No.451423

真・恋姫無双 無題

y-skさん

ちょっとした石段で転びました。
よく、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」とか「人は痛くしないと覚えない」などと言いますが、正にその通りですね。
足首を捻ったらしく、思いっきり腫れました。
捻挫ってこんなに痛いんですね……。
久しぶりで忘れていました。

2012-07-12 01:55:55 投稿 / 全4ページ    総閲覧数:2299   閲覧ユーザー数:2102

気がつけば、一面真っ白な世界でした。

きらきらと光を反射して、目に痛いほどです。

 

――何処なのだろう、ここは。

 

目を覚ました男の子は辺りを見回します。

しかし、何処を見ても、雪化粧のような世界が続いているだけで、ちっとも見覚えがありません。

 

「おーい、誰かいないのか。」

 

声を上げてみても、男の子に答える者はおりませんでした。

寂しく声が響くばかりで、そのまま終わりのない白の中に溶け込んでしまいます。

 

何でこんなことになったのだろう。

 

男の子は思い出そうとしますが、不思議と何があったものか、思い返すことができません。

頭の中まで、白い世界に飲み込まれてしまったかのようです。

 

仕方ないな、そう呟くと足を一歩踏み出しました。

するとどうでしょう。右足が沈んだかと思えば、その直ぐ後にはゆっくりと優しく押し返されてくるではありませんか。

 

綿菓子みたいだ。

 

男の子は思います。そのまま何度か足踏みをしました。

その度に、ふわふわとした感触と、緩やかな圧力が男の子の足を包むのでした。

何だか楽しくなったのか、そのまま男の子は足踏みを続けます。

 

「お、おお、おおお。」

 

一足、踏む度に男の子の口からは声が漏れ出します。その様子は何とも可愛らしいものでありました。

一頻り楽しむと、意を決したように動きを止めました。

そして、すぅ、はぁ、と、深呼吸をしたかと思えば、思い切り白い絨毯の上へと飛び込んでいきました。

男の子の想像した通りに、優しく柔らかな感触がその体を受け止めてくれます。

そしてその感触はとても気持ちのよいものでした。

 

どんな王様も、こんなベットで寝たことは無いだろう。

 

ごろごろと、右に左に転がりながら、男の子はそんなことを思います。

真っ白な地面に体を預けていると、どんどんと心地が良くなり、目を開けているのが難しくなってきました。

何とか目を開け続けようと、男の子は頑張っていましたのですが。

徐々に重くなっていく瞼には勝てず、ついにはそのまま眠ってしまうのでした。

 

 

気がつけば、青空の広がる広い荒野に立っていました。

 

今度は何処にいるのだろう。

 

またもや見知らぬ場所に、男の子は辺りを見回します。

すると、

「こんにちは。」

後ろから、女の子の可愛らしい声が聞こえてきました。

びっくりして、そちらへと振り返れば、いつの間にやら一人の女の子が立っておりました。

鳶色の髪を羽飾りで留めた、青い瞳の女の子が立っておりました。

先程の声に似つかわしく、とても可愛らしい女の子です。

 

「こんにちは。」

 

再び女の子は発します。

ぴょこんと傾げた首につられて、綺麗な髪がさらりと靡きます。

靡いた髪が光を受けて、きらりと光りました。

 

「こんにちは。」

 

驚きながらも、男の子が答えます。

 

「君は誰?」

 

続けて出た言葉に、女の子は目を伏せてしまいました。

 

「……やっぱり、忘れちゃったのかな。それとも、今は思い出せないだけなのかな。」

 

寂しそうに呟く女の子に、男の子は何だか胸が苦しくなりました。

必死に女の子のことを思い出そうとするも、どうしても頭の中はぼんやりと霧がかかったようなままで、何一つ分かりません。

男の子は思わず押し黙ってしまいました。やっぱり、この女の子のことは知らないのだ、そう思う他になかったのです。

済まなそうな顔をしている男の子に女の子は優しく微笑みかけました。

その微笑みは、透き通った水のようにどこまでも透明な色をしていました。

 

「ねぇ、少しお話しよっか?」

 

女の子の言葉に、男の子は二つ返事で答えました。

お話で女の子の気が、あるいは自分自身の気が少しでも紛れるのならそれもいいと思ったのです。

 

女の子は色々なお話をしてくれました。

楽しかったこと。悲しかったこと。とても辛かったこと。

 

「……それでも、最後にはみんなで笑って過ごせるようになったんだ。」

 

そう、締め括った女の子の瞳は、どこか愛おしげに地平線の果てへと注がれていました。

つられるように、男の子もそちらへと目を向けますが、ひゅるりと吹いた風が砂埃を巻き上げたのが見えるだけでした。

女の子の瞳に、何が映っているのかは分からず仕舞いです。

 

