No.447214

垂水百済はマイナスである ――172回目の【僕】――  BOX―22 悪平等として、過負荷として

第二十二話

2012-07-06 13:22:42 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:2668   閲覧ユーザー数:2587

 さて困った。

 

 裏切りが楽しくなってきた。

 

 ――82回目の≪俺≫――

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 都城王土を要とする表のフラスコ計画――プランAが凍結され。

 

 負完全――球磨川禊が箱庭学園に転校してきた翌日。

 

「……しばらく二年十三組の教室には近づくな、だって? いきなり呼び出して何の用かと思えば、随分とまあ突飛なお願いをするもんだな君は」

 

 人払いされた保健室。

 保健委員長にして七億人の悪平等(ノットイコール)の一人である赤青黄の居城で、三人の人間が――いや、三人のうち二人は人外の分身で、さらに残りの一人は人外に育てられた最高失敗作なのだから、より正確に言うならばこの場合は二匹と一体(・・・・・)と形容すべきなのか――とにかく、三つの影が蠢いていた。

 ギプスで固めた左腕を吊り下げ、養護教諭用の椅子に座った安心院不和は、備え付けのポットで勝手に淹れた緑茶を一口すすり、同じく湯呑み片手にベッドに腰掛けて我が物顔で寛いでいる女教師に対して言う。

 

「……別に無理にとは言わねぇよ。こっちだって同属だから一応忠告してやっただけだ。けど、下手にあいつらと関わって何がどうなったとしても、僕は一切責任もてねぇからな」

 

 啝ノ浦(なぎのうら)さなぎ。

 

 箱庭学園に勤める教員であり、赤と同じく――大量の個性を得るためにとある人外が作成した七億人いる端末の一人。

 そして、話題に挙がっている二年十三組の担任でもある。

 職員室や教室では『清楚で上品な女教師』を演じている彼女だが、不和や赤の前ではその仮面を脱ぎ捨てて本性をさらけ出す。と言っても人外じみた常識はずれの本性という訳ではなく、気の抜けた蓮っ葉な口調と態度の素に戻るだけなのだが、不和も――そしておそらくは赤も、この裏表がはっきりしている女性を気楽に話せる姉のような存在だと認識しているのだろう。だからこそ、不和は自分でもらしくないと思いつつ被害が及ばないよう忠告などしているのだ。

 もっとも、心配する弟のような心境であるなどとうっかり口に出そうものなら、遠からず『本体』に情報が届いてしまい、『やっぱり姉キャラ好きなんじゃないか♪』と含みのある笑みで弄られることが容易に想像できるため口が裂けても言おうとは思わないが。

 ともあれ、分身端末七億人。

 地球人口の十人に一人が悪平等(ノットイコール)

 不和が知る限り、箱庭学園内に端末は啝ノ浦と赤の二人しかいないはずだ。不和の知識が不十分で、もしかしたら三人目、四人目が存在して、啝ノ浦達はそれを知っていて敢えて黙っているのかもしれない。しかし、だからといって、自分に何の関係があるのだと不和は考える。黙っているなら黙っているで、それなりの理由があるのだろうし、実は全校生徒の過半数が悪平等だったと告白されたとしても――箱庭学園は実験場なのだから流石にそれはあり得ないだろうが――驚きはしない。

 

「球磨川禊……。安心院さんを封印した張本人とは聞いているけれど、だからと言って、そこまで危険視しなければならない人間なのかしら?」

 

 ベッドに寝転んだ体勢のまま、赤は言う。

 仮にも教師がいる前でとる態度ではないとは思うのだが、それを言ってしまえば不和も教師に対して適切な言葉遣いを用いているとは言えないし、そもそも、啝ノ浦本人も『啝ノ浦先生』としてではなく『啝ノ浦さなぎ』個人としてこの場に同席しているのだから、殊更指摘しなければならない事でもないだろうと判断する。

 

「少なくとも、日本屈指の名門校を二ヶ月で廃校に追い込むくらいには危険な奴だよ。ついでに言うなら身内にはそれなりに甘くて人懐っこくて異性に優しくされるとすぐ惚れる」

 

