No.461234

落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 ⅷ

ありむらさん

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。
あと私の描く一刀さんは少々お強くあります。苦手な方はごめんなさい。
今回は季衣、流琉の回です。
次回、もう一度キャラ回をはさんで、黄巾へ向かいます。

2012-07-28 19:38:35 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:10243   閲覧ユーザー数:8120

【ⅷ】

 

 

「ひええー、もう勘弁ー。ふぁぁぁぁぁ、ねみぃ」

 一刀はそう云い放つと、ついでに大きな欠伸も中空に放つ。目の前に厳然とそびえ立つのは資料の山、陳留に帰ってまだ二日だと云うのに、すでにこの激務である。

「うっさいわよ、この全身性器男! 口を動かしている暇があるなら、手を動かしなさいよ!」

 書簡の山の向こうから荀彧の怒号が飛んでくる。ただその小柄な体躯が見えようはずもなく、一刀は何やら荀彧のお化けと話しているような気になる。

「だが驚いたぞ北郷。まさかここまで文官仕事が出来ようとはな」

 次に届いたのは夏侯淵の声――勿論、山の向こうからである。

「いや、驚いたのは俺だよ。夏侯淵、きみ武官じゃないのか?」

「うむ。そうなのだがな」

「秋蘭は文官仕事も出来るのよ。今は華琳さまが州牧を引き継がれて間もないし、人手が足りてないの。前の州牧が抱えていた文官たちは軒並み使えないし。あー、もう! イライラする!」

 声を荒げる荀彧をこれ以上刺激するまいと、一刀は気合を入れ直して仕事に取り掛かる。

「そう云えば北郷――」

 夏侯淵が語りかけてくるが、その調子からするに、手は動かしたままなのだろう。一刀も書類から目を離すことなく答える。

「んー、なに?」

「北郷は、武芸の心得があるのか?」

「一応ってくらい。護身術程度だ」

 そう答えるうちにも、一刀は二通の書類を片付けて脇に積む。風がいればもう少し楽なのだろうけれど、風は曹操、夏候惇と共に市街の視察に出かけていた。

「気になるか? 夏侯淵」

「うむ。盗賊討伐で囮役を買って出たくらいだから、どれほどのものかと思ってな」

「こいつは逃げ足だけよ。その逃げ足も大したことなかったけどね」

 荀彧が小馬鹿にしたように云う。

「う……あれは敵の馬が異常に速かったからだよ。黒王号は流石に反則だろ」

「黒王号? あんた、あの馬にそんな偉そうな名前付けたの?」

「ふふ、中々良いではないか。あれほどの馬はそうそういまい。大きくしなやかで美しい。華琳さまも絶影がいなければ欲しがられたかもしれぬ」

「絶影って、曹操の馬だっけ?」

「うむ。北郷の黒王ほど大きくはないが、とても美しい馬だぞ。北郷はまだ見てないのか?」

「遠目に見た気はするんだけど――」

 ぼんやりと一昨日の行軍を思い出す。ただ、本陣を引き払ってから曹操の近くにはいなかったから、絶影と云う馬の印象はあまりなかった。

「それより北郷、あんた流琉の処分は決めたの?」

「ああ。曹操に報告して、昨日の夜云い渡してきた」

「あんたまさか、おかしな罰にしたんじゃないでしょうね」

 訝るような声で荀彧が問うてくる。その間も勿論、一刀は書類を処理し続けている。他のふたりも同様だろう。

「おかしな罰ってなんだよ」 

「あんたが考える罰なんて、どうせ変態な罰に決まってるわ。流琉みたいな幼い子に――この鬼畜!」

「おいおい待てよ。勝手な妄想で突っ走るなって。至極まっとうな罰にしたさ」

「じゃあ云ってみなさいよ。あんたの云う、そのまっとうな罰っての」

 ふん、と鼻を鳴らし荀彧は云う。

 いずれ分かることだろうからと、一刀が答えようとしたその時――三人が作業する部屋の外から喧しい足音が近づいてきた。

 その足音の主は部屋の前で慌てて止まると、勢いよく扉を開く。

「兄ちゃんッ!!」

 許褚である。

「季衣、今は仕事中だ」

 夏侯淵がたしなめるように云う。

「でも秋蘭さま! 流琉が!」

「北郷、あんたやっぱり……」

 荀彧から軽蔑の声が飛んでくる。

 ――やれやれ。

 ため息ひとつ、一刀は頭をかく。許褚がこうしてやって来ることは、半ば予想がついていた。流琉の処分の内容を聞けば、彼女はきっと気に食わぬだろうと、想像するのは容易かったのだ。

