No.482655

真・恋姫無双~君を忘れない~ 九十八話

マスターさん

第九十八話の投稿です。
冥琳は自らが前線に立つことで風の心理戦を封じ、見事に彼女を前線まで引きずる出すことに成功した。このまま江東軍に流れが向かうかと思いきや、想像もしない事態が起こり、一気に窮地に立たされることになるのだった。

少しずつ読者離れを感じるこの頃、皆様を満足させることが出来ずに非常に心苦しいところですが、頑張って執筆し続けようと思います。それではどうぞ。

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2012-09-11 15:22:00 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:5003   閲覧ユーザー数:4328

 

 雪蓮は荒い息を吐きながら、それでも冷静に戦況を見つめていた。既に戦闘状態は一刻を超えていた。相手と巧みに距離を置きながら、敵の隙を見逃すことなく、攻め寄せては強烈な一撃を放ち、敵が反撃に転じようとした瞬間には退くという戦いを続けていた。

 

 ――はぁ……、冥琳には二刻はいけるって言っちゃったけど、これって結構厳しいわね。

 

 相手は曹操軍が誇る精兵中の精兵、虎豹騎である。その錬度はとにかく高く、雪蓮でなければこうは戦えていなかっただろう。相手の将が流琉であることも幸いしたのだが、それでも彼女はこの戦闘を通じて成長している節が見られる。

 

「行くわよっ! 隊を三つに展開っ! 一番隊は私についてきてっ! 残りは左右から順次突撃しなさいっ! 私が中央に突っ込むのが合図よっ!」

 

 常に最前線に身を置き、兵たちを鼓舞していく。

 

 冥琳たちは他にも祭や思春、明命と協力して季衣の部隊を迎撃したが、雪蓮は一人なのだ。それで互角の勝負を演じるには、常に攻めの姿勢を取り続けなくてはならず、兵士たちも雪蓮自身もかなりの体力を消耗していた。

 

 それでも雪蓮は攻めの姿勢を崩さない。

 

 ――まずは出鼻を挫くっ!

 

 敵がこちらの動きを測る際に生じる僅かな隙を見逃さず、雪蓮は正面から突撃を仕掛ける。最初はそれで充分に崩すことが出来ていた。初撃に部隊を全て突っ込ませて、後は状況を見定めながら、退くだけで戦えていた。

 

 しかし、今は違う。

 

 ――くっ、こちらの動きを読んでいるわね……。

 

 流琉は明らかに雪蓮の攻め筋を理解し始めていた。雪蓮すら舌を巻く程の才能だった。これだけの短期間で――相手が雪蓮という王である以上、経験はどの戦よりも濃厚なものであろうが、若き将軍はそれを貪欲に吸収し、死と隣り合わせという状況で信じられない成長を果たしていた。

 

「……左右から次が来ます。中央へ、更にもう一部隊を右方へ向かわせてください」

 

 流琉は声を荒げて命令をするわけではない。だが、その静かな声はすぐに周囲の将校に伝わり、全軍が動き出していた。雪蓮の攻撃を即座に読み取り、だが、正攻法では猛烈な一撃は防ぐことが出来ないため、様々な手を尽くしてそれを耐える。

 

「……まだです。ここで動いても相手の勢いは……。敵は損害を被ることを嫌がるはず、だったら、もう少し耐えて……」

 

 ぶつぶつと呟きながら、必死に思考を纏める流琉。

 

 流琉は料理に天才的な才能を持っている。彼女は感覚的に数万以上の食材の味を記憶し、それを巧みに組み合わせることで驚くべき創作料理をこれまでいくつも作ってきた。その味は華琳のお墨付きである。

 

 流琉はこの戦を料理しているのだ。

 

 彼女の頭の中には一つのレシピがあり、自分と雪蓮の軍勢を材料に、戦術的要素を調味料にして、この場で新しい料理を作り上げているのだ。試行錯誤を繰り返しながら、格別の料理を――すなわち、自軍の勝利というものを作り上げようとしているのだ。

