崖に掴まる親友と恋人。
一人しか救えないとしたらどちらを救う?
『平等に二人とも蹴落とす』
――15回目の(私)――
◆ ◆ ◆
箱庭学園学校則第45条第三項。
『生徒会執行部に明白な不備がある場合、全校生徒の過半数の署名をもって役員は即日罷免される』
同・生徒会会則第二条。
『生徒会執行部は会長・副会長・会計・書記・庶務の五名からなり、会長は当選後迅速に他の役職に相応しき者を選定しなければならない』
同・学校則第45条第十三項。
『解任責任:行事運営に支障をきたさぬよう、解任請求者は次期選挙までの間臨時で生徒会長を務めなければならない』
「副会長を選定しなかったことによる生徒会長としての業務不履行、そこから発生する解任と責任。支持率に関係なく生徒会長になれる方法――理事会とのコネを利用した抜け道・裏技と言っちまえばその通りだが、この校則と会則自体は創立当時から存在する当然の決まり事。むしろ、それを熟知していながら副会長不在を看過していためだかちゃんの責任だ。独裁を防ぐために敵意のある人間を副会長の座に据えるってのもあながち間違いってわけじゃあねぇんだろーが、結局は時間をかけて選り好みし過ぎた自業自得ってとこだな」
不和は頭上にかざすようにして読んでいた生徒手帳を放り捨てると、テーブルから落ちんばかりに並べられた料理を手に取り、再びガツガツと食べ始めた。
場所は食堂、時は終業式終了直後。
冷や汗を浮かべた生徒達が遠巻きに注目する中、安心院不和と不知火半袖はいつものようにと言えばいつものように、その小柄な矮躯と痩せた長躯のどこに入るのか指摘が雨霰と降り注ぎそうな量の料理を腹の中に片付けている最中だった。二人が食事を始めてから大分時間が経っているのだが、そのペースは微塵も衰えることはない。
「でもさぁ、副会長不在の不自然さを紛らわせるためにいつもお嬢様の近くにいたり、それとなく助力してたのは他ならない不和兄ぃ自身じゃん。不和兄ぃがいなかったらもう少し早く指摘が出ただろうし、お嬢様だって適任者を見つけようとしたはずだよ。能力はともかくとして、敵対心を持っている奴なら結構いるしね」
「カハハッ、僕の所為にすんのかよ! 懐いてきたのはめだかちゃんだし、生徒会室に入り浸っている僕に注意すらしなかったのは善吉達だ。幾度となく『此処にいてもいいのか』と尋ねもしたし、生徒会と関わらないようにもした。機会はいくらでもあったんだ、それを活かせなかったあいつらが悪い。僕とお前は最後の最後にトドメを刺すためのキッカケを、禊に与えてやったに過ぎねぇんだよ」
(まあ、刺し切れなかったけどな)
入れ知恵を受けた球磨川は、正攻法も正攻法、誰が見ても不備と思える点を指摘し、規則に則ってめだか達の解任を――現生徒会の排除を行おうとした。解任請求をするために必要な過半数の署名は水増し転入させた過負荷連中でクリア。異論を挟む余地なく、めだか達は生徒会役員の資格が剥奪されるのを黙って見ているしかない。
球磨川の、過負荷の目的は生徒会役員になること――などではなく。
生徒会長だけが行使できる会則が狙いだった。
生徒会則第17条。
『生徒会長は職務に則り、任意に生徒総会を設け全校生徒を一堂に集められる』
すなわち、本来登校義務のない十三組生の強制召集。
散らばっているのなら、向こうから集まってもらおうと考えたのだ。
彼らが
つまり、学園で決められた規則には否応なしに従わざるを得ない。
たとえ、それが自分たちを抹殺するための招集であっても。
めだかが、時代の遺物ともいえるほどに古臭い『黒箱塾塾則』を口にしたのは、球磨川が生徒会の陥落を確信し――善吉達も負けを認めかけた、そんな時だった。
黒箱塾塾則第百五十九項。
『塾頭解任請求ニ関スル項目』
百年以上前、箱庭学園がまだ黒箱塾と呼ばれていた時代の規則。
それは塾生をまとめる塾頭、今で言うところの生徒会長に解職を求める場合、塾頭側と請求者側の決闘をもって次期塾頭を選出するという内容のものだ。
防具も付けずに互いが日本刀を持って五つの役職を奪い合う、野蛮極まりないルール。
