華琳と孫策が火花を散らし、お互いに宣戦布告のようなものをした後、一刀と華琳を中心に全員が集まっていた。
武闘大会という話題はどの国でも気になるらしく、それに釣られてどんどん集まってしまった。
「ほう、今回は御使い殿も出るのか。本人の戦闘を見たことがない故、非常に楽しみですな」
そう最初に声を掛けてきたのは超運だった。
口元に手を当て、にやりと笑い、……メンマを大量に確保しながら。
というか前から思っていたが趙雲の着ている服はナース服を魔改造したようなものにしか見えない。
他の人とは一線を引く何か拘りでもあるのだろうか。
「……そのメンマは?」
そして大皿に盛られた大量のメンマを片手に腰には徳利のようなものをぶら下げている。
「む、御使い殿もメンマが欲しいと?……くっ…………仕方がない、とくと味わわれよ」
「……いや、結構です」
恐らく断腸の思いで差し出してくるそれを受け取ることは出来なかった。
それを断ると、少し嬉しそうな表情でメンマをつまみ、徳利を傾け、幸せそうなため息をついていた。
「しかし北郷。武闘大会は皆本気で挑む。
姉者や霞につけてもらっていた稽古とは訳が違うぞ。本当に大丈夫なのか?」
「秋蘭……」
「いや、怖がらせるつもりではないのだ。しかし北郷が鍛錬で身につけたという実力を知らぬのでな。
北郷の力を見てみたい気持ちは勿論あるが、少し心配になってな」
心配して声を掛けてくれる秋蘭に涙が出そうになった。
でも心配してくれるなら大会参加しない方に働きかけて欲しかった。
「俺も誰かと戦ってたとかじゃなくて、ひたすら特定の人物に見てもらってただけだから
そもそも実力がついたのかもわからないんだよな」
いつもいつも爺ちゃんにボコボコにされてたから自分が強くなったという実感が湧いたことがないが、
頑丈さというか危機に対して咄嗟の反応は取れるようになったと自負している。
……そして野生で過ごした期間で”生きる”事に関して強くなったような気がする。
「ふむ……私も見てやれれば良いのだが、近接戦闘は弓術よりどうしても劣ってしまうからな」
「あ、でもそれなら弓も教えてほしいかも。弓術は爺ちゃんも専門外だったみたいだからさ」
「遠距離の攻撃方法を学ばなかったのか?」
「いや、ナイフ投げなら」
「ないふ?」
「こう……こんな形の、これくらいの小さい刃物」
簡単にジェスチャーでナイフの形状を説明してみせる。
この時代で言えば包丁のようなものなのだろうか。
「ふむ……だが投げるというのなら良くて中距離程度が限度だろう?」
「そうなんだよね。爺ちゃんは飛んでる鳥に普通に当ててたけど俺は無理だったよ」
「……お前の祖父と一度会ってみたくなったぞ」
「……ここの人達なら爺ちゃんの相手はさぞ楽しいだろうね」
一体あの老人は現代であそこまで強さをキープして何をしようとしているのだろうか。
いや、そのおかげで並の人よりは強くなれたとは思うけど。
「まぁ、確かに風の言う通り、北郷の体つきはかなり変わったと言える。
前は華奢な体つきだったが、今では服の上からでもわかるくらいには頼もしく見えるぞ」
「そんなにムキムキになりましたかねぇ」
「今が丁度良いくらいではないか?あまり筋骨隆々になられても反応に困るしな」
「おう、御使い殿よ。久しぶりじゃのぅ、赤壁以来か」
秋蘭と話をしていると、その後ろから黄蓋がやってきた。
「あ、どうも」
少し気まずくなり、そんな挨拶しか咄嗟に出来なかった。
「はっはっは、何を小さくなっておるのじゃ」
そう言いながら機嫌良さそうに笑い、バシバシと肩を叩かれる。
本当に何も気にしていない様子に驚いた。
「いや、まぁ……それより黄蓋さんは大会出るんですか?」