「北郷、一体どんな罰を流琉に科したのだ?」

 夏侯淵が問う。内容が気になると云うよりは、許褚をなだめるためだろう。

「ああ。無期限謹慎」

「へえ……」

 以外にも、荀彧から感心したような声が上がった。

「精液まみれ男にしては、中々やるじゃない」

「うむ。華琳さまもご満足なされているだろう」 

 そんなふたりの言葉に、不満げに唸る許褚である。

「どうしてですかッ? 流琉は兄ちゃんを助けに行ったのに――兄ちゃん、酷いよ」

「季衣、それは違うのよ」

 荀彧は諭すような優しい声で云う。自分と話すときもそんな声でお願いしたいなあ、と思いながら、一刀は荀彧の言葉を待った。

「信賞必罰――賞すべき功績のある者には必ず賞を与え、罪を犯し、罰すべき者は必ず罰する。華琳さまはこれを徹底してこられたわ。軍規違反は特に厳しく罰せられた。そこに兵卒と将の区別はなかったわ。流琉は加入して間もないからこれまでの功績もないし、華琳さまも厳しく罰せざるを得なかった」

 そこで荀彧が言葉をいったん切った。

「でも華琳さまがそうなさりたくなかったのも事実。流琉はまだ幼いし、じっくり育てたいと思っておられた。ただ、相応の罰を与えないのでは兵たちに示しがつかない。そこで、どこかの馬鹿が空気を読んだってわけ」

「……へ?」

 許褚が間の抜けた声を出す。

「褒賞として懲罰権をそこの変態男に与えて、流琉への加罰を委任してしまえば、そいつがどんな罰を与えても、華琳さまが撤回なさらないのは勿論、他の兵卒が文句を云うことも出来ない。北郷が即興の騎馬部隊を一騎たりとも失わなかったのは事実だし、追撃の夏候惇隊、夏侯淵隊に被害がほとんどなかったのも事実。きちんと戦功上げたんだもの、兵たちも北郷には一目置いているみたいだし、こいつが科した罰なら不満も出ないでしょう」

「で、でも桂花さま、あの時反対してたんじゃ――」

「あそこで私が反対しなければ、首脳陣がぐるになって流琉を甘やかしていると思われるでしょう? 華琳さまの前には、流琉を庇おうとする側の者とそうでない側の者の二役が必要だったのよ。両者の意見を聞いた上で公平な判断を下した――そう云う体裁が必要だったと云うわけ」

「つまりだ、季衣。桂花は北郷の意図を読んで、一芝居打ったと、そう云うことなのだよ」 

 許褚はそれでも納得がいかない部分があるらしい。

「で、でも――無期限の謹慎だなんて」

「季衣。それが今回の一番の肝なのだ」

「……どう云うことですか?」

「うむ、無期限と云うことは期限が定まっていないと云うことだが、永遠に謹慎となるわけではあるまい?」

 夏侯淵の問うような声に「……はい」と、事態が未だ見えぬらしい許褚の声が答える。

「ではな、季衣。その期限は誰が決めると思う」

「華琳さまですか?」

「いや、今回期限を決めるのは、懲罰権者である北郷だ」

「……へ」

「つまりね、この変態がおしまいって云えば、それで謹慎もおしまいになるのよ。まあ、一日二日では済まないでしょうけれどね」

 結論を荀彧が述べる。

「それに今回のことは流琉にとってもいい勉強になったのではないかしら。自分が助けようとした北郷から罰を云い渡される――理不尽なようだけれど、それだけに軍規の厳しさを理解したはず。次からは二度と同じ過ちはしないでしょう。結果的には、それが流琉を守ることになるのよ」

