No.464677

■21話 賈駆の受難・後編■ 真・恋姫†無双~旅の始まり~

竜胆 霧さん

編集して再投稿している為以前と内容が違う場合がありますのでご了承お願いします

2012-08-04 03:28:56 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2477   閲覧ユーザー数:2285

■21話 賈駆の受難・後編

―――――――――――――――――――

 

なんでかしらないけどボクはいつの間にか街に向かって歩かされている。この手を引っ張ってボクを連れて行く男は一体何を考えてるんだろう? 今のボクが街に行ったって誰かの迷惑にしかならないじゃない。明日でもいいでしょ……もうボクに構わないでいてほしい。

 

でもこいつの言葉が心に残るのも確か。こいつならもしかしたらボクの不幸体質をどうにかできるんじゃないかと馬鹿な事を思ってしまう。そんなわけないと苛ついてあいつを睨んだけれど

 

嬉しそうな顔を崩すことはなくて……なんでそんなに楽しそうなんだろうと疑問に思ってしまう。でもなぜだかボクも……いやいやありえない! ボクがそんなことを思うはずがない、こいつが意味の分からない事をしているせいで混乱しているだけだ。期待したら駄目なんだ。

 

ボクには月がいる。ボクには月さえいてくれればそれでいいんだ、他には何もいらないからこれ以上ボクの日常をかき回さないでほしい。所詮1日程度じゃない、それだけなら耐えられるのに。

 

だからといって今の状況から逃げる手立てが思い浮かばない。それにつながれてる手がなんだか暖かくてこちらからは離し難い。ボクはどうしてしまったんだろう。

 

今までこういう日はずっと部屋に閉じこもっていたせいか……外はいつもより新鮮に感じる。ボクだってこんな体質になりたくてなったわけじゃない。

 

本当はボクだって……。

 

「雨が降るのか……」

 

紀霊のその言葉でボクは現実に引き戻された。やっぱりそんな都合のいい話があるわけがない、ボクが不幸な日は外に出ちゃダメなんだ。こいつに期待したボクが馬鹿だったんだ。

 

大体この頃不幸が来てなかったからこれぐらい予想できたのに…本当に馬鹿だ。

 

「これは使えるか……でもなぁ」

 

なにかまだ悩んでいるようだが、これ以上ここにいても濡れるだけだ。なら戻ったほうがいいに決まっているじゃない、何でまだ期待させるようなことを言うんだろう。もういい、ボクはいつも通り過ごすんだ。

 

「雨じゃ仕方ないわね……ボクは部屋に戻るよ」

 

なんだか口が重い、どうして……わかりきっていたことなのに期待してしまったんだか、自分が滑稽で仕方がない。

 

全てこいつがいけないんだ、無駄に期待させて。そして裏切る。こいつも結局は他の奴らと変わらない、不幸にあってボクから離れてくだけなんだ。

 

「ふむ、ちょっと試したいことがあるからここで待っててもらえるか?」

 

なんでそんな優しい笑顔を向けてくるだろうか。雨だからどうする事も出来ないというのにこれ以上何がしたいんだろうか。もういい加減期待させるのは辞めてほしい、これ以上ボクを振り回さないでほしい。

 

「でも雨なんでしょ? それだったらもう……」

「飛影!」

 

ボクの言葉を遮るようにして叫びを上げたかと思ったら赤い馬が走り寄ってきた。どうやっているのか話を聞きたい所ではあるけれど今はそんな場合じゃない、馬を連れてきたことに意味があるはずだ。

 

それはきっとまたボクを振り回す言葉だと分かっている。でも何故か足が動いてくれない、逃げることが出来ない。

 

「やっぱり一緒に行こう」

 

言うと同時にボクの手を引いて馬に乗せてくれる。もうボクの言葉なんて聞いていないんじゃないだろうか。ならもうボクが何かを言った所で何も変わらない。

 

「まずは紀霊隊に伝言してから、ちょっととりたいものがあるから一度自分の部屋に行くから。街に行くのはその後だな」

 

もう好きにしてと言いかけて街という単語に反応する。てっきり目的を変えたかと思ったのに雨が降る中街に出かけるなんて馬鹿じゃないだろうか。

 

