No.492852

混沌王は異界の力を求める 9

布津さん

第9話 戦槌

2012-10-06 15:41:00 投稿 / 全12ページ    総閲覧数:10428   閲覧ユーザー数:10042

人修羅がなのはに頼まれて行った特別訓練はその後もほぼ毎日行われた、しかしそれでも新人フォワード達は一度も勝つことが出来ていなかった。

 

訓練が行われるたびに人修羅は仲魔を呼びだすだけで、自身はただ開始と終了(殲滅)の合図をするだけだった。

 

初めのうちは、頼まれるたびに人修羅がアマラ深界から呼び出していたのだが、面倒になったのか、

いつの間にかスルトを含めた、仲魔達全員が六課本部の空き部屋に、勝手に住み着いていた。

 

その日も何時も通り、新人達の敗北で特別訓練は終了したが、その後が少し違った。

 

「おい、テメー!」

 

訓練を終え、部屋に戻ろうとしていた人修羅の背に大声がかかった、その声に人修羅とその仲魔、及びなのはと新人達が振り返った、そこに居たのは、戦闘で無いにも拘らず騎士甲冑を(まと)ったヴィータだった。

 

「ヴィータ副隊長…?」

 

「ヴィータちゃん、何で騎士甲冑なの…?」

 

しかし、ヴィータはなのは達の問いに答えずに人修羅の正面まで大股で歩み寄ると、見上げる形で睨み、言った。

 

「アタシと勝負しろ」

 

「ヴィータちゃん!?」

 

「ほぅ…」

 

ヴィータの申し込みになのは達は驚きの声を、仲魔達は興味の声を漏らしたが、当人の人修羅は表情一つ変えず、問い返した。

 

「何故?」

 

人修羅の問いにヴィータは手に持っていたグラーフアイゼンを肩に担ぎ、口を開く。

 

「今日のテメーの訓練方法を見てたがな、何でテメーは仲間とやらに放り投げっぱなしで何もしねえんだ! なのははテメーに頼んだんだろ? テメーが訓練の相手をしてやりゃいいだろうが」

 

ヴィータが人修羅を指差し言葉を続けた。

 

「テメー実は弱いんじゃねぇのか?」

 

「…………」

 

ヴィータの言葉に返すのは人修羅ではなく背後から割り込んできたメルキセデクだった

 

「あのですね、主は能ある鷹と言いますか眠れる獅子と…」

 

「テメーは黙ってろ!!」

 

「はい」

 

ヴィータの大声にすごすごと引き下がるメルキセデク、入れ替わるように今度はなのはがヴィータへ声を掛けようと口を開いたとき

 

「待って! なのはちゃん」

 

扉を開けはやて、シグナム、シャマル、ザフィーラ、ついでにスルトが中に入ってきた

 

「はやてちゃん!」

 

(ごめんな、なのはちゃん。私らが何言ってもヴィータが納得しなくて、一回戦わせてあげてくれへんか)

 

はやてが念話で話しかけてくる、

 

(でも…)

 

(ヴィータ、この間の交渉の日から何回も私のとこに来て、人修羅さんは悪魔やから危険やって言うてくるんや、そのたんびに言い聞かせてるんやけど…)

 

そこで一旦言葉を止めた

 

(今日、朝早くにヴィータが来て言うたんや、「あいつの化けの皮を引っぺがすからあいつと戦う許可をくれ」ってな、あんときのヴィータ、すごい目してたんや、それでつい許可してもうた)

 

(そんな…人修羅さんは、八年前のあの悪魔じゃないんだよ!?)