「む?儂か?出るには出るが、儂らのように弓術を主にする者は少し形式が異なるぞ?」
「というと?」
「儂と秋蘭、それの蜀の黄忠や厳顔などは近接戦闘もこなすがどちらかと言えば弓術の腕を買われておるからのぅ。
的を用意して、そこに何発命中するか、何発がど真ん中を貫くか、そういった形式を取る」
「一見地味な形式に思えるかもしれないが、これはこれで人気があるのだ」
「え、嘘、じゃあ俺もそれに──」
「ダメよ」
さっきまで孫策と火花を散らしていたはずの華琳が即座にインターセプトをかまし、それだけ言うとまた孫策との会話へ戻る。
「…………」
「……まぁ、華琳様も北郷がどこまで己を高めたのか見たいのだろう。
それに明日からでも弓を教えてやっても良いが、大会までの期間では付け焼き刃も良いところだ。
そんなものを華琳様に見せてはその後何をされるかわからんぞ?」
「どっちに転んでも地獄じゃないか!」
「潔く諦めたほうが楽になれるぞ」
「ほっほ、策殿も御使い殿と剣を交える事を楽しみにしてしまっておるようだしのぅ、ほれ」
そう言って黄蓋の促す方へ視線をやると、華琳と話していた孫策がこちらを品定めするように見ており、笑顔でひらひらと手を振られた。
それに対して、俺は苦笑いしか返せなかった。
「楽しみにしておるぞ御使い殿よ!」
それからしばらく話をして、黄蓋はその場を離れた。
「して、御使い殿はどのような得物を?」
ふと気づけば居なくなっていた筈の趙雲が居り、やはり大量のメンマを確保し、徳利を傾けている。
「……メンマの妖怪かな?」
「む、その言い方は少し傷つきますな。私は切れたメンマを補充しに行っていただけですぞ」
「それ二皿目なの!?」
もう塩分とか過剰摂取どころの騒ぎではないだろう。
酒のつまみとかそういうレベルを超えて主食がメンマになってしまっている。
「私も多くの村町を巡って来たが、流琉の漬けたメンマが一番です。
よもやこんな近くに我が求める至高の職人が居ようとは」
「あぁ……うん、別に流琉はメンマ職人ってわけじゃないんだけど、喜んでもらえて何よりだよ」
「毎月取り寄せています」
「そんなに!?」
「あまりに熱心に頼み込んでくるものでな。流琉が星専用にメンマを作り始めたのだ」
そう説明する秋蘭はどこか呆れたような表情だった。
流琉も自分の作るものでそこまで熱心になってもらえるのは嬉しいだろうけどメンマて。
「ちゃんと相応の金は支払っております。相応の対価、敬意を払わぬ者に、これを食す資格など無い」
「お、おう……」
そんな真剣な眼差しで言われても。
「おっと話が脱線してしまった。御使い殿の得物は何か、という話でしたな」
「……いや、別にその話はいいんだけども、まぁ、こういう形の──」
地面に簡単な絵を描き、説明する。
「ほう、天の世界の武器はこのような物なのか」
「俺の居た国発祥の物はね。世界で見たら数えきれない程の種類があるよ。
指一本動かすだけで、子供でも人の命を奪える物もある」
「なんと、そのような物が……」
「だが、そうも簡単に人の命を奪ってしまえる物があるのは、人そのものを弱くしてしまうのではないか?」
「ん、まぁ、一概にそうとは言えないけど、大半の人はそうかもね」
だから簡単に人を殺してしまう奴だって現れる。
そう考えるとこの時代も今の時代も悪人というのは皆同じなのかもしれない。
「そんなもの、矜持も何も無いではありませぬか」
「いやまぁ、ちゃんと拘りとか誇りを持っている人もいるから。
というかなんで趙雲は俺に対して敬語なの?」
「む?何故、とは?」
「いや、前は普通に話してた気がするし、俺確かに天の御遣いっていう肩書は持ってるけど実際は警備隊長だよ?
