No.504567

すみません。こいつの兄です。33

今日の妄想。ほぼ日替わり妄想劇場。33話目。週末だったので、少し長く書きました。ちょっとぶりの妹登場です。

最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

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2012-11-04 23:22:35 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:1199   閲覧ユーザー数:1099

 家では、思いのほか叱られなかった。というか、なにも言われなかった。荷物はどうするの?と聞かれたくらいだった。拍子抜けだ。不気味なので、夕食のときに聞いてみようと思ったら、ホットプレートと松坂牛が出てきて納得した。たぶん、佐々木先生かゾッド宮元から市瀬家に連絡が行っていて、市瀬家のご両親が説明してくれていたのだ。ひょっとしたら、謝っておいてもくれたのかもしれない。そんなわけで、修学旅行を途中でぶっちぎって勝手に帰るという伝説を作った勇者ナオトは、だれからも叱られなかったのであった。

 食卓では、生まれて初めての松坂牛を前に、妹のテンションがストップ高だ。

「んほぉー。この肉、激ウマっすよーっ!馬じゃないっすね。激ウシっすよー」

激ウシって何だ。猛牛か?

「あれっすかねー。牛さんは、自分で『俺の肉、絶対うまい!』とか分かってるっすかねー?もしかしたら、高級種牛さんとかって『俺の子供の肉、絶対うまい!』とか分かってるすかねー?」

最近は、小学校などで食育と言う教育をしている。食事をするということは、命をいただくことだから、食べ物への感謝を覚えましょうという教育だ。

 牛に感情移入しながら肉を焼く妹を見ていると、食育のやりすぎで焼肉をするたびに動物を殺害することに慣れていっていると思う。端的に言うと『貴様は今までに焼いた牛肉の枚数をおぼえているのか?』ということだ。

 肉は肉。牛さんは牛さんのほうが優しい女の子に育つ気がするが、妹は手遅れじゃないかな。

「真菜…」

「なんすか?にーくん」

「牛は英語でなんて言うんだっけ」

「ビーフっす」

手遅れだった。

「カウだろ」

「じゃあ、にーくん。ニワトリさんは?」

「ルースター」

「チキンじゃないっすか?」

本当に手遅れだった。たぶん妹にとって豚さんはポークで、羊さんはマトンちゃんだ。そして妹はあっさり食うのだ。さすがは小悪魔どころではない、マジ悪魔ガールだ。女の子雑誌風に言うなら、《キュートなデスサイスで彼氏に大悪魔しちゃえ♪どずぅっ!ぎゃああっ!》って感じだろうか。

 我ながら意味が分からない。

 

 贅沢な焼肉で腹が膨れると昨夜はバスでの車中泊だったからか、夜はずいぶん早く睡魔がやってきた。シャワーを浴びて、歯を磨いてベッドで漫画を読んでいたら、あっという間に眠ってしまった。

 

 夢の中。他には誰も乗っていないバスに乗っていた。なぜか、俺は寝巻き姿だ。パジャマで出てきちゃった。そう思っている。左腕には、真奈美さんが抱きついている。

 真奈美さんがすがりつくように左腕を抱えて、自分の体に押し付ける。

「どうしたの?真奈美さん?」

「……なんで、そんな…呼び方」

やんわりと非難の響きがある。そんな呼び方もなにも、今までどおりだ。

「今までどおりだろ」

「…ちがうよ…」

「なにが?」

「…わすれたの?わたし、お兄ちゃんの妹だよ…」

真奈美さんが、しがみついた左手に頬ずりするように甘える。胸もお腹も腕に擦りつける。

「…お兄ちゃん…お兄ちゃん」

真奈美さんって、もう少し胸が柔らかくなかったかな。などと、抱きつかれた記憶と比べる。夢の中では、体形も変わることがある。いつの間にか、バスは自分の部屋の景色に入れ替わっている。

 体の左側だけ熱い。夢が現実と混じりあって、いつか目を覚ます。

 左腕の感触はそのままだ。

 現実だ。

 現実だと?