 

(そんなんはヴィータやってわかっとるはずや、でもヴィータん中ではあの悪魔と他の悪魔とが一緒くたになってるんやと思う)

 

(………)

 

(やらせてやってくれないか)

 

念話にシグナムが割り込んできた。

 

(ああなるとヴィータは頑固(がんこ)だ、(てこ)でも動かないだろう。それに、一度戦えばヴィータも人修羅がどんな奴かわかるだろう)

 

どうやらシグナムはすっかり人修羅を信用しているようだ。

 

ヴィータがメルキセデクに向けていた視線を人修羅に戻しアイゼンを人修羅に向けた。

 

「勝負しろよ」

 

人修羅は視線だけはヴィータ向けながらも、頭の中では全く違うことを考えていた。

 

(そういやここんとこ、まともに力を揮ってないな…)

 

人修羅が最後に技を放ったのは、フェイトとシグナムと遭遇したときに使った『アギ』が最後ある、人修羅は眼前の小さな騎士に意識を戻す、この世界にには非殺傷設定というものがあるし、まぁ何があってもこの小さな騎士は死にはしないだろう、しかし…。

 

(無理だよなぁ…)

 

人修羅はヴィータから感じる魔力でだいたいの強さは把握していたが、どう手加減しても人修羅の攻撃数発でヴィータは倒れるだろうし、ヴィータの攻撃は人修羅には通じないだろう。

 

(『ランダマイザ』と『ヒートライザ』使っても殆ど変わらないよなぁ…)

 

人修羅が思考を走らせている間にも容赦なく時間は過ぎ、何の反応も返さない人修羅にヴィータは苛立ちの声を叩きつけた。

 

「おいッ!! 聞いてんのか!!!」

 

その大声に人修羅は意識を中から外に戻す。

 

「勝負しろっていってんだよッ!!」

 

人修羅はすぐに答えず背後の仲魔たちに聞いた。

 

(どうしようか?)

 

(無理では?)

 

(無理だろう)

 

(無理でしょ)

 

(無理じゃろ)

 

四人とも同時に人修羅へ深く頷いた、何が無理かは誰も言わない。人修羅は一度ため息をつくとヴィータを見下ろし言った。

 

「嫌だ」

 

「なッ!!?」

 

予期せぬ答えにヴィータが目を見開いた、しかし人修羅はそんなヴィータに構う様子も無く、右手を拳の形で虚空に叩きつけた。

 

「来い」

 

人修羅が叩きつけた虚空に(ひび)が走った、裂け目は一瞬で広がり、空を割った。そして割れた空間から一体の悪魔がゆらりと現れた。

 

「テメェは…ッ」

 

その悪魔は手にした雷槌を、前に突き出す構えを取った。

 

「久しいな小娘、この鬼神トールを忘れてはいないようだな」

 

「こいつを、このトールを倒せたらあんたの申し出を受けてやる」

 

いきなりのトールの出現にうろたえるヴィータにかかった人修羅の声に、ヴィータは人修羅に睨むような視線を戻すと、食って掛かった。

 

「なっ…何でだよ!! アタシはあんたに勝負しろって言ってんだよ!! こいつじゃねぇ!!」

 

ヴィータは憤怒の形相で人修羅に掴み掛かろうとするが、その人修羅とヴィータの間に雷槌が差し込まれた。

 

「いきなり王と相対できると思ったのか小娘、王と試合たければ立ちはだかる兵を倒してからにするのだな」

 

それに、とトールが続けた

 

「貴様程度では主の相手として相応しくない」

 

「あんだとっ!」

 

ヴィータは矛先を人修羅からトールに変更し、トールを睨みつけるが、そのヴィータの肩をはやてが背後から掴んだ。

 

「ヴィータ、こっちから頼み込んでるんや、相手の要求も飲まなあかんで?」

 

主の言葉にヴィータは渋々たいった様子ではあったものの小さく、わかったよ…といった。

 

「なぁ、スルト殿」

 

「ん?」

 

皆が訓練場に移動する中、最後尾のシグナムが、同じく最後尾のスルトに声をかけた。

 

「私も人修羅と戦うには、貴殿を倒さねばならないのか?」

 

「当然だ、我等程度が倒せぬのであれば、主と合見(あいまみ)えたさいには一瞬で芥子粒と化すであろうからな」

 

「そうか…」

 

何故か若干残念そうな声色で、シグナムはスルトの言葉に返答した。

 

舞台は再び荒野に姿を変えた訓練場、その中央にヴィータとトールが立っていた。

 

「それじゃあ設定は荒野、時間制限なしの勝負、勝敗はKOか降参するまで、もしくは私がこれ以上は続行不可能と判断した場合ね」

 

