ひとしきり皆と泣き笑い叫びまくり、話をしているとかなり時間が経っていた。
華琳はそこで改めて一刀のことを蜀や呉の面々に紹介した。
華琳は簡単な紹介で終えたがそれはそれで間違いないと思う。
消えた理由も、終端を迎え、天命を終えたから、と伝え、詳細は省いた。
今この場で定軍山や赤壁の話をしても、彼女らには面白い話ではないだろう。
予めどうなるかを知っていてそれを逆手に取り勝利した、などと言えば、孫策達は特にだ。
黄蓋という大事な人を失ったのだから。
戦時で仕方がない事とはいえ、今はこうして打ち解け合っている国の重臣を殺めてしまったことにすこしだけ一刀の心は沈む。
しかし過去は変わらない。
それにこうして皆一緒に宴をやっていたのだから、過去に遺恨は無いのだろう。
そう思い、一刀は会場に集まっている面々を見渡す。
各国ごとの人間で分かれているということはなく、皆それぞれの国の人間とも交流している。
国同士の戦が終われば、国は違えど共感や馬の合う者同士が居るのだろう。
そんな事を考えながら見渡していると、何か違和感を覚えた。
その違和感が何なのかわからず、その付近にもう一度視線をやる。
「ん?……ん!?」
思わず2度見した。
2度見した場所に居たのは黄忠、厳顔、孫策、秋蘭、そして黄蓋。
あの赤壁の戦いで、秋蘭に止めをさされたはずの黄蓋だった。
「え、あれ?ちょっと華琳」
「なに?」
「黄蓋さんだよな?あれ」
「そうだけど?」
そう言うと華琳は一刀の言いたいことを理解したのか、当時起きたことを話した。
「あの赤壁の戦いで黄蓋は流されたでしょう?でも死体を確認していなかったし、
流された先で運良く華佗に拾われたらしくて、あとからひょっこり帰ってきたそうよ」
「おう……なんというか、天の意志を感じるな」
運が良いとかそういうレベルの話を超えていると思う。
何かの力が黄蓋を殺さないようにしたのではないか、とそんな突拍子もない事を考えてしまうくらいに。
「貴方がそれを言うの?まぁ経緯は今話した通りよ」
「というか秋蘭と一緒に飲んでるって凄いな」
「まぁ本人も納得はしているようだし、それに打ち解けても居るみたいだし良いんじゃないかしら」
「豪快だなぁ……」
「そんな気概の持ち主だから、呉でも重宝されていたのでしょう」
過去に遺恨は残さないとはいえ、自分に止めを刺した人間と打ち解けられるかと言われれば自信はない。
それは恐怖として刷り込まれるだろうし、少なからず恨んだりもするだろう。
やはり根っからの戦人はその辺りも違うのだろうか。
「むしろ自分を死の淵に追いやった者として褒めていたわよ」
「すげぇ……」
「状況が状況だったし、最後の一撃を兵ではなく秋蘭に加えられたのも彼女の中では誇りを尊重してもらえたと感じているのかもしれないわね」
最後に手を下されたのが雑兵ではなく魏の猛将である、というのは、確かに戦に生きてきた彼女達には名誉の死なのかもしれない。
「……そんな難しい顔しなくていいのよ。言ったでしょう?もう二人の間に遺恨はないし、今はお互いを認め合っているわ」
「……そっか」
そう言って視線を秋蘭達にやると、やはり二人は機嫌良さそうに酒盛りしていた。
「そういえば一刀、貴方、この3年間勿論遊んでいたわけではないのでしょう?」
そう聞いてくる華琳の言葉に、ここに帰ってきた時から気になっていた事を聞いてみる。
「あのさ、風も言ってたんだけど3年って何?なんかの区切りなのか?」
「……? 貴方が消えた日から今日までの期間にきまっているでしょう」
「……俺、5年向こうに居たんだけど」
「え?」
華琳は驚いた表情を見せた。
どうやらこの世界では3年程しか時間が経っていないらしい。
そういえば、と一刀は思ったことがある。
華琳達のもとから消え、自分のもといた世界へ戻った時、何故かその世界では時間が経っていなかった。
だから自分以外の者は全員何を気にすることもなくいつもの日常を過ごしていた。
「……天の世界は時間の流れが違うの?」
「いや、俺に聞かれても……」
「さっそくお二人でナイショ話ですか~?
