「余はそなたに言いたいことがある!」
家に帰ってきて真っ先に聞こえたのは、彼女の不満そうな声だった。
「ただいまセイバー」
「そなたに命じる」
彼女――――セイバーは俺を無視して俺を指差す。
「そなたは余のために今すぐにチョコレートを作るのだ!!」
……えっ? チョコレート作りを命じる?
「チョコレートを作るのだ!!」
セイバーにとっては、俺がチョコレートを作るのは2回言うほど重要なことらしい。
……とりあえず
「詳しい話を聞かせてくれよ」
まぁ、話を聞いてからだな。
―――――
俺とセイバーはソファーに腰掛ける。
セイバーはテーブル越しに俺の対になる場所に座っている。
「そなたはバレンタインという行事を知っているか」
バレンタイン
日本人なら誰しもが知る行事の1つだろう。
そのため説明は省かしてもらうとしよう。
「勿論、知ってるよ」
「ふむ、そうか」
満足気に首を縦に振るセイバー。
そんなセイバーを見て思い出した。
セイバーはサーヴァント……だっけ?
俺は詳しい話は聞いてないから、詳しくは知らないんだけど……確か昔の英雄とかなんとか。
そんなセイバーがバレンタインという行事を知らなくても不思議じゃない。
知らなかったら不思議じゃない。
でも
彼女は知ってる
バレンタインという行事を
1年で数回あるリア充共のテンションが最高潮になる1日を
セイバーは
知っていたんだ。
「余はバレンタインというのを奏者から聞いてな」
奏者というのは、俺の友人のことだ。
セイバーとはそいつが切っ掛けで知り合うことができた。
「そなたには余と共にこのバレンタインというのを行ってもらう」
……バレンタインを強いられてるんだ。 とでも言えばいいのか?
とにもかくにも、今はセイバーの話を聞こう。
「だから余のためにチョコレートを作れ」
「待ってくれ」
聞く意味がなかった。
どうやらセイバーはバレンタインの趣旨を誤解しているらしい。
全く教えるならちゃんと教えてやれよな。
いや、今は逆チョコというのも流行ってるらしいし、これでも合ってるのかな?
「バレンタインってのはね、女が男にチョコレートを上げることを言うんだよセイバー」
「それぐらい既に知っておる」
知ってるんだ。
ならなんで俺にチョコレートを作らせるんだ?
「余がそなたにチ、チョコを上げるのは……その……納得がいかないのだ!!」
納得って
なんだよそれ。
「余は誇り高き英雄でそなたはただの凡人。 どう考えてもそなたが余にチョコを献上すべきだ」
いやいやいやいや。
それバレンタインじゃなくなるから。
献上する時点でバレンタインじゃないから。
でも断るわけにはいかない。
きっと断ったら彼女はヒステリックに暴れだすのだろう。
だから
「わかった。 頑張るよ」
諦めたように俺が言うとセイバーは満足気な笑みを浮かべる。
「そうか、なら」
ガシャ
何か鍵が締まったような音がすると同時に首元がやけに冷たくなる。
「そなたはチョコ作りを終えるまでこの家を出るな」
俺の首には金属製の首輪が付けられていた。
「余が満足するまでそなたはここから出さぬ。
いや、満足してもバレンタインが終わるまでは出さん。
バレンタインになるとそなたに近づこうとする不届き者がチョコを渡しにくるだろうからな。
余が目を離しているうちにそなたがチョコを受け取る
そんな事実を未然に防ぐためにもそなたはここから出るな。
いや
余が出さぬ
そなたを手放すような真似を余はしない
絶対にな。
そなたが余以外に興味を示さないように
余がしっかりしないとな。
先ずは――――
そなたの視界に余しか写さないようにしなければな。
今回はその予行練習だ。
満喫するがよい」
セイバーは俺を愛おしそうに見る。
恍惚とした顔で
じっくりと見てきたら
彼女は俺に背を向けて、黙って歩きだした。
……もしかしなくても
これって監禁だよね?