 

 流琉の部隊が正面から雪蓮を迎撃する。壮絶な勢いで突っ込んできた江東兵に対して、主軸を少しずらすことで勢いを殺し、雪蓮本人による武を自らが相手にするのではなく、インパクトを外す要領で封じ込める。

 

 左右から来る部隊に対しては、無理に守ることはせず、片方の部隊にのみ守備を集める。そうなると自然にもう片方の部隊が中央付近まで食い込んでくるのだが、それに対して流琉は敢えて放置をする。

 

「……今ですっ! 後方の部隊は反転して、すぐに左の部隊に当たってくださいっ!」

 

 流琉は雪蓮が退くと判断した瞬間に部隊を二分し、片方を自分が率いて雪蓮の部隊の追撃に、もう片方を中央まで攻め寄せている別の部隊へと向かわせた。インパクトを外され、損害を嫌った雪蓮の動きを完全に読み汲んだ動きである。

 

 ――これで中央の部隊を包囲殲滅、後退する孫策の部隊を私が叩けば戦況は動きます。

 

 ぐっと得物を握る手に力を込める。ここで敵将を逃がすわけにはいかず、討ち取るためには兵士たちに任せてはいけないだろう。雪蓮の首を落とすことが出来るのは、仮に力が及ばずとも流琉を置いて他にはいないのだ。

 

「参りますっ!」

 

 気合の声と共に一気に敵部隊との距離を詰める。

 

 しかし、雪蓮という王はそこまで甘い人物ではない。

 

「…………っ!!」

 

 次の瞬間、唇を噛み悔しそうな表情を浮かべたのは、雪蓮ではなく、流琉の方であった。

 

 流琉が雪蓮の動きを読み始め、それに対応して動くのではあれば、雪蓮が取るべき行動は一つだけである。偽の思考を読ませ、こちらの希望通りの動きを取らせるだけである。インパクトを外された瞬間に、雪蓮は退く素振りだけを見せ――否、実際に僅かであるが後退し、即座に再び前へと突出したのだ。

 

 ――このくらい簡単に出来ないようでは、冥琳と追いかけっこなんて出来はしないわよ。

 

 一方、流琉の方が既に後方の部隊は完全に動いた後であり、もはや修正の仕様がない。唯一勝っていた数の利点がなくなり、部隊の用兵術だけでは絶対に雪蓮に勝てない程に実力が離れていることも自覚していた。

 

「ここで一気に蹴散らすわよっ! 全軍、密集隊形っ!」

 

 しかも、ここぞとばかりに雪蓮も部隊の厚みを増して、流琉の首を狙いに来た。流琉はここで怯えて退けば自分の命がないことを理解し、すぐに思考を捨て去り、単身で雪蓮の許へと突っ込んだ。

 

「でりゃあぁぁぁぁぁっ!」

 

 進んでも死、退いても死、であれば、流琉は喜んで前者を選ぶだろう。

 

 部隊の壊滅は免れない。もしかしたら、これが原因で対江東軍部隊の全体の勝敗に繋がるかもしれない。ならば、ここで自分の命を引き換えに、少なくとも雪蓮の腕一本くらいは頂かないと自分に部隊を任せてくれた春蘭に申し訳が立たない。

 

 伝磁葉々を思い切り振りかぶり、雪蓮の頭を目がけて放つ。たったそれだけの攻撃で雪蓮を倒せると思っていない。予想通りに、雪蓮はそれを軽く身体を横にずらすだけで避けてしまった。

 

 馬と馬が交差する。武器は未だに手元に戻ってきてはいない。すれ違う瞬間に、雪蓮は間違いなく自分の首を撥ね飛ばすだろう。だが、その瞬間に伝磁葉々を放し、身体で剣を受け止めることで腕を砕こうと思った。

 

