No.473658 俺妹 和菓2012-08-22 02:09:40 投稿 / 全5ページ 総閲覧数:2079 閲覧ユーザー数:1973 |
和菓
Episode1.
高校生活と言えば薔薇。薔薇と言えば高校生活。
そう言われるのが当たり前なくらい、高校生活はそういう扱いだな。
リアルホモゲ部な世界だとこの高校を錯覚しているどうしようもない巨乳メガネな後輩もいるぐらいに薔薇色だ。
さりとて、全ての高校生が薔薇色な生活を望んでいる訳でもないと、俺は思うんだが。
例えば勉学にも、スポーツにも、同性同士の色恋沙汰にも興味を示さない人間というのもいるんじゃないのか?
所謂灰色を好む生徒というのもいるんじゃないのか?
まっ、それってずいぶん寂しい生き方だとは思うがなあ。
「高坂に自虐趣味があったとは知らなかったぞ」
目の前に座っている背の高いスポーツマン赤城浩平は俺の顔を見ながらニヤッといやらしく笑ってみせた。
「自虐趣味とは?」
「勉強にもスポーツにも色恋沙汰にも後ろ向き。常に灰色の人間。それって高坂のことだろ?」
赤城はどうだって感じで両手を広げてみせた。
「別に後ろ向きって訳じゃない。ていうか、俺、彼女いたこともあったんだし……」
つい最近付き合ってつい最近別れたアイツのことを思い出す。まあ……過ぎてしまったことだ。今更蒸し返すこともない。
「高坂的には後ろ向きじゃないつもり、と」
赤城はヤレヤレって感じで首を竦めた。
「省エネなんだろ? 高坂は。ただ単に面倒で浪費としか思えないことには興味が持てない。そのモットーは即ち……」
赤城がビシッと指を差してきた。回答をご所望らしい。面倒くさいが答えてやる。
「やらなくてもいいことならやらない。やらなければならないことなら手短に」
ご指名に沿って淡々と答える。
これが今の俺のモットー。
夏休みのごく短い恋愛とその後に訪れた失恋という体験は俺という人間を酷く淡白な人間に変えてしまった。
余計なことをやる気にならない。何かに情熱を燃やせない。ゲームも漫画もテレビも全て退屈にしか思えない。受験まで後半年しかないのでこの方が勉強がはかどるのも確かなのだが。
「だな」
赤城は納得の表情で目を瞑った。
「だがな、高坂。俺達はもう3年生だ。しかも1学期はもう終了している。後半年しかない高校ライフを何もせずに過ごすのは灰色そのものってことだぜ」
「俺達受験生だろうが……」
淡々とツッコミを入れるが軽くスルーされる。コイツだって受験生なのに何でそんなに余裕なんだ? 浪人する覚悟を決めやがったのか?
「その高坂が寂しい生き方だなんて、自虐趣味以外の何物でもないぜ」
「高3のこの時期を灰色で過ごさない受験生はきっとこの先の人生ずっと灰色を帯びるぞ」
特にお前がな。
「自虐趣味以外の何物でもない」
「口の減らん奴だな」
2回繰り返しやがった。大事なこととでも言いたいのか?
