No.454433

落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 ⅲ

ありむらさん

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。
あと私の描く一刀さんは少々お強くあります。苦手な方はごめんなさい。
今回やっと華琳様がおいでになります。最後の方だけですけれど。

2012-07-17 00:11:10 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:11228   閲覧ユーザー数:8952

【ⅲ】

 

 

 部屋に程立はいなかった。けれどもあの足である。今は安静にしていなければならず、出歩くなどもってのほかなのだ。

 一刀は程立の寝かされていた部屋を辞すると、程立を探して村を歩き始める。

 盗賊の襲撃があったのは昨日のことだと云うのに、村はすでに活気を取り戻していた。死人が出なかったと云うこと、畑が無事だったと云うこと、それから何より攻めてきた盗賊をことごとく退治できたと云うことが、村人の活力に繋がっているのだろう。

 声を掛け合いながら作業を進めていく村の若い衆たちの中に、指示を出す戯志才、忙しく走り回る許褚と典韋の姿を見付ける。

 すぐにでも彼女らを手伝いたかったが、まずは部屋を抜け出した程立を探すことが先決だろう。

 ただ、擦れ違う村人に尋ねてみても、一向に彼女の行方は知れなかった。あの足ではそうそう遠くへ行くことなど出来ないはずであるから、誰かしら彼女の姿を見ていてもおかしくないのだけれど――と、一刀は何気なく村はずれに足を向けた。

 その先には昨日戯志才と話をした川がある。近づくにつれせせらぎが耳に届き、涼しい気分になった。水音に誘われるように歩を進める。

 すると――。

「おいおい」 

 川辺で岩にもたれ掛り、眠っている程立を見付けた。細い寝息が愛らしい。彼女の足元では猫が一匹丸くなって、同じように眠っていた。ひとりと一匹――寝顔はよく似ていた。

 けれども一刀の気配に反応したのか猫はその身を起こしてしまう。

「いけね、ごめんな。起こしちゃったか」

 足元によってきた猫に短く詫びると、一刀は上着を脱ぎ、眠っている程立にそっとかけてやる。水辺は、少し空気が冷えていた。

 その様子を見ていた猫が一声鳴く。構って欲しいのだろうか。

 一刀は人差し指を唇に当てて、猫に向き合う。

「しー。静かに頼むよ。程立さんが起きるからさ」

 云って猫を抱き上げた。そしてそっと程立の傍らに腰を下ろすと、猫をくすぐってやる。

「おまえ、村の猫なのか?」

 かすれるような声で静かに、一刀は猫に問う。これくらいの声量ならば、程立も起きるまい。

 猫は一刀の問いに答えるように、一刀の鼻の頭をその柔らかな肉球で、ぺしと叩いた。

「はは、そうか。町にいたのに村まで連れてこられたのかおまえ。今は半分野良の気ままな暮らしってか」

 猫はもう一度、一刀の鼻を叩く。

「そうかそうか。おまえもよく生き残ったなあ。昨日は大変だったろう?」

 そう云って一刀は猫を抱き上げると、程立の方へ向ける。

「そこの程立さんのおかげで、村の人たちは焼け死なずにすんだんだ。お礼云わなきゃなあ」

 すると一刀の意図を知ってか知らずか、猫は一際愛らしい声で細く鳴いた。

 

「お兄さん、猫と会話するのはさすがにどうかと思うのですよ」

 

