No.453489

黒髪の勇者 第三編 東方の情景 第一話

レイジさん

えー

すんませんでしたー!
暫く休止しててすんませんでしたー!

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2012-07-15 18:26:59 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:739   閲覧ユーザー数:738

黒髪の勇者 第三編第一章 シアール傭兵団

 

 二年前、グロリア王国。

 

 いつ果てるとも知れない、視界の端から端まで茶褐色で覆われた不毛な大地の中を、まるで地を這う甲虫のような隊商が、のそのそとした動きで移動していた。ただひたすら西へと歩み続ける一行の先頭には、ロングソードを腰に履いた、細身ながらも骨肉の良い青年がくたびれた馬に跨っていた。

 名を、シアールと言う。

 「漸く、帰ってきたな。」

 彼の視線の先には、米粒ほどにしか見えない、だが確実に人の手が加えられた建造物の影が見えた。

 「一年ぶり、ですか。野無し草である私が言うのもあれですが、どこか懐かしく感じてしまいますね。」

 続けて、シアールの隣で同じように乗馬している青年がそう言った。ヒートと言う、はぐれ魔術師である。

 「ミルドガルドはやはり違う。ムガリアも悪くはないが、あそこは湿気が強すぎる。」

 シアールはそう言うと、汗でぬれた長髪を無造作に掻きあげた。ぷつり、と何かが砕ける音がしたのはきっと頭髪に虱でも湧いているからだろう。街に入ればすぐに公衆浴場で身体を洗い流そう、とシアールは考えた。そう考えると居てもたってもいられないような気分を覚える。砂漠と荒野で満ちているムガリアまでの道程は、お湯は勿論、一杯の水すらも貴重品であるからだ。

 「香辛料をふんだんに使った肉料理はなかなかのものでしたけれど。」

 ヒートはそう言うと、小さく肩を竦めた。ムガリアとの取引に置いて上位を占めているのはやはり香辛料、続けて茶である。

 「悪くないが、酒が合わなければ意味がないさ。」

 そう言ってシアールは肩を竦めた。ビールやワイン、それからウィスキーと言ったミルドガルド特産の酒はムガリアで高値で取引されるものの、道中でシアールの口に入るだけのものは少量の余りものでしかない。その代わりに地域ごとの酒を口にはしていたが、どれもシアールの好みに合うとは言えなかった。敢えて言えば米を発酵させたと言う不思議な酒が多少の好みに合致した程度である。似たような酒はアリア王国でも作られているが、アリアの米酒と比べると幾分か味と匂い強く、透明な米酒とは異なり茶褐色であることが特徴と言えた。

 「紅茶にはちゃんと合いますよ。」

 くすり、と笑いながらヒートはそう答えた。

 「悪くはないが、俺は今すぐビールが飲みたい。」

 「では、報酬で一晩飲み明かしますか。」

 一見華奢に見えるヒートだが、その実相当に酒には強い。その言葉にそうだな、とシアールが答えたところで、後方から迫る馬蹄に気付いてシアールは背後を振り返った。

 この隊商の長であり、シアールの雇い主であるバルクである。

 「夕刻には街に到達できそうですね。」

 商人と言っても、過酷な長旅に鍛え上げられ、すっかりと日焼けしているバルトがシアールに向かってそう言った。

 「そうですね。閉門は日没まででしたか。」

 閉門すると厄介だ。盗賊や夜盗の類を寄せ付けないためにある程度の街となれば大抵がその門を閉じる。そうなれば一泊追加で野宿せざるを得ない。

 「この距離なら、なんとか日没寸前には。」

 自らを納得させるようにバルトはそう言った。

 「関税局には明日?」

 続けて、シアールはバルトにそう訊ねた。その言葉にバルトは頷く。

 「今日は入国審査までで手一杯でしょう。役人は仕事仕舞いだけは早いですからね。」

 苦笑しながら、バルトはそう言った。積荷は香辛料や紅茶など、ムガリア帝国の主要産物がメインとなっているが、ムガリア帝国より更に東方に位置するミン帝国の陶磁器や、シアールにとってはその存在すら信じがたい東方の島国、ヤマト国産の銀も僅かながら運搬されている。いずれもムガリア帝国で買い求めたものだ。

 「すんなり税関を通過出来ればいいですが。」

 案ずるように、ヒートがそう言った。価格を付ければ恐らく貴族が住まうような大豪邸が一つ二つは軽く購入できるだけの財宝の塊であるともいえる。

 「いくらか金貨を支払えば、恐らく。」

 口を濁しながら、バルトがそう言った。役人への賄賂はこの時代の商売を行うに当たって必須の行為であった。不当に拒絶すればあらぬ疑いを掛けられて積荷の没収から、下手をすれば収監すらされかねない。

 「でしたら、通関まではお付き合いしますよ。追加の一日分はサービスで構いません。」

 肩を竦めながら、シアールはそう言った。日当で支払われる護衛代金だが、一年分ともなると当面は遊んで暮らしても問題がない。第一、シアールに取ってバルトの隊商はお得意様なのである。隊商に付き合うのはこれで三回目である上に、支払いの遅延すら一度もない優良顧客である。多少のサービスは積極的に行っておくべきであった。

