No.46862

ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」07

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第一章の07

2008-12-15 02:02:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:414   閲覧ユーザー数:396

「いえ、慣れてますから……。ありがとうございます、祓って頂いて。私、そういうの視えても、どうにも出来ませんから」

 礼を言うと、エディは中断していた書類の回収作業を再開した。その様子を見るに、自分が呪われていたことなど、さして気にしていないように見える。

「カプリコットさん、恨まれるような心当たりは?」

 生徒会長補佐らしくユキヤが、手元の手帳に何やら書き込みながら聞いた。

「きっとトーラスの奴よ! 決まってるわ」

 いつもエディに因縁を付けてくるトーラス・マレの名が上がった。

「マリーナ違うよ。トーラスはこんなことしない……。多分出来ないよ。彼、錬金系だし『呪い』は得意じゃないはず」

 エディの類推に、クランは心中感心した。

 恐らく彼女の考え通り、あの『呪い』の性質からいくとクランの知るトーラス・マレという人物の魔法形質に合致しない。学園自治をより良く運営する為に生徒の個人情報を集められる立場のクランならともかく、落ちこぼれとも揶揄されている少女が当てずっぽうであれ、同じ意見に辿り着くとは意外だった。

 あまり当事者であるエディが気にしていないのか、怒り出す様子もないので、生徒会の二人もこれ以上この件を追求しないことにした。

 エディにしてみれば、裏口入学と噂され落ちこぼれと揶揄されるようになってから、この程度の悪戯は日常茶飯事だった。一々相手をしている方が疲れるというもの。

 そうこうしているうちに、廊下を埋めるほど散乱していた書類はエディの手元に集められた。

「はい、どうぞ」

 さりげなく、拾うのを手伝ってくれたユキヤが、エディに落ちていた最後の書類を手渡してくれる。

「あ、ありがとう……。あ、あの。ユキヤさん、私のこと知ってるの?」

 男性というよりは少年と言った方がしっくりくる柔らかなユキヤの面立ちに、エディも少しどぎまぎした。しかしそれより、先程から自分の家名を呼ばれたことがエディには気になった。

 何せ、エディはこの魔法学園の長である学園長の血筋とはいえ、名乗っているのは父方の家名。魔道的には何の権威もない一般人の家名なのだ。

 生徒会の役員であるクランとユキヤのことは、学園の生徒なら誰でも聞き及んでいるところだが、エディ自身には生徒会に用事があった例しはなく、ユキヤとも初対面だった。

 その横で我が物顔で微笑を振りまいているクラン会長は、エディが部屋を借りている第二女子寮の寮長も兼ねているので、否が応にも寮で顔を合わせているのだが、それ以外の生徒会の面々は話に聞くだけで顔も知らない人が多い。ユキヤもそんな人物の一人だったはずだ。

