No.449830 超次元ゲイムネプテューヌ Original Generation Re:master 第28話ME-GAさん 2012-07-09 17:15:51 投稿 / 全2ページ 総閲覧数:1584 閲覧ユーザー数:1497 |
結末。
終わり、それは悲しき記憶。
何もかもが終わりを告げ、色を失った世界。
モノクロの視界の先に移るのは、漆黒の闇の世界。彼から希望を奪う日々は近い――。
――夢。
テラの周りに倒れる少女達。
彼が大切にしていた者達。
鮮血を大地に撒き散らしながら、ゆっくりと倒れていく人々。
返り血が飛沫を上げて、テラの服に、顔に付着していく。けれど、テラは構わない。
紅、紅、紅、紅――――。
生を奪い、死を委ねる。
それが、彼に溜まらなく快感を与えた。
まるで、己が世界の支配者になったかのような錯覚に陥り、そして全てを統括したくなるのだ。
従うものには静寂なる終わりを、逆らうものには慟哭の結末を。
別に、自分が世界を支配しているわけではない。
けれど、時々そんな錯覚に陥るのだった。
壊れゆく世界、それも構わないと思った。彼には自分だけが必要な存在であったから。
自分だけが特別であると、自分だけが世界を統べる王たる器になり得ると感じていたからである――。
いや、彼はそんな幻想を幻想の中で見ていたのである。
幻想の外に移る幻想、鏡に映る嘘。
虚偽に対する虚偽。
そう。それらは、全て嘘に思えた。
何もかもが現実味を帯びていない、いや信じられないという方が適切か彼の中に渦巻く疑問をより一層大きくさせた。
そして、彼は疑るようになる。
自分とは、何か――。
それを彼は知らない……。
☆ ☆ ☆
「嫌な夢を見た……」
テラはぐったりとした表情で歯を磨いていた。
ここに来るまでに会ったパルコルに『ひどい汗ですよ』と言われて受け取ったタオルでもう一度額を拭いながらテラはほぅ……と溜息を吐いた。
ドロドロでグチャグチャで幼き彼には表現のしようがない不快感。
そんな思いを振り払うように少し荒々しげに顔面を濡らし、そんな思いを振り払うが如くプルプルと顔から滴る雫を払った。
しかしながら、そんなことをしたところで深く刻み込まれたトラウマにでもなりそうな悪夢を振り払えるハズもなく、その思いはしこりのようにテラの胸に刻みついていったのである――。
いつものように服装を軽く整えて、しかし上の空でテラは食堂へと向かっていた。
背後から影が忍び寄っていることにも気付かずに――。
「テラ」
「んあ?」
テラはビクと少し驚きながら背後を振り向く。
そこにはノワールが微笑みながら彼の肩に手を置いている。
「おはよ」
「ん、おはよ」
「どう? よく眠れた?」
「残念ながら、昨日の夜は悪夢を見ましたね……」
テラは再び溜息を吐いてそう答えた。
気の毒そうに苦笑を浮かべてノワールは「そっか」と返答した。
「そういえば最近、私も悪夢って程じゃないけどそういう夢見るようになったのよね」
ノワールは思い出したようにそう発言した。
「へぇ。お前もか」
「まあね。嫌っていうんじゃなくて……なんか、変な感じ?」
あまりそんな説明でピンと来ないのだが、自分だけでなくこの娘もなのか、とテラは少し不思議な感覚に陥った。
何故このタイミングでなのかとか、そもそもこの夢の連鎖は何なのかとか、これはいったい何の兆候なのかとか、彼にとって浮かぶ疑問は数多あったが食堂のドアを押し開けてそこに居並ぶ笑顔立ちを見て、そんな疑問を吹っ切るように微笑を浮かべて自分の椅子に腰掛けた。
彼らにとっていつも通りと呼べる朝食を終えて、何時の間にやら日課となったパルコルの食後の手伝いをしながらテラはまた奇妙な感覚に陥った。
視線を感じているような、錯覚。
振り向いても誰もいない。怪しいものは。
訝しむように周囲を軽く見回してから再び前に視線を戻す。
不思議に思ったベールが彼に問う。
「テラ、どうかしたの?」
「え? あ、いや何でも……」
明らかに挙動不審であったのだが、彼の思いを咎めても彼は何も言わないことを知っていたベールは
「そう。でも、何かあったら教えてね」
と微笑を浮かべてそれだけ助言した。