 と、そこへ……。

 

「ちっ! 一当てしたら、すぐに退くわよっ! 残りの部隊に命令を出しなさいっ!」

 

 意外なことに雪蓮はすれ違う前に方向転換をしたのだ。忌々しそうに舌打ちをしながら、流琉の部隊を、側面を削ぎ落とすように攻め、そのまま部隊を別の方へと誘導していく。呆気に取られた流琉だが、すぐにその理由に気付く。

 

「季衣っ!?」

 

「流琉っ! 助けに来たよっ!」

 

 春蘭に命じられたようにすぐに本陣で部隊の再編をしていた季衣だが、何故か胸騒ぎを感じ、それを速めて流琉の援護へと現れたのだ。あのまま雪蓮が流琉の首を落とし、残存部隊の追撃を仕掛けても、そこへ季衣の部隊が入り混じった乱戦になれば、部隊の損耗は避けられないと判断した上での後退であったのだろう。

 

「さあっ! ここから反撃だよっ!」

 

「うんっ!」

 

 思いがけない援軍の登場でより一層士気を高める曹操軍に対し、雪蓮は苦々しそうな表情をしながら、これからの動きを組み立てていた。流琉の率いる部隊だけでも厄介なのに、そこに更に援軍が来られたのでは堪ったものではない。

 

「……一旦、冥琳と合流した方が良さそうね」

 

 その頃、冥琳たちはどうなっているのか気にしながら、雪蓮はふぅと息を吐く。彼女の本来の目的は流琉の部隊の殲滅ではなく、時間稼ぎにある。春蘭の部隊も前線へと向かったという報告を受けているので、ここらが潮時であると思ったのだ。

 

 だが、ゆっくり思考する時間は与えられなかったのだ。

 

 季衣と流琉の部隊がすぐにこちらに攻め寄せて来たのではない。そのくらいであれば、雪蓮ならばすぐに対応しているであろう。思考しながらでも、正面から来る敵を迎撃するくらい、この戦いの王に不可能ではない。

 

 従って、敵は正面から来たわけではないのだ。

 

 雪蓮の許に必死の形相で駆けてくる伝令があった。

 

「孫策様っ! 危急の知らせですっ! 西方より敵の増援が現れましたっ!」

 

「何ですってっ!? 数はっ!」

 

「はっ! 騎馬隊のみの構成で、数はおよそ二万かとっ! 旗印は夏侯、おそらく西涼より夏侯淵が率いてきたものと思われますっ!」

 

 その言葉に、雪蓮は唇を強く噛み締めるのであった。

 

 

 ――何故、ここに夏侯淵が現れるのだ……っ!

 

 冥琳はそう叫びそうになるのをぐっと堪えながら、飽く迄も平素の表情を作りながら思考する。ちょうどそれは季衣が流琉の援軍に現れた頃であり、もう間もなく雪蓮の許にその知らせが届くだろう。

 

「おやおや、驚かないんですかー?」

 

 風がそう問いかける。おそらく彼女であれば、冥琳の胸中が穏やかでなく、敵に自分の動揺を悟らせまいとしていることくらいは分かっていそうであるが、彼女のことだ、それを承知の上で冥琳に揺さぶりをかけようとしているのだろう。

 

「…………」

 

 そんな風に対して返す言葉を冥琳は持ち合わせていなかった。

 

 ただぎりりと歯噛みし、自分が失敗したことを悔いるだけであった。

 

 彼女の失敗――いや、これを失敗と称してしまえば、あらゆることが失敗になってしまうのだろうが、彼女の強みである可能性の取捨選択、それは戦場において些細な情報をも取り逃がすことなく、速やかに脳内で戦術がシミュレートされ、いかなる状況の対策も構築することが出来る。また凡人では考えない範囲まで可能性の枠を広げ、その可能性の数は冥琳自身にも把握できない程に膨大なものである。

 

