No.449721

GIOGAME 4

Anacletusさん

青年は力を得る。それがどんな世界への扉とも知らずに・・・。

2012-07-09 09:37:34 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:306   閲覧ユーザー数:302

第四話 グレムリン

 

「にゃーにゃー」

細く鈴のような声が可愛らしく響く。

「に゛ゃーに゛ゃー」

野太い声がげんなりした様子で響く。

「ひさしげ。そんな声だと逃げちゃう・・・」

「勘弁してくださいマジで」

そろそろ夜も更けてきた時間帯。

都市の路地裏で迷い猫探しという地道過ぎる作業も終盤に差し掛かっていた。

鳴き真似作戦と称して近寄ってきた猫を片っ端から照合するという作業に久重の心は折れる寸前。

路地裏を覗く輩から悉く哀れみの視線【お大事に・・・・】を受けるのは苦行以外の何物でもない。

久重はげっそりとやつれた顔で相棒の少女ソラを見る。

路地裏を覗く輩から悉く微笑ましいものを見てしまった笑み【が、頑張って!!】を受けて闘志を燃やすソラが近寄ってきた猫を怒涛の如く掻き分けていく。

「あ、この子みたい」

「ビンゴ?!」

久重が懐から写真を取り出す。

夜のピンク色のネオンに照らされた写真の猫とソラが持っている三毛猫は正しく瓜二つ。

間違いなく探していた猫だった。

「でかした!?」

人間に慣れているのか。

ブラーンとソラに抱かれている猫は大人しい。

久重がソラに近寄ろうとした時だった。

ソラの額に瞬く紅い点に気付いて走る。

久重の行動に驚いた猫が「ふぎゃ?!」とソラの手から逃げ出した。

「ひ、ひさし――?!」

久重がソラを庇い路地へと転がった瞬間、久重の肩を熱いモノがすり抜け、地面が爆ぜる。

「?!」

庇われたソラが久重の先、遥か先の高層ビルからのレーザーサイトを確認した。

次撃の弾丸が久重の背中に殺到する。

更に路地裏へと複数の方向から弾丸が奔る。

一連の流れで放たれた弾丸の銃声はほぼ一発。

それも常人の耳に僅か聞こえる程度。

最新式の静穏ライフルによる遠距離からの高精度同時狙撃。

初弾は測量の為。

次弾こそが必殺。

しかし、その並の要人なら即死の状況でソラは慌てなかった。

ソラの周囲数メートル四方に薄く黒いベール状のものがそそり立つ。

(【CNT Defender】展開!!)