 首を回すと、妹が布団に入り込んでいた。俺の左腕を抱き枕状態にして眠っている。

「ふざけんな。起きろ。バカ」

妹は起きない。

「起きろっ!」

わりと耳元で言う。叫びたいところだが、できれば両親にこの状態を発見されないほうがいい気がする。貧乳でガリガリのくせに左腕に感じる熱と感触は、生意気にも女の子だ。なんであんな骨が浮いてるみたいな身体で柔らかいんだよ。脚の上にも、細っこい脚が乗っている。

「真菜。マジふざけんな。今すぐ起きろ。即刻離せ。即時にベッドから出ろ」

わりと真剣に外に聞こえないギリギリの音量で叫ぶ。手のひらに汗をかいている。

 いくらなんでも、実の妹の体温に女の子を感じるのは変態すぎる。現実では、カウンセリングが必要なレベルだ。これ以上はまずい。

 右手を慎重に動かして、妹の耳を引っ張る。その耳元に、限界まで近づいて、ぎりぎりの音量で叫ぶ。

「起きろ!このバカタレ!」

「んは…っ」

変な声出しやがった。

「…お、にいちゃん…耳、くすぐったい…」

なんだと?『お兄ちゃん』だと?

「ふざけんな!甘えてんじゃない。踏むぞ!寝ぼけてないで起きろ」

「…おにい…」

させるかぁっ!妹の頬を右手でひねりあげる。

「ひぎゅっ!いでぇっ!」

さすがに妹の目が開いた。

「目が覚めたか?このバカタレ!なにやってんだ。とっとと自分の部屋にもどって寝れ!」

「ひーふん、ひろいっひゅ(訳:にーくん、酷いっす)」

「だまって俺の左手を離して、自分の部屋に戻れ」

妹の頬をつまんだまま命令する。

「…ひやっふ(訳:いやっす)」

「なんだとぉ」

「ひゅうひゃふひょほう、ひひょりへひっへひゃっひゅ。ひはりゃひゅ、いっひょにへへひひゃにゃはっはんはあら、ひっひょひひぇるっひゅー」

解読の難易度が高くなってきた。『修学旅行、一人で行ってたっす。しばらく、一緒に寝ていなかったんだから一緒に寝るっすー』と解読できた人はハードモードクリアだ。これ以上はエクストリームモードなので、右手を放す。

「修学旅行に妹を連れて行けるか。バカ」

修学旅行中に、真奈美さんが妹キャラなのは判明したけどね。

「わかってるっすー。だからー」

妹がますます俺の左腕を締め上げる。うわぁ…やめろっ。体温高いな。お前。

「だからなんだ?」

焦りが声に出ないように気をつけて聞く。

「せめて一緒に寝て取り返すっすー。ずいぶん長いこと一緒に寝てなかったっすー」

「アホかてめぇは!高校生になって兄妹で一緒に寝るとか、頭イカれてるだろうが。ずいぶんもなにも一生ない!」

「……」

妹がフリーズする。

 え?

 この妹の顔は、あれだ。子供のころ、妹が泣き出す直前のあの顔だ。子供のころに、友達のうちにお泊りしてきた翌日にマジ泣きしたときと同じ顔だ。

「ひぐっ…」

ちょっと待てぇ!

「お、おい」

わけがわからない。俺、なにか間違ったこと言ったっけ?高校生になったら、妹と一緒に寝ないって普通だよな。普通だろ。妹が左肩に顔をうずめて、えぐえぐ泣きはじめた。あの妹がだ。

