No.498367 すみません。こいつの兄です。272012-10-20 22:10:08 投稿 / 全3ページ 総閲覧数:1214 閲覧ユーザー数:1126 |
「あんた、バカ?」
バスが宿に到着すると同時に、三島がロボットアニメのキャラクターみたいな蔑みの言葉を投げてきた。
「せっかく四日しかない修学旅行なのに、最初から台無しじゃない」
本気の不機嫌さを隠そうともせずに怒っている。
「悪かったよ。ま、おかげで本には集中できたぜ。おもしろいな。あれ」
なにせ、横にはゾッドが筋肉ムキムキで座っているのだ。暑苦しい三角筋や三頭筋に触れてしまわないように、身体を縮こまらせて本を読んでいるしかなかった。
「…で、でしょ。最初読み始めると、謎と展開の早さに引き込まれちゃうのよね」
不機嫌が吹き飛んだ。こいつは、よほど本の話をする相手に飢えていたと見える。実は、美沙ちゃんといい友達に慣れるんじゃないかな。今度紹介しよう…と思って、美沙ちゃんに蛇蝎のごとく嫌われているのを思い出して、ヘコむ。
一日目の京都での宿は、わりと古ぼけた小さなホテル…というか旅館だ。完全に昭和の味わい。ケチったな。貸切というほどではないが、うちの学校以外の泊り客はほとんどいなさそうな雰囲気だ。もっとも、旅館側も修学旅行の高校生が大量に泊まるとわかっていたら、ほかの客には一応注意していそうだけどな。
美沙ちゃんに嫌われているのを思い出して、思い出しヘコみをしながらも、身体は半自動で荷物を持ってハッピー橋本と上野についていく。
「じゃあ、美奈ちゃんまたねー」
上野はすっかり八代さんと仲良くなっている。下の名前で呼ぶなんて、高レベルなことをさらりとこなすとは、意外な能力である。
「史子ちゃんまたねー」
橋本よ、お前もか…。まぁいいや。人間、ヘコむと控えめになる。できたら橋本と上野が爆発するといいな。
「じゃあ、部屋行くか…」
「…ちょっと待ちなさいよ。な…なお…っ、に、二宮」
「なんだよ。三島。なんか用か?」
「……なんでもないわよ。ばか」
それだけ言うと、三島は八代さんと東雲さんのところへ行ってしまう。三島の用事は、つまり俺の罵倒だった。
部屋に荷物を置いて、ジャージに着替える。ロビーへ、とって返す。
「えっと、どこだ?」
ロビーにはまだ学生がかなりの人数たむろしている。探すのは、なるべく隅っこ。
いた。
観葉植物の陰に荷物を抱えたまましゃがんでいる。
近づいて声をかける。
「真奈美さん。外にちょっと出よう」
ぱっと、顔を上げると真奈美さんがふらつきながら立ち上がる。手を引いてあげたい衝動に駆られるが、ここはまずい。真奈美さんスペシャリストの俺は、先が読めている。周りの注意を引かないように気をつけながら、こっちこっちと手招きして、外に出て建物の裏側のボイラー室っぽいところの陰に移動する。
きた。
どさ。むぎゅーっ。ぷるぷるぷるぷる。
真奈美さんは俺に追いつくと同時に荷物を足元に落として、そのまま抱きついてきた。
先読みできていてよかった。ロビーでやられていたら、たいへんな噂になるところだった。
それにしても、よっぽど怖かったんだな。真奈美さんは、いつもにも増してぎゅーぎゅーとヤシガニハッグをきめながら、押し付けた顔をプルプル震わせている。しばらく抱き枕と化す。俺の写真をつかった抱き枕カバーなどを作るといいだろうか。特注で作ってもらうといくらくらいなのかなと思ったりした。だが、高校生が自分の写真を持ち込んで『これの抱き枕作ってください』と発注したときの業者さんの心のうちを想像して、すぐにやめた。うん。下手したら、業者のHPで「今日の社長ブログ」のネタになる。いけない。
