No.453942

落日を討て――最後の外史―― 真・恋姫†無双二次創作 ⅱ

ありむらさん

独自解釈独自設定ありの真・恋姫†無双二次創作です。魏国の流れを基本に、天下三分ではなく統一を目指すお話にしたいと思います。文章を書くことに全くと云っていいほど慣れていない、ずぶの素人ですが、読んで下さった方に楽しんで行けるように頑張ります。
さてさて、今回はとある村に四人が立ち寄ります。再言しておきますが、魏国でお話は進めていきますけれど、原作から離れることが多くなるやもしれません。すでにそうなりつつあるのですが。その辺りはご了承ください。
あと私の描く一刀さんは少々お強くあります。苦手な方はごめんなさい。
さあ、今回もこうご期待。ですぞ。

2012-07-16 10:17:23 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:11653   閲覧ユーザー数:9255

【ⅱ】

 

 戯志才が云った通り、森の中には村があった。村人に訳を話すと、趙雲ともうひとり、程立と名乗った少女の治療をさせてもらえるらしい。寝泊まりするところを得られたのは幸運だった。

 村を訪れてから、数日が経つ。一刀は村から少し外れた川のほとりに腰掛けていた。涼しい風が通り過ぎていく。

 こちらに来てから――と表現するのがいいだろう――色々と考えてみた。

 ひとつ大きなヒントになりそうだったのは、槍の娘の名が趙雲だと云うこと。これは蜀に仕えたあの趙雲のことだろうか。

 一刀の記憶にある趙雲は男性として伝えられているが、彼女は女性である。ただ、女性であった趙雲が男性として伝えられていたとするなら、ありえない話ではない。歴史など往々にして改ざんされるものであるし、時代柄仕方がなかったのかもしれない。

 そう思うと、村の様子など合わせて考えるに、自分は時間逆行したのではないか。川の流れを眺めながら、一刀は思う。

 理由は分からない。ただ一刀を取り巻く状況のすべてが、そう物語っていたのだ。

 おまけに彼女が趙子龍であるならば、ここは日本ではなく中国なのだろう。趙雲らの服装を見るにその予想も当たっていそうである。言葉が通じている点、少し引っかかるが、今は気にしても仕方がないだろう。

 とするならば、村に滞在できたのは本当に幸運だったと思う。時間逆行した一刀に、行き場所などないのだ。

 村の時間は緩やかだった。元いた現代で慌ただしい日々に追われていた自分にはない安らぎがある。

 一刀は農作業を手伝ったり、子供たちに遊びを教えたりしながら、これまでの数日を過ごしていた。

 戯志才には何度か会ったが、趙雲と程立の姿は見ていない。容体がかんばしくないのだろうか。そう思うと、戯志才に根掘り葉掘り聞くことも躊躇われた。いっそ彼女の方から何か云ってはくれまいか、そう考えていると、背後で人の気配がした。

「ここにいらっしゃったのですか、一刀殿」

 戯志才が眼鏡を押し上げながらやって来る。

「こんにちは。一昨日ぶりかな」

 ここ数日でやや打ち解けたやりとりができるようになった。

「そうですね、一刀殿はここで何を?」

「うーん、ゆっくりしてる。農作業もさ今日はお休みって云われたんだ」

 見るからに優男である自分に、きっと村人は気を遣ってくれているのだろうと、一刀は思う。そう云った気遣いは過剰でない限り、ありがたく受け取っておきたかった。

「星が目を覚ましました」

「ほんと!? よかった」

「起きるなり寝台を出ようとするので、叱りつけて来たばかりです」

 戯志才の言葉に、一刀は勇ましく戦っていた趙雲の姿を思い出す。

「まだ安静だよなあ、流石に」

「勿論です。一時は命が危なかったのですから。長老殿が薬師であったからよかったものの」

「え。命危なかったの?」

「ええ、かなり危険だったみたいです。そうでなければ、星があのような雑魚におくれを取るはずがありません。あんな三下、指一本で倒してしまうでしょう」

 戯志才は微笑みながらそう云った。確かに天下に名高い趙子龍である。それが名もなき野盗におくれを取ろうはずもない。むしろ――。

 一刀は死に体の身体を押して仲間を守っていた趙雲に改めて尊敬の念を覚える。話を聞くに、あの時趙雲は視界はおろか、平衡感覚すら覚束なかっただろう。よく槍を振るえたものである。

