秋が近づいた、静かな長い夜の中。
オレは、ふと夜中に目を覚ました。
「ん、ぅ……」
電気の消えた部屋は寝る前と同じで、真っ暗なままだ。
重たい瞼をうっすら開いてみても、視界はぼんやりとしていて、周りがよく見えない。
未だ醒めきっていない目をゴシゴシこすって、もぞもぞと横向きに寝返りを打つ。
すると、布団の中からパパの姿がなくなっていることに気が付いた。
(あ、れ……)
オレが目を閉じて寝るまでは、確かに隣に居たのに。
軽く布団から身体を起こして、キョロキョロと辺りを見回してみる。
けれど、パパの姿はどこにも見当たらなかった。
「……パパ?」
声を出してパパを呼ぶと、思ったよりも掠れた声が出た。
小さな呼び声が、暗い部屋に吸い込まれて消えていく。
暗い部屋はシーンと静まりかえっていて、あんまり音が聞こえない。
聞こえるのは、枕元に置いてある目覚まし時計の、カチカチと秒針が動く微かな音だけだ。
広い暗闇の中のどこかに、人が居るような感じもしない。
寝起きの掠れた声じゃ、よく聞こえなかったかな。
そう思って少しの間返事を待ってみたけれど、やっぱりパパの声は返ってこなかった。
オレが寝る時は、パパがいつも隣で添い寝をしてくれる。
オレがさびしくならないように、ちゃんと眠れるようにって、手をつないだりお布団の上からトントン叩いてくれたりするんだ。
だけど、こうして夜中に目が覚めると、もう隣からパパは居なくなっていて。それに気付くと、ちょっぴりさびしくなる。
オレの知らない間にそっと布団を抜け出して、オレのそばから居なくなっちゃうパパ。
そんなパパが、どこで何をしているか。
それを、オレは知ってる。
「うーん……」
起こしていた身体を倒して布団に転がると、ぽすん、と枕が音を立てて、頭を受け止めた。
ごろんと横を向いて膝を抱え、ネコみたいに丸くなる。
暗がりの中じゃよく見えないけれど、目を閉じるまでパパが居たはずの場所を、暗がりの中でじっと見つめた。
(まだおしごとしてんのかなぁ……)
そんなことを頭で思いながら、隣に置いてあるパパの枕を引き寄せて、ぎゅっと強く抱え込んだ。
ちょっぴりタバコの匂いがする、白黒のカバーがかかった、パパの枕。
さびしくなった時は、よくこうして枕を抱きしめて眠るんだ。
そうすると、枕のふわふわな感触に包まれて、少し気持ちが落ち着く。
ほんのりにおいのする枕に顔を埋めると、何となく……、そこにパパが居るような気がするから。
きっと今も、パパは隣の部屋でお仕事をしてるはずだ。
それを知ったのはもう大分前で、別にこれが初めてというわけじゃない。
夜になると、パパは会社から保育園まで迎えに来てくれて、オレと一緒に家へ帰ってくる。
晩ご飯やお風呂を二人で済ませてから、オレが寝る時間になるまでの間は、ずっとパパと一緒だ。
でも、オレが寝ちゃった後は、パパは静かに布団を出ていく。
そのまま隣の部屋へ戻って、お仕事の続きをしてるみたいだ。
何やら難しい本を読んだり、色々調べたりしながら、いつも夜遅くまで真剣な顔でお仕事をしてるパパ。
それに気付いたのは、たまたま夜中にトイレへ行きたくなって目を覚ました時だった。
最初は訳も分からないまま置き去りにされた気がして、何だかとっても悲しくなった。
起きたついでにパパのところへ行って、「何でオレをひとりぼっちにすんの!」って言ったこともある。
その時、オレが言葉にならないモヤモヤをぶつけたせいで、パパをすごく困らせたんだっけ。
でもそれは、保育園に通っている子の家じゃ当たり前のことなんだって。
オレたちのために、お父さんやお母さんは毎日頑張って働いてくれてるんですよ。決してキミたちにさびしい思いをさせたいわけじゃないんです。って、前に保育園の先生がそっと教えてくれたんだ。
それからは、パパの邪魔をしちゃいけない。パパが頑張ってお仕事してるんだから、オレはワガママを言って困らせちゃダメだって、自分に言い聞かせるようにしてる。
もうパパを困らせちゃいけない。