「何を今更。高校入学時以来の付き合いだろ?」
「俺、24時間ごとに不必要な記憶はクリーンアップしてるんだ。だから赤城とも今日初めて話したようにしか思えない」
そしてまた明日には今日コイツと話したことを綺麗さっぱりアンインストールしていることだろう。
「ひでっ!」
赤城は目に手を当てて嘆いた。
「まあ良い。今日は先に帰ってくれ」
「先にか? どういうことだ?」
赤城が俺の言葉に興味を示した。俺は無言のまま赤城に1枚のA4用紙を見せつけた。
「それは……本気か、高坂?」
赤城はプリントをガッチリと両手で握ると内容を凝視した。
「入部届け? 高坂が3年の2学期になって部活に新たに入るのか!?」
赤城は信じられないという表情で詰め寄ってくる。失礼だとは思うが、昨日までの俺が今の俺の行動を見れば同じことを考えるだろう。
「しかもカレー部かよ!?」
「知ってるのか?」
「勿論さ。だけど何だって高坂がカレー部なんだ? お前、そんな料理好きだったっけ?」
赤城の質問に対して俺は無言のまま携帯を示してみせた。
「これは……高坂の妹からのメールか」
「モデル撮影で訪問中だっていうインドから送ってきた。ベナレスだかどこかだか」
赤城は俺の手から携帯を取ると、早速メールの内容を確認する。
「どれ……これは確かに困ったな」
赤城が同情した瞳で俺を見る。
「妹さんの頼みか」
「本場のカレーは辛くて食べ辛いから、桐乃好みのカレーを帰国までに振る舞えるようになっておけだとさ。その為にカレー部に入れと。どこまでも唯我独尊な妹様だ」
桐乃の傍若無人ぶりは留まる所を知らない。夏休みに入ってから特に酷くなった気がする。何故自分で料理を覚えないで俺にさせようというのか。まあ、それが俺の妹なのだが。
「妹さんの特技は確か……」
「飛び蹴りと往復ビンタ。痛くしようとすれば思えばかなり痛い」
淡々と感情を押し殺している俺を見て赤城は笑い出した。
「これは断れないな」
「まあ特に勉強以外やる気が起きないことは桐乃の書いた通りなんだが」
「確かカレー部って今部員がいなかったような」
「何かそうらしいな。どうでも良いが」
今更後輩たちに変に気を遣われてどうこうするより1人の方がずっとマシだが。
「だったらカレー部の部室は独り占めじゃないか。マジいいな、それ」
赤城は両手を横に大きく広げた。
「学校の中にプライベートスペースが持てるっていうのも…結構良いものだろ」
目を瞑って考える。
「プライベートスペース……」
その概念にはかなり惹かれた。受験生にとって静かで勉強に集中できる環境が必須なのは今更言うまでもない。
カレー部部室はそれを可能にしてくれるのでは?
そんな期待が込み上げてくる。俺はこの瞬間、カレー部にちょっとだけ心惹かれていた。
赤城と別れ、職員室に行って家庭科準備室の鍵を借りることにする。
学校の各室の鍵が掛けられているホワイトボードの元に行き、鍵を手にして代わりに自分の名前を書く。誰が鍵を借りているのか分かるようにする為の措置だ。
鍵を借り終えるとこっそりと職員室を出ていく。この時期の職員室は何とも居心地が悪い。受験生には受験のことを話さないといけないとばかり気構えている先生が多いのだ。
熱心に指導されてしまうととても面倒くさい。別に今更志望校を変えるつもりもないし、そこまでヤバい成績でもない。だからこっそり誰にも見つからずに出ていくに限る。
よく勘違いされるのだが、俺は特に省エネが優れていると思っている訳ではない。
活力ある連中を小馬鹿になどしてはいないのだ。
俺もあの夏休みの終わりまではとてもエネルギー消費の大きい生き方をしてきたのだし。
妹や瑠璃の為によく頑張ってたもんだ。ほんと……頑張ったもんだった。
でも今は変わった。省エネ主義に転換した。
そして今の自分のモットーにただ忠実なだけ。
やらなくても良いことならやらない。
やらなければいけないことなら手短にだ。