「後半の余計な説明のせいで、あたしの中でその球磨川って子のイメージがちぐはぐになってきてるんだけど、結局ヤバいのかヤバくないのかどっちなんだ?」

 

「これ以上ねぇほどヤバい」

 

 不和は端的に言い切った。

 

「まるで中学で習う数学さ。あいつ単体での過負荷(マイナス)っぷりも半端じゃねぇが、問題はその影響力だ。常人(プラス)が運悪く目をつけられちまえばあっという間にプラスマイナスゼロどころか不幸(マイナス)一直線だし、元々過負荷(マイナス)の素質がある奴は水を得た魚っつーか火をつけたガソリンみてぇに悪化(しんか)する。何より、あいつ自身がそうであるように、他の過負荷(マイナス)連中に好かれやすいのさ。それも、厳選したみてぇにとびっきり性質の悪い連中にな」

 

 同類相憐れむ。

 誰よりも弱く、人間としてあらゆる弱さを知り尽くした球磨川は、同じような境遇の人間にとって、この上ない安らぎとなる。

 優越感――転じて劣等感。

 人間は誰しも、少なからず『他人を超えたい』『他人を下に見たい』という感情を持ち合わせている。人間として最底辺にいる球磨川禊は、その欲を満たしてしまうのだ。

 誰よりもマイナスな人間がいる。

 ただそれだけで、結果、球磨川に心酔し、追随する人間が現れる。

 事実、既に箱庭学園では、球磨川の命を受けた過負荷(マイナス)の一人が一騒動起こしていた。

 起こしたからこそ、わざわざ不和は同属である赤と啝ノ浦を呼びつけて忠告しているのだ。

 

「さっき、校舎の一角が崩れ落ちたのは知ってるよなぁ?」

 

「まあ、職員会議でも議題に挙がったから大体は知ってるけど、すぐに理事長の鶴の一声でなあなあになってしまったよ。もしかしてアレか? それ(・・)にも球磨川一派が関わっているのか?」

 

「球磨川一派て……言いやすいっちゃあ言いやすいけど。関わるどころか引き起こした張本人がメンバーにいるんだよ。僕も又聞きだから詳しくは知らねぇが、何でも、結婚を認めてくれない母親から逃避行して校舎を腐らせたんだとか」

 

「ツッコミどころ満載の連中だなあ!!」

 

 額に手を当てて、天を仰ぐようにする啝ノ浦。

 

「うちの生徒会長を筆頭に、ツッコミの必要がねぇ生徒なんかこの学園にゃあいねぇけどな」

 

 特にお前(あなた)とか、と不和と赤は互いの顔を指さし、同時に黒い笑顔を浮かべると、むにーうにーと頬を引っ張り合い始めた。不和が右手一本であるのに対し、赤は両手を使っているため――さらにどさくさに紛れて『五本の病爪(ファイブフォーカス)』を発動しているため地味に辛い。

 

「……真面目っぽかった話が一瞬でぶち壊しだ」

 

「はあほにはふ……青黄(はおひ)、いい加減離せ。まあとにかく、禊逹は今、マイナス十三組の教室を作ろうとしてるらしい。狙われるとしたらまず間違いなく二年十三組の教室だ。あそこは一年や三年と違って主がいねぇし、雲仙冥利(ガキンチョ)は螺子ぶっ刺されて入院中、融通(とけみち)も学校には来ちゃあいるんだろーが余程のことがねぇ限り選挙管理委員会――つか斬子ちゃんの側を離れようとはしねーだろーから、教室はガラ空きで誰もいねぇハズ」

 

「他に登校してくる生真面目な物好きもいないから集会を開くには丁度良い溜まり場になる、と言うわけかい。十三組(ジュウサン)の担任になったときからこれくらいの事態は覚悟してはいたけど、ここまでの異常はさすがに想定外だ」

 

「考え方によっちゃあ、お前ら二人に忠告しとけば済む話だから僕としては楽でいいんだけどな」

 

 そこまで言ったとき、不和の制服のポケットの中で携帯が鳴った。

 番号は非通知だったが、誰からのものなのか考えるまでもなかった。

 

「とにかく、しばらく二年十三組には近づくなよ」

 

「ああ待って、最後に一つだけ聞いておきたいのだけれど」

 