「へ?」

 抱え上げた猫の陰から顔を出せば、程立が眠たげな目をこすっている。

「あちゃあ、起こしちゃったかな」

「いえいえー。おいおい、くらいから起きてたのです」

「はじめからじゃねえか……」

 苦く笑う一刀の隣で、程立が己の身体に掛けられた一刀の上着を不思議そうに見ている。

「これはお兄さんが?」

「ん? ああ、水辺は冷えるだろう? それより」

 一刀はたしなめるような声を出す。

「程立さん、絶対安静だろ。どうしてこんなところにいるんだ」

「そろそろ歩けるようにならないと、稟ちゃんや星ちゃんに迷惑がかかるのです」

 いまいちつかみどころのない程立であるが、その言葉には真剣な思いが宿っていた。

「だけどさ、無理をしちゃ治るものも治らないだろ? まだ痛むはずだ」

「ぐう……」

「寝るな」

「おぉ! お兄さんの鋭い指摘に、思わず逃避願望が」

 一刀は眠たげな彼女の半眼を見つめる。すると逃避はするりと身をかわす猫のように視線をそらし、一刀の上着を観察し始めた。

「見たことのない素材なのです」

 そして次の瞬間には白い詰襟の匂いを嗅ぎ始めたのだ。

「ちょ、ちょっと!」

「なるほどー。風は男の人の匂いなんて嗅いだことがありませんから、中々興味深いのです」

 詰襟は簡単に洗えないのでなるべく汗を吸わぬよう気を付けていたのだが、そうだとしても、改めて匂いを

嗅がれるのは気恥ずかしいものがある。

「ごめん、汗臭かったろう?」

「いえいえー。お兄さんの匂いがしたのです」

 答えると程立は詰襟のポケットから携帯電話を探り出す。

「げ」

 電源は落としてあるが、あまり好ましい展開ではない。

「ほほう。これが件の妖術兵器ですかー」

「いやいや、ただのおもちゃだって……」

「お兄さん。風の目は節穴じゃないのです。これが途方もない技術者によって作られたことなど、一目瞭然なのですよ」

 そう云いながらも、程立は携帯電話から目を離さない。

「稟ちゃんや星ちゃんは、深く訊いたりしなかったみたいですねー」

「……」

「お兄さんはー」

 程立はそこで視線を上げる。向けられた彼女の眼差しにはもう、眠気は宿っていなかった。

 

「お兄さんは、天の御遣いなのですか?」 

 

 彼女が何を云っているのか、一刀は数瞬理解できなかった。

「天の、御遣い? 何かな、それ」

「簡単に云いますとですねー。胡散臭い占い師の云った言葉がちょっとした噂になっているのです。天より流星に乗って舞い降りる天の御遣いが大陸を安寧に導くであろー、とまあこんな内容で」

 程立の顔色からは、彼女の感情が読み取れない。

「風たちは意味もなくあの荒野を彷徨っていたわけではないのです。昼間だと云うのに流れ星が落ちて来たものですからですねー」

「……」

「もしやと、思ってしまったんですねー、これが」

「……」

「そしてですね、どうやらその落下地点にいらっしゃったのが、お兄さんだけのようなのですー」

 一刀は何も云わなかった。猫を抱えたまま、黙っている。

「お兄さんは天の御遣いさんなんですかねー」

「――どうなんだろう」

 静かに、一刀は程立に答えた。

「根掘り葉掘り訊く女の子は嫌いですかねー」

「いや、好奇心の強い子は好きだよ」

 そんなことを考えながら、一刀は遠くない記憶をたどる。

 ――そうだな。うん。

「お兄さん?」

 自分は今どんな顔をしていたのだろう――訝しげにこちらをうかがう程立の顔を見て、そんなことを考える。

「信じられない話かもしれないけどさ」 

「はい」

「俺、あの荒野にいる前は、自分の部屋にいたんだ」

 程立はよく分からぬと云う顔をする。

「部屋にいたはずなのに、気が付いたら荒野に倒れてたみたいなんだよね」

「……」

「俺の故郷はここからずっと遠くで、少なくとも歩いては絶対に帰れない場所にある――と思う。でも、俺はどうして自分がここにいるのかそれが分からなかったんだ。ただね、程立さんの話を聞いて、少しわかった気がする」

「天から落っこちてしまったのですね、お兄さんは」

「みたい。どうして落っこちたのかは分からないけれど」

 流星は確定だな、と一刀は思う。自分が時間逆行したとして、程立が見た流星と云うのは逆行現象に伴って発生する何らかの閃光であったのだろうと推測する。それ以上は考えようもないが、やはり自分は何かの理由で大昔の中国に飛ばされてきたらしい。