 まさに超人と云うべきか。

「でも、もう大丈夫なんだよね?」

「はい。一刀殿にもご心配をおかけしました」

「いやいや。そんなにかしこまらないで」

「星は病の身であったとは云え、雑魚におくれを取ったのが我慢ならないようでして」

「なるほど、身体を動かしたくなったと」

「みたいですね」

 呆れる戯志才に、一刀は話題を変えてみることにした。

「それで程立さんの方は」

「風は――」

 云いさした戯志才に、一刀は疑問をはさむ。

「それってさ、程立さんの本名?」

「本名? 風、ですか?」

「うん」

「何を。真名ですよ。変な冗談はよしてください」

 戯志才は困ったように云う。しかし、冗談などではない。一刀はいたって真面目に問うているのである。

「あのさ、ごめん。真名って何?」

 一刀の問いに、戯志才は目を丸くする。

「一刀殿は真名をご存知でないのですか?」

「うん」

 いぶかしむような戯志才の視線に、小首をかしげて応える。

「その真名と云うのはですね。本人が心を許した証として呼ぶことを許す名前であり、私たちにとって特別な意味を持つ名なのです」

「へえ、じゃあ俺が安易に真名を呼ばなかったのは正解だったわけだ」

「星あたりならすぐさま斬り飛ばしたでしょうね。そうされても文句の云えないほど、大切な名が真名なのです」

 そこまで云って、戯志才は何かに気が付いたようである。

「よもや、一刀殿には真名が――」

「ないよそんなの。俺の故郷じゃそんな慣習はなかったからなあ。心を許した相手に呼ばせるって意味じゃあ、一刀って云うのが真名に近いのかも」

 そう答えると、戯志才は顔を青くする。

「な、な――」

「あー、いやいや。そんなに気にしてくれなくてもいいよ。別に俺のことは一刀って呼んでもらっていいから」

「し、しかし」

「じゃあ、今許す。そしてこの許可は出会いの時にさかのぼって効力を有します。なんてね」

「そ、それでは、私も真名をあなたに預けなければなりませんね」

 戯志才は意を決したように唇を引き結んだ。

「待った待った!」

 そんな戯志才を一刀は慌てて制する。

「戯志才さんは俺に心を許したわけじゃないだろ?」

「一刀殿と呼ばせていただく以上、こちらも真名を預けねば不公平です」

「いや、それは少し違わないか?」

 一刀は説くように云う。

「そりゃあ、真名を預けてもらえるのは嬉しいけど、無理はして欲しくないよ。俺自身、自分が怪しさ満点だっていうのは分かってるんだから」

 微笑みを向けると、戯志才は困ったような顔をする。

「それにね、俺の故郷じゃ名を呼ぶのに真名ほど深い意味はないんだ。だから、別にそれほど重く考えてもらわなくていいよ。むしろ、俺の名前と戯志才さんの真名じゃあ釣り合わないと思う」