3階まで登った所で視界の左隅に黒いセーラー服姿の長い髪の少女の後ろ姿が見えた。声を掛けようかなと思った。けど、止めた。
俺とアイツとはもう終わったのだ。用もないのに声を掛ける必要はない。
そう。俺は省エネ主義だから労力が大きくて実入りが少ないことはしないのだ……。
そんな哲学をしている間に俺は家庭科室の隣、家庭科準備室に到着した。
「そういや、家庭科室に訪れること自体が随分久しぶりだよなあ」
家庭科は1年の時の必修科目で勉強させられた記憶があるぐらい。一部の女子が受験の息抜き的な意味合いで3年の選択授業で取っているらしいが俺とは無縁の授業。
よってこの家庭科室の前に現れること自体が約2年ぶりだった。
家庭科室の隣の小さな部屋の扉の取っ手に手を掛ける。
「うん?」
鍵が掛かっていて開かなかった。当たり前といえば当たり前の話だった。
鍵を取り出して鍵穴に差し込む。
ガチャッという音が鳴って鍵が開いた。
俺は扉をスライドさせて中へと足を踏み入れた。
10畳ちょっとの家庭科準備室はその名の示す通り、家庭科の授業で使う様々な備品で溢れている。というか調理道具や電子レンジなの電子器具、調味料の倉庫と呼んだ方が早い。他には大量の布地が色毎、材質毎に分かれて置かれている。水道が付いた調理台は1つ。火は携帯用ガスコンロを使用するらしい。そしてその調理台の周りには4つの椅子が置かれている。
と、室内の様子なんかこれ以上詳しく描写しても意味がない。気になったのは備品ではなかったのだから。
俺が気になったこと。
それは、誰もいない筈の部室の窓際に1人の少女が佇んでいたことだった。
髪の短い少女は窓を開けて外の景色をジッと眺めていた。
ていうか、コイツは……。
少女が振り返って俺を見る。
そしてその少女、幼馴染の田村麻奈実は俺を見ながらニッコリと微笑んだ。
「こんにちは、きょうちゃん」
麻奈実は俺を見ながらぺこっと頭を下げた。
「きょうちゃんってカレー部だったの?」
麻奈実が首を捻る。
何と答えるべきか返事に窮する。
「ていうか、何で麻奈実はこの部屋に?」
「うん」
麻奈実は首を縦に大きく頷いて俺の元へと歩いてきた。
「わたし、カレー部に入ったんで挨拶に伺ったんだよ」
麻奈実の話を整理する。
整理しなくても麻奈実は高3の今の時期になってカレー部に新入部員として入ってきたと。……謎過ぎる。
「カレー部に? 何でまた?」
コイツも桐乃に脅されたのか?
麻奈実は俺の質問に対して申し訳なさそうに目を逸らした。
「一身上の都合が……あるんだよ」
コイツ、本当に桐乃に脅されているんじゃなかろうか?
何かそうな気がしてならない。
「それで、きょうちゃんは?」
麻奈実の質問に急にかったるさが増してきた。
「いや、部員がいるなら大いに結構」
桐乃。喜べ。
お前の望むカレーは麻奈実が作ってくれるぞ。
「じゃっ、俺はこれで」
手を挙げて部室を去ることにする。
麻奈実のカレーなら桐乃も文句は言うまい。俺がカレーの腕を磨く必要はどこにもなくなった。
「もう帰っちゃうの?」
「ああ。頑張れよ。後、戸締りも頼む」
麻奈実に必要な要件を伝えて部室の扉に手を掛ける。
「へっ?」
麻奈実は小さく声を漏らし、俺の鞄を両手で掴んできやがった。
「わたし、戸締り出来ないんだよ」
「何で?」
「鍵を持っていないから」
麻奈実に言われて気付く。
ズボンのポケットから鍵を取り出す。
「ほいっ」
麻奈実は鍵を見て驚いた表情を見せた。
「どうしてきょうちゃんがそれを持っているの?」
「どうしてって……鍵がなければロックされた教室には入れないだろう?」
喋りながら奇妙なことに気付いた。
「そういや、お前。何でこの部屋に入れたんだ?」
俺が来た時は確かに鍵が掛かっていた。
だったら麻奈実も中には入れなかった筈だ。
「鍵が掛かってなかったんだよ」
麻奈実の返答は予想外のものだった。そして、謎を含んでいた。
「俺が来た時は閉まっていたんだけど……」
扉の鍵の部分を撫でてみる。一体、これはどういうことだろうか?