真奈美さんのプルプルがおさまったのを確認して、そぉっと引き剥がす。
前髪越しに真奈美さんと目が合う。至近距離。まつげが濡れている。泣いてたんだ。いいことだ。最初、真奈美さんと会ったころは泣くこともできなかったから。簡単に涙を流せるところまで来た。
人は、あまりに辛い思いをすると泣くこともできなくなる。真奈美さんと知り合って、初めて知ったことの一つだ。真奈美さんは、俺の知っている喜怒哀楽を凌駕してる。哀の部分だけだけど。いつか楽と喜も泣くことも出来ないくらいビッグのが来るといいよな。神様が平等なら、どこかでバランスをとってやるべきだ。ひとつどうっすかね、神様。
そうしていると、首からぶら下げた携帯が震えた。
「なんだ、ハッピー?」
『俺ら、東雲さんのとこの部屋でトランプやるんだけど、部屋の鍵どうする?』
そういえば、この宿は設備も古く、いまだにカードキーじゃない。昔ながらの鍵なので、だれかが部屋に残っているか、鍵を持ってるやつの居場所が分からないとフロントに言ってあけてもらうことになる。
「あ、行く行く。部屋どこだっけ?」
『203』
「おっけー。あ、もう一人増えてもいい?真奈美さん」
『りょーかい』
真奈美さんを連れて、東雲さんたちの部屋、203に移動する。
部屋に入ると、ハッピー橋本、上野、東雲史子さん、八代美奈ちゃん、それに三島由香里がいた。
「あれ?三人部屋?」
「ううん。あと三人は、男の子のほうの部屋に行ってる」
ゆっくりとしたリズムで、そう教えてくれるのはFカップ東雲さん。ジャージじゃなくて、部屋にある浴衣を着てくれるといいのにな。
「市瀬さん、いらっしゃーい」
「まなみん、きたー」
市瀬真奈美の名前を定着させるための努力が習い性になっている橋本と上野が、勝手に真奈美さんを紹介してくれる。くくく、こいつらの調教はすっかり完了だぜ。
「…あ、市瀬真奈美さん…って、あの一年生のお姉さん?」
そう言うのは三島だ。そういえば、三島は美沙ちゃんのことを知っているんだったな。真奈美さんのことも説明したっけ。俺の陰に隠れるようにしている真奈美さんを、微妙な表情で見つめている。
三島は、真奈美さんがイジメにあって登校拒否ってたことも知っているし、俺が付き添いをしていることも知っているからな。上野と橋本もだけど。この部屋にいる七人中五人は事情を知っていることになる。
「真奈美さん。ここなら大丈夫だから、安心して、荷物置いてもいいよ」
荷物どころか脱いだ靴までビニール袋に入れて抱えている真奈美さんに教えてあげる。
「…っていうか、先に部屋においてきたらいいんじゃない?市瀬さん部屋、どこなの?」
普通な八代さんが、普通じゃない真奈美さんに普通なことを言う。
「…に、214の…はずだけど…」
「なんだ、斜向かいだよ。行ってきなよー。待ってるよ」
真奈美さんをイジメている連中が同じグループなら、その部屋に荷物を置くよりまだロビーに置き去りにしたほうが安全だ。
「まぁ、いいじゃん。いいじゃん」
お茶を濁す便利ワードと、橋本の持ってきたコンビニ袋のお菓子で全員を座らせる。
「なにやるー。大貧民とかー」
ちゃっちゃとカードを切りながら言うのは、上野。
「…る、ルール、知らない…お、おしえて」
ボソボソ言うのは、真奈美さん。
「じゃー、まなみんが知ってるのやる?トランプ、なに出来る?」
「…そ、ソリティア…」
真奈美さんらしい。
「大丈夫よ。私が教えてあげる。二宮はバカだから、上手に教えられないわ。大貧民にしましょ」
三島が真奈美さんの隣に陣取って、真奈美さんの手を取る。こいつは俺を罵倒せずに会話できないみたいだ。
