No.454547

GIOGAME 5

Anacletusさん

新たな少女の襲来。
そして、青年と少女には新たな仕事が舞い込みます。
それが陰謀へと誘われていく契機になるとも知らずに・・・。

2012-07-17 08:54:57 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:325   閲覧ユーザー数:319

第五話 風車と狂気

 

「ふんふんふふ~~ん♪」

何処にでも在る高校の何処にでも居る女子高生『布深朱憐』(ふみ・しゅれん)は上機嫌に未だ朝早い道を急いでいた。

亜麻色の完全な縦ロールが左右に三つずつ燦然と頭の後ろに輝く姿は正にチョココロネを思わせる。

スレンダー『過ぎる』体型を覗けば、顔の良さは近隣の高校の中でも群を抜いている。

しかし、決定的に今時の洒落た高校生と違うのはそのチョココロネでも顔でもない。

化粧っ気や洒落っ気の無さだった。

最低限の手入れはされているが、まったくのノーメイク。

最低限の身嗜みはあるが、まったくの装飾品絶無状態。

高校の制服を正しく着こなし、鞄も新品を絵に書いたように綺麗で小物も付いていない。

高校一年生という事を除いてもまっさら過ぎる様態はある種の人間達にすると「自分色」に染めたくなる程の無垢さで、夏の朝日に照らされた朱憐はキラキラと何らかの粒子でも放射していそうな笑みで道を急ぐ。

その嬉しそうな笑みには理由があった。

朱憐の運命の出会いを回想する。

中学三年生冬の陣。

最初から推薦を貰っていた朱憐は高校受験とは無縁な暢気さで冬の夜道をホクホク顔で帰っていた。

無論、焼き芋屋さんから大量の焼き芋をゲットしたからだ。

そこに悪者がやってきた。

『おうおうおう。その焼き芋旨そうだな。ちょっと寄越せ。何? 寄越せない? なら、お前の体で払って貰おうか!! げへへへへへへへ、げはははははは(主観と客観の相違が含まれています。ご了承ください)』