 だが、勿論ではあるが彼女にもその範囲に含めないものというのが存在する。

 

 例えば明日大陸が吹き飛ぶ可能性を考える人がこの世にいるだろうか。神が自分の許に舞い降りて天啓を示す可能性はどうだろうか。それと同様にして、冥琳の中でも一つの事柄が可能性の範疇の外へ置かれた事柄がある。

 

 それが秋蘭の参戦である。

 

 厳密に述べるのであれば、このタイミングで秋蘭が来るという可能性はゼロであると判断したのだ。その理由は明快で、秋蘭が司馬懿と共に西涼での大戦における残存勢力の駆逐とその後の統治を任されていたことは、明命などの優秀な密偵部隊から情報を得ていた。

 

 仮に華琳が秋蘭の許へ援軍を要請したとしても、西涼からこの荊州まで来るのに、彼女たちは天水から長安を経由し、そこから真南に移動するか、洛陽方面から迂回するかの道しかない。しかし、真南へどの移動となると、漢中との州境を移動することとなり、そうすれば益州勢が気付き、迎撃の部隊を送る可能性が高い。

 

 また、これは彼女の憶測の域を出なかったのであるが、華琳はこの決戦に彼女が率いている部隊以外の兵を招集していないと思われたのだ。彼女は自分が率いられる最大数を率いており、別のところから、しかも西涼の兵士を別働隊として派遣する可能性は低いのではと考えたのだ。

 

 すなわち以上のことから、このタイミングで秋蘭が援軍としてこの場に来ることなどあり得ないのだ。

 

「……ですが、実際に秋蘭ちゃんはこの場に来たのですよー」

 

 まるで冥琳の思考の続きを言うように風が言葉を放つ。それは冥琳の心を逆撫でするには充分過ぎていて、きっと風を睨みつけるが、風はその殺気を受け流し、相変わらず何を考えているのか分からない無表情を貫いている。

 

「……ならば、それは夏侯淵の独断ということか?」

 

「その通りです。秋蘭ちゃんは、華琳様がどうして自分を招集しないのか理解しながらも、最後の決戦に自分が華琳様の横にいないということに耐えられなかったのでしょうねー。戦が終わったら軍規違反で処罰されることを厭わずに、どうやったのかは分かりませんが、この場に来ることが出来たようです」

 

 従って、これは風が仕掛けた策でも何でもない筈である。仮に秋蘭から事前に姉である春蘭の許へその知らせが届いていた可能性もないわけではないが、風の口ぶりから察するにおそらく彼女がそのことを知ったのもつい今しがたのことのようである。

 

 ――だったら、程昱がこの場に現れた理由がそれか……。

 

 勝算もなくこの場に身を置く程、風も命知らずというわけではないのだろう。冥琳が戦術的に彼女の心理戦を封じ込めることが出来たのは事実であるが、風は己の敗北をこの秋蘭の襲撃に繋げることにしたのだ。

 

 仮に確固たる覚悟を定めようとも、武人ではない彼女たちの実力差が埋まるわけではない。寧ろ、覚悟を定めたということが、実は肩に力を入れた過ぎた結果であることに気付かずに、自分の思考能力を低下させてしまう可能性すらあるのだ。

 

 冥琳は風がこの場に来た訳をあまり深く追及しなかった自分を責めた。相手が化け物であることは承知していたはずなのに、つい自分と同じ視線で相手を眺めてしまったことを。風がそんな根性論を振りかざすだけで戦に身を晒すわけないということに何故気付かなかったのか。

 

 だが、そこを悔いても何も始まらない。

 

 冥琳は静かに呼吸を整えた。思考を冷静なまま、心だけを燃やし続けろ、そう己に言い聞かせる。

 

「……ただで負けるつもりはないようだな」

 

「当然ですよ。風も負けるためにここにいるわけではありませんからね」

 

 一瞬の空白。

 