 

 

「知っているかな?」

 

女の子は問いかけます。

いつの間にやら、女の子は男の子の隣へと来ていました。

 

「お月様は、お日様の光を受けて光るんだよ。」

 

女の子が空を指さすと、太陽がゆっくりと沈み始め、少しずつ月の光が増していきます。

それは、とても不思議な光景でした。

赤々と燃える太陽の隣に、柔らかな光を落とす月がぽっかりと浮かんでいます。

そして、その境目には赤と黒の入り混じった紫色の世界が広がっていました。

 

「私はね、お日様になりたかったんだ。」

 

女の子はぽつりとこぼしました。

 

「みんなを、その光で導いていけるように。みんなを、明るく照らせるように。」

 

でもね、と女の子は続けます。

 

「私はお日様にはなれなかった。私は月だって気づいたの。

 みんなに支えてもらって光ってる。あの人が輝くから光ってる。」

 

太陽は沈み切り、静々と夜の帳が降りてまいりました。

その中で月は煌々と光を放っております。闇夜の中に浮かぶ月明かりはどこまでも綺麗で、優しいものでした。

 

「よく、わからないけれど。」

 

男の子が独り言のように言いました。

 

「月が無いと、夜は暗い。夜に太陽があると、眩しすぎる。

 月は、みんなが生きていくために必要なものなんじゃないかな。」

 

男の子の言葉に、女の子は少し驚いた様子を見せましたが、

「やっぱり、あなたはお日様だね。」

からからと笑い出しました。

男の子は何がそんなに面白いのか分からず、きょとんとしてしまいました。

 

 

その後は静かなものでした。

漸く落ち着いた女の子は目を閉じて、風の音に耳を澄ませているように見えます。

そよぐ風が、さらさらと女の子の髪を鳴らしました。

靡いた髪から、甘い香りが広がってゆきます。

それは、何処か懐かしいものでした。

 

空が、だんだんと白ずんでまいりました。

月の光は徐々に薄らいでゆき、太陽はいつもよりも早い速度で再び顔を出します。

 

「……そろそろ、時間かな。」

 

誰にともなく、女の子は呟きます。

 

「時間?」

 

「そう、お別れの時間。」

 

たたっ、と女の子は十歩程小走りに離れます。

そして、ひらりと此方へ身を翻しました。

鳶色の髪が翼のように大きく広がってゆきます。朝焼けの光にきらきらと輝きました。

 

「今日、お話したことは忘れてしまうかも知れない。

 だけど、目が覚めてしまえば、今、思い出せなかったことが思い出せるようになるよ。」

 

それっきり、女の子の姿は消えてなくなってしまいました。

後には、寥々とした荒野が広がるばかりでありました。

 

 

その荒野も、不意に吹きつけた風にかき消されてしまいました。

巻き上げられた砂埃に、思わず目を瞑った僅かな間の出来事でした。

 

 

目の前には青々とした緑が広がっていました。

 

今度は森の中みたいだ。

 

男の子は思います。

爽やかな緑の中を進むと、俄に開けた場所に出ました。

その片隅に、女の子が一人、座り込んでおりました。

先程とはまた違う女の子でした。

長い、桃色の髪に、目にも鮮やかな真っ赤なドレスを纏っています。

その赤が、余りにも鮮明なので、周りの緑と相まって男の子の目は、ちかちかとしてしまいました。

 

少しずつ近づいていきますと、その女の子はどうやら何かを飲んでいるようでありました。

顔程もある大きさの瓶から、手元の杯に何かを注ぐとそれをちびちびと嘗め。

かと思えば、時折、前の石へと浴びせていました。

女の子の前にある、直立した小さな石は既に随分と湿っており、石と接した地面は軽く泥濘んでいるようです。

とても長い間、女の子はこうしていたようです。

 

「こんにちは。」

 

今度は男の子から声をかけました。

 

「あら、久しぶりじゃない。」

 

その声に、女の子は初めて男の子に気づいたというような顔を見せました。

 

「久しぶり?」

 

この女の子もどうやら男の子のことを知っているようでした。

それでも、男の子には女の子が誰なのか分かりませんでした。

 

「その様子だと覚えてないみたいね、残念。」

 

口ではそう言っていますが、女の子は特に残念がる様子もなく答えます。

 

「飲むかしら?」

 

