No.503306

すみません。こいつの兄です。32話

今日の妄想。ほぼ日替わり妄想劇場。32話目。修学旅行編終わり。ちょっとゾッド宮元先生のいいところが書けて楽しかったです。オッサンも好き。

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(第一話) http://www.tinami.com/view/402411

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2012-11-02 00:32:44 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1077   閲覧ユーザー数:973

 尻の下で携帯電話が震えた。あ。そうだ。しまった。

「直人くん!どこにいるのっ!」

通話ボタンを押したとたんに佐々木先生とつばめちゃんの両方のフュージョン体が絶叫した。マジ怒りっぽい。今までにこんな佐々木先生の声を聞いたことはない。少しびびる。臆病者の本領発揮だ。

「高速バスの中です。…真奈美さんも見つけましたよ」

つばめちゃんの息をのむ音が聞こえる。

「なにしてんのっ!このバカっ!なんで!なんで私に連絡しないの!」

そういえば何でだろう?その手もあったかな。半泣きで逆上する佐々木先生を電話の向こうに、暢気にそんなことを思う。

「…真奈美さんと帰っちゃいたかったからかな?」

「ふざけないで!なんで、連絡しないの!?なんで?!そんなこと勝手にしたら、あんたが修学旅行の途中で勝手に女の子を連れ出して外泊したことになっちゃうでしょうがっ!現実でそんなことしてタダですまないわよ!このクソバカっ!なんで連絡しないのっ!」

そういや、そうか。修学旅行三日目にフケて自宅のほうに二人で朝帰りって思う人も出るのか。というか、大部分がそうか。やばいかな。

 そう思うと、電話の向こうで半分というか七十パーセントくらいヒステリーを起こしているつばめちゃんの言うことも分かる。足とか拭いてたし…。

「二宮」

電話の向こうの声が野太くなる。うわ。ゾッド宮元だ。切っちゃおうかな。

「…やっぱりそうか。市瀬といるんだな」

「はぁ…」

「バカモノ。そういうのを浅はかと言うんだ」

言うとおりだ。つばめちゃんに怒られるまで、高校生カップルが修学旅行で抜け出して外泊あぁ~んなんて状態になっているとは思わなかった。

「おっしゃるとおりで…」

臆病者はへらへらするしかない。

「いいか。今から言うことを一つも間違えずに暗記しろ」

「は?」

「今から言うことを暗記しろと言った。わかったか」

「はい」

「お前は、無断外出してゲームセンターにいるところを俺に捕まった」

「はぁ」

「復唱しろ」

「えーと、俺は無断外出をしてゲームセンターにいるところを宮元先生に捕まった」

「よし。次だ。『一日目のロビーの件の反省が見えないお前は、修学旅行中止で強制送還になった』覚えたか」

「はぁ。一日目のロビーの件の反省が見えないので、俺は修学旅行中止で強制送還になりました」

「よし。『ちょうど、体調が悪くなって修学旅行を続けていられなくなった市瀬に付き添って一緒に帰れと俺がお前に命令した』

「体調が悪化して修学旅行を続けられなくなった真奈美さんに付き添って一緒に帰れと宮元先生に命令されました」

「最初から、つなげて言え」

「俺はゲーセンにいるところを宮元先生に捕まって、一日目のロビーの件の反省が見えないとして強制送還になりました。体調が悪くなって修学旅行を続けていられなくなった真奈美さんに付き添って一緒に帰れと宮元先生に命令されました。」

「そうだ。ところで、なんでお前は高速バスに乗っているんだ?」

「宮元先生にゲーセンにいるところをつかまって、体調が悪くなって修学旅行を続けられなくなった真奈美さんと一緒に先に帰るように言われたからです」

「そうだ。到着するまでたっぷり反省してろ。ロビーのテレビで朝までゲームはするわ、他人の飯を食って腹を壊すわ、本当にバカ野郎だなお前は。市瀬は体調が悪いんだ。気を使ってやれよ」

