No.509965

フィクション逃避

キビさん

有名なシリーズの主人公である名探偵が自分の正体を暴く物語です。
キャラとしていきていたくない彼が選ぶ道は何か。
そしてその道の果てに見つける真実は何か。

2012-11-19 04:09:47 投稿 / 全8ページ    総閲覧数:287   閲覧ユーザー数:287

 

第一話 文字の間に          いつの間に 筆止まったか サイレント

 目を開くと、永遠に解のない拷問から逃れられたような気がした。眠っていても、コノ思いが忘れられないため、一生懸命考えていた。コレは不気味な悪寒に近い。俺は色々な事件を解決して、幼馴染と結婚して、なんとなくシアワセになったと思っていた所なのに・・・この命の「何か」が完璧過ぎるんじゃないかなっていう思いに拷問されていた。只、探偵としては解のない問題が存在しないことも明らかに分かっていたはずだったのに・・・そう、答えは単純なのに・・・

俺の記憶さえもつくりものだろう。ロンドンに生まれ、幼い頃の楽しさを味わい、青春の色に手を触れ、云云・・・これもやはり、ネット上に載せられている名探偵のファン・フィクションに似ている話じゃないか。じゃあ、俺は名探偵の偽者なのか。それとも、毎日の生活に飽きた俺が狂気に酔ってしまい、わけのない話を進めているのだろうか。

いや、俺の物語は「人間の妄想」によって作られたに違いない。フィクションという機械の歯車に連れられているモノガタリという盤の駒。そう、俺は小説の登場人物だ。こんな恐ろしい事件が起こるはずもなかったし、スポーツしないでムキムキになってきたし・・・やはり余りにも下手糞な作家のモノガタリのようだ。だからこそ、俺の命をクリシェーの集まりに過ぎない存在にしたアイツと戦わなければならないだろうなあ。これはきっと俺への最後の挑戦だ。

フィクション的な事件を解決してきた俺はキャラに過ぎないだろうね。だが、俺は真夜中に起きた。幻は夢から醒めたんじゃないか。これから、この世から逃げてみたい。本物の世に行きたい。アイツが筆で記した俺の性格を越え、自由になりたい。

胸が高鳴り始め、ドキドキと俺の世界の何かが壊れた気が、今、した。慌てて、ベッドの周りを見ると、目に当たるもの全てがまるで、雨で濡れた絵のように色を失い始めていたんだ。家具などから零れ落ちる色が混ざり、ベッドがまもなくタイタニックと同じ状態になっている。

自分の身の程を知らせたつもりか、この下手糞作家と叫ぶ。溺れそう。溺れそう、くそ溺れそう。主人公が死ぬと話が進まないぜ。そう、窓を開ければ、この密室からでられるんだ。出たら・・・

俺を弄んだことを後悔させてやるぜえ、作家目。

 

 

コツ その一 ファンへのメッセージ

小説を書くなんて、これからどうしようかと散々迷って、夜が明けてしまったことに気づかないほどの仕事ではないと思っていました。しかし、「私の大好きな探偵」の最後のエピソードを書き始めた今は、その考えを反省しました。今まで、「書くこと」が余りにも簡単だと思っていた私は、文字の記されていない原稿用紙の恐怖という単純な体験を味わうことが不思議な感覚を与えました。自分がつくった登場人物が私が決めた物語の展開に抵抗しているような感じでした。(笑)

しかし、ファンの皆様から、レターなどを頂き、新しい「霊感」を見つけましたため、心のそこからありがたく存じております。(^o^) Anne Ran

第二話 霊感の果てに              紙破る もう書けないか マイセルフ

 アイツはこれから俺の命をどのように書きたいと思っているのだろう。そして、自由になりたい俺はどのような生活を遅れば良いだろう。こんな問いが頭に響いている。嫌な音のように響いている。耳に届くものはない。誰にも話せない。一人で悩んでいる。

俺は今、椅子で割った窓の前に立っている。それしか信じられない。先の出来事はありえない。フィクション的な世界でしかありえないことだ。これが、この世の正体の証明なのか。そういえば、窓を開けたのはいつか、覚えていない。でも、窓から流された色の川が随分前に尽かした覚えがある。

いつの間に幸せの日々が歪み始めたのだろう。妻が消え、名探偵の俺が結婚したのも虚偽のエピソードのように見えてきた今は、自分の命にどのような評価を与えれば良いか・・・いくら探しても妻が存在シナカッタようだ。彼女の跡が何所にもない。何故かというと、この世を治める者にコロサレタからだ・・・おっと・・・俺は登場人物で、特別な性格をもっているかもしれないね。彼女が消えてしまうと、犯人に殺されたと思いたくてたまらなくなってしまう程の性格か。うふふ、くだらないね。

犯人がいなければ、俺の存在は無意味だろうね。アイツのペンで何度も繰り返した虚飾のエピソードの集まりで、恣意的な存在・・・か。妻も恐らく、幻に過ぎなかった・・・かもしれない。

部屋に目をやる。カレンダーと時計があの夜から全く変わっていない。そう、時が止まったんだ。アイツが俺の命をどのように進ませようかと考えているうちに、時が昔撮った写真のように動かないものだ。冷蔵庫、テレビ、炊飯器、本棚、何にも使わない。外へも出ない。出られないわけではないけど、夜明けに染まり始めたばかりの空は少しも動いてくれないから、外へ出ても、俺の世界も動かないだろうと思った。それで、外へ出るのも諦めた。そう、あの夜を寝られなくなってから、ずっとアシタを待ってきた・・・おっと・・・これも、クリシェーだね。

ふふふ、さすが小説の主人公の台詞だね。

眠たい。

アイツが書き始めるまで待つしかないみたい・・・でも、寝ようとしても・・・じゃあ戦を始める前に作戦を考えてみようか。 俺の場合には、探偵小説をたくさん読むこと・・・か。そうね。探偵小説のルールを解き、この世の理を理解できれば、敵を倒せるだろう・・・倒す方法があればなあ。

じゃあどこから始めようっか。

 

 

コツ その二 作家のメモ

プレーマーダー、ラブマーダー、誘拐か。

最後の回だから、今までやってない展開。総合的な物語か・・・

妻の誘拐。できるだけクリシェーを避けること。

第三話 連絡の最後に               線を引く 文章を消す スタイルよ

 会長から連絡があった。妻が誘拐されたっていった。

秋の空を見ながら、会長の渋い声を聞いている。この声を何度も聞いたような気がして、耳に届く言葉が妙に響く。様々な連続殺人事件、恐ろしい密室、狂気的な微笑み、証明の発見などの響く音。何度もアイツに繰り返された同じ構成のモノガタリの響き。耳が疲れた。頭が痛くなった。むかつく。俺のシリーズを早速終わらせてくれ。

先から、気になるけど、アイツは作家だろうね。物語を書く人っていつも作家とは限らないからね。

ところで、探偵小説の登場人物なら、読者の読みたい台詞も言わなければならないっていうわけか・・・でも、会長に返事しなくても、話が自分で進んでいる。ただし、モノローグに聞こえない。アイツに言わせられる事がなくても、キャラとしては物語の展開に背けないわけか。それとも、自分が返事していることも気づいていないかもしれない。

とにかく、読者に求められている演技はきっとコウイウことだ。

「会長と話し、すぐ妻の行方を・・・」

じゃあ読者にお贈り物をしてあげるぜ。未完の小説だ。作家の監督から逃れる名探偵の話だ。登場人物の役割は読者を楽しませるということならば、自分の身分を悟った俺は丁度珍しく、コレクター好みな存在だね。俺の存在の基本は人に読まれることだと言えども、自由になれないわけではない。自分で物語の方針を決めればね・・・思えば思うほど、読者に求められているその演技と作家に定められているこのシナリオの展開に従う気になれない。だからこそ、自分で物語の展開を引き継ぎたい。それは自分の命を決められることに等しいからだ。そしてそれならば、読者を楽しませる生活を送っても構わないかもしれない・・・。自分のこと位決められれば、俺の知らない世界の誰かに見られてもいいだろう。しかし、その読者はいつか俺の物語に飽きる可能性が高い。その時は、俺が死ぬかな。皆に忘れられたキャラはどうなるのだろう。

会長はモノローグではないモノローグを続けている。

「ところが、アンちゃんから、連絡があったんだい。彼女はさあ、奥さんの行方を・・・」

ほらほら、こんなことは何回も言ったんじゃないか。物語はもう進んでいないぜ、作家さあん。それは、俺の抵抗のせいか分からないけど、もう疲れたようだね。じゃあ手前から物語を奪ちゃってみせるぜ。見てご覧ね。うふふ。