女の子は新たに出した杯を、男の子の方へと差し出します。

男の子は黙って受け取りました。

そこへ、とくとくと琥珀色の液体が注がれていきます。杯の中から鼻孔へと、つんとした匂いが届いてきました。

どうやら瓶の中身はお酒だったようです。

男の子はそれを、ぐいと流し込みました。

途端に、喉が灼けつくように熱くなり、世界中がぐるぐると回り出します。

ついには立っていられなくなり、男の子はその場にへたり込んでしまいました。

そんな様子を見て、女の子は声を上げて笑いました。

 

「ダメよ、そっちのお酒と違うんだから。もっとちびちびいかないと。」

 

目尻に涙を浮かべて、女の子は言います。

 

「向こうは好きなだけお酒が呑めるからいいのよねー。美味しいし、強いから直ぐに酔えるし、正に天国って感じよね。」

 

とても上機嫌な女の子に、男の子は恨めしげな視線を向けます。

そんな男の子も意に介さず、女の子は自分の杯にお酒を波々と注ぎ込みました。

無視をされているようで、何だか面白くありません。

負けじと、男の子は空になった盃を突き出します。

柔らかく微笑みながら女の子は酒瓶を傾けました。

 

「私はね、貴方に会えて良かったと思ってるわ。」

 

女の子は言いました。

男の子はちびりとお酒を嘗めます。

 

「貴方は覚えていないかも知れないけれど、私たちは沢山助けられてきたの。」

 

男の子は黙っている他にありませんでした。

女の子が何のことを言っているかわからないのです。

それは何だか悲しいことのような気がしました。

 

「未練がない。そう言ってしまったら嘘になるけれど、後悔はしてないわ。

 あの子には支えてくれる人が多く残っている。それに貴方もいたしね。

 欲を言えば、彼女にも残っていて欲しかったかな。こっちにきてまでお小言貰うなんて想像していなかったわよ。」

 

はぁ、と女の子は大きく溜息を零します。

それでも、その顔はどこか楽しげでありました。

 

「まぁ、向こうには沢山いるしね。一人くらい、こっちに来てくれてもいいわよね。

 毎晩、お母様に付き合うのも大変だし。」

 

そう言うと、女の子はからからと笑います。

男の子は、その女の子の言う一人がとても苦労しているのだろうなと思いました。

何となくそんな気がしたのです。

 

うん、と伸びをしてから、女の子はゆっくりと立ち上がりました。

 

「ねぇ?」

 

男の子に向けて言います。

いつの間にか、女の子は笑うことを止めていました。

見たこと無いくらいに真剣な瞳をしております。

女の子の視線は、男の子に真っ直ぐと注がれており痛いほどです。

 

「貴方も、私と一緒に来ない?終わったんでしょ、全部。」

 

男の子に手を差し伸べて、女の子が言いました。

それはそれはとても魅力的なお誘いでした。

女の子と過ごしたのは本当に僅かな間でしたが、もっと一緒に居たいという思いが

強く強く男の子の心の中へと生まれてくるのです。

 

――このまま付いて行ってもいいかのかも知れない。

 

そう思った男の子は、女の子の手を取ろうとはするのですが。

 

男の子の右腕はうんともすんともいいませんでした。

体中が、まるで石になってしまったかのように動きません。

声を発することすらもままならないのです。

 

「……やっぱり、無理なお願いだったみたいね。残念。」

 

女の子は伸ばしていた腕を戻し、そのまま自分の後ろ髪へと持っていきました。

そして、今度こそ、本当に残念そうに言うのでした。

 

「さてと。振られっちゃったし、そろそろ帰らないとね。」

 

まるで、散歩にでも行くかのように女の子は言いました。

なので、男の子も、

「またね。」

友人と別れるかのように答えます。

 

「ええ、また会いましょ。」

 

そう言い残して、女の子は森の奥へと消えていきました。

男の子はその後ろ姿をいつまでも眺めておりました。

滲んだ視界を、何度も何度も右手で擦りながら。

女の子が去りゆく姿を、いつまでもいつまでも眺めておりました。

 

 

ひとつ、瞬きをすると、またもや世界が一変しました。

今度は河原にいるようでした。

夜の世界に、さらさらと流れていく水音が響いています。

空には、ぽっかりと大口を開けるように白い月が浮かんでおります。

その月明かりの下に、女の子が一人、蹲っているようでした。

男の子に背を向けた女の子の、金砂のような髪が月光にほんのりと輝いております。

 

「どうかしたのかい?」

 

男の子は問いかけます。

しかし、女の子からの答えはありませんでした。

男の子の方を見ようともしません。

これには男の子もすっかり困ってしまい、その場に立ち尽くしている他にありませんでした。

 

 

どれほどの時間を、そうして過ごしていたのでしょうか。

男の子にはそれは僅か一分ほどの間にも、それこそ一日中そうしていたのではないかとも思えるのでした。

余りの居心地の悪さに、再び女の子に声をかけようとした所で、か細い声が男の子の耳に届くのです。

 

