荊州の南、旅人が訪れることがほとんどない小さな村に風、稟、小蓮、祭、そして三匹の猫たちはやって来ていた。唯一の宿屋である酒場の二階で、食事をしながらこれまでの報告を行っていたのである。
「稟ちゃんの方はどうでしたか?」
「ハズレです」
風の問いかけに、稟は力なく首を振った。誘拐事件に関する情報を入手した稟は、その調査に向かっていたのだ。
「身代金目的の誘拐で、組織とは無関係でした。とりあえず誘拐された娘は親元に帰し、犯人も役人に渡して来ました」
「お疲れ様です」
「まあ、人助けが出来たので、無駄足というわけではないですが」
「そうですねー」
目を細めて頷いた風が、今度は自分の報告を始める。
「こちらも怪しい人たちが出入りしているという家を調べましたが、特に問題はありませんでした」
「お互い、収穫なしですね」
二人で苦笑いを浮かべながら溜息を漏らしていると、ちょうど帰ってきた小蓮たちが部屋に入ってきた。
「ねえ、聞いて聞いて! 有力情報なんだから!」
元気に入ってきた小蓮がそう言い、風と稟の肩をバンバンと叩いた。後から三匹の猫たちと、祭がやって来る。風は祭を見て訊ねた。
「どういうことですか?」
「うむ、実はな、偶然助けた行商人から少し気になる話を聞いたのじゃ」
特に収穫もなく、帰路を歩いていた祭たちは盗賊に襲われている行商人を助けた。その時に聞いた話である。
「その者の知り合いに、馬車職人というのがおるらしくてな。まあ文字通り、馬車を専門に造る職人なんじゃが、その知り合いが奇妙というか、珍しい依頼を受けたのだそうじゃ」
「珍しい、ですか?」
「そうじゃ。依頼主は何でも旅芸人の一座らしくてな、見世物にする猛獣を運ぶ馬車の製作依頼だったそうじゃ」
「特に変な話ではない気がしますが……」
「まあ、続きを聞くのじゃ」
祭は気分が乗ってきた様子で、疑問を口にする稟を制する。
「その馬車というのが、結構な大きさでな。指示のあった形状は、上部に小さな空気窓を開けただけの箱状で、それを五台、急ぎ欲しいという話らしいのじゃ。それで気になって少し調べてみたのじゃが、妙でのう」
「と、いうと?」
「近くの街に滞在いていると話していたらしいのじゃが、いくら探してもそんな連中は見つからないのじゃ。五台も馬車が必要ということは、かなりの大人数のはずなのじゃが、それらしい者は一人もいない」
すると小蓮が祭の言葉を遮るように、口を挟んできた。
「それどころか、ある富豪の別荘に大量の荷物が運び込まれたっていう情報も掴んだのよ! ね、何か匂うでしょ?」
「そうですねー、調べてみる価値はありそうだと思います」
風が同意すると、祭は大きく頷いた。
「よし、では飯の後に出かけるとしよう。何か動きがあるとすれば、暗くなってからじゃろうからな」
こうして風たちは祭が入手した情報を調査するため、日が暮れるのを待ってから宿にしていた酒場を出発した。正直なところ、彼女たちは焦っていたのである。普段通りに振る舞いつつも、気が気ではない。
時間が掛かれば掛かるほど、誘拐された子供たちの生存する確率が下がってゆく。組織が十分な時間を掛けて教育を施すらしいので、わずかな気休めにはなっているがそれでも状況次第では変化はありうるのだ。
(美羽様、無事でいてください)
風は願い、そして――。
(紫苑を璃々ちゃんに会わせてあげるんだから!)
小蓮は決意した。
少し大きな街で、露店の明かりが通りを賑わせている。夕食時ということもあってか、人の姿があちこちで見られた。到着した風たちは、開いていた店に入るとしばらく時間を潰すことにする。
やがて、店が閉店すると同時に外に出て、問題の別荘に向かった。
「あそこのようじゃな」
街外れにある、一際大きな屋敷を示して祭が言った。確かに大きな箱のような馬車が五台、前の通りに停まっている。暗がりに身を潜め、しばらく様子を見ることにした。
「出てきたよ!」
小蓮の声で、全員が注目する。見ると、大勢の子供が一列に並んで馬車に乗り込んで行く。目隠しをされているようで、手を引かれて言われるがままのようだ。
「あたりじゃな……どうする?」
「馬車が出るのを待ちましょう。少し離れたところで、みなさんで子供たちを救出してください。風は一人、ここに残ってもう少し屋敷の中を探ってみます」
「わかった」
頷く祭たちに、風は付け加える。
「あと、出来ましたら誰かからどこへ連れて行くつもりだったのか、聞き出しておいてもらえると助かります」
「そうですね、他にも捕まっている子がいるかも知れませんから」
「よし、では先回りをしておくかの」
祭が言うと、小蓮が首を傾げた。
「でも、行き先がわからないじゃない」
「大丈夫です。おそらく、賑やかな街中は避けるでしょう。かといって、馬車で林の中に入ってはいきますまい。このまま外に出て、道なりに進むはずです」
「うーん……」
祭が説明をするがそれでも不安なようで、小蓮は眉を寄せたまましばらくうなった。と、不意にパッと表情が明るくなる。
「そうだ。猫ちゃんたちに協力してもらおう!」
小蓮の提案で三人が先回りをし、猫たちが馬車の後を追う事になった。もしも途中で道をそれるようなら、知らせに来るよう三匹に言い聞かせた。
「にゃん!」
ちゃんとわかったのか、三匹は元気に返事をする。
「まあ、任せてみましょう」
「うむ、ではまた後でな」
そう言って、祭たちは出発した。後には、風と三匹の猫たちが馬車が動き出すのをじっと待っていた。
姉の雪蓮に呼び出されて部屋に向かうと、紫苑、思春、明命の三人も来ていた。
「待っていたわ、蓮華」
「いったい何事ですか?」
蓮華が問いかけると、雪蓮は黙ったままうつむいてじっと自分の手を見つめた。いつもと違う雰囲気に、蓮華は姉が口を開くのを待つ。
やがて、意を決したように雪蓮が顔を上げた。
「蓮華に留守番を頼みたいの」
「留守番? どこかに出かけるのですか?」
「……寿春へ」
その一言で、姉の考えていることがすぐにわかった。
「冥琳を救い出すのですね? 明命に任せるのではいけないのですか?」
「これは私が行わなければならない事だと思うの。過去の自分を乗り越えるためにもね」
雪蓮は恐れているのだろうと、蓮華は思った。冥琳に会うことが怖いのだ。事故だったとはいえ、大切な友……家族同然の者を刺してしまったのである。
「明命と紫苑も一緒に行くわ」
「紫苑も?」
明命はわかる。寿春に忍び込むのに、明命は必要不可欠だ。だが紫苑はまだ仲間になったばかりで、冥琳と面識もない。
「私も過去の自分と向き合うために、どうしても参加させていただきたいと思ったのです。罪が消えるわけではありませんが、小蓮様が璃々の救出のためにがんばってくださっています。私も何か、出来ることをしたいと思うのです」
「……」
二人の気持ちを思えば、蓮華に止める手立てなどなかった。
「わかりました。ここは私にお任せください。姉様の帰る場所、私が守ります」
「ありがとう。思春も蓮華を助けてちょうだい」
「お任せください!」
こうして冥琳を救出するために、雪蓮、紫苑、明命の三人が旅立つこととなった。
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恋姫の世界観をファンタジー風にしました。
楽しんでもらえれば、幸いです。