「じゃあやっぱり、お兄さんは天の御遣いさんなんですねー」

「その呼び方はどうかと思うけど、そうだな少なくともここの住人ではないかな」

 自分で用いた『ここ』と云う言葉が一体どこを指すのか、それを明確にせぬまま、一刀は会話を進めていく。

「じゃあ、これも天の道具なのですかー?」

 程立は携帯電話を差し出す。

「そうだね。それと同じものを相手が持っていたら、遠く離れていても話が出来るんだ」

「ほほー、それはすごい」

「あ、信じてないな」

 苦く笑った一刀は携帯電話を受け取ると電源を入れ、カメラモードを起動する。

「じゃあもうひとつの機能を披露しよう」

 一刀は猫を抱えなおすと、程立に身を寄せる。

「はわ、お兄さん……」

「これをね、こうすると」

 撮影音が響く。

「閃光の呪いですか。やはりお兄さんは、妖道仁斎なのですか」

「だから、呪いじゃないって云っただろ。それから妖道仁斎は勘弁してくれ」

 ――黒歴史だな、こりゃ。

 眉根を寄せながら、一刀は携帯電話の画面を見せる。

「風とお兄さんが、いるのです」

「写真って云ってね。ありのままの姿をこうして映し出すことが出来る技術。面白いだろ?」

 程立はしげしげと画面に見入っている。

「今って云う時間はさ、どんどん次の瞬間には過去になって、消えて行ってしまうだろう? 俺の世界の人は、今この瞬間、今この光景を切り取って残しておきたいと、そう思ったんだ。思い出に形が欲しいって、思ったんだな」

「じゃあ……風とお兄さんの思い出も、今形になったのですね」

「うん。そうだな」

 まだ不思議そうな顔をしながら、それでも程立は嬉しそうに微笑む。

 流星の話を聞かせてくれた、そのほんの礼のつもりだった。手品にしてはちゃちだったかも知れないが、こうして喜んでくれたのなら嬉しい。

「さて、そろそろ戻ろう。村も安全だし、ゆっくりしていけばいいじゃないか」

 そう云って抱えていた猫を下ろすと、程立の表情が曖昧に曇った。

「安全ではないのですよ」

「なに?」

「盗賊は、あれで全部じゃないのです」

 程立は静かに云った。

「なんだって?」

「南に根城があるそうなのです。きっとまた攻めてくるでしょうから、風は早く歩けるようにならないといけないのです。このままでは足手まといですから」

 戦うにしても、逃げるにしても、だろう。

「そうか。――でも今は絶対安静」

 一刀は程立を抱え上げる。

「あ、わ、お兄さん」

「はい、じっとする。部屋に戻るぞ」

 一刀は有無を云わさず、程立を抱えたまま、その場を去った。

 

 

 

 

 じゃあ俺はみんなを手伝ってくるよ――北郷一刀はそう云って部屋を辞去した。

 程立は今、趙雲が寝かされている部屋にいた。足に負担をかけさえしなければよいので、大人しく椅子に座っている。部屋には他に戯志才がいて、三人で茶を啜っていた。

「やはり、一刀殿は天の御遣いであったか」

 戯志才が唸るように云う。

「ふむ、天の御遣いか。聞きようによっては妖道仁斎よりも胡散臭いが――北郷殿は信用できる御仁だろう。そう難しい顔をするでない、稟」

「いえ、別に一刀殿を不審がっていると云うわけではないのです。ただ天の御遣いと云うには、その、随分と親しみやすい方だったものですから」 

「気のいい兄ちゃんって感じだったからなあ」

 程立の頭の上の人形が動く。この台詞が腹話術によって発せられたものであると云うことを、他のふたりは諒解している。

「確かに、天の御遣いと云うくらいであるから、気難しそうな御老かと想像していたのだがな」

 趙雲が笑む。

「なあに、北郷殿は中々に良い男。干からびた老人が杖をついてくるよりは、ずっと良いではないか」   

「星――」

 戯志才が呆れたように笑う。

 その時、部屋の戸が勢いよく開かれた。飛び込んできたのは典韋である。

「あ、あれ」

 典韋は部屋の中に視線を巡らせ、戸惑ったような声を上げる。

「む? どうしたのだ、典韋」

 趙雲が声を掛ける。

「あ、その、村長を探していて」

「長老殿か、今日はいらしていないが――伝言があるなら伝えよう」

「え、あ、はい。陳留の刺史さまがいらしてまして、長老に話があると」

 典韋の言葉に、戯志才が驚いた声を上げる。その様子を、程立はじっと見ていた。

「陳留の刺史って――曹操様」

「はい、そう名乗っておいででした」

 戯志才は茶を取り落とさぬうちに置くと、呼吸を落ちつけようと努めている。

「稟ちゃん」

 程立は声を掛ける。

「稟ちゃんは行ってください」

「風! いったい何を!」

 戯志才は目を見開く。

 

「――まだ、稟ちゃんは曹操様に会うわけにはいかないんでしょう?」

 