「ねぇ、貴方。」

 

それは女の子の声でした。

鈴の音のように響いて、ゆっくりと夜の帳の中へと沁み渡っていきます。

そして、男の子の胸の中へも優しく沁み込むのでした。

 

「何かな。」

 

突然のことに男の子の声は上ずってしまいます。

そんなことになど女の子は気は払っている様子は見られません。

それでも、男の子は顔が熱くなっているのを感じました。

 

「貴方は、何処にいくのかしら?」

 

女の子は歌うように口にします。

 

一体、何処にいくのか。

 

そんなことなど、男の子は考えたこともありませんでした。

それ以前に、自分が何処にいるのかも分からないのです。

 

「……さぁ、分からないかな。何処にいくんだろうね。」

 

男の子は正直に答えます。

何よ、それ。女の子は、少し笑ったように思えました。

 

「私は、どこか後悔しているのかも知れないわね。」

 

誰に言うのでもなく、女の子は口を開きます。

男の子は黙って月を見上げておりました。

 

「あの馬鹿が、何処かにいってしまうのかも知れない。何となく気は付いていた。それでも、私は前に進むしか無かったのよ。」

 

まるで、神様に懺悔をしているかのようでした。

男の子は相も変わらず黙り込んだままでおります。

男の子が口を開くことを、女の子は望んでいないような気がしたのです。

 

「もし、私が、庶民の家に産まれてでもいれば、もっと違う結末だったのかもしれない。

 そして、ただの小娘らしく、誰かが攫いに来るのをずうっと待っているの。」

 

その声は、ほんの僅かに弾んでいるように聞こえました。

 

「でも、私は今の家に産まれた。力を持ってしまったわ。だから、それを使わない訳にはいかなかった。

 持てる者が、それを役立てることは義務だと私は思っていたし、今でもそう思っているもの。」

 

世のため人のために、なんて言うつもりまではないけれどね。

どこか自嘲気味に続けました。

 

「だから、きっと『彼女』は後悔していないの。腐りきった世の中を、少しでもましなものにはできたもの。

 でも、『私』は、寂しがり屋な私は思い残したことばかりなの。」

 

女の子が月を見上げます。

綺麗な髪が、しゃらんと音を立てたように思えました。

 

「こんな気持ちに気づきたくはなかった。でも、気づいてしまった。あの馬鹿が呪いをかけていったのよ。

 呆れたわ。この私に向かって、寂しがり屋の女の子、なんて言うのだもの。」

 

女の子は、くすくすと笑います。

嗚咽混じりの声で笑います。

 

「もっと、早く言ってくれれば良かったのに。

 もしくは、そんなことなど言わずにいってくれれば良かったのに……。

 反則よね、最後にあんなことを言うなんて。貴方も、そう思わない?」

 

男の子は答えられません。

女の子が何を言っているか分からないと同時に、なんだか答えてしまえば深みに嵌ってしまうような気もしたのでした。

 

「ねぇ?」

 

女の子が言いました。

鈴の音のような声で言いました。

 

「貴方は、一体、何処へいくのかしら?」

 

「やっぱり、わからないな。でも、きっと、凄く遠い所なんだとは思う。」

 

私も、貴方が何処へといくかなんて分からないわ。

女の子は、歌うように口にします。

柔らかな月明かりの中で、歌うように口にします。

金砂の髪が、きらきらと瞬いております。

 

「でもね。貴方が帰ってくるべき、いいえ、貴方に帰って来て欲しい所を、私は知っているわ。

 だから、どこまでも、好きなだけ、貴方の望むままに進みなさい。道がなくても突き進みなさい。

 道なんて、自分で作るものよ。そして、気が済んだのならば、いつかは帰って来なさい。

 寂しがり屋の女の子を放って置くなんて、男の風上に置けないわよ。」

 

まぁ、今のことを忘れてしまう貴方に言っても無駄かもしれないけれどね。

くすり、と笑いながら女の子は言いました。

 

「忘れないさ。絶対に、覚えておいてみせるよ。」

 

男の子は、声高らかに言い放ちました。

 

「そう。」

 

女の子の声は満足気なものでありました。

 

「なら、ここで別れましょう。余り私を待たせないようにね。」

 

「ああ。なるべく早く戻ってくるようにする。」

 

男の子がそう口にすると、視界が、自分が、世界中がぐるぐると回り始めました。

そうすることが自然であるかのように、男の子は瞼を閉じます。

 

――後のことは、目が覚めてから考えよう。

 

そう思うと、男の子は微睡みの中に沈んでいくのでした。

 

 

 


 
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