七人で遊んでいるうちに、食事の時間がやってきた。
「市瀬さん、部屋は斜向かいでしょ。このまま夕食終わるまで荷物置いておいてもいいわよ」
「…う、うん?」
真奈美さんが、目で俺に確認を求める。大丈夫だよ。真奈美さん。この部屋に真奈美さんが居たってことも、ここにいる連中しか知らないし、ここなら安全だと思う。真奈美さんは、リュックにつけた錠前を外し中からポーチを出して、斜めにかける。ポーチにもきっちり錠前がかかっている。貴重品は身につけていましょうってしおりにも書いてあったよな。まちがいない。
「じゃあ行こうぜ」
宴会場と思しきところにずらりと食事がならべられている。ばらばらと生徒たちが入ってくる。話し声のテンションはすっかり旅行モードだ。幸運にも真奈美さんの一組と俺たちの二組は同じ宴会場を使うみたいだ。
俺らと真奈美さんがつるんでいるのは、学校でも同じなので、そろそろ注目も集めない。
「班別に座れー。班の中でいないものがいたら、申告しろー」
班別と聞いて、真奈美さんがびくっとする。こわいよな。うん。
こっそりと真奈美さんの背中をとんとんっと叩いてみる。
真奈美さんが、キョロキョロしながら自分の班の方にカタツムリみたいな足取りで歩いていく。大丈夫かな。真奈美さんが座った周囲の連中を見る。やっぱりあいつらか。夏休みに反対側のホームで見かけた髪の毛の錆びた連中だ。真奈美さんは、もう完全にうずくまって真ん丸だ。
うわー。いたたまれない。立ち上がって、真奈美さんの手を引いて、そのまま帰ってしまいたい気持ちになる。みぞおちの辺りがきりきりする。
遠くに座る真奈美さんの前髪の隙間の目と目が合う。うずくまったままだけど、少しだけ首を動かして真奈美さんがうなずく。「私、大丈夫」。うなずき返す。「ここにいるからね」。夕食は、すき焼き。一応、京風すき焼きと言っていいのかな。小さな鍋の下で固形燃料が燃えている。
「旅館の人も考えているのね」
三島がそんなことを言う。なにが?
「そうだよなー。これなら、大勢に温かい食事を出せるもんな」
上野が言葉を繋ぐ。ああ、そうか。それでこういう食事なのか。
「もう食っていいんだろ。食おうぜ」
「いっただきまーす」
ハッピー橋本に扇動されて、八代さんが盛大にフライングをかます。白飯からがっつり行った。せめて元気ないただきますがなければ発覚も遅れたかもしれないが、瞬く間にゾッド宮元に発覚。
「こらっ!八代!まだ食うな!」
「橋本くんのせいでおこらりた」
口の中をもぐもぐさせながら、恨みがましい目で橋本をにらむ。八代さん、にらんでも怖くない。むしろ可愛い。ロリコンにはたまらないかもしれない。そう思って気がつくと、上野が慈愛顔で見ていた。上野はロリコンだ。そういえば以前、上野に「妹がお兄ちゃんとか言ってきて、甘えすぎ」という話をしたら、翌日爆竹を買ってきて渡されたっけ。どうやら俺に爆発を要望していたらしい。あの爆竹は、今でも教室のロッカーに入ってる。夏にやろうと思っていたのだけど、結局花火はしなかったな。花火大会には行ったけど。
そんなことを考えていたら、今度はポケットに入れた携帯電話が震える。
件名:☆激ヤバ!Dカップ美少女!☆
迷惑メールだった。
「メール?」
「ああ。妹から」
送信元のところには「バカ」と出てる。妹のアドレスからだし、件名も間違いなく妹からだ。開く。
本文:Dカップ美少女、美沙っち!新章!!美少女の魅せるドリーミーな妄想がマジで今最高にエロい!極上ヴォイスでクレイジー度がブッチギリ脳天直撃!!美沙っちのヘヴィーなラブ・グルーヴで魂ビビらせろ!マジ直電超レコメン!!激ヤバ!!