 保健室から出て行こうとする不和を、赤が呼び止めた。

 

「今回、貴方はどっちにつくの?」

 

 その問いに、不和はガラス玉のような瞳を赤に向けて、

 

「笑えることにな、禊を呼び寄せた理事長(ジジイ)曰く、コレ(・・)もフラスコ計画の一端なんだそーだ。王土先輩がプランAなら、禊はプランB。フラスコ計画だと言い張るなら、僕は監視して干渉するだけさ。それがこの学園における僕の役割だからな。『あの人』からも潰せるなら潰して良いと言質もとってることだし、過負荷(マイナス)として好きな様にやらせてもらうさ」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 不和が保健室を出ていってすぐに。

 残された悪平等(ノットイコール)の女二人は、肩の荷が下りたとでも言いたげな表情で深々と溜め息を吐いた。

 

「……じゃあさなぎさん、そろそろ診せて(・・・)ください。隠して平然としていられるくらいならそれほど深いものではないんでしょうけど、それでも消毒くらいはしておいた方がいいですから」

 

「そりゃあ確かに。まったく、乙女の柔肌をこんなにするなんてあの子も罪な男だよ」

 

 乙女なんて柄かと赤は思うが口には出さない。

 袖をまくられ、露となった啝ノ浦の腕には、釘で引っ掻いたような痛々しい傷が無数に走っていた。いずれも血が滲む程度の軽傷ではあったが、それでも腕全体を覆う傷の数は異常だった。

 安心院なじみから貸し与えられた『五本の病爪(ファイブフォーカス)』ではなく、保健委員らしく消毒液とガーゼで手当てをする赤は、啝ノ浦の斑模様じみた傷を矯めつ眇めつしながら――

 

「本人の話では、段々と暴発する間隔が短くなってきているそうです。このまま悪化の一途を辿れば、遅かれ早かれ入り切り(オンオフ)の制御すら不可能になって四六時中全開状態になると思います。それが半月後なのか一週間後なのか、それとも一時間後なのかは分かりませんし、結果が見えているからと言って、私達に出来ることなんて皆無に等しいですが」

 

「その辺は安心院さんに任せるしかねーよ。私は悪平等(ノットイコール)である前に普通な女教師に過ぎない身の上だし、お前だって能力所有者(スキルホルダー)である前にただの保健委員だ。それに、そもそもが『仕事』の範疇から逸脱してやがる」

 

 なるようにしかならねーさ、と。

 年長者らしく諭すように、啝ノ浦さなぎはそう言った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 実を言えば、二年十三組を集会場所に使うよう――さらに詳しく言うなら、そう提案するよう半袖に指示したのは、他でもない不和なのだった。

 これ以上当てもなくウロウロされて余計な混乱を引き起こされるよりは、さっさと場所を提供して一か所に集まってもらった方が監視する側としても色々と楽だからだ。すぐに準備できて一番占拠し易かったから、というのも理由の一つだが。

 最初、溜まり場として白羽の矢が立てられたのは、真黒が管理する『軍艦塔(ゴーストバベル)』だったらしい。あの朽ちかけたオンボロ旧校舎には現在、真黒の他に実妹である夭歌や故障中の古賀いたみが滞在している。真黒一人だけならば『まああの変態なら自力で何とかするだろーし、乗っ取られたら乗っ取られたで問題ねぇか』と軽く考えて流したのだろうが、どうにも、夭歌が絡んでいると形振り構わなくなってしまう。

 悪い癖だと思いつつも、見過ごせないのだ。

 惚れた弱みと言われてしまえば、その通りなのかもしれない。

 などと――益体のないことを考えながら。

 

 安心院不和は。

 

 転校早々に過負荷(マイナス)をまとめ上げてしまった球磨川禊の頭を足で抑えつけつつ。

 

 先代生徒会長、日之影空洞と対峙していた。

 

 不和も平均身長よりは背丈がある方だが、それでも見上げなければ顔を合わせる事ができないほどの巨漢だ。二メートルを優に超えている。不和のような痩身ではなく、文字通りの巨躯。某国の遺伝子操作で生まれた強化兵士だと説明されても信じてしまいそうな風体である。

 