と、麻奈実がメガネをピカピカと光らせながら俺を見ていることに気が付いた。
「閉まってったって、そのドアがなの?」
「そうだが……」
目を輝かせながら詰め寄ってくる麻奈実に俺は押される。
「ということは……わたしはこの部屋に閉じ込められていたってことだよね?」
「お前が鍵を掛けたんだろ? 内側から」
「そんなことはしてないんだよ」
大きく首を横に振りながら顔を近付けてくる麻奈実。いつもとはまるで別人のようにアグレッシブに畳み掛けて来る。
「だが、鍵は俺が持っている。お前以外に誰がロック出来るんだ?」
鍵を掛けた犯人は麻奈実以外にはいない筈。
「ところで……そんな所で何をしているの?」
麻奈美が視線を10cm開いたままになっている扉の外へと向けた。
俺も麻奈実の視線の先を追ってみる。
すると、見えた。
先程まで話していたサッカー部シスコン男の髪が。
「赤城……」
扉を開ける。
と、赤城は観念したように中へと入ってきた。
「いやあ悪い悪い」
赤城は笑って誤魔化しながら釈明を始めた。
「盗み聞きのつもりはなかったんだが」
「つもりじゃないだろ」
どう見ても盗み聞きそのものだ。
「そうは言っても朴念仁の高坂がさ、夕暮れ迫る教室の窓際で田村さんと2人ってのがグラウンドから見えちゃったら気になるのが当然ってもんだろ?」
赤城はなんか知らんがニヤニヤしている。
「あ……っ」
麻奈美が小さく息を飲んだ。
「放課後の逢瀬を邪魔する気はなかったし、出歯亀なんて未経験で…」
「あっ、あのねっ!」
麻奈実は赤城の言葉を大声で遮った。
「あの、わたし……」
「本気で言ってるのか?」
麻奈実の代わりに赤城の言葉に釘を刺す。
「まさか」
赤城は両手を横に広げ西洋人風にジョークだと示してみせた。
「ジョークだよ」
「そっかあ」
麻奈美が安堵の溜め息を吐く。
「すまんな。赤城は馬鹿なんだ。どうしようもなく馬鹿なんだ。エロゲーに1人はいる主人公の男友達キャラ並に愚か者なんだ」
「ジョークは即興に限るんだな。禍根を残せば嘘になるってね。これ、俺のモットー」
何か赤城が偉そうに講釈を垂れ始めた。
「禍根を残せば嘘に……か。赤城、気を付けろよ」
「へっ?」
麻奈美が一瞬右手に団子串を構えたことを俺は見逃さずに言った。
「あんまり似非粋人気取ってると本気で死ぬぞ」
「似非粋人か。ナイスな紹介だな」
赤城は俺の皮肉を褒め言葉と受け取った。
「田村さんと言えば、千葉市の五村村村村村家として有名だからな」
「突然何を言い出してんだ、お前は?」
赤城はメモ帳とシャーペンを取り出して何やら文字を書き出した。
「田村さんの家の近所を見て回ると、ご主人が現在無職の口村家、ご主人が今無職の十村家、ご主人が昔から無職の日村家、ご主人が永遠に無職の三村家、そしてご主人が和菓子屋の田村家。ご近所さんに村が苗字に付く家が並んでいるから人呼んで五村村村村村家だよ」
「麻奈実ん家以外主人が全員無職なのが呼ばれ方よりも気になるんだが?」
