街から伸びる道が二つに分かれる場所まで、祭と小蓮、稟の三人は来ていた。草むらに身を潜め、馬車が来るのをじっと待つ。
やがて、暗がりの中にぼんやりと明かりが見え、徐々に近づいてきた。
「にゃあ!」
「お帰り、ミケ、トラ、シャム」
馬車を見張っていた三匹が合流し、三人は飛び出す準備を始める。
「小蓮様は子供らの救出をお願いします。我らは敵を引きつけますので」
「わかったわ!」
祭の指示に小蓮はうなずき、緊張した様子で唾を飲み込んだ。その様子を横目で見ながら、祭はわずかに頬を緩めた。彼女にとって小蓮は、実の娘のような存在である。孫堅に仕え、子守をしたこともあった。
(大人びた顔をするようになった……)
そう思うと、うれしい反面、寂しさも募った。気持ちを切り替えるように、祭は今度は反対側に目を向ける。
(稟……吸血鬼の娘か)
正直なところ、祭は南の多くの人がそうであるように、吸血鬼に対する忌避感がある。だから最初は、稟を警戒していた。だが噂や評判だけで相手を判断するほど、愚かでもない。一緒に行動をし、祭の稟に対する評価は信頼に値する人物というものだった。
「私が先頭の馬車を止める。後ろの馬車を頼んだぞ」
「わかりました」
祭は稟に指示をし、弓矢を構えた。近づく明かりに狙いを定める。一瞬の間、そして放たれた二本の矢が先頭の馬を仕留めた。
混乱はすぐに収まった。用心棒を雇っていたようだが、稟が暗闇に紛れるように次々と襲いかかると大した抵抗もせず逃げ出してしまったのである。
残った者たちも祭が縛り上げ、一箇所に集められた。小蓮は無事に子供たちを助け出し、話を聞いている。ホッと一息をついて稟が周囲を見回していると、暗がりから風が現れた。
「無事に終わったようですね」
「風、そちらはどうでしたか?」
「屋敷に子供は残っていませんでした」
二人が話をしていると、祭と小蓮が集まってきた。
「だめ。璃々ちゃんも袁術もいないよ。でも、それっぽい子を見たって情報があったわ」
小蓮の報告に、風が頷く。
「子供たちが監禁されていた場所は、風の方で調べました。そこに行ってみましょう」
「全員を連れ出したんじゃないのか?」
「わかりません。ただ、屋敷で聞いた話によれば、この子供たちは何進のもとに送り届けられる予定だったようです」
「何?」
何進が子供たちを集め、何をするつもりなのか。全員が口をつぐむ。
「本来の目的は果たせなかったが、結果的には良かったということじゃな」
「そうですねー」
そう、小さく微笑む風を見て、稟の心に一抹の不安がよぎった。
思えばずっと、小さな体で無理をしている気がした。暗くてよくは見えないが、眠そうないつもの顔に疲れが浮かんでいるようにも思える。
(風……)
多くの仲間ができた現在でも、稟にとって風は特別な存在だ。もしも他の者と風を天秤にかけるようなことが起きたとしても、稟は迷わず風を選ぶ。
(少し、気を付けていましょう)
やめろとは言えない。だから稟は、そっと風を気に掛けることにした。
夜明けを待って、風たちは出発する。はやる気持ちもあったが、助けた子供たちの身柄を役人に引き渡す必要もあった。一度街に戻り、準備を整えてから子供たちの監禁場所に向かうことにしたのである。
「かなり山奥にあるのね」
「泣き叫ぶ子もいるでしょうからねー。ほとんど人が近寄らない場所の方が、都合がいいのでしょう」
小蓮の質問に風が答え、稟が補足する。
「この辺りの土地は、貴族の管理下にある場合が多いので、普通の者は近寄らないことがほとんどです。それをうまく利用しているのでしょう」
「確かに、うかつに貴族の領地に踏む込んだら死罪もありうるからの。変に嫌疑をかけられるなら、近寄らぬのが安全じゃろう」
そんな話をしながら、けもの道を進んで行く。やがて、広い道に出た。
「何とも場違いな感じじゃのう」