「面白れぇことにこの塾則、カビ臭ぇが三度の適用実績がある。逆に、禊が出した校則と生徒会則はそれなりに新しいが一度も使用されていない。カビが生えようが腐ろうが原則は原則、原則同士が対立した場合は現生徒会の判断に委ねられる」
「丸一晩かけて文献を漁った甲斐があったねん☆ これで不和兄ぃの思惑通りに生徒会戦挙が始まったじゃん」
「まぁな」
めだかならば塾則も押さえているだろうという不和の予想は当たった。
解任請求に対抗して塾則を持ち出すことも。
どのような結末に転ぶかは賭けだったが、今のところは滞りなく順調に、不和にとって都合の良い方向に進んでいる。
「あと、残るは――」
「選挙管理委員会だね♪ いっくら不和兄ぃが大刀洗先輩と仲が良くても、それとこれとは別問題! あんな無茶な条件をつけるんだから、交渉には時間がかかると思った方が良いよ?」
「そっちはあくまで
「うひひひっ、責任重大だぁ☆ 全部終わったら焼肉食べに行こーねー♪」
「おう、善吉も誘って三人で、な」
わしわしと頭を撫でられて、嬉しそうに目を細める不知火。
しかし、この世に知らぬことなしと謳う彼女も、不和の本当の目的を知らなかった。
◆ ◆ ◆
まずは、七月二十五日の庶務戦。
現生徒会側――人吉善吉。
新生徒会側――……
◆ ◆ ◆
「『あ』『遅いよーめだかちゃん』『時間厳守ってプリントに書いてるんだから遅刻しないようにしなきゃ駄目じゃないか』」
戦挙戦用の真っ赤な衣装に着替えためだか達が受付会場に乗り込むと、閑散とした室内でジャンプを読み耽る球磨川と、並べたパイプ椅子に横たわって惰眠を貪っている不和という、これから学園の未来を賭けて戦おうとする意思が全く感じられない二人がいた。
他の過負荷の姿はない。
それが言い様のない不安となってめだか達を襲う。
「『ほら不和ちゃん』『めだかちゃん達が来たから起きてってば!』」
「んあ? …………おぅ、やっと来たか。時間厳守ってプリントに書いてあんだから遅刻しないように気を付けねぇと――」
「『それ僕がもう言ったから』」
欠伸を噛み殺し、のそりと起き上がる不和。
彼が纏うのは白を基調とした箱庭学園の制服ではなく、二ヶ月前まで着ていた今は無き水槽学園の――球磨川と同じ漆黒の学生服だ。パーカーの上から上着を前を開けて羽織り、フードを目深に被って顔を隠すその姿は、めだか達との明確な対立を表していた。
まだ寝ぼけているのか、緩慢な動作でゆっくりと、順繰りに皆の顔を窺う。
未だに不和が敵に回ったことを信じ切れていない表情のめだかと善吉、外科医らしく冷静にこちらを観察する人吉女史、睨み付けてくる古賀。
そして――
腕を組み、まっすぐに不和を見据える夭歌。
目が合うが、不和はただただ感情の読めない笑みを湛えるだけだった。
眉間にしわを寄せためだかが口を開く。
「お兄ちゃん、球磨川と二人だけと言うことはひょっとして、貴方が庶務戦に出馬するつもりなのですか?」
「おいおいめだかちゃん、それは単なる確認か? それとも、僕に出馬して欲しいっつー願望か? 分かり切ってるはずだぜ? 過負荷を相手にするなら、常に最悪の中の最悪の中の最悪を想定しとけ。それが確実に現実になるんだから」
淡い希望だったのだろう。
そうであってほしいという気持ちの籠っためだか達の視線を浴びながら、不和は容赦なく否定する。
「今日の僕は単なる興味本位な見学者だよ。庶務戦に出るのは――」
「『当然』『僕だよ』『僕は昔から庶務になるのが夢だったのさ!』『だから善吉ちゃん』『今日は正々堂々フェアに戦おうね!』」
「……球磨川ぁっ!!」
善吉を標的にされたことで我慢の限界を超えたのか、激昂しためだかが球磨川に掴みかかろうとするする。しかし、行動を読んでいたと言わんばかりに不和が立ち塞がり、伸ばした両手は容易く受け止められてしまう。
「生徒の代表を自負するならそう簡単にキレたりするんじゃねぇよ。ガキに見えるぞ?」
「くっ――!」
歯噛みするめだかの頭上から――