「うむ。それに北郷は昨夜遅くまで何やら作業をしていたらしいからな」

「げ、知ってたのか」

「ふふ、部屋の明かりがずっとついていた。察するに、謹慎中の流琉が退屈しないよう、何か考えていたのではないか?」

 珍しく茶化すような夏侯淵の声に、一刀は苦笑する。

「曹操から流琉は料理が好きだって聞いてさ。天の国の料理について、ちょっと纏めてたんだ。暇つぶしにはもってこいだろ?」

「へえ、性欲爆発男にしては気が利くじゃない。でも――どんな理由があろうと仕事中にあくびはやめてよね」

「……すみません」

「まあ、そう云うことだ季衣。北郷は流琉が憎くて謹慎にしたわけじゃない。分かったか?」

 暫しの沈黙があった。

「あの……兄ちゃん?」

「んー? なに?」

「ごめんなさい。ボク……その」

「別に許褚が謝ることじゃないさ。さぁーて、もう昼休みだ。飯でも食いに行くか」

「――うん!」

 許褚から明るい声が返ってくる。

「荀彧と夏侯淵はどうする?」

「私があなたと食事を共にするわけないでしょ」

「ごもっとも」

「ふむ。私も遠慮しておこう。きりのいいところまで済ませてしまうよ」

「そうか」

 一刀はひと息つくと、筆をおき机を立つ。それから書簡の山脈を抜けて、許褚の待つ戸口へと向かった。

「へへへ……」

 照れ臭そうに笑いながら、許褚が手を握ってくる。

「兄ちゃん、行こ?」

 許褚の言葉に微笑みで応えると、一刀は城を後にして、街へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 流琉は寝台に寝転がりながら、一冊の本を眺めていた。記されている文字の線が妙に細いのは、『ぺん』と云う道具で書かれたものだかららしい。

 その本は北郷一刀が記したもので――天の国の料理について詳しく解説されていた。分かり易い図も描かれており、実際その料理がどのようなものなのかよく分かる。

『天上料理白書』と題されたその本は、きっと町中の料理人が欲しがるのではないかと思う。中には手に入りづらい食材を用いる料理もあったが、その場合は代わりになる食材が示されていたりする。また料理の難易度、所要時間などの目安も付されていた。隙のない、緻密な料理本だった。

 ――無期限の謹慎に処す。

 一刀の言葉がよみがえる。

 彼の意図していたところは、何となく分かっていた。きっと自分をかばってくれたのだろうなと、流琉はおぼろげながらに気付いていた。

 だから、それが情けないやら、申し訳ないやら。

 二度と同じ失敗はすまいと思ったところで、過去のあやまちを拭い去ることが出来るはずもない。もし自分が熱くなって軍規違反を冒さなければ、一刀はもっと別に褒賞を得ていたはずなのだ。

「……らしくないよね」

 無鉄砲に飛び出して叱られるのは、季衣の役割だったはずなのに――そんなことを思って自嘲する。自分もあの娘と大して変わらないではないかと。

 何かと危なっかしい季衣を見ているうち、大の親友でありながら、どこか彼女の姉になったような気になっていた。自分が周りをよく見て、季衣を支えてやらねばならないと思っていた。

 とんだ笑い話だ。

 事実、こうしてお仕置きを受けているのは、季衣ではなく自分で――それも、一刀がかばってくれたおかげで厳罰を免れていると云う始末。

 おまけに暇をつぶすための『天上料理白書』まで用意してもらって。これでは何が罰なのか、分からなくなりそうだった。

 もし――と。

 流琉は寝返りを打ちながら、考える。

 もし。

 自分のことがなかったならば、一刀は一体、褒美に何を望んだのだろう。

 金銭。

 宝物。

 美酒。

 美食。

 地位。

 待遇。

 どれも違う気がする。

「……美女、とか?」

 そんなことを考えて、慌てて首を振る。

「まさか、兄様に限って……まさか、ね」 

 では、彼は一体何を欲するのだろう。

 北郷一刀と出会ってまだ数日であるから、当然のことなのかもしれないが――彼はよく分からない人物だ。

 否、もっと的確な表現をするならば、分かり易すぎる。

 好青年――この言葉に集約されすぎてしまう。

 優しく、穏やかで、聡明で、勇敢で――どれもこれも、彼の特徴は短い言葉で十分に表現できてしまう。

 作り物めいている。

 だからよく分からなくなる。

 自分が真名を預けたあの男性は、一体どんな人物なのか。

 それを考えれば考えるほど、思考は底なし沼にはまったように、ずぶずぶとどうしようもないところへ沈んで行ってしまう。

 ただ、彼だけが特別なのではないかもしれないと、思ったりもする。

 人間と云う生き物は、きっとよく分からないものなのだと。

 だから、相手のことを知りたいと思うし、自分のことを知ってほしいと思う。

 そうやって、人間は繋がっていくのだ。

 だから、北郷一刀のことがよく分からぬとしても、流琉はそれに対して嫌悪の情を抱いたりはしなかった。

 むしろ、理解できないこと、知らないことのある方が、その相手と親しく繋がっていられる気がした。

 けれどもそうすると、矛盾してしまうなあと思う。

 不知、不理解があってこそ繋がっていられるとするなら、繋がっていたいと思う自分と、知りたいと思う自分が、胸の奥で矛盾している。

「……どうなんだろう」

 一刀のくれた本に視線を落とす流琉であったが、その目は文字を読んではいなかった。

 ――知りたいと思ってしまっていいのかな。

 いい、はずだ。

 何故なら、いくら望んだところで他の人間のことを全て知ってしまうことなど出来はしないのだから。それは相手が一刀だろうが季衣だろうが同じことで――だからこそ、知りたいと思い続けること、理解したいと願い続けることが、大切なのだと思う。