 しかし、一刀はふと引っ掛かりを覚える。

「あ、もしかして――真名を教えてもらうの、断っちゃだめとか?」

「え?」

「あ、いや、さ。相手が大切なものをくれようとしているのに、いらないって云うのは逆に失礼かなあって思ったり」

 そう云うと戯志才は淡く笑んだ。

「真名を受けるのを断る人は見たことがありませんね。ただ、真名の慣習を知らない一刀殿が真名のことを大切に考えてくださったのは嬉しく思います」

「そっか。じゃあ、戯志才さんの真名は、あなたが俺を本当に信用できるようになった時に教えてもらおうかな」

「確かに、妖道仁斎の胡散臭さは半端じゃなかったですからね」

「うっ。まいったなあ」

 頬を指でかく一刀に、戯志才が楽しげに笑う。

「ふふ。それにしても、一刀殿の故郷はいずこなんです?」

「え?」

「いえ、不思議な着物を着ておられますし」

 さて、何と答えたものだろう。自分が時間逆行していたとして、日本だ東京だ浅草だと云ったところで通じるはずもあるまいと、一刀は考えを巡らせる。

 ――適当でいいか。

「俺の故郷はずっと東かなあ。うんとうんと東のド田舎」

 間違いはあるまい。この時代の日本はド田舎に違いないのだ。

「ド田舎? しかし先日のカラクリは――あのような不思議なものは見たことがありません」

「え? ああ、あれは――故郷でもすごくすごく珍しいものなんだ。だから、内緒にしてもらえるとありがたい」

 おかしなものを持っていると云って騒ぎになってもたまらない。

 ただ――とすると、この服も着替えた方がよいのかもしれない。村の住人が自然に受け入れてくれたものだから、自分の持つ違和感に鈍感になっていた。確かに聖フランチェスカの制服は目立つだろう。

「そうなのですか。分かりました」

 戯志才もはぐらかした一刀の意図をどこかしらくんでか、それ以上追及はしなかった。

「さて、俺はそろそろ戻ろうかな。村の子供たちと遊ぶ約束があるんだ」

「一刀殿は人気ですものね」

「物珍しいだけだろうけど。ただ、子供に囲まれるのは楽しいし、嬉しいよ。うきうきしてくる」

「分かります。あの無垢な笑顔は何物にも代えられません」

「――だな」

 微笑みを交換すると、ふたりは川のほとりを離れ、森に戻っていく。村にはすぐに到着するだろう。

「そう云えば話がそれちゃったけど、程立さんの怪我の具合はどう?」

「あまりかんばしくはないようです。歩けるようになるには、まだ少しかかるかと」

「そうか、見た感じ折れてはないと思うんだけど」

「ええ、ただ思った以上に痛むようです。思い切り足蹴にされましたから、風は」

 その言葉に、一刀は黒い感情を抱く。華奢な程立の身体を遠慮もなく、下衆な笑いを浮かべて蹴りつける野盗の姿を想像して、奥歯を強く噛んだ。

「お優しいのですね」 

「ん?」

「出会って間もない私たちのために、そのような顔をなさる」

 一刀はきょとんと、戯志才を見つめた。

「変な顔だった?」

「さあ、どうでしょう」

 いたずらっぽく戯志才が笑う。

 

 しかし、その笑みはすぐに凍りついた。

 

「一刀殿ッ!」

 戯志才が空を指差す。

 その先には――黒煙が、上がっていた。

 村の、方角である。

「ちくしょうッ!!」

 嫌な予感が全身を駆け巡ったその刹那、一刀は弾丸のように飛び出していた。

 背後から届いて入るはずの戯志才の声もまるで聞こえてはいなかった。

 

 

 

 

 

 何があったと云うのか。

 ――何があった!?

 自問するまでもない。碌でもないことが起こっているに決まっている。本当にどうしようもなく碌でもないことが、とても酷いことが起こっているのだ。

 一刀は森を駆ける。

 脳裏にはいくつもの顔が走馬灯のように駆け巡っては消えて行った。

 優しく受け入れてくれた村の長老。

 農作業を共に行った村の男たち。

 ささやかな宴を開いて、歓迎してくれた村の女たち。

 一刀の身体に纏わりついて離れなかった、愛らしい村の子供たち。

 病で動けぬ趙雲。

 怪我で動けぬ程立。

 ――くそったれッ!!

 木の枝が、鋭い葉が、一刀の皮膚を切る。しかし、それらで止まる一刀ではない。否、一層加速する。

 急がねばならない。

 急がねばならない。

 ――急げッ! 北郷一刀ッ!!