審判役としてヴィータとトールの間に浮かぶモニターに、説明を終えたなのはが写っていた

 

「了解…」

 

「心得た」

 

「トールさん、非殺傷設定はかけてもらった?」

 

「抜かりは無い」

「質問なんですけど、あのトールって人どのくらい強いんですか?」

 

訓練場の二人を観戦する面々の中、エリオが傍らに立つオーディンに尋ねた

 

「ふむ、単純な強さならば我やスルトと大差ないだろう、むしろ槌という殴る為だけの武器を使うトールより、剣を扱うスルトのほうが技術的には上だろうな」

 

だが

 

「奴を戦闘を支えるのは技術ではなく、生まれながらにして持ったその途方(とほう)もない怪力だ、奴は力だけなら、この場にいる主とピクシー殿を除いた、全ての者の力を合わせても更に上だ」

 

オーディンの説明にその説明を聞いていた全員が青ざめる。

 

「ねぇ、やっぱりやめさせない?」

 

フェイトが誰とも無く言った言葉にシグナムが返した。

 

「仕方あるまい、ここまで来たのだもう止められはせんよ」

 

シグナムとスルトの試合のときとは比べ物にならない緊張がその場を支配した。

「二人とも準備はいい?」

 

なのはの前に浮かぶ幾つもの画面に構えを取るヴィータと仁王立ちのままのトールが写っていた

 

「ソッコーで叩き潰してやる…」

 

「問題ない」

 

「じゃあ行くよ、レディー…」

 

ヴィータが腰を深く落とす、トールは全く動かない

 

「ゴー!!」

 

合図とともにヴィータが飛び出した、トールへの到達の間にヴィータが叫んだ

 

「カートリッジリロード!」

 

グーラフアイゼンの形状が変化し、噴気口とスパイクが出現する

 

【Raketenform】

 

なおもカートリッジを消費しヴィータが加速する、ミサイルの(ごと)き噴射と速度でトールに突貫するヴィータ、そこでやっとトールが一つの動きを作った、

いや、動きと呼べるものではないかもしれない、トールはただ(おもむろ)にヴィータの攻撃が直撃するであろう点にミョルニルを移動させただけだった。

 

「なめんなああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ヴィータがトールにアイゼンを叩きつける、

 

「ラケーテンッ!! ハンマアアアアァァァァァァ!!」

 

ヴィータにはトールの槌を砕きそのままトールにアイゼンを叩きつけ、吹っ飛ばす自信があった、

だが現実はその慢心(まんしん)を容易く打ち砕く、ヴィータの加速からの激突は、その小柄な体躯の全体重が乗ったもので、その威力は岩石の衝突に等しいものだ、

しかしトールはその場から吹っ飛ぶどころか一歩も動いていない。それどころかミョルニルにさえ傷一つ無い、

 

「!?」

 

ヴィータは思わず自身の相棒とも言える、鉄の伯爵の形状を確認する、鉄の伯爵は変わらず、噴気口とスパイクの生えた姿で、トールの雷槌との喰い合いで、スパイクのエッジからは火花が勢いよく噴出している。

アイゼンは今も(なお)噴射を止めてはいない。

 

「―――ッ!!」

 

その結果にヴィータは驚愕を浮かべた。

 

(ただ馬鹿力…!? そんなレベルじゃねぇ!!)

 

ヴィータの表情の変化に気が付いたのか、トールが動いた。

 

「ッんなろ…!」

 

だがその動きは攻撃では無く、ただ単に一歩前に踏み出すだけだった。

 

(嘘だろ…!?)