そんな彼女の笑顔を見て、安堵感に包まれながらも彼の胸の内に広がる違和感は更に膨れ上がったのである。
彼女たちの笑顔に包まれていると心から安心できる、一人じゃないと安堵できる、そう思っていたのに、彼はそんなことを思いながらそれでもその違和感を捨てきれなかったのである。
広がる疑問に気を取られて、テラはつると洗っていた皿を落とした。
ガシャンと音を立てて皿は粉々に砕け散る。
「あ……」
テラが慌てて手を伸ばそうとしたところをアプリコが咎めてその手を掴む。
「危ないですよ。触ってはいけません」
「でも……」
テラは言葉に詰まる。
そして、掴まれた右手から沸き上がる力に嫌悪の意を抱き、振り払う。
「ッ――!」
その行為にアプリコは驚きの表情を浮かべてテラを見る。
「どうか――?」
「な、何でもない……」
取り繕うように、掃除用具を取ってくると告げて逃げるようにその場を立ち去る。
いくら広がる違和感、それでも彼女たちを傷つけると言うことだけはしたくなかったのだ。
先程に感じたのは、間違いなく『殺人欲』。
それが、後から後から胸の芯から沸き上がり、そして彼の意識を蝕んでしまいそうになる。
それが怖かったのだ――。
昼食を細々と終えてテラはブランを連れて、手入れのなされた庭を歩いていた。
雲一つ無い空とは対照的に、テラの心は時が過ぎると共に、暗雲が立ち込める。
認めたくなかったのだ。
例え無意識の上でも、彼女たちにそういった感情を抱いているということが。
そんな、『逃げている自分』にテラはとてつもなく腹が立った。
弱さ、それが溜まらなく悔しかったのだ。
けれど、それすらも彼は信じたくなかった。
自分が大切に思っている人への思いではなく、弱い自分に嫌悪感を抱いているということが悲しかった。
いや、悔しかったのかもしれない。
それすらも。
ひょこひょことおぼつかない足取りでテラの後を追うブランに視線を移して、そんな感情が掘り返される。
彼の視線に気付いたのか、ブランはにぱっと最近になってみせるようになった屈託ない笑顔で彼を見た。
「何?」
「ん、何でもない……」
そう言って、テラは彼女の頭を撫でようとして――その手を引っ込めた。
その行為をきょとんとした表情で見ていたブランは首を小さく傾げて彼の表情をのぞき込んだ。
「……大丈夫?」
「ん……大丈夫だよ」
何処か上の空であった彼が、彼女の問いかけにそう応える。
しかし、彼の横顔は、ブランにとって『別人』とも呼べるべく姿をしていた。
「あ……」
ブランはそう口を開きかけたところで何も言えなくなった。
彼女の中に、何か引っかかるものがあったのも、そして、発言できない状態にあったことも確かだった。
藍の瞳、それに睨まれて――蛇に睨まれた蛙のように身を縮ませてブランは尻もちをついた。
「ぅ……あ……」
肩を震わせて、彼の姿を凝視するブランは唇をふるふると小刻みに振動させて、目元に涙を浮かべて――『畏怖』の念を抱いていた。
しかし、直後には彼女たちが見慣れた彼の姿を映しており、テラは心配そうに彼女に手を差し伸べた。
「どうした? 気分でも悪いか?」
「あ……」
強張った表情は止めたものの、それでも今にも泣きそうな表情を浮かべるブランの頭をそっと撫でてやった。
意識が飛ぶ、それも不自然なことではなかったと、彼は感じていた。
周りのあるもの全てがテラにまとわりつく。
うざったい、そうテラは感じていた――。
邪魔なもの……
全ては障害
邪魔……邪魔……
ネプもノワもベールもブランもパルコルもイストワールもマジェコンヌも
邪魔だった。
これは俺にしか分からないことなんだ。
みんなは愚か、マジェコンヌでさえも分かってくれないんだ。
世界中の、全てを背負うことがどんなに辛いものか分かってくれるはずがないんだ。
これは俺にしか出来ないことだから。
俺にしか与えられていない使命だから。
俺にしか分からないことだから。
逃げたい、目を背けたい、見えなくなりたい、消えたい――。
寂しい。
でも、今はそれ以上に全てを無くしたい。
そんな思いが集まる。
怖い、恐ろしい、悲しい、寂しい、叫びたい、壊したい――――。
そんな思いが集まる。
これは何?