ソラの思考を読み取ったように展開された薄いベールが数箇所ソラに殺到するように槍の如く迫る。

弾丸を受け止めたベールが変形して勢いを殺していた。

ベールがソラの頭部に向けて幾度も槍の如く伸びるものの、全てが頭部に届く事なく元の形状に戻って地面に弾丸を零していく。

「大丈夫か!?」

「ひさしげ!! ここから離れないと!! たぶん部隊が展開されてる!! このままじゃ囲まれて蜂の巣にされる!?」

「部隊!? 追手ってあの白スーツだけじゃないのか?!」

「あいつはエージェントなの!! 部隊を動かす権利があるから、指揮官として何処かにいると思う!?」

立ち上がった久重が次々に勢いを殺されて落ちていく弾丸の音に顔を引き攣らせた。

「おいおい?! くそ、ここじゃ狙い撃ちかッ。ソラ!! このカーテンみたいなの動かせるか!?」

「大丈夫!! 走れば一緒に付いてくるからッ」

「なら、行くぞ!? ここら辺の地理なら詳しい!」

ソラの手を取って久重が走り始める。

それと同時に弾丸の雨が止んだ。 

表通りに出た久重が何やら五月蝿そうな住人達の怪訝そうな顔を横目に地下道へと降りていく。

「この地下道は東西南北に出入り口がある! 今は北口から入った。南口は駅の構内。西口はアーケード。東口は国道に出る」

「駅とアーケードはダメ!? あいつら絶対に他人を巻き込むわ!?」

「国道か?! 障害物が看板ぐらいしかないぞ!!」

「いえ、その前にたぶん」

二人が曲がった直後。

銃撃の雨が降り注ぐ。

薄いベールに突き刺さり次々に落ちていく弾丸が小山程になるまで数秒も掛からなかった。

「ちょ?!」

奇妙なマスクを被る黒いスーツ姿の一団からの銃撃。

慌てて戻ろうとした久重をソラが止める。

「大丈夫。あいつらはただの足止めだから。問題は」

「そう、問題は私に追いつかれてしまう事です。ソラ」

交差路の中央で立ち往生する二人へと西から歩いてくるのは白いスーツの青年ターポーリンだった。

「こんな街中で銃声響かせるなんてどういうつもり?!」

ソラが久重を後ろに庇うように前に出て、歩いてくるターポーリンを睨みつける。

「おお、怖い怖い。簡単に言いますが、今の彼方達は正体不明のテロリスト。こちらは警察の特殊部隊。付近はさっきから警察の誘導で避難中です」

薄く笑うターポーリンに空が苦々しい顔をした。

「もう、そこまで治安当局に侵出して!?」

「いえいえ、こちらの作戦時間も情報漏洩の可能性を考えると十分程度で切り上げなければならないので」

「どうやって私達を見つけたの!?」

「企業秘密です」

「・・・サテライト?」

「企業秘密です」

「その様子だと【ITEND】のサスペンドモードを嗅ぎ付けたってところじゃない?」

「企業秘密ですから教えて差し上げるわけにはいきません。さて、と」

話を切り上げたターポーリンが大声を張り上げる。

「皆さん。仕上げといきましょう!!」

ターポーリンが懐から巨大な銃を取り出す。

「デザートイーグルなんて格好付け過ぎ!! 馬鹿みたい!!」

「ちょっと弾が特別製です」

軽い調子で向けられた銃口が火を噴く。

「EAT Mode!!」

ターポーリンからの銃撃が安々と黒いベールを貫いた。

しかし、ソラの叫びに反応したのか。

二人の周囲を覆うように黒い霧のようなものが発生する。

弾丸が黒い霧に飲まれ消失した。

「どうなって?!」

久重が目を白黒させ後ろを振り向くと今まで銃撃してきていたマスク達が巨大な砲身を担いでいるところだった。

(RPG?!)

未だ現代において現役を貫く『兵器』に久重は其処が日本の地下道であるという事を忘れそうになった。

「ソラ!!」

「解ってる!!」

弾体が着弾し周囲に爆風と炎が吹き上げる。

それでも黒いベールと霧に覆われている二人の場所まで爆風は届かなかった。

「さすがにEAT Modeまでは届きませんか。ですが、どれだけ耐えられますか?」

ソラが唇を噛み締めた。

「大丈夫なのかソラ?!」

「大丈夫・・・久重だけはちゃんと守るから」

「そういう事を聞いてるわけじゃ?!」

「ひさしげ」

久重の言葉を途中でソラが遮る。

「ごめんね。こんな事に巻き込んで。一杯苦労掛けて。大学の事も借金の事も」

「ソラ?!」

銃撃が再開される。

言葉の端々の不吉な響きに久重の体温が下る。

「日本のカレー美味しかった。お布団温かかった。私の為に一杯頑張ってくれて・・・嬉しかった」

「おい!? 何一人で完結しようとして、オレはま―――」

振り向いたソラが久重の唇を塞ぎ、すぐに離れる。

「これで我侭最後だから。お礼」

「・・・ソラ」

そっと久重を突き放し、ソラが背を向ける。

「今から全力で【ITEND】を駆動するわ。瞬間的に百メートル圏内で気温が数十度下る。今、久重には防護用の【ND】を渡したから五分ぐらいは大丈夫。あいつらもターポーリン以外は動けないはずだから逃げ切れる」