 

だがそれは、全力でトールを吹っ飛ばそうと、全身全霊でアイゼンをブーストさせているヴィータの驚愕を更に深くさせるには充分だった。

 

ヴィータは舌打ちを強く打つと、アイゼンの噴射を一旦停止、自身を受け止めている雷槌を強く蹴り、大きく距離を取った、そんなヴィータにトールは一切の追い討ちもせず、ただ立っているだけだった。

 

「アイゼンッ!!」

 

【Schwalbefliegen】

 

吼えるヴィータの眼前に、拳大の鉄球が複数出現する、ヴィータは宙に浮く鉄球へ、無造作とも言える動きでアイゼンを叩きつけた、

 

「ぶちぬけえええぇぇぇ!!」

 

鉄球を振りかぶったアイゼンで打撃し、トールの元へ弾き飛ばす、ヴィータは結果も確認せず次々に鉄球を弾く、しかしトールはミョルニルを僅かに動かすだけで、唸りを上げて向かってくる鉄球をいとも簡単に掃う、

 

「くっ…そがああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

まるで猛獣が羽虫を追い払うような、そんな動作しかしないトールにヴィータは怒りを強く得た。

 

「おっ…らああああああああぁぁぁぁ!!」

 

最後の鉄球にヴィータは怒りと敵意を込め、全身を使ったフルスイングで鉄槌を叩きつけた、穿たれた鉄球は、今までの鉄球の数倍を持って、トールを喰らわんと飛んだ。

 

「…………」

 

対するトールは無言で迫る鉄球を見た、そしてトールはミョルニルを持つ右腕を下げ、(おもむろ)に何も持っていない左手で掴み取った。

 

「なッ!」

 

想像の出来なかったトールの行動にヴィータは動きを止める。

 

「はっ!」

 

その瞬間、彼女の横を彼女の打った何倍もある速さで鉄球が風を切り裂き飛んでいった、見るとトールが左手のスナップだけで鉄球を投じていた。

 

「やる気が有るのか、小娘?」

 

トールが左手を引きながらヴィータに言った、明らかに挑発ととれるその言葉に、ヴィータは(いだ)く感情を、敵意から殺意に変化した。顔を歪めたヴィータは一つの行動で答えた。

 

「アイゼンッ!」

 

空中高く飛んだヴィータは、己のデバイスの名を叫んだ、出し惜しみはしない、カートリッジを三発同時排莢、グラーフアイゼンの姿が再び変化する、それは形状の変化ではなく数倍もの大きさに膨れ上がった大槌へと転じさせるものだった。

 

【Gigant Form】

 

「轟天爆砕!」

 

ヴィータがアイゼンを振りかぶると、さらにアイゼンは何十倍にも膨れ上がり、巨大な鉄塊と呼ぶべきものに進化した。

 

「ギガント!!!」

 

ヴィータが未だに動かないトールに狙いを定め

 

「シュラアアアアアァァァァァァァクッ!!!」

 

振り下ろす。

 

 

「駄目だな」

 

ヴィータが手にする大鉄塊でトールを潰そうとその大質量を振り下ろしたとき、壁に寄りかかり試合を静観していた人修羅が口を開いた。

 

巨人族の一撃(ギガントシュラーク)じゃあ巨人殺しの神(トール)には通用するわけ無いだろうに」

 

続けて頭の上に寝そべっていたピクシーも口を開いた。

 

「あんな攻撃なら、トールは何百回と正面から打ち壊してるからねぇ」

 

なんともつまらなそうに言ったピクシーの声にシグナムが反応した。

 

「しかし今あの男はヴィータの攻撃を受けているぞ? ヴィータの巨人族の一撃(ギガントシュラーク)は、火力だけならば私達の中でも上位の技だ、あの男はそれを受けきれると?」

 

「アハハハッ! 当たり前じゃない、だってトールは、いつもアレよりもっと大きい蛇と遊んでるんだから」

 

「ぐぅぅぅぅぅ!!!」

 

ヴィータは巨大化したアイゼンでトールを押しつぶそうと力を込める、しかしトールはミョルニルを持っていない左手一本で、その大質量を受け止めていた。その表情は余裕と落胆で溢れていた。

 

(この程度か…)

 

トールは強者と戦うのが好きだ。ボルテクス界でマントラ軍で、No2であったのもその戦いへの果てること無い欲ゆえだった。

 

「ハァ…」

 

トールは、正直落胆していた、同じ戦場を駆けたオーディンやスルトがほぼ毎日楽しそうにこの世界の人間と戦っていたというのに、一体何が楽しいのだ?と、

トールはこの戦いに飽きてきていた、力《ヨスガ》にしたがっていたトールだからこそ他の悪魔には現れなかった、飽きが現れていた。

 

(もういい、飽きた)

 

トールはミョルニルを目の前の鉄塊に叩きつける。トールの怪力から放たれた雷槌は、大鉄塊に触れるや否や、赤黒い衝撃波を撒き散らした。

 

「DIE!!」(死ね!!)