そりゃ雨が多少降ったくらいで街の変化なんて微々たるものだ。それでも露店はなくなるし、人通りも少なくなる。そしてボクの不幸もあれば酷い状況になるのは目に見えている。

 

「……街に行くの?」

 

馬鹿じゃないのだろうかと紀霊を睨む視線に意志を込める。雨降るんだったらわざわざ街に行って濡れることもないだろう。

 

睨んでも気にする様子も無く微笑を浮かべてこいつは勝手に走り出した。

 

「最初からいってたろ? 大丈夫だから、遊びに行こう」

 

演習場にむかいながらボクに向けて最初と何も変わっていないと気軽に言ってくる。ボクの声はこいつには届かないらしい。

 

ほんと、変な奴………。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

賈駆を連れ出したはいいものの、湿気た風が頬を撫で、空を見れば雲が一面を覆っている。これは確実かなと呟く。

 

「雨が降るのか……」

 

まだ俺も誰かに遊びに誘われてた頃雨が丁度良く降ってきたなと苦笑する。そもそもその頃は不運を避ける術もちゃんと身についていなかった為に誰かと出歩く事も無かったのだけれど。

 

誰かと出かけたと言えば両親と一度出かけたことがある。局地的豪雨のせいで川が氾濫して目的地につけなかったことがある。まあ不幸な人間が2人も揃えばそりゃそうなるわなと可笑しくなってしまう。

 

今不幸を背負っているのは賈駆だけだしそこまで酷い事にはならないだろう。それどこから雨が降るというのなら考えていたアレを使って雨を有効活用する事で賈駆にも不幸が回避出来ると教えることも出来る。

 

「これは使えるか……でもなぁ」

 

確実に2つある中の1つは目的を達成できると思う。1つ目の使用用途、貯水。そして貯水するまでの浄化槽の考案を試すものだ。一刀との話し合いの時に考えた物を紙に書き留め、既にその材料を準備している。

 

本当なら設計から運用まで俺が直接見ておきたい案件ではあるけれど、今の紀霊隊に頼めば間違いないだろうし、一刀に監督を務めて貰えばある程度は大丈夫だろう。

 

そのことをこれから伝えて準備してもらえれば帰りには結果が出る。問題は後もう1つの案件だ。実験事態ならもう済ませているし、この世界ではまだないが実用性もある事は認識ている。

 

ただ相合傘を賈駆がしてくれるかどうかが一番の問題だろう。相合傘の概念が分からなくても体は密着する事になるのだから拒否される可能性もある。あるどころか拒否される可能性の方が断然大きいと言っていい。

 

「雨じゃ仕方ないわね……ボクは部屋に戻るよ」

 

暗い顔をして何を言っているのか、諦めが早い。傘がないのだから雨の日はあまり出歩かないのはわかるがもうちょっと信じてほしい。といってもまだ短い付き合いなのだから無理もないだろう。

 

けれど傘は作ってある。楽しませるために外に連れ出したのだ、それを達成するまで変えるつもりは毛頭ない。昔の俺みたいにすぐに諦めているのは気にしないとして、ここは強引に行くしかないだろう。

 

意思の尊重とか考えていたけれどここはもう突っ走って行った方がいいだろう。だからあえて賈駆を無視して話を進める。

 

「ちょっと試したいことがあるからここで待っててもらえるか?」

 

無視してもなるべく安心させたくて、優しく笑いかける。これで安心してくれれば楽なのだけれど表情が晴れる様子はない。

 

「でも雨なんでしょ? それだったらもう……」

 

全く、なんでこうも暗い方に考えが向かうのか……まるで昔の自分そのものを見ている様だ。賈駆は何で今更不幸を撒き散らしているのかはわからないけれど、俺と同じようにトラウマでもあろうのだろうか。

 

不幸ってのは本当にどうしようもないのは分かる。賈駆が傍に居れば1つ目の案件も失敗するだろうし、街にこれから行くけれどそこでも問題が確実に起こる事はまず間違いない。

 

俺はまだ回避の手段があるからいいとしても賈駆にはそれがない、今回守り通すつもりではあるけれど不安は確かにある。だからといって辞める気にはなれない。

 

「飛影!」

 

笑わせたい、だから連れてきた。これから起こる事全てから守り通して最後には幸せな気持ちになって欲しい。

 

