アーチャーが追ってくる気配がない。
どうやら逃げきることが出来たようだ。
逃げきれた。というより興味がなくなったという方が正しいのか。
いや、どちらも正しくないのかもしれないな。
「マスター。これでよろしいのですか?」
先ほど遠坂邸から逃げ帰ってきたサーヴァントはマスターに問うた。
マスターはコクリと頷いた。
「しかし、あの大きさといい武器の多様さといいなんなのかしらね……」
マスターは呆れたようにため息をついた。
そして、自らのサーヴァントをに憐憫の視線を送る。
自らの運の悪さを呪うかのように。
「失礼ですがマスター。私はそこまで頼りないでしょうか?」
サーヴァントの問いにそのマスターはあっさりと頷く。
「だってそうじゃない?アサシンなんて諜報が主な役割じゃないのかしら?私自体も戦闘向きとは
言えないもの……」
要は同族嫌悪って奴ね。とマスターである、間桐巳苑は笑う。
巳苑はアサシンにこともあろうか、諜報ではなく遠坂邸のサーヴァントの撃破を命じていた。
アサシン自身その要求にはいささか疑問を感じていたが、マスターの命令なので仕方なく遠坂邸に
赴いたのだった。
しかし、そこには奇妙な光景が広がっていたのだ。
誰か他のナニかがアーチャーと対峙している。
アサシンはそのナニかを凝視する。
魔力の流れは感じるがどうにもサーヴァントと言うには語弊がある気がしていた。
かと言ってただの魔術師、いやどこかのマスターだとしてもよりによって敵のサーヴァントの前に
みすみす立つなんて馬鹿な真似をするわけがない。
「マスター実は……」
「どうしたのかしら?奇妙な人型でも見たのかしら?」
「…!!どうしてそれを?」
アサシンの質問に対して巳苑は少し笑うと右腕を自らの眼前に突き出した。
「その人型ってこんな奴じゃなかったかしら?」
そう言うと巳苑の周囲からどこから湧いてきたのか分からないほどの蟲が現れて一つの人型を作
る。
アサシンは呆気に取られていた。
先ほど見たのと寸分違わないモノがそこにはあった。
こうして屋敷で見ると、明るさからか、目を凝らして見れば顔は無いので人間ではないと判別することは出来る。
後ろ姿で判別するのは難しいだろう。背格好なんて巳苑にそっくりだ。
暗闇の中では尚更だ。
なるほど、アサシンはようやく合点がいった。
先程アサシンが話してもいないのにアーチャーの容姿や、武器について知っていたことについて不思議に感じていたのだ。
使い魔を送っているならまだしもそのような気配も感じることもなくあの遠坂邸周辺にはアサシンしかいなかった。
そう疑問に思っていたのだが使い魔として自分の分身を放っていたのだった。
「驚いた?アサシン。これでも私だって魔術師の端くれよ。それもある人形師から受け継いだ魔術
と間桐の跡継ぎとして蟲の魔術。その二つを活かせばこんなことだって出来るのよ?」
そう言って巳苑がもう一度右腕をかざすと、巳苑の形をしていた人型は姿を変えあたかもアサシンのような体躯になった。
「一応。動かすことも出来るし戦うことも出来るんだけど、そういうために使う気はないわね」
巳苑は飽きたのかパッと手を振ると蟲達は人型を崩してどこかに消えた。
あれだけの蟲が部屋にいると考えると少し不気味だ。
アサシンは柄にもなく寒気を感じた。
「さて、アサシン。ここで私達の戦略を確認しておきましょうか」
「戦略ですか?」
そう。戦略と巳苑は頷く。
「アサシン。あなたの宝具って射程は広いのかしら?」
「いえ……恐らく相手に触れないと発動しないですね」
「なるほど、必殺の宝具ともなると条件が厳しいのかしらね。まぁいいわ。アサシン。とりあえず
あなたはさっきの人型と一緒に諜報活動。一応私も見てるから無茶はさせないと思うけれど、殺せると判断した場合は任せるわ」
「了解しました。マスター」
「期待してるわよ?是が非でも聖杯は私達がいただくわよ」
アサシンは今一度頷くと姿を消す。
「自らのサーヴァント位は信じてあげようかしらね……」
アサシンが消えた部屋で巳苑はそう呟く。
巳苑は幼い頃からの調教のせいで人というか他人を信じることが得意ではなかった。
他人の善意は悪意。
忠告は甘言。
そう生きていくしかなかった。
信じることが出来たのは妹とあの人形師だけだ。
サーヴァントなどと言われているが、アサシンは英霊に数えられる存在である。
英霊とは言わば人間より上の存在と考えてもいいのかもしれない。
そういうモノが間桐巳苑という場末の魔術師に服従するのか。
「まぁ、私の得た教訓では、そういう考えは得てして杞憂に終わるはずだからいいわね……」
巳苑は自らの令呪を見る。
大丈夫だ。
例え偽りの共闘関係でも構わない。
本当である必要なんてどこにもない。
願いが叶うならなんでもいい。
この戦争が終わるその日まで。
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果たして黒い影とはなんだったのだろうか。
遠坂の予想が正しいのか、
はたまた予想超えているのか――。