 

 

訓練場に凄まじい轟音が響いた、思わず試合を観戦していた幾人は耳をふさいでしまうほどに、何が起こったかは一目瞭然だった、トールの放った一撃でアイゼンが内側から砕かれたのだ。

 

『デスバウンド』

 

しかしトールの動きはそれだけでは終わらない。彼はミョルニルをそのまま空中のヴィータに向け雷撃を落とした。

 

「天雷に堕ちよ! 弱き人間よ!」

 

『ジオダイン』

 

いきなり自分の武器が消失した驚愕に動きを止めていたヴィータは、突如出現した豪雷に声も無く直撃し、地へ落下した。

 

「そこまでっ! 試合終了!」

 

「………」

 

なのはの声が訓練場に響く、しかしトールは倒れ伏し気絶しているヴィータの元へ歩き始めた。

 

ミョルニルに力を込めて。

 

 

「いかんな…」

 

だいそうじょうの言葉の意味を一瞬で理解した隊長、副隊長の四人が真っ先に飛び出し、数瞬遅れて新人フォワード達も、トールとヴィータの元に向かうが距離が離れすぎている

 

「止まってください!!」

 

飛びながらなのはがトールに呼びかけるがトールは応答どころか、見向きもしない。

既にヴィータの前にたどり着いたトールはミョルニルを振り上げていた

 

「起きろッ! ヴィータッ!!」

 

シグナムが声を飛ばすがヴィータは起きる気配は無い、そしてトールがミョルニルを振り下ろした

 

『脳天割り』

 

いくら非殺傷設定をかけてあるとはいえ、ギガントシュラークを片手で止めるトールの本気の攻撃を受ければ、ヴィータは(ただ)ではすまないだろう、気絶しているヴィータは受けることも、避けることも出来ないのだ。誰もが次に起る惨劇に目を背けた

 

ドンッ!!!!

 

という凄まじい衝撃音が訓練場に響き、地が揺れた。

 

「なにをしている」

 

ただし

衝撃音が響いたのは中央からではなく、観客席からで、地が揺れたのはトールの槌のせいでは無く、その人物が踏み込みの際に行った震脚の衝撃だった。

 

「!!!?」

 

ヴィータの元へ向かっていた一同はヴィータの攻撃に、一切動じなかったトールが、数十メートルをバウンドもせずに吹っ飛ばされるのを見た、ヴィータの元へ間に合わなかった一同を抜き去り、人修羅が一瞬で移動しトールを殴り飛ばしたのだ

トールはダメージが大きいのか、三半規管が狂ったののか、立ち上がろうともがくが立てない、そこに人修羅が声をかける。

 

「トール」

 

「―――!!」

 

なのは達に人修羅は背を向ける形になっているため、人修羅がどんな表情でトールの名を口にしたのかを、なのは達は見ることが出来なかった。

 

(何…コレ…)

 

しかし、人修羅の声を聞くだけで、六課の面々はその場から動けなくなった。何度も聞いた人修羅の声だというのに、その声はまるで魔王の咆哮のように、六課の面々の身を震え上がらせた。

 

「俺がなんてお前達に言ったか覚えてるか?」

 

「し…しかし我が王…」

 

「 あ ぁ ! ? 」

 

瞬間、人修羅の声に呼応して、人修羅を中心とした、範囲、約二キロメートル四方の大地が割砕した。

 

「!!」

 

ヴィータを回収し、空中で事の経過を見守っていたなのは達は、二度目の驚愕を得た。

 

「嘘…」

 

誰かがそう呟いた、空から見る訓練場はまるで、蜘蛛の巣のように無数の地割れを得ていたのだから。

 