「何勝手な事言って!?」

「これしか!!」

久重の声にソラが大声を上げる。

「これしか・・・私、ひさしげにしてあげられないの・・・私、もう誰も目の前で大切な人に死んで欲しくない」

何も言えないまま、呆然とする久重にソラが再び明るい声で語りかける。

「後、少し。大丈夫・・・絶対にひさしげは守ってみせる」

「お涙頂戴は結構。そろそろお終いにしましょう」

銃をその場に棄ててターポーリンが二人へと近づいていく。

「全力で食らえば少しは痛いでしょ!!」

「それで死ねない身なればこそ、私は貴女の殺し手に選ばれた」

「可哀想な人。【死体袋(ターポーリン)】に入れられてもまだ使われるなんて」

「博士のお人形に言われる筋合いはありません。これでもこちらは世界平和の為に働いています」

黒いカーテンをターポーリンが引き裂いた。

「増殖終了。撒布完了」

「それでは倒せないと言っています!!」

黒い霧へと拳を振りかざしてターポーリンが叫ぶ。

「なら、喰らって!! 全てを鎖す氷獄!! NO.00“closed jail”!!!!」

「無駄です!!」

黒い霧を抜けた腕が衣服を消失させながらソラの首を掴み取り、久重がもう一方の手で邪魔とばかりに払われ吹き飛ばされる。

地下道を照らしていた全ての電灯が消え、久重は絶望する間もなく、壁へと激突した。

 

高級レストランの食事を味わっておけば良かったと微妙に後悔しながら帰途に着こうとしていた了子は途中、警察の封鎖により帰り道を寄り道に変更していた。

都市の地図が頭に入っている了子にとって警察の封鎖の網を潜り抜けるのは至極簡単な仕事だった。

時には裏の世界を覗いて危ない目に会う事もある記者。

蛇の道は蛇の言葉通り、執拗にネタに迫る気魄は了子を狩人よろしくカメラという銃とペンというナイフを装備した【兵隊(ジャーナリスト)】へと変えていた。

(ネタ!! ネタ!!)

レコーダーを片手に路地裏から外の様子を伺う了子に気付かず警察官達が素通りしていく。

『いきなりテロリストとか本気なのか? 本庁の特殊部隊と公安が来てるらしいが』

『何でも国際テロ組織の一員らしいぜ。半径三百メートルの封鎖をいきなりヤレとか頭ごなしに命令されてもな。実現可能かどうかよく考えろってんだ。本庁の連中も困ったもんだよ本当』

しっかり録音した了子はササササと何処かの蛇的な兵も真っ青な足取りで現場へと裏道から接近していく。

現場周辺では警察官に促された市民が混乱しながらも遠ざかっていく。

「これは?! 確かこの先は地下道と駅だったはず・・・駅側からの封鎖があるとすれば、むむ」

現場へと急いだ了子が地下道付近の路地裏に付いた時だった。

(静か過ぎる・・・?)

そっと顔を路地裏から半分出して見回した了子が不自然な周囲の状況に顔を潜める。

(封鎖しているはずの警察官の姿が見当たらない? これはどういう・・・)

突然だった。

地下道を中心とした周囲百メートルに霜が降り始めた。

「へ? さ、さぶぅううううううううううううううッッ!?」

混乱しながら了子が路地裏から顔出して辺りを確認する。

「な、なななな、何!? 異常気象!? エルニーニョ?! ラニーニョ!? ま、まさか、クリスマス!?」

スカートにパンストしか履いていない了子が震えながら路地裏から道へと出た。

ゴオッと寒風が了子を直撃する。

「な、ななな、何が起こってるって言うのよぉおおおおお!!!」

ダンと地面を踏み締めた瞬間、了子の足がツルリと滑った。

「うぉっとっとっとっとぉおおおおおおおおおおおおおお?!!」

バランスを取ろうした結果、了子のブーツが滑り出す。

「ひゃう?!」

サーファーも驚く氷捌きで十メートル以上滑った了子が何とか止まった時には、もう其処は地下道の出入り口付近だった。

―――そして、了子は見た。

 

「“Fire Bag”ですか」

ターポーリンが呟く。

電灯の消えた地下道で未だに明かりは失われていない。

その理由は簡単だった。

衣服が消失しているターポーリンの全身が炎に包まれていた。

「良い格好」

焼ける様子もなく無傷のまま炎に包まれる男に首を掴まれた少女は吐き捨てる。

「ええ、さすがにこの格好で警察に応対するわけにもいかないでしょう」

「殺すなら殺せばいい」

「ここで殺すのは簡単です。いえ、此処で殺さない方がこちらにとって簡単ではない」

「何が言いたいの?」

「もう一度戻ってくる気はありませんか? ソラ」

「私を一度殺した癖に!!」

「生体融合の被検体としてなら生かして差し上げるのも吝かではありません」

「モルモットなんて!!」

ソラがターポーリンの顔へと唾を吐き掛ける。

しかし、その行為に激昂するでもなくターポーリンは続ける。

「貴女を殺してやるのが貴女にとっても最良だと思っていました。しかし、【D1】がもう覚醒しているにも関わらず貴女の能力はこの程度だ。死の間際だというのに強力になる気配もない。これならば上層部に掛け合うだけの価値はある。【D1】があの悲劇を起こさずアレを貴女が大人しくこちらに渡すと言うならば、命を取る必要も無い」