 己を叱咤し、駆け抜ける。

 そして――。

 

 燃えている。

 

 眼前で、赤い炎が。

 

 あの優しい村が、焼けて――。

 

「くそッ!」

 瞬時立ち止まった一刀は疾走を再開する。

 そして見つける。

「程立さんッ!!」

 呼ばれ、視界の奥で程立がこちらを認める。痛む足を引きずり、村人を誘導しているらしい。

「お兄さん……ッ」

「一体何が」

「盗賊が火を放ったのです。今は星ちゃんが足止めしていますが、数が多くて」

「ひとりでか!?」

「そうなのです」

 程立は表情を曇らせる。

 住居の焼ける臭いが鼻について不快だった。

「足は?」

 短く問う。

「大丈夫なのですよ」

 辛いだろうに、無理を押して苦しげに笑む程立が痛々しかった。ぎりりと悔しさを噛み締める。先日野盗追い払った時とは全く違う、黒く燃える感情が胸の奥に充満していた。

「俺は行く。程立さんは住民の誘導を頼むよ」

「がってん承知なのです」

 程立の返事を聞くや否や、一刀は己を撃ち出す。趙雲の姿を探し、走り抜ける。

 まだ朝のうちだと云うのに、村は夕日を塗りたくったかのように赤い。たき火の匂いとさして変わらぬはずであるのに、ただよう臭いがこれほど不愉快なのは、きっとそれが、大切なものが失われていく証だからであろう。

「一刀ちゃん!!」

 猛進する一刀の耳に悲痛な声が届いた。見やれば、少女がひとり崩れかかった家屋の前で泣き叫んでいる。今日遊ぼうと約束した子供のひとりだった。

「どうした!」

「お母さんが、お母さんが!」

 そう云って、少女は燃える家屋の中に入っていってしまう。時間が惜しい一刀であるが、少女を見捨てることなど出来るはずもない。

 俊足をもって、少女の後を追い、家屋に浸入する。

 そこには――。

 崩れた柱の下敷きになった少女の母親がいた。宴で酌をしてくれた女性である。夫を早くに亡くし、女手ひとつ、娘を育てている。そう話していたのを思い出した。

「逃げなさい!」

 母親が娘に向かって叫ぶ。少女はそれを受けてもいやだいやだと首を振るばかり。そこに一刀が到着する。どうやら母親は背負っている荷物のおかげでそう重症ではないらしい。

「北郷様!」

 母親は驚いた顔をして叫ぶ。子供たちに遊びを教え、大人たちには効率的な農業技術を説いた一刀は賢人として村人から敬われていた。

 その賢人が燃える家中に立っているのである。母親はいても立ってもいられないと云う表情で声を上げる。

「北郷様!! どうか! どうか! その子を連れてお逃げください! どうか!!」

 泣き叫ぶように、母親は訴える。

 そのようなこと。

 そのようなことが。

 ――出来るはずあるかッ!!