一同が蜘蛛の巣を作り出した張本人に、視線を向けると、人修羅は気付いたのか六課の面々に、顔を向け声を放った。

 

「悪いがヴィータは任せた、俺らはこれから反省会だ」

 

「あ、ああ」

 

シグナムだけが人修羅の言葉に応答することが出来た、その声に人修羅は頷きを一つ作ると、未だに立ち上がれないトールの兜を無造作に掴み、歩き出した。

 

 

「やはり難しいです、一度本局での修理が必要ですね」

 

機動六課のメカニックデザイナー「シャリオ・フィニーノ」こと「シャーリー」が言った

 

「やっぱり、ギガントフォルムの状態で砕かれたのが不味かったみたいですね、破片がバラバラになりすぎてて自動修復機能じゃ追いつかないみたいです」

 

シャーリーが手元のキーボードを操作すると、目の前の画面に大破したアイゼンが映し出された。

 

「うっ…わ、改めて見ると派手に壊れたもんやね」

 

驚嘆するはやての隣で、フェイトがシャーリーに問う。

 

「どのくらいかかりそう? 五日以内で直せるかな?」

 

「不可能です、ここで直すなら最低でも四週間、細かい微調整を入れるなら五週間はかかります」

 

「じゃあ本局なら…」

 

「本局でも恐らく、往復の時間も込みで最低二週間は必要だと思います」

 

「二週間っ!?」

 

シャーリーの言葉に答えたのは、轟音共にドアを開け放った、ヴィータだった。

 

「ダメよヴィータ! 貴女まだ安静にしてなきゃ…」

 

後に続くようにヴィータの背後からシャマルが声をかけるが、ヴィータはそれに一切の反応を返さずに、シャーリーにズカズカと大股で歩み寄った。

 

「二週間も待ってられねぇよ!何とか五日以内になおらねぇか!?」

 

しかし、シャーリーは無言で首を左右に振った。

 

シャーリーの動作に言葉を失うヴィータ、その様子にシグナムが少し考えこみ、そして、はっとした表情に変化する

 

「……! そうか、五日後には―――」

 

「ホテル・アグスタの警備任務があるですよ…」

 

シグナムの言葉をリインが続ける、

まだ人修羅がミッドチルダに来る数日前、機動六課はホテル・アグスタで行われる骨董美術品オークションの会場警備と人員警備の任務を受けていたのだ

 

「じゃあヴィータは…」

 

「残念やけど…そうなるな」

 

シャマルの言葉をはやてが濁す、メカニックルームに気まずい沈黙が下り、聞こえる音は時折何処からか鳴る、機械の駆動音だけになった。

 

「ああ、居た居た」

 

その沈黙を破り、ドアを開く音が鳴った。全員がドアの方向に目を向けると、そこには人修羅とトールが立っていた

 

「何しに来たッ!!」

 

人修羅とトールの姿を捉えた瞬間に、憤怒の表情を得たヴィータを、人修羅は何でもないかのように応答した。その声色には先ほどの

 

「ああ、トールがお前に言いたいことがあるってさ」

 

そう言って人修羅は身を引き、すれ違うようにトールがヴィータの前に立った

 

「……何だよ」

 

明らかに不機嫌なヴィータにトールは何の躊躇いも無く言った。

 

「何故そう気を荒立てるのだ貴様は」

 

「何…?」

 

「我に負けたのは貴様が弱いからだろう」

 

「………」

 

「我は、我が王から貴様が主を守護する騎士の一人と聞いていたのでな、僅かながら期待もしておったのだぞ? だと言うのに貴様のその体たらくは何だ? あの程度の力量でいったい何が守れるというのだ?」

 

「――――ッ!!」

 

何か言いたげに、しかし何も言うことの出来ないヴィータが奥歯を噛む、しかしその背後からトールに剣先が向けられた。

 

「そこまでにしてもらおうか、それ以上の言葉は我が主への侮辱と思え」

 

刃と共に発せられたシグナムの言葉にトールが表情ひとつ変えず言う。

 

「なに、そう猛るな、我も貴様と争えるほど体力は残っておらん」

 