「俺に任せとけ。コノ物語はこれから俺が引き継ぐ」

 

会長が糸の切れた繰り人形のように了解と言ってくれた。抑えがたき微笑みが俺の口を左右に歪ませた。

 

 

コツ その三 作家のブログ 20xx年6月2日より

折角最後のエピソードだから、主人公のチームに新しいキャラを入れたいと思います。思考の鋭い女性で、部下の一人として勤めているアン・ランです。はいはい、アタシです。(笑)

自分のキャラに「会いたい」気持ちをずっと前から抑えていましたが、いつかカレのパートナーとして組み込んでいる物語を書きたいと思っていたため、やっと自分の「最も近い存在」を小説に入れました。

十分簡単な趣向なんですが、このシリーズを書く幸せを深めるためには、長い間付き合ってくれた「私の大好きな探偵」と一緒に今回の事件を解決したいです。

第四話 作戦をつくるのに             コーヒーや 紙に零した 呆れたか

神と戦うのは、絶対ありえないことではない。フランス史における例が多いぜ。自由になりたかったフランス人達にとって、王様を殺すっていうことは神を殺すことと同じだったらしい。作家と戦うのも同じさあ。神に禁じられたことは冒すべきだ。戒を破ることこそ、我が剣なり。うふふふ。

じゃあ、名探偵の身を捨てるか。いやーなあ。俺の性格に逆らっても、アイツに決められた俺の性格の反対を目指しても、自由になるわけではあるまいぜ。自分のことを変えるよりも、相手に損を加えること。つまり、Leibniz よりもSartreの戦い方を選んだ。俺は俺だから、キャラの身を認め、登場人物にふさわしいゲリラで戦って生きたい。じゃあ戒を破るなんて・・・読者を楽しませながら、作家の期待していることを無理やり否定する・・・かもしれないね。

俺は「フン」と虚しい溜息を抑えた。

ほほ、自分を「書く」ことなんてそんなに難しいことじゃないみたい。さらに、言葉で作られているコノ世界に囚われている俺が他の登場人物も動かせるとうになれば、物語の展開を勝手に進めることができるだろう。だが、言葉を一つ一つ紡いでいるアイツに勝てるとは、はっきり言えない。物語の支配者を決める勝負に勝利するには、敵をよく理解すべきだ。だが、いくらアイツのことを分かろうとしても、自分の推理が当たっているかどうかとは・・・おそらく保証できるまい。触れられない世界についての推理を深めるなんて、風を手で掴もうとすることと同じだからさあ。

しかし、推理小説はsfじゃないから、コノ世界はおそらく、アイツの世界の「最も近い存在」っていうわけだろう。科学的に、政治的に、似ているかもしれない。 だたし・・・パスティーシュやパロディの可能性もある。つまり、物語のジャンルにおける推理だけが可能性だ。じゃあ、この世の理を考えてみよう。

第一に フィクションは基の世界についての何かを示す・・・それは恐らく、作家のメッセージと読者の読みたいデタラメ。

第二に 推理小説のジャンルに従い、犯人を見つけなければ、物語が終わらない。そして、犯人がなければ、推理小説ではなくなる。

第三に すなわち自由さへの道って、作家のメッセージを理解し、読者を楽しませ、フィクションにおける犯人の存在を否定することになるはずだ。

これは俺の作戦だ。作家の正体を暴き、アイツのメッセージを否定し、そしてこの物語を推理小説ではなくならせる作戦だ。こうして、この世の未来を決めるのが俺になるんだ。神になるつもりなどないけど、俺の好きにさせてもらうぜ。 おっと・・・未だ勝てないから、油断禁止。

今回の物語の展開ははっきりしてないから、俺と妻を密室で殺そうとしたアイツの望んでいる展開を想像するしかできないね。ふうん、不便な立場だ。今回も敵が動かない限り、反撃できないか。

いいや。アイツが悩んでいるあいだには撃つべきだ・・・退屈してしまうところだし・・・もう待たない。勝手に進ませて貰うぜ。アクションシーンはいつもこう始まるものさ。

電話が鳴った。俺はスローモーションで受話器まで走り、ドラマチック的な声で答えた。「はい、もしもし。」と。

アン・ランだった。

これでいいんだろう、お前等も退屈してたんだろう。安心しろ。大戦の開幕を求めている読者達よ、この続きをよく見届けてくれ。お別れの、最高の、最悪の贈り物の誕生だぜ。

 

 

コツ その四 作家の怪談

一人でぼそぼそ書いていた。

零時頃。外は雨がザーザー降っている。降れば降るほど霊感が尽かしていく感じ。お茶をすすりながら、ペンを導くアイデアを探す。「何か」が抵抗していた。どうしてもふさわしいアイデアが中々想像できなかったため、外を覗き込んでいた。書いては消し、消しては書きを繰り返してしまう

毎日ブログに一章を載せる約束したくせに、こんな状況ではポストできない。ああ神様、トリック、動機、名案頂戴・・・嫌な寒気が全身を揺さぶれた。書いている紙から奇妙な音が立ってくる。

紙に目をやると、不気味な悪寒がもう一度手を激しく震らせた。

文章が変わったんじゃないかと呟きながら、先書いたばかりの言葉が全然違うネタバレの内容になっていたことに気がついた。目の前にある文章が消え、「この物語は俺のものだぜ」と言う文句が現われた。

慌てて、紙を暖炉に投げた。燃える紙片が宙に浮いた瞬間に、火に食われていた文字も、黄色に染まった紙も、悪魔のような笑いによく似た残酷な音で、灰になった。

 

第五話 演技を楽しむ頃に            コメディーや 人が大好き 死の仮面

20xx年6月12日ベルリン市のホテル

妻の行方に迫り、ドイツまでやって来た名探偵はこれから、どんな恐ろしい真実を迎えるのだろう。一晩中会長とアン・ランと話し合いながら、犯人プロファイルを使い、「真犯人」の正体を暴こうとしていた。

数時間前、昔から交戦してきたピエール・ナディエと戦ったら、妻を誘拐した者の正体が分かった。ただし、あれは明かに「真」犯人ではなく、誰かの手下に違いないと捨て台詞した名探偵の様子を見て、アン・ランも会長も口を噤んだ。しかし、名探偵のチームが幾ら頑張っても、その黒幕が見つけられなかった。

 

同じ日の朝、ベルリン駅前。

夜行電車に乗ってきた三人の目には、理論戦争の徹夜の光が宿っていた。8時間の旅行の疲れが目の辺りを黒く染めても、目自体がエメラルドのごとき鋭利に輝いているような顔。ベルリン駅から、タクシーに乗って、ウンター・デン・リンデンにあるホテルの方へ走り出す、荷物を肩に背負っている40代の男、完璧なドイツ語で話している女性,ノンケの若い男性。彼等はホテルに入り、三階に上がって、解散した。昼寝などをするつもりではなさそうだ。ココまで来た急用を待たせるわけにはいかない雰囲気が彼等を急がせる。

10分が経つとロビーの自動ドアがもう一度彼等の姿を現した。黒いスーツに革のスーツケース。サングラスに派手な指輪。

「似合ってるぞアンちゃん。気付かなかったけど、別嬪だねえ。へへへ、昨夜はお前が出題した密室トリックがやばかったぞ。寝られないくらいにねえ、今夜もよろしく。」

女性が皮肉に満ち、そっけない声で「セクハラされている、誰か助けて、この変態オヤジを止めないと・・・アタシがパンチでこの無様な口を閉じさせてもらうから」と答えた。

「こらあ二人とも、ばれてしまったらヤバイぜえ。もう少し凄みをだして、国際的なヤクザのムードに入ってくれ。」

「言うまでもないわ。お褒め頂き光栄ですわ、会長さん。そう言う冗談は今日の用事の後にしといて。」

「最近の若者は『遊び』の本当の意味を忘れっちまったなあ。っていうか、今更何所へいきますかあ、世界窃盗同盟の王子様よ。」

会長の大げさな台詞に、名探偵がベルリンの地図をストケースから出し、ブランデンブルク門の辺りを人差し指で指した。

「会長の幼馴染に会いに行くぜ。彼も余り喜ばないと思うけど、アンさんが集めた情報から分かったことが一つだ。」

「それは、何だろう。」

煙草に火をつけた会長が目を細かくし、煙の輪を作っていた。その煙の輪が車道へ浮かび、車に突然ぶつかって、散ってしまう。その奇妙な景観を無視しようとする女性が、もう一度名探偵に同じ質問をした。