『待てぇえええええええい。貴様ら!! そのかわゆいおぜうさんをどうするつもりだ。オレが相手になってやる。キラン(主観と客観の以下略)』

ぐああああああああああ。

どかーん。

『そこのおぜうさん。大丈夫でしたか? あの悪い連中に何かされやしませんでしたか?』

『大丈夫ですわ!! わたくし、これでも合気道六段ですの♪ それにしても逞しい方・・・・・わたくしと恋人になってくださいませんこと?』

『そいつはいけねぇや。そういうのは結婚できる歳になってからにしてくだせぇ。おぜうさん』

『何て謙虚な方・・・ぽ』

『それではまた何処かで』

『ああ、行ってしまわれるのですか!? せめて、せめて!! お名前だけでも!!』

『あっしの名前はガジ・ヒサシゲ。けちな遊び人でさぁ』

『ひさしげ様・・・・・・あの方がわたくしの運命の人』

半年後。

『お、おぜうさん!?』

『ひさしげ様!?』

『こんなところで会うとは偶然で』

『まさか、こんなに早く・・・出会うなんて・・・高校の登校途中の道で会うなんて・・・運命を感じますわ』

『そうかもしれやせん。オレの家は此処の近くなんでさぁ。もし、良ければ今度は家に来てくだせぇ』

『はい。喜んで。ひさしげ様』

そんな事があって以来朱憐は三日に一度くらい朝から運命の人の家へと通っていた。

清貧を旨とした運命の人はいつもお腹を空かせているので朝から朝食を作る。

少し新婚さんチックで朱憐にとっては何よりも優先するべき高校生活の一部としてその行為は組み込まれている。

朱憐にとってはまるで一世紀以上昔に建てられたような住宅が見えてくる。

その009号室。

外字の表札があるドアのベルを鳴らした。

「もう、ひさしげ様ったらお寝坊さんなんですから。わたくしが起こして差し上げなければ」

そっと朱憐はドアを開ける。

鍵は掛かっていない。

それが自分の来るのを待っている合図なのだと朱憐には解っていた。

靴を脱いで上がると小さな小屋のような場所で愛しい人の入った布団の膨らみを見つけ、朱憐の胸がキュウウウウウンと高鳴った。

「ひさしげ様。ひさしげ様」

優しく優しく声を掛け、それでもやはり布団の中から顔が出てこず、朱憐が少しハシタナイと思いながらも頬を染めて、そっと布団を剥いだ。

「ひさしげ様。朝ですわ。わたくしの方にお顔を向けてくださいませ」

背中を向けている久重の背中をそっと引き寄せて顔を拝もうとした朱憐が久重の顔とは別の顔を見つけた。

「?」

バッチリとその久重ではない視線と目が合った朱憐がしばしの沈黙の後、倒れた。

「・・・・・・?」

久重の腕の中でぼんやりとしていたソラが頭に?マークを浮かべて数秒。

「ひさしげ。誰か倒れてるわ」

「・・・・・・んぁ?」

起こされた久重はまだ寝ぼけている内から自分の布団を朱憐に譲渡する事となった。

 

「・・・ん・・・ん・・・?」

目が覚めた朱憐は目元を少し擦った後、体を起こした。

ぼんやりとする頭の中に響く包丁の音。

その音の大本を見つめて、胸が高鳴る。

(ひさしげ様。わたくしの代わりに朝食を作ってくださってますの? わたくし嬉しくて涙が出そうに・・・)

少しだけ伸びをして出た涙をそっと拭い、朱憐が出されたちゃぶ台に気付く。

「?」

更にちゃぶ台の上に肘を乗せてジィィィィッと自分を見ている少女に気付く。

外国人の少女。

流れるような金髪でほっそりした手足がお人形のよう。

更に朱憐の興味を引いたのは少女の仕草だった。

ほんの少しだけ首を傾げて朱憐を見つめているだけなのに、その所作は洗練されていた。

「あの、何方ですか?」

「私? 私は・・・ひさしげの大切な人」

「お、おい。ソラ!?」

「ひさしげ。昨日、大切な人って言ってくれたの・・・嘘?」

少女の少しだけ不安そうな顔で背中を見つめる瞳に自分と同じものを認めて、朱憐が驚く。

「そ、それは言った。言ったが、それを人前で公言するのは日本人としてどうかと思う。そういうのは秘めてこそ華って日本では言うんだ。OK?」

「うん。おーけー」

クスクスと慌てた背中を悪戯っ子のような笑みで見る少女は朱憐にも解るくらい、自分と同じだった。

「・・・・・・」

「?」

再び気を失った朱憐にソラが首を傾げる。

「ねぇ、ひさしげ。また、この子気を失ったわ」

「おい!?」

一行に事態が進展しないまま進んでいく何かが久重の背中にズッシリと重く圧し掛かった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