すこし混乱気味に話をしていると、のんびりとした声で話に入ってきたのは風だった。
「いや、そうじゃないんだけど……風にも確認したいんだけど俺が消えてから3年しか経ってないんだよな?」
「しかという言い方に物申したいところではありますが、そうですね~」
「どうやら一刀の世界では5年も経っていたそうよ」
「おお……それはなんとも、天の世界とは不思議な所なんですね~」
「それで済ませるのか……」
「考えたってわかるものではありませんし、解ったところでまぁ何をするわけでもありませんし~」
「……それもそうか」
「で?私の質問にまだ答えてもらっていないのだけど」
解らないしどうでもいいという結論に至ったのか、話を戻す華琳。
頭の切り替えが早いのも相変わらずのようだった。
「いや、まぁ……いろいろと修行というか苦行というか……鍛錬はしてたけど──」
「ほい」
一刀の話の途中で、風は掛け声と共に一刀の服を捲り上げた。
「おいいいいちょっと!?」
慌てて捲られた服を戻すも、何人かには見られたような気がする。
華琳達に見られるのは構わないが今は他国のお偉いさん方も来ているのだ。
あまり失礼な事は出来ない。
「すごい腹筋でしたね~見ましたか?華琳様」
「ええ、まるで彫刻のような体になっていたわね。悪く無いわ」
「むきむきのごりごりになっているところを見ると、お強くなられたのではないでしょうか~」
「そうね。修行もしていたと今言っていたし、楽しみだわ」
「楽しみ?」
「隊長も大会に出るの~?」
そう言って3人のもとへきたのは紗和だった。
その後ろを凪と真桜もついてきている。
「大会って?」
そう問うと、凪が先ほどとは打って変わったピシッとした表情で説明してくれた。
「はい、戦が終わり大きな争いもなくなりました。それはいいことなのですが、武官をしていた者達はやはり毎日が物足りなくなるようで。
そこで考えだしたのが三国合同での武闘大会という事です」
「へぇ、まぁ確かに春蘭や霞あたりは定期的に暴れないとフラストレーション溜まりそうだもんな」
「ふら……何やて?」
「いや、まぁ鬱憤というかそういうのが溜まっていくんじゃないかって」
「せやなぁ……春蘭様や秋蘭様が相手してるうちはええけどそのままウチらまで飛び火することもあったしなぁ……」
「有り難いことじゃないか」
「凪ちゃんにはそうかもしれなくても紗和達にとっては地獄でしかないの~!」
「ほんまやで、もう無理や~言うても笑いながらど突き回してくるからな~姐さんら」
……俺は当時それを春蘭と霞相手にやらされていたんだけどな。
「何あんた。ついに自殺でもするの?」
そこへ更に桂花が話に入ってきて、結構な大所帯になってしまった。
「まぁあんたが自ら死んでくれるというなら私はそうしてくれるにこしたことはないんだけど?」
「……目腫れてるぞ」
そう言ってポケットに入っていたハンカチを差し出す。
「なっ……!出鱈目言ってるんじゃないわよ!」
差し出したハンカチをひったくり、後ろを向き目元を隠してしまう。
「そう言いながら目元を隠してしまうあたり、自覚はあるんですね~」
「うるさい!」
「で、その大会って年に一度なの?」
「いえ、年に二度あります。去年から始まって今年はその二度目の大会になりますから、4回目の開催となります」
「ちなみに優勝者は?」
「最初が愛紗、次が雪蓮、次が春蘭、といった具合ね」
「あれ、呂布は?」
「あの子は途中でいつもいなくなってしまうもの」
「そ、そうなのか」
華琳は今までの優勝者と、その優勝賞品とやらの説明を事細かにしてくれた。
……そう、まるでこれからお前も出るんだぞとても言うように、丁寧に丁寧に説明してくれた。
”俺、出るの?”