「ん? エディ・カプリコットさんでしょ? 君、すごく有名だよ。色々と面白い噂は聞いているから。編入試験のときのこととなんかも」

「なんだ、よかった。会長から変な悪口吹き込まれたんじゃなかったんだ」

「誰がそんなことするって言うのこの子は! 人聞きの悪い。私がそんなことするように見えるっていうの?」

 歯をむき出しにしてクラン会長が悪態を吐いた。本来なら清楚で聡明と名高い生徒会長も、同じ寮仲間ということで、いつも清楚な外向きの仮面を脱ぎ捨てる。

「え~。裏でグチグチ愚痴いってるんじゃ?」

 と、同じく女子寮仲間のマリーナも悪ふざけに乗る。

「ええ、そりゃ愚痴はもうしょっちゅうですよ」

「ユキヤぁく~ん! あなたも何勝手なこと言ってるの!」

「ははは、これじゃあ、後で僕がグチグチ言われますね」

 普段、学内では作った笑顔を絶やさないクラン会長が、細い眉を跳ね上げて苛ついていた。さすがに冗談が過ぎたかと、ユキヤは苦笑で口元を歪めた。

 気を取り直して、話題を逸らす為にもユキヤはエディ達二人に向き直った。

「それで、これは事務局に届ける書類ですね。これは……エクトラ師の指示ですか?」

「ええ、そうなんです。それで私達……。そうだ! 会長、『四重星』が有事には前線に配置されるって知ってましたか?」

「ええ……まぁ何と言ったらいいのか、私にも配置の依頼はきましたから」

 マリーナの問いに素直に答えててもいいものか、しばし逡巡した後、クラン会長は肯定した。

「そっか。会長は序列五位だから……」

「元々、優秀な学生を戦力と考えるというのは『連盟』の方針で、配置の話は『九星』全員に来たのよ。でも、私達九人が全員前線に出ると、学園の自衛が心配だから、今回はとりあえず『四重星』の四人だけってことになったのよ」

「それじゃあ、序列八位のユキヤさんにも話は来たんだ?」

 エディの言うとおり、ユキヤも『九星』の一員だ。エディからすれば雲の上の存在と言ってもいいぐらいの実力。クランにしろユキヤにしろ、エディが魔法戦で対峙すれば、一撃でエディは敗れ去る自信がある。それは弱気などという精神論ではなく、純然たる実力の差だ。

「ええ、でも僕の陰陽道は魔法戦にはあまり向きませんからね」

「それを言うなら私もよ。私は知識量で序列を上げているタイプだから、『四重星』の四人と比べられるとつらいのよ」

 と序列五位のクランは言う。

 クランは序列四位以上を取ったことがない。四位と五位、数字上はたった一つしか違わないのに、今のバストロ魔法学園においては天と地との差に等しい。だからこそ、学園が取り決めた序列一桁の人間を表す『九星』という呼び名の他に、その四人を『カルテット四重星』と特別な呼び名で呼んでいるのだ。

「クラン会長、うちは『四重星』だけだとして、他の学園からも前線に配置される人はいるんですか?」

 マリーナの言う『他の学園』とは、バストロ学園の姉妹校のことを指している。このクリスナ公国にはバストロ学園の他に、あと二つ、同じような魔法学園がある。クリスナとドイツの境に広がる広大なシュバルツバルトに古城を構えるシュゲント魔法学園と、遙か南部の山岳部にひっそりと構えるマグナ魔法学園の二校。

 姉妹校と言うが、運営体制が同じ『連盟』の直接傘下であるというだけで、生徒同士の親密な交流があるわけではない。

「シュゲントは『九曜』の入れ替わりがあったとかでごたごたしているらしいから、配置は見送られたそうよ。マグナは元々秘密主義だから、『九識』を出さないんじゃないからしら。少なくとも私は聞いていないわ。たぶん、うちの『四重星』だけね」

「それでよく許可しましたよね。うちの学園側も本人達も」

 呆れ声のマリーナに、生徒会の二人は顔を見合わせて苦い顔をした。

「まぁ、そうは言っても学園側は、生徒が既に一人前の実力があると誇示出来るし、本人達もああいう性格だから。こんな学園に閉じ込められているより、外に出たいんじゃないのかしら」

 『四重星』の四人は前線が危険とも思っていないのだろうか。もしそうなら、序列五十位にも入れていないマリーナ達にはわからない感覚だ。それ程までに自らの実力を信じているということか。

「でも、その配置云々っていうのは、もしもの話よ。全面戦争なんてそうそう起こるわけないんだし、それを解決するのが政治というものだもの。もう戦争なんて三十七年間起こってないんですから」

「でも、たった三十七年なんですよ。魔女戦争なんて百年近く続いたそうじゃないですか」

「あんな魔道を認めない異常な時代と、この『連盟』に統制された今とを比べるなんて、馬鹿げたことよ」

「それはそうでしょうけど……」

 クランに指摘されたマリーナは語調が弱まった。


 
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