あいつ、CD屋の手書きポップばかり読んでるから頭が激ヤバだ。少しは三島を見習って、普通の本も読んだほうがいい。
「どうしたの?二宮?」
「なんでもない」
大丈夫だ。妹は、今日も平常運転だ。いつも通りの妹の様子に安心して食事を始める。
大浴場の前のソファに座る。
「覗けるんじゃないか?」などと言って、外に行った橋本と上野は分かってない。ここが王道だ。玉座と言ってもいい。傍らに置いたスナック菓子をつまむ俺の目の前をお風呂上りの女の子たちが、ほかほかと頬を上気させながら通り過ぎていく。すばらしい眺めだ。中には部屋に備え付けの浴衣を着ている子もいる。
おお。東雲さん。浴衣っ!Fカップ浴衣!
うおー。写真に残しておきてぇー。
しかし、いくらなんでもそれを頼めるほど勇者ではない。俺は臆病者なのだ。しかたないので、脳に刻み込む。ガンガンに刻み込む。
「二宮が女子高生を連続視姦してるわ。浴衣で来るんじゃなかったかしら。」
ヴェロキラプトル三島だ。東雲さんにばかり目が行っていて気がつかなかった。
「ああ、三島も浴衣だったのか。ふーん」
「…ふーん…って、なによ。女の子が浴衣を着てたら、たとえ旅館備え付けの浴衣でも褒めるものよ」
「ああ…うん。まぁ、いいんじゃん?いいよ。いいよ。うん」
「心がこもってない。殺すわ」
殺害理由が大バーゲンセール中。
プリプリ怒って三島が風呂に行く。
「二宮くん…」
おお。東雲さんが前かがみ。おおー。渓谷。おお。
「由香里ちゃんに、もう少し優しくしてあげるといいよー。由香里ちゃん、かわいいよ」
「うん。そうだね。わかった。うん。」
東雲さんの谷間を見ていると、なんでもイエスと言ってしまう。なんだ、この催眠術。
東雲さんたちと入れ替わるように、宴会場で見た錆びた髪の連中が出てくる。このブス。と心の中だけで毒づく。俺のチキンっぷりはハンパない。激ヤバ。
思い出した。妹に返信しておこう。《イミフ》送信。ビビビ。妹、返信早ぇーよ。《本文:美沙っち、マジヤバ!マジ!直電マジレコメン!!!》日本語でおk。美沙ちゃんに電話しろと言っているのか?美沙ちゃんに電話とか、今の俺に言うなよ。着信拒否になってたら、どうすんだ…。でも、ヤバいとか言っているしな。なにか本当にやばい可能性もある。…電話…するか。
美沙ちゃんを電話帳から選び、少しためらってから発信する。
ぷぷぷ…ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる、ぷるるるる。
着信拒否ではないけど出ない。分かってて出ないのか、電話の近くにいないのか。
あきらめた。
電話の近くにいて、「変態からだ。キモッ。無視無視」という状態が容易に想像されてちょっと切なくなる。まぁいいや。遠くの美沙ちゃんより、目の前を行き交う湯上り女子高生だ。
しばらく女の子ウォッチングをしていると、東雲さん、三島、八代さんの三人が出てくる。湯上りの東雲さんのエロさは金が取れるレベル。むふ。
あ、見とれてる場合じゃない。
「三島、三島ー」
いつもはみつあみにしている髪を下ろしている湯上りの三島を呼ぶ。
「な、なに?」
三島の上気した顔を見てもなんにも感じない…うそ…髪を下ろしているのもあって、けっこういい。アスリート体形なんだよな。脚とかいいなぁ。あ、そうそう、浴衣姿は褒めないと殺されるんだった。
「…浴衣姿いいぞ。髪を下ろしたのも、ちょっとセクシーだよ」
このくらい褒めておけばいいのかな。
「…っ。そ、そう。に、二宮に褒められても気持ち悪いだけだけど」
お前が褒めないと殺すと言ったんじゃなかったか?