 穏やかな程立の視線の先で、戯志才は苦虫を噛んだような顔をした。

「風はまだ歩けません。旅の足手まといになってしまうのです。星ちゃんはもう動けるみたいですし、ふたりでお先にどうぞー」

「できません! あなたを置いてなど!」

「そうだぞ風。私が風を抱えて行けばよいだけではないか」

「いつ歩けるようになるともわからない風をですか? この前のように野盗に襲われた時はどうするのですか? 野盗で済めばまだいいのです。旅の途中、一体何が起こるのか誰にもわかりません。足手まといは置いていくべし、なのですー」

 風ッ、と叫ぶ戯志才の声に居場所をなくした典韋が首を竦める。辞する辞せない彼女にはかわいそうなことをしたと、程立は思う。

「稟ちゃん」

「……なんです」

「旅の行程は、それほど変わってはいないのでしょう?」

「決めてあった辺りまで、は」

 戯志才は視線をそらし、眼鏡のふちを触っている。馬を借りようと云いださないのは、決して裕福でない村に迷惑を掛けたくないからだろう。

「だったら風は、お兄さんと追いかけるのですよ」

「へ?」

 間抜けな声を上げた戯志才に、程立は微笑みかける。

「お兄さんは足が速いですから、風を抱えて突っ走ってもらうのです」

「でも――」

「超のつくお人好しのお兄さんです。行くあてもないようですから、きっと引き受けてくれるのですよ」

「ふむ。北郷殿なら信用できるか。どうだ、稟。北郷殿と道中道連れとなれば、天の話を聞くこと、叶うやもしれんぞ」

 それでも戯志才は深く悩んでいた。

 しかし、陳留の刺史曹操が村に来ているのならば、そう時間もない。

「――分かりました。一刀殿は? 私から直接お願いを」

「いえいえー、お兄さんは今大忙しですから。風が云っておくのです」

「で、では、せめて文を残していきましょう。私の都合でご無理を願うのです。最低限の礼は尽くさねばなりません」

「ふむ、ならば、この趙子龍からも一筆残しておこう。アレの使い方もお教えせねばならんしな」

 不敵に笑う趙雲に程立は問うような視線を送る。

「アレ、とはなんです?」

「ふふ。先日の礼に、この趙子龍の秘法を贈らせていただいたのだ」

 不敵であった趙雲の笑みは、だんだんにやにやといやらしいものになる。きっと碌でもないものを贈ったに違いないと、程立は北郷一刀に少々同情の念を覚えた。

 ――お兄さんには、女難の相が出ているのかもしれませんねー。

「典韋ちゃん」

 ぼんやりとしながらも、程立は困り顔の典韋に声を掛ける。

「長老さんは村の奥の畑にいると思うのです」

「え?」

「行ってみてください」

 淡く笑んで云うと、典韋は慌てて礼を述べて駆け出して行った。

 程立は文を書くふたりの背中を見つめる。もしかすれば、このままふたりとは今生の別れとなるやもしれない。正直なところ、北郷一刀が自分の願いを聞き入れてくれるかどうかなど、分かろうはずもない。

 ただ、足手まといとなった自分が仲間の志の邪魔になるのは耐えられなかった。それに彼女らと別れたとて、己の道が立たれるわけでもない。

 寂しさがないと云えば嘘になる。

 別れは、やはり辛い。

 けれども、もう――決めたことなのだ。

 典韋が出て行った部屋の戸が風で開く。

 外の景色は妙に明るくて――程立は意図せず、目を伏せた。

 

 

 

 

 長老は典韋に手を引かれ、速足で歩いていた。先ほど、趙雲、戯志才のふたりに挨拶を受けた。村を去るとのことだった。

 できれば彼女らに礼をしたかったのだが、彼女らは急ぎの都合あるらしかった。慌てて去っていった彼女らの姿を見て、村にやってきたと云う官軍と関わり合いになりたくないのだろうと考える。

 多くの税を吸うばかりの官軍が、今度は何をしにきたのか。しかも来たのは陳留の刺史と云う。この村はその人物の治める土地ではない。

 村には焦げた臭いがただよっている。けれども、そこに血の臭いが混ざっていないのは、先ほど去った旅人達のおかげだろう。

 そんなことを考えながら、長老は人だかりに近づく。

 長老の到着を知って、野次馬と化していた村の衆が道を開ける。

 その先には兵を引きつれた若い女が四人。馬は村はずれに繋いできたのだろう。

 黒髪を長く伸ばした女は大剣を握り、周囲に鋭い視線を放っている。

 他方、大剣の女と似た服装の短髪の女は冷静な眼差しで、村の様子を伺っているようだった。

 村の様子を伺っていると云う点では、最も小柄で聡い顔立ちをした娘も同じかもしれない。

 どの娘も非凡な気配を漂わせている。

 けれども。

 けれども――。

 彼女らの先頭に立つ、黄金色の髪の娘は、その場にいた誰よりももっとも輝く気配を放出していた。はるか遠くからであっても、彼女の輝きを見失うことはないのではないか、そう思わずにはいられない強烈な煌めきは、さながら日輪のようで。その眩さに、長老は自然と礼をとる。