 北郷は崩れた柱の隙間に身体を差し入れる。そして刹那、全身の筋肉を脈動させた。

「はァ!!」

 気合一声、柱が持ち上がる。

「早く!!」

 唖然とする母親に声を掛ける。母親は急ぎ柱の下から這い出した。それを認め、一刀は柱を投げ出す。

「向こうで程立さんが安全なところへ導いてくれる。急いで!」

「あ、ありがとうございました、北郷様!」

「ありがとう! 一刀ちゃん!!」

 母娘は礼を云い、その場を去った。

 一刀はすぐさま探索を再開する。

 そして――村の入り口、そこに赤い槍を構える娘の背中を見付けた。娘の目の前には残忍な盗賊たちが、その大きな身体を見せつけるようにして立っている。

「趙雲さん!」

 一刀は叫び、同時に跳躍、趙雲の傍らに降り立つ。

「北郷殿――」

「身体は?」

「なあに。この趙子龍、病ごときに敗れるほど弱くはありませんぞ。ただ、盗賊が左右に展開してしまいましてな」

「何?」

「不覚でした。おかげで火を放たれる始末」

「じゃあ、俺が」

「いえ、左右にはそれぞれ腕利きが向かいましたので大丈夫でしょう」

 趙雲はそう云うと、挑戦的に槍を構える。

「腕利き?」

「ええ、この村には腕利きがふたりばかりおったようでしてな。そのふたりに左右は任せました」

「なるほど、じゃあ俺たちは」

「眼前の馬鹿どもを始末すればいいと云うことです」

 一刀は前方向へ鋭い眼光を放つ。大柄の盗賊たちが、こちらを侮り切った顔で見下している。この下衆どもが、これから一体どのような行為をこの村に働こうと云うのか。

 

 恐ろしい映像が脳裏を駆け巡る。

 

 混乱。

 殺戮。

 凌辱。

 破壊。

 貧困。

 飢餓。

 この映像は――どこで見たのか。覚えがない。けれども、その恐ろしい光景だけが刻まれている。焼きごてを皮膚に押し付けたように。くっきりと刻みつけられている。焼き付いている。それは脳裏にであるのか、網膜にであるのか。

 どちらであったとて、構わない。

 一刀は直立し、胸を張る。

「趙雲さん」

「分かっておりますぞ、北郷殿」

「手加減は」

「無用ッ!!」

 飛び出すふたり。

 

 決着までに、そう時間は掛からなかった。

 

 

 

 

「ええい、北郷殿。この趙子龍、いつまでも呑気に寝ているわけには」

「だめだって! 長老だって安静にって云ってただろ!」

 一刀は趙雲を寝台へ押し込むとひと息ついた。

「北郷殿は強引ですな。――むむ、よもや」

「ん? なに」

「北郷殿。乙女をこのように寝台へ押し込んで……一体何をするつもりですかな?」

 趙雲が身をよじらせて、布団を顔までかぶる。

「は!? ちょっと待った! 別にそう云うんじゃ」

「ここで私が、きゃーと悲鳴でも上げれば」 

「うわ! だめ! それはまずい!」

 一刀が露骨に焦ってみせると、趙雲はにやにやと笑う。

「中々どうして、北郷殿はからかい甲斐がありますな」

「勘弁してよ。洒落にならん」

「ふふ。冗談はこれまで。村の様子はどうです」

 問う趙雲に向かうように、一刀は椅子に腰かけた。

「程立さんも絶対安静だってことで、戯志才さんが中心になって復興作業を始めたみたいだ。それで――」

「何か問題でも?」

「いやいや。逆だよ。趙雲さんが奮闘してくれたおかげで死人は出なかったみたい」

「あの大火事の中、ですか」

「長老さんが村の衆一同を集めて感謝の宴を開きたいって云ってたよ」

 そう云うと、趙雲は少し困ったような顔をした。

「長老には治療の際、散々礼を云われたのですよ」

「みたいだね。でもさ。みんなの無事を祝うって意味で宴を開いてもらってもいいんじゃない?」

「――それも、そうですな。久し振りの酒ですから、大いに楽しまねば。私は前回呑みそびれましたからな」

 前回とは歓迎の宴のことであるが、その時趙雲はまだ病のため意識を失っていたのである。酒が好きらしい彼女の眸が、爛々と光っている。

「ただ、やはり私だけの手柄と思われたくはない」

 趙雲は感情の読めぬ声でそう云う。

「死人が出なかったのは、避難誘導に尽力した風に稟、村の若い衆。それに展開した盗賊どもを抑えた、ふたりの若い腕利きの力があってのこと。それに勿論、北郷殿も。私だけ持ち上げられるのは尻の収まりが悪いと云うもの」

「俺はまあ大したことはしてないけれど、まあ他は同意かもなあ。みんな一生懸命になって生き抜いたんだ」

 傷を負った者は確かにいる。一刀が救った母親などは重症ではないにしろ負傷者ではある。

 

