黒髪の勇者 第三編第一章 シアール傭兵団(パート6)
「助けるって、一体どういうことだ。」
突然の少女の申し出に、シアールは多少の戸惑いを覚えながらそう訊ねた。
「だから、傭兵さんたちの力を借りたいの。山賊退治と言うか・・最近、村がよく襲われるようになって。」
「グロリア王国で山賊被害ですか。余り、聞いた事がありませんね。」
訝るように、ヒートがそう言った。グロリア王国は小国ながら、それなりに治安が整っている国家でもある。現代日本と比べれば勿論危険と言う結論にはなるが、徒党を組んで暴れる山賊や海賊の類の取り締まりはそれなりの対策が取られている国家であるのだ。
「被害が出始めたのは今年の頭からよ。それまでは平和な村だったのに、いつの間にか毎日山賊の襲撃に脅えるようになってしまったの。」
無念そうに、ケイトはそう言った。
「今年の頭、ですか。」
そこでヒートは少し思索するように軽く握った拳を口元に当てた。
「しかし、グロリア軍が放置するとも思えないが。」
そう言ったシアールに対して、ヒートがいや、と遮った。
「少なくともグロリア軍はビザンツ帝国との戦に備えて前線に駆り出されているのでしょう。一時的な治安低下は止むを得ないかと。」
「その隙を付いて、山賊が跋扈していると?」
「或いは。可能性の話になりますが。」
シアールもまたヒートと同様に顔をしかめて、さてどうするか、と呟いた。仕事の内容としては申し分ないが、報酬との兼ね合いも考えなければならない。
「どう、かな。」
恐る恐る、という様子でケイトがそう訊ねた。
「早く見つけて、戻らないと皆が危険なの。」
ケイトが言葉を続ける。不安に押しつぶされるように、それまでの強気が嘘のように、声を絞り出しながら。
「依頼を受けることはやぶさかではないが。」
シアールはそこまで言って、さてどうしようと考えた。相手が大人なら即座に報酬の話に移るのだが、まだ年端も行かない少女に向かって金の話をすることに僅かな躊躇いを覚えたのである。
「お嬢さんはもう理解されているとは思いますが、仕事にはそれなりの対価が必要なのです。」
シアールを補足するように、ヒートがそう言った。
「お金なら、前払い金として村から5リリル預かっているわ。」
ケイトはそう言うと、懐から小さな小袋をシアールに差し出した。大事な資金を、出会ったばかりの傭兵に素直に差し出すなど。
シアールはそう考えて、思わず顔を顰めた。
「足りない・・ですか?」
「いや、そう言う訳じゃない。ただ、もう少し用心しろと言いたいだけだ。」
「用心?」
不思議そうに、ケイトはそう言って首を傾げた。余程牧歌的に育てられたのだろう。人を疑うということを知らないらしい。
「まあ、いいさ。ヒート、どうする?」
シアールはそう言って僅かに顔を顰めた。ケイトには返答出来なかったが、実際問題として山賊の規模が分からない状態で、5リリルは相場からすれば少々安すぎる。いくら田舎の農村とはいえ数人程度の山賊なら追い返せるだけの力はあるだろうし、止むにやまれずイラームまで幼い少女を派遣して傭兵探しをさせると言うのだから、男手が根本的に不足している状態にあると考えてしかるべきだろう。殺されたのか防衛にかかりきりなのかは分からないが、いずれにせよケイトの村が切羽詰まっていることには変わらない。そこから推測しても、山賊団の規模は相当なものであると考えてしかるべきであった。となれば、前金だけでも倍の10リリルが相場という所だろう。
だが、ヒートもシアールと同じ考えであったらしい。
「このままこの少女を見捨てるのは男として余りに不甲斐ないと僕は思いますね。仮に私達がお断りをして、ケイトさんがまともに傭兵団と交渉できるとは思えません。金を騙し取られる程度で済めばまだマシという話になりかねませんね。」
ヒートの答えに、シアールはそうだな、と頷いた。
「ならとりあえずその5リリルで依頼を受けよう。細かい報酬については村で直接話せばいい。」