「あなたが村長?」

 黄金色の娘は、りんと通る声でそう問うてきた。

「は……」

「私は陳留の刺史、曹操。昨日、この村に盗賊が押し寄せたと聞いてきたのだけれど」

 曹操は焼けた村に目を細める。

「本当だったみたいね」

「は……」

「私はその盗賊団を追ってきたのだけれど、どこに行ったか分からないかしら」

「とんと、分かりませぬ」

 静かに答える。

 すると大剣を握る女が、ずいと前に出る。

「そんなはずはなかろう! 盗賊が逃げて行った方角くらい分からんのか!」

 そんな女の様子を、曹操は咎めようとしたのだろう。薄らと唇が開かれる。

 しかし、曹操の声が発せられる前に。

 

 大剣の女を遮る一撃があった。

 

 視界の端から飛び込んできたのは、鈍色の鎖鉄球。それを放ったのが何者であるのか、それは自明であった。

 大剣の女、そのすぐ前に、轟音を立てて鉄球が叩きつけられる。女は殺気のこもった目で、鎖の先を――仕掛けた張本人を追う。

「だめ! 季衣!」

 傍らの典韋が叫び、飛び出そうとしたのを、長老は制した。

「流琉、止せ」

「……長老」

 典韋が鳴きそうな顔でこちらを見つめている。

「長老に何するんだ! 官軍!」

 許褚が鋭く叫ぶ。

「季衣止すのじゃ!」

 長老が叫ぶが、その前に大剣の女が走り出している。許褚は鉄球を引き寄せ女の攻め手に備える。

 けれども。

「そこまでッ!!」

 曹操の声が空気を切り裂き、ふたりは動きを止めた。

「ふたりとも、武器を納めなさい」

「しかし、華琳様」

「――春蘭」

「は……」

 大剣の女は曹操にたしなめられ、渋々と云った様子で下がっていく。

 長老は静かに、曹操の前へ平伏した。

「曹操様、村の者がとんだご無礼を働きました。しかしながら、あの者はまだ幼うございます。年少者の過ちは親の過ち。私があの者の親代わりでございます。どうか、咎はこの老いぼれにお与えくださいませ」

「長老!」

「季衣! 下がれ!」

 長老は平伏したまま、怒声を発する。その声に打たれ、許褚は目に見えて小さくなる。それを典韋がそっと抱き寄せた。

「曹操様、どうか」

 しかし、曹操は長老を見ず、じっと許褚を見つめている。

「あなた、名は?」

「許褚、と云います」

「そう。私は陳留の刺史、曹操」

「ちん、りゅう――」

 それを聞いた許褚の顔が青くなる。

「あ、あの、ボクてっきり――ち、陳留の刺史さまは立派な人だって、それなのに」

 云っている内容は整然としないが、許褚の意図するところは曹操に伝わったようだった。

「あなたの怒りは最もだわ、許褚。国が腐っているのは確かなこと。それに民から見れば、官軍など大して変わらないでしょうしね。むしろ、あなたのような子にそのような顔をさせてしまうことを申し訳なく思うわ。この地を治める州牧は盗賊に恐れをなして逃げ出したのよ」

「へ――?」

「ごめんなさいね。もう少し早く駆けつけられたなら、よかったのだけれど」

 曹操はそう云って瞑目し、許褚に詫びた。

「そ、そんな、ボクの方こそごめんなさい!」

 許褚はその場に平伏して詫びる。

「罪には問わないわ。それより、これ以上盗賊団をのさばらせておくわけにはいかない。――長老、やつらはどこに行ったのかしら」

 曹操は平伏する長老に目を落とす。

「顔を上げてちょうだい」

「は」

 長老は曹操を見上げる。

「盗賊の行方は、お答えいたしかねまする」

 その答えに、大剣の女が不機嫌そうな顔をする。

「何故かしら」

 曹操が問う。

「盗賊どもめは、ことごとく退治されたからにございます」

「え?」

「端的に申しましょう」

 