こうして、俺の変わったバレンタインに入る準備が整ったわけだ。
……整っちゃったわけだ。
―――――
今日はバレンタイン前日……らしい。
先ほどセイバーが俺にそう言っていた。
セイバーはチョコ作りに必要なモノを買ってきてもらっている。
ほら、俺はさ家から出れないから。
セイバーが帰ってくるまでの話を軽くしておこうか。
ずっと家でセイバーに世話をしてもらいながら生活していた。
といっても、セイバーに頼んだのは買い物だけで後は全部俺がやった。
家から出れないだけで特に変わったことはなかったな。
監禁……と言えば聞こえは悪いが、これは彼女なりの愛情表現なんだろう。
何でもやるから自由を寄越せ
彼女は俺に何でも与えてくれる。
その代償は俺の自由
重い等価交換だな。
でも
その等価交換には彼女の思いがある。
彼女の愛情が
「ただいま帰ったぞ」
セイバーは俺の前に材料が入ったエコバッグを置く。
「さぁ、早速余のためにチョコを作るがよい」
……やれやれ
彼女の思いに応えれるように頑張らないとな。
―――――
「……そなたは、料理が上手いな」
「そう?」
キッチンで手際よくチョコを作っている俺の隣にいるセイバーが突然言い出した。
「後はどれくらいで完成するのだ?」
「冷やすだけだよ」
俺は冷蔵庫にチョコを入れる。
後は時間の問題だな。
「……バレンタインは明日か」
セイバーは憂いを帯びた顔つきで言う。
「バレンタインというのは、愛し合っている者同士のイベントだったな」
「……セイバー?」
「そなたは――――
そなたは、余を……」
セイバーは黙ると突然自身の両頬を強く叩いた。
「……余は何を弱気になっている」
「ど、どうしたのセイバー?」
「なに、そなたが余のことしか考えられないようにすればどうすればいいのか考えていたのだ。
そなたは余のことを思うだけで充分だ。
それ以外のモノはそなたには必要ない。
余以外を求めようとする腕
余以外の輩に合おうとする足
余以外の者に助けを呼び掛けようとする口
余以外のことを考えようとする頭
全ていらぬ。
不必要なのだ。
そうであろう。
そなたに必要なのは余のみだ。
余以外のモノがあるから、余は不安になる。
余以外の
余以外に関わろうとするその腕が足が頭が口が体が目が
……不必要だ」
セイバーは重々しく言う。
その手には、既に彼女の剣が握られていた。
「余を不安にさせるモノなど、全て不必要だ!!!!」
彼女の怒涛の叫びを聞くと共に
俺は極度の痛みを感じて直ぐに意識を手放した。
―――――
うっ……ん……ん?
ぼやけた意識の中で周りを見渡す。
どうやら俺は寝室にいるらしい。
セイバーが運んでくれたんだろう。
服は斬られたままだ。
服の上からでもわかるぐらい彼女は俺の傷口に包帯を巻いてくれていた。
右下腹から左肩までの一直線に斬られたのか、包帯は丁寧にだが、不器用さを感じるように巻かれていた。
「……不安」
不安
セイバーは何度もその言葉を口にした。
きっと彼女は不安なんだ。
彼女の生い立ちを見たら明らかだ。
彼女が
セイバーが人の―を疑うのも明らかだ。
だから
だったら
わからせよう。
セイバーに俺なりの
―をわからせよう。
俺は痛む体に鞭打って、キッチンに向かった。
彼女の驚く顔に期待しながら
―――――
「た、ただいま帰ったぞ」
セイバーはどこか不自然な態度で俺の部屋に上がり込んだ。
「……昨日はすまない」
「いいよ、手当てもしてもらったし文句ないよ」
俺はセイバーの手を取る。
「そんなことより」
「そんなこととはなんだ!?」
セイバーは俺の手を振り払う。
「余はそなたを斬ったのだぞ!?