 お互いがまるで剣戟を交わすかのように、風と冥琳はじっと見つめ合いながら、これからの展開を思考する。これから始まるのは心理戦ではなく、純粋な戦術を競う戦いになるだろう。それは冥琳の土俵ではあるものの、秋蘭の奇襲により江東軍の劣勢からスタートすることになる。

 

 次の瞬間、風と冥琳は同時に動き出した。

 

 風が出した指示はシンプルだ。春蘭の筆頭にこの場で冥琳を殺すために部隊をただ前へと動かしただけだ。春蘭の実力は先ほどのぶつかり合いで充分に知らしめている。そこには何の戦術的要素は必要としない。

 

 それに対して冥琳は他の三人に対して一つの指示を出す。

 

 ――何が何でも夏侯惇を止めろ。私が雪蓮を救いに行く。

 

 一部の部隊を率いて雪蓮のいる方へ展開させる。それに気付いた風も勿論それを阻止すべく春蘭をそこへ突っ込ませようとするが、祭、明命、思春がそれをさせまいと部隊を無理やりその間隙に捻じ込み、春蘭を止める。

 

「私を止めるなど、百年早いわぁぁぁぁぁっ!」

 

 魏武の大剣の一振り。

 

 それだけで周囲の空気は切り裂かれんほどの悲鳴を上げ、風圧が彼女たちを襲う。それでも三人は怯むことはない。冥琳が出した命令は言外に死んでも止めろ、と言っているのだが、自分たちの命と王の命、どちらを優先すべきかなど愚問である。

 

 とにかく春蘭の動きを止める必要がある。祭は必殺の一撃を放つのではなく、春蘭の足を止めるために続けざまに矢を放つ。一度に何本もの矢を信じられない速度で連続を放ち、そこで生まれる隙を明命と思春が逃さずに攻める。

 

「ちぃっ!」

 

 さすがの春蘭もそれを受けて立ち止まらずにいられるはずはない。

 

 剣圧で矢を吹き飛ばし、迫りくる明命と思春の刃を体捌きのみで往なしていく。彼女たちが自分を殺しにきているのであれば、もっと簡単に撃退出来るだろうが、彼女たちの目的は飽く迄も時間稼ぎに過ぎない。危険と安全の境界線を行ったり来たりするような動きを上手く組み合わせて春蘭の動きを巧みに止める。

 

 背後からの攻撃が止まっている内に、冥琳は急いで雪蓮の許へと駆ける。風がこの場に来たことと秋蘭の奇襲を読めなかった失策に自分を責めながらも、彼女はただ馬を駆けらせた。

 

「おやおやー、さすがに進ませてはくれませんかー」

 

 風は春蘭の進行を阻まれているということに特に驚きを示さずに言う。

 

 ――まぁ、きっと周瑜さんはこう思っているんじゃないですかねー。姉とは違い、冷静さと堅実さで名を売る秋蘭ちゃんが、呉の王を相手に速戦をするはずはない。まだ自分が行けば間に合うのではないか、と。

 

 クスクスと風は笑いを零す。

 

 いや、冥琳がそう思ってしまうのは仕方のない話だ。春蘭と秋蘭――曹魏を支える二人の姉妹は、春蘭の大剣がありとあらゆる敵を薙ぎ払い、そのサポートを秋蘭が行う。その絶妙なコンビネーションは大陸でも指折りであるのだから。

 

 だが、しかし……。

 

 風は遠くに見える冥琳の背中を見ながら告げる。その背中を言葉で刺し貫くように、どうせこの距離では届かぬことは分かっていながらも、彼女には伝わるのではないかと思い、それを言葉にして綴っていくのだ。

 

「秋蘭ちゃんのもっとも得意とする戦法は、実は奇襲なのですよー」

 

 

 冥琳は雪蓮の部隊を視界に捉えた。流琉や季衣の部隊とは小康状態にあるのだろうか、好戦している気配は見えない。そして、その周囲にも秋蘭の部隊であろう敵部隊もいないことに、自分が間に合ったのだとホッと胸を撫で下ろす。