 予想外すぎる反応に、軽くパニックを起こしそうだ。

「…い、一生なんて、いやぁ…っすー。な、なんでっすかー。おに…にーくんと一緒に寝たいっすー」

「な、なんでも、なにもあるか。妹と兄は、思春期以降は一緒に寝ない」

特に第二次性徴後はだめだ。いくら妹が第二次性徴の度合いが少ないからといって、こうやってベッドの中で薄いパジャマだけでしがみつかれると、なんていうか…けしからん。

「……いやっすー。わ、わたし別に…せ、生理とか来なくてもよかったっすー。し、思春期なんてなくていいっすー。それより、お兄ちゃ…にーくんと一緒がいいっすー」

生理とか言うな。この状況で!あと左腕に全身こすりつけるのマジでやめろ。

「左腕を放せ。今すぐ」

「放したら、一緒に寝てていいっすか…」

泣きながら、そんなこと言うのはずるくないか?くそったれ。

「…い、いいよ。でも、明日五時くらいまでな。朝の早いうちに自分の部屋にもどれよ。それまでだからな」

「…さ、最後にならないっすよね…い、一緒に寝るの…」

最後にしないとまずいだろう…と思うが、情緒不安定丸出しになってる妹にそんなことは言えない。

「ならないよ。たぶん」

「……」

妹の手が緩む。左腕が解放される。こっちを向いていた妹があおむけに寝返りをうつ。

 ほっとしたような、少し左腕が涼しいような。

「…手、つないでていいっすか?」

「まぁ、そのくらいなら…」

意味がわからんが、また泣かれてもこまる。女子力が小数点以下三桁までゼロのくせに、泣かれると攻撃不能になるところだけは女の子してて面倒極まりない。

 妹の小さな手を左手の中に感じながら、目を閉じた。

「つーか。お前まで、真奈美さんみたいになるな。手に負えない…」

独り言を呟く。

「…ごめんっす…。わかってるっす。でも、たまには…甘えたいっすー」

修学旅行の疲れに感謝だ。またすぐに眠気がやってきて、あっさりと二度目の夢に落ちる。

 

 翌日、目を覚ますと、妹は部屋から消えていた。一瞬、昨夜のアレは夢だったんじゃないかと思った。シーツに残った微かな妹の匂いが、現実だったと教えてくれる。中学生になったあたりから、どんどんエキセントリックになった妹が昨夜だけ小学生のころみたいだった。左腕にしがみついてきた体温だけは、小学生のころと違っているから困ったものなのだけど…。

「あ…」

携帯がちかちかとメールの着信があったことを伝えている。開くと、橋本からだった。

《荷物、学校においておいたから、勝手に回収しておいてくれ》

ありがたい。持つべきものは、友達だ。

 着たままバスの中で一晩眠ったりして、若干よれた制服を着る。ジャージのほうが楽なんだが、残念ながら真奈美さんがズボンの方は履いていってしまった。そっちも回収してこないとな。

「学校に荷物置いてあるみたいだから、取りに行って来るー」

母さんに、そう言って家を出る。

 学校へ行くのに手ぶらだと、なんだかカバン丸ごと忘れ物をしているような変な感じで落ち着かない。そういえば、真奈美さんを連れずに学校へ行くのは五月以来なかったことだ。そこも落ち着かない。落ち着かずに電車の中をきょろきょろと見渡してしまう。ツアー旅行の宣伝が吊ってある。『小学生半額』。ロリコンさん的には、とんでもないことが書いてある気がする。駅から学校までの道に、他の学生がいないと、なんとなく真奈美さんに付き添って通った夏休みを思い出す。あの時は美沙ちゃんとも毎日一緒だった。そうだ。妹に、謎メールの答えを聞いておかないと…。いや。ただの嫌がらせだったかな。昨夜のあの様子じゃ、その可能性が高い。

 教室に行くと、机の上に修学旅行に持っていったカバンが置いてあった。

「橋本、さんきゅ」

そこにいないハッピー橋本に礼を言って回収する。

 玄関で靴を履き替えていると、声をかけられた。

「二宮くん…」

佐々木先生だ。

 気まずい。電話での半泣きの声を思い出す。修学旅行中に二人脱走というのは、さすがに先生の立場が悪かったんだろうな。申し訳ない。

 佐々木先生が無言で近づいてくる。

 しかたない。叱られよう。覚悟を決める。あ、今なら言えるな。覚悟完了。

「…すみませんでした」

謝ってみる。

「どうして連絡しなかったの?」

なんでだろ?

