fortissimo
羊(れーじ)は小悪魔(もみじ)の夢を見るか?
「里中ぁああああああああああああ!!!!」
目の前で、オレの目の前で華奢な体が崩れ落ちていく。
ポロポロ涙を零して。
とても嬉しそうな笑顔で。
いつからか。
傍にいるのが当たり前になった少女。
その小さな肩で大きなものを背負いながらも、自分を好いてくれた少女。
悪戯っぽい笑みと好意を隠さない行動力と、本当は壊れやすい心を抱いていた。
初めて会ったマホウツカイが少女でなければ、自分はどうなっていただろう。
世界の理不尽に飲み込まれ、サクラと出会う事もなく、ただ何も分からず死んでいたのではないだろうか。
「今、助ける!!!」
手を伸ばす。
言葉にならない叫びを上げて。
失ってはならない。
終わらせてはいけない。
いつの間にか。
本当にいつの間にか好きになっていた。
あのいつもは騒がしい少女が一人で運命に立ち向かう姿。
ボロボロになりながらも、己の願いを貫き通そうとした姿。
敵として戦い、味方として戦い、ただの女の子として自分の前に立った。
あの姿を消したくない。
どんな未来が待っているとしても、共に歩んでいけるならと、そう心の内に思った。
「れ・・・い・・じ・・・」
彼女の姿が血に塗れていく。
「止めろ?!」
彼女の胸に大穴が開く。
「止めろッッ!!?」
彼女の首がゆっくり。
「止めてくれッッッッ?!!!」
コトンと呆気なく地面に落ちた。
【止めろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッ!!!!!!?】
ゴツリと目の前で星が散った。
「~~~~~~~~?!!」
背中から倒れこんで、辺りを見回す。
どうやら朝らしい。
上半身を起こす。
「―――何だ。ただの紅い里中紅葉か」
「れ~~い~~じ~~~」
布団の上でおでこを押さえ、涙目になってこちらを睨んでいたのはいつも騒がしい小悪魔だった。
「つーか、どうして此処にいるんだ? っていうか、苺さんとかサクラとかに止められなかったのか?」
「れーじが喜ぶかなーって思って眠いの我慢して此処まで来たのに・・・・・・」
「さすがにデコとデコをぶつけて起きる趣味は無い」
いつも通りに返すと何故か里中がふと心配そうな顔になった。
「・・・・・・れーじ。大丈夫?」
「な、何がだよ?」
「さっきね。れーじ魘(うな)されてた・・・悪夢みてるみたいだったから・・・」
「そ、そうか?」
「・・・うん」
真っ直ぐな瞳に少しドキリとした。
まるで内心を見透かされているような心地がして落ち着かなくなる。
「つっても、夢の内容なんて忘れちまったよ。誰かさんのデコのせいでな」
「れーじ!!?」
「というか、そろそろ退いてくれ」
起き上がろうとすると更に里中が布団の上に乗ってくる。
「こんな可愛い美少女が起こしに来てあげたっていうのに・・・れーじってば冷たいなー。傷ついちゃうなー」
わざとらしく言って、何かを期待した瞳でこちらを見上げてくる小悪魔をいつもならば布団ごと跳ね除けていたかもしれない。
しかし、傷つくという単語と共に脳裏には―――あの光景が浮かび上がってくる。
「・・・そうだな」
「へ?」
思わずオレは目の前の少女を抱きしめていた。
「れ、れれれ、れーじ?!」
「悪りぃ。少しだけ・・・少しだけこうしててくれ・・・・・・」
そんな事をされると思っていなかったのか。
目を白黒させていた里中がジタバタするのを止める。
「れーじ・・・・・・う、うん・・・れーじなら・・・いいよ・・・」
その体は血に塗れていなかった。
その胸には穴なんて開いていなかった。
その首は今も薄い鎖骨まで滑らかに繋がっている。
「里中・・・・・・お前此処にいるんだよな」
「・・・うん・・・」
しばらく、そのままでいた。
ゆっくりと体を離す。
「・・・れーじ」
里中の瞳が潤んでいた。
その瞳に吸い込まれるような錯覚を覚えて、オレは――――。
「マスタ~~~~朝なんだよ~~~~」
「兄さん。おはよう」
ガラッと扉が開いた。
「「―――――――」」
ゆっくりと声のした方を見る。
「マ、マ、マ、マスターは朝から何をして~~~~!!!?」
「に、ににににに、兄さんッッッッッ!??」
サクラ達が突撃してきた。
思わず飛び退こうとしたものの、里中はいつも通り茶化す事もなく・・・赤くなっている。
「おわ!? ご、誤解!? 誤解だ!!! これには色々と深いわけがあってだな?!!」
騒がしい一日の始まりは女性陣の喧騒から・・・オレはその場を逃げ出した。
「・・・・・・お前達の息子は・・・良い男に育っておるぞ・・・」
相楽苺は目を優しく細め、朝の縁側で空を見上げながら茶を啜った。
fin
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儚いものを夢見た羊の物語。
それは笑う小悪魔との別れ。
想い届かず敗れた記憶。