オレも頑張ってひとりで寝よう。
……そう思って、オレなりに努力はしてるんだけど。
こうして一度目が覚めちゃったら、すぐには眠くならないから困るんだ。
寝よう、さびしくても我慢しなきゃって思うと、余計に眠れなくなっちゃうんだよ。
パパの枕を抱えながら、真っ暗な部屋の中でじっとして、自然と眠くなるのを待ってみる。
ひつじの数を数えてみたり、今日はどんなことをしたんだっけ、と思い出してみたり。体勢を変えて、寝やすい格好を探してみたりもした。
それでも、なかなかすぐには寝付けない。
どうすればいいのかなぁ、と頭の中でぐるぐる考えてみたものの、良さそうな方法は何も思いつかなかった。
一人で寝るのは、すごくさびしい。
どうしてこんなにさびしくなるのか、理由はわからないけど……。
なぜか、とっても不安な気持ちになるんだ。
オレが施設に居た時は、自分の寝る場所が最初から決まっていたみたいだった。
みんなそれぞれ決まった場所で、自分のお布団に入って、一人で寝る。
大きい子も、小さい子も。寝る時は、みんな一人きり。
それが施設のお約束だったから、誰もワガママを言う子はいなかった。
だけど、お約束だからみんな我慢して、ワガママを言わないだけ。
決してさびしくないわけじゃないし、一人寝に慣れてるわけでもなかった。
夜になると、違うベッドから誰かのシクシクすすり泣く声が聞こえてくる。
オレよりも大きなお兄さんが布団の中でうずくまって、『お母さん……』ってさびしそうに呟いてたり。お姉さんがお人形をぎゅっと抱きしめて目をつぶったまま、静かに涙を流していたり。
夜中に起きると、そういう光景をあちこちで見かけた。
昼間はみんな元気に遊んでいたけれど、夜が来て寝なきゃいけない時間になると、メソメソ泣き出しちゃう子がたくさんいたんだ。
消灯の時間になると、施設の先生が部屋をまわって、パチンと電気を消していく。
その時、電気が消えて部屋が真っ暗になると、急にひとりぼっちになったような感じがするんだって。
昼間の楽しかったことよりも、置いてけぼりにされた時とか、お父さんやお母さんと離れ離れになった時のことを思い出すみたい。
真っ暗闇になると、つらいことやかなしいことを思い出しちゃうからイヤだって、みんなが言っていたのも覚えてる。
今まで見えてたものが何も見えなくなると、真っ暗な中に放り出されたみたいな感じがして、途端にすごく不安な気持ちになるって言ってた。
でも、オレは……。
それがどういう感覚なのか、施設にいた時は分からなかった。
だって、オレには会いたくてさびしくなるような人なんていなかったから。それがどういう感覚なのか、想像がつかなかったんだ。
一人で寝るのも、眠れないまま暗い部屋で置き去りにされるのも、別に何とも思わなかった。
これが普通だと思ってたんだよ。
パパと暮らすようになるまでは。
でも、こうしてパパと一緒に暮らすようになって。オレは一人で眠りにつくことがなくなった。
保育園のお昼寝の時間も、みんなでくっつき合うようにして、自分たちの布団を並べてる。
だからひとりぼっちだとは感じないし、寝る時にカーテンを閉めて部屋を暗くしても、不思議と怖いとは思わない。
寝る時は、いつも誰かが近くに居てくれるし。
イヤな夢を見ても、目が覚めて隣を見れば必ず誰かがそばに居るから、オレはひとりぼっちじゃなかったって思える。
だから、何も怖くなかった。
誰かと一緒にいれば大丈夫だって、ほっと安心することが出来るから。
そんな生活が、だんだん当たり前になってきて。オレは、一人で寝るのがさびしいと思うようになった。
もしかしたら、あの時施設の子たちが感じてた心細さは、こんな感じだったのかもしれない。
「ねれねーよぉ……」
枕を抱えたまま、ゴロンゴロンと何度も寝返りを打つ。
あーとか、うーとか、意味もなく声を上げてみたりもした。
そんなことをしても無駄だっていうことくらい、自分でも分かってる。
でも、どうやっても眠れないし、じっとしてもいられなくて。寝返りを打ちながら、どうしよう、どうしようって、頭の中でずっと考えてた。
