「そろそろ続きを話そうか?」
『はい、お願いします』
ベッドに横になっていた私は体を起こした。
少しだけではあったが休んだ分、胸の苦しみは落ち着いた。
多分もう大丈夫だろう。
私はゆっくりと昔の話を思い出しながら再び話し始めた。
私が昏睡状態から目覚めてからというもの、私の家族は毎日病室に来てくれた。
家族全員で来れない日もあったが誰も来てくれないという日はなかった。
ただお姉ちゃんだけは、一日も欠かさずに来てくれていた。
お姉ちゃんが通っている学校はここからはかなり遠い場所にあることを私は教えてもらっていた。
つまりここに来るのは決して楽ではないのだ。
でもお姉ちゃんは毎日疲れた顔も見せず、元気にお見舞いに来てくれた。
私にとってそれはとても嬉しいことだった。
こんな感じで私は充実している入院生活という不思議な日々を送っていた。
だからなのだろう。
充実していたからこそ退院できる日はあっという間にやってきたように感じられた。
そして病院から出る日、私は大勢の看護師や看護婦に見送られているのは今でも覚えてる。
私はそこで目覚めることが出来たのは奇跡だったのかもしれないと思い、もし本当に奇跡ならそれを与えられたことを感謝しなくてはと思った。
私たちは見送られながら病院を後にし、とある場所へと向かった。
向かう場所なんて決まっている。
もちろん私たちの家だ。
どんな家なのかは知らないし、正直に言えば家のことなんてどうでもよかった。
一番大事なのはそこで私が家族と一緒に過ごせるということだから。
病院をでてから数十分たったころ、乗っていた車は唐突に止まった。
車から降りると目の間には家がたくさん建っていた。
住宅街のような場所だから当然なのだが、私はその中で一つだけ他より大きめの家が目に止まった。
同時に私の家はそれはなんだと言われてもいないのに何故かわかった。
案の定、家族の皆に連れられ私はその家の中へと入って行った。
中へ入ると私はまずこう思った。
……懐かしい。
家の中のどんな光景を見ても懐かしいと思った。
中でも一番懐かしいと思ったのは、一つの部屋だった。
部屋自体はもしかしたら少し殺風景に見えるかもしれない。
これたてて装飾品があったり可愛いと言えるような服がたくさんあったるするわけじゃない。
ベッドの横に少しのぬいぐるみや漫画本が置いてあったり、机の上にはオルゴールがいくつか置いてあるだけだ。
子供らしくない部屋に見えるが、それでもこの部屋に私は一番の懐かしさを感じた気がした。
ここは私の部屋なのだとそこで初めて私は理解した。
寂しく見えるこんな部屋でも不思議と心地よかった。
……なのに私は、涙が止まらなかった。
心地良いと思った瞬間から涙が溢れてしまった。
泣いている理由は自分でわかっていた。
心地良い部屋だけど、懐かしくも寂しそうな印象を受けるこの部屋からどんな子が過ごしていたのかわからない。
自分の部屋なのに自分がどのように過ごしていたのかがわからないのだ。
記憶喪失だからしょうがないのかもしれない。
だけど自分が過ごしていたはずの場所を見ても、過去の自分がどういう人間だったのかが全くわからないことが私にとって凄く辛かった。
だから泣いていた。
それから私はお姉ちゃんが様子を見に来るまで部屋の真ん中で泣いていた。
私はお姉ちゃんに慰められながら、少しづつ自分が泣いていた理由を話し始めた。
それを聞いたお姉ちゃんは優しく私のことをあやすようにしながら色々なことを話し始めた。
全部私についてのことだった。
どういう性格だったのかどういう生活を送っていたのかなど、一度は聞いたものもあったが丁寧に教えてくれた。
そんなお姉ちゃんの心づかいがとても嬉しかった。
気付けば私は泣きやんでおりお姉ちゃんが話すことを夢中で聞いていた。
ある程度一通り話し終わるとお姉ちゃんは最後にこんなことを言った。
「リリス、ここまで話しておいて無責任かもしれないけど聞いて。これはあくまで私から見たリリス。これがどういう意味かわかる?」
この時の私はすぐにはわかるとは言えなかった。
お姉ちゃんから見た昔の私と、本当の昔の私が一緒であるかどうかはわからないということなのだろうが、それを認めることは怖かった。
それでも私は少しの間を空けわかると答えた。
お姉ちゃんは私の答えに満足そうにして再び話し始めた。
「賢いね、リリス。それでね、ここからは私の予想なんだけど聞いてくれる?」
私は今度は間を開けずにうん、と答えた。
「自分のことは自分自身にしかわからない。私はそう思ってるの。つまりね昔のリリスのことは今のリリスじゃないとわからないんじゃないかな?」