電話が切れた。

 しばし、液晶画面を見つめてしまう。

 つばめちゃん、パニクって少し涙声になってたな。悪いことしちゃった。

 それにしても、最悪の事態はまぬがれるのか?思わぬところから救いの手が伸びてきてたな。

「…おこ、られた?」

怒られた…のかな。つばめちゃんに罵られて、ゾッドにもバカ野郎と言われたけど、怒られたのかな。あれは。

「そういうことになってるみたい。俺はゲーセンにいるところをゾッドにつかまって、強制送還中みたい」

「…わたしは…具合が悪くなって強制送還?」

「そういうことみたいだよ」

「……そっか」

「…具合の悪くなった真奈美さん。そろそろお弁当食べようか?」

「…うん」

 

 二人で並んで、カキフライ弁当を開く。

「いただきます」

「…いただき…ます」

ぱくぱく。ぱくぱく。ぱくぱく。

 焦ったり、どきどきしたりして思ったよりエネルギーを使っていたらしい。お腹すいていたらしい。二人で無言で食べる。サクサクの衣と染み出るカキの汁が美味しい。タルタルソースも美味しい。横を見ると真奈美さんも、ぱくぱく食べ進んでいる。

「ごちそうさま」

 ご飯粒も残さずに、二人ほぼ同時に食べ終わった。

 ペットボトルのお茶も少し冷めてしまったけど、美味しく感じる。

「…おいしかった…」

お茶をひとくち含んだ真奈美さんがほぉっと息を吐く。

 外を見る。どの辺りを走っているんだろう。夜の高速道路の景色は変わらない。流れるオレンジ色のナトリウム灯がリズムを刻み、ディーゼルエンジンの低い音が単調に唸る。右腕に温かさと重みを感じる。ふと見ると真奈美さんがもたれかかって、寝息を立てていた。

 パーカーを脱いで真奈美さんの膝にかける。なんとなく、様式美。

 たいくつだ。

 デイバッグだけもって、文字通り飛び出してきたからな。本もなければ、ゲーム機もない。携帯電話はあるけど、電池が切れたら色々面倒だ。電源切っちゃえ。

 暇だ。

 バスが揺れるたびに、肩にもたれかかる真奈美さんがずるずるとこちらに倒れてくる。そんな角度じゃ寝違えるぞ。いっそのこと倒れてしまえ。そっと真奈美さんの肩を掴んで、ずらす。細い肩だな。そのまま、横向きに膝枕状態にする。それでも真奈美さんが目を覚ます気配はない。まぁ、疲れているんだろうな。昨夜はロビーのソファだったし、その前だって安眠できたような気はしない。

 暇だ。

 ……。

 顔、見ちゃおうかな。

 起こさないように気をつけて、前髪をそっと分ける。

 ……。

 目を閉じてると、本当にお人形みたいだ。ほくろ一つ、吹き出物ひとつ見つけられない。左右対称な顔。あんまりに綺麗過ぎて蝋人形とか、そんな感じだ。フリースとジャージなのに、俺の膝の上だけゴシックなお耽美世界が広がってる。足に感じる体温。フリースの胸が規則的に上下する。床に置いた靴からほんのりとアンモニアの匂い。かすかな生き物の証。

「顔は出したくないといっていたな…」

また静かに前髪を戻す。いつもの真奈美さんに戻る。なぜか、ほっとした。真奈美さんの素顔は落ち着かない。こっちの方が落ち着く。

 自分で前髪をどけておいて勝手なことを思ってるな。ごめん。

 

 真奈美さん…。

 いつの間にか寝ていた。

 

 どのくらい寝てたんだろう。窓の外は相変わらずの高速道路。携帯電話の電源を復活させる。午前二時。静岡県くらいかな。

 

 真奈美さんは、寝落ちたときと同じ姿勢で俺の膝に頭を載せて寝ている。死んでたりしないよな。あまりに身じろぎ一つしないので不安になる。大丈夫だ。ちゃんと呼吸はしてる。規則的に上下する胸を見て、控えめな丸みにちょっといいなと思う。真奈美さんなのに…。

 暇だし、目が完全に覚めてしまう前にもう一度眠ることにして目を閉じる。

 なんだか、三日前に家を出たのがすごく昔のことな気がする。

 悪事をしでかして強制送還で一日早く帰るんだよな。怒られるな。ひさびさ父さんの北斗岩斬波を喰らうかな。とはいえ、強制送還でも随分罪状はマシになっている。ゾッド宮元に感謝すべきだろうか…。