俺が出来なかった不幸の日の幸運を賈駆にあげたいのだ。

 

「やっぱり一緒に行こう」

 

言葉に応じて駆けてきた飛影に跨り、賈駆を救い上げる。

 

「まずは紀霊隊のやつに伝言してから、ちょっととりたいものがあるから一度自分の部屋に行くから。街に行くのはその後だな」

「え……街に行くの?」

 

驚いたような、呆れた様な、次は何処か怒った様に顔色を変えていく賈駆を見て思わず苦笑してしまう。賈駆の考えていることは完璧には読み取れないけれど、雨なのに何で行くんだと思ってるのだろう。

 

「最初からいってたろ? 大丈夫だから、遊びに行こう」

 

相も変わらず安心させる様に優しく笑いかける。効果はいまいちだけれど微笑かけないという選択肢はない。

賈駆も相変わらずぶすっとした顔のままだけど、気にせず演習場へと歩みを進めていく。

 

自主訓練している紀霊隊の面々の姿が見えた時だった。

 

「危ない! 紀霊隊長!」

 

そう聞こえて飛んできた剣を片手で白刃取りして受け止める。物騒だと思いながら飛んできた方に視線を向けるとそこには慌ててこちらに向かってくるあっちゃんと憮然とした顔で立っている子萌えがいた。

 

恐らく先ほどまでやり合っていたのだろう。真面目な事はいいことだとは思うけれど注意しないわけにもいかない。

 

「あっちゃん剣は無暗に投げる物じゃない、戦場では命取りだから気を付けろ。それから」

「たたた、隊長! すみません、ほんとにすみません。まさか私の剣がすっぽ抜けるなんて思わなくて! その、あの、首を切るのは甘んじて受けますから嫌わないでください!」

 

なんか慌てすぎて支離滅裂な感じ? というか最後の文前後逆じゃないだろうか。嫌ってもいいから首を切らないでだろう……。ここまで慌てられるとちゃんと伝わっているか不安になる。一度落ち着かせた方がいいと考え笑みを浮かべる。

 

「怒ってないから大丈夫だよ。ちゃんと気をつけろよ、俺じゃなかったら危なかったしな」

「は、はい!」

 

今度はきちんと返事をしてお辞儀をし、慌てて走り去ろうとするあっちゃん。呼びとめるのも可哀そうな気がするが呼び止めないわけにもいかない。

 

「あ、待って。頼みたいことがあるから」

 

あっちゃんを呼び止めると足の動きを止めてズズズーと地面を滑りながら急停止する。漫画みたいな止まり方で少し凄いなと感心しながら、どんだけ慌ててるんだと呆れるという我ながら器用な感情を抱く。

 

「な、なんなりと!」

 

舞い戻ってきてどこかまだ硬い様子であっちゃんが返事をしてくる。

 

「これから雨が降るはずだから、この前一刀と考えたやつがあるんだけど、浄化槽とその水の貯水のために作った桶、これから試してみてくれない? 俺はやることがあるから」

「あ、雨ですか? 晴れてるようですが」

「東南から風がふいてるだろ? その東南方角に雨雲が見えてね、風の強さ、湿り具合からいって雨が降るのにさほど時間はかからないから」

「は、はい! そういうことでしたら!」

 

緊張はまだ取れないのか足をもつれさせながら走り去っていく。まだ慌ててるのか……と些か心配になるけれどどうやら気にしなければいけない人間はすぐそばにまだいたようだ。

 

「ボクのせいで……」

 

自分の不幸のせいだと思っている賈駆を落ち込ませないためにあえて笑い、礼を言う。

 

「なるほど、賈駆のおかげで他の人があっちゃんのすっぽ抜けた剣で怪我をせずにすんで、尚且つ俺の用事が早く済んだ。ありがとな」

 

驚きで目を見開き、だらしなく口をあける賈駆を見て笑ってしまう。それを見た賈駆が自分がどんな顔をしていたのか理解し、顔を赤くしてそっぽを向く。

 

「変な奴……」

 

確かに俺は変なやつだろう、昔の俺からしても今の俺は考えられない変な野郎と言える。

 