麻奈実に真偽を確かめる。
「一村さんも二村さんもご近所さんだから正確には七村村村村村村村家だよ~」
麻奈実は間延びした声で答えた。他の村家が無職なのかどうかは回答せずに。
「作ったな?」
麻奈実の回答は聞かなかったことにして赤城をジト目で睨む。
「たまには提唱者になりたい時もあるんだよ」
赤城は悪びれもせずにそう言った。
「でも、郵便屋さんはうちのご近所似た苗字ばっかりだから配達する時に大変なんだよ~」
「あまり感心するな。付け上がるから」
溜め息が漏れ出る。
コイツらの相手をしているのは疲れる。
「ところで話は聞かせて貰ったぜ」
赤城は仕切り直しに入った。コイツの無駄話のせいでカロリーを無駄に消費した。
「実に興味深いな」
「何がだ?」
「田村さんがこの部屋に閉じ込められていたことだよ」
赤城は何かやたら楽しそうに見える。
「あっ……そうだったよ~」
麻奈実も本題を思い出してしまったようだった。
「わたしが来た時、この部屋の鍵は開いていたんだよ。でも、後から来たきょうちゃんは鍵が閉まっていたって言っていたんだよ。不思議なんだよ~」
麻奈実は目を大きく開けながら自身の身に起きた謎を語った。でも、その謎は俺にとっては謎に値しない。
「どこがだ? 自分で閉めたことを忘れたんだろ?」
何故なら麻奈美が鍵を掛けたことを忘れていると考えれば説明は全部付いてしまうから。
だが俺の見解に対して赤城は横から異議を唱えてきた。
「いや、この学校のドアは中も外も鍵でしかロックできないようになっているんだよ」
鍵穴をジッと見る。
「田村さんが中から鍵を掛けることは不可能ってことだよ」
「そ、そうなんだ」
麻奈美が小さく驚きの声を上げた。
「何でそんなことを知っているんだ?」
「サッカー部の部室に閉じ込められて何度も夜を明かしたことがあるからな。俺の経験に基づくデータベースを舐めるなよ」
「事務室か家かどっかに電話を掛けて助けを呼べよ、馬鹿」
得意げに語る馬鹿に口でツッコミを入れておく。
「まっ、鍵のことは何かの間違いなんだろう。俺は帰るぞ」
鍵はここにある。麻奈実は今現在閉じ込められていない。それで十分だ。部室の外に向かって歩き出す。
と、麻奈美が俺の前に立ち塞がって両手を広げて通せんぼしてきた。
「待ってなんだよ、きょうちゃん」
「何だ?」
麻奈実は答えるよりも早く俺の左手を握ってきた。
そしてメガネを最大限にキラキラ光らせながら訴えてきたのだ。
「気になるんだよ」
麻奈実の顔から光が溢れている。俺はというと麻奈実の光の中へと吸収されていってしまう。いかん……思考力が低下していく。
「わたし、どうして閉じ込められたのかな? もし閉じ込められたんじゃなければ、どうしてこの教室に入ることが出来たのかな? 仮に何かの間違いなら、誰のどういう間違いなのかな?」
いかん。これは……麻奈実のおデコのメガネでデコデコでこり~ん空間の発生だっ!