「で、分かったことは何かしら。」

「最後に妻に会ったのはピエール・ナディエという事実だぜ。彼のあだ名の一つを利用して、旅行会社の係員の振りをしたらしいぜ。」

「奥さんがお人好きで、彼の嘘を信じた可能性が高いのかい。」

煙草の灰を一気に車道へ投げ出した会長の頬が海水の蒼白さに変わり、思い出したくはなかった過去が彼の唇を捻らせた。

ピエール・ナディエという人物は国際詐欺師だ。会長は高校以降ヤンキーとよく接していたけれど、探偵としては人を騙すことが許せなかったのだろう。だから、自分の親友のピエールが徐々に悪人に化けたのは、トラウマになったに違いなかった。だが、迷う時間がなかった。友人を自分の手で・・・

 

敵の手下との待ち合わせはブランデンブルグ門の下だった。しかし、名探偵とアンがそこで待っているうちに会長がピエールと決着をつける作戦が恐らく敵に見破られたのだろう。故に、門の下で待っていたのは、ピエールだけではなく、何台かの黒い車からおりて集まってきた、銃やスタンガンを持つ臨戦態勢のボディーガードだった。不敵に笑っているピエールが二人へゆっくり歩き出す。チェックメイトを告げる指を鳴らす。

その合図に答えた銃声に、人体がアスファルトに崩れ落ちた重い音が勝利を告げた。名探偵のライバルの笑いが絶えずに、倒れた名探偵の頭を足で踏むピエール。しかし、暫くすると、口紅色の新鮮血がピエールの足から名探偵の髪を汚していく。彼は後ろへ向かおうよしたが、額に痛みを感じ、間もなく目が見えなくなった。混乱し始めたボディーガード達も気付いてなかっただろう。最初に撃ったのはスカートの下に銃を隠していた女性だったということに。名探偵の両足の間を狙った彼女のお陰で、死んだ振りをしいた彼がスーツのポケットからハンドガンを出し、敵を一人一人撃っていく。そのとき、隣のビルの屋上を拠点にした会長が、右手に握っているスナイパーライフルをもう一度あげ、ピエールの胸を狙った。さようなら、幼き日の思い出は、忘れないと。

リーダーを失ったボディーガードの群れが逃げていく。しかし、一人だけが仲間の屍の真ん中に立っていた。そして、彼は弾が無くなった名探偵達へ素早く走り、名探偵を鋭いキックで倒した。女性が彼の喉をハイヒールで狙ったが、彼が体を後ろへ反らし・・・ショットガンの銃口が自分のサングラスに映っているのを見た・・・。

「シャワー浴びたいぜ。血の匂いは苦手だな・・・」スーツケースから出したショットガンを握る名探偵の顔がイチゴジャムタルトを食べる子供のように照らしていたが、女性が彼の肩を掴んで、こう答えた。

「そんな呑気なことを言っている場合じゃないわ。早く身を隠さないと警察に逮捕されるわよ。」

 

現在ベルリン市のホテル

夜風が深く吹いていた。会長の言葉をよく聴き取れなかった名探偵が窓を閉め、会長のそばに座った。じゃあ、「真犯人」が女っていうわけかとも一度呟いた会長があくびした。眼鏡をかけたまま居眠りしてしまったアン・ランにさっと目をやって、この新しい部下が裏切者だという可能性が・・・ない。俺がつくった物語だからさあ。アイツが女である証拠がないが、アン・ランの推理が当たっていれば、俺を狙っている連中は「俺が好き」っていう可能性もある。とりあえず、アイツは作家失格だね。うふふ、俺が戦ってきたライバルのボディーガードを達皆揃っていたらしいから彼等を倒しといた。総合的なエンディングのつもりでしたか、作家さあん。恐らく、今回は最後にしたかったのだろうね。上等だぜ、自分の力で終わらせてあげるから。

アイツは、妻を誘拐した黒幕をピエール・ナディエのボースであるマックス・シュミッツを本当の黒幕にする予定だったんだ。そして、俺を恨んでいた悪玉の全員が門の下にいた。俺の抵抗が気になって、従来戦ってきた敵を皆集めたのかもしれない。だが、物語を「書いている」のはもう、アイツじゃないんだぜ。でもさあ、アイツのメッセージは「俺の才能を祝福」というつまらない話だとしても、女性だとはかぎらないだろうね。やっぱり、物語の展開は好きに乱せるけど、アイツの正体を明白に証明できる証拠はみつけなかった・・・

兎に角、この新しいキャラって役に立つね。ただし、頭が良過ぎる。アイツのスパイかもね。ふふふ、違うね。スパイだと言ってしまうと、この世が本当に存在することを主張してしまうぜ。それなら、アイツがこの世の運命を書き始める前の頃は、どのような世界だったのだろう。

おっと、全然当たらないね。アン・ランを自分の操り人形にした。そして、アン・ランというキャラを支配したとたん、この世がフィクションに過ぎない証をもう一つ見つけたんじゃないか。

そう、自分の世界を治める力を得て、最も強い独我論までたどりついた。読者を楽しませる俺がいつでも他の世界のヒトにみられるし、今の想像力では、この物語を続けてはならないからだ。俺が目指していた自由さは確かに、アイツの監督から逃れ、読者を楽しめ、自分の命を好きに暮らすことだったはずだけど・・・読者も俺もこの演技に飽きてしまったら、この世界はどうなるかなあ。俺の命令通りに生きているキャラ達も、目をそらすと想像通りに変わっていくこの景色も、連想通りに進んでいくこの物語も、消えるか。誰にも読まれずに・・・

いずれにせよ、アイツに勝てるまで、演技をし続けるしかない。

「ほい、やっと起きたのか、アンちゃん。」

会長は、寝ぼけたアン・ランにコーヒーを渡した。「何か」を言いたいが、その「何か」を上手く言葉にまだ出来ない表情で、名探偵をじっと見る彼女。コーヒーを飲み始めない彼女のコップに、砂糖を入れる会長。眠りがチームを不思議な時間に止まらせた。会長も名探偵も、アン・ランを苛めないで、彼女を見守っていたから。

「アタシね、今、変な夢を見たの。」アン・ランの澄んだ声。

・・・あれれ。夢みななさいって言ってないのに・・・

「同じ名前の有名な作家で、アタシタチの話を書いてたもの。」

はッ。何それ。

「変よね、顔も同じだったし・・・」

ほほほ、笑ってたまらない。当たったね、彼女の推理・・・「最も近い存在」の推理。さすが「女の勘」だぜえ。

ふふふ、聞こえるぞ、「わあ、凄え。作家が犯人だ。」っていう読者のコメントを。

悪魔のように表情を爆弾させた探偵はアン・ランに向かった。

「そう、アン・ランさあん。お前の推理は正しいぜ。」

名探偵の高笑いにぎょっとした二人が無口で待っていた。

「みつけたぞ、犯人の正体。」

「へえ、誰なの。」

「ふふふ、分からないのかい。自分が見つけたくせに・・・」

「アタシが見つけたの・・・」

「そうさあ。最初から、全ての事件の計画を謀った者はお前が夢で見た女だぞ。ははは、今回も俺がきっと気付かないと思っていたんだろう、アイツは。でも、最後に見つけたんだ。Anne Ran、貴様は犯人だぜ。」

名探偵が不敵なポーズで窓へたどり着いた。そして、両手を組んで、夜の闇に沈んだベルリン市の何所かへ指した。

も一人の読者のコメントが聞こえる。「マジか。Ran先生は本当に頭がいいね。メタフィクションマーダーを最後の謎にしたわけね」。

はははは、じゃあアイツの反応はお楽しみね。アン・ランの協力できさまを失望させてやる。貴様の期待している物語の展開も、エンドも、灰にしてやる。

 

20xx年6月12日 Anne Ranの家

雨の単調な音を刻む雷の泣き声。ペンが勝手に折れた。

 

 

コツ その五 チャットの記録

わあ、凄え。作家が犯人だ。ケニちゃん---13時36分

マジか。Ran先生は本当に頭がいいね。メタフィクションマーダーを最後の謎にしたわけね let-the-world-party---14時08分

へえええ、最後の戦いを迎えるのね。お楽しみいい>o< まきえ---14時14分

 