 しかし、生きているのだ。命があるのだ。

 

 これがどれだけ尊いことなのか、盗賊の襲撃から生き延びた村人には重い実感が生まれているに違いない。

「北郷殿、謙遜なさるな」

 趙雲が柔らかく、けれども咎めるように云う。

「謙遜じゃないよ。俺がいなくとも趙雲さんひとりで十分だったんじゃないか。それより俺、趙雲さんが云ってたふたりの若い腕利きってのに会ってないなあ」

 露骨に話題を変えた一刀であったが、そのことを趙雲は咎めなかった。

「どんな人なの? その腕利きさんたちは」 

「ふむ。若いと云うよりは幼いと評した方が良いかもしれませぬが――中々どうして腕前は見事なもの。ざっとみたところでは少々荒削りではありましたが、あの年であれだけ腕が立てば十二分でしょう」

 武芸の話をする趙雲はどこか楽しげだった。

 一刀は昨日の盗賊退治の際、目の当たりにしたのである。

 真の、趙子龍の武勇と云うものを。

 否、病み上がりであったのだから、趙雲は全力ではなかったのかもしれないと一刀は思い返す。しかし、昨日戦っていた彼女は、その振るう技をもって、天下の趙子龍ここにありと、高々と唄っていたのだ。

 彼女がやがて劉備のもとに身を寄せた暁には、いかんなくその武を発揮するだろうと――一刀は趙雲の放つ輝きを眩しく思う。

 それほどまでに趙雲は圧倒的だった。天下無双を、確実にその身で体現していたのである。

「そっかあ、会ってみたいかもなあ」

 云うと、趙雲の表情が固まる。

 すぐに一刀にもその理由が分かった。

「噂をすれば影、と云うわけですな」

 趙雲がそう云って笑った直後、部屋の戸が勢いよく開け放たれる。

 愛らしい少女がふたり、部屋へと飛び込んできたのだ。

「趙雲さん!」

 ふたりのうち、髪を大きく二つに結んだ少女が趙雲の寝台へ取りつく。

「おお許褚。無事だったか」 

「うん! ボクは盗賊なんかにやられないよ!」

 少女は得意げに云う。

 許褚。

 ――許褚と云ったか。今?

 一刀は驚きを呑み込む。この少女が、趙子龍と仲良く笑いあうこの少女が、かの許褚だと云うのだろうか。ただ許褚だと云うのなら、趙雲が腕利きだと評したのも頷ける。

 そんなことを考えながら、ぼうとしていると、もうひとりの少女が座るこちらを見ている。短い髪に青いリボンをあしらった可憐な少女だった。

「あの――」

 少女は云いよどむ。

「ん。何かな?」

「旅の賢人様ですか?」

「え、賢人? 俺が?」

「はい」

 そのやりとりを見て趙雲が笑う。

「はっはっは! そう云えば北郷殿は農作業の指導をしておられると長老から聞きましたぞ。まさにまさに、賢人様と云うわけですな!」

「待った! 俺はそんなんじゃないよ」

 一刀は慌てて手を振り、否定する。

「昔聞きかじったことを少しだけ伝えただけで――あちゃあ、浅学をひけらかしたみたいで恥ずかしいな」

「そう申されますな。長老は目からうろこであったと喜んでおられましたぞ?」

「うむむ。だったらよかったんだけど」

 一刀は照れ隠しに、苦く笑う。

「へえー、兄ちゃんが賢人様かあ」

 許褚がやって来て一刀の顔を覗き込む。

「あの賢人様はいつまで村にいらっしゃるんですか?」

 リボンの少女も、許褚と並んでこちらを見つめている。

「いや、俺は賢人なんかじゃないって。ただのしがない――」

 そこまで云ったところで、趙雲から助け舟が出た。

「これこれ、許褚、典韋。賢人様は照れ屋なのだ。若い娘ふたりに迫られては、賢い頭が茹で上がってしまうぞ?」

 趙雲の言葉に、許褚は首を傾げ、典韋と呼ばれた少女は照れ臭そうに視線を逸らす。

 ――って、おいおい! この子が典韋!? 可愛いし、髪の毛あるし! 