「本気、なの?」

「ええ、この上なく」

「博士は・・・信じてた・・・信じてたの・・・なのに今更!!」

「悪役に何を期待しているのですか? これは取引です。博士亡き今、貴女を本当の意味で知っているのは私しかいない。これは過去の私が、今の私に送る最後のケジメだと思ってください」

「!!」

「地べたに這い蹲れと言っているわけではありませんよ?」

「此処でそんな風に生かされるなら死んだ方がいい」

「く、くく、そうですか? 仕方ない・・・博士、あなたの愛した人形を今そちらに送ります。どうか、安らかに」

何処か寂しげに笑いながらターポーリンの手が力を入れ始めた。

 

金色の髪を持つ少女の口から唾液が流されていく。

炎の魔人に少女は縊り殺されようとしている。

なのに、体は動かなかった。

外字久重は所詮、誰も守れない、誰も救えない、そんな人間だった。

そう思えば、幾分楽になれる気がして、久重は己の無力を、嗤う。

はは。

ははは。

はははは。

そう、嗤う。

【君は何を憎む?】

そんな声が聞こえた気がした。

(人一人助けられなくて、何が男だ)

【君は何を憎む?】

(頼ってくれる女一人救えなくて、何が何でも屋だ)

【君は何を憎む?】

「オレは・・・オレが憎い」

ギチギチと体が悲鳴を上げる。

間に合わないと理性が囁く。

それでも前に向かわねば、手を握ってやる事も、殴ってやる事もできないと知っている。

「オレは、オレの無力を憎む・・・」

掠れた声に対して、幻聴はもはや無く。

『君は良い奴そうだ。助力しよう』

「「!?」」

死に掛けていた少女と炎の魔人が同時に驚愕した。

キュァン。

そんな甲高い弓を引くような音がして、魔人が吹き飛んだ。

「な?! 馬鹿な?! 博士!? ぐァ、がああああああああああああああああああああああッッッッ!!!」

その場で落とされたソラが咳き込みながら、涙でブレる視界で辺りを見回す。

「博士!! 博士!!」

呼ぶ声に答えは返らない。

ただ、声は続く。

『君はソラが好きか?』

「な!?」

ソラが状況も忘れて紅くなった。

「大切に思ってる」

久重の答えに声は続ける。

『君はソラが可愛いと思うか?』

「将来、綺麗になるだろう」

「ちょ、博士?!」

ソラがあまりの状況に声を荒げる。

『君が誰か僕は知らない。君が本当はソラをどう思っているのか僕には解らない。僕はこの音声が流れた時には死んでいるだろう。ソラ、君もたぶんは逃走しているか戦いの最中だろう。だから、僕は僕が持てる全ての英知を持って、此処に遺書を残す事にした。我が人生最大にして最高の傑作と我が人生最愛の娘を授けるに相応しい者がいた時、その窮地にのみ、この遺書は発動する。ソラ、君がもしも一人だったならば僕はもう君が生きているべきではないと思う。生きていても辛い事ばかりで幸せにはなれないのは目に見えているからだ。しかし、もしも君を守るに足る者がいるならば、君はその人と共に人生を生き抜け。世界の何もかも敵に回して上回る力が在るならば可能だろう。さあ、涙を拭いて立ちなさい』

電灯もターポーリンの体の炎も消えた地下道で光が溢れる。

「博士・・・」

ソラが泣いていた。

今まで一度として久重の前ですら気丈に振舞っていた少女が、何の躊躇いも無く、ボロボロと。

その胸に光の源があった。

地下道に響く声が続ける。

『見知らぬ君よ。さぁ、剣を取れ。そして、どうか・・・この子を救ってやってくれ!!」

「ああ、見知らぬおっさんに言われるまでもない!!」

久重は重い体を押してソラの前に立ち、その胸元の光を掴んだ。

「ははは、はははははは、博士ぇえええええええええ!!! さすが博士です!!! 正に貴方らしい遺書でした!!! ですが、ただの素人に【D1】が使いこなせるはずもないでしょう!!!!」