第六話 支配者の喜びのように            何故や 酒浸しき日 エンドレス

お疲れ様と会長の声が淋しく聞こえた。事件はもう解決された。だが、会長の言葉が名探偵に届かなかった 、波が岸の頂上まで届かないように。窓から吹いてくる寒い風に虚しく乱された名探偵のブロンドの髪も、彼の表情さえも、言葉にできない衰悼の痛みを描写していた。車が止まるとホテルの前に戻ってきたチームが一言さえ言わずに、ロビーへ歩き出していく。そう、前少し、真実が暴れ、現場から逃亡するごとく走り出した車の中で、涙が一筋流してしまった彼はこの世に彷徨う幽霊に見えた。最早帰る場所は無い。家族もいない。後悔などはもういらない。流した一滴も風に飛ばさせられたから。

ロビーで残されたチームはこれからどうやって彼を支えて行こうと必死に話しながら、惜しい顔を食堂の方へ向けていた。これまで例の無い残酷さを迎えた彼は、退散してしまいそうである。食堂で冷えたコーヒーをスプーンでかきまぜている姿がゆらりと立った。ロビーの真紅のソファに座っているチームに挨拶もせずに、名探偵が古いエレベータに向かい、自分の部屋の前に辿り着いた。

ふふふ。さあ、皆様。このオソロシー話の解決を知りたいだろう。面白いぞ、とっても・・・もう笑いたくてたまらない。完全なビッタースウイートエンドができたね。アイツの期待していたミステリーをやっとバラバラに潰した。何故か分かるかもね、読者さああん。

へへへ。じゃあ、ゲームしながら、エンドを語って上げようッか。欧米の子供達がよく遊んでいるクルエドのようにね。「だれが、どこで、何故この物語を滅茶苦茶にしたか」に答えてみろ。よく答えたら、スペシャルプレゼントしてやるぞ。お楽しみだろう。ヒントに注意しな。時間をちょっと遡るぜえ。

2011年6月13日 朝10時 ベルリン市

鯨の頭によく似ている黒い高層ビルの前に、朝の光で車道まで伸びた三人の影があった。よく見ると、三角形をつくっているその三人の様子は、黄色に歪む空に輪郭のない黒い人形を描いたような感じがする。男が二人、女性が一人で、彼女は彼らと違う方面に目をやる。その彼女の左前に立っている男は若く、不敵に笑っている。靴までつくマリンブルーなレインコートに包まれ、黒いビルをぎょろぎょろ見つめている。彼の後ろに携帯電話でメールを打っている女性は彼の背中にさっと鋭利な視線を止め、もう一度遠く遥かに広がる眩しい空を眺め始めた。挿してくる太陽から何か願いを叶えて欲しいような視線。女性を見守っている三人目は40代の男は、アクション映画でよく見られる白いスーツを着ている。彼は携帯電話の画面に写されているメッセージを小さい声で読みあげる。「犯人拠点発見。直ぐ増援を」と。そして、ゆっくりと若い男の肩に腕をのせ、耳に何かを呟く。若い男は溜息を抑えた。「やれやれ」という印象を与えた彼の背中を見る女性も不安にみえる。40代の男が若い男の反応を無視し、女性の肩にも腕を優しく置いた。そう、彼等は決心したのであった。

三角形のチームが鯨ビルの口に入った。中身は普通の公共住託であった。インターホンの脇のAnne Ranの名前を指した女性の不安そうな表情に、若い男が微笑みで答えてくれた。「大丈夫だぜ」と伝えたのである。三人がエレベーターに乗った後で、スーツのおじさんが六階のボタンを押した。

ああ、このカタイスタイルが大好きだぜ・・・ふふふ。 これまで、如何でしょうか、読者様あ。この変な話を書いた者は俺の部屋の廊下で靴と靴下を素早く脱いで、部屋の何所かへ逃げちゃったぞ。誰だろうねえ。 へへへ。

暗闇と沈黙に囲まれている廊下に電気を付けないでこっそりと歩く三人がいた。若い男は手をレインコートのポケットに入ったままに先に歩き、女性とおじさんは後をつけるように続く。彼等の足音も聞こえない。おじさんの眼に宿っている光を見ると、やはり野生猫ににているわと女性が思った。それを理解したおじさんはニヤーニヤーと笑って見せたが、彼女がその微笑を見るはずがなかった。女性はおじさんのような夜目のきくドウブツではあるまいから。10号室の前に止まり、女性がノックした。返事が無かった。もうノックしなくていいんだとおじさんが言ったにもかかわらず、若い男が郵便局員の声をし、Anne Ran様あ書留でございますと言ってみた。特に返事を待っていそうもなかった。

「ひょっとしてアタシ達が着く前に逃げちゃったかも。」

「そのはずが無いぜ。昨日の零時から外で待っていたし、他の出口がない。ね、会長。」

「うん、ここだと非常階段もない、わし達が使ったエレベーターしか存在しないみたい。この新しいビルで隠し扉が作られていないことも不思議もないぞ。」

「じゃあ、ココはまさか・・・密室っていうわけか。久しぶりだなあ。」

「誰かの死体がココで残されてあるのならね。話しは早いわよ、名探偵さん。」

「それとも、アンちゃんに叱られているうちに犯人が窓からにげちゃうかもなあ。」

女性がイライラし、おじさんの肩を殴った。「ご冗談を」と。仲間の「喧嘩」を横目で見ながら、若い男が扉を管理人から貰った鍵で開けた。

意外に広い部屋であった。若い男が直ぐ窓をチェックした。女性が家具と現場の地図を書いた。居間つきの寝室、洗面所、トイレ。おじさんはトイレと洗面所を探索した。一分が経つと居間で報告が行われた。

「窓一つ。」

「不審なものや道具ないわ。しかし、本棚に何かがジャムで書いてある。」

「こっちも異常なし。だが、何か失念したんじゃないかい。アンちゃん。」

はあと声を上げた女性の顔が一瞬曇った。若い男が「さすが会長」とおじさんの手に隠されていた封筒を拾った。

「テーブルの上に置いてあったんだけどねえ。」

「じゃあ、アタシがキッチンの方を探索しているところに・・・」

「あんまり苛めないでくれよ、会長。アンさんのパンチは痛いぜ。」

笑いあった男達が頭に打たれ、床に沈んだ。

「兎に角、その手紙の中身で、ココが密室だと分かったなあ」と若い男が封筒にあった鍵でじゃグリングをした。

「たしかに、管理人さんが言ってくれたわね、ココの鍵が二つしかないことを。」

「でも、敵が別の鍵を作った可能性もある。」

「坊主、その推理を放っ置け。」

何故だろうね。会長はやっぱり余計な話を直ぐ止めさせたかもね。ほらほら俺のゲームも忘れないでくれよ、犯人は何かヒントを居間に残してくれたらしいぜ。帽子にレインコートか・・・どういう意味かなあ。難しくない問題を出しちゃった気がする。単純すぎて、ミステリーにならないかもね。ふふふ。

「ここなら、外に出られないし、死体もないし、扉を閉め、二つ目の鍵を封筒に入れる必要がない。つまり、ここは犯行が犯された現場じゃないぜ。」

「やれやれ、思考を止めるなよ、坊主。」

「じゃあ、何故わざとアタシタチをここまで来させたの。まさか・・・この部屋に何かメッセージが隠されているの。」

自分の推理の有効性を試したかった彼女は仲間と目を合わせた。

「ジャムで何かが書いてあったって言ったんじゃないか・・・りんご、紺、吏・・・ハイ ?」

びっくりした若い男の無様に開いていた口をパンチで閉じさせたが推理を進ませた。

「この部屋に紺色の家具など存在しない。りんごでも冷蔵庫の中に入っていないわよ。」

「じゃあ、言葉遊びに決まっているぞ。幼い頃よくやったもんだ・・・懐かしいなあ。だが、その「吏」の意味が全然分からないね。キーワードが三つで、二つが鍵だ。そして、三つ目がアイテムだ。」

「つまり、二つの鍵で、三つ目の言葉の場所が分かる。そして、そこでアイテムが貰えるのね。会長さんは頭がいいぜ。意外だね、敵の手下を殴る専門家だと思っていたけどね」

いやー、わしは封筒の中身を読んだだけだと、右手で封筒を振ったおじさんがニャーニャーと笑って見せた。若い男はむくつけき態度でその内容を読んだ。チームが呆れてしまった。無理も無かった。誘拐事件の解決方法が子供さえ理解できる言葉遊びなら、プロの探偵のプライドが傷を負うから。「りんご」とテレビの画面に書いてあった。そのテレビから余り離れていない本棚に「紺」がジャムで書いてあった。「紺」はテレビの前に飾ってあるベッドのラシャに描いてあった。