シアールがそう言うと、ケイトはみるみる内に表情を明るく変化させた。
「ありがとう、シアールさん!」
「おう、これはやりがいのある仕事だぜ!」
続けて、ゴンザレスがそう言った。本当にこいつはそろそろ危険だ。
「・・仕事?」
続いて、いつの間にか買い物を終えて、両手に食料を抱えたネルザがそう訊ねた。
「ああ、ケイトの村で山賊退治をすることになった。気合い入れろよ。」
「了解。」
ゴンザレスとネルザが答える。
「出発は明日の朝、だな。ケイト、宿は取ってあるのか?」
「いいえ、これからよ。」
「なら案内しよう。金はあるか?」
「路銀程度なら。」
分かった、とシアールが頷いた。
やがて日が暮れて、深夜を迎えようとしている頃に、シアールとヒートは二人で杯を酌み交わしていた。ゴンザレスとネルザは売春宿に放りこんでいる。ネルザはゴンザレス程性欲は強くないが、ゴンザレスのお目付け役として同行させた。腕っぷしと仕事の真面目さは確かな男だが、酔った勢いで暴走しないとも限らないからだ。一方でケイトはすやすやと睡眠を楽しんでいる頃だろう。
「二か月で片が付けばいいのですが。」
ぽつりと、ヒートがそう言った。古臭いテーブルの上には生のままのウィスキーグラスだけが置いてある。
「数十人程度ならどうにでもなると思うが。」
山賊の規模に関してはケイトも全体を把握している訳では無いらしく、それなりの規模という程度の情報しか持ち合わせていなかったのである。
「その程度で済めば、ええ。ですが賊と言うのは全体像の把握が非常に難しい。国家間の戦争とは違います。拠点を叩いたとしても、根本的な問題を解決しない限りまた別の山賊が被害をもたらす事になるでしょう。」
「ビザンツ帝国との関係が改善しない限り難しい、という所か。」
「そうです。それでも、疑問は残りますが。」
「疑問?」
一口、ウィスキーを喉に押し込みながら、シアールがそう訊ねた。
「グロリアの経済は今のところ安定しています。農村に飢饉が訪れたと言う話も聞かない。なら、一体誰がリスクの高い山賊業などに手を染めるのでしょうか。しかも、これまで存在していなかったにも関わらず、です。」
ヒートの答えに、シアールは小さく唸った。
「確かに、俺達傭兵も食に困るほど困窮している訳ではないからな。」
「犯罪者がやむを得ず山賊稼業に手を染めるというのは十分に考えられますが、それでも村一つ襲える程の規模になるとは少し考えにくい。何か裏がある気がするのですよ。」
「裏、ねぇ。」
シアールはそう言って、少し考えるように首を傾げた。
「遊牧民族の侵入、という訳ではないだろうか。」
グロリアは滅亡と再生を繰り返している、ミルドガルド大陸でも相当に過酷な歴史を持つ国家であった。ミルドガルド最大の異民族侵入となったタタリア帝国の攻撃と支配だけに収まらず、過去に幾度となく東方から訪れる騎馬民族との戦闘を経験している。
だが、シアールの推測に対して、ヒートは冷静に首を横に振った。
「遊牧民族は常に大規模で、それこそ国家そのものが移動してくるような勢いで侵攻してきます。今回の話を聞く限り規模が小さすぎますし、第一私たちがムガリア帝国への旅の途中で遊牧民族に関しては噂話ですら耳にしてはいないではないですか。その線は考え辛いかと。」
「なら、お前はどう考えている?」
シアールがそう訊ねた。その問いに対して、ヒートは少し含みを残すような口調で、こう言った。
「推測で物事をおおげさにすることは性分ではありません。いずれにせよ、ケイト殿の村に行けば何かが分かるでしょう。」
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先週はお休みしてすいませんでした。
第六話です。
黒髪の勇者 第一編第一話
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