「んー。思いつかなかったから」

「思いつかなかったの?私に連絡しようって…。バスに乗って帰ることは思いついたのに?」

佐々木先生の眉間にしわが寄る。佐々木先生って眉をそってないんだな。自前で、ああいう形なんだ。

「…バスに乗って帰るのは…予定通りだったから」

「…予定?」

つばめちゃんだし、いいか。言っちゃえ。

「…真奈美さんが修学旅行に行くって言ったときから考えてたんです。なにかあったら、どうしようって…」

「いざというときには、どこからでもバスで帰るつもりだったの?」

うなずく。

「修学旅行中のどこにいても、タクシーに乗って駅まで行って高速バスで帰るのに三万円あれば足りるって分かったから、真奈美さんの持ってるお守りに三万円入れておいたんです。真奈美さんが、修学旅行中に我慢できなくなったら緊急脱出するつもりだったから、予定通りといえば予定通り…。相談するまでもなくて」

「それで、私に連絡しなかったの?」

「はぁ…。まぁ、浅はかでしたけど」

「そう…」

つばめちゃんが、安堵と寂しさを混ぜた表情を向ける。ピンクのグロスを塗った唇が半分開いて、閉じる。

「あのさ。もし相談してたら、どうしました?真奈美さんが、これ以上クラスメイトと一緒にいるのを我慢できないって状態で…佐々木先生なら…つばめちゃんだったら…」

つばめちゃんの目がほんの少し広がる。

「…同じ、かな。たぶん、つれて帰ったわね」

「一組のほかの生徒は?」

「宮本先生にお願いしたわ」

「俺に、一緒に帰れとは言わなかった?」

つばめちゃんが息をのむ。

「ずるいわ。直人くん。そんな言い訳」

そうなのだ。真奈美さんが助けを求めていて一緒に脱出するしかないとき、近くにいるのが俺でも、佐々木先生でも、結局は近くにいる方が連れて帰っていたんだ。それがどっちでも、もう一方を頼る必要はない。頼られなかった側は自分が助けるべきだったと思うけれども、それは自分だけの都合。

「言い訳ってつもりはないけど…」

 しばらく、居心地の悪い沈黙があった。

「…ちがうの。腹を立ててるのは…そうじゃなくて…」

つばめちゃんの言葉の歯切れが悪くなる。なんだか悪いことをした気がする。

「あの、ごめんなさい」

「…ちがうの。その…市瀬さんのことはいいの。市瀬さんを連れて帰ったのは間違いじゃなくて。私…市瀬さんのことで、私を頼らなかったってのに腹を立ててるのでもなくて…その…たぶん」

ピンクのグロスが震える。噛み締める。

「…ごめんなさい。私も、よくわからないわ。も、もう行っていいわよ。…ごめんなさい。私、今回いろいろ上手に出来なかったわね…大人のくせに」

佐々木先生に叱られるはずが、いつのまにかつばめちゃんに謝られている。

 まぁ、いいや。逃げちゃえ。

 靴を履いて、校門に向かおうとして、ふと気がつく。

「そうだ。先生」

「な、なぁに?」

「なんで、大人はみんな俺に謝るんですか?真奈美さんのお父さんにも謝られたし…」

「それは…たぶん…」

「俺、けっこう楽しかったんです。武勇伝、作れたし」

「それは、たぶん…。私も市瀬さんのお父さんも、直人くんのことを子供だと思ってナメてるのね。それこそ謝らないといけないわね」

「…そうなんですか?」

あんなに丁寧に大人同士でするみたいな頭の下げ方を俺にする人が、俺を子供だと思ってナメているんだろうか?

「そうよ…。でも、あと少しだけ子供でいてくれると助かるわ。高校生のうちに大人になられたら、私も困っちゃうもの…。学校に先生以外の大人がいるとやりづらいの」

そう言って微笑んだつばめちゃんは、すっかり大人の余裕を取り戻していた。いつもの美人教師だ。

 子供でいる方がいいのか。

 バスの中で、ミルクをねだる赤ちゃんみたいな甘え方をした真奈美さんを思い出した。

 腕にすがりついて、大人にならずにいつまでも俺と寝たいと泣いた妹を思い出した。

 『やりづらいの』そう言ったつばめちゃんの声が頭の中に残る。

 