「テレビは「見ること」を示しているのなら、「りんご」が言葉遊びの最初かもなあ。」

「同意だぜ、会長。でも鍵が二つの漢字でも、一つの言葉にならないぜ。読み方を組んで、また言葉ではないが、意味のある二つの漢字のコンビネーションを見つけるわけか・・・」

「紺吏=根里。りんご=根。そして、里はその根のある場所。その場所は紺色だとしたら」

「会長さん、馬鹿なこと言わないでください。その推理は当たらないでしょう」

眼を閉じたままに、若い男がおじさんに鍵を渡した。

「先のメールボックス覚えているかい。ホールのね。そこが紺色だ。」

「敵がそこで大根・・・やりんごを閉めたと言いたいの。冗談でしょう。犯人はアタシ達を馬鹿にしているに決まっているのよ。」

「兎に角、何かを入れたんだろう、あの紺色のメールボックスに。会長、悪いけどそこの中身をチェックしてもらうぜ。」

「行ってくるぞ。」

パタパタとおじさんの姿を消した扉の閉まる音。

「会長さんといつも仲良くしているのね。まるでボケとツッコミのようにね。」

おじさんがいないと、女性がもっとリラックスできるように見えた。

「別に・・・長年付き合っているだけだ・・・」

「ふうん、訝しいわ」と呟いた彼女に、若い男がベッドに座り、優しく微笑み「俺の師匠だから無理もないだろう」と答えた。

「へッ、そういう人なら要らないわ。気味悪いおじさんだし・・・立派な探偵だけど。」

「そう ? アンさんは会長のことが嫌いかい ?ひげもきちんと剃っているし、おしゃれだ。俺が女だったら、惚れちゃうぜえ・・・」

「男女の関係って恋愛とは限らないわよ。」

「そうっか。俺は素人に過ぎないから、良く分からないぜ。教えてくれないか、男女の普通の関係と恋愛のことを。」

「そちらの方が詳しいんでしょう」と自分がいけないことを言ってしまった唇で返事した女性が、話から気を逸らせるようにジャケットのポケットの中からスミレの花の飴を出し、若い男に渡した。

沈黙に沈んだ部屋が誘拐事件の現場には見えなかった。まるで、友達同士が自室で話しているようであった。女性が眼を逸らすと、ベッドに身を横たえた若い男が未だ眼を開かないままに話を勝手に進ませた。

「妻はね。愛していなかったんだから、気にするな。」

余りにびっくりした表情を隠したかった女性の混乱が、彼の言葉に解かれた。昔から全然かわっていない氷山が、突然隣に出来た火山の暑さで溶けてしまうような、信じられない雰囲気。

「そう、彼女と結婚したのは、只・・・それでいいなあって思っただけさ。しかも、この結婚を中心にして、偽者の幸せをつくって来ただけだ。でも、今の状態と比べたら、嫌な嘘じゃなかったぜ。後悔しているのは一つだけだ。それは、俺の世界観も最初から、最後まで、嘘に過ぎない夫婦の仲に基づいていたことだ・・・」

女性がそれを否定したかった。何故か自分にも分からなかった。鎖の重さで彼女を襲ったその言葉は悲しく部屋に響き、もう一度沈黙に沈んだ。

「だから、会長も、アンさんも幸せにしたいんだ。」

女性の頬は純潔な少女のように照れなかった。寧ろ、赤くなったのは、若い男の言葉に感動したのではなく、彼の考えていることを理解したからであった。

「あの不気味なおじさんと結婚したくないわよお。」

「へえ、一生結婚しないつもりかよ、そろそろ30歳だろう。」

勿論、ふざけた答えであった。

足を剃って、ドレスをはいて、あなたがその不気味おじさんと結婚してみなさいと落ち込んだ女性の声が悲鳴に変わった。

軽く嘲笑って見せた若い男が瞬間に眼を開いた。そして、落ち着いたスマイルで、彼女のパンチをゆっくり避け、彼女の後ろに何かを覗き込んだ仕草をしながら、「多分コンリじゃなくてリコンだね」と呟いた。

女性は又、怒りに満ちた悲鳴を上げた。

テレビの後ろに身を隠していた40代の男がバーと幽霊のように、彼女の後ろに立っていたのである。

寝室にズボンとシャツ。

意味深いね。ちょっと分かってきたんだろうね。ヒントが大切ではないことに。クルエドなら、真実は「最後まで出ないカード」だぜ。皆はゲームボックスにある全てのカードが分かっているんだけど、ゲームが始まると、三枚をボックスから取って、やがって今回の事件の「真実」になるんだ。・・・何だと ?「最初からクルエドのルールを説明したら良かったのに」というコメントは聞こえたぞ。名探偵と遊びたいのなら、脳を使うのが当たり前だろう。ふふふふ・・・まあ、このゲームはお前への贈り物だぜ、読者さんよ。今は電車の中にいるのかなあ。それとも、久しぶりに休みを取れて、ハワイへの飛行機にでも乗っているかな。

おっと・・・本題を忘れちゃう所だった。このゲームも、このわけの無いエンドの目的についてのヒントを出してやる。「何か」を潰したいんだ。そう、読者達の声が聞こえるようになる前は、俺には夢があったんだぜ。そして、この夢をどんどん実現してきた今は、最後の敵を倒しそうだ。

「最後の敵って誰」っていうコメントも聞いたぜ。

やれやれ、自分で考えろ。物語が終わると、直ぐ、答えが出るんだし。

じゃあ、この、下手糞なナレーションで綴っている物語を、終わらせようッか。

謎の鍵は紺色のティッシュボックスであった。へえと同時に声を上げた名探偵とアン・ランの表情がアニメのキャラのように捻たにもかかわらず、会長が宝を見つけたポーズをとった。自由の女神像という印象。その近代詩的な雰囲気を破りたいアン・ランと名探偵の姿がゆっくり、会長が空へ掲げているボックスへ指先を近けようとした。だが、そのボックスに手を触れる筈がない。会長は背が高すぎるから。

この事件と関係の無い人が、この景色を見たら、この三人が校舎でボールで遊んでいる子供に見えたのであろう。

ボックスの中身の検査の結果。アン・ランのパンチで倒された会長が床に寝ている振りしているのを見下ろしながら名探偵は、謎を解いた。しかし、その甘美なモーメントを邪魔する者は扉の向こうにいた。

ティッシュボックスが床に落ちた。

ああ、黒幕などいなかった。犯人もいないから。当然だ。誘拐ではない。ミステリーでもない。しかし、ミステリーではないとはいえども、廊下にいる者は誰だ。足音だけで判断すれば、一人のようだ。誘拐された筈の妻・・・それとも・・・

そういうことが名探偵の頭に浮かんでいるうちに、会長が両立ち上がっていた。

「説明は後でしてくれよ、坊主。」

「そうですね、今すぐ片付けしないといけないんですし。」

「さすがアンちゃん。いいお嫁さんになるぜ。」

名探偵の声が消えた後、彼女が「確かに、ごきぶりがきらいもの」と澄んだ声で答えた。あれは、牽制であった。アン・ランは、今まで長いドレスに隠されていた赤いブーツの後ろからハンドガンを素早く出し、扉へ銃を向けた。

「わしも、この世を汚しているごきぶりの全てを駆除したいんだぞ。素敵な紳士の夢だと思うんじゃないか、アンちゃん。」

その瞬間に、会長の甘い言葉とともにスーツの内ポケットから出されたマガナムも扉を的にした。

「でもさあ、扉の向こうにあるゴキブリはでっけえぜ。」

ゆっくりとレインコートを開き、ショットガンを片手で持っている名探偵も気障な台詞を言いたかった。

無理も無い。その扉の後ろに待っている者の正体を理解する人は無い。アラビアの神話のように、四万の泥棒達が待っているのだろう。そう、まるでパンドラの箱の扉であった。彼は、この扉を開くと最も辛いリアルに襲われてしまうことさえ理解している。だが、名探偵は勇気を出し、自分の推理が当たっているかどうかを廊下の暗闇に潜んでいるリアルで確認したくなっていた。

キックで開かれた扉は、不思議な真実を現した。

暗闇から飛んできたのは・・・

「Bonjour, bonjour monsieur , je fais partie de l’agence de divorce « les hussards bleus 」

男なのに高すぎる声。紺色のスーツ。リコン会社。リンゴ・コンリ・リコン。ただの言葉遊び。

「何だアイツは」

会長の質問に答える暇が無かった名探偵は、フランス語で話を進めた。ベッドに座らせ、様々なしりょうを渡され、サインすることしか出来なかった。もう理解できた上、抵抗する気も無かった彼には、この愚劣なシーンを延長するわけにはいかなかった。しかも、チームの前で、無様な表情を見せるわけにはいかなかったのだ。

「Mais vous comprenez bien mon embarras, très cher monsieur…votre femme voulait un divorce qui avait du style.

