黒髪の勇者 第三編第一章 シアール傭兵団(パート7)
翌朝、シアール傭兵団はケイトの案内で山賊被害に頭を悩ませているという農村に向けて出発した。イラームから北方に五十ヤルク程度離れた、グロリア王国の統治権が及ぶ最果ての場所にその村はあるらしい。
「急げば一日で到達するか。」
おおよその場所を聞いて、シアールは安堵するようにそう言った。馬を走らせれば半日でも到達するだろうが、残念な事に今のシアール達には馬と言う便利な生き物を所有していない。ムガリアへの道中に利用していた馬はバルトの所有物であったから、契約終了と共に当然のごとくバルトに返却している。
「幸い、日が長い季節ですから日没までには到達できるでしょうね。」
近隣の地図を広げながら、ヒートがそう言った。一方でケイトは早く戻りたくて仕方ないのか、どこかそわそわとしている様子である。
「ところでケイト、昨日から持っているその弓だが。」
念のため、と思いシアールはそう訊ねた。単なる飾りなのか、それとも武器として利用できるだけの腕があるのかを確かめておこうと思ったのである。
「これ?」
シアールの問いに、ケイトは不思議そうな口調でそう訊ねた。
「どのくらい使えるんだ?」
「馬鹿にしないでよね。」
拗ねるように、ケイトがそう言った。
「村では猟師もやっていたのだから。弓くらい普通に使えるわ。それに、今はこれもあるし。」
ケイトはそう言うと、懐から短筒を取り出した。片手でも撃てるようにサイズダウンしているマスケット銃である。初期の拳銃であった。
「銃があるなら弓はいらないだろうに。」
「だめよ。連射が効かないもの。そりゃ、威力は遥かに銃の方が上だけれど。」
「確かに、まだまだ銃器は発達の余地がありますからね。」
ヒートがそう言った。
「魔術には敵わないだろう?」
シアールがそう訊ねた。シアール傭兵団にはヒートを除いて遠距離攻撃を得意とするメンバーが存在していない。ヒート一人で十分な対処が可能である為に、敢えて別のメンバーも募っていないのである。
「さて、今後はどうなるか分かりません。銃器は魔術と違い、誰でも扱えるという利点がありますからね。そうなれば多勢に無勢、いずれ私のような魔術師は駆逐されるかもしれませんよ。」
なぜか楽しそうに、ヒートがそう言った。相変わらず不思議な男だな、とシアールが考えた所で、ケイトが感嘆の声を上げた。
「ヒートさんって魔術師なんだ。」
「一応、魔術師の端くれですよ、お嬢さん。」
「初めて会ったわ。どうやって魔術師になったの?」
「こればかりは、才能と言うか血筋というか。元々魔術師の家系だったのです。」
「なら、ヒートは貴族様・・なの?」
ケイトが僅かに間を置きながらそう言った。一般的な常識として、魔術師の家系は貴族というイメージはミルドガルド大陸全体に強い。
「いいえ、ただの庶民ですよ。貴族ばかりが魔術師という訳ではありません。」
にこやかに、ヒートがそう答えた。対してケイトは素直に頷く。その姿を眺めながら、シアールはふと考えた。
この少女は、人を殺めたことがあるのだろうか。
恐らく、無いだろう。ケイトのきらきらと輝く、純粋な瞳を見ればよく分かる。陽気に振舞っていても、人を殺した事のある人間の目はどこか落ちくぼんで、その輝きを失ってしまっているからだ。ケイトが一流の猟師であっても、一流の弓兵であるとは限らない。それに、シアールであってもケイトのような幼い少女を戦闘に巻き込むことは気が引ける。
出来るだけ、穏便に事が済めばいいのだが、とシアールは心の奥深くからそう念じた。
ケイトの故郷はビトラ村と言う、主要街道からも外れた小さな農村であった。イラームの混雑とは隔世の感がある、静かな農村である。ただ、集落を囲う急ごしらえの木柵が唯一物々しい雰囲気を醸し出していた。一部の木柵が破壊されているのは、最近も山賊どもの襲撃を受けたからだろう。
「ただいま!」
ケイトが破壊された木柵の修理を行っていた青年に声をかけた。見れば、腕に切り傷のような怪我が見える。
「ケイト、案外早かったな。」
その青年はケイトの姿を見て安堵したような笑顔を見せた。ケイトと同じように、背中には弓を背負っている。
「いい傭兵さんにすぐに会えたの。」
ケイトはそう言うとシアールを振り返った。
「シアールだ。」
シアールはケイトに合わせてそう答えた。続けてヒートたちが一通りの自己紹介を済ませる。だが、自己紹介が終わった所で、青年は僅かに表情を曇らせた。
「ケイト、傭兵団を見つけてきてくれたのは嬉しいのだけれど、もしかしたら必要が無くなるかも知れない。」
「え?」
驚きの余りに言葉を失った様子で、ケイトがそう言った。
「実はつい先程、流れの傭兵団がこの村を訪れたんだ。今村長と話している。」
「面白い偶然だな。」
どこか感心した様子で、シアールがそう言った。
「でも、折角来てもらったのに。」
ケイトがそう言った。
「と言っても、うちの村もその、先立つものがな・・。」