「きちんと踏み固められてますね。何度も人が通っているのでしょう」
風は言いながら、その場にしゃがむ。
「轍が残ってますね」
「助けた子供らを運んだのじゃな」
「おそらく」
広い道をさらに奥に進むと、やがて木々がなくなり岩肌が剥き出しの場所に出た。道の両側は高い岸壁に挟まれ、まっすぐ突き当りまで伸びている。
「待ち伏せがあれば、ひとたまりもないな」
「人の気配はなさそうですが……」
頭上に警戒をしながら、風たちは突き当りまで進んだ。そこで道は途切れ、岸壁に囲まれていて横道のようなものもない。
「ここのはずですが……」
「それらしいものはないな」
全員で周囲を探すが、子供を監禁できるような場所は見当たらない。と、祭が何かに気づいた
「これは、最近崩れたようじゃな。洞窟があったのかも知れん」
祭の言葉に、風たちは岩や土砂が積み重なった辺りを探る。確かにまだ崩れて時間がそれほど経っていない様子で、簡単に岩を動かすことが出来た。
意識が朦朧としていた。真っ暗な中に閉じ込められて、どれくらいの時間が過ぎただろうか。
璃々たちは入口が塞がれたことを確認した後、這うようにして寝床の場所まで戻った。幸いここには布団が残されていたので、そこで横になり体を休めることができたのだ。
「お腹がすいたのじゃ……」
美羽の弱々しい呟きが、空しく響く。時間の経過はわからないが、もうずいぶんと食事をしていない。飲み水だけは、まだ少し残っている。
最初は元気にみんなを励ましていた璃々も、今はぐったりとしていた。心配をした美羽と美以の二人が、両側から手を握って様子を伺っている。
「璃々、大丈夫かにゃ?」
「心配なのじゃ……」
大人びているとはいえ、三人の中では最も幼いのだ。心身共に、疲労が限界だった。
「にゃ?」
「どうしたのじゃ?」
不意に美以が声を上げる。
「何か聞こえるにゃ」
耳を澄ます。何かが崩れる音、そして――。
「にゃあ!」
ぴょんと何かが鳴きながら美以に飛び掛かってきた。
「な、何なのじゃ!」
「猫にゃ! 三匹の猫にゃ!」
真っ暗で何も見えない美羽に、猫目でそこそこ見える美以が説明する。
「どこから入ってきたのじゃ?」
「んー……外にゃ! 外から来たと言っているにゃ!」
「出られるのかえ? 璃々、助かったのじゃ!」
大喜びで璃々に声を掛けるが、返事はない。
「璃々の様子がおかしいのじゃ」
「早く、外に出るにゃ!」
二人は、璃々の体を支えるようにして先導する猫たちの後を追い、歩き出した。
かろうじて小さな隙間を作ることができた。猫ならば通ることができそうな穴だ。
「一度、中の様子を見に行ってもらいましょう」
「そうじゃな。これ以上穴を広げると、崩落の危険がある。子供が残っているのならともかく、何もなければ危険を冒す必要もあるまい」
三匹の猫たちが、小蓮の指示によって中に入っていく。
「すっかり懐いてしまいましたね」
「へへへ……」
風の言葉に、小蓮はうれしそうに微笑んだ。
やがて、猫たちが戻り子供の声が中から聞こえて来た。その声に最初に反応したのは、風である。忘れるはずもない、その声を。
「美羽様!」
「その声は……風かえ」
「はい、風です。遅くなってしまいましたが、助けにきましたよ」
再会を喜びたかったが、確認しなければならないことがある。風は、美羽に尋ねた。
「中には他に、何人いらっしゃいますか?」
「妾の他には、璃々と美以がいるのじゃ」
その言葉に、全員の顔に笑顔が浮かんだ。
「目的は果たせそうじゃの」
祭が言うと、風と小蓮が一際力強く頷いたのである。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
とうとう100回目です。
漫画なら単行本10冊程度は出ている感じでしょうか。
楽しんでもらえれば、幸いです。