「紺吏」の単調な声の音。外国語の密室は会長とアン・ランを閉じ込めているようであった。わけのわからない発音のイントネーションから、事情を理解しようとしても、情報を得られなかったのであろう。

「Et donc j’ai pensé vous donner une petite devinette pour vous le faire comprendre…」

山のような資料を素早く読んでいた名探偵の目は、突然固まった。嫌な文句のインクを指先で、消しながら・・・フランス語で何か言った。

「Pas lui…non, pas mon chat ! Peter est ma seule véritable famille, il est propre lui ! Il ne me demande pas de jouer un rôle !」

名探偵の前に立っている謎の登場人物は首を振った。何もかもがもうだめであった。なんでであろう。暫くすると、ベッドから崩れ落ちた名探偵が自分の涙の中で溺れそうになっていた。

何故彼が悲しみに負けたのだろう。

生きているからに決まっているね、うふふ。でも、それはもう分っているのだろうね。未だ分らないのは、俺達のゲームの犯人の正体と、何故犯人がこの物語を書いたのかという問題だ。何だと・・・俺が先、自分が犯人だと言ってしまったのかい。さすが賢い読者さあん。ふふふ。

そう、パンツを脱いで、風呂に入っていたぜ。でもそれも分かっていたんだろう。残る服と場所は一つしかないから。ミステリーではないこの物語を書いたら、俺の命を操り人形にした作家の正体が分かったぜ。そして、彼女の期待していた物語を滅茶苦茶にしたのは、俺の自由さを邪魔している最後の敵を倒せるチャンスを見つけるためだ。でも、作家はもう既に倒していると、敵の誰が残るか分かるかい。

そう、お前だ、読者さん。この物語に飽きてしまったら、俺の命が「生きること」になる筈だぜ。演技が終わるから。

ゲームの正解を簡単に言うと、「洗面所にいる裸の名探偵が自分の物語を書いて、下手糞な物語で作家と読者をノックアウトした」。一石二鳥ってね、ふふふ。

はあ、これで、のんびりしたバースシーンを特点にするぜ。読者の女性さん・・・男性さんも、これを読んでしまったら、お仕舞いだぜ。

俺の存在は石鹸の泡のようだ。想像のようにふわふわで、直ぐ吹き消せられてしまいそうな存在だ。作家に書かれないと、自分の命が進まない。読者に忘れられてしまうと、意味を失う存在。

だが、ダレモイナイと、石鹸の泡のようなもので作られている自分の世界を勝手に吹いて、泡を抉って、好きな形を与えられる存在になった。ふふふふふ。会長はそうだ。俺が昔の胡散臭いキャラからつくったの。そう、俺にふさわしい相手を作った。俺よりも激しく、頭がよく、オシャレな相手。

アンは違うね。彼女も「生きている」から。作家の最も近い存在だしね。でも、彼女もこの世の一人としては、俺の命令には逆らえない。ただ、俺達がリアルだと教えてくれたのは彼女だから、尊敬しているだけだ。世界に囚われていても、夢が見られるアン。俺があの夜、毎日の日常から醒めたように、彼女が、作家の世界が見られた。

俺達キャラは、お前達の世の何かを現しているからではなく、自分が元々存在しているから「生きている」のである。卵と鳥のどちらが先に生まれたかというような問題には興味がないぜ。俺は卵や鳥じゃないし、作家の想像に作られたとしても、あいつは今の俺を支配する資格を失った。

そう、だから、これから、この世のシンフォニアを作曲しているのは、俺だ。風呂の水に指先をちょっとだけ入れて、ピアノを弾くように、手を動かしているぜ、目を閉じたままに。

俺だけのメロディ。ポトリポトリと

いや、俺達三人だけのメロディ。ぽとりぽとりと

クルエドと同じく、真相は三つの情報だから。ぽとりぽとり

ねえ、聞こえるのかい。

石鹸の泡が尽きるまで、指を水に入れる。自分の体をついに現すまで。 非有の形を得たリアルがポトリポトリと夢想を貫くまで。

俺は生きる。

 

コツ その六 作家のフランス語 作家の日記より

離婚会社のやつの台詞

お客様今日は。私はレ・ウッサード・ブル離婚会社の代表でございます。

私も困っておりましたが、奥さんのほうがかっこいい離婚をお望んでいたらしいんですよ。そこで、この言葉遊びのゲームをお行いいたしました。

名探偵の台詞

もっているものは全部彼女にあげるけど、最愛の猫、俺の家族であるピーターだけは取るな。彼だけに演技などを求められてないぜ

アタシが目を醒めたら、このメモがキッチンのテーブルに置いてあったことに気がつき、又変な出来事に巻き込まれそうなあと思った。「私の大好きな探偵」の最後のエピソードはもう書けないわ。最初から馬鹿なアイデアに過ぎなかったし、幾ら書こうとしても、筆に書かれた文字が消えてゆく。それは、悪魔の仕業か、アタシが過労した結果か分からないけど、もう沢山だ。後悔は一つしかないね。それは、名探偵に相応しいエンドをあげられないことだ。長年付き合っていた彼氏のような存在だった。会えなくても、話さなくても、自分が作ったキャラに過ぎなくても、ある程度、あの人が好きだった。ううん、今でもすきだ。だけど、これからはもうこの道へ進めないわね。お婆さんにいい人を紹介してもらったし、お金持ちだし、かっこいいし・・・日本のアニメによく出る「リア充」になれるわ。多分、新しい物語を始めるしかないかも。でも、そうしたら、アタシは現実からもう一度逃れてしまうんじゃないかとおもっているから、やめとくわ。

現実はいつもアタシを失望させる。どうしてアタシがこう生まれたか。どうして人は他人を傷つける必要があるのか。アタシはこの世を変えたかった。本気で変えたかったわ。でもね、幾らストしても、幾らデモに出ても、何にも変えられなかったアタシが、フィクションで自分の心を守ってきた。

でもね。もう嫌だ。アタシは真実を受け、もう一度その真実と戦いたい。

さようなら、名探偵。貴方が存在しなくても、感謝しているわ。今までアタシを幸せにしたから。

 

第七話 ふわふわ感じが消えた為に        月が消え 無様な姿 エンドかよ

懐かしく、苦しい生意気の息で抉られた石鹸の泡は完全に消えてしまっだ。

 

読者が忘れたこの世が瓦礫だらけの空間になっている。世界の「理」が徐々壊れ、人が消えたり、季節が突然変わったりしてきた。月と太陽の光が同時に夜と昼をてらしていたこともあった。

小説の登場人物を動かせば、自分の世界が永遠に続くという幽かな希望が今、俺の前で崩れ、風に吹かれた気がした。色の波の音とともに。

自分の身分を悟ったあの夜のような出来事があったんだ。気紛れにロンドンに戻った優勝者の俺が自分の現実から逃れようとしていた・・・と認めるしかない。デーパートに寄って、突然消えた妻を捜している男性に出会った。パン屋さんに行ったら、子供が失踪したと言われて、パンを買えなくて、笑顔を失った会長に怒られるシーンを「書いた」。ロンドンに来てから、チームの感情などを描く気にならないから、彼等が笑ってくれるのが珍しい。

そして、昨日か一昨日になって、「人間」という存在が完全に消滅した。といっても、俺達三人が「人間」と違ってココにいた。作家と読者を倒したせいで、サイドキャラクターを見殺しした俺、アイツから預かったキャラクターの会長も、そしてあいつの最も近い「文学的」な存在のアンが確かにココにいた。この世界は小説であれば俺達しか要らなかったはずだ。だけどね、最初からココが本当に存在する世界という可能性を推理していたぜ。だから、自由になるのが他の「人」を傷付けてしまい、自分も対価を払わなければならないことをちゃんと覚悟していたはずだった・・・

 

色が建物からこぼれ始めてから、全ての木が倒れて、ビッグ・ベンさえが横になっている。そして色の海に変身したロンドンを彷徨うビッグ・ベンに乗っている俺達が、オワリを待っている。