頑張って目をつぶって、このままじっとしていたら、そのうち眠くなるかな。
それとも、お仕事の邪魔にならないようにするってお願いして、パパのそばに居させてもらおうか。
でも、『仕方ねぇな』って、また困った顔をされたらどうしよう……。
静かな部屋で考え事をしてると、カチカチと動く時計の音が、やけに大きく聞こえてくる。
嫌でも耳に入ってくるその音が気になっちゃって、全然眠くならない。
むしろ、目が冴えちゃった気がする。
このままじゃ、とてもじゃないけど寝られそうにないや。
どうしよう、さびしい気持ちがだんだん強くなってきた。
(やっぱり、パパといっしょがいいなぁ)
……なんて。
それはきっと、オレのワガママだ。
そう言ってオレが甘えたら、パパはきっと手を止めて、また一緒に寝てくれると思う。
でも、パパのお仕事を邪魔することになっちゃうよな。
それがイヤだから、頑張ってひとりで寝ようとしたんだけど。
でも、結局ダメだった。
何でもパパに頼るんじゃなくて、少しは我慢しないといけないなって、本当は分かってるんだよ。
分かってるんだけど……。
ほんの少しだけでいいから、今は、パパに一緒に居てほしいんだ。
次は、さびしくても頑張って一人で寝られるようにするからさ。
(きょうだけ……、おねがい)
最後に、パパの枕を一回ぎゅっと抱きしめて、顔を埋める。
「……ごめん、パパ」
枕を顔に押し付けたまま、ワガママでごめん、と小声でつぶやいた。
パパのところに行こう、そうしよう。
意を決してそっと枕を離すと、オレは布団を抜け出した。
ベッドから降りて裸足でフローリングに立つと、床がギシリと音を立てた。
木目の床は思ったよりひんやりしていて、一瞬ビクッと肩が跳ねる。
「う……、さみぃ」
そういえば、まだ夏なのに部屋が暑くないや。
少し肌寒い気がするのは、パパがしばらくクーラーをつけておいてくれたからだということに気が付いた。
でもオレは寝相が悪いから、寝てる時にタオルケットを蹴っちゃって、起きたら何も掛かってなかったんだっけ。
そのせいか、半袖のパジャマから出てる腕も、知らない間に冷たくなってる。
それだけ長い間、ひとりで寝てたってことなんだろう。
冷えた腕を自分でキュッと抱きしめると、手のひらがほんのりあったかくて、少し寒さが落ち着いた。
ベッドの端を伝いながら裸足でペタペタと歩くと、足音が部屋の中に響いて、見えない誰かが後ろからついてきているような感じがする。
部屋にはオレしかいないって分かってるけど、何となく不安で、イヤな感じだ。
暗くて周りがよく見えない部屋には、あまり長く居たくない。
ひとりぼっちの心細さで、だんだん胸がドキドキしてきた。
怖い。
真っ暗な中にひとりぼっちで居るのはイヤだ。
早くここから出て、明るい所へ行こう。
なんとか手探りで部屋のドアを開けると、パパがお仕事をしている隣の部屋に向かって、パタパタと廊下を駆け出した。
隣の部屋のドアを開けると、中は煌々と電気が点いていた。
(うわ、まぶしー……)
急な明るさの変化に眉を顰めて、ゴシゴシと目をこする。
明るさに目が慣れるまでシパシパと瞬きをしてから、ぐるりと部屋を見回した。
すると、パパはちゃんとこの部屋に居て、ほっと胸をなで下ろす。
「パパ」
奥のパソコンデスクに向かっている広い背中に、小さく声をかけてみる。
でも、返事は返って来なかった。
いつもなら、こっちを向いてくれるか、すぐ何かしら反応をしてくれるのに。
「あれー、おっかしいな」
もしかして、オレの声が小さくて聞こえなかったのかな。
そう思って、おずおずとパパのそばに近寄って行った。
パパの広くて逞しい背中は、座ったままピクリとも動かない。
そういえば、パソコンのキーボードを打つ、カタカタという音も聞こえないな。
よく見ると、いつも電源がついているパソコンは動いてないし、画面も消えてる。
本を読んだり、何かを書いている様子もなさそうだけど――。
(なにしてんの?)