壁にめり込んでいたターポーリンが全てをかなぐり捨てて、久重の背中に襲い掛かった。

『反応を確認。敵は君か。厘西(りんざい)』

ギクリとターポーリンの動きが止まった瞬間、地下道を風が吹き抜けた。

ターポーリンの体があまりの風速に飛ばされ東口の出入り口の虚空で縫い止められたように止まる。

『そうだな。敵が君だと言うならば、最後の講義をしてやろう』

久重が立ち上がり、掴んだ光を握り潰した。

潰された光が零れ落ち、ソラの額に微かな光の文字が連なる。

【ITEND】Annihilation  Mode。

Energy Source 【SE】。

Full Drive。

零れ落ちた光が久重の右腕を覆った。

『そもそも情報熱機関内臓のナノデバイスを有効に使う為には膨大なフィードバック制御情報が必要だ。その為に我々は量子コンピューターを小型化するか、他の選択肢を考える必要があったわけだ』

「ええ、だからこそ、あなたは人間の脳を使う事を考えた。その試作品を愛でる程に研究にのめり込んだ」

『君には教えていなかったが僕はソラの脳そのものには何ら手を加えていない。せいぜいが情報の送受信と信号の変換を行う端末を埋め込んだ程度だ』

「なん、だと?!」

久重が走り出す。

『僕はこれでもフェミニストだよ。研究に没頭するあまり女の子を機械にしたりはしないさ。君達には教えていなかった研究成果が一つあってね。【SE】開発中のとある発見が全てを解決した』

「何!?」

「【SE】や【D1】の構築に光量子通信網を使ったのは正解だったようだ』

「どういう事ですか!! 博士ぇえええええええええええええええええええ!!!!」

もがきながら、走る久重の腕の光に恐怖を感じて、ターポーリンが叫ぶ。

『【SE】の光量子通信網が人間の『特定パターンの脳波』を経由して繋がった時、回路が生まれる。その回路は量子コンピューターと同等、いや・・・それ以上の演算能力を示した』

「テメェはクソだ。全裸野郎!!!!」

「ひッ?!」

『ま、簡単に言うと人間の愛ってのは深淵らしいよ? 愛は全てを上回るのさ♪』

ソラの額に紅い文字が浮かぶ。

NO.000“Exhaustion Crest”

接触の瞬間、久重の拳が白い篭手のようなものに覆われた。

どてっ腹をぶち抜かれて、ターポーリンが出入り口から飛び出した。

「――――――――――――――――!!?」

外の霜の降りた道を滑りながらターポーリンだけに声が続ける。

『【SE】はあの子の為に残してあるものだ。この遺書が発動した以上、もう君達の手元から去っているだろう。君達がこれから戦う者はこの星のエネルギーを自在に抽出する存在となる』

「そう・・・か・・・このエネルギーの源はS―――グッッッ?!」

ゴポリと込み上げてきた血にターポーリンの肺が溺れ始める。

『ちなみに君達の有する【ITEND】の永久停止信号を見知らぬ君には与えておいた。君達が最先端の科学を有する存在だと言うのなら、見知らぬ君は科学を食い物にする悪魔グレムリンといったところかな。君がまだ人間らしい体である事を祈っている。厘西』

それを最後に声が途切れる。

「もう・・・遅いです。博士・・・今・・・あなたの・・・とこ・・・に・・・」

途切れた声に続くようにターポーリンと呼ばれた男は静かに目を閉じた。

何故か、その顔は安らかに笑みを浮かべていた。

 

「どうなって、え? 人が!? ちょ、ちょっと貴方大丈夫ですか!!」

了子は闇の中に瞬いた光に打ち出されたかのような全裸の男に駆け寄った。

そのまま何度か頬を叩き、呼吸を確認し、脈を取り、救命措置を取ろうとして、気付く。

闇の中、薄ぼんやりとした光が消えていく。

その最中に今日出会うはずだった男の顔を刹那見た。

「誰かいるの!!」

『!?』

『こっち!!』

闇の中から聞こえた声に了子が目を見張る。

少女の声だった。

綺麗な鈴を鳴らしたような声。

足音が駆け足で遠ざかっていく。

「ちょっと!! 救急車!!」

もう片手でスマホをコールしながら了子は地下道へと続く闇を見つめる。

(あれは確かに外字久重だった・・・どういう事? テロリストと何か関係があるっていうの?!)