そう問う勇気が出ずに、怯えながら華琳の顔を見る。
「一刀、そういえば貴方の得物がないわね。今のうちに真桜に伝えておきなさい」
もう出る出ないの話ではなく、俺の使う武器の話まで華琳の中では進んでいた。
「やっぱり隊長も大会に出るの~!」
「えぇぇ……武器作るんはええけど隊長、死んでまうんやないの?」
「……皆そんなに本気でやりあうの?」
「当たり前でしょう。発散を目的に本気で戦ってもらうための行事なのに手を抜いていたら意味が無いじゃない」
「そ、そうですね。死者こそ出ませんが毎回けが人は出ますし、危険ではあります」
「……よし、今回は俺も観戦に回ろうかな」
そう言いながら恐る恐る華琳を見るも、
「ダメよ」
バッサリと切り捨てられてしまった。
「死んだわね」
そしてハンカチを握りながらにやりと笑い追い打ちを駆けてくる猫耳軍師。
「ぶ、文官は?文官のそういう催しはないのか?」
苦し紛れに聞く。
もし文官のほうで大会があるのなら、多分将棋のような感じで決めるに違いない。
出るならそちらへ出たい、そう思い、一縷の望みを掛けた問いは、
「ないわね」
「嘘だろう……?」
またしても華琳に崖から蹴落とされたのだった。
後日、華琳曰く、その時の俺の表情で、人生で初めて罪悪感をほんの少しだけ感じた気がしたかもしれない。
それくらいに絶望していた顔だったと聞かされた。
「そもそも風達は軍師ですから、やるとすれば個人戦ではなく軍事演習になっちゃいますし、お兄さんに振りかかる危険性はさほど変わりませんよ~?」
「盤上で駒使ってやればいいじゃないか!」
「そんな地味なの見て誰が喜ぶのよ」
桂花の珍しく、しかし正論すぎる言葉にぐうの音も出ない。
「……そうだな。ここには拡大モニターも拡声器もないもんな」
そう言いながら落ち込んでいると、華琳は、
「私達の為に修行したのでしょう?ならその成果を見せなさいな」
もう自分達の為というのは確定されているようだった。
間違いではないが、相変わらずの自信家っぷりである。
「そりゃそうだけど……皆と戦うために強くなろうと思った訳じゃないからなぁ」
ずっと皆の背中を見ていたから、これからは俺も皆と同じ場所に並んで立ちたいと思ったから。
皆に背中を預けても良いと思ってもらえるようになりたかったからだ。
「今後頼ってもらいたいのなら、この大会で結果を出して見せなさい」
まだ何も言っていないのに爺ちゃんに頭を下げて修行した理由を言い当てられてしまい、なんとも落ち着かない。
「……あんまり人の心の中を言い当てないで……」
「貴方の考えていることなんてすぐわかるわ」
「隊長!ご安心ください!自分が隊長を支援致します!」
「せやな~隊長が帰ってきて早々ホンマの天の世界に昇らん為にウチも気合入れて作ったるで」
「じゃあ紗和は隊長がかっこよく大会に出る為の服を見繕ってあげるの!」
そしてどんどん逃げ場がなくなっていくのである。
必死に修行した身としては確かに自分の成果を試せる場というのは少なからず心惹かれるものはある。
しかしこの世界ともなれば話は別だ。
現代での試合とは何もかもが違うのだから。
華琳達の為に戦うという場面になれば勿論戦いに出るが、これは只怖いだけである。
「なんや一刀、大会出るん!?ホンマに!?めっちゃ楽しみやん!」
酔っ払いながら霞までもが来てしまった。
もう逃げることは叶わないのだろうか。
「ん~酒のんでなければ今この場で一刀の腕がどんなもんか見れたんやけどな~!」
「いや、結構ですはい」
「そんな釣れないこと言わんといてや~もう~」
「ぐああ酒くさ!飲み過ぎだ霞!」
後ろから首に巻き付いてくる霞とは態勢の関係で顔が近くなる。
そこから強烈な酒の匂いを発しているのである。
「あっはっはっは~こんな嬉しい日に飲まん奴がおるかい!」
「霞ちゃんはいつも飲んでますけどね~」
「で、一刀殿はどのような修行を積んでいたのですか?」
「ボクもそれ気になる!」
「私もです兄様!」
「……皆集まったのか」
辛うじて秋蘭と春蘭が蜀や呉の面子と飲んでは居るが、もう交流とかそういう目的は達成できていないのではないだろうか。
せっかく立食パーティーという形式を取っているのに完全に意味がなくなってしまった。
「なぁ季衣」
「なに?兄ちゃん」
「季衣の村では熊とか出るのは日常茶飯事だったんだよな?」
「うん」
「じゃあ季衣は熊の縄張りのど真ん中で生活してたようなもんなんだよな?」
「そんなわけないじゃん。一日中熊の縄張りに居たらいつ襲われるか解ったもんじゃないのに。
冬眠に失敗した熊なんていたらそれこそ危ないよ」
「……あぁ、そうなんだ」
季衣でもやっぱり海外でのあれは馬鹿げてると思うんだな。
