No.475805

ある夜のこと

しんさん

雷竹です。がっつり捏造ありで、一年生時代の年齢操作がありますのでご注意ください。竹谷が寝付けなくて不破と鉢屋の部屋で、二人と一緒に雑魚寝をするだけの話。

2012-08-26 20:47:24 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:1236   閲覧ユーザー数:1236

 

「らいぞー?」

いつものように寝巻き姿に枕だけ抱えた竹谷がふらりと現れたのは、一応の決まりである就寝時間を一刻ほど過ぎた頃だった。

灯を枕元に置き布団の中で本を読んでいた不破は、竹谷を布団の中へ呼び込むとまた手元の本へと視線を戻してしまった。

竹谷は潜り込んだ不破の布団の中で、うつ伏せになって本を読む主へと声を掛ける。まだ寝ないのかという問い掛けに、隣からは「もう少しね」という気のない返事しか返ってこない。

そうかと呟いて不破の布団とその隣に敷かれた鉢屋の布団の真ん中でごろりと寝返りを打つ。反応の薄 い不破に背中を向けると、掛け布団から顔半分を覗かせて反対側に転がる鉢屋の横顔を窺い見た。

鉢屋は鉢屋で何やら熱心に読み耽っている。

ちらりと目に入った情報から察するに、その真新しい本には昨今の流行について書かれているらしい。時代は徐々に乱世へと移り変わっているが、物流を回す町民の生活はそうと実感するほど荒れてはいない。つまり彼らはまだ趣味嗜好に意識を向ける余裕があるということだ。

町民の関心事を知ることは世の中の流れを把握することと同じく、情報を水のものとする忍者にとって情報収集は最重要事項となってくる。人の中に紛れる者ともなれば尚更、他人より世事には敏感でなければならない。

五年生の中で一番流行に敏感なのは変装術を得意とする鉢屋で、だから随分と彼らしい読み物だと思った。

竹谷とて忍者の卵として情報収集には気を付けているつもりだ。他の生徒や忍者とてもちろんそうだろう。それでもそういった事柄にも当人の得手不得手が少なからず現れて、あってはならないことだが情報に偏りが出る。