「これから部屋に戻って傘を取ってくるから飛影と一緒に待ってて、あ、体質のことは気にしないで……きっと飛影がなんとかしてくれるから」

 

飛影のスペックなら多少の事は回避できるはずだ。こいつ何気に凄いから……。

 

俺が考えるべきは傘の事のみ。夢にまで見た相合傘、俺は今光を超える。と馬鹿な事を考えながら自分の部屋へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

こいつの後ろに乗ってしばらく走ってると「危ない! 紀霊隊長!」という声と共にいきなり剣が飛んできた。

 

そしてそれをこいつは見向きもしないで止めて見せた……凄いと思わず呟きそうになり手で口を押えなんとか堪える。部屋にいた時からすこしは思ってたけどこれは異常な気がする。

 

「あっちゃん剣は無暗に投げる物じゃない、戦場では命取りだから気を付けろ。それから」

 

こいつはそれを気にした風もなく、軽く注意するだけに留めている。本当ならもっと重い罰を課す筈なのにそれだけこいつにとってそれは何でも無い事なのだ。

 

「たたた、隊長! すみません、ほんとにすみません。まさか私の剣がすっぽ抜けるなんて思わなくて! その、あの。首を切るのは甘んじて受けますから嫌わないでください!」

 

こいつの部下にしては凄く普通の反応だ。やっぱりこいつが異常すぎるんだと再確認する。

 

あれ? 今この子こいつのことが好きだって半ば暴露してなかった? 気のせいだろうか。いや、確実に言っていたはずだ……こいつは何と答えるのだろうかと興味を抱く。

 

「怒ってないから大丈夫だよ。それにしても気をつけて、俺じゃなかったら危なかったよ」

 

「は、はい!」

 

こともなげに無視してしまった。これが故意に無視した事ではないと短い付き合いながらも分かっている。こいつは本当に分かっていないのだろう、現に今も不思議そうな顔をしているし、なんという鈍感だろうか。

 

今のはほぼ直球だったのに……。そして罰がやはり甘い、目上の者を危険な目にあわせたのにそれを叱るだけに留めるなんてとんでもない事だ、こいつにとっての危険は一体どんなことなのか問いただしたくなる。

 

「あ、待って。頼みたいことがあるから」

「な、なんなりと!」

「これから雨が降るはずだから、この前一刀と考えたやつがあるんだけど、浄化槽とその水の貯水のために作った桶、これから試してみてくれない? 俺はやることがあるから」」

 

浄化槽と貯水するための桶? いつの間にそんなものを考えていたのだろうか、まさかボクに会いに来なかったのもこれのせいなのだろうか?

 

こいつはいつも知らない間に事を進めている気がする。雇い主であるボクに断りもせず、黄巾党を討伐したり、独自の鍛錬法を考えてたり、全部いい方向にことを運んでってしまうからボクは文句が言えないのがなんだか悔しい。

 

「あ、雨ですか? 晴れてるようですが」

 

そういって聞き返してくるこの子の言葉でボクは自覚してしまった。ボクは根拠もないこいつの雨が振るという言葉を鵜呑みにして気落ちしていたのだ。

 

軍師であるボクが確認もせずにそのことを認めてしまっていた。ボクそれだけこいつのことを信頼しているということだ……いつの間にかこいつはボクの心の中に足を踏み入れられたのだ。

 

いままで月とボクだけのその場所にこいつが入り込んできている。不思議とその事が嫌ではない自分に苛立ちを覚える。ボクは月だけでいいのに何を求めているんだろうかと。

 

「東南から風がふいてるだろ? その東南方角に雨雲が見えてね、風の強さ、湿り具合からいってそれほど雨が降るのに時間はさほどかからないから」

 

「は、はい!そういうことなら!」

 

こいつの言葉を聴いて納得する。嫌だけど、既にこいつの事をボクは信頼している事は間違えようもないと心が訴えている。なら確かめなくてはいけない、裏切りに遭う前に

 

「ボクのせいで……」

 

ボクのことをどう思っているのか、どう見ているのか、さっきの事をどう感じているのか知りたい。こいつがボクのこの不幸をどうとらえているのか知りたい。

 

「なるほど、賈のおかげで他の人があっちゃんのすっぽ抜けた剣で怪我をせずにすんで、尚且つ俺の用事が早く済んだ。ありがとな」

 