世界中の『絶望』、絶望を集めるために造られた俺の咎、いや罰か。
己の意志で生まれたワケじゃないのに、こんなことになるのなら、ずっと『無』のままでいたかったのに。
同じなわけがないじゃないか。
この苦しみが、分かるわけがないじゃないか。
これが分かるのは自分だけ。
マジェコンヌでさえも俺のこの壊れそうな思いは分からない、きっと理解できない。
ずっと前から一人だったんだ。
今も一人なんだ。
嘘、虚無、幻想、まやかし……。
俺を騙すために造られた幻の世界、それがこの世界。
全て壊してしまいたい……。
嘘。
守りたいと思えたんだ。
守りたいと思ったんだ。
光、希望、それがここにあったんだ。
だけど、そんな思いも揺るがせるこの思い。
やめて、奪わないで。
そう叫ぶのに、俺のこの思いには届かないんだ。自分で制するのでいっぱいいっぱいで、誰のことも考えられない。
やっぱり、無のままでいる方が良かったのかもしれない――。
「ッ――!」
テラは頭を押さえて蹲る。
頭痛と共に、そんな思いがテラの意識を蝕んでいく。
「いらない……っ! こんな感情いらない!!」
振り払うように頭を振って否定するように叫ぶ。
「ッ……!」
拳を握り、歯噛みする。
己に対する怒り、苛立ち、そう考えるほどにそれらの思いは心の内でかき混ぜられて全てを壊したい欲望に変わる。
息を荒げて地面に膝をつくテラはそのままの姿勢で天を仰いだ。
先程とは違い、今にも一雨来そうな暗雲が接近していた。
テラははっきりしない意識の中でふらふらと雨粒の来なさそうな場所へと移動して、その壁にもたれ掛かる。
額を押さえてそんな思いと共に息をはき出す。
「きっと、疲れてるんだ……」
そう思った、そう思いたかったのかもしれない。
自分にそう言い聞かせるようにテラはまたヨロヨロと身体を壁で支えながら自室を目指す。
一休みすれば、きっとこの思いも何処かに消えているだろう、と淡い期待を抱いて――。
☆ ☆ ☆
「♪~♪♪~♪~~」
鼻歌交じりにネプテューヌはスキップ歩調で長い廊下の中を歩いていた。
別段、彼女が特別的に上機嫌であったわけではなく、彼女は基本的に常状態がハイテンションなのでだいたいこんな感じだ。
まあ、そのハイテンションにも今日は磨きが掛かり、今日の入浴にテラを誘おうと目論み、テンションが高いというのもあるのだが。
そんな彼女の視線の先には一人の女性が壁に背を預けて静かに目を閉じていた。
彼女の周りにはいかにも近付きがたい空気が流れている。
しかし、ネプテューヌはそれを気にした風もなく彼女に近付き、屈託ない笑顔で彼女に問い掛ける。
「どうしたの?」
そんな彼女の表情をのぞき込むようにネプテューヌは身を屈めて見るも、女性は気にした風もなくネプテューヌの肩に己の手を置いて重々しく語り始めた。
「いま、下界の民は苦しんでいる」
ネプテューヌは一瞬、ワケの分からないといった風な表情を浮かべて、しかしその直後には虚ろな瞳を映して身動きの一つも取らずに何時にない真剣な表情で彼女を見据えていた。
悲しき記憶。
もしかすれば、狂い始めていたかもしれない運命。
もし、この事件がなければ彼はこのままの生活で居られただろうか。
いや、きっと無理な話だった。
彼はいずれ、目覚めなければならないのに――。
「いま、下界の民は苦しんでいる」
女性、後に彼らがマジェコンヌと呼び、敵とする彼女は幼きネプテューヌにそう告げた。
「神達が気ままで思う意志に惑わされ、喘ぎ、叫んでいる――『助けて』と……」
ネプテューヌは目を剥く。
きゅぅと拳を握り、わなわなと震えている。
「もう、お前しか居ないのだ。下界の民を救えるのは――。全ての神を倒し、下界と神界を統治するのだ……!」
マジェコンヌは、ネプテューヌの耳元でそう告げる。