本来なら経験の中で磨いていくのだが、鉢屋の目は天性のものだ。驚くほど巧みに人から様々な事を読み解き、その上で更に経験を重ねていく。

だから鉢屋は五年生の身でありながら現役の忍者にも引けを取らない観察力と洞察力を体得している。

身内の贔屓目を差し引いたとしても、それでも鉢屋は凄い。人並みにある竹谷の嫉妬や対抗意識さえ飛び越えて彼は素直にそう思わせてくれる。

「三郎。それ、新しいやつ?」

鉢屋の真剣な横顔を何の気なしに眺めながら、まともな答えが返ってこないことを承知の上で問いかけた。

「ん、ああ……そうだ。今日手に入れてきた」

「お前の謎の伝からか」

「ああ……」

案の定、鉢屋は文字を目で追いながら上の空で答えると、それっきりまた黙ってしまった。

竹谷は暫くの間、鉢屋の読む本を横から見ていたが、睡魔が襲ってきたのか次第にとろんとした目になり小さくあくびをする。

竹谷の様子に気がついた鉢屋が竹谷を見れば、それに反応した不破がようやく本から目を離し竹谷に顔を向けた。

「八左エ門? 眠いのか」

「ハチ?」

二人の呼び掛けに竹谷はもぞもぞと身体を動かすと仰向けになる。

「ごめん、もう限界だ。おれ先に寝るわ。お前らも程々にしろよ」

そう言う間にも眠気が頂点に達したのか、竹谷はとろとろと落ちてくる目蓋に負けてそのまま目を閉じた。

「寝たね」

「ようやくな」

一拍置いて聞こえてきた寝息に残された二人はほうと息を吐いた。

「全く、手の掛かる奴だ」

言葉とは裏腹に安堵が滲み出る鉢屋の声に不破がくすりと笑う。

「気が張っているときのハチは、誰かの気配がないと眠れないからね」

「暢気な顔をして。見てみろ、雷蔵。この間の抜けた顔。こいつは本当に忍者になる気があるのか」

嬉しそうに竹谷の寝顔を眺める不破の反対側で鉢屋が呆れたようにその顔を覗き込む。そんな鉢屋を不破はからかい混じりの目で見た。

「そんなこと言って。三郎だってハチに甘いじゃない か」

その言葉に鉢屋が眉を顰 める。

「……雷蔵ほどでもない」

「ううん、ぼくより甘いよ」

鉢屋の反論にもならない答えに対して、即座に不破の否定が返ってくる。バッサリと切り捨てられて鉢屋が黙り込んだ。

甘い甘いと言われるが、竹谷はあれで簡単に甘やかせてくれない。その上、委員会に下級生しか居 ないせいか、近頃ではじゃれてくることはあっても自分から人に頼ることは余りない。

だから不破たちにとってこの習慣は酷く貴重なのだ。五年生なのだから当然だと言われるかもしれないが、大人だろうと子供だろうとどこかで気を休めないといつか潰れてしまう。

忍を目指すものとして失格だと笑われても、彼が自分達の側で気を抜けるという事実が嬉しかった。

「ぼくらの違いなんて、目に見えて分かり易いかどうかぐらいだろ」

不破は涼しい顔で付け加えると、読みかけの本に紙の端切れを挟んで閉じた。

「ハチも寝てくれたし、そろそろ僕らも寝ようか」

「そうだな」

鉢屋は枕もとの灯を吹き消すと、油の入った器を安全な場所まで遠ざけた。

仄かに揺らめいていた明かりが消え、辺りが暗闇に包まれる。静寂の中で竹谷の寝息だけが規則正しく聞こえてくる。

不破は静かに目を閉じた。

 

 

 

幼かったあの日、二人で 見た月を覚えている。

竹谷を見つけたとき、本 当はそっとしておくつもりだった。それでも思わず声を掛けてしまったのは、蹲ったその背中が一人で不安がっていたからだ。

不破の言葉に驚いて目を丸くさせた竹谷の手を取れば、戸惑いながらもぎゅっと握り返してくれた。

霞がかってぼんやりと浮かんでいた朧月。

二人登った木の上で世界の境界線が酷く曖昧だった。

元々快活だった竹谷は不破と話をして安心したのか、不破の話にころころと表情を変えて楽しそうに聴いてくれた。そのあとの沈黙だって苦痛ではなかった。

早く部屋に戻らなければという焦りも不思議と感じず、心配した鉢屋が探しに来なければ朝までそうしていたかもしれない。

それからあっという間に竹谷と仲良くなって、鉢屋も一緒に三人で行動することが増えた。

幼い頃のように泣きそうな顔をした竹谷が、怖い夢を見たと言ってこの部屋を訪れる事はなくなったけれど。

成長した今でも竹谷は寝付けない夜はこうして自分たちの元にやってくる。

二人に言ったことはないけれど、三人で川の字になって眠ると子供の頃に戻ったようで楽しい。

 

暗闇の中で二人の気配を感じながら、不破の意識は眠りの淵へと呑み込まれていった。

幼い頃、怖い夢を見るといつも雷蔵の布団に潜り込んだ。

すやすやと健やかな寝息を立てる雷蔵の背中にしがみつけばその温もりに安堵する。

竹谷の気配に目を覚ましても雷蔵は嫌な顔一つせずに布団に招き入れ、竹谷の頭を抱え込むようにして眠り、目覚めず朝を迎えれば竹谷の顔を見てふわりと笑った。

『また来たんだね、ハチ。ほらもう、またそんな顔してる。どんな夢だったのかぼくに教えて?』

怖い夢を見たら誰かに話したらいいんだよ。そしたら正夢にならなくなる。

そんな雷蔵の言葉を聞いてようやく息が吐けた。

 