いくらこちらから頼み込んだとはいえ、孫にトラウマ生みつけて笑ってる祖父というものが世界にどれだけ存在するのだろう。
爺ちゃんは一度、冬眠に失敗し凶暴化した巨大な熊と鉈一本で戦ったことがあるらしい。
これがその時の傷だ、といって見せられた光景は一生忘れないだろう。
子供の頃一緒に風呂に入ったりしていた時は気にならなかったが、いざこうして見るとそれはもう凄かった。
肩から腹部に掛けて3本の爪痕が残っているのである。
腸が飛び出しながらも戦ったもんだと豪快に笑っていたが、俺にとっては熊の縄張りのど真ん中で生活している時に聞かされたもんだから笑い事ではない。
あぁ、そういえば虎も居たな。生息地が被ってるとか生態系どうなってるんだよあそこ。
猛獣の唸り声の中震えながら寝た夜が懐かしい。
鍛錬してくれた事に感謝はしているけど一発殴ってやりたい。
しかしそれも叶わず一方的にボコボコにされる程に爺ちゃんはスーパー爺だった。
「兄様?」
遠い目をしてる俺に流琉が心配そうに声を掛けてくる。
そんな彼女の頭を撫でながら、
「俺、頑張ったよ」
「そ、そうなんですね……」
それ以上、何も聞いてはいけないと思ったのか、突っ込んで聞いてくることはなかった。
「そういえば華琳、その大会っていつやるんだ?明日明後日ってわけじゃないんだろ?」
「今から丁度二月後よ」
「……微妙に準備期間があるのがまた」
「あら、なら別に明日開催してあげてもいいけれど」
「……二ヶ月後でお願いします」
「では参加者一覧に貴方の名を書いておくわ」
妙に嬉しそうな表情で言う華琳は俺の表情を見て楽しんでいるようだった。
そんな話をしながら、皆の顔を見て、……正直、すこしほっとした。
風や華琳に再会した瞬間はあまりに嬉しくて頭からすっぽ抜けていたが、正直、俺をもう一度ここに受け入れてくれるか不安があった。
あれから何年も経っているし、皆もそれぞれ立場が変わってたりして、もしかしたら天の御遣いという名も邪魔になるのではないかと思った。
天の御遣いが消えたから、という理由でこの国の力が落ちたと思われたくはないはずだし、それなら天の御遣いに頼ることのない国を作り上げたほうが良い。
実際俺の力なんて微々たるものだが、風評というのはそうもいかないから、そういう細かいところも気を使うだろう。
俺は無責任に消えたも同然なのだ。
そんな俺がまたひょっこり戻ってきて、皆迷惑じゃないかと心配だった。
それでも会いたかった。
只のわがままでしか無いのかもしれない、それでも皆に会いたかった。
だからこうして皆が受け入れてくれたことに、少しだけほっとした。
「なんて顔してるの」
「……いや、大会が今から恐ろしくて」
「言ったでしょう。貴方の考えていることなんてすぐに分かるわ。
……一刀が不安に感じることなんて何もない」
「……凄いを通り越して怖いよ華琳」
「貴方が顔に出やすいだけよ」
「そんな出るかなぁ……」
正直華琳達のこの読心術とも言えるそれはもはや超能力の一種なんじゃないだろうか。
「まぁ、そんな無駄な考えは捨て置きなさい。誰も拒んだりはしないわ」
「本当にびっくりするくらいピタリと当ててくるのやめて?」
「あら、御使い君も武闘大会に出場するの?」
華琳と話をしていると、いつの間にかこっちへ来ていた孫策が声を掛けてきた。
あまり馴染みの無い相手ということと、戦いとなるとものすごく怖いのを知っているので少し戸惑った。
「ど、どうも……えっと伯符さん?」
「別に孫策でもいいのよ?」
「いやぁ……」
「一刀、貴方私達と最初に会った時は何の躊躇いもなく姓と名を呼んでいたじゃないの」
「な、今考えたら凄いよな。よく曹操とか夏侯惇とか呼んで生きてたよな俺」
前はそれどころじゃなかったしそんな認識もあまりなかったしで普通に呼んでいた。
無知って怖い。
「まぁどっちでもいいわ、それより御使い君が戦ってるのを見たことがないんだけど、貴方戦えるの?」
「いや──」
「それを証明するために参加するのよ。雪蓮も楽しみにしているといいわ」
「あら、そんな事言っていいの?いくら魏の要人とは言え本気でやっちゃうわよ?私」
「勿論、本気でやってもらわなければ困るわ。一刀の晴れ舞台だもの」
「ちょっと?華琳?華琳様?華琳殿?」
当事者の一人を置いて二人で盛り上がる華琳と孫策。
君主の期待が重すぎて潰れてしまいそうだ。
「隊長……武器と一緒に頑丈な防具も作ったるから、死んだらあかんで」
「真桜……一番良いのを頼む……」
大丈夫だ問題ない、とはどう頑張っても言えなかった。
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2016.1.25 修正