「是非、きょうちゃんも考えて欲しいんだよ」
麻奈実の固有結界発動に俺は思考を奪われていく。何も考えらずにただ麻奈実の顔だけを見つめてしまう。
そして麻奈実は俺の顔を間近で覗き込みながら言ったのだ。
「きょうちゃん………………わたし、気になるんだよっ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが弾け飛んだ。こう、俺の信条とかポリシーといったそんなものが。
言い換えればそれは、俺の省エネ思考が極めて遺憾ながら一時的に吹き飛んでしまったことを意味していた。
「ああ、そうだな。面白い……少し考えてみるか」
麻奈実から目を逸らしながら降参の声を上げる。
「わぁっ」
麻奈美が顔をパッと輝かせた。
「ありがとうなんだよ、きょうちゃん」
手を握ったまま詰め寄ってくる麻奈実にどうにも押されてしまう小心者の俺。
「何か心当たりがあるの?」
麻奈実のキラキラ瞳。困った。
「田村さん。ちょっと待ってあげて」
ありがたいことに赤城が待ったを入れてくれた。
麻奈実の手が離れて赤城へと向き直る。
「俺はただのデータベースだから結論は出せないが、高坂は違うぜ。一旦考え出せばそれなりにあてにはなるぜ」
麻奈実の顔が再び俺に向き直る。
「やかましい」
赤城の奴、結局俺に推理を押し付けるつもりか。
「さて……」
家庭科準備室の扉の鍵穴へと目を向ける。
鍵穴を調査してみる。と言っても俺に鍵に対する知識は何もないので精々外見的に壊れていないことを確かめるぐらいしか出来ない。
代わりに麻奈実に尋ねる。
「この部屋に麻奈美が入ったのはいつだ?」
「きょうちゃんが来る3分前だと思うよ」
つまり、麻奈実は俺とそんなに変わらない時間にこの部屋に入って来たことになる。
そして3分前と言えば、俺が職員室から丁度鍵を借りた時刻になる。つまり、誰もこの部屋の鍵を持ち歩いていなかった時間帯になる訳だ。
「他に何か気付いたことは?」
「そう言えばさっきから……足元で何かゴゴゴゴって音が鳴っているんだよ」
麻奈実は爪先で床を軽く蹴ってみた。
「へっ?」
麻奈美が何を言っているのか俺にはよく分からなかった。
「俺には何も聞こえないけどなあ」
赤城の言う通りに俺にも床から音など聞こえていなかったのだから。
「聞こえるよ、ほらっ」
耳を済ませてみる。けれど俺には何も聞こえない。
「田村さんって耳が良いんだね」
赤城は麻奈実の耳の良さに感心している。
確かに麻奈実は目が悪いからかどうかは知らないが耳が俺よりも遥かに良い。
小声で悪口を言おうものならすぐにバレてしまうほどに。
ということは、麻奈実の言うことは本当なのだろう。
床から音が聞こえている。即ち、下で何かをしている。
3階は1年生の教室。だが、放課後になって久しく時間が経っている。そんな教室で一体何の音が?
「………………あっ」
突然、パッと閃きが湧いて出た。
今日、職員室に入ってから今までのことを思い浮かべていたら一つの可能性が俺の頭に思い浮かんだ。もしかするとこれなら……。
俺は自分の仮説が正しいのかどうか確かめてみることにした。
俺は自分の仮説が正しいのか検証する為に部室を出ていく。
「何か分かったのか?」
赤城が後ろから付いてくる。
更に続いて麻奈実も出てきた。
「まあな。丁度下の階で再現されているだろう」
3階へと降りる。
そして、遠巻きに教室郡を眺める。
すると、いた。
セーラー服姿の長い髪の少女が。少女は左手に何枚かの丸めて巻物状になった布地を抱えていた。
少女……五更瑠璃はその黒き瞳を真っ赤に輝かせながらその言霊を唱えた。