衝撃が走るというのはこういうことをいうのだろうか……ボクはその答えに心と体が揺さ振られたのがわかってしまった。

 

今までこんな不幸を受ければ誰だってボクを避けてた。誰だってボクをいやな目で見てきた。今までの人生の中で月だけがボクを受け入れてくれる存在だったのに……。なんでこいつは……こうも前向きに、どうしてここまでボクに関わってこられるんだろうか。

 

「変な奴……」

 

知らず知らずのうちに声に出ていた。誰が聞いても失礼な言葉をいわれてもこいつは笑いを浮かべたまま無遠慮に視線をぶつけてくる。

 

「これから部屋に戻って傘を取ってくるから飛影と一緒に待ってて、あ、体質のことは気にしないで……きっと飛影がなんとかしてくれるから」

 

なにをいってるんだろうか、馬がボクの体質をどうこうできるはずなんてないというのに、でも何故か信じることが出来る。ボクにもこいつの馬鹿な能天気さが移ってしまったのかもしれない。

 

こいつにはそれだけの力が、心に動かす何かがあるだと馬から降りて走り出した背中を見ながらそう思ってしまう。

 

しばらく経って、石が飛んできたり、目の前に綾が突っ込んできたり、かごめの矢が飛んできたりしたけど全部この飛影って馬が少し動くだけで避けてしまった。

 

あいつはどれだけのものをもっているというのだろう。あいつだけでもすごいのにこの馬もただの馬じゃない。ボクを気遣ってくれてるのか立ったままぜんぜん動かないし、なにがあってもボクに害が及ばないようにしてくれる。

 

ボクはとんでもないものをいつの間にか拾っていたのかもしれない、文武に秀でて、尚且つ優しく、尚且つ厳しく。そしてなにより頼もしい。

 

月が少し接しただけで気に入るのもわかるというものだ。

 

「あ、お待たせ。結構待ってもらっちゃったかな?」

 

色んなことを考えていたらあいつがいつのまにか戻ってきていた、不幸な日は大抵時間が長く感じるけれどこいついるとそれが無い。

 

「べ、別に……」

「ならよかった、飛影門まで送ってくれるか?」

 

何故門までなのだろうかと疑問に思い、紀霊に目を向けると何か赤いものを持っていた。

 

「それ何?」

「ああ、傘っていうんだ。雨を凌ぐための道具とでもいうかな」

 

なんだか不恰好だけど……手作りなのだろうか? もしそうなら少し嬉しいかもしれない。絶対口には出さないけれど

 

そう思いながらなぜか心は弾んでいくのが良くわかる。

 

不幸な日にこんなに心が弾むなんて……こいつがやっぱり変だからよね。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

急いで部屋に戻って傘を取って戻ってくると先ほどと同じ様に少し不機嫌な顔をした賈駆を見て安堵する。どうやら飛影はきちんと賈駆を守ってくれていたらしい。もしそうでないのならこの場に居ないか鳴きそうな顔をしている事だろう。

 

「あ、お待たせ。結構待ってもらっちゃったかな?」

 

結構待たせたかもなんて思いつつもリア充の常套句をこれ見よがしにいってみる。憧れていたセリフでもあるので嬉恥ずかしといった所だ。

 

「べ、別に……」

 

待たせたことや勝手に突っ走ってることに対しては特に怒ってはいないらしい、よかったよかった。

 

「ならよかった、飛影門まで送ってくれるか?」

 

そう飛影に呼びかけるとすこし頭を下げて答えてくれる。相変わらず賢い、そして可愛い奴だ。

 

「それ何?」

 

飛影に跨りたてがみを撫でていると賈駆が持っている傘を指さして訪ねてきた。さすが軍師殿目の付け所が違います。

 

「ああ、傘っていうんだ。雨を凌ぐための道具とでもいうかな」

 

時期に雨が振るし、その時になれば詳細はわかるだろうと細かな説明は省き、飛影に指示を出して歩みを進めていく。

 

賈殿が先ほどとは打って変って何処か嬉しそうで、その嬉しそうな姿をみて俺も満足する。そんな少しぽかぽかする雰囲気を保ったまま飛影に上でゆったりと門まで進んでいく。ここで急がないあたり飛影は空気が読めるいい馬だと思う。