その言葉に、改めてトールの姿を見てみると、明らかに先ほどよりも衰弱していた。脚は小刻みに震え、手もだらしなく下がっている。

 

「何かあったのか?」

 

「………」

 

シグナムの問いにトールはちらと、背後に人修羅に目を向け、無言で答えた、自分の口からは言いたくないと言う様に。トールは頭を一つ振り、気を取り直し言った。

 

「貴様、ヴィータと言ったか」

 

トールは俯いているヴィータに見下ろす形で視線を向ける。

 

「貴様は弱い、だから強くなれ、同じく槌を振るう者は、剣よりも、拳よりも、銃、槍、鎌、弓、術、どんな武器を扱うものよりも、穿ち、叩きつけ敵を滅する者で無くてはならんのだ、それだけ覚えておけ」

 

そう言ってトールは俯いたままのヴィータから離れ人修羅の背後に戻った、そのとき。

 

「あのー…その人誰ですか?」

 

シャーリーが人修羅を見て尋ねた。えっ、と言う声がはやての口から上がった

 

 

「へぇ~貴方が人修羅さんなんですか~たまに見かけましたけど、実際顔を合わせるのは初めてですね、私、メカニックデザイナーのシャリオ・フィニーノです、これからもよろしくお願いしますね」

 

「ああ、よろしく」

 

簡単な自己紹介を人修羅とシャーリーは交わした、お互い名前ははやてから聞いていたものの

面と向かって会うのははじめてだったらしい良く考えたらデバイスを持たない人修羅とシャーリーでは、接点が少なすぎる

 

「それで、人修羅さん貴方が前に出たちゅうことはトールさんだけやのうて、貴方も何かあるんですか?」

 

はやてが自己紹介を終えた人修羅に問う、人修羅は頭を掻きながら答えた

 

「偶然部屋の外で聞いちまったが、五日後に仕事があるんだろ? トールの所為でそいつが出られなくなったらしいし、俺が変わりに行ってやろうかと面ってな部下の尻拭いは上司がするもんだろ?」

 

人修羅の言葉に始めに反応したのはヴィータだった。

 

「必要ねえよ! アイゼンがいくなたってあたしが「駄目やヴィータ」

 

言葉の途中ではやてが口を挟んだ。

 

「デバイスの無いヴィータを前線に出すわけにもいかへん、それになもしかしたらヴィータが知りたがっとった人修羅さんの実力がわかるかも知れへんで?」

 

はやての言葉にヴィータが口を閉じるが目は人修羅を睨みつけていた

はやてが人修羅に向き直る

 

「人修羅さんには、わたしからも頼もうと思ってたところや、断る理由はあらへん」

 

はやてがそこで一度息を吸った

 

「人修羅さんに五日後のホテル・アグスタの警備任務の助力、お願いします」

 

「ああ、宜しく頼まれた」

 

 

「あいつで大丈夫なのかよ…!」

 

人修羅がメカニックルームを出て行った後、ヴィータは誰に言うでもなく呟いた、しかしそれを聞いたシグナムが答えた。

 

「そうかヴィータ、お前は気絶していて知らないのか」

 

えっ?とヴィータがシグナムを見上げる。

 

「訓練場を見てみろ」

 

「は?」

 

シグナムの言葉に、ヴィータは疑問を得ながらも、眼前にモニターを展開させ、訓練場の様子を映し出した。

 

「――――おいシグナム、何だよコレ…」

 

ひび割れた訓練場の姿を見たヴィータは、モニターから視線を離す事無くシグナムに尋ねた。

 

「お前が気絶してすぐに人修羅がやったものだ、しかも技ではなく声だけでだ…これでは当分訓練場は使えそうに無いな」

 

「マジかよ…」

 

「嘘をつく必要があるか?事実だ、それとだ、スルト殿に聞いたのだが、人修羅の実力はそれでもまだ三割にも至っていないらしい」

 

「―――――」

 

シグナムの言葉にヴィータは言葉を失った。

 

「いったいあの男はどれ程の力を持っているのだろうな…」

 

ヴィータは人修羅の出て行った扉を見つめた、その目に浮かぶのは怒りではなく驚愕だった。


 
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