無害なそなたを
味方であるそなたを
余は愚かにもそんなそなたを斬った。
斬ってしまった
そなたに何を言われても、何をされても文句は言えないのだ。
余は
余は
そなたに嫌われるようなことを……
愚かにもしてしまった」
セイバーはセイバーなりに反省しているらしい。
……当たり前
とは言いがたいかな。
彼女の性格的に余り深くは考えてないと思ってたけど、どうやら俺の思い違いだったらしい。
「セイバー」
俺はセイバーの手を再度取る。
彼女は俺を黙って見る。
無言にただ俺の反応を見るかのように
静かに見てくる。
「俺は別にセイバーに斬られても文句はないよ」
だって
だってねセイバー
俺は
俺は
「俺はセイバーのことが大好きだから」
セイバーをそれを聞いて赤面する。
「だからね、大好きなセイバーに何されても文句は言わない。
大好きなセイバーのためならなんだってする。
大好きだから。
愛してるから。
俺はセイバーのことが好きだから」
セイバーは赤面した顔を俺に見られたくないためか俯いて顔を隠す。
「ずっと……不安だったのだ。
そなたが余のことを愛してないんじゃないかと。
あの時の市民達のようにそなたから感じる愛も嘘偽りなのではないかと
ずっと不安だった。
ただ余の我が儘な愛
愛するモノのためなら全てを差出し
愛するモノの全てを奪う愛。
愛し愛される喜び
余はそれを知ることは出来ていない。
だから
この愛もまた
ただの一方的な愛
ただそなたを苦しませるだけの愛
そうなるのではないかと
そうではないかと
ずっと思っていた」
不安
セイバーの真名
そして、彼女の過去
これだけのヒントを貰ったんだ。
答えを出すのは簡単だった。
彼女は最後まで愛する市民を信じていた。
でも市民は何もしない
何もしなかった。
愛する市民に裏切りに似た行為をされたセイバー。
彼女だって思ったのだろう。
愛されていたのではないか
……とどのつまり、彼女は自分からの愛しか信じれなくなった。
他人からの愛を疑うようになった。
だから
不安
自分が愛する人を
愛する人も自分を
本当に愛しているのか
そう不安になった。
だから、考えたのだろう。
俺の世界にある人がセイバー1人になったら
そしたら
俺はセイバーを愛すしかなくなる。
「セイバー」
俺は優しく彼女を抱き寄せる。
「俺は何時だってセイバーのことを愛してるよ。
心の底から
誰よりもね」
「余も
余もそなたを愛しておるぞ。
何よりも
そなたを」
俺とセイバーはどちらかとも言わずに
顔を近付けて
キスをした。
―――――
「はい、バレンタインのチョコ」
俺はセイバーにハート型のチョコを手渡しした。
恥ずかしかった。
夜中にハート型のチョコを作るのは中々に恥ずかしい作業だった。
セイバーはチョコを受け取るとポケットから何かを取り出した。
「バレンタインは女が男にチョコを渡す行事だ」
セイバーは俺にチョコを見せつける。
「セイバーの手作り!?」
「余は料理を余りしない。
だから市販のチョコに一工夫加えたのだ」
セイバーはチョコを箱から取り出す。
どうやら箱の中には何個か小さめのチョコが入っているらしい。
「このチョコには全て毒を盛った」
セイバーは淡々と言う。
「死に至るほど強力なものではないが、食べたら――――」
俺はセイバーが摘んでいたチョコを食べた。
「な!? よ、余の話をきかぬか!?」
「死に至らないならいいよ」
慌てているセイバーも可愛いな。
「毒を盛ったチョコを食べさせて、次は解毒剤を飲ませるんだろ? 幼い頃から母親に逆らえないようにやられていたパターンだ」
「むっ!?」
「俺がセイバーのことで知らないことがあると思うなよ」
……やばい、頭痛が
「さぁセイバー、解毒剤を」
「やらぬ」
……えっ
「余の話を聞かぬそなたに解毒剤はやらぬと言っている」
「ちょっ! セイバー!?」
「今日は頭痛に悩まされているといい」
「セイバーさん!?」
お願いだから、本当に帰ろうとしないで!!
ちょっ
セイバー!?
……やばい
頭が
……いたい
―――――
後日談というより近い未来の話。
セイバーから解毒剤を貰っては毒を盛られる生活が繰り返されています。
逆らう気はなかったけどさ、毒を盛られてからは更に無くしたよ。
でも案外俺たちは幸せな生活を過ごしてるよ。
セイバーはセイバーなりに
俺は俺なりに
愛する人へのアプローチを毎日欠かさず行っている。
……なんというか
幸せすぎる。
愛しい彼女の隣にいられて
幸せだよ
セイバー
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病みつきシリーズ第15弾!!
『このチョコには全て毒を盛った』
バレンタインの少し前の日にセイバーは少年に要求する。
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