 

門について飛影に礼をいって離し、厩舎の方へと走っていくのを見届けた後門の外へと歩みを進めると早速雨が降ってくる。

 

「さてさて本日初お披露目、私自作傘です」

 

少し恍けた口調で傘を広げる。骨組みは木製で、ビニールといったものがないので雨を凌ぐのも薄く切った雨を弾く木の皮を使っている。色が所々赤いのはためしに染められないか試したせいだ。おかげで不格好な外見に拍車がかかっている。

 

といっても空いた少しの時間を駆使してようやく作り上げた作品なのだから仕方ないと言えるだろう。というかそういう事にしてほしい。

 

広げた傘の部分を固定するために紐でぶら下げておいた長方形の木片を手で持つところに空けてある穴へと差し込む。

 

「すごいわね……」

 

傘を開いて固定するまでの作業を見ていた賈駆からそんな感想がもれ出る。やっぱり褒められると嬉しいものだと再確認して微笑む。

 

「濡れちゃうからもっとこっちによっていいよ」

「ま、まぁ濡れるよりはましよね」

 

なんか酷いことを言われたけれど拒絶されなかっただけましだと思うので何も言わない。

 

ぽつぽつと雨が降る街を二人で肩を寄せ合いゆっくり歩いていく。

 

雨宿りしている人たちが奇妙な顔をしてみていたり微笑んでいたり羨ましがっていたり……色んな顔を見せてくれる。そして傘に当たる雨の音が心地よく耳に響いてくる。

 

「雨もそう悪いもんでもないだろ?」

「……そうね」

 

そっぽを向きながら答えてくれる賈駆を見て上手くいっていることに満足する。時折動物の糞とか危ないものが落ちているのでそれを悟られずに誘導し、避けていく。

 

「賈殿に楽しんでいただけて嬉しいよ」

「詠……」

「?」

「詠でいいわよ」

 

どうやら努力が実ったらしい、真名を許してもらうというのはいつになっても嬉しいものである。

 

「わかった。なら俺は時雨でいい」

「わかったわ。時雨」

 

お互いが微笑を浮かべ、今日という一日が幸せのまま締めくくられることを願わずにはいられない。けれどやはり不幸というのはどうしても降りかかって来るらしく、雨に濡れながらも道を塞ぐ輩が出てきてしまった。

 

「よぉ、兄ちゃん。雨の中可愛い子つれていいご身分だねぇ」

 

頭に黄色い頭巾を被った空気の読めない馬鹿どもがやってきた。周りで不安そうに街の人が眺めている。まさか黄巾党の残党がまだいたとは驚きである。

 

「いいご身分の俺に何か用?」

「ぜひ、そのご利益にあずかりたいと思ってね……ヒヒヒ」

 

ゲスが笑うのはいつ見ても気分が悪くなる。けれど俺よりこの事態を気にする奴が今はすぐ傍に居る。心配して横を見ると賈駆が俯いているのがわかる。

 

ああ、本当に空気の読めない奴らだと心の底から思う、せっかくいい感じだったのに全部ぶち壊してくれたのだから。

 

何かが飛んでくるぐらい構わない、俺がすべて止めるのだから、何か期待ない物や刃物が落ちていたところで俺が誘導して避ければいい、けれど絡むのだけは避けられない。

 

どうしても対処が絡んだ後になってしまうからだ。

 

「お前らがここで引いて全うな道を歩むのならこの傘ぐらいはやってもいいぞ? けど女の子は自分の手で惚れさせなきゃいけないけだろうがよ」

 

力量差を分からせるためにあえて殺気を放つ。相手が怯んでいるのがわかる……がやはりクズはクズだった言う事なのだろうか、蛮勇をふるって睨み返してきているのだから。

 

「ックソが、調子に乗るなよ」

 

震える足で体を支えつつ、こちら剣を向ける黄巾党のむさ苦しい男ども。その勇気を違うことに使えばいいのにと思わずにはいられない。

 

「詠、出来れば傘を持ってて欲しいんだけど?」

 

何処か気落ちしている詠に笑いかけて傘を渡す。

 

「わかってるわよ」

 