 

 冥琳はすぐに思考を次のぶつかり合いに焦点を当てる。秋蘭の登場によりこちらの部隊には動揺が走っている。雪蓮と合流した後は一度下がるべきか、それとも春蘭の突破力を考えたら安易に下がるのは避けるべきかと。

 

 だが、その思考もすぐに断ち切られてしまう。

 

 冥琳の耳にヒュンと風切り音が微かに聞こえた。即座に頭を上げ、雪蓮の方を見る。そこには騎乗に悠然と佇む彼女たちの王がいた。冥琳が己の全てを懸けて支えようと誓った唯一の王であり、また唯一の友である。

 

 が、その姿がぐらりと傾いた。

 

「雪蓮っっっっ!!!」

 

 馬を駆けらせて雪蓮の許へと向かう。

 

「め、冥琳……?」

 

 雪蓮が落馬する直前にその横に馬を寄せて支えてあげるが、冥琳は彼女の肩に深々と矢が突き刺さっていることに気付いた。そこから鮮血が流れ、雪蓮の綺麗な柔肌を朱く汚している。

 

「くっ! どこから――」

 

 周囲には敵の影は見当たらなかった。だが、すぐに周囲を見回そうとした冥琳の声が詰まる。冥琳の頬を掠るように第二射が放たれたからだ。その方に目を向ければ、確かに敵はいた。だが、それはまだ常識の範囲で考えれば矢が届く範囲にはいないのだ。

 

 ――夏侯淵の矢か……っ!

 

 長距離からピンポイントで雪蓮の命を絶ちにきた。そして、それを実際に可能にさせる程の腕前。冥琳は背筋に冷たい汗を感じながら、この場に留まっていては危険と判断し、即座に後方の味方の部隊と合流するように命じる。

 

 だが、兵士の瞳には虚ろな影が見えていた。

 

 冥琳の命令を受けても、最初は動けない程のものであった。それも当然のことである。目の前で自分たちの王が矢を受けたのだ。幸いにもそれは肩に当たっただけで、雪蓮の命を脅かすようなものではないが、少なくとももう戦闘には参加出来ないだろう。

 

 そして、実際に雪蓮が射られたということを見て、もしその矢に毒が塗ってあったら、もしその矢が肩ではなく胸に突き立っていたら、という悪い方に思考を向けさせてしまい、部隊の動きが悪くなってしまう。

 

 部隊の動きが悪くなったのを見て、何もしない程秋蘭という将は甘くない。

 

「全軍抜刀っ! これより江東の虎を狩るっ! 我ら西涼の狼の恐ろしさを見せつけるのだっ!」

 

 秋蘭が率いているのは、彼女が西涼の軍閥を解体したときに率いていた精強の兵士たちに地元の西涼兵を組み込んだ混成騎馬部隊であった。西涼の餓狼たちは雄叫びを上げながら雪蓮と冥琳の部隊へと突撃を行う。

 

「は、早すぎるっ! 全軍、密集隊形をとれっ! 雪蓮に指一本たりとも触れさせることは許さんぞっ!」

 

 片方の手で雪蓮を抱きかかえながら、冥琳は必死に指揮を執る。しかし、冥琳の予想を上回る速度と過激な攻めは冥琳たちの防御網に弾き返されるどころか、次々のその網を食い破り雪蓮の許へ殺到してくる。

 

 普段は姉である春蘭の支援に回ることが多い秋蘭であるが、風の言った通り奇襲を得意とする将である。春蘭のような強大な力をもって敵を駆逐するタイプではないが、その冷徹なまでの戦いと圧倒的な速度で戦場を制圧し、短期間で西涼も鎮圧してしまった。

 

 羌族との国境付近で何度も小競り合いが起こったが、その度に秋蘭は自らが出陣しその弓で敵の将を打ち抜いてきた。羌族の精強な騎馬隊も近づくことが出来なければ意味はない。将を失い混乱した部隊をそのまま撃滅し、夏侯淵という名は羌族にとって忘れられないものになったのである。

 

 ――ここにあの虎豹騎までもが加わったら止めようがない……っ!