 彼の生き様は、一言で表すならば英雄だった。

 

 日之影空洞。

 第97代生徒会長。

 トラブルなぞ、その辺に塵芥の如く転がっている箱庭学園で。

 全校生徒がその名を――その姿を認識できないほどに自然に。誰にもその存在を記憶出来ないほどに無意識に。さながら空気のようにそこにあり。誰にも気づかれることのないまま丸一年間。箱庭学園の平和を守り切った男。

 日之影空洞が日之影空洞であるからこその所業。

 言うに易く行うは難し。誰にも出来るはずがない。

 

 故に、英雄。

 

 そんな男が、敵として立ちはだかる。

 面倒なことになった、と不和は首を擦り、思う。

 様子見とでも言えばいいのか、一応はマイナス十三組所属の身分(勿論既に理事会承認済み)であるため、顔見せも兼ねて合同ホームルームに出席するつもりでいた。彼ら――あるいは彼女らが素直に教室にやってくるとは到底思えないが、それでも二、三人は出席しているだろうと楽観視したままドアを開けて、なんかデカいのが拳を突きだした体勢で立っている場面に遭遇してしまったのだ。

 

「……大方めだかちゃんから助力を請われてやって来たんでしょうが、何もしてないのにいきなり殴りかかって教室ぶっ壊すとか暴君過ぎるでしょ空洞先輩」

 

 何もしていないどころか、時計塔で十四人に螺子刺して磔にしたりとか恋愛問題で校舎腐らせたりとか色々やっちゃっているのだが。

 

「その口は呼吸と飲食にしか使わないんですかぁ? 人間だったらまずは話し合いで解決するために努力してみましょうや。大事なのはお互いに歩み寄ること。過負荷(ぼくら)だって人語が理解できない人非人ってわけじゃねぇんですから。敢えて理解しようとしないだけで、ね」

 

「……それよりも不和さん、そろそろ足をどけてください。球磨川先輩が何か言いたがってます」

 

 片眼鏡(モノクル)に執事服を着用した青年――蝶ヶ崎蛾々丸が礼儀正しい口調で指摘するように、不和の足の下で球磨川がモゴモゴと何事か呟いていた。

 踏みつけて抑えていた頭から足を下ろす。

 

「『ゲホッ!』『やれやれ酷いなあ不和ちゃんは』『中学時代からの親友にここまでするかい普通?』」

 

普通(ノーマル)じゃねぇから過負荷(ぼくら)なんだろーが。額が割れたくらいで済んでんだから、両腕折りやがったコイツ()よかマシだろ。飛沫ちゃんなんか思いっきり良い笑顔になってるし」

 

「いやいやあたしだって本当は球磨川さんの腕を折りたくなんかなかったんだけどさぁ、止めるために仕方なく? ごめんなさい、もうしませんから許してください」

 

 スリットの入ったスカート、胸元を開けた露出過多のセーラー服という際どい格好をした少女――志布志飛沫が、棒読み口調で謝る。

 日之影に殴り飛ばされた球磨川は、過負荷(マイナス)――『大嘘憑き(オールフィクション)』を使おうとした矢先に不和に頭を踏みつけられ、蝶ヶ崎に右腕を折られ、志布志に左腕を折られてと、散々な目に遭っているのだが――

 

「『でも』『三人ともありがとう』『危うく全てをおじゃん(・・・・)しちゃうとこだった』」

 

 笑顔と共に立ち上がった次の瞬間には、額の裂傷も折れた両腕も、全てが(なお)っていた。

 

「『さぁてと日之影くん』『四対一の構図なわけだけど』『続ける?』」

 

 球磨川が言い、

 

「続けると言うならそれでも結構。お強いあなたは一人で十二分なんでしょうけど」

 

 蝶ヶ崎が引き継ぎ、

 

「あたしらにはそんな慢心(じしん)は無いし、負けっぱなしの人生だから」

 

 志布志が補足し、

 

「だから弱い者同士、ジャンプの王道展開らしく徒党を組み、力を合わせて強者(アンタ)と相対しよう」

 

 不和が宣言する。

 

「「「「『さあ選んで』」」」」

 

「「強者(プラス)らしく弱者(マイナス)を踏みにじるか」」

 

