No.45593

ミラーズウィザーズ第一章「私の鏡」06

魔法使いとなるべく魔法学園に通う少女エディの物語。
その第一章の06

2008-12-08 02:37:44 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:449   閲覧ユーザー数:430

そんなエディが声をあげた。

「……あれ? これって魔法制御の論文集?」

 マリーナから視線を外すため伏せた目に、拾っていた書類の文字が映ったのだ。

「そうみたいね。エディが大の苦手にしてることばっか書いてあるわね。参考になるなら運ぶ前に写しとけば?」

「えっ、でも……」

「別にいいんじゃない? 論文なんて発表する為にあるものだし、これ運ぶのだって急ぎでもないんだし」

「盗み見なんて……」

 確かに、運ぶように指示したエクトラ師は、急いでいるような印象はなかったが、勝手に見るのは気が引けた。

「あなた、そういうところ変に頭固いわね。私達に運ばせるぐらいだもの、見られて困る物でもないでしょ?」

 そう言われても、エディはいい顔をしなかった。エディ自身は、別段真面目であるとは思っていないのだが、マリーナに言わせると「世渡り下手の真面目不器用」らしく、日頃からよく指摘されているのだ。

「そっちは論文で読み甲斐あるけど、こっちなんてろくな物じゃないわよ」

 マリーナは自分が運んできた書類を手にとってエディに見せた。

「海上封鎖時における人員配置? これって有事の際の行動指示書じゃない! こんなの機密文書でしょ? なんでこんな……」

「エディもそう思うでしょ? ほんと情報保全なってないわよね。私達から漏れたらどうする気なのかしら、この学園は」

 そう言いながらも、マリーナは書類をめくり次々に目を通していく。『海峡』を隔てたブリテン王国を仮想敵国とした防衛戦配置の情報。内心、勝手に見ることに拒否感のあるエディは、どうしたものかと視線を泳がせてしまった。

「へ~。エクトラ先生もキュキュ先生も、みんな『海峡』に配置されるんだ。もしかしてクレノル先生が呼び出されたのってこの件?」

「マリーナ、やっぱりこれは見ちゃダメだよ」

「だったら、私達に運ばせるんじゃないわよ」

 確かにそれは正論だ。エクトラ師は何を思ってこの書類を二人に運ばせたのか、てんで見当が付かなかった。

「えっ、嘘? 『四重星』の配置も決まってるの?」

甲高い声を出してマリーナは驚きに眉をひそめる。だか、それ以上にエディの方が慌ててしまう。

「『四重星』って、お兄ちゃんもなの?」

「ほら、見て。ここ」

 マリーナの指差す紙上。人名ばかりがならぶ名簿だ。

 あった。確かにカルノ・ハーバーの名がある。その他にも学内でも顔の知れた三人の名前が連なっていた。

 『四重星』とは、バストロ魔法学園で特に優秀な四人の生徒を指す言葉である。序列順位が一桁である『九星』が学園から正式に名付けられた階級名ならば、『四重星』は生徒達の間で勝手に名付けられたグループ名のような物だ。もちろん、その四人が学内序列の一位から四位なのだが、既に実力が学園生徒レベルを凌駕してしまっている四人を特別視する生徒達の間で付けられた俗称である。

 確かに、四人そろえば『連盟』の監察魔道師をも退けると言われるほどの魔法使いだが、それでもまだ学生の身である。そんな彼らが、既に有事には戦場に出ることが決まっているとは思ってもいなかった。