私は何も言えなかった。
お姉ちゃんが言っていることはわかったけど、私は記憶がない。
昔の自分がわからないとさっきまで泣いていたぐらいなのだ。
なのにお姉ちゃんはどうしてこんなことを言うのだろう。
私の疑問を伝えるとお姉ちゃんは再び優しく話し始めた。
「リリスに記憶がなかったとしてもね、私はリリスの本質は変わってないと思う。だったら時間をかければきっとわかるはずだよ?」
私の本質……
そんなの知らない。
だってまだ目覚めて記憶を失ってることに気付いてから一ヶ月もたっていない。
それだけの時間しかたっていないのに自分の本質を見つけることなんて出来るとは思えない。
そこで私はふと思った。
言い方は変かもしれないが、私はまだ自分がどのように生活していくのかすら知らない。
だって家族と一緒の家で過ごすのは記憶を失ってから初めてだから。
ならば時間をかければわかるかもしれない。
自分の生活に慣れてくれば、自分のことがわかるかもしれない。
私はきっと早すぎたんだ、昔を知ろうとしたことが……
お姉ちゃんもそれを教えようとしてくれたのかな。
そのことを聞いたがお姉ちゃんは誤魔化すだけで教えてはくれなかった。
私は勝手に自分の予想は正しいと思うことにした。
ようやく私もこの頃になって落ち着いてきた。
私がこの部屋に入ってきた時はまだ明るかったが、気付けば外はもう薄暗かった。
かなり話しこんでしまっていたらしい。
まあ、私が泣いていたりして話があまり進まなかったというのもあるかもしれないが……
私とお姉ちゃんはそれから特に何もすることがなく二人してのんびりしていたが、お母さん達から呼ばれるまでそんなに時間はかからなかった。
私たちは一緒にリビングに行くと一目で御馳走だとわかるだけの料理が並んでいた。
真ん中にはケーキまで置いてある。
そのことから誰かの誕生日なのかと予想はできたが誰のかまではわからなかった。
お母さんとお父さん、それとお姉ちゃんから――
「「「リリス、11歳の誕生日おめでとう」」」
そう聞くまでは……
三人からすれば私の誕生日を祝うなんて当然のことなのかもしれない。
けれど私は違う。
今の私にとって、誕生日を祝ってもらうなんて初めてのことだ。
ゆえにもうとまったと思った涙が再び溢れ始めた。
さっきまでの辛い涙とは違い、今度のは嬉し涙だったが。
この時、私は密かに心に誓った。
絶対にこの家族と幸せに生きていく、それが私にできる恩返しだから……
その日を境に私は何より家族のことを大切に思いながらも普通な生活をしていた。
学校に通い勉強したり、友達と遊んだり、家の家事をしたり、家族との触れ合いを楽しんだりと本当に普通な生活を送っていた。
記憶が戻る気配などもなかったが、気付けば昔の自分にそこまでこだわることもなくなっていた。
もちろん知りたいとは思っているが、どうしても戻したいとまでは思わなくなっていたのだ。
多分私が幸せだと言える生活を過ごしてきたからだろう。
私はこのまま何事もなく時間が過ぎていくものだと思っていた。
こんな幸せな時がずっと続くものだと持っていた。
私の13歳の誕生日を迎えるまでは……
『マスター、大丈夫ですか? 顔色がよくありませんが』
ひとまずきりのいいとこまで行ったところで、エターナルパルスは心配そうに言った。
心配されている本人である私は大丈夫だと思わせることにした。
「どこも悪くないから大丈夫。心配掛けてごめん」
私は笑って返したが本音を言うならば胸が苦しかった。
それもさっきより酷い。
『マスター、休憩しましょう』
気を使ってくれたようだが私は断ることにした。
「大丈夫だから。続きを話すよ」
『いえ、勝手なのですが私が少し疲れてしまったので、少し休憩が欲しいのです』
……嘘だってことはすぐにわかった。
この子は異常があったりしても私のことを第一に考えるような子だ。
それなのに自分が疲れたなんて言うはずがない。
しかしそうまでして止めようとするってことは、相当顔色が悪く見えたのかもしれない。
少し休憩したほうがいいのかもしれない。
「わかった。少し休もうか」
『ありがとうございます』
私はこの子に嘘にのることにした。
すぐにそれが正解だったということに気付かされた。
胸の苦しみが少しづつ落ち着いてきたからだ。
私は心の中でこの子に感謝した。
再び訪れたゆったりとした心地よい時間。
いつまでもこんな時間が続けばいいのにな、などと思いながらのんびりと味わっていた……
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第十話です。過去の話の中篇です。