不思議に思って、小首を傾げ、横からちらりとパパの顔を覗き込んだ。
(あれ、)
するとそこには、静かに目を閉じているパパの寝顔があった。
ちょぴり眉を寄せて、微かな寝息を立ててる。
お風呂に入った後のパパの髪の毛が寝息と一緒にさらさらと揺れていて、頭がカクンと上下に動いた。
手には何枚かの書類と、一枚の写真を持ったままだ。
こんなところで寝ちゃうくらいだから、きっと疲れて眠くなったんだろう。
今日も昼間はお仕事をしてきてるし、朝起きたのも早かったからな。
オレと違ってお昼寝する時間もないから、眠くなっちゃうのも無理はないと思う。
でも、何でだろう。
黙って目を閉じているその顔には、どこか悲しそうな色が浮かんでいるように見えた。
蛍光灯の光で影になっている目のあたりに、うっすらと涙が滲んだような跡がある。
(えっ、)
もしかして、泣いてた――……?
そう思ったら、不意に心臓のあたりがツキンと痛くなった。
なに、どうしたの。
何か悲しいことでもあったとか?
お仕事が大変で、イヤになっちゃったのかな。
オレ、寝る前に何か困らせるようなことしたっけ……。
思い当たる限りのことを必死に考えてみたけれど、その理由はよく分からなかった。
滲んだような涙の跡に、どんな理由があるのか、オレは知らない。
もしかしたら特に深い意味はなくて、あくびをした時に涙が出ただけだったりして。
パパは泣き虫なんかじゃないし、かなしくなって泣いたわけじゃないよな。
パパの泣き顔なんて見たことがないから、オレの知ってるパパが泣く訳ない、とも思った。
けれど、パパの寝顔を何度覗き込んでみても、何となくかなしそうな感じに見える。
やっぱりこれは、見間違いじゃないのかもしれない。
オレの知らない間に、パパはかなしい思いをしたんだ……。
そう思ったら、何だか居ても立ってもいられなくなった。
そのまま起こして、どうしたのって聞いてみようか。
それとも、知らん顔して、普通にしてた方がいいのかな。
内緒にされるのはイヤだけど、パパは何でもオレに話してくれるような人じゃないことくらい分かってるつもりだ。
余計なことを聞いて困らせたくないし、このまま見なかったフリをした方がいいよな。
少しの間考えを巡らせてから、そっとしておくのが一番良いと、オレは勝手に思うことにした。
でも、こんな所で寝てたら風邪ひいちゃう。
パパが具合悪くなったら大変だ。
ここはちゃんとパパを起こして、お布団で寝かせてあげなきゃダメだよな。
窮屈な体勢で寝てたら、きっと身体も痛くなるし、寝た気がしないと思う。
そう気付いたからには、寝ちゃってるパパをこのまま放っておくことも出来なくて。椅子に座ったまま眠っているパパを前に、どうやって起こそうかと首を捻った。
さっき声を掛けても起きなかったから、身体を揺すってみよう。
そう思って、ダランと力の抜けたパパの手に軽く触れた。
その時、パパが握ったままの書類が、ふと視界に入ったんだ。
オレはまだ難しい漢字を読めないから、その紙に何が書いてあるのかなんてサッパリ分からないし、本当は見るつもりもなかったんだけど。
(……あ、)
でも、その中に気になる文字を見つけて。オレはパパを起こす前に、書類をちょっとだけ読んでみることにした。
「さかた、ぎんとき」
オレの、名前。
違う。
オレの、前の名前だ。
「……てられ、……子だった……。うぇ、やっぱりムズかしくてよめねーや」
難しそうな字がたくさん並んだ文字の中で、読めるところだけを小さく声に出してみたけれど、他の部分は難しい漢字ばっかりで全然読めなかった。
だから、どんな内容のことが書かれているのかは、オレには分からない。
でも、その書類の中にオレのことが書いてあるのは間違いなさそうだ。
それと、もう一つ。
紙と一緒に握られた写真も、少し気になる。
(なんだろ?)