「ル・アーヴル海岸防衛線。『海峡』よりましだけど、充分前線ね。いや、逆に奇襲を受けやすい場所じゃないからしら」

「カルノお兄ちゃん……」

「エディ、確かに心配なのはわかるけど、実の兄妹じゃないんでしょ? それを『兄』って呼んでるのはちょっと変じゃない?」

「別にいいじゃない。お義兄ちゃんはお兄ちゃんなんだから。これは私とカルノお兄ちゃんとの問題なんです」

「それはそうだけどね。でも、聞いてるこっちが変な気分になるのよ」

 マリーナは何やら疲れた表情を浮かべるが、直ぐに失笑に変わってしまった。

「変って何がよ?」

「……本人はわからないものね」

「はぁ」

 何のことかさっぱりな様子で、エディは首をかしげた。

 散らばった書類を拾う手が止まっていたのに気付いた二人は、改めてしゃがみ込んだ。すると二人に近付いてくる足音が聞こえた。

 ツカツカと高い足音と、それに寄り添う静かな足音。その対照的な二つのリズムがエディ達を引きつけ、二人の顔を上げさせた。

「あなた達、こんなところで何してるの? そんな盛大に散らかして」

 足音の主、黒い魔道衣を清楚に着こなした女性が床に膝を突いたエディの前に立っていた。

 深窓の令嬢という言葉がぴたりと当てはまる髪長の容姿は同性のエディでも見とれてしまいそうだ。彼女はクラン・ラシン・ファシード。バストロ学園の栄誉ある生徒会長として学園自治を担う者である。

その横にはもう一人、小柄な男性。生徒会補佐役のユキヤ・ハルナだった。

「え、あの。これは……、ちょっとつまずいて」

「はは、カプリコットさんはそそっかしいですね」

 にこやかな表情を浮かべるユキヤ。いつも軍人でもないのに黒い詰襟を着ているので周り避けられがちな彼だが、優しげな童顔が女子の間では密かに人気が高い。ユキヤの隠れ信者であるマリーナが急に表情を引き締めた。

「ほら、エディ。さっさと拾うわよっ!」

 さっきまでのだらけた雰囲気はどこえやら、マリーナの一喝で、エディも慌てて床に散らばったままだった書類をかき集め始めた。

 その様子をまるで上から見下ろすように、クラン会長はしずしずと眺める。すると、彼女は腰に届かんばかりに伸ばした黒髪を鬱陶しそうにいじりながら、眉間に皺を寄せ怖い顔をした。

「エディさん、そのまま動かないで」

「え? な、何ですか? 私?」

「いいから、そのまま」

 重々しいクラン会長の言葉にエディは戸惑いながらも、言われた通り書類を拾う為に四つんばいになったままの体を氷のように固めた。

「どうかしたんですか、クラン会長?」

 疑念の声をマリーナが上げるが、クランはエディの脚線を見定めるように念入りに見入っていた。

「あの。私、何か悪いこと……しましたか?」

 見られる羞恥よりも、理由の分からぬ居心地の悪さが勝り、エディは不安に駆られる。

「まだそのままよ」

 言うなり、クランがエディの靴に指を向け、素早く印を切った。東洋の『九字切り』にも似た魔力を帯びた指が軌道を描き、最後に『ガント撃ち』のように指差し、クランは魔力の律動を締めた。

「散った……。やはりかなり弱いけど『呪い』だったのね」

「え? 呪い? 呪いってエディが呪術を受けていたってことですか?」

 当人であるエディよりマリーナの方が大きな声を上げた。

「そう。エディさん、もう動いていいわよ。えっと、さっきのは感染魔術か何か、本当に微々たる弱いものよ。効果まではよくわからなかったけど『呪い』だと思うわ。元々死に至らしめるような『呪詛』じゃなかったし、私が類感魔術で上書きしておいたからもう大丈夫よ。『呪い』ってのは下手に返すと色々あるから、対処に困るのよね。生徒会長としては」

「それじゃあ、さっきエディが何もない所で転けたのって」

「それの所為なのかな?」

 自分では判断つかないのか、エディは遠慮がちに言った。

「しかし、悪戯にしては手が込んでるわね。質が悪いというか。『霊視』の出来るエディさんに見付からないように足の裏という見えない位置に『呪い』をかけて、更に見付かる危険性を減らす為に、威力よりも魔力反応を下げることに徹した……、案外知能犯、いえ、エディさんのことをよく知ってる人間? ユキヤ君、染源追える?」

「そんな会長にしか見付けられないような微弱な『呪い』を、その会長に上書きされたら、僕でも追えませんよ」

「あらやだ。ごめんなさいエディさん。そこまで気が回らなかったわ」

 クランは少し口調が厳しくなることもあるが、総じて気優しく皆に頼られる人物だからこそ、このくせの多い人物が集まるバストロ魔法学園の生徒会長が務まっているのだ。

 


 
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