「それでは全員揃ったようですので始めさせていただきたく存じます」
声と共に影が降る。
めだかと不和、二人の間に割って入るようにふわりと音もなく降り立った影は、中華服を思わせる意匠の制服を纏っていた。箱庭学園の校章をあしらった長布で両目を隠し、短髪を逆立てたヘアスタイルの青年。
「よう
「いえいえ御気になさらず。これがわたくし共の仕事でございますれば」
選挙管理委員会副委員長。
二年十三組に所属する彼の
余談ではあるが、風紀委員長・雲仙冥利の唯一の男友達でもある。夭歌曰く、ルールを人より上においている所で気が合っているのだそうな。
だが、長者原融通。
彼ほど公平で、それ故に厄介な選管もそういないだろう。
何処までも公平に。
裏を返せばそれはすなわち、めだか達が敗北し、
「それではこれより生徒会選挙第一回戦、庶務戦を始めさせていただきます。なお、選挙中に負傷あるいは死亡した場合、それらは全て事故として処理致しますが――黒神さま、球磨川さま、異議はございますか?」
「『異議なし』」
「……異議なし」
両者の承諾を得て、血で血を洗う――かどうかは定かではないが。
箱庭学園の――全校生徒の命運をかけた戦いが幕を開けるのだった。
◆ ◆ ◆
庶務戦においては、不和の予想を裏切る形で、善吉に有利な展開が繰り広げられていた。
受付会場で長者原が何処からともなく取り出したのは、『子』から『亥』までの十二支に『人』を加えた十三枚のカードだった。
テーブルに伏せられたカードの中から一枚を選び、裏面に記された内容が試合形式となる――とどのつまりがクジ引きだ。選ぶ権利があるのはリコール側である
球磨川が選んだのは『巳』のカード。
記された決闘法は『毒蛇の巣窟』。
ルールを全て把握する長者原曰く、『用意した十三の決闘法の中で最も残虐なルール』であるらしいが、設けられた舞台を実際に目の当たりにした一同はその表現すら生温く感じられた。
グラウンドに、それこそ大蛇のように口を開けているのは、縦十メートル×横十メートル×深さ十メートルの大穴だ。
その穴の底には沖縄県で最も有名な爬虫類――トカゲ目クサリヘビ科のハブが満ち満ちている。そんな深き闇に蓋をするように、十四人がかりで運ばれて設置された金網の上こそが、生徒会戦挙庶務戦『毒蛇の巣窟』の舞台なのであった。
ルールはこうだ。
善吉が腕に巻く庶務の腕章。
それを奪い取れば球磨川の勝ち。守りきれば善吉の勝ち。
奪取または守防に当たっては、いかなる手段を用いようと構わない。
試合時間は無制限だが、時間が経てば経つほど当然リングとなる金網は穴の底へと沈んでいく。金網が穴の底に到達し、毒蛇の餌食となった場合は両者失格となる。
ここまでが生徒会選挙庶務戦『毒蛇の巣窟』、その大まかな要約である。
尚、これも余談ではあるが、この庶務戦の為だけに選挙管理委員総出で沖縄までハブを獲りに行ったらしい。ご苦労なことである。
「……やるもんだねぇ
「考えつかねーからこそ実行する価値があんだよ、不和くん。人吉本人の素質も勿論だが、何よりこの俺が一週間みっちり鍛えたんだ、あれくらい出来てもらわねーと師匠として立つ瀬がねー」
善吉が球磨川を一方的に足蹴にするのを眺めながら独りごちる不和に、いつの間にか背後にいた夭歌が言う。
夭歌のマイナス無効化システムによって球磨川への恐怖を捨て去った善吉の戦いは、確かに見事なのものだった。
見るだけで心が折れてしまうなら、目を閉じて見なければいい。
耳障りな声も気持ち悪い気配も、全てを居場所を知る情報として逆に利用する。
あらゆる『弱さ』を知る球磨川。世界最弱の人間である球磨川。
こうなってしまっては球磨川になす術はない。
だから。
「『うん』『参った!』『僕の負けだよ』『強くなったね善吉ちゃん!」
球磨川があっさりと敗北宣言をしたのも、当然の流れと言えた。
何故なら、この庶務戦で勝とうが負けようが、球磨川にとってどうでもいいことだったから。
「『いつまでもか弱い後輩だとおもっていたけど』『いつの間にか僕を越えてたんだね』『なんだろう不思議と全然悔しくないや』『ほっとしたよ』『きみはもう僕がいなくても大丈夫だ』」