「盗賊ども、三百人は皆殺しと、相成りました」

 

 長老の言葉に、曹操が許褚を見る。

「許褚、あなたがやったの?」

 その問いには、長老が答える。

「その者も尽力いたしましたが、真に村をお守りくださいましたのは旅のお方」

「旅人?」

「は……今朝方、村を去られてしまいましたが、そのお力によって村をお守りくださいました。でありますれば、このように少々焦げ臭くはなりましたが、村に死人は出ませなんだ」

「なんですって?」

 曹操ではなく、彼女の後ろに控える小柄な娘が声を上げる。文官なのだろうか、随分と華奢な娘だった。

「死人に語る口なし。ゆえに盗賊の正確な帰り先は分かりかねます。なれど曹操様」

「なにかしら」

「南に盗賊の根城があると聞き及びます。やつらあちこちに出かけては略奪を繰り返しておりますようで、いつその根城に戻るかはわかりませぬが」

「そう、分かったわ。――長老、その旅人が去ったのはもう随分と前かしら」

「は」

「そう。三百の盗賊を討ち取ったその腕前、是非とも欲しかったのだけれど」

 曹操はそう云って、許褚に向き直る。

「許褚、あなたも戦ったのね」

「ボクだけじゃなくて、この流琉――じゃなくて、典韋も一緒に戦いました!」

「て、典韋と申します!」

 許褚の言葉に、典韋が名乗る。

「そう。許褚、典韋。ふたりとも、私に力を貸しなさい」

 曹操の言葉にふたりは驚きの声を上げる。

「私はいずれ大陸の王となる。けれど、今の私の力はあまりに小さい。許褚、典韋――あなたたちの武勇、私に貸してくれないかしら」

「大陸の、王」

 ふたりは目を丸くしている。

「で、でも――ボクたちがいなくなったら、この村は。もう、賢人の兄ちゃんたちもいないし」

「村は私が守りましょう」

 その曹操の言葉に、村人がみなどよめく。

「州牧が逃げ出したと云ったわよね。そのあとを私が継ぐことになったの。だからこの村は私が守る。だから、あなたたちにはもっと多くの人を守ってほしいの。私のもとで」

 典韋と許褚が、長老を見る。

「かまわぬ」

 長老は静かに云った。

 ――これも、天命かもしれぬの。

 許褚と典韋は意を決したように顔を見合わせる。

「曹操様!」

「よろしくお願いします!」

 そしてふたりして頭を下げた。

「じゃあ、まずは盗賊を始末しましょう。春蘭、秋蘭――許褚と典韋はあなたたちの下につけるわ」

「は」

「御意」

 許褚と典韋はそれぞれの得物を抱えて、支持されたふたりの元へ向かった。許褚の方は大剣の女に何やら詫びているらしい。ただ、大剣の女は笑ってそれを許しているようだった。あまりものを考えぬたちなのか、器が大きいのか。

 そのようなことを考えていると、どこからともなく、間延びした眠たげな声が届いた。

 

「あのー、少々お待ちいただきたいのですがー」

 

 足を引きずりながらやって来る娘を見て、長老は驚愕する。

 旅人たちは、みな去ったのではないのか。

「あなたは?」

 曹操が問う。

 するとその娘は緩慢な動作で礼をとり、こう答えたのだった。

 

「程昱と申します」

 

 

《あとがき》

 

 ありむらでございます。読んでくださった方、コメントをくださった方、メッセージをくださった方。皆々様、本当にありがとうございます。とても励みになっております。

 それから、先ほど気が付いたのですが、たくさんの方が私のことをお気に入り登録してくださているようで、とても光栄に思います。

 さて華琳様が登場、そして風さんが程昱を名乗ってしまいましたね。

 と云うより、風さんがふたりとたもとをわかってしまいました。これはやってみたかったことでしてですね。いつも稟さんと風さんは一緒なのでわけちゃえと。まあ、ちょっとした試みですね。

 今回一刀さんは序盤で退場してから出てませんが、次回はまた出てくれます。そろそろ一刀さんにも曹操軍に加入していただかねば。

 それでは、今回はこのあたりで。

 コメント、感想、お気に入り、あとはどんな機能があっただろう――兎に角どしどしご遠慮なく下さると嬉しいです。

 ではでは、次回もこうご期待!!

 

 ありむら


 
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