 つまり、この村には許褚と典韋の二人組がいたと云うわけである。

 内心で一刀は嘆息する。

 趙雲、許褚、典韋。この豪華三人組がいたならば、盗賊など屁でもないだろう。

 ――本格的に俺、いらない子だよね。

 と、気を取り直せば、典韋が眼前で礼儀正しく直立している。

「あの、申し遅れました。私、典韋と云います。昨日もその前も、村のみんながお世話になったって。ありがとうございました!」

 丁寧に頭を下げられる。ただ、そうされると一刀は困ってしまうのだ。

「いやいや、俺は何も。そっちの趙雲さんが頑張ってくれたから。あと、お礼なら程立さんや戯志才さんに――」

「眼鏡のお姉ちゃんと、ちっちゃいお姉ちゃんでしょ? ボクたちさっき云ってきたよ!」

 許褚が元気よく主張する。

「こら季衣。ちゃんと挨拶しないと!」

 典韋に叱られ、許褚は背筋を伸ばす。ぎこちなさが愛らしい。

「ボクは許褚と云います。よろしくね兄ちゃん!」

 許褚の暖かい笑みは、少し眩い。

「初めまして、ふたりとも。俺は北郷一刀。好きに呼んでくれて構わないよ」

 眩しいふたりに一刀は淡く微笑みかける。

「じゃあ、流琉。そろそろ行こっか」

「うん」

 ふたりは一刀と趙雲に礼をする。

「私たちは作業に戻ります。もし何かあったら気軽に声かけてくださいね」

 典韋がそう云い残すと、ふたりは部屋を辞去した。

「北郷殿」

 典韋と許褚の去った戸を見つめていた一刀に声がかかる。

「何?」

「どうして、力を隠される」

「何のこと?」

「その優れた武勇をどうして隠そうとなさるか」

 趙雲はこれまでになく真剣な調子で問うてきた。

「俺は別に大したことないよ。昨日は出しゃばったけど、本当は自分の身を守るのがやっとなんだ」

「この趙子龍の目が節穴だと、そう申されますか」

「そうじゃないって! 本当に微々たる力なんだ、俺なんて。それに、その微々たる力でもさ。誇示してしまったら、いつか無言の刃になってしまう気がするんだ。だから――不必要に示したくない、かな」

 云い終わると、一刀は席を立った。趙雲はそれ以上何も云わなかった。

「じゃあ、俺は程立さんのお見舞いに行って、みんなの手伝いに戻るとしよう」

「よろしく云っておいてくだされ」

「りょーかい」

 軽く云って外に出る。

 外にはまだ、焦げたような臭いが漂っていた。柔く吹く風も、その臭いを拭い去ってしまうには力不足であるらしい。

 一刀は故意に深く息を吸うと、炭化した村の空気を噛み締めた。

 

 

《あとがき》

 

 ありむらでございます。読んでくださった方、コメントをくださった方、メッセージをくださった方。皆々様、本当にありがとうございます。とても励みになっております。

 今回辺りで分かったいただけたやも知れませんが、私の作品ではあっさり真名を預けると云うことは少ないかもしれません。

 勿論その人物や話の展開にもよりますし、私が「ええい、ままよ!」とやってしまうかもしれませんけれど、真名ってきっと、とても大切なもので、それを預けるまでの過程も出来たら大切にしたいなあと思っていたりします。あ、勿論これは原作批判などではないです。勿論。

 それと今回は星さんに無双していただきました。やっぱり強い星さんが好きだなあ。あいえ、これは個人的な意見ですが。

 さてつらつら書くのも今回はこの辺りで。これからも応援よろしくお願い致します。ありむらも皆様のお声にこたえることが出来るよう、励みたいと思います。

 

ありむら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
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