オレが立ってる位置から表側は見えなくて、パパにぶつからないように注意しながら、背伸びをして覗き込んでみた。
――そうしたら。
「え、……」
写真を見た瞬間、心臓がドキンと大きな音を立てた。
ビックリして、思わず目を大きく見開いたくらいだ。
「これ、オレ……?」
その写真に写っていたのは、白いおくるみに包まれた、ちっちゃな赤ちゃんの姿をしたオレだった。
ゆりかごみたいなバスケットの中で、すやすや眠ってる赤ちゃんのオレ。
それと――、その上に置かれた一枚の紙切れが写ってる。
『銀時をよろしくおねがいします』
写真の中にある紙切れには、きれいな字で、そう一言だけ書いてあった。
ちっちゃなオレと、名前と、一枚のメモ書き。
こんな写真があったなんて、全然知らなかった。
これがいつのものかも、もちろん知らない。
だけど、この写真に写ってる赤ちゃんは、間違いなくオレだ。
白っぽい銀色の髪の毛に、真っ白な肌。
きっと目を開ければ、赤みがかった色の瞳をしてるんだろう。
そんなの、見なくても分かる。
だって、こんな姿をしてる人なんて、オレの他に見たことがないから。
(もしかしたら、オレがすてられたときの――……)
そのことは、この写真から何となく察しがついた。
もうずっと前のことだし、オレ自身の記憶なんて当然ないから、これを見ても何とも思わないけれど。
パパはこれを見た時、どう思ったのかな……なんて。
少し聞いてみたい気もするけど、深く考えるのはやめにした。
何でオレは、施設にいたのか。
どうしてオレには、お父さんやお母さんと当たり前のように呼べる人がいないのか。
そのことは、パパがオレを『家族』にしてくれるって決まった時に、施設の先生がちょっとだけ話をしてくれたことがある。
でも、それを聞いたからといって、オレは別にどうもしないし、「ふぅん、そうなんだ」としか思わなかった。
だってオレは、お父さんやお母さんの顔すら覚えてないんだから。居ないことがかなしいなんて、あんまり思わないんだ。
それよりも。
パパがオレを見つけてくれて、『家族』にしてくれた嬉しさは、しばらく経った今でも良く覚えてる。
最初はどう接したらいいのか分からなくて、素直に話すことも出来なかったのに、「それでも構わねぇよ」って言ってくれたパパ。
口数は少なくてぶっきらぼうだけど、オレの考えてることや云いたいことを、さり気なく分かってくれる。
時間をかけて、ゆっくりオレのペースに合わせてくれるから、そのおかげでオレは少しずつ打ち解けられるようになってきたんだ。
そんなパパだからこそ、一緒に居たいと思えるようになったし、オレはここに居て良いんだって思えたんだよ。
そう考えたら、何だか不思議な気持ちになってきた。
悲しくはない。
つらくもない。
ただ、パパが今オレの目の前にいてくれることに、ありがとうっていうあったかい気持ちでいっぱいになったんだ。
さっきまでのさびしかった気持ちも、もうとっくに消えてなくなってる。
もしもパパと『家族』になってなかったら、こんな風にさびしくなったり、そばにいてくれることのうれしさも知らなかったままなんだろうな。
ありがとう、オレのパパになってくれて。
オレに色んな気持ちを教えてくれて、ありがとう。
椅子に座って眠ってるパパの手に、上からそっと手を重ねた。
「パパ」
