええ。 ……私は宗祇華琳。前世は曹操孟徳だったわ」
「葛嶋朱里です。前世は諸葛亮孔明でした」
「鳳雛里です。前世は龐統士元でした」
「……えっ」
蓮華が信じられないというような目で二人を見る。そりゃあそうだよなぁ、前世より成長している様を見りゃ信じられんと思うのも無理はない。
「さて、次はあなたの番よ」
「あ、えぇ。私は浦木蓮華。前世は孫権仲謀だった。 ……よろしく」
「はい、よろしくお願いします!」
「所で、私達はあなたのことをどう呼べばいいのかしら?」
「どっちでも構わないわ。
「なら、
「ええ……」
「っと、次は俺の番か。俺の名前は本剛夏守斗。北郷一刀とは名前の読みが同じだけの一大学生だ」
「……そう、か」
蓮華はただ驚く事は無く冷静だった。
「ありゃ、別人と聞いて驚くかと思いきや、そんな事も無かったな」
「……」
蓮華は、どうやって前世の記憶を思い出したかを話した。
バイト先の従業員の一人が持ち寄ったプラモと漫画がきっかけで三国志を知り、漫画を読み込むうちに前世の記憶がおぼろげにあることを思い出した。
そして、あの雑誌の撮影の際に発せられた「危機」という単語に雪蓮の言葉が重なり、自分が孫権仲謀である事を完全に思い出したのだと言う。
その後は華琳と同じく調査を行った矢先に真・恋姫†夢想というゲームを知り、北郷一刀や他の恋姫の転生者を探す事を諦めたと話した。
「なるほどね」
「蓮華さんがいるのでしたら、雪蓮様や小蓮さんもいると思ったのですが…… 御親戚などにはいらっしゃらないんですか?」
「えぇ、残念ながら…… それにしても、カズトはどうして華琳達と一緒にいるの?」
「っと、今度はこっちが話す番か」
華琳との出会い、そして華琳の願望によって他の恋姫からの転生者を探している事を話す。
それと、俺自身は北郷一刀では無い事と、それが原因で彼女と別れる事になった事も話す。
「まぁ、こんな感じか。これで華琳、朱里、雛里、蓮華に会えたわけだな。んで、蓮華はこれからどうすんだ? 転生者を探す事を諦めたって言うけど今後も浦木蓮華として生きるか、華琳みたいに転生者を探すか」
「……私は、会える事が出来るのなら会いたい。華琳達にも会えたし、雪蓮姉さまやシャオ、桃香に会えるかもしれない」
「なら、アドレスを交換しておきましょうか。住む場所も大学も違うのだから、得られる情報も違ってくるでしょうしね」
「えぇ」
こうして、アドレスの交換を行う。
恋姫関係者のアドレスがどんどん増えていくなぁ。
「さぁて、これからどうすっか」
「蓮華さんとも会えた事ですし、何処かで話す、というのはどうでしょうか?」
「……そうだな。蓮華、この後の予定は?」
「特に何もない。バイトは切り上げさせられたし……」
「なら決まりね」
「……どーせ、俺の家なんだろ、また」
~~~♪
「はわっ!? 電話でし……」
喫茶店を出、駅に行こうとした時に朱里の携帯が鳴った。
朱里はしばらくの間話しこみ、通話を終了した後は落胆の表情を見せながら雛里と耳打ちを行う。
「すみましぇん、急用が入ってしまいました」
「何かあった?」
「先日出した本の中にページが飛んでいるものがあるらしく、その応対を行わなければならなくなりました……」
「……そっか。まぁ、がんばれや」
朱里と雛里は失礼しますと言って頭を下げ、俺達より足早に駅に入っていった。
「んじゃあ、俺達だけで話すとすっかねぇ」
「えぇ」
「そうね」
その後は以前と同じくスーパーで食材を買って帰り、打ち上げを行った。
確か恋姫での蓮華は料理が下手だったような記憶があるのだが、この蓮華は一人暮らしを行っている為か、俺や華琳程ではないにしろかなりの料理上手だった。
……さて、これで蓮華とも会う事ができた。
他の転生者も、今、何処で何を行っているのだろうかな……
あとがき
というわけで蓮華の後編でした。朱里と雛里が完全に蛇足になってしまった、申し訳ない。
前世を思い出すきっかけに関しましては蓮華編を書くに当たってやりたかったネタです。
現在の蓮華の服装は本編でカズトが言っていますが、無印恋姫でのあの服です。無印やったことないんでどういった経緯なのかは正直わからないのですが……
また、これを書いている最中、雪蓮と冥琳のお話がぱっと浮かびました。美以も浮かんだのですが華琳の嫉妬的な意味であえなくボツに……
さて、次回作がありましたらその時はまたよろしくお願いいたします。
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大変お待たせいたしました、後編です。