「それはそれとしてさ真奈美さん、まだ入ってた?」
俺の記憶が正しければ真奈美さんが入ってから、かれこれもう一時間半くらい経ってる。
「入ってたけど…どうして?」
「悪いんだけど、真奈美さんにこれを届けてくれないか?」
傍らにおいておいた紙袋を三島に渡す。
「なにこれ?」
あ、開けるな…と言う前に三島の足の裏が見えた。
ぐべっ。三島に顔面を蹴られた。
「死ね!変態野郎!」
「ちがっ…いいから黙って届けてきてくれ」
三島が俺の襟首を掴んで引き上げながら、小声で言う。ぐええ。
「なにがちがうの?なんで紙袋に女の子の下着と浴衣が入ってんの?だれの?まさか市瀬さんの?」
「真奈美さんのだ。届けてきてくれ。たぶん着替えだけが先に部屋に帰っちゃって困ってる」
「…あ」
どさっ。三島から解放される。
「わかった。届けてくる。…もしかして、二宮。それでここで張ってたの?」
「ちがう。東雲さんの湯上り浴衣おっぱいぷるんぷるんを待ってた」
三島の足の裏が見えた。
ぐべっ。
「死ね!変態野郎!」
俺に蹴りを見舞いながらも、ちゃんと紙袋を持って風呂に戻ってくれるのが三島のいいところだ。ありがとよ。あと、浴衣で蹴りをくれたので水色パンツも見えた。二回だ。ありがとう。そして、ありがとう。
そして、真奈美さんが三島と一緒に出てくる。さすがにのぼせているみたいで、真奈美さんはフラフラしてる。のぼせてなくてもフラフラしてるけど。フラフラとやってきてソファの俺の横の座席に登って丸まる。
「飲む?」
飲みかけのお茶を差し出す。
「ばっ…!」
しゅばっ!ペットボトルが姿を消す。三島が取り上げたのだ。
「バカ宮!!飲みかけとか渡してんじゃないわよっ!買ってきてあげなさいよ!ほら、とっとと行く!あ、いや、行かなくていいわ。私が買って来る。金出しなさい、バカ宮。ほら。早く。金だしなさい」
三島の横暴さレベルが一時間ごとに上昇し、いまやカツアゲ境界面に達している。怖いので、おとなしく五百円玉を渡す。
「市瀬さんの横に座ってんじゃない。ほら、立ってなさい。並んでるの見てるとムカつく」
なじぇ?
暴君に理由などない。しかたなく立つ。旅館の中で買うと高いので、三島は外まで買いに行く。
ソファに座ると三島に蹴られるので、真奈美さんの前にしゃがむ。かける声はない。いつもはジャージで完全防護の真奈美さんの脚と腕が出ている。なめらかなセルロイドの肌。のぼせて、ほんのりと桜色に染まっている。
濡れた前髪の間の目が開いて、俺を見る。
手。
むぎゅ。
あ、やっぱり?
真奈美さんに引き寄せられる。
むぎゅうううう。
のぼせた熱い体温と浴衣の襟元からのぼってくる甘い、真奈美さんと石鹸の匂い。
向けられた悪意に怯えて震えている華奢な体。
真奈美さん…。
ばこっ!
「な、ななななにしてんの!二宮ぁーっ」
ばこっばばばっばこんっ!べごんっ!