 手始めに――と。

 今度は真剣に『天上料理白書』を読み始める。

「兄様は、どれが好きなんだろう」

 そう、手始めに。

 彼の好きな食べ物を知ろう。

 そしてこの謹慎が解けたあかつきには、詫びと礼をかねて、彼に料理をふるまいたいと思う。

 

 ――美味しいって云ってくれるかな。

 

 そんなことを思いながら、流琉は本をめくっていった。

 

 

 

「流琉に、お土産でも買っていこうか?」

 

 気にはなっていた。

 流琉は、どうやら彼に真名を預けたらしい。それがいつであったのかは分からないけれど、気が付いた時には、彼は流琉のことを真名で呼んでいた。流琉の方は『兄様』と。少しおいてけぼりを食ったような気がして、寂しかった。

 ただ、真名は自分で預けてよいと判断した人物に預けるもの。友達同士で相談して、せいので預けるものでないことは、分かっている。

 だから、自分で考えて、預けることにした。この人になら、真名を呼ばせてもいいと。

「ねえ兄ちゃん」

 そう呼ぶと、彼はどんぶりからつまみ上げた麺を咥えたまま、視線で返事をしてくる。戦場では凛々しく見えた彼の、そんな一面はどこか間抜けで、可笑しかった。

「んぐ、なんだ?」

 麺を飲みこんだ彼は小首を傾げてこちらを見ている。その優しげな眼差しは、ずっと見ていたくなるような暖かさを孕んでいて、この人が本当に自分の『兄ちゃん』になってくれたなら、どんなにいいだろうと思ってしまう。そうなればいいなと、そうなってほしいなと、思ってしまう。

「あのさ」

「うん」

「ボクのこと――季衣って呼んでもいいよ」

 云うと彼の目が丸く開いて、そのまま固まってしまった。

「兄ちゃん?」

「ん? え、ああ」

 どうしたのだろう――戸惑った様子の彼に、こちらまで不安になってきてしまう。店の中に満ちた喧騒が、遠くに聞こえる。

 文官執務室を出た後、昼食をとるため一刀ともに街に繰り出した。彼は村で出会った時と何ら変わりなく、優しげな笑顔をたたえて、そっとこちらの手を引いてくれた。

 彼の手は思ったよりも大きくて、こちらの手はすっぽりと包まれてしまった。

 散々迷った挙句、選んだのは随分と賑わっていた一軒のラーメン屋。彼が一杯食べる間に五杯を平らげると、彼は呆れたように笑っていた。

 そんな彼は今、替え玉を頼んだばかりで――ただ、こちらの云った言葉に、箸を止めてしまっている。

 ――嫌、だったのかな。

 そんな思いが浮かんでくる。

 彼はこうして昼食に連れ出してくれたけれど、本当は怒っているのかもしれない。

 そうだとしても仕方がない。先に怒ったのは自分で、さらにその怒りはまるで見当違いだったのだ。挙句、「酷い」だなどと云ってしまう始末。もう少し、流琉のように、いろいろなことを考えられるようになればいいのにと思う。