「「『それとも強きをくじき弱きを救う優しい(・・・・)英雄のままでいるか』」」

 

 戦うべきを戦わず。

 強さも弱さも度外視し。

 全てを享受し、呑み込み、蝕み、追い落とす。

 過負荷(マイナス)の混沌たる有様を、日之影空洞は初めて思い知った。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「結局あのまま帰っちまったよなぁあの大男。()れると思ってウズウズしてたのに、とんだ期待外れだ」

 

 菓子を(くわ)え、椅子を大きく傾けながら、志布志がぶつぶつと不満を漏らした。

 日之影が文字通り『消えた』後。

 不和達は菓子が山と積まれた机を取り囲み、いつの間にか合流していた不知火を含めた五人で、幹部会という名の緩やかな親睦会が開いていた。それでも交わされる会話の内容は過負荷(マイナス)らしく濁り淀んだものであったが。

 エリートを尽く抹殺する。

 そんな行動理念を持ったマイナス十三組の当面の課題。

 

「『そのうち生徒会とぶつかることになるんだから今は大人しくしててね飛沫ちゃん』『それより』『抹殺すべき対象である十三組生がほとんど登校していないことが一番厄介な問題だよ』『登校免除なんてわけのわからない制度を作るなんて』『まったく理事会も面倒なことをしてくれたもんだ』」

 

「確かに標的がいなければ本末転倒もいいところです。かと言って、どこにいるかも分からない連中を一人一人探し出して潰していくのはあまりに馬鹿馬鹿しい」

 

 真面目といえば真面目に討論する球磨川と蝶ヶ崎をよそに、不和は膝の上に座る不知火に悠長な口調で尋ねた。

 

「っつーわけだけど半袖、何か良い方法はあるか?」

 

「あるけどさー、不和兄ぃもあたしと同じコト考えてるんじゃないの?」

 

 過負荷(マイナス)で結びついた義兄妹は、それぞれ自分の制服のポケットから『ある物』を取り出して、考えが一致したことに満足げな笑みを浮かべた。

 

「くか、かは、かはははははは! やっぱお前は最低(さいこう)だよ半袖ちゃん。禊ぃ、生徒会と十三組生、どっちも一気にカタぁつけられそうな手があるんだが、乗ってみるか?」

 

 不和と不知火は三人に計画を事細かに説明する。

 皆、初めは訝しげな顔だったが、不和が説明を終える頃には昂揚感に満ちた表情に変わっていた。

 

「『……うわぉ』『不和ちゃんが提案することだから絶対ロクなもんじゃないとは思ってたけど……』『さっすが僕の大親友』『考えることのえげつなさが中学の頃の比じゃないぜ』」

 

「ああ。悪手も悪手、この上なく回りくどくてメンドクセェやり方だが……この方がお前好みだろ、追放された元生徒会長さん? 今度はお前一人じゃねぇ。僕もいるし、手駒(なかま)もいる。三年前の再戦と洒落込もうや」

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 翌日。

 七月十七日。

 

 この日、箱庭学園は一学期の終業式を向かえようとしていた。

 フラスコ計画やらマイナス十三組やら、そんな大人と異常者達の問題など一切関係なく、知る由もなく、大講堂に集められた一般生徒。

 個々の違いこそあれど、これから来たる長い夏季休業に胸を躍らせて、和気藹々とした雰囲気が漂う。

 マイクのハウリング音が響き、壇上に立つめだかが開式の挨拶をする。

 

「それではこれより、本年度終業式を――開始(ふぁいひ)ふる」

 

 背後から。

 右頬を球磨川が。

 左頬を不和が引っ張った状態で。

 

「悪いがめだかちゃん、挨拶は後回しだ」

 

 耳元で囁かれて振り返っためだかが、善吉達が、過負荷(マイナス)以外の全員が呆気に取られる中、不和はマイクを球磨川に投げ渡し――

 

「『あーあーテステス』『……こほん』『はじめまして箱庭学園の皆さん!』『僕の名前は球磨川禊!』『ここにいる安心院不和ちゃんの親友で』『めだかちゃんの元彼でーっす!!』」

 

 長い長い夏休みが始まろうとしていた。


 
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