黒髪の勇者 第三編第一章 シアール傭兵団(パート2)
汗と埃をふんだんなお湯で流し終え、シアール達が案内された酒場は貸倉庫屋と同じくメインストリート沿いにある、大型の店舗であった。客席中央の舞台では薄着の美少女らが妖艶なダンスを舞っている、この数ヶ月間女性をほぼ絶っていたに等しい傭兵たちには刺激が強い店舗でもある。
「商売は売却までで完了とは言いますが、前祝いということで。」
壮年の男性らしく、舞台の少女を見ながら少し口元を緩めたバルサがそう言った。参加しているのはバルク配下の商人三人に、シアール傭兵団のメンバー四人、合計八名である。
「いいねぇ、旦那、いい店だねぇ。」
少しの興奮を見せながら、筋骨隆々の大男ゴンザレスが興奮気味にそう言った。売春宿は当然彼らも利用してはいるが、舞台で舞う少女のような美女にお目にかかる日は相当に少ない。そう言った所謂『一級品』は貴族か富豪の専売というべきもので、定住先すらろくに持たない傭兵たちが簡単にお目にかかれる訳がない。
「一応、踊り子には手出し禁止となっていますので、それだけご理解頂ければ。」
苦笑しながら、バルクがそう言った。
「一応、ですか。やはりお金ですかね。」
一方、女性陣にさほど興味を示さずに、羊皮紙作りのメニュー表を眺めていたヒートが、意味を込めた口調でそう言った。
「引き抜き、ということですけれどね。店にある程度、と言っても相当の大金ですが・・とにかくいくらか包めば買い取ることは可能です。妻にするか、妾にするかは個人の自由で。」
事情通らしいバルクはそう言って目を細めた。そのまま、言葉を続ける。
「そろそろ、結婚をすべきなのかも知れませんがね。商売をやっているとどうにも。」
「それはお互い様でしょう。旅を生業にしている以上、現地で見つけて転々とする以外にありえない。」
シアールがそう答えた。シアール自身も既に二十の後半、本来ならば身を固め、子供の数人は抱えてしかるべき年齢であった。
「本当に、仰る通りで・・。」
バルクが寂しげにそう言った。長い間商人として旅を続けていて、腰を落ち着かせる間もなくもう老齢と言ってもおかしくない年齢に差し掛かってしまっている自身の人生を少し、後悔しているように。
「さて、今日は旅の無事を祝う祝賀会でしょう。まずは祝杯と行きましょう。」
少し沈みかけた空気をとりなす様に、ヒートがそう言った。
「そうですね、ええ、今日はめでたい日なのですからね。」
はっとしたようにバルクは顔を上げて、そう言った。続けてボーイを呼び、人数分のビールを告げる。
「では、旅の成功を祝して。」
全員分の瓶ビールが揃った所で、バルクがそう言った。
「乾杯。」
かちり、と全員分の瓶が重なり、小気味の良い音が響き渡る。そのままぐい、とシアールはビールを喉の奥に流し込んだ。よく冷えた、香ばしいビールだった。
「旨い、ああ、旨い!」
感極まったようにゴンザレスがそう言った。反応がいちいち過剰なのはゴンザレスの愛嬌とも言うべき所であったが、今回ばかりはシアールも深く満足した様子で心の奥深くから緩やかな溜息を漏らした。
旨い。
他に言うべき言葉があるだろうか。
「お頭、俺は腹が減った。」
ビールを半分程度飲みほしたネルザがそう言った。この中で一番若いネルザは同時に一番の大喰いでもある。それでいて身がきっちりと絞られているのは日ごろの鍛錬の成果であった。
「おお、肉でも野菜でも果物でも、なんでも好きなものを注文なさってください。私は最近食が細くなってきたので、余り物を摘まんでいれば十分です。」
ビールを飲んで多少は気が晴れたのか、いつもの快活な口調でバルサが言った。
「それじゃあ、遠慮なく。」
ネルザはそう言うと、再びボーイを呼び、肉料理を中心にいくつかの注文を行った。その間にシアールはビールのお代わりを告げる。
そうして暫く飲食に励んでいた所で、一人の商人らしい人間がシアール達のテーブルへと近付いてきた。
「どうも、楽しげに飲まれているので少し乾杯にご一緒できればと思いまして。」
商人はそう言うと、ビールを片手に酒を注ぐような仕草をして見せた。
「これはこれは。少しお待ちを、グラスを用意していませんでした。」
失念していた様子でバルクがそう言った。これまで直にビールを飲んでいたせいで、グラスの用意をしていなかったのだ。すぐにボーイを呼び、人数分のグラスを用意させる。早速用意された全員のグラスにビールを注ぎ終え、軽く乾杯を行った所で、商人が口を開いた。
「申し遅れましたが、私リンドという商人です。ミルドガルド各国を中心に商いを行っているのですが、どうやら遠距離交易を行っている様子とお見受けしてお伺いいたしました。」
「私が隊商主です。バルサと申します。こちらがシアール殿、傭兵団の団長です。」
バルサがそう答えた。
「交易国はムガリアでしょうか?」