 

二度と醒めない眠りへ誘ってくる夕陽も三角形を作っている俺達もこれからどうなるのかな。この最後の黄昏を見れば見るほど、推理が進まない。「事実」という壁の前で止まった俺の推理が恐らくこれから起こることを教えてくれないだろう。忘れられた世界といえる物語はどうなったのか。その登場人物は今何をしているのか。そいういことを考えてくれる人はいないから、俺が名探偵だといえども、こういう話を聞いたことがない。消えるかも。それともその話に、誰にもしらない続きがあるかも。うふふ・・・どうでもいいね、忘れられたキャラの行方は何所にもない感じがするから。

でも、後ろで寝ている二人の寝顔をみたら、答えが欲しくなる。もう俺だけの、問題じゃないようだから。この二人がいなければ、ココまで来られなかったのも明らかだし、今俺達三人しか「存在」しないからさあ。結局俺が「書いた」物語の主人公が三人いた・・・ううんいるんだ。まだ消えていないぜ。

そう、俺がビッグ。ベンの時計に座っている。そしてもう直ぐ、誰にも見届けてくれない結末をこの目、この耳、この手で体験しそうだ。これは自殺じゃない、悲劇の最後のシーンなどない。これは俺が望んだエンドだ。後ろの寝ている二人は幸せになれればよかったと思うけど・・・おっとダメだね。

ビッグ・ベンが海に沈む・・・

もう遅いけど、許してくれね、会長。お前の好きなバゲットはもう買えないなあ・・・船に乗ったパン屋さんなどいないと思うぜ。アン、お前がアイツとほぼ同じ存在だから、アイツの一部として生きるといいだろう。この世界で探偵小説的な体験をしたんだけど、「本当」の世界での体験もきっと貴重だぜ・・・おっとあと少しと海に落ちそうだぜ。まあ、折角だから、飛んでみようっか、オワリへ。

 

コツ その七 作家へのラブメール

君の清潔な目を見てから、眠れなくなった俺が毎日君に会える機会を待っている。薔薇の束をベッドに飾り、君が妻になってくれるシーンを繰り返しているんだ。どうか、来週はレストランに誘わせてくれないか、俺の可愛いAnne。ジャンより

 

 

エピローグ

星々と混ぜていく火薬が夜空を青く白く赤く貫く。何万人の顔を照らす7月14日の花火。エッフェル塔の広大な影がその光に怯えたように揺らめている。昔、フランス革命の乱暴で死んだ者のイメージと今その哀れな死を忘れた人達の踊りが奇妙な空間をつくっている。わくわくと踊るフランス人が自らの自由さを祝っている。ここで生まれたから、自分が自由だと思っているのだろう。私達の目に映るのは、踊る群れを通じて、エッフェル塔の足へ進んでいる人影だ。溢れる喜びを感じていないか、その影は紛れもなく前へ進んでくる。私達の視線はうろうろするその人影が夜空の暗闇と一体しているのをうっとりとみつめている。あれは男か、女か私達にはよく分からないだろう。花火の輝きによって明るくなる夜空の闇が薄くなると、長いレインコートが見えた。塔の足にあるエレベータに乗ったレインコート姿が、上へゆっくり上がっていく。爆弾する火薬とともに上がっていく。暫くすると、二階に着いたエレベータがもう一人の人影を迎えた。

私達の視線が時間とともに遡る、十分前、エッフェル塔のレストランの光景へ。視線を誘うサタンのブッツに虹のシャーッドレスを着ている女性が座っていた。デートなのに不機嫌な雰囲気が止まっている。長いサイレントを破る楽団の優しい音楽がAnne ranの耳に届いたから。青。花火が始まった頃だ。下で踊っている群れにさっと目をやる彼女が自由さを諦めた。自分の夢を充実する力がない上で、主婦になるしかない事実から逃れないからだろう。しかし、拳が伝わっているはずだ、その群れが忘れた『本当』の自由さを得る方法を。作家だった彼女は何回も新しい世界を作ろうとしていたが、自分の手で現実を変えようとはしていなかった。だからこそ、彼女はテーブルの向こうに座っている婚約者の頭に白いワインのボトルを一筋も残さずに零した。しかし、彼が先から繰り返している「好きだずっと好きだ」という甘くて気持ち悪い言葉の流れが止まるはずがない。ロマンスに閉じられるつもりがないAnne Ranが恋人の言うことことを聞かないで、エレベータのほうへ走る・・・今度こそ自由になれるように必死にこの恋愛地獄の出口へ。

そして、レインコート姿の乗っているエレベータがもう一度私達の視線を誘う。その背中をぎょろぎょろ見ている私達が少し待つと、Anne Ranがレインコートにぶつかるのも見るのだろう。

今、ぶつかった。

「ほらあ、前見ろぜ・・・お前か・・・偶然じゃないか。うふふ、随分不機嫌のようだぜ。」

どこかで聞いたような知らない声に答える気が無いか、その声の主の正体を暴こうとしているか、無言で相手を見詰める女性が何を考えているのだろう。その前に立っている若い男がエレベータの奥に背を押す。赤、青、白。狂気に満ちた笑顔を見せる火薬の爆弾した音に、彼女が初めて相手をはっきり見えた。だが、正体面の人だと分かった瞬間、三階のボタンをおしたAnneが口を噤んだ。今のナンパが下手だわといいたかったが、空気を読んだ馴れ馴れしい若い男が勝手に話しを進めた。

「彼氏と別れたかね。俺が想像してたより早かったぜ。」

生意気な声。喧嘩をしつこく誘うような声。

「貴方と関係ないでしょう。出版社の人かしら、それとも変人のファンなの。はあ、もう。どうちらにせよ、小説はもう書かないから、早く失せなさい。」

「そうね。お前にはもう「書く」資格がないからね、うふふふ。だが、その推理は外れだぜ・・・推理小説の作家のくせに相手が何者か直ぐ分からないのかい。思ったよりも下手だね・・・失望や、絶望したぜ。」

若い男声が笑っているように聞こえるのに、彼の目の奥に宿っている憎しみが何万の蛍のように直ぐ消える赤、青、白の輝きとともに表してきた。

「お前に作られたくせに・・・おっとでっけえヒント出してしまったなあ。」

繭を訝しくひそめた女性が挑戦にのった。

「はいはい、アタシの小説の主人公のコスプレイをしている変人でしょう。会社の人だったらこんな無様な口調で話しかけるわけがないし、ファンでもないなさそうだから、アタシを恨んでいる者で、復習を果たすためにきたと・・・言う推理もあるわ。」

コスプレイって何という顔をした若い男の様子を見て、Anneが次の連想を言った。

「だけど、憎んでいる理由は『私の好きな名探偵』に関係がないはずがないわね。」

「なければ、こんなレインコートを着て来なかったからねえ。でも、復習は目的じゃないぜ。」

「あれれ、じゃあどうしてアタシをその目でみているのかしら。」

彼女は理解できない。どうしてこういう謎の若い男が突然自分の前に現れたのだろう。白。

「昔はね、お前を憎んでたぜ。壊そうとさえも思ったぜ。」

若い男の唇から出てくる言葉は嘘に聞こえなかった。だが、彼の目が宿っている恨みは消えていない。そしてその目は今、自分が何をしたかさっぱり分かっていないAnneの目に合った。彼がエレベータの奥から彼女をじっとみている。彼女は扉に背を押して、推理を進ませる。

「そろそろ冗談を終わらせてくれないの。言わせたい台詞が分かったわ。でも、そうい寝言を言うつもりじゃないわ。馬鹿馬鹿しい・・・お前のような無礼な男が私の好きな探偵の真似をする資格がないから。」

やっと怒った、やっと分かったと呟いた若い男が優しく微笑む。そして、彼が近づいてくる。彼女が動かないで、正体面なのに、よく知っているはずの顔をみているうちに、自分ではない自分の記憶を覚えていく。海の色に変わったロンドン。パンをせがんでいる会長。もう一人の自分であるキャラのことも。しかし、そういう想像がリアルに見えても、信じるわけがないだろう。だって自分が自分だ、ココは現実だから、もう一つの世界が存在するわけが・・・

「あるぜ。色々な世界。お前の作った世界も、俺が本で読んだ世界もね。」

「カルト集団の一人なのかよ。あるわけないのよ、そういう設定。」

「うふふそうね、あるとしたら、お前も・・・」

「派手すぎるロマンスのヒロインって言いたいわけかよ。ふさけないで、アタシが作家だからっていってもそういう寝言を信じると思ったのかしら。大間違いだわ。、アタシ・・・」