 ふたりの間に流れた沈黙は数瞬のことだったのだろうけれど、許褚にとってそれは一刻にも等しい時間に思えた。

「嫌――?」

「え?」

「兄ちゃん、ボクの真名なんて呼びたくない?」

 不安をぬぐうための問いかけであるのに、問うほどに不安になるのは何故だろう。ただ、その問いに、彼は優しく首を横に振った。

「まさか。ただ急な話だったんで、面食らっただけさ。麺だけにな?」

 片眼を閉じて、一刀はそんな下らないことを云う。 

「兄ちゃん、怒ってない?」

「俺が? どうして?」

「だって、さっき――」

 そう云いかけると、彼は苦く笑んで、そっとこちらの頭を撫でてくれた。

「そんなこと気にしてたのか。別に怒ってないよ」

「ほんと?」

「ああ、ほんとさ。だからそんな顔しないでくれな、季衣」

 はっと、季衣の胸の奥が跳ねた。

 純粋に嬉しかった。

 先刻のやり取りが、許されたような気になる。嫌われているかもしれないと、そんな不安も吹き飛ぶ。

「ねえ、兄ちゃん」

「ん?」

「もっかい呼んで。もっかい!」

「いいぞ――季衣」

 気分が浮き浮きしてくる。真名を呼ばれると、一刀が自分の本当の『兄ちゃん』になったように感じる。彼をとても近くに感じる。

「へへへー」

 だらしなく笑ってしまうそんな自分を、一刀は楽しげに見ている。きっと周りから見れば、普通の光景なのかもしれないけれど、季衣にとっては特別なひと時だった。

「よーし! 食べるぞー!」

「ええ! まだ食うのか?」

「勿論! これの後にはおやつも食べたいな! ねえ兄ちゃん、いいでしょ?」 

 こうしておねだりしてみるのも、本当の『兄妹』のようで悪くない。

「いや別にかまわないけどさ……腹壊すなよ?」

「大丈夫だって!」

 言葉を交わすたびに、どんどん楽しくなる。

 だからその気分の良さに任せて――。

「おっちゃん! 倍々ラーメン、ネギメンマチャーシューてんこ盛りで!」

 季衣はそんな注文をしてみるのだ。

 

 

 

 流琉への土産は桃饅にした。露店で売っていたのが実に美味しそうだったからだ。勿論自分の分も買って、季衣は今それを頬張っている。こんなに美味しいのに、一刀は食べないらしい。彼は随分と小食のようだ。