興味津々、という様子でリンドがそう訊ねた。少し若く見えるが、かなりのベテランらしくその瞳には老獪な輝きが宿っている。
「仰るとおりです。本日帰国した所です。」
「それはご苦労さまです。ならばグロリア料理は一年ぶりでしょう。」
労うように、リンドがそう言った。
「おかげさまで。ただ、労苦に見合う品を手に入れることが出来ましたが。」
「売却先はもう?」
「これからです。」
どうやら商談を持ちかけた、というところかとシアールは考え、先程注文したばかりであるウィスキーのグラスを小さく傾けた。どうにも商人同士の会話は自分には馴染まないと思う。
「それでは、私が知りえる一年分の情報を全てお話致しましょう。その代わり、多少物品を分けて頂ければ。」
「お話次第ですね。」
慎重に、バルクはそう答えた。下手に取引をして、安く買いたたかれては敵わない。
「それは当然。お互い商売ですからね。まずはビザンツ帝国のお話から致しましょうか。」
「何かあったのですか?」
そこでリンドは神妙に頷き、声を落としながらこう答えた。
「昨年の暮れに、ビザンツ帝国とグロリア王国の国境付近で小競り合いが発生致しました。それ以降、ビザンツ帝国とは国交断絶状態となっております。」
「ビザンツ帝国が?」
バルサが驚きを隠さないままでそう答えた。突然の戦の情報に、シアールも思わず耳をそばだてる。
「戦自体は小規模なものだったそうですがね。どうやらビザンツ帝国は東方貿易を独占したいと考えている様子で、拠点となるグロリア王国の占領は悲願であるとか。」
「しかし、そこまですれば西部同盟が黙ってはいないでしょう?」
バルクは眉をひそめながらそう答えた。ビザンツ帝国の必要以上の成長はミルドガルド大陸全体の不安定化に繋がるとはこの時代誰もが認識している事態であった。
「そうだといいのですが、どうにも西部同盟の動きが鈍い。シルバ教国が何を考えているのか分からないのは今に始まったことではないですが、フィヨルドも国内治安がどうにも不安定で、アリアは国王が病に倒れているという噂があります。すぐには反応出来ないと見るべきでしょう。」
「アリア国王の話は初耳ですな。流行り病でしょうか。」
「さて、詳しくは。ともかく、今の国王にはまだ幼い王女しかいないという状態、仮に崩御と言う事態となれば当面は政治が混乱するでしょう。何しろビアンカという名以外殆ど情報がない状態ですからね。小娘一人でアリア王国を切り盛りできるかどうか。」
その言葉に、バルクは慎重に頷いた。
「それで、フィヨルドの混乱とは?」
「最近妙な新興宗教が流行っているそうですよ。なんでもヤーヴェ教に立てついてヤーヴェ教新派とか言う奇妙な宗教組織を立ち上げたとか。イシュバル=リリンという男が教祖だそうです。」
「それではシルバ教国が黙ってはいないでしょう。フィヨルド王国にしても、単に放置しておくはずがありませんが。」
「そこがフィヨルドの複雑な所です。ご存じの通り、グロリア王国とフィヨルド王国は公式な国交こそありませんが、東部のターラナ地方との取引は黙認状態となっている。元々馬賊や遊牧民の融合国家ですからね、王都と地方の権力差がほぼ存在しないといって過言ではない国家がフィヨルド王国です。実際、東方貿易で力を大幅に伸ばしているターラナ領主としてはこのまま安穏と一配下として過ごすつもりはない様子で。」
「ターラナ領主と言えば、確かユンバスと言いましたか。」
「相当の実力者ですよ。一国の王に相応しいとも評価されています。」
バルトの言葉に頷きながら、リンドがそう答えた。
「そのユンバスが、イシュバルとかいう男を囲っていると?」
続けて、バルトがそう訊ねた。
「ご明察。その通りです。特にターラナ騎士団は大陸一という噂もありますからね。そう簡単には手出しできないでしょう。」
そこでリンドは乾いた喉を潤す様に、温くなったビールを一息に飲み干した。
「大まかなミルドガルドの情報と言えばこの程度でしょうか。私は商品が用意でき次第、フィヨルド王国に物産を運び込む予定です。ビザンツとの取引も不可能ではないが、何しろリスクが大きすぎますからね。細かい話は明日にでも如何でしょう。」
誘うように、リンドがバルトにそう言った。その言葉に少し考える素振りを見えたバルトは、やがて頷いた。
「関税通過後ならお時間が取れるでしょう。」
「では、明日の午後一番、メインストリート沿いにあるエクセレータという喫茶室で如何でしょう。個室があるので密談には丁度いい。」
「それで構いません。」
バルトが頷くと、リンドは満足したように頷き、それではお楽しみを、と言い残して立ち去って行った。
Tweet |
|
|
0
|
0
|
追加するフォルダを選択
第三編第二話です。
宜しくお願いします。
黒髪の勇者 第一編第一話
http://www.tinami.com/view/307496
続きを表示