『そこの女ぁああああああああああああ!! 君は何者だぁあああああああああ』

突然の大音量に了子が顔を上げる。

道を百メートル以上離れて警察官の群れがジリジリと迫りつつあった。

「あ、やば・・・」

『もしかしてお前了子かああああああああああああああああああ』

「え・・・まさか戒十さん? 戒十さあああああああああああああああああん」

『とにかく其処の男と一緒に事情を訊かせろぉおおおおおおおおお』

「救急車ああああああああああああああああああ用意してくださあああああああああああああああい。この人心臓止まってるううううううううううううううううううううううう」

現場によく解らない微妙な空気が立ち込める。

変なやり取りをする正体不明の女と現場のトップ。

その間柄がどんなものなのか。

大事が発生したにしては呆気ない、あまりにも不可解な事件の終結だった。

 

封鎖された駅構内に警察官の姿が無い事を確認してから地下の線路に出た二人は全速力で走っていた。

「大丈夫か? ソラ」

「うん。ひさしげはケガしてない?」

「ああ、こっちも大丈夫だ」

「そっか。良かった・・・」

何をどう切り出せばいいのか解らない。

両者とも同じような顔で只管に走る。

「ソラ」

「うん」

「此処から逃げ出せたら後で訊きたい話がある」

「うん。私もひさしげに話したい事沢山ある」

「なら、一緒だな?」

「うん。一緒」

命の危機を迎えていたからか、走っているからか。

その二つの胸には多くの感情が過ぎる。

「オレ、人殺しになっちまったみたいだ」

久重が少しだけ苦く笑った。

「違うわ。ターポーリンはそもそも死人だった」

ソラが首を振る。

「どういう事だ?」

「【ITEND】で体の各場所の機能を誤魔化してたの。融合体とは程遠い設計だったはずだから、寿命そのものは後一、二年も無かった。ひさしげは死んでいる人間を元の死体に戻しただけ」

「ずっと気になってたんだが【ITE】とか【ITEND】って何なんだ?」

「【ITE】正式名称インフォメーション・サーマル・エンジン。NDはナノデバイス」

「まさか・・・」

久重がSFでよくある設定を思い出す。

「うん。ひさしげが思い浮かべてるモノで正しい。簡単に言うとナノマシン」

「ちょっと待て!? 確か、ナノマシンってのは」

「ひさしげが言いたいのはナノマシンはあくまで『出来ただけ』って事でしょ? でも、私達の体はそれに守られてる」

「どういう事だ?」

驚く久重にソラが自分の額をコンコンと叩く。

「【ITEND】は完成してるの。それもSFに出てくるような高性能な代物として。私もひさしげも今全然息を切らしてないで走れてるわ。それはこの【ITEND】にサポートされてるから」

「・・・信じるしかないんだろうな」

「さっきのターポーリンは【ITEND】での人体修復の検体として【連中】に体を弄繰り回された。でも、技術不足で修復ではなく『不完全な固定』しか出来なかった」

「それは・・・ソラが生きてる事とその・・・関係あるのか?」

「うん。私の【ITEND】は肉体だけなら細胞の残骸とエネルギーで完全な修復が出来る。エネルギーが溜まったら自動で肉体の破損を修復してくれるの。細胞の活性化支援プログラムとNDの細胞再構築OSが完全なものだから」

「SF・・・だな」

「うん。でも、SFみたいに無限のパワーや無限に復活なんてご都合主義じゃないの。この力を創造した人は言ってた『無から有を創造する事は今の科学では出来ない。これは神の力ではないんだ』って」

「なら、ちゃんと守らないとな」

「え?」

「ソラ。オレは君を二度も死なせない」

「あ、ありがと・・・ひさしげ」

二人は不意に夜の風を感じた。

長いトンネルから抜ける。

「帰るか。まずはそれからだ」

いつの間にか繋がれていた手をしっかりと握り返して、ソラは頷いた。


 
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