沈黙を打ち破ったのは朱憐の方からだった。

「ひさしげ様」

黙々と鮭の切り身と白米と味噌汁を口内に消していた久重が白米を喉に詰まらせそうになってお茶を啜る。

「わたくし一つだけお聞きしたい事がありますわ」

「何だ?」

「この外国人の子は何方ですの?」

「オレが昔世話になった外国人の教授の娘で夏休みを利用して今はホームステイに来てる。止まる場所をオレが提供する形で今は居候の同居人だ」

「いつからですか?」

「二日前」

「・・・・・・どうして一緒のお布団で寝ていましたの?」

「どうしてだ?」

「そこで私に話を振るなんて・・・ひさしげって女性心理に疎いと思う」

「いつの間にかオレが悪い事になってないか?」

「ひさしげ様?」

朱憐の問いかける眼差しに久重が重い口を開く。

「う、昨日二人で疲れてたからな。急に眠気が襲ってきて、記憶が曖昧な感じだが、そのまま寝たらしい」

「ひさしげ様。日本は男女七歳にして同衾せずとか。そのような格言があったりなかったりする国です」

「以後、気をつける」

頭痛を抑えるように頭に手を当てて久重が頷いた。

「その・・・貴女お名前は何といいますの?」

「ソラ。ソラ・スク・・・聖空(ひじり・そら)。片親が日本人なの」

「ソラさん?」

「うん」

「わたくしは朱憐。布深朱憐ですわ」

「シュレン?」

「はい」

「シュレンはひさしげの恋人?」

「な?!」

うろたえる久重だったが、以外にも朱憐は動じなかった。

「ひさしげ様はわたくしの運命の方ですから」

「ちょ?! ぐ?!」

サラリと答えられて久重が喉に飯を詰まらせ、グビグビとお茶を呷る。

「・・・シュレンは高校生?」

「はい。近頃進級しまして。今は來邦高等女学校の一年となります」

「(大和撫子って慎ましやかで御淑やかな人だって聞いてたけど、随分積極的だわ)」

「あの、何か?」

ボソボソと呟いてソラが朱憐に何でもないと答えて食事を再開した。

それから食事を終えて洗いものまで済ませた朱憐が正座でちゃぶ台の前にジッと座っている久重の前に戻ってくる。

「ひさしげ様」

「何だ?」

「今日からお夕飯も時折作りに来ますわ」

「あ~~夕方は基本的に仕事でいない事も」

「はい。ですから、これを」

鞄を手繰り寄せて朱憐が中からゴトリとちゃぶ台に一台のスマホを置く。

「―――――――」

その意味に戦慄した久重は作り笑顔のまま絶句した。

「必要な時は学校が終わる三時以降にお掛けください。そろそろ夏季休業に入りますから、その時はお電話差し上げます。わたくしもいつも空けておけるわけではありませんが、出来る限りの夕食を用意させて頂きますわ」

「いや、さすがに悪―――」

「何も、悪くありません。ひさしげ様は信頼に足るお方ですから。ちなみに料金はわたくしのポケットマネーなのでご安心を」

「いや、そういうもんだ―――」

「ひさしげ様がわたくしを必要としてくださる時にわたくしが出来る限り応える。何処にも問題なんてありません」

「はい・・・・・・」

朱憐が「それでは」と丁寧に頭を下げてそのままドアを開けて駆けていく。

高校の一時限目は迫っている。

しかし、久重は知っている。

何事にも丁寧な朱憐は必ずドアはゆっくり閉め、どんな時も決して走るような事はない。

「ひさしげって・・・プレイボーイ、なの?」

その様子を畳んだ布団の上に座り込んで見ていたソラが半眼で訊く。

「その表現の断固とした変更をオレは要求する」

ちゃぶ台の上のスマホを凝視しながら脂汗を滴らせる久重が溜息を吐いた。

「あんな可愛い子に言い寄られて本当はちょっと気分いい?」

「人間は愛だけじゃ生きられない。そこを的確に突いてくるからな。朱憐は・・・」

「それって久重に生活能力が無いだけじゃ・・・」

ジットリとダメなモノを見る視線を送ってくるソラに久重はもうグゥの音も出ない有様でバッタリと畳みに倒れ臥した。

「それを言われるともうオレには返す言葉もない」

「でも、あの子の気持ち。少しだけ解るかも・・・」

「?」

「ひさしげは寄る辺無き小鳥にとって止まり木みたいに見えるんだと思うの」

「止まり木?」

「ひさしげ。あの子を私みたいに助けてあげた口じゃない?」

「半年くらい前にチャラい男のグループに囲まれてて、ほんの少し捻って追い返しただけだ」

「ひさしげ・・・」

呆れた様子でソラが溜息を吐く。

「それって運命の出会いとか、馬に乗った王子様って言うと思う」

「いや、本当にその時だけしか助けてないぞ? それ以前に再会したのが四週間前。不定期で朝食を作りに来てくれるようになった。何処に王子様フラグがあるのかとオレは聞きたい」

「ひさしげって女性の機微が解らない人?」

「オレは運命だからあいつを助けたわけじゃない」

「他の人が同じような目にあってても助けてた?」

「当然だ」

「でも、今は大切に思ってるでしょ?」

「だが、今の関係を数年は続けるべきだとオレは判断した」

「シュレンの事好き?」

「恋愛感情に関しては・・・まだ先延ばしにしておきたいと思ってる」

「ちゃんとシュレンが大人になったらって事?」

「見て話せば解るが、朱憐はお嬢様だ。本来ならオレが普通に話す事も難しい家の一人娘。ちなみにいつも朱憐が来る日は朝から周囲に複数の気配がある。窓から見える風景の何処かから双眼鏡で見られてるぞ」