「私だけ――救えるのは、私だけ」
虚ろな瞳に、ネプテューヌはそう唱えながらおぼつかぬ足取りでゆったりをその身を揺らし、歩き出す。
「まかせて、おけない……」
闇を映す瞳で、彼女はそう呟いた。
「ウソ、だろ……?」
テラは耳を疑った。
ひとしきり、悩んだ末にテラは走り出す。
「止めないと――! 知らせないと!」
全てはマジェコンヌの策略だと、全てはネプテューヌが騙されたホラ吹き話だと、
彼は伝えるために――。
☆ ☆ ☆
「♪~♪♪~」
ベールは鼻歌交じりに長い廊下をバスケットを持って歩いていた。
焼き上がったクッキーを抱え、一同でそれを囲もうと思っていたからだ。
しかし――
ポタ、ポタ……と滴がしたたるような音を聞き、ベールはふと表情を変える。
「あら、雨漏り?」
だが、そんな考えも杞憂に終わる。
いや、杞憂――ではない。
彼女の見る先にはネプテューヌが俯いて、右腕から紅い雫を垂らしている。
それは――
「ネプ、それ……血!?」
ベールは慌てて持っていたハンカチで彼女の腕に横に広がる傷口を優しく縛った。
「どうしたの? 怪我でもしたの?」
心配そうに顔をのぞき込むベールとは裏腹にネプテューヌは虚ろな笑いを見せてそう告げた。
「……ブランにね、包丁でいきなり斬られたの……」
「え?」
ネプテューヌは乾いた声で、そう告げた。
ベールは耳を疑う。
「ブランが……?」
「うん……。いきなり出てきて、そこから斬られちゃったの……」
ベールは、ネプテューヌの治療をすべく、彼女を連れて医務室へ、向かった――。
ブランは薄暗い中庭の真ん中に座り込み、一冊の本を眺めていた。
ぺらりとページを一冊捲り、そしてその上部にかかる影に気付き、声を上げた。
「……ベール?」
「ええ……」
ベールは悲しそうにブランを見た。
「何……?」
ブランは本を閉じて、少しばかり嬉しそうにベールを見た。
しかし、そんな彼女とは裏腹にベールはとても悲しそうな表情でそっと口を開いた。
「ブラン、どうしてネプテューヌを斬りつけたりしたの?」
「ぇ……?」
ブランは覚えがないという風に声を上げた。
立ち上がり、一歩一歩と後じさり、唇を振るわせる。
「隠さないで。ネプが言っていたのよ、ブランに斬られたって……」
「ち、がう……」
ブランは何度も首を横に振った。
「わたしは、そんなことしてない……っ!」
叫ぶように、涙を溜めながらブランは小さく叫んだ。
「信じて……!」
「……でも、ネプは言っていたのよ」
「っ……! ちがう、わたしは――やってないもん!!!!」
「嘘を、吐かないでっ!!!!」
テラが二人の姿を見つけたときは、
――もう、遅かった。
「なん、で――」
テラは目を見開く。
目の前で、彼が姉と慕い
そして妹と愛でた少女は、
変貌し、その瞳には何も映らない。
ただ『瞳』、否、何かを、目の前を映すだけの『鏡』となり果ててしまっている。
「どうして――姉貴? ブラン?」
しかし、そんな彼の声は彼女たちには届かない。
『ずっと、気にくわなかったんだ……! 上からな目線も、人を馬鹿にしたような態度も……!』
ブランの手には、その小柄な身体にそぐわない、その身長をゆうに超える巨大な大鎚が握られていた。
『私も、ずっとウンザリしてましたの。我が儘なところも、自分勝手なところも……』
ベールに手には、その身の丈の2倍はあるかと思える程の白銀に輝く槍が掴まれていた。
「姉貴、ブラン!!」
テラは叫ぶ。
しかし、彼の身体は二人によって壁に叩き付けられた。
テラは上体を起こし、二人に向かって、叫んだ。
「……『世界』なんじゃないのかよ……!」
悲しく。
「姉貴の嘘つき!!!」
哀しく。
「ずっと一緒だって、約束したのに……」
寂しく。
「ブランも嘘つき!!!」
弱く。
それでも、彼の叫びは届かない――。