まだ学園に来て間もなかった頃、竹谷はこんな風に真夜中に怖い夢を見ては一人で目を覚ました。

今とは違いその頃は住み慣れた場所から離れた寂しさや頼る者の居ない心細さ、上手くやっていけるのだろうかという漠然とした不安を抱え、けれどそれを誰かに相談することも出来ない。同じ不安を抱える同輩に話せば、押し込めているお互いの寂しさを増幅させてしまうような気がした。だからと言ってまだ親しくもない先輩はどんな人がいるのかさえ分からなかった。

無意識に縋る手を求めて部屋を出ると静まり返った長屋の廊下を渡り、始めは学園にいる大人、自分の担任である教師の元を目指してさ迷い歩く。けれど途中でそれがいけないことのように思えてきて足が止まってしまう。

十にもなって怖い夢を見たからと泣きつくなんて恥ずかしいし、入ったばかりとは言え忍者の卵が怖い夢に怯えるなんて怒られるような気がして結局何処にもいけなくなってしまった。

その場に蹲ってぐずぐずと涙を堪えていた竹谷の背中にふと暖かな何かが触れた。

温もりと一緒に降ってきた声に驚いて顔を上げれば、同じ組になった少年の心配そうな顔。入学して間もなくまだ余り話したことはなかったけれど、浅い接触の中でも彼が温和な気質だと察することはできた。

人の良さそうな彼の名前は、そうだ。

『雷蔵…?』

『うん。びっくりさせちゃってごめんね。八左エ門、なんだか調子が悪そうだったから。ねぇ、大丈夫? どこか痛いの?』

気遣わしげに竹谷の顔を覗き込む不破に向けてぎくしゃくと首を横に振れば、不破は困ったように眉を下げる。

『痛くはないのか……。じゃあどうしたの?』

『…ゆめ、みて…』

不破の優しい声に思わず呟けば、彼はうんと頷いた。

『そっか、八左エ門は怖い夢を見たんだね。だったらぼくと一緒だ。ぼくもね、夢のせいで目が覚めちゃったんだ』

『雷蔵も?』

その言葉におずおずと聞き返せば、不破がにこりと微笑む。

『うん。そうだ、知ってる? 怖い夢を見たらね、誰かに話したらいいんだよ。そしたら正夢にならなくなるんだ』

『え、そうなのか?』

初めて聞く話だった。思わず不破の顔を見つめ返せば不破がまた頷く。

『うん。ぼくも怖い夢を見たら誰かに聞いてもらってたんだよ。だからさ、八左エ門も話してみたらどうかな。……もし良かったら、君の見たその夢をぼくに教えて?』

穏やかな声に促せるように、気が付けば不破の寝巻きの裾を掴んでいた。

不破は焦ることなく握り込まれた竹谷の手をそっと開かせる。しっとりと汗ばんだその手を握ると、竹谷は驚いたように目を瞬かせ、恐る恐るといった様子で握り返してきた。おずおずといった様子で小さく頷いたその手を引いて立ち上がらせると、そのままゆっくりと歩き出す。

『もっと月が綺麗に見えるところがあるんだ。君にだけ教えてあげる』

不破が見つけたという大樹の上に座ってぼんやりと浮かぶ月の下で夢の話をする頃には、竹谷はすっかり不破と打ち解けていた。あんなに怯えていた悪夢の気配などすっかり消え失せ、普段は不安になる朧な月夜さえ不破と一緒なら楽しいと思う。

時間を忘れて月を眺めては時折言葉を交わし、いつの間にかお互いに寄り添い合うようにして眠ってしまっていた。

その後。同室の不破が戻ってきていないことに気が付いた鉢屋に発見された二人は、彼からこんこんとお説教を食らうことになる。

そんな出来事をきっかけに気が付けば三人は仲が良くなり、竹谷は怖い夢を見ると不破の部屋に行くようになったのだ。

そしてそれは三人が成長した今でも習慣として続いている。

 

 
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