「それホント」

驚いた様子で窓の外をソラが見つめた。

「ああ、あくまで来る日だけってのがポイントだ。たぶんこっちのプライバシーも一応は考慮してるんだろう。さすがに集音マイクや盗聴器なんかが怖かったからアズに頼んで調べてもらったが、そういうのは来る日でも無いらしい」

ソラが布団の上から降りる。

「ひさしげ。ずるい・・・」

指摘されて何も言い返せない久重は「そうだな」と一言だけを口にした。

やがて、沈黙を割るようにソラが今までの『日常の確認』を終えて本題へと入る。

昨日は結局精神的な疲れからまったく話せていなかった『事情』が二人の上に圧し掛かっていた。

「ひさしげ。まだ、戻れる・・・」

「そういうのは大人の方から言わせてくれるとありがたい」

「子ども扱いする気?」

「違う。ソラはオレが一方的に巻き込まれてると思ってるだろうが、そうとは限らないって事だ」

「どういう事?」

何を言われたのかと混乱したソラが訊き返す。

「オレを見てきたなら解るはずだ。オレは一般人じゃない。いや、一般人に見えても普通じゃない」

「何でも屋の事?」

久重が頷く。

「オレが普通だと思うか?」

「久重は私みたいな暗い世界よりは普通の世界で生きてるもの」

「普通の日本人は君の事情が透けて見えれば冗談と笑うか警察に行く。少し暗闇に踏み入れた人間なら利用しようとするか、全力で逃げようとする。でも、オレはそのどれでもない」

「そう・・・かも」

「アズの本名というか通り名というか正式な名称は『アズ・トゥー・アズ』、昔に聞いた話だと国籍も人種も年齢も住所も性別以外は何もかも未定なんだそうだ。そんな奴の下で働いてるオレはその手の一部の人間からは正体不明なアズの手下らしい」

久重がまだちゃぶ台の上に残っていたお茶で口を湿らせる。

「オレはあいつと一緒に色々とやってきた。時には非合法、時には合法、やり方は問わなかった。日本のマフィア。ヤクザの連合と話付けたり、お米の国の情報機関に付け狙われてみたり、日本の国家権力にちょっかい出してみたり、そういうのがオレとアズの仕事上何度もあった。外国に連れていかれて仕事させられた時は拳銃どころかサブマシンガンだの自動小銃もよく向けられたし、工作員がまとめて三ダース程攻めて来た事もあった」

ソラがあまりの内容にポカンとした。

「どっかのアニメとか漫画の話どころじゃない。オレはそういうところで生きてる。アズがオレを使う理由は単純にオレの頭のデキとオレの精神的な耐久値を見込んでとの事だ」

「漫画みたい・・・」

「本当な。だが、それがオレの、外字久重の日常だ。だから、オレは昨日の襲撃も銃を向けられて動く事ができた」

「久重・・・」

「オレはソラの事情に一方的に巻き込まれたわけじゃない。まだ、そういう事態になってないだけでソラがオレの周囲の事情に巻き込まれる可能性だってある」

「シュレンみたいな?」

久重がお茶を噴出しそうになった。

「そ、それとは別にして」

お茶が喉の奥に強引に流し込まれる。

「オレにとって、ソラの事情はたぶん『凄い技術』が関わってる以外はいつもの事だ。だから、言うなら『まだ、戻れる』なんて水臭い事じゃなくて『助けてくれる?』の方がオレは嬉しい」