「千葉の堕天聖クイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃が命じるわ。扉よ、私を受け入れなさいっ!」
瑠璃が右手を翳すとゴゴゴゴという音が鳴り響き、扉からガチャンという音が鳴って自動ドアのように扉がすっと開いた。
瑠璃は教室の中に入っていくと1分もしない内に再び出てきた。そして再びその右手を扉に向かってかざした。
「千葉の堕天聖クイーン・オブ・ナイトメア・瑠璃が命じるわ。扉よ、本来の役目を果たしなさいっ!」
ゴゴゴゴという音がしてから扉はひとりでに締り、ガチャンと再び音を奏でた。
瑠璃は扉が閉まったのを見届けるとゆっくりと俺たちがいる階段側へと歩きだした。
「あらっ、京介と先輩方じゃない」
瑠璃は流し目で俺を見た。挑発しているようにも楽しんでいるようにも見えるその視線。
俺の元彼女は相変わらずだった。
「あらっ、じゃねえよ。邪気眼をむやみに使うなと言ってるだろうが」
瑠璃の怠慢を注意する。
コイツの邪気眼は確かに便利なのだが……それだけに厄介だ。他人にむやみやたらと知られればどう利用されてしまうか分かったもんじゃない。
そうなれば瑠璃の身にも危険が迫りかねない。
「もう私の彼氏ではない男の言葉は聞けないわね」
「あのなあ。俺はお前の身を案じて……」
瑠璃がジッと覗き込んできた。
「言うことを聞いて欲しいのなら、もう1度私を彼女にすれば良いだけの話じゃないの?」
瑠璃は俺に近付いて顔を覗き込みながら官能的な視線を送ってきた。
「俺を振ったのはお前の方だろうが」
瑠璃から目を僅かに逸らす。
「それもそうね」
瑠璃はニコッと意地悪な笑みを浮かべた。
「でもね。こういう時は男の方から捕まえて欲しいって思うのが乙女心というものよ」
瑠璃は俺から体をパッと離した。
「…………そんなことを言われてもだな」
やりにくい。本当にやりにくい。
「まあ、人生は長いのだし互いに気楽にやりましょうね……兄さん」
「またその呼び方を引っ張り出すのか」
瑠璃は再び意地悪な笑みを浮かべると俺の前から去っていった。
本当……出会った時から掴みどころがない奴だ。全然…変わってない。変わっちまったのは俺の方か。
「なるほど。五更さんが邪気眼を発している間に田村さんは部屋に入って閉じ込められたって訳か」
赤城がわざと大きな声で真相の説明をし始めた。
ちょっと落ち込みかけていた俺にとってそれは結構ありがたい援護射撃だった。
「貸出用の鍵は俺が持っている。となると残る手段はルパン3世の開錠術かアバン先生のアバカムか瑠璃の邪気眼の3つしかない」
俺は指を3本立ててみせた。
「そしてルパン3世からは犯行の予告状が届いておらず、アバン先生は先日メガンテを唱えて大爆発を起こしていまだ行方不明中。だから可能性があるのは瑠璃だけだった」
そして俺は先ほど部室に来る前に瑠璃の後ろ姿を見掛けた。更に麻奈実は階下からゴゴゴゴという邪気眼発動の音を聞いていた。
これだけ状況証拠が揃えば犯人は瑠璃しかいなかった。
「だから黒猫さんだと」
麻奈美が感心の声を上げる。
「よく気付いたね」
麻奈実のキラキラした瞳にまた押される。どうしても目を逸らしてしまう。
「べっ、別に」
今の麻奈実は何か苦手だ。
「だけど、室内にいたのにどうして麻奈美が邪気眼の音に気付かなかったのかだけは俺にも分からんがな」
この事件の不可解な点はここなのだ。
瑠璃はあの通りの性格だから、室内に誰かいても自分から挨拶するような真似はしない。自分の存在を隠そうとするだろう。
けれど、麻奈美が瑠璃の存在に気が付いていればそもそも事件にはならなかった。階下の邪気眼発動の音にさえ気が付く麻奈美が何故扉がロックされる際に発せられた音に気付かなかったのだろう?