球磨川は、まるで悪役を演じていたとでも言うように、滔々と語る。
そして、こう締めくくるのだ。
「『これならもう真実を隠す必要はないね』『今こそ語るよ』『僕がこの学園に来なければならなかった理由を!』」
「来なければ、ならなかった理由!? それはどういうことだ球磨川!」
迂闊にも目を見開き、話に載せられてしまう善吉。その身体に、螺子が突き刺さる。
「くっ……球磨川ァァ……!!」
「『いいね、その顔』『やっぱり善吉ちゃんは』『目が奇麗だ』」
勝敗が決し、庶務戦としての幕が下りてしまった以上、長者原が率いる選挙管理委員会は、もはや個人的な私闘の様相を呈してしまっている球磨川の蛮行に介入することが出来ない。
ならば、と善吉を救うために穴に飛び込もうとするめだかを、足元に突き刺さった工具が足止めする。
「お兄ちゃん、何故!?」
「お前が飛び込んだら二人が死ぬぞ?」
既に金網は毒蛇の牙が届くギリギリの深さにまで沈んでしまっている。この上更に人間一人分の重さが加わってしまえば一気に底まで到達し、不和の言葉の通り猛毒に侵されてしまう。無傷でいられるのは『動物避け』のスキルをもつめだか一人だけだ。
「あ――あああああああああっ!!」
善吉の悲鳴が穴の中で木霊する。
誰も手出し出来ないこの状況。歯がゆい思いで静観しているうちに、球磨川が『
『見ないようにする』のと『見えない』のとでは、似ているようで決定的に違う。
闇に対する不安が、視認出来ない敵に対する恐怖心が段違いなのだ。
「どうしたらいいのですか!? このままでは善吉が――!!」
壊されてしまう。狂ってしまう。腐ってしまう。心を――折られてしまう。
「………………」
不和は。
縋るめだかの、人吉女史の、古賀の、夭歌の顔を見て。
「――ったく、メンドクセェ」
嘆息して呟き、穴の縁に立つ。その顔は仮面のように無表情で、両の瞳は見る者の背筋を凍らせてしまうほどに冷え切っていた。
「……ちょっと待って。何をするつもり?」
人吉女史が訝しげに尋ねるが、不和は答えずに、
「……どんな方法であれ、最終的には善吉が壊されずに助かって、視力が元も戻ればそれでいいんだな?」
最終確認でもするかのようにめだかに問いかけ、彼女が戸惑いながらも無言のまま頷くと――
とん、と、軽く跳ねて。
少女達の悲鳴を背に、不和は穴の中に飛び込んだ。
「『っ!?』『不和ちゃん!』『一体何を!?』」
「うっせぇな。これくらいしかさっさと片付ける方法を思いつかなかったんだよ」
親友の突飛な行動に球磨川が混乱する暇もなく、さらなる重みが加わった金網が穴の底へと落ち。
幾十幾百の毒蛇が三人に襲い掛かった。
腕に。足に。首に。ハブが巻きつき、毒牙を肌に突き立てる。
倒れ伏した善吉の意識は既にない。
毒で苦しんでいるにも拘らず、その表情はどこか安らかなものだった。
三人は蛇の繭と化しつつある。
(生き返えらせてくれるかどうかは『あの人』の気分次第だが、まあ中学時代の
危機的状況で楽観視しながら。
さてと、と朦朧とする意識を無理矢理に覚醒させて。
出血毒で激痛が走る全身に力を込めて。
底冷えのする声で。
「いい加減、僕の親友と後輩から離れろよ蛇畜生が」
言った瞬間、三人にまとわりついていたハブの群れが苦しみ始めた。
鱗が剥がれ、尾の先から焼け爛れ、無数の切り傷が開き、肉が腫れ上がって腐り落ちる。
蛇は発声器官が発達していないため、鳴くことが出来ない。シューシューと、ハブの呼吸音が悲鳴のように聞こえた。
穴の底。
死に絶えた蛇の屍の上で。
崩れ落ちる不和が最後に見たのは、上から降りてくるめだかと夭歌の姿だった。
◆ ◆ ◆
「善吉ぃいいいっ!!」
「ギィヤアアアアアアッ!?」
死の渊から無事生還した善吉を待っていたのは、めだかの力任せの抱擁だった。
身体中からミシミシベキベキと嫌な音が鳴るが、そんなことは些細な問題に感じられるほどに、善吉の頭の中では疑問ばかりが飛び交っていた。