小さな手にありったけの気持ちを込めて、静かに揺すってみる。
すると、軽く身動ぎをして、パパの目がゆっくりと開いた。
「……なんだ、起きたのか」
「うん。こんなところでねてたら、カゼひくよ」
「あぁ、そうだな。悪ぃ」
そう言って、パパは手に持っていた書類をパソコンの横に置いて、あくびを噛み殺しながら肩を揉んだ。
しばらく眠ってはいたけれど、窮屈な体勢で寝てたせいで、疲れが取れてないのかもしれない。
「ん、どうした?」
そんなパパの様子を傍らでじっと見つめていたら、オレの視線に気が付いたのか、腕を伸ばしてひょいと抱き上げてくれた。
膝の上に乗せてもらうと、パパとの距離がぐっと近くなる。
今まで人と触れ合うのはあんまり好きじゃなかったけど、パパがこうして抱き上げてくれたりしてるうちに、それがすごく落ち着くっていうことを知ったんだ。
これも、パパのおかげ。
でも、そんなことは恥ずかしくて言えないから。
「ううん、なんでもない」
こてん、とパパの胸に頭を預けて、ぎゅっと上着を握った。
パパの腕に包まれたまま左胸に耳を寄せると、トクントクンと微かな鼓動が聞こえてくる。
眠れなかった時に聞いていた時計の音と同じ、一定のリズムなのに。何故かパパの心臓の音を聞いてると、だんだん気持ち良くなってくるから不思議だ。
「また眠くなったか」
オレのくるくる跳ねたくせっ毛を柔らかな手つきでなでながら、静かな口調でパパが聞いてくる。
頭をなでてもらうのは、とっても気持ち良い。
機嫌良く戯れるネコみたいにスリスリとほっぺたを擦りつけると、頭の上でパパがふっと笑った。
「……ちょっとねむいかも」
「いいぞ、寝てて。後で布団まで運んでやる」
「ん……」
トントンとオレの背中を叩いてくれる手が優しくて、あったかくて。身体がじんわりポカポカしてくる。
それにつられて重くなってきた瞼を閉じると、意識がふわふわと遠くなっていった。
やっぱり、パパと居るのが一番好きだ。
一緒にいてくれると、すごく落ち着く。
オレたちは本当の家族じゃないのかもしれないけど、そんなのは関係ない。
オレにとっては、パパは安心をくれる大切な人に変わりないし、パパが本当の子供じゃないオレを大事にしてくれてることも分かってる。
きっと、家族ってそういう感じなんじゃないのかな。
オレは、パパと家族になれて良かった。
これからもずっと、そばにいてよ。
この、ありがとうっていう気持ちをパパに伝えたくて、眠気を堪えて口を動かしたつもりだった。 けれど、それは結局、声にはならなかったみたいだ。
「……おやすみ」
パパの低くて頼もしい声が聞こえた後、髪にふわりとあったかい何かが触れた気がした。
多分それは、オレが良く眠れるようにっていうおまじないだ。
パパだけの、おまじない。
大丈夫。
今日はきっと、幸せな夢が見れるよ。
おやすみ、パパ。
またあした。
End.
2012/08/20
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【Updata:2012/08/20、Remove:2012/09/18】
養子親子設定の番外編エピソード④。
二次創作だけど、半分フィクション、半分ノンフィクション。
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