 

 冥琳は巧みに部隊を防御陣形のまま維持しながら後退していく。後方の部隊と連携することが出来れば何とかこの状況も打破出来るかもしれない。それまで兵士たちが耐えてくれるか、それともこのまま秋蘭の部隊が攻め切るかの根競べである。

 

「冥琳……。私なら大丈夫よ。私とあなたで部隊を二分して夏侯淵の攻め手を散らせば何とか……くっ!」

 

「無茶するなっ! それでは武器も使えないだろうっ!」

 

 だが意外にも、秋蘭による襲撃が突然として威力を弱めたのだ。しかし、それは別に雪蓮たちにとって幸いしたというわけではない。風が銅鑼を鳴らさせて、秋蘭の部隊を自軍へと組み込んだのだ。

 

 その隙に雪蓮たちも祭たちと合流を果たすのだが、雪蓮を後方に下げる前に敵の攻撃が始まったのだ。少なくともこれ以上雪蓮に傷を負わせるわけいかない冥琳は、祭たちを中心に厚い守りの陣形をとらせる。

 

 ――後手に回っているのは分かっているが……っ!

 

 ぐっと唇を噛み締める冥琳。

 

 そもそも秋蘭の参戦自体があり得ないことである。それを冥琳は己の失策であるとしている。風を自分が勝てる舞台に立たせたはずが、風がこの場に来て以来、事態は全く冥琳たちにとって有利な状態になっていないのだ。

 

 それに対し、風は特に勝負を焦ることはせず、秋蘭たちの状態を確かめた上で陣形を整えた。あのまま秋蘭たちに攻め続けさせても、雪蓮の首級は挙げられたかもしれない。しかし、風は敢えてそうはしなかった。

 

 ――落とすのは孫策さんの首だけではありません。まだ江陵には妹さんがお二人もご存命だと聞いていますし、抵抗勢力はこの場で潰します。肉体的にも精神的にも潰して、風たちに抵抗しようという意志を刈り取るのです。

 

 風が指示したように部隊は展開していく。

 

 中央に春蘭を据え、左翼には精強な虎豹騎とそれを指揮する流琉と季衣を、そして左翼には来たばかりの西涼の狼たちとそれを指揮する秋蘭を置く。もう誰にも止めることの出来ない必殺の布陣――鋒矢陣だ。

 

 いくら敵が防壁を張ろうとも、春蘭がそれに亀裂を入れ、続けざまに季衣と流琉が粉砕する。そして取りこぼしをなくすかのように秋蘭の弓矢が残りを貫く。それを止めようにも江東陣営には決定的に足りないものがあるのだ。

 

 ――江東軍は明らかに将不足です。そして、孫策さんが戦闘不能状態に陥った今、彼女の戦力を埋め合わせるだけの実力のある将はおりません。

 

 当初は雪蓮と春蘭を戦わせて、風は自ら虎豹騎の動きを補佐することで敵を殲滅する手筈であったのだが、秋蘭が現れた今、その必要性はない。秋蘭が現れたこと自体は、風にとっては幸運であるということ以外のなにものではないが、彼女はそれに対して引け目を感じたりはしないのだ。

 

 ――戦とは常に何が起こるか分からないものです。いくら周瑜さんが風より実力が上であろうと、それが勝敗を決定づける要因にはなり得ないんですよ。それに……この何が起こるか分からない状況において、軍師はいかなる状況にも対応出来ねばならず、だからこそ風は軍師という生き物を止めることが出来ないのでしょうね。

 

