静寂。
たったひとつであるぼくの存在を再認識することができる、最高のロケーション。
この世界は、ぼく以外の誰も、瞬き一つ、行わない。
黄色に点灯した信号も、時計の秒針も、太陽さえも、動かない。
いつごろからか、ぼくは度々この「静かな世界」に、導かれるように迷い込んでいる。最初は戸惑いこそしたものの、『起床・バイト・就寝』の一連の流れに囚われていたぼくにとって、大きな変化は結構嬉しくて、普段バイト以外外に出ないぼくが、久々に走り回った。町内一周くらいのものだが。当初は何が起きているのかを認識・納得するため。今は存在を誇示するため。おかげさまで、走って移動できる距離が伸びた。バイト先までの道のりが、今じゃただの1本道のように感じている。
高校はすぐにやめた。行ってもすることが決まっているなら、行かないで自分に費やした方が時間の効率がいいと思ったから。今は、まあ普通のコンビニアルバイター。17歳。172cm。平凡ではな
いが非凡でもない、中途半端な人生。生きるためだけに生きているような、そんな哲学的な自問自答を繰り返しては夜、いつもうつぶせて寝る。そんな日常の円環。正直全て投げ出してしまいたい。
決まって夕刻の、空も物体も茜色に染まる時間帯に、静かな世界へ迷い込んでいる。いや、迷い込むというより最近は、望んでいるからこそ導かれているような、ぼくがいるから静かな世界は構築されているかのような、妙な錯覚を感じている。これが現実の世界だとどういうことになるのかおおよその検討はつくが、「まさかぼくは、」とタカをくくっているのも事実だ。だが、そういう『精神錯乱あるいは狂喜』に至るほど、ぼくは静かな世界を求めているわけではない。今のところは、だが。
静かな世界の特徴は、まず世界のほとんどの機能が止まっている。文字通り、時間さえも。しかし、常に重力が働いているのと同じで、ぼくが物体に力を込めれば、移動も破壊もできる。そして、変化した物は変化したままで、静かな世界が元に戻っても、何事もなかったかのようになるわけではない。あくまでそこに『存在』している。
そして一番の特記事項が、ぼくが眠れば、『静かな世界は元に戻る』、ということ。
まるで夢の中の出来事のように、あっさりと元の世界、時間へと振り戻る。なぜなのかは、わからない。
ここを静かな世界と名付けてから、時間はある一定から止められるが、それでも流れるように過ぎていった。ぼくはここ3ヶ月間、全く夜空を見ていない。朝、昼、夕方で、ぼくの一日は不自然に止められ、終わる。コンビニは朝から出るので、目覚めたら
準備・出勤で、比較的楽なのは嬉しいが。
まるで『ぼくが基盤となっているような世界』。時々無意味に叫んでみたりもしている。物も、ひとつふたつ盗む。自分のものになったという実感が湧かないが、バレることもないので金銭的には助
かっている。
この静かな世界にいつまでもいられれば…。そう思い始めていた。
「ここは、自分だけが動いている世界です。誰とも情報を共有できない、不自由な世界です。ですがここにいる皆さん、とても幸せそうな笑顔を浮かべておられますよ。あらあら、向こうでどなたかが、こことは違う世界のご友人のお宅を、見るも無残な姿へと塗り替えておられますよ。楽しそうですねえ。にんげんって、おひとりでいらっしゃる方が楽しいのでしょうかねえ」―遮断世界の案内人