「ほら。おみやげ」

家に帰ると、妹も起きていた。日章旗が全面にデザインされたインパクト抜群のバッグを妹に渡す。

「うおおっ。かっこいいっす!ありがとっすー」

びしっと敬礼で礼を述べる妹。背筋も伸びていて、じつにいい姿勢だ。日章旗は、あのぐにゃぐにゃの妹でさえ背筋を伸ばさせる力がある。うきうきと妹が、部屋の壁にかけたフックにバッグをかける。隅を画鋲で軽く押さえて日章旗がぴしっとなるようにしているあたり、無駄に丁寧だ。

「ところで、真菜」

「なんすかー」

「修学旅行中に送ってきてた、謎メールはなんなんだ?美沙ちゃんがどうかしたのか?」

「あーあれはっすねー」

妹の表情がみるみる微妙な表情になる。

「なんだか、美沙ちゃんに電話した方がよさそうな気配の感じ取れるメールだったから、電話したんだけど出なかったぞ」

つーか、俺、美沙ちゃんに変態異常性欲犯罪者予備軍だと思われてるし。

「出なかったっすか?おかしいっすね」

「おかしくない気がする…着信拒否になっていても不思議はない」

「もう、なんかしたっすか?」

妹の表情は、ゴキブリ発見と同じ種類のものだ。

「もうってなんだよ!いつかはなにかするのが確定なのかよ!つーか。お前のせいだろうが!美沙ちゃんにエロゲとか渡したのは、お前だよな」

「それは、今、私も後悔してるっす。エルメス撃墜直後のアムロ並みに後悔してるっす」

「取り返しのつかないことをしてしまったのはわかっているんだな」

「で、にーくん。エッチなおしおきを私にするっすか?」

「リアル妹にそれをしたら、本気でアタマおかしいからな。ゲームと現実を一緒にするな」

「それっす」

「なにがだ?」

「美沙っちがゲームと現実をごっちゃにしてるっす。激ヤバ」

貧血を起こしたときのようなめまいがした。美沙ちゃんは、俺が現実でああいうことをすると思っているのか…。激ヤバだ。俺の立場とか、社会的信用度とかが激ヤバ。

 ついしゃがみこんでしまった俺の肩に妹が手をかける。

「大丈夫っす。フィクションと現実をごっちゃにしているのを逆手に取っておいたっす!」

自信満々だ。こいつ、今度はどんな余計なことをしたんだろう。

「なにをした?」

声が震えているのを自覚する。

「にーくんの部屋にあったラノベをがっつり貸しておいたっす!これで、美沙っちも純愛ラブコメ娘になってるはずっすよ!」

「ラノベを全部同一視するな。どれを貸した?」

「『とある飛空士への追憶』と…」

よし!グッジョブ!

「『H+P(ひめパラ)』全巻っす」

よし!アルゼンチン・バックブリーカー!!

「ひぃぎゃあああああー」

妹を肩の上に担ぎ上げて、回転。そしてベッドの上に落とす。

「ぐひゃあっ」

ひめパラは、たしかに俺のベストラノベの一つだが、それは俺のしたいことが一つ残らず実現されているという意味でベストラノベなのであって、すなわち美沙ちゃんに見られてはいけないものも一つ残らず実現されているのだ。

「そうだ。思い出した。お前に逆襲するんだった!」

「逆襲?!なにをするんっすか?」

「エロいことだ!」

「にーくんが、私にエ、エ、エ、エ、エッチな逆襲をするんすか!?」

「まちがった!お前の部屋でエロいものを探す!お前が俺にしたように!」

だれが、ガリガリのAAカップの妹にエロい逆襲をするか。

 まずは本棚だ。どこかにエロ本はないか。

「ひぎゃあっ!や、やめるっすーっ」

「ええい。やかましいわ」

すがりつく妹を突き放す。くっくっく、こいつのこの反応。いいぞ。さてはあるな。あるんだなぁ。俺に見つかりたくない禁断のブツが、この部屋にあるんだなぁああああ。

 机の引き出しを開ける。

「ひぎょおおーっ。ら、らめぇー。お兄ちゃんやめてぇー。そんなとこ、開いちゃいやああー」

んん~じつにナイスな返事だ。おっと、なんだ。このノートは…。わざわざ封筒に入れてあるあたりが、実にグッドだ。ちゃらりらー。

「…ぎゃあああああっ!」

妹が奇声を挙げてノートに突撃してきた。すんでのところで、ノートを天にかざす。身長146センチの妹では届きもしない。ぴょんこぴょんこと空しいジャンプを繰り返すのみだ。その体勢のまま、ノートを封筒から取り出して開く。どぉれ?どんな禁断の内容なんだ?