 風と冥琳の決定的な違い――それはその思考にある。風は戦を生き物と捉え、それを全て自分の思うように動かせないものであると信じている。故に軍師とは戦が勝手な動きを見せるかどうかを監視し、そうなった場合への備えに過ぎないのだ。

 

 一方で冥琳は、戦は自分の意志で動かせるものと信じている。大きな流れを戦略で作り上げ、そこに戦術という波を起こすことで操る。戦とは川であり、その流れを全て支配して自分たちを勝利という対岸へと渡す手段なのだ。

 

 どちらが正しいというわけではない。これは考えた方の違いであり、どちらにも優れているところはある。二人の考え以外にも様々な思想があり、その思想の差がときには戦に影響するかもしれないし、影響しないかもしれない。

 

 だが、このときばかりは風に幸運の女神は微笑んだのだろう。

 

「さぁ、これで終幕ですよ。全てを終わらせ、華琳様が大陸の平和を築き上げるのです。もう止められないのなら、風はその障害となる全てのものを排除しましょう。それが唯一の道なのですから」

 

 風が呟くように言った。

 

 そして、部隊は江東軍に襲い掛かったのだ。

 

 

あとがき

 

 \(・ω・´)>受け止めてみろ!真夜中の太陽の輝き、灼熱のプロミネンス!

 

 第九十八話の投稿です。

 言い訳のコーナーです。

 

 ひゃっはぁぁぁぁぁぁぁっ! やっと八月という鬼畜な月から解放されました。皆様、お久しぶりです、宇宙メダロッターX――ではなく、駄作製造機ことマスターでございます。一週間に八話放送するとか俺を眠らせない気かメダロットめ。ということで、ニコ動のメダロットに嵌りまくりです。皆様も是非とも『メダロット2』はやるべきです。

 

 閑話休題。

 

 さて、今回も相も変わらず江東編。

 

 前回の続きより、雪蓮に襲い掛かったのは季衣の援軍だけではなく、秋蘭のまさかの奇襲ということです。彼女がこれまで西涼の統治にあたっていたことは作中に何度か描写したのですが、さすがにお忘れの方も多いでしょうね。

 

 当然彼女の行いは軍紀違反になるのですが、秋蘭はそんなことは勿論承知の上での参戦です。どちらの陣営にとってもこれが最後の戦いなのですから、華琳様の側近としてずっと仕えていた秋蘭がその場にいないことを受け入れる筈もありません。

 

 まぁいろいろとそれはないだろうとか突っ込みが入るとは思いますが、最後の大戦ですので、細かいことは気にしないで頂けると幸いです。

 

 さてさて、何とか風を戦場まで引きずり出すことに成功した冥琳でしたが、雪蓮の負傷という最悪の事態に陥ってしまいました。そして、風の言う通り江東軍の最大の弱点である将の不足というところを突かれ、窮地に立たされております。

 

 春蘭、秋蘭、季衣、流琉、という将に加えて虎豹騎という精鋭を率いる曹操軍。一方では祭、思春、明命という将を率いながらも、春蘭を相手にする場合はおそらく彼女たちでは対抗出来ないでしょう。頼みの雪蓮も戦闘不能状態、一体彼女はどのような手を打つのでしょうか。

 

 さてさてさて、九月に入り、多少は仕事も落ち着いたこともあり、今月はもう少しハイペースで作品を執筆したいところです。後数話で江東編も終了致しますので、そうしたら、また筆休めに変態軍師を書きつつ、その後は翠・白蓮組の騎馬隊の方を描きます。

 

 いや、本当に最終的に何話まで続くのか作者も分からなくなってきましたが、もう少しだけ拙作にお付き合い頂けると正に僥倖です。

 

 では、今回はこの辺で筆を置かせて頂きたいと思います。

相も変わらず駄作ですが、楽しんでくれた方は支援、あるいはコメントをして下さると幸いです。

 

 誰か一人でも面白いと思ってくれたら嬉しいです。

 


 
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