「ああ、それだったら~」
麻奈実は階段を登り始め、部室へと戻っていく。
そして、俺が最初見た時と同じように窓際に立って外を眺めた。
「あの看板を見ながらずう~と考え事をしていたんだよ~」
麻奈実の視線の先を追う。
高校の敷地の外にあるそのビルの屋上の更にその上には
『安全 レーシック 安心簡単な手術で貴方の視力は画期的にアップします』
と文字が書かれている大きな看板が出ていた。
「お前、まさかメガネを捨てる気か?」
麻奈実がメガネを捨てるなんてとんでもない。
ベルフェゴールに身体を乗っ取られかねない危険極まる行為だ。
「ちょっと考えてみただけだよ~」
「今更裸眼にしたって、本当の私なんてことには絶対にならないからな! 麻奈実とメガネは引き離せない関係なんだっ!」
麻奈実の暴挙を止めに掛かる。
「だからちょっと考えてみただけだって~~」
麻奈実は呆れた様に笑った。
「……でも黒猫さんはあんなに可愛いんだもん。それに2人はまだ……。ちょっと……考えちゃうよ」
麻奈実は一瞬俯きながら何かをとても小さな声で呟いた。
「高坂って本当に鈍感だよな」
今度は赤城が呆れたような声を出した。
「俺の何が鈍感だってんだよ?」
「それが分からないから鈍感なんだよ」
赤城にまで呆れられて溜め息を吐かれた。
部室ロック事件も無事解決し、俺達は帰宅の途に着くことになった。
靴を履き替える。すると先に履き替えた麻奈実が話し掛けて来た。
「そう言えば挨拶がまだだったよね。これからカレー部で一緒にやっていくんだから」
麻奈実は楽しそうだ。
「一緒に?」
すっかり忘れていたが、俺はカレー部から抜け出したい。麻奈実が桐乃にカレーを作ってくれるのなら俺がカレースキルを磨く必要はないのだから。
だが、麻奈実はそんな俺の無気力など遥か昔に読み取っていた。
「赤城くんもどうかな? カレー部」
麻奈実は赤城を誘うという搦め手を用いてきた。
「いいねえ。今日は面白かったし、サッカー部との掛け持ちになっちゃうけど…オーケー。入るぜっ!」
赤城はサムズアップして笑ってみせた。
「勿論高坂もな」
畳み掛けるように俺に同意を求める。
チッ、コイツら。俺の省エネ生活を邪魔する気満々か。
「入部届けももう書いてるんだし」
「そうなの、きょうちゃん?」
麻奈実がパッと顔を輝かせる。
そして彼女は俺に向かって右手を差し伸べてきた。
それはまるで……飼い主が飼い犬にお手を要求するようなポーズで。
そのあまりにも堂々とした、それでいてとても楽しそうな表情はまたしても俺の思考能力を奪っていった。
気が付くと俺は……麻奈実の手に俺が書いた入部届けを乗せてしまっていた。
「あっ」
俺の思考がクリアに戻った時には既に麻奈実は俺の入部届けを握っていた。
「うん。確かに受け取ったよ」
麻奈実は楽しそうに笑った。
「これから、よろしくお願いするね、きょうちゃん、赤城くん」
俺は呆然として何も言えない。
「こちらこそ。高坂もよろしくな」
赤城がウインクして俺に合図を送る。
男のウインクなど正直気持ち悪くて仕方がない。だが、それはそれとして俺は自分が抜け出せない所に来てしまったことを悟らざるを得なかった。
なし崩し的に俺の入部が決まってしまい、3人並んで帰り道を歩く。
省エネ主義の俺が何故3年の今頃になって部活動に勤しまねばならないのか深く疑問を抱きながら。
「そうだ~。部長を決めないといけないよね~」
「高坂はその手のは全然向いてないんだよ」
2人は楽しそうに部活の今後について話し合っている。
けれど、俺の頭の中は不満とやるせなさで一杯だった。
桐乃よ。満足か?
伝統あるカレー部の復活。
そしてさようなら。俺の安寧と省エネの日々。
否。まだ別れは言わない。
俺は安寧を諦めない。省エネの為に全力を尽くす。
問題は……。
前を歩く麻奈実の横顔をジッと見る。
「きょうちゃん♪」
麻奈実がニッコリと微笑んだ。
問題は……この幼馴染だ。
これから復活したてのカレー部で何が起きていくのか?
それが俺の今後の人生にどう影響をしていくのか?
それはまだ天のみが知ることだった。
了
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俺妹と和菓のコンボ。
奉太郎と千反田さん、そして京介と麻奈実の間には何か関連性がある筈なんだ。
とある科学の超電磁砲
エージェント佐天さん とある少女の恋煩い連続黒コゲ事件
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