 そんなことを思いながら、一刀の傍ら、季衣は大通りを行く。

 と、そんな季衣の目に留まったものがあった。

「見て、兄ちゃん!」

「ん? どれ?」

 彼の視線を促すように指をさす。その先では、旅芸人が歌や踊りを披露していた。姉妹だろうか、女の三人組である。

「ね、ちょっと見て行こうよ」

「そうだな、昼休みはもう少しあるだろうし」

 一刀も同意してくれる。旅芸人のまわりには、それなりに人だかりができていて、季衣の背丈では、近くによるとよく見えなくなってしまう。

 ただ――。

「わ、ひゃ!」

 それを察したのか、背後を一度確かめた一刀が肩車をしてくれる。きっと後ろに人がいないか確認したのだ。

「季衣、これで見えるか?」

「うん! ありがと、兄ちゃん」

 近くで見ると、三人組の旅芸人はより輝いて見えた。白と黄色を基調にした衣装が日差しの中で眩しく煌めいている。

「じゃあ、次の曲聞いてくださーい!」

 三人組の中央、最も年長らしい娘の掛け声の後、歌が始まる。聞いたことのない歌だったが、自然と身体が動き出しそうになる、いい歌だった。

 昼間の陽気の中、三人娘の歌声が響いている。

 それから三曲、四曲と聞き入っていた。

 けれども――。

「いっけね! そろそろ戻らないと」

 突然一刀が慌てだす。そう云えば、彼には山のような仕事が待ち受けていたのだった。季衣は、ひらりと一刀の方から舞い降りる。

「俺は戻るけど、季衣はどうする?」

「うーん、ボクも兄ちゃんと戻るよ。流琉に桃饅届けないと」

「そっか」

 笑んだ一刀と並んで歩きだす。背後では曲が終わったのか、三人姉妹が漫談のようなものを始め出した。曲と曲の間に、ひと息入れるためのものなのだろうか。

 気にならないでもなかったが、季衣は振り返らず、城への道を行く。

 そう、ふりかえるつもりはなかったのだが――。

「ちょ、ちょっと! 何するのよ!」

 そんな鋭い声が、季衣の後ろ髪を強く引いた。

 鋭く振り返る。

 声を上げたのは三人のうち、髪をひとつに結った娘で――その声はどうやら彼女らに迫ろうとしている男たちに向けられているようだった。

 男たちは皆、黄色い布を身につけていて、それが少し異様だった。

「ちょっと、さわるの禁止!」

 云いつつ気の強うそうな彼女は、他の二人を庇うように立ちふさがる。

 刹那、隣に立っていた一刀が駆け出す。彼はそのまま、男たちと娘の間に割って入った。

「おい、何してる」

「ああ? 何だてめえ」

 男たちは七人、否、八人はいるだろうか。一刀は軍師であって、武官ではない。季衣は一刀を守ろうと駆け出す。

「兄ちゃん!」

 一刀の元に駆けよると男たちが睨み付けてくる。

「クソガキ、てめえも邪魔してんじゃねえ。俺たちは応援団なんだよ。てんほーちゃんたちと仲よくする権利があんだ。分かったらさっさとさがれや」

 こちらをなめきった視線で見下す男を睨み返す。

「そう云うわけにはいかないな。俺たちはここの州牧に仕える者だ。治安を乱すものを許すわけにはいかない」

「ボクだって、曹操さまの家臣なんだから!」

 云うと、男たちがへらへらと笑う。

「は! そんなハッタリに掛かるかよ! てめえらみてえな、ガキと優男がそんなわけねえだろが」

 げらげらと笑う男たち。

「やれやれ」

 一刀が額に手を当てて呆れている。

「兄ちゃん」

「ん?」

「ボクがやっつけるよ」

「ひとりで大丈夫か?」

「熊や虎より全然楽勝だって。任せといて」

 そう云って、季衣は男たちに立ちはだかる。

 ――兄ちゃんはボクが守る!

「は! ガキが、やろうってのか?」

「へん! その余裕も今のうちだよ!」

 男の腹に蹴りを一撃お見舞いする。すると男は悶絶し、その場に倒れ込んだ。他の男たちはたちまちに表情を変え、こちらを取り囲もうとする。

 しかし、そうはさせない。

 季衣は男のひとりの腕をつかむと、思い切り振り上げた。高々と振り上げられた男は間抜けな声を上げたまま、口がふさがらないらしい。

「気を付けないと、舌をかむよ!」

 季衣はそのまま腕力に任せ、まるで棍棒のように男の身体をぶんと振るい、他の男たちを次々と薙ぎ払った。

 あっと云う間に、大通りには死屍累々の体となった男たちが転がる。

 するとその騒ぎを駆けつけたのか、警邏の兵士たちが駆けつけてくる。その兵士たちは、盗賊退治の際に本陣に詰めていた者たちで、季衣も顔を覚えていた。

 兵士のひとりが礼をとり、前に出る。

「これは許褚さま。北郷さま。すみません、お手を煩わせてしまって」

「ううん、大丈夫。お仕事ご苦労さま」

「は、お言葉、痛み入りまする」

 兵士は再び礼をすると、黄色い布の男たちを捕縛するよう指示を出し始めた。その作業も瞬く間に完了する。

「では我々はこれで」

「うん、じゃあねー」

 手を振って兵士たちを見送る。

 ふと、一刀が静かなのに気が付いた。

「兄ちゃん?」

 呼べども返事がない。

 ただ彼は、黄色い布の男たちが連れて行かれた方をずっと見ていた。

「兄ちゃんってば」

「ん? ああ、なに?」

「ねえ、変なやつらだったね。みんな黄色い布付けてたよ」

「――そうだな」

 一刀は視線をそらさぬまま答えてくる。

 それほど気になるのだろうか。

 その後、旅芸人の姉妹が礼を云ってきたが、ずっと一刀は上の空と云った感じだった。

 ただ、帰り道――。

 

「黄巾党――か?」

 

 一刀はそんなことを呟いていた。

 

 

《あとがき》

 

 ありむらです。

 まずは、ここまで読んでくださっている読者の皆様、コメントを下さったかた、支援をくださった方、お気に入りにしてくださっている方、メッセージをくださった方、えっとそれから……兎に角応援して下さっている皆様、本当にありがとうございます。

 皆様のお声が、ありむらの活力となっております。

 

 今回は盗賊討伐から帰ってきてからの日常篇です。

 ここで真名三人目。季衣さんですね。なんだかんだ云って、流琉に先を越されたのが悔しかった季衣さんです。

 

 それからそろそろ黄巾の足音がしてきています。本格的に討伐が始まるのは次々回です、たぶん。

 

 あと、前回少々誤解があったようなんで解説しておきますと、流琉は一刀のものになっていません。一刀さんが得たのは『懲罰権』ですね。

 

 さて、では今回はこの辺で。

 

 コメント、感想、支援などなどじゃんじゃんください。とても嬉しく思っています。

 どんどんください。

 どしどしください。

 

 これからも応援よろしくお願いします。

 

 次回も、こうご期待!!

 

 ありむら

 

 

 


 
このエントリーをはてなブックマークに追加
 
 
67
1

コメントの閲覧と書き込みにはログインが必要です。

この作品について報告する

追加するフォルダを選択