 妹はどうしているだろう。あ、いかん。妹へのお土産も全部宿においてきてしまった。妹にも怒られるかもしれない。

 そういえば子供のころ、友達の家にお泊りして翌日に帰ったら、妹がマジ泣きしてたことがあったな。あれは何歳くらいだったかな。俺が一人でお泊りに行くくらいだから、そんなに小さくなかったはず…。小学校三年生くらいだったかな。あのころは、よく妹と一緒に寝たりしてたな。今でも俺の部屋に入り浸っていることが多いけど…。中学生に上がるころに、納戸を片付けて妹の部屋に改造したから、いまだに俺の部屋が共同使用みたいな感じになっているんだ。

 あんまりだらだらさせるのやめよう。

 たまには追い出すようにしよう。

 もしくは、あいつの部屋に入り浸って逆襲しよう。逆襲のほうが面白いな。妹にエロゲとかエロ漫画とか発掘されてるしな。そうだ。逆襲するぞ。

 女の子って、エロ本とか見るのか?どんなのが発見されるのか楽しみになってきた。

 …女の子の一人エッチって、どうやってるんだ。

 エロい夢見そう…。

 

 また、眠りに落ちる。

 

 次に目を覚ますと、日が昇っていた。

 窓の外は高速道路の遮音壁だ。ということは、都市部を走っているということだ。もう少しで到着かな。

 視線を落とすと、膝の上から真奈美さんがじーっと見ていた。おきてたのか…。

「…おはよ」

そう言って、真奈美さんの目がすっと細くなる。

 ころんと寝返りをうつ。うわ。

 顔が俺の身体のほうを向く。ちょ…。膝枕状態から、そっちの方向に寝返りを打たれると…その、あの…とあるものが、至近距離だよ。真奈美さん。

「…のど…かわいた…」

「お茶、あるよ」

「…のませて」

なにをしろって?

 いや、いいけどね。いいんだけどね。

 真奈美さんの席の前から、飲みかけのペットボトルを取って開ける。真奈美さんの口元に持っていく。真奈美さんの口にペットボトルを咥えさせて、溢れない程度に傾ける。なんだか、赤ちゃんにミルクをあげてるみたいだと思う。真奈美さんは妹かと思っていたが、娘なのか?妹と娘の中間か…。どっちにしても、甘えんぼ属性だ。

 真奈美さんが起き上がる。

 だまって俺を見る。

 携帯が震える。メールだ。

 

件名:お世話になっております。市瀬です。

 

 うわ。なに?

 

本文:お世話になっております。市瀬真奈美の父です。バスターミナルまでお迎えにあがります。ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 

「真奈美さんのお父さん、迎えに来てくれるって」

 バスが高速を下りる。明け方の街を少し高い視点で見ながら、バスが進んでいく。静かに速度を落として、バスターミナルへと滑り込んだ。長い帰り道の終点。

「靴、大丈夫?」

「…うん…」

真奈美さんが靴を履いたのを確認して、お弁当のゴミを入れた袋とデイバッグを持って降りる。

 降りると、まん前に市瀬家のお父様が待っていた。

「お世話になりました」

白髪交じりの頭を下げられる。落ち着かない。

「え、いえ…その…べつに」

しどろもどろとは、このことだ。ごにょごにょとしか返事が出来ない。大人の挨拶って意外と難しい。お父様の運転する車に乗って、市瀬家に向かう。

「二宮君。どうする?うちで少し休んでいくかい?それとも、すぐに二宮君の家に送っていこうか?」

家か…父さんは、まだ仕事でいないだろうけど、母さんには怒られるだろうなぁ。

「とりあえず帰ります」

ダブルで叱られるよりは、まず母さんにひとしきり叱られておいて、夜の説教は母さんになだめ役にまわってもらうほうがマシな気がする。

 真奈美さんが降り際に言う。

「…あり…がと…たのしかった」

んな馬鹿な。あの修学旅行を真奈美さんが楽しんだ?そんなはずはないよな。かといって、真奈美さんが気をつかって、そんなことを言うとも思えない。

「な、なにが?」

つい、間抜けな質問をしてしまう。

「ゲームとか。トランプとか…カキフライ…とか…」

そっか。楽しかったんだ。

 予定とは随分違った修学旅行の終わり。だけど、楽しかった。

 それなら、よかった。

 

(つづく)

 


 
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