彼女たちは、闇の中に自ずから進んでいった……。
「ッ!」
テラは拳を握って走り出した。
いなくなった者のことは、もう考えられない。裏切られた思いはそう簡単に修繕できない。
テラは踵を帰して、屋敷の中に駆け込んだ。
「まだ、ノワが――っ!」
テラは足に力を込めて、探し人の姿を探す。
しかし、こんな広域の屋敷で目的の人物を容易に探すことなど、テラ自身もよく分かっていた。
それでも、彼は走った。
それでも、まだ捨てられなかったのだ。
ネプテューヌもきっと気付いてくれる。
ノワールだって分かってくれる。
ベールも、ブランもきっと戻ってきてくれる。
子供ながらの、そんな甘い考えを抱きながら全速力で駆け抜ける。
しかし、運命はそんな彼の思いすらも打ち砕く。
前方に佇む、探し人であるノワールの背中を見つけて、テラは歓喜をふくんだ声を上げる。
「ノワ! 実は――」
そこまで言いかけて、テラは彼女を取り巻く空気が異常であることに気付いた。
違和感、それだけで表せない空気が彼女を取り巻き、そしてテラに全てを悟らせた。
「――来ないでっ!!」
悲壮な声でノワールは叫んだ。
「ッ!」
そんな彼女の声に、テラは動きを止める。本来ならば、すぐにでも彼女に駆け寄り、そして事情を説明したいと思っているのに。
『……分かったわ、私の中にあったこの気持ちの悪い感情も、ワケの分からない記憶も、全部!』
悲しそうに、涙を流してノワールは叫んでいた。
『私が女神だってこと! 私だけじゃない、みんなも、貴方も!!!』
テラはたじろぎ、一歩後ろに下がる。しかし、すぐに声を上げる。
「違う! これは全部マジェコンヌが――!」
『聞きたくない!!!』
ノワールはいつの間にか、右手に握られていた剣を振るい、地面に突き刺していた。
力のコントロールが甘い彼女の力で窓は割れ、地は響き、ぐらぐらと横に揺れている。
体勢を崩したテラが地面から這いつくばるように彼女を見上げた。
『初めから戦う運命にあったのよ、私達も貴方も……。あんな嘘の言葉、二度と聞きたくない! 次は、絶対に討つ!!』
ノワールはそう叫んで、踵を帰し背後に浮かぶ暗い靄の中に足を踏み入れた。
「ッ、嘘つきは、お前じゃないか!!」
テラは、彼女の居なくなった廊下の中央で、誰もいない虚空の先に叫んだ。
しかし、そんな言葉は誰に届くこともなく、壁に反射しながら徐々に小さくなっていった。
「ぅ、う……!」
テラはボロボロと涙を零しながら、拳を握った。
背後に感じる気配に気付かずに……。
「これで、テラを除いて全員だね」
「ッ!」
テラは涙目のまま、背後を振り向く。そこには変わらずの虚ろな笑みを浮かべたままテラを見据えていた。
ケタケタと乾いた笑いを起こしてネプテューヌはあざ笑うが如く、テラを見下ろした。
テラが一瞬、目を、顔を伏せそしてもう一度顔を上げたとき、ネプテューヌの姿までもが変貌していた。
『貴方も、もうすぐこっちに来るのよ』
ネプテューヌは淡々と告げた。先程にノワールに付けられたらしい頬の傷から血液が伝うがそれも気にしていられなかった――。
「お前も、行くのか……?」
もう、最後の光のように、闇の中に射す光のように、それに縋るように彼女に問い掛ける。
ネプテューヌは、そんなテラを一瞥し、そして口を開いた。
『――私達の存在する理由が何なのか、貴方は知らないからそう言えるのよ』
感情のこもらない声でネプテューヌは告げた。くると背後を向き、浮かぶ靄の正面に立つネプテューヌをテラは見つめ、重々しく口を開いた。
「理由なんて……俺達が在りたいからじゃ駄目なのかよ……?」
『――駄目よ。私達は存在しないといけないから存在しているのよ。私達の運命は戦うことにある、それは曲げられない』
「知らねえよ! 運命なんて……!」