ソラが顔を伏せる。

「久重。絶対後悔するわ」

「見知らぬおっさんに頼まれたからな。たまにはそういうのもいいさ」

少しずつソラの声がブレていく。

「後悔しないって言わないんだ」

「オレが後悔するのはソラを死なせた後だろう」

その視界が滲んでいく。

「私、凄く凄く迷惑かけると思う」

「今更だな。朱憐の今後の行動にオレの胃は現在ジクジクしてる真っ最中だ」

鼻が啜られる。

「世界の運命とか、悪の組織なんて馬鹿なものと戦わないといけなくなるかもしれない」

「オレがどうにかできるのはオレの手が届く範囲にいる奴だけだ。世界も悪の組織も知った事じゃない」

ポタポタと音がして畳に染みが出来る。

「命掛けじゃない。命を掛けてもどうにもならない。きっと、久重死んじゃう・・・」

目を瞑って、ソラという少女は震える。

「ソラより先には死なない。約束する」

決壊した少女の顔は涙と鼻水でグシャグシャだった。

「・・・・・・・・・・・・助けてくれる?」

やっと、それだけを搾り出した少女の肩を掴み上向けて、そのグシャグシャな顔に、久重は頷いた。

「オレに出来る限り。こんな君より弱いオレで良ければ」

「う・・・ん・・・」

少女は思う。

自分がもう救われているのだと。

抱きしめてくれる人の温かさを失いたくないと。

事情が話された後、二人はやってきたアズに言われるまま仕事へと向かった。

 

二千年代初頭。

日本において二つの研究成果が発表された。

一つはマックスウェルの悪魔を実験装置において再現した事。

一つは量子テレポーテーション諸関連技術における基礎の確立。

この二つによりナノデバイスと量子通信、更には量子コンピューターの基礎研究が出来上がった。

二つの研究成果は多くの諸技術を発展させ、百年に満たない内にその成果を民間が享受するまでに至った。

光量子通信網による大容量超高速通信の実用化。

量子コンピューターによる予測演算結果を元にした研究速度の飛躍的向上。

SFの世界にしか存在しなかったナノマシンの開発成功。

どれもこれもが世界を驚かせるに足るものだった。

しかし、ナノデバイス研究はナノマシン開発の成功と共に影が落ち始めた。

ナノマシンそのものを造り出した事は賞賛に値したが、そのナノマシンの限界と実用性が当初の予測を下回ったからだ。

ナノマシン一つを作る為に掛かる莫大なコスト。

ナノマシンの性能限界。

ナノマシン量産の困難さ。

様々な問題が山積した後、ナノデバイス研究はナノマシンそのものから離れて、ナノマシン開発過程で発生したナノテクノロジー応用研究へと移行していった。

しかし、一人の男はその多くの困難を解消した。

博士。

そう呼ばれた存在はナノマシンの研究において画期的な多くの発明を行った。

複数のナノマシンによる自己複製能力の開発。

ナノマシンの複雑な動きを可能にする新OSの開発。

ナノマシンの個別分業を可能にするマイナーチェンジされた個体群の開発。

ナノマシン制御を簡易に行えるデバイスの開発。

その他無数の改善がナノマシンの能力をSFの域にまで引き上げた。

どれもこれもがノーベル賞どころか歴史に名を残すに足る所業だった。

その行いが一つの組織の下で行われたものでなければ。

その後、彼らは【ITEND(インフォメーション・サーマル・エンジン・ナノ・デバイス)】研究において一つの成果を望んだ。

それは一人の科学者が考え出した無限機関の創造。

人類の歴史を左右する力。

【SE(シラード・エンジン)】

不可能とされていたソレに足る、その名を冠するに足るだけのモノを彼らは博士に望んだ。

 