あ、なんか俺が失礼な奴に思えてきた。今からでも敬語使ったほうがいいですか」
「はっは、いや結構です。私は立場で物を見るのがあまり好きではないのです。
その者の人と成りを見て、その者に見合った対応をしているのです。
魏の者が皆あれだけ貴方の帰還を喜び涙している、それだけ立派で必要とされていた証でしょう。
あの華琳殿ですら涙を流すほどなら尚更」
「だ、そうだぞ北郷。あの昇り龍こと趙子龍に認められるとは、なかなか大したものではないか」
「俺っていうかそれもともと華琳達が認められてたからだよね」
「ほう、そこに気づくとは、なかなかやりますな」
「誰でもわかるよ!?」
この子はどこか風と似たような匂いがする。
一緒に旅をしていた事もあるそうだし、やはり似た者同士馬があったのだろうか。
まぁ、華琳達のおかげで悪いように見られていることはなさそうだ。
「何よりあの流琉が兄と慕う御仁だ。ならば私もそれ相応の敬意を払わねば」
「ほぼ流琉のおかげじゃないか……」
いや、メンマのおかげか?
そのまま立食パーティーは滞り無く進み、皆が楽しめる夜になった。
最後の方は酒豪組が飲み比べを始め、それに俺も巻き込まれ、なかなかカオスな状況になったのではないだろうか。
パーティーが終わり各々が自室へと戻っていく。
呉や蜀の面々の帰還は数日後になるらしく、それぞれ宛てがわれた部屋へ戻っていった。
そこで気になることが一つ。
「……華琳、そういえば俺の部屋ってまだあるの?」
「ないわよ?」
「うそぉ!?」
「居もしない人間の為に部屋一つとっておくなんて無駄な事するはずがないでしょう」
「いや、そうかもしれないけどね!?」
そこは名残というかそういう感じで残しておいてくれる流れではないのでしょうか。
「え、じゃあ今日俺どうすればいい?」
「そうね、仕方がないから私の閨に来ることを許可しましょう。
貴方の部屋は明日用意させるわ」
「…………」
「……なによ?」
「……俺の部屋、あるよね?」
「ないわよ」
「えー、じゃあ見てきていい?」
「こんな夜遅くに城の中を徘徊しないで頂戴」
「いや、自分の部屋を見に行くだけなんだけど」
「ないと言っているでしょう」
「…………」
「私の言葉を疑うつもり?貴方の主人であるこの曹孟徳の言葉を、貴方は信じないつもり?」
「いや、そうじゃないけど」
「なら余計なことはしないで言われた通りにすればいいのよ」
「華琳らしからぬ言葉だな」
「時と場合によるわ」
「今はその時だと」
「そうよ」
「…………」
「この曹孟徳の言葉を──」
「何も言ってないよ!」
それから華琳は俺が余計な事をしないようにと手を取り、自分の部屋までそれを離すことはなかった。
華琳と肌を重ね、しばらく二人で寝台に寝転がりながら窓の外を見上げていると、華琳は小さく呟いた。
「……綺麗な月ね。満月にあまりいい思い出はないのだけど」
満月を見上げ、そういう華琳の横顔は、どこか物悲しそうに見えた。
「でも……今日の月は、悪く無いわ」
しかしそれも一瞬のことで、そう呟いた華琳は微笑みかけてくれた。
それに釣られ、夜に輝く満月を見上げる。
満月の夜に華琳に別れを告げ、そして満月の夜に、再会を果たした。
華琳もそれを思い、あんな表情をしたのだろう。
「……そういえば、貴方が自分の世界へ戻った時の事を聞いていなかったわね」
「……あんまり楽しい話じゃないし、むしろ情けないって思うかもしれないけどいいの?」
「ええ」
「……俺さ、ここに戻ってこれて、本当によかった」
「当たり前じゃないの」
「この世界から消えて、向こうの世界に戻った時にさ、今までの事が夢だったんじゃないかって思ったんだ」
ゆっくりと、当時のことを語り始める。
「だってさ、目が覚めたら普通に自分の部屋に居て、向こうじゃ一日も経ってなかったんだ。
皆と過ごした思い出も、約束も全部俺が見てた夢だったんじゃないかって思ったら、耐えられなかった」
「…………」
その時感じた絶望は、本当に死んでしまいたくなるようなもので、そのままだったら耐えられなかっただろう。
「でも、華琳達と過ごした日々は紛れも無く現実だったっていう証があったんだ。
皆で過ごした証があったんだ」
タイムスリップする前に過ごしていた日常のように、普段通りに目が覚めて、でも記憶の中には皆がいて。
その記憶を裏付ける何かが欲しかった。
「しばらくしてから、ほら、真桜が作ったカメラで撮った写真、あっただろ?