 「それは助かります、シアールさん。でもサービスなんてとんでもない。しっかり護衛代を支払わせて貰います。」

 ほっとするように、バルトはそう言った。過去、別の傭兵団とのトラブルを経験しているバルトにすれば、逆の立場からシアールは信用における人物であったのである。何しろ積荷には手を付けない、万が一のトラブルでも果敢に戦い、決して逃げない。何よりも、腕が立つ。隊商仲間ではシアール傭兵団を今度こそ引き抜こうと躍起になっている人物がいる中で、バルトに取っても引きとめは必須の事項であった。

 「とはいえ、バルトさんにはいつもお世話になっていますし、太っ腹ですし。」

 頭を掻きながら、シアールがそう言った。

 「それは私の台詞ですよ、シアールさん。」

 負けじと、バルトがそう言った。

 「でしたら、追加一日分の報酬に全員に公衆浴場への招待と冷えたビール一杯、というのは如何でしょう。全員喜んで受け取ると思いますよ。」

 取り成すように、ヒートがそう言った。

 「ああ、それはいい。今の俺には金銀財宝よりも価値がある。」

 ぽん、と手を叩きながらシアールがそう言った。

 「それでよければ、ご案内させて頂きましょう。ついでに今晩の食事も。郷土料理で一杯やるのも乙なものですね。」

 バルトはそう言うと、一度上空を見上げ、続けてコンパスを取り出すとそれを眺めた。

 「正午まであと一時間、というところですね。念のため、少し急ぎで向かいましょう。」

 バルトはそう言うと、再び隊商の中腹へと戻って行った。

 

 シアール達がグロリア王国東端の街、イラームに到達したのはそれから七時間程度が経過した、午後六時手前であった。夏至間近の六月初旬であることが幸いして、日没から一時間ほど早く到達することが出来たのである。気付けばシアール達と同じように日没間際の駆け込み入国者で入国所は相当の混雑を見せていた。既に入国官と顔なじみであるバルトの隊商はすんなりと入国許可、正確には帰国許可が下りたが、外国から訪れた旅人や隊商はもう暫く足止めを食らう様子である。

 「今日は付き合いの長い貸倉庫屋に荷物を搬入するので、護衛自体は不要ですよ。」

 久方ぶりの祖国に安堵したのか、少し気の抜けた声でバルトがそう言った。日没間際でいそいそと用事を済ませようとしている人間たちで街は酷く混雑していた。メインストリートは二頭立ての馬車が一度に四つはすれ違えるだけの幅広さを誇ってはいるが、それでもなんとない狭さを感じてしまう。何しろ貿易拠点として発展したイラームはそもそもとしてバルクのような隊商を率いている人間が多い。中堅隊商と言われるバルクだけで積荷の馬車を四つ所有しているのだから、その規模は押して図るべきだろう。

 「それはありがたい。今日はのんびりと飲めそうですね。」

 シアールがそう言った。バルク自身が貸倉庫屋に荷物を預けること自体、相当に珍しい。商売柄か相当に慎重なバルクはムガリア帝国に長期滞在している間も、貸倉庫屋に荷物を置くことは一切なかったのだから。単にスペースの都合から倉庫屋に荷物を預ける時も、シアールに警護を依頼することを決して忘れたりはしない。それは彼自身の苦い経験に基づいているということをシアールは十分に認識してはいたけれど。

 その貸倉庫屋は、メインストリート沿いに位置していた。かなり大型の荷物も取り扱いが可能であるらしく、外観を見ただけでも相当の規模を誇っていることは容易に想像がつく。

 「ここは馬車ごと預けられる上に、ちゃんとした警護が付く事で好評なんです。」

 貸倉庫屋との手続きを終えたバルクはシアールにそう解説すると、自身の部下に荷物を搬入するように指示を出した。成程、確かに数えるだけで十名程度の、それも如何にも腕っ節の強そうな傭兵たちが倉庫の周りにたむろしていた。

 「成程、人気が出る訳だ。」

 荷物を搬入したバルトと商人達は続けて、馬だけを馬車から離して倉庫の隣にある厩舎へと連れて行った。シアールも何か手伝おうかと思ったが、その必要はないらしい。ものの十分程度で全ての作業を終えて、バルトはでは、と前置きをしてからこう行った。

 「では、食事と行きましょう。皆さんご参加で宜しいですか?」

 念のため、という様子でバルトがそう訊ねた。シアール傭兵団は合計五名、先述の魔術師ヒートに加えて、まだ若い剣士ネルザに、腕力だけなら誰にも負けない戦士ゴンザレスの合計四名である。数こそ少ないが、全員が一騎当千の強者であった。

 「いいよな、お前ら。」

 断るはずがないことを知りながら、シアールは楽しそうな口調でそう言った。

 「勿論です、お頭。」

 ネルザがそう言った。

 「ビールが飲めるならどこにでも行くぜ、お頭!」

 続けて、ゴンザレス。

 「了解、ではバルサ殿、酒も食事も大好物な奴らばかりですが宜しくお願いします。ただその前に。」

 シアールはそう言うと、もう一度自慢の長髪を手櫛で梳いた。

 「公衆浴場に行きましょう。先に虱どもを一掃して、とにかくさっぱりしたい。」

 


 
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