昼も過ぎた頃。

ソラと久重はアズに導かれるまま都市の外れの廃工場跡に辿り着いていた。

「で、今日の仕事は?」

「逃げ出した脱走犯の捕獲」

クーペから降りたばかりの久重が思わずコケそうになった。

山が近く緑豊かな廃工場跡。

一面が草で覆われたアスファルトと鉄筋コンクリート製の建物。

どう見ても夏場の怪談スポット。

どんよりと垂れ込め始めている雲で薄暗さが増した周囲には虫の声。

「おい?! 何で警察が動いてない!?」

「公安の人間的にそれは不味いらしいね。監禁場所から逃げられたらしいし」

笑顔で言われてグッタリしたい気分に駆られた久重は後ろでジッと待っているソラに声を掛ける。

「手伝ってくれるか?」

「どうすればいいの」

何もかも吐き出してスッキリしたのか。

何の気負いもない笑顔で言われて、訊いた久重の方がうろたえそうになった。

「へぇ・・・昨日の仕事を失敗して何をしてたのか知らないけど、随分と仲が良くなったんだね?」

笑みと怒りを同等に混ぜ込んだアズの皮肉に久重の胃がシクシクと胃薬を要求し始めた。

「それについては謝る」

「いいよ。何か依頼人が勝手に帰ってきたとか言ってたから」

「帰ってきた?」

「何でも酷く怯えた様子で外に出たがらなくなったみたいだよ」

「「・・・・・・・・・」」

内心、二人が猫に謝った。

「ちなみに今回の目標の顔写真はこれ」

差し出された顔写真を二人が覗き込む。

「おっさんだな」

「うん」

「しかも、アロハを着てる」

「うん」

「グラサン掛けてるな」

「うん」

「何か釣り番組でクルーザーに乗りながらカジキ釣ってそうだな」

「?」

よく解らないという顔をしたソラが首を傾げる。

「で、このファンキーなおっさん誰だ?」

「GIOの幹部候補生。名前は『田木宗観(たぎ・そうかん)』三十九歳」

「ちょっと待て!? GIOって言ったか?」

「言ったね」

「・・・・・・ゼネラル・インターナショナル・オルガン?」

恐る恐る久重がアズに訊く。

「そう。現在世界一の超巨大多国籍企業。世界各国のジオプロフィットプロデュースを手掛けるジオネット時代の雄。君の大きい仕事の八割を占めてるお得意様」

「おいおい。何でそんな大物が公安に捕まってる?」

キナ臭さ全開の仕事に久重が愚痴る。

「テロリストとの関わりを指摘されて逃げ出そうとした。確保したはいいが結局逃げられてしまいましたとさ」

「表の事情なんぞいい。本当のところは?」

「内閣官房長官をブチ切れさせたみたいだよ」

「は?」

「日本政府、経済界とGIOとのデカイ取引をぶっ潰されて、どちらの幹部もお冠なのさ」

「待て待て。どうして幹部候補生がそんな事をする?」

「さぁ? 取引内容はトップシークレット扱いだから知らないけど。拳銃持って経済界の大物達の傍にいたって証言が出たから、そこからテロリスト扱いされたみたいだね」

「ちなみに訊くが、今回のは公安からの依頼か? それともお前自身の私用か?」

「どっちだと思う?」

「どっちにしろ断れないのは分かってる」

「なら、悩む事なんてない。はい。捕獲用のスタンガンと催涙スプレーと警棒」

「要るか?!」

後ろの席から取り出された黒いバックを久重が速攻で拒否する。

「要らないの?」

ソラの不思議そうな顔に久重が頷く。

「とりあえず先行する。ソラはオレの合図でオレの後を追うようにしてくれ」

「うん」

久重が歩き出す。

「ふふ、相変わらずだ」

「・・・それ中身無いわ」

ソラがボソリと呟く。

「おや? バレてたかい?」

「ちょっと気になったから調べただけ」

ナノデバイスでとは言わず、ソラがアズを見上げる。

「久重はああ見えて熱血漢の博愛主義者だから、人間は死傷させないようにしてる。まぁ、熱血漢だから悪い奴は死ぬぐらいボコボコにしたりするけどね」

「そういう道に誘ったのは貴方だって久重が言ってた」

「これでも付き合いは長いから。色々と久重には儲けさせてもらってるよ」

「・・・・・・」

「一つ誤解が無いように行っておくけど、久重は僕がいなければ、いつか、どこかで、理不尽を許せず理不尽に殺されてただろう。小悪党、巨悪、それが例え国家であろうと自分の許せないものには容赦なく立ち向かっていく。それは所謂アロンソ・キハーナの生き方だ。基本的に現代の生き方として賢くない。自分の物語を現実として置き換えた者の末路は愉快な騒動じゃなく無様な死に様となる。だから、僕はこれでも久重の保護者を自負してる」

「風車に立ち向かっていく勇気があるから、久重は私を助けてくれた。不器用かもしれないけど、私はそんな久重だから一緒にいたいって思う。そんな久重だから・・・」

「人はそれを狂気と呼ぶよ?」

「私の知ってる人が言ってたわ。狂気の無い人間にどれだけの事が出来るのかって」

「確かに・・・そうかもしれないね。狂気無くして偉人は何も生み出せないのかもしれない」

ソラが病院の方に顔を向ける。

久重は手を上げ、もう合図していた。

「アレが偉人かどうかは後世の歴史家にでも評価を任せるとしようか」

駆けていく背中をアズは笑いながら見送った。

未だ雲は晴れていなかった。


 
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