折角笑って貰えたのにこんな顔にしてしまった自分が情けない。そして目の前のこいつらが憎い、とてもじゃないが許すわけにはいかない。

 

「一瞬だ、それだけしかお前たちに与える時間はない。せめて今この瞬間祈っておけ」

 

言い終わると同時に俺は小刀を抜刀、それと同時に黄巾党の首を切り裂き、血しぶきが辺り一面に吹き出る。

 

崩れ落ちる黄巾党の兵士……そしてそれを見て今更怯え、逃げようとする他の残党を見て顔をゆがませる。

 

逃がすわけがないだろう。お前らは逃げるチャンスを不意にし、俺を不機嫌に刺せたのだから

 

「霧雨」

 

気配を一瞬にして回りに同化させ、相手が改めて認識する前に距離を詰め小刀を乱舞させる。舞い落ちる血の雨が命の消えた数を物語る。

 

霧雨、俺に本来技などは必要ないのだけれど誰かに教える際は技として教えた方が効率がいい、これは紀霊隊の面々にそのうち教える予定の技の一つである。

 

全ての残党を残らず処刑し終えて詠に振り返り頭をポリポリかきながら苦笑を浮かべる。

 

「なんだか街で出歩く空気でもなくなっちゃったな……。すまない詠」

「別にいいわ、ボクも思ったより……」

「何?」

「なんでもない! それより戻って政務を手伝ってもらうわよ!」

「うへ、やぶ蛇だった」

 

詠はどこか寂しそうに、そして嬉しそうにしながら傘を持って城へと走り戻っていく。途中バナナの皮で滑って転びそうになっているのを笑いながら見て、その後ろを俺は雨で血を流しながらついていった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

「すごいわね……」

 

傘というものにはとても驚かされた。これなら雨に困る必要もない、簡単な発想だけれどなかなか思いつけるものではない。

 

「濡れちゃうからもっとこっちによっていいよ」

 

感心していると傘を手に持って隣に並ぶように示唆する紀霊を見て困惑する。あの場所へ行けば確実に肩が当たる。けれど雨にぬれるよりはマシかも知れないと自分に言い聞かせる。

 

「ま、まぁ濡れるよりはましよね」

 

近づいてみて分かったがこれは想像以上だ。肩が少し触れ合う程度の距離だとどちらかが傘の外へと飛び出してしまう。紀霊の肩がぬれているのを見てこっち引き寄せる。

 

近づいて感じるこいつの息遣い、暖かさに少しだけドキドキしてしまう。

 

ああ……ボクどうしちゃったんだろ。どうせならこいつを一人雨の中に立たせてやる事だって出来るのに何をしているんだろうか。

 

きっとこいつの傍にいると見えないものまで見えてくるからボクはあえて近くに寄ったんだ。街の人のこちらを見る顔……いつもみたいに嫌なものじゃなくて、暖かくて。これが人なんだって思えてしまうから。

 

そしてゆっくりと流れる時間がいつもよりも心地よく、雨の音がリズムよく傘を打ち鳴らすのも楽しい。

 

「雨もそう悪いもんでもないだろ?」

「……そうね」

 

図星だ。だけど素直に反応するのもなんなのでそっぽを向きながら肯定する。というより顔が少し赤くなっているのが自覚できているのだからそうせざるをえない……こんなの卑怯だ。

 

「賈殿に楽しんでいただけて嬉しいよ」

 

優しく笑いかけてくる。でもなんだか名前がもどかしく感じてしまう。どうして今更そんなことが気になるのか自分でも不思議だ。こんなのは本当に月に出会った時以来だ。

 

「詠……」

「?」

「詠でいいわよ」

 

そうしていつの間にか真名を許してた。月と出会った時もそうだったように

 

「わかった。なら俺は時雨でいい」

「わかったわ。時雨」

 

真名を許したのだから詠って呼ばれることを期待したっていいじゃない……なのに目の前に黄巾党が現れてしまった。そういえば今日は不幸の日だったと顔を俯けながら今更ながらに思い出す。

 

「よぉ、兄ちゃん。雨の中可愛い子つれていいご身分だねぇ」

 

せっかくこんな日でも楽しかったのに……なんでこうなってしまうんだろうか。

 

「いいご身分の俺に何か用?」

「ぜひ、そのご利益にあずかりたいと思ってね……ヒヒヒ」

 