なんでかわからないけど、それが部屋に落ちてて」
それを見つけた瞬間、涙が止まらなかった。
皆と過ごした証があった嬉しさとか、皆と別れた寂しさとか……最愛の子を泣かせてしまった悔しさで。
「それ見つけたら、もう何かせずには居られなくなって、とりあえず皆の所に戻った時を考えて、強くなろうって思ったんだよ」
「……そう」
華琳は一刀の話を黙って聞いていた。
一刀が自分のもとから消えて三年、思い返せば気の遠くなるような時間だったように思う。
寂しさ、悔しさ、辛さ、悲しさ……いろんなものを抱えて、押し殺して、誤魔化しながら過ごしてきたように思う。
それでも、一刀は自分たちの為に大局に逆らい、自分たちの為に消えていった。
そう思うと、少しだけ、嬉しさもあった。
彼との思い出が確かなものだったから、過ごしてこれた。
……それに比べ、一刀は。
彼はどれだけ辛かったのだろう。
自身の記憶にしか思い出が無く、確かなものがないまま日々が流れて。
その写真を見つけるまで、彼はどれだけ絶望の淵に居たのだろう。
皆と再会して、あれだけ泣いた彼だ。
どれだけ皆と会いたがっていたかは聞かなくても分かる。
それに、戻れるかもわからない日々だったに違いない。
5年も、彼はその世界に居ない自分たちを想い、過ごしていたのだ。
「ずっと皆に守られてたからな。
もし戻れるなら、その時は皆が背中を預けても良いと思える男になろうって思ったんだよ。
……ずっと、皆には助けられてたからな」
彼は自分の事を過小評価しすぎている。
彼は秋蘭の命を救い、赤壁の戦いで呉の策略を見破り、魏を勝利へ導いた。
それを彼は、自分の力で成し遂げたことだと微塵も思っていないようだった。
「……ずっと、皆の後ろにいたから」
「…………」
「そんな俺が勝手に消えて、勝手に戻ってきて、迷惑なんじゃないかって思ったんだけど、それでも皆に逢いたくて。
だから、受け入れてくれてすごく嬉しかった」
「……貴方は、私達がそんなに薄情な人間だと思っていたの?甚だ心外ね」
泣きそうになるのを我慢するために、少しからかうように言う。
「もう一度、皆の……華琳の笑った顔が見たかった。だからこうして戻ってこれて、本当に良かった」
「………」
「華琳?」
「………」
今まで話しを聞いてくれていた華琳から返事が無くなる。
寝てしまったのかと思い、呼びかけるが、それでも返事はない。
気づけばこちらに背中を向けてしまっている彼女の顔を覗き込もうとすると、
「こっち見ないで」
「何だ、起きてるじゃないか。どうした?」
「いいから、……今はこっち見ないで」
肩に触れると、彼女の体は震えていた。
「……華琳」
「二度と……」
「ん?」
「二度と、皆を悲しませる事は許さないわ」
「うん」
「二度と、私のもとから勝手に居なくなる事も許さない」
「……うん」
「二度と……”愛していた”なんて言葉……許さないから……!」
震える彼女を後ろから抱きしめ、
「ああ──愛しているよ、華琳」
そう、彼女へ、かつての言葉を言い直した。
ずっと、伝えたかった言葉で。
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2016.1.26 修正完了