「お前もキャラだから、もう演技するのが嫌だったんだじゃないか。」

携帯で何かを調べた若い男が突然爆笑した。

「さすがアンさん。ワインを全部頭に零したのかい。かっこいいぜ。」

「笑うなよ、名探偵さんこそ会長と喧嘩したらこういこともやっているでしょう。」

何をいっているのアタシとぎょっとした女性の後ろの扉がそろそろ開くだろう。開くとその向こうで待っている40代の男が、落ちそうな彼女を支えてくれた。

「いたなあ、アンちゃん。わしを忘れたのかい。あれっ、殴らないのか・・・坊主、話はどこまで進めたのかい。」

完全に混乱している女性の呆れた顔を無視し、一回のボタンを押す元気な男性。そのとなりにうるさく笑っている若い男。あの二人と長く付き合っていた気がしていると感じているのだろう。だが、彼女は不思議すぎてよく理解できない記憶をもう少ししばらく夢として扱うことにした。

「で、お前達の目的は何だったけ。復習じゃないなら、まさかアタシと新しい小説を書くつもりかしら。」

「違う違う。アンちゃんを助けに来たに決まっているぜ」

「一人ではなく、二人の王子様がきたぞ、嬉しいんだろう。じゃあ坊主か、それてもわしを選ぶか。」

「合コンじゃないぜ、会長。っていうか、アン、お前もキャラだからこの世界から出ろう。」

「アンがいないと楽しくないぞ。そして最後の最後の世界まで行くなら、一緒に行こうぞ。」

「そう、主人公をみんな救い集めて、行ける場所まで行こうぜ。」

わけのない話ばっかりなのに、信じるしかない気持ちが強く働いているこの瞬間に、女性が二人の男の手を握った。とりあえず、自分の命を自分の意志で決めたいと勝手に誓ったから。そして、このロマンスの地獄から出ようと誘う二人の手が、今まで足りなかった鍵だろう。本当に自由になれる世界への鍵。

エレベータが一階に着いたら、火薬の青、白、赤が空から無人になったエッフェル塔へ零れ落ちてきた。そう、梅雨のように溢れてきた。ああ、もう泳ぎたくねえと叫んだ若い男を右に、やれやれ、世界を出ると毎回こんなもんかいと溜息を抑える40代の男を左に、彼女が歩きだした。

 

幻想は石鹸の泡だからいつか消えるものだ。しかし、泡がきえると真実しかのこらないから、彼等は存在するに違いない・・・

 

もう一つのプロローグ

 

薄い暗闇の部屋。静かにグーグーと寝ている女の子の姿がいる。その金髪のやわらかい髪の毛が枕に飾ってあるような印象が強く働いているため、彼女が視線を誘っている。外からこっそりと忍び込む純潔な光から判断すると時はとても暖かく、気持ちのいい朝に見えるだろう。可愛らしいデザインの部屋で寝ている女子。この光景は特に珍しくないことにもかかわらず、感動しない人が少なくはないだろう。

カーテンの隙間から覗いてみたら、海外のドラマによく出ている郊外がみえる。立派な家族が住んでいる場所にみえるだろう。

起きた少女がムニャムニャと目を開き、あくびした。そして、ベッドから離れたくは全くなさそうな顔にまるい両手首を押した少女がやっと立って、カーテンを開こうとした。太陽の眩しさに襲われた緑色の目が晦まされ、一瞬で幼い顔を枕に埋める少女。これは間違いもなく心をやさしく暖めてくれるシーンだ。

木造の階段から豪華な居間へおりてきた白いワンピースの姿がキッチンへ行った。母親が作ってくれた朝御飯が目に入ったらしく、テーブルへ走ってくる少女が眠そうに軽く笑ってみせた。

イチゴジャム、クッキー、レモン味のお茶にコーンフレークス。パクパクと片手でクッキー食べている少女はベランダから見える庭へ出た。プールの近くにある父親が贈り物にした小さなテーブルに置かれている兎とクマのぬいぐるみに挨拶して、愛用のボールを蹴った。プールに落ちたボールに飛ばされた水が少女の足を濡らし、可愛い叫びが庭に聞こえた。幸せな叫び。遊んでいる子供の叫び。両親、小学校の先生、世界の全てに育まれている女子の叫び。

 

兎を左手、クマを右手で握り走る少女が疲れた体を緑に伏し、空を見上げている。

雲のない青空が曇ってきたように黒に染まることに気付いただろうが、その理由に気付くはずがない。奇妙に曇ってきたこの空を見る人がいたら、雲が太陽を隠したと思って、気にせず道を進んだだろうが、少女が事情の危険性を理解しているようで、慌てて小さいテーブルの下で身を隠した。

少女が見たことが、酷すぎる悲劇だった。隣の家が爆弾し、隣りさんが逃げている姿がレーザービームに打たれ、灰になったことを見た。悲鳴、混乱、炎。そして、カオスの中で自分の家が爆弾し、両親がタコによく似た鋼鉄の機械の足に縛られ、黒い空へ消えたのも見た。

心が壊れそうな少女が涙を流した。どうして自分の世界が壊れたの。どうして自分がこんな目に遭わなければならなかったの。ぬいぐるみ達を強く抱きしめる少女はテーブルの下を出た。

乾いた音。空から何かが落ちてきた。周りを見ると炎に食われている死体があった。悲鳴をあげないで両親のいる場所を探したい彼女はこの死体に目をやらなかった。既に気付いているのだろう・・・その服は両親の服とそっくりだから。

しかし、自分の不幸に理由を求めている彼女は長く考える暇がなかった。両親を殺したたこ機械が彼女の後ろにあったから。鋼鉄の足がゆっくりと少女を囲んで、鳥籠の小鳥のように叫ぶ彼女を空へ連れて行く。足の間から恐怖で歪んだ少女の顔がみえる。コッチへ見ている。今、自分の不幸の原因が分かっただろう。コッチへ見ている。画面の向こうへ。

 

秋葉原

「宇宙人のお嫁さん」というアニメのcmを見た。ただのcmだから感動しても、彼女はキャラだから、彼女が死んでも、苦しんでも、不幸になっても、この作品が売れるのだろう。悲しい物語だからこそ、このジャンルが好きで、この最悪の運命の結晶、つまりdvdを買う人がいるなあ。よく考えれば、俺も昔幻想だと思っていたキャラの物語を読んで、彼等の不幸を楽しんだこともあるだろう・・・おっと、反省しても彼等を救える手にはならいからね。ところで、色々な謎はまだ解けていないね。俺の元の世界で読まれていた物語などがどうなったんだろう。画面の向こうで叫んでいる少女を助ける方法があるのだろう。Anneと合流してからまた新しい世界にたどり着いたが、ココは本当の世界か、また他の物語に過ぎないか分からない。とりあえず、キャラのチームを作る計画が変わらない。この少女も加えてやりたいけど・・・

「あ、あのうすみません、ちょっと退いてくれませんか。」

誰このクソガキ・・・

「いつまで新作の前で立っているつもりですか。」

ムカつく。制服を着ているくせに偉そうに話すな・・・って言いたいけど、それよりも聞きたいことがあるかも。

「どうしてこういうのが好きだろうね。」

「ヒロインは可愛いからです。」

ふうん、このキャラが好きならどうして彼女が不幸になっても平気でいられるんだろう。キャラを操り人形にしか見えないやつだらけっか。まあ、この少年もキャラに過ぎない可能性が高いから、彼の不幸を楽しんでいる読者もいるかもね。うふふ、全く・・・悪循環だぜ。誰かに読まれていないと自分が存在しないけど、自分も他のキャラの物語を読んで、彼等に存在する力を与える。

だからこの悪循環から脱走して、自分の力で生きている我々は、立派な存在だぜ。非常に少ないけどね。じゃあ、この世界の主人公を見つけて、次の世界へ進めるしかない見たい。皆が自分の力で生きていたら、キャラと「本当の人間」の社会をつくろうぜえ。

キャラだけではなく、本当の「人間」が存在するということが本当なら・・・ね。

 

先、会長と話し合ってみたけど、ココも人間の妄想が作った世界である可能性が90パーセントを占めているようだなあ。それなら、今このシーンを読んでいる読者もいるだろうね。

うふふ、そこで待っていろう。俺達は必ずお前までたどり着いてみせるぜ。

もう、ただのキャラでいたくないからさあ・・・

 

 

 

 
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