ネプテューヌは変わらずの視線で告げた。
そして、何の躊躇いもなくネプテューヌは靄の中に足を踏み入れる。
『貴方が貴方の本当の存在意義を理解したとき、私の言い分も理解できるはずよ』
そして、ネプテューヌは完全に姿を消した。テラは、悲しそうに表情を歪ませて拳から血が出るほどに強く握った。
「解るわけない……。存在意義なんて……!」
☆ ☆ ☆
テラは一人、屋敷の庭で何度も無く土を抉っては埋めて、を繰り返していた。
「……みんないない」
「……姉貴も」
「ネプもノワも」
「ブランも」
「俺だけ」
「残されて」
「一人」
「孤独」
「寂しい」
「寂しい?」
その状態を遠くから見つめていたアプリコは悲しげな表情で胸の内に悲哀を積もらせる。
見かねたアプリコはゆっくりとテラへと歩み寄る。
「いらない?」
「おれ、いらない?」
「ひとりにしないで……」
「おれを、ひとりにしないで――」
「ひとり……」
「さいしょからひとりだったんだ……」
「けっきょく、みんなひとりだったんだ……」
「おれも」
『ッ……』
*
「テラ……」
アプリコは遠慮がちにテラに声を掛ける。しかし、その声にテラは反応せずに今までの行程を繰り返し、ブツブツと独り言を零す。
「大丈夫ですか……?」
『……』
「テ――」
アプリコが彼に触れようと右手を出したとき、旋風が巻き起こり、テラを包む。
そこには、鬼が
鬼神が降り立った。
「な――!?」
アプリコは目を剥く。
テラは虚ろな瞳の中に、一筋の色を映していた。
『絶望』、それ以外にない――それこそが彼の存在意義とでも言うかのように、薄く笑みを零しながらゆらりと立ち上がった。
『……やっと目が覚めた』
『意味が』
『存在意義が……』
『アイツらに、世界なんて任せておけない』
『俺が、統べる』
テラの身体を一筋に光が覆い、その姿は霞のように消える。
「あ、ああ……」
アプリコの瞳から大粒の涙が流れる。
「ああ! あの子まで! これはあまりに酷すぎます――!」
アプリコは蹲り、ボロボロと涙をこぼす。
「これが、運命なのですか……! 変えられぬ運命だと……!?」
「仕方のないことかもしれません……」
「イストワール様……!」
いつの間にか傍らに立つ少女にアプリコは目を見開く。
イストワールは悲しそうに消えていったテラを見据えた。例え、彼女であってもこれまでは変えられないシナリオだった。
「変えようのない運命だったのです……」
「しかし……!」
「もう、私達に出来ることはありません……。ただ、見守ることしか」
アプリコは納得のいかない、いやそのようなものではない。今まで、自分がまるで我が子のように育て上げてきた彼らが消えてしまう。
その事実は、彼女にとってもあまりに酷な事実であったから。
「さあ、行きましょう……アプリコ」
「……はい」
「もう役目は終わりました、ここも――」
イストワールはふいと屋敷を見回した。そして小さく指を振り、現れた光の中にパルコルを手招いた。
アプリコは一瞬、躊躇するも表情を悲しくさせてその光の中に消えていった。
この事件は、今から数千年前のことであった――。
――これが後の守護女神戦争、正式には『守護神戦争』と呼ばれる戦いとなる。
鬼神は、恐るべき力を発揮し、次々と女神達を追いつめていった。
その鬼気とした力にイストワールは危険を察知した。
そして、テラがイストワールによって次元の狭間に封じ込まれたのはそれから数百年の時が流れた後である。
そして、この時、彼女たちの記憶から彼が抹消されたのも確かであった。
そして、彼が下界に落ちたのはそれから数百年の後である――。
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28話です。ようやく無印終わりそうです。