こんな屑に邪魔されるなんて、時雨にも迷惑をかけてしまうのが嫌でたまらない。

 

「お前らがここで引いてまっとうな道を歩むのなら預からせてやってもいいぞ?まぁ女の子は自分の手で惚れさせなきゃいけないけどね」

 

言葉を言うと同時に膨大な、震えてしまいそうな殺気が時雨から放たれるのがわかる。今時雨はこいつらに選択の余地を与えているのだ。甘い時雨の考えそうなことだと思いながら顔を俯けたまま苦笑してしまう。

 

「ックソが、調子に乗るなよ」

 

そんな意図にも気づかずに、こいつらは時雨には向かった・・・・こいつらのために時雨はまた心に傷を負うのかと思うとなんだか苦しくて

 

「詠、出来れば傘を持ってて欲しいんだけど?」

 

優しいからこそ苦しいはずなのに笑ってボクにそういってくる姿が眩しくて、ボクの心を締め付ける。

 

「わかってるわよ」

 

思わずぶっきらぼうに返してしまう自分が嫌になる。もうボクの中で時雨は月と同じなのだ、迷惑をもっともかけたくない人の1人になってしまった。

 

「一瞬だ、それだけしかお前たちに与える時間はない。せめて今この瞬間祈っておけ」

 

これも時雨の情けだと分かる。痛めつけることはしないで一瞬で命を刈り取っていく。

 

雨の中で時雨が舞っていく、その姿は何処か悲しそうだった。

 

二振りの小さい剣のようなものを使って、本当に一瞬の内に切り伏せていく。その中から逃げる黄巾党に時雨が視線を向けると小さな呟きが耳に届いた。

 

「霧雨」

 

次の瞬間には時雨の姿が認識できなくなった。そして認識出来た時には時雨は血の雨に打たれ、佇んでいた。

 

思わずその姿に魅入ってしまった。儚くて、でもどこか綺麗なその姿に……そしてこっちを見ながら微笑みにドキっとしてしまう。我ながらどうしようもない、心を許してしまえばここまで無防備になってしまうのだから。

 

「なんだか街で出歩く空気でもなくなっちゃったな……。すまない詠」

 

別に元々いつもと変わらず部屋に引きこもっているつもりだったボクを引っ張り出しておいて、そしてあんな楽しい気持ちにさせておいて良く言うものだ。確かに辛い思いもしたけれど、今日という日は掛替えのないものになった事は確かだからそんな事は言わないで欲しい。

 

「別にいいわ、ボクも思ったより……」

「何?」

 

思わず言いかけた言葉を飲み込んで苦し紛れに後ろを向いて時雨の嫌がりそうな話を出す。まだ月に対する様には素直になることが出来ない。

 

「なんでもない! それより戻って政務を手伝ってもらうわよ!」

「うへ、やぶ蛇だった」

 

なんていいながら後ろからついてくるのがわかる。体が火照って仕方ないから走り出して気づかれない様に先行する。

 

この時間が終わってしまうのがなんだか寂しいけど、背中についてきてくれている時雨を思いながらどこか嬉しい気持ちも感じていた。

 

帰ったら月にいわないといけないかも

 

ボクにも新しい大切な人が出来たって………。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

ボクは帰った後時雨に浄化槽と桶の報告を聞き、賈駆の不幸がまた役に立ったなと言われて照れてしまった。

 

その照れを隠すためにほとんどの政務を時雨に押し付けてしまったけれど、今日まで約束を引き延ばしたこいつのせいなんだから……別にいいわよね。

 

 

 

―――――――――――――――――――

■後書き■

遅くなりましたが何とか更新です。

もうこれ何度書き直したか……PCフリーズしすぎ、本当に疲れた。

 

書ける時間も仕事でどんどん削られてるから困ったもんです。

 

そういえばリリカルなのは投稿しようと思ってたハーメルンが死んでますね。どうしたものかと思っていますがもしかしたらTINAMIに投稿するかも、といっても旅の始まりが完結すればの話ですけどね。

 

今回賈駆が少し幼くなっている様な気がしないでもないですが、楽しめて頂けたなら幸いです。

これからも頑張るのでよろしくです。


 
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