頭を掻きながら、青年がそう言った。二組の傭兵団を雇う程の余裕はビトラ村には無いのだろう。いや、一般的な農村の状況を考えればそれも致し方の無い事ではあったが。
「ひとまず、我々も村長殿にご挨拶させて頂く程度のお時間は頂戴できるのではないでしょうか。ケイト殿、まずはご案内をお願いできますか?」
ヒートがそう言った。
「そうね、勿論。傭兵団のことは村長が決めることだし・・。」
ケイトは自らを納得させるようにそう言った。
村長の邸宅は村の中央にあった。と言っても、他の家より一回り大きい程度で、簡素な木造の建築物であることには変わらない。
「村長、ただいま戻りました!」
元気よく、ケイトがそう言った。見ると、簡素な丸椅子に男性が四人、腰かけていた。一人は老境に差し掛かっている男性、他の三名は活力に溢れる青年であった。
「おお、無事だったか。すまないな、無茶をさせて。」
詫びるように、老人がそう言った。この男が村長だろう。
「大丈夫です。それに、いい傭兵団さんに会うことが出来ましたし。」
ケイトはそう言うと、シアール達四人を村長の自宅に招き入れた。
「これは、何というタイミングで。」
驚いた様子で、村長がそう言った。
「シアールです。この傭兵団の団長を務めています。」
代表して、シアールがそう答えた。続けて、
「その三名が先程来たという傭兵団で?」
そう言いながら、じっくりと三名の姿を観察する。帯剣しているのは一名、他の二名は丸腰であった。
「初めまして、イオニアと申します。一応、団長を務めさせて頂いております。」
恐ろしく洗練された、それでいて至極丁寧な口調でイオニアがそう言った。村長と直接に会話していた、丸腰の青年である。その言葉づかいにシアールは思わず面食らいながらどうも、とだけ答えた。
「私はアルタと申します。お気づきかも知れませんが、イオニア様と同様に魔術を得意としております。」
続けて、
「私はクレタ。剣と槍を得意としております。」
イオニアと同様に、シアールが聞き慣れない、鍛えられた宮廷言葉が続いた。ただの傭兵団とはとても思えない態度であった。対して、うちの連中とくれば。ヒートが多少の宮廷言葉を扱える程度で、ゴンザレスとネルザに至ってはまともなコミュニケーションが取れているのかすら不安になる。
「しかし、参りましたな。今イオニア殿に護衛依頼をお願いしてしまった所なのです。」
詫びるように、村長がそう言った。
「でも、シアールさんはイラームから遥々来てくれたの!」
必死に、ケイトがそう答えた。
「不要であるなら、素直にイラームに戻る所ですが・・。」
ヒートがシアールの表情を伺うようにそう言った。割に合わない仕事なら断ってしまうのも一つの手ではある。
普段のシアールなら、素直に断っていただろう。だが、ケイトの面目なさそうな顔を見ていると簡単に断ってしまうのも気が引けた。純粋なケイトはシアール達に足労を促した引け目を長い間感じてしまう事だろうから。
そうシアールが考えたところで、イオニアが口を開いた。
「私は構いません。人が多いことに越したことはありませんから。」
「しかし、その、報酬が。」
村長がそう言った。だが、イオニアは平然とこう言い放った。
「元々私たちは偶然にビトラ村に立ち寄った次第。用意できる報酬には限度があるでしょうから、ここはシアール殿に優先権があると見るべきでしょう。そこのお嬢さんの努力を無駄にしてしまうことも、私どもとしては不本意であります。ここはお互いの成果に応じて報酬を分配する、というところで手を打ちませんか?」
「成果、と言うと?」
シアールがそう訊ねた。
「そうですね。倒した山賊の数でも構いませんし、抜本的な解決策を提案した方が総取りするということでも構いません。シアール殿がお決め頂ければ。」
「残念ながら、俺たちに知恵者と言える者はヒートしかいない。知恵比べならば随分と不利だろうな。」
「では、倒した山賊の数を競うということで如何でしょうか。どうやらシアール殿の部下はどなたも歴戦の強者である様子ですし、これならば公平に判断出来るでしょう。」
イオニアがそう言った。その言葉を受けて、シアールがヒートに目配せをする。異存はない、と言う様子でヒートは小さく頷いた。
「ならその条件で請け負おう。」
シアールがそう答えた。
「村長殿、これで依存はありませんか?報酬は今用意されている金額を上限として、私たちで分け合います。」
「ええ、それでよければ、人数が増えることに何ら不満はありません。寧ろ何とお礼を言えばいいのか。」
平伏するような勢いで、村長がそう言った。
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第七話です。
宜しくお願いします。
黒髪の勇者 第一編第一話
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