 ビンゴォ。

 ノートの中には、つたない線で装飾過多な刀を持ったファンタジー風の男のイラストが描いてある。人生の中でもっとも見られたくないという禁断の中二設定ノートだ。

「こいつぁ。素敵ぃなものをみつけぇたぁーぜぇー」

ニタァリ。

「うぎゃああー。や、やややや、やめてにーくんっ。やめてぇ!お願いぃーなんでもしますからぁー」

妹が腰砕けで、俺の腹の辺りにすがりつきながら哀願する。

 くっくくく。やめられんなぁ~。

「だめだな。やめられん」

「な、なんでれすか?」

「楽しすぎるからデスッ!」

楽しすぎてやめられない、スーパーな朗読タイムの始まりだ。

 

 数分後、妹は平坦な胸をかきむしり、頭を抱えて、ベッドで毛布をかぶって右に左にもだえ転がっていた。

「『…後に不死の聖戦士(イモータル・パラディン)となり、世界の守護者となる』ほぉほぉ」

「いやあぁあ。やめてぇ。やめてぇえー」

妹が頭蓋も砕けよとばかりに壁に頭突きを繰り返す。

「『…主人公の妹として育てられたが、実は転生した光の皇女にして神の刃(やいば)』なるほどぉ」

「ひぎぎぎぎぎ」

妹が枕を抱きしめて、背中をそらせてブリッジする。ページをめくる。

 見開きでイラストが描いてある。主人公のイモータル・パラディンが血まみれの光の皇女を抱きしめているみたいな気がする。背景は岩山と廃墟だ。

「このイラスト、がんばって描いてあるな。ほれ」

描き込みすごい。罫線のあるノートじゃなくて、画用紙に描いておけばよかったのに、もったいないな。まぁ、頭身のバランス変だけど。イモータル・パラディンの肩幅、いくらなんでも広すぎるぞ。

「お、おねがいでしゅ…も、もう勘弁してくらはい…」

学習机の椅子に座って、中二設定ノートを朗読する俺の足元に、妹が這い寄ってくる。完全にグロッキーだ。目は、涙目を通り越して焦点があってない。

「…ゆ、ゆるしてぇ…」

中二設定ノート。すごい破壊力だ。ノートに書いてあった古代部族の魔法の威力が本当に顕現してる。妹限定で。

「よし。じゃあ、とりあえずここまでにしておいてやる。そのかわり…」

「なんでもします。なんでもします。なんでもします」

妹は中二設定ノートの呪文で完全に破壊されている。すごい。本物の魔導書発見だ。中の呪文を唱えるだけで、使い魔を望むがままに使役できる。

「美沙ちゃんの誤解を解いておいてくれ。せめて、誤解を解ける場をセッティングしてくれ。いいな」

「わかりました。わかりました。わかりました」

「それまで、こいつは人質だ」

「ひぎぇ!?」

ノートを元の封筒にしまい、セロテープで封筒の口を封印する。

「一週間経って、美沙ちゃんの誤解が解けていないそのときは…」

「…そ、そのときは?」

「そのときはこの封印が破られ、絶望が世界に広がる。具体的には、全スキャンしてTINAMIに大投稿」

「ひぎぃっ!わかりました。わかりました。お望みのままに。お心のままにぃー」

もう大丈夫だ。使い魔と化した妹は全力で美沙ちゃんの誤解を解くだろう。

 

 このとき、俺は忘れていた。魔法で呼び出された悪魔は、呼び出したものの魂を喰らうのだということを…。

 

(つづく)


 
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