ぎゃー。
襟首を掴まれて、真奈美さんから引き剥がされた。つづけざまにペットボトルが左右から襲ってくる。滅多打ちだ。しかも中身が入ったままだから、一発一発が重い。
「ちょ…ちょ…っ!ぐべっ!」
とどめに三島の回し蹴りが綺麗に決まって、床に転がされる。
「ゆ、油断も隙もないわ!この色情魔!変態!痴漢ッ!大丈夫だった?市瀬さん。はい。スポーツドリンクのほうがいいよね」
三島を無視して真奈美さんがソファからずるりと降りる。床に転がる俺のほうに這いよる。
むぎゅ。
「…ふぁっ!だ、だめぇっ!市瀬さん!だだだ、だめっ!二宮は駄目よ!犯されるわ!ものすごく変態的なプレイで犯されるわよ!精神も肉体も滅茶苦茶にされるわ!離れて!こいつ道具とか使うわよ!」
いわれのない罵倒を俺に浴びせながら、三島が真奈美さんを引き剥がして持ち上げるとソファに移動させる。すごいパワーだ。真奈美さんがいくら痩せてるからって、そこまで軽くないだろ。
「つーか、二宮も軽々しく女の子に触ってんじゃないわよ!殺す!」
殺さないでくれ。
「…なおとくん死んだら、私も死ぬ」
「…はぁ!?」
ぎんっ!三島がこっちをにらみつける。
「まままま、まさか、二宮と市瀬さんと付き合ってんのっ!?」
「…ちがう…けど」
「そういうわけではない」
たまに抱き枕にはなるだけだ。
「本当でしょうね?!」
仮に付き合ってたとして、それが三島になんの関係があるんだ?俺が真奈美さんに変態的な行為をするとでも思っているのか?エロ同人みたいに。
「三島。そろそろ、真奈美さんに飲み物やれよ」
「あ。そうだったわ。ごめんなさい、市瀬さん」
「…あ、あり…とう」
三島が、真奈美さんの隣に座る。俺の席がなくなった。
仕方なく、真奈美さんの横の肘掛に体重をかける。
「二宮。だめよ」
「なにがだ?」
「こっちに座りなさい」
三島が自分の側の肘掛を指差す。もう逆らう気力がない。そっちに移動する。ひさしぶりに魔眼じー状態になった真奈美さんの視線が、俺をトラッキングする。
「それにしても、市瀬さんをいじめている連中酷いわ。二宮、なんで放置してるの。なにか言ってきなさいよ」
「…俺は、臆病なんだよ」
「女にビビってんの?だらしない。いいわ。じゃあ私がやるから。二宮、見損なったわ。本当にがっかりよ!」
正義に燃えた三島が炎を背負って立ち上がる。
「やめろ」
「なんですって!?」
「いじめてた相手全員を学校から追い出せるわけじゃない。ここで騒ぎをまた大きくしたら、真奈美さんが先生の保護下におかれるだけだ。他のクラスメイトからも距離を置かれちゃうだろ。ようやく、一組の大部分は真奈美さんをクラスメイトって見てくれるようになったんだ。たのむ。騒ぎを大きくしないでくれ」
「…わかった。そうね。頭に血がのぼっていたわ…」
三島が元の位置に座って、だまる。
そのまま、真奈美さんが二本目のペットボトルを飲み干すまで三人とも黙っていた。真奈美さんの魔眼じーに加えて、三島がちろちろと監視の目を向けてくるのが落ち着かない。
そのうち、佐々木先生が追い出しにやってきた。佐々木先生も浴衣姿だ。色っぽい。
「もうすぐ消灯時間よー。そろそろ部屋に戻りなさーい。あら?市瀬さん、具合でも悪い?」
「…の、のぼせた…だ…け」
「そう?ちょっと心配だし、部屋まで一緒にいきましょう。214だっけ?」
「市瀬さん、私の部屋203で斜向かいだからね」
三島と佐々木先生と真奈美さんは二階。俺は、三階だ。
「じゃあ、また。明日ね」
真奈美さんの揺れる目に不安を感じながら、廊下で別れる。
「あ、二宮…」
階段を上がりかけたところで三島が呼び止める。
「なんだよ?」
「…女にビビってるとか言って…悪かったわ。がっかりしたのも、取り消す…そ、それだけっ」
ビビリなのは本当のことだ。別に気にしてない。
階段を上がる。
部屋に帰ると、部屋のテレビにPS2が接続されて格ゲー大会が開催されていた。
「上野。おまえ、それ持ってきたのか」
「おお、二宮。いいところに。勝ち抜きトーナメントやるぞ」
「ってか、ゾッドが見回ってたぞ。やばい。とりあえず隠せ」
「なんだと!?」
ざざっ。
三秒でPS2は布団と荷物で覆われる。うちの班は練度が高い。
「おらー。消灯時間過ぎてるぞー。とっとと寝んかーっ」
「はーい。ねまーす」
寝る気のない元気な返事。
(つづく)
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今日の妄想。ほぼ日替わり妄想劇場。27話目。修学旅行一日目。長くなりました。
最初から読まれる場合は、こちらから↓
(第一話) http://www.tinami.com/view/402411
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