庶務戦はどうなったのか。何故自分が抱きしめられているのか。どうして穴の底ではなくグラウンドに寝かされているのか。そして何より、球磨川に『なかったこと』にされたはずの視力が戻っているのはどういう訳なのか。
「……良かった、お兄ちゃんの言った通りだ。ちゃんと善吉が生き返った……」
善吉の肩に顔をうずめて涙を流すめだか。
その言葉で、だんだんと記憶が鮮明になってくる。
突然降って来た不和。沈む金網。全身に噛み付く毒蛇。球磨川とともに倒れ伏す自分。
「善吉くん、大丈夫?」
「お母さん、不和さんと球磨川はどうなったんだ!?」
人吉女史は黙って善吉の後ろを指さす。
少し離れたところで談笑している二人。
噛まれた傷も何もかも『なかったこと』にして、新品と見紛うばかりの制服を身に纏う球磨川。対して、痛みなどまるで感じていないとでも言うように、平然とした表情で身体に刺さった螺子や折れた毒牙を引き抜いている不和。
「禊よお、傷はいいからこの穴だらけの制服を
「『それはこっちのセリフだよ』『どうして僕が不和ちゃんの分まで彼女の愚痴を聞かされなきゃいけないのさ』『後半はほとんど八つ当たりだったし』」
どこまでも自分勝手で普段通りな二人に、善吉は怒りを覚える。
ダメージが残る身体を引き摺りながら不和に近づき、胸倉を掴んで引き寄せた。
「……さっきまで心臓止まってたんだから無理すんなよ」
「不和さん、アンタ正気か!? あの時どうして飛び込んだりなんかしたんだ!? 下手すりゃアンタだって死んでたかも知れないんだぞ!?」
「ハッ! 無理心中を考えてたお前にそれだけは言われたくねぇな。大方めだかちゃんのために最大の敵となる禊を巻き込んでリタイアするつもりだったんだろ? だが生憎と、死後も発動できる『
善吉は歯軋りして悔しがる。
自分の考えなど、簡単に見破られていたのだ。
「だからさっさと終わらせるために飛び込んだんだよ。噛まれた箇所にもよるが、出血毒は肉を溶かすだけで、クラゲやフグみてぇな神経毒とは違って呼吸困難や麻痺とかも起こり難いし、血清さえ間に合えば助かる確率は高いからな。けどまあ、お前ら二人を担いで十メートルある垂直の壁を登るのは流石に僕一人じゃあ無理だった。お前らの息がある内にハブを一匹残らず駆逐して、他の奴らも降りてこられるようにするのが精一杯だったよ」
「『いやあ見直しちゃったよ善吉ちゃん』『まさか僕を殺そうとしてたなんて思いもしなかったぜ』」
賞賛するように肩を叩く球磨川の手を、善吉は憎々しげに弾く。
「俺がこうして生きているのが不和さんのおかげだってのはよく分かった。けどまだ納得いかねぇ。視力を『なかったこと』にされたはずなのに、どうしてアンタ達のムカつく顔が見えるんだ!? 『なかったこと』を更に『なかったこと』にしたとでも言うのか!?」
「『…………さあね』『言い忘れたけど一度「なかったこと」にしたことをもう一度「なかったこと」にすることは出来ないんだ』『つまり僕は何もしていない』『善吉ちゃんの視力がどうして元に戻ったのかは不和ちゃんが一番よく知ってるんじゃないかなぁ』」
「勿論、教えてやらねぇけどな。どうせ
不和は咬み傷だらけの身体を揺らしてその場から立ち去って行った。
心底愉快そうに。
全てを嘲笑っているかのように。
狂ったゼンマイ仕掛けのように。
ケタケタと。ケタケタと。嗤いながら。
「『……やぁれやれ』『僕を置いて先に帰っちゃうなんて相変わらず薄情だなぁ』『ま』『そんな冷たいところが不和ちゃんらしいっちゃっらしいんだけどね』」
そう言って球磨川も不和の後を追う。
去り際に、不穏な言葉を残して。
「『ところでめだかちゃん』『こんなところでのんびりしてていいのかな?』『どうして僕と不和ちゃんしか来てないのか』『どうして負けた僕がこんなに余裕なのか』『その意味をよく考えた方が良いよ?』『仲間の命が大事ならね』」
◆ ◆ ◆
現生徒会 ――1勝
新生徒会 ――1敗
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第二十三話