No.441490

天馬†行空 閑話 拠点の二 黄巾の乱の終幕とその他

赤糸さん

 真・恋姫†無双の二次創作小説で、処女作です。
 のんびりなペースで投稿しています。

 一話目からこちら、閲覧頂き有り難う御座います。 
 皆様から頂ける支援、コメントが作品の力となっております。

続きを表示

2012-06-24 22:16:00 投稿 / 全5ページ    総閲覧数:6518   閲覧ユーザー数:4873

 

 

 

【黄巾の乱、終幕】

 

 

 

 冀州にある黄巾の本拠地。そこに築かれた砦にほど近い主戦場。

 その中央に三つの人影があった。

 

 一人は幼子のような背格好の少女。

 腰まで届く髪はカラスの濡れ羽色。冷たい光を宿した瑠璃色の瞳は砦の方角に向けられている。

 髪の色と同じ黒を基調とした貫頭衣、太股の中ほどまでのスカートと細い両足を包むタイツも黒色。

 ただ一点、首に巻かれた腰まで届く細く長い布だけが、まるで流れる血の色を思わせる赤い色で際立っていた。

 右手に携える剣は飾り気が無いものの、一般に使われるものと同じ長さの為、小柄な少女が持つとかなりの長さに見える。

 

 一人は妙齢の女性。

 足元まで届きそうな栗色の髪を腰の高さで一つに結んでいる。濃い緑色の瞳は地に伏した賊徒の死体に向いていた。

 服装は瞳と同じ深い緑色が基調の、足元まであるゆったりとした旗袍(チャイナドレス)に蟲惑的(こわくてき)な肢体を包み、手には細身の体付きに似合わない身の丈二倍近くの大斧を携えている。

 

 最後の一人も二人目同様、妙齢の女性。

 短く刈り上げられた灰色の髪、陽に良く焼けた小麦色の肌。二人目の女性と同様、豊満な肢体。鮮紅色の瞳は一人目と同じ方向を向いている。

 胸元が大きく開いた丈の長い朱色の旗袍を身に纏い、二の腕に肘まですっぽりと覆う鉛色の手甲をはめていた。

 

 三人は動くモノが居なくなった戦場に静かに佇んでいる。

 

「……公偉(こうい)、もう少し穏やかには出来なかったの?」

 

 大斧の石突きを地に着けて、長い黒髪の女性は地に伏せる焼け焦げた賊徒の骸を一瞥し、灰色の髪の女性を嗜めた。

 

「はっはっは。いやあ、すまんすまん。久方振りの戦だったものでつい……な?」

 

 公偉と呼ばれた灰色の女性は悪びれた様子も無く笑うと、目線を下へ向けて最後の一人に同意を求める。

 

「公偉、子幹(しかん)、これはただの任務だ。常の戦となんら変わることはない」

 

「…………ノリが悪いのぅ」

 

 問い掛ける公偉の視線の先、小柄な少女は感情の篭らない冷めた一瞥を返す。

 

義真(ぎしん)、部隊のほうは大丈夫かしら?」

 

 小柄な少女の素っ気無い返事にいじける公偉の姿に少しだけ顔を綻ばせると、子幹と呼ばれた女性は小柄な少女に口を開く。

 

公明(こうめい)に指揮を執らせるいい機会だ。尤も、これで失態を晒す様なら……一兵卒から出直してもらうがな」

 

「おおぅ、怖い怖い」

 

「公偉」

 

 先程とは違い、険を含んだ視線でじろりと睨まれた公偉はそ知らぬ顔で明後日の方を向いた。

 その様子を子幹は苦笑しながら見る。どうやらこの二人の、このやり取りは日常茶飯事のようだ。 

 

「貴女達は相変わらず――――義真、公偉。『向こう』が動くようよ」

 

 苦笑しつつ、子幹が二人を嗜めようとしたその時、彼女はこちらへと走って来る伝令と黄巾の砦へと殺到する旗を視界に捉えた。

 

「……曹操が突入したか」

 

 先頭を切って突入する蒼い旗を見て、義真が呟く。

 

「ほう、文台(ぶんだい)の忘れ形見も続いとるようだの」

 

 蒼い旗に負けじと続く紅の旗を見ながら公偉は目を細めた。

 

「桃香……貴女も心を決めたのね」

 

 緑色の旗を目に留めて、子幹は教え子の顔を思い返す。

 間も無く到着した伝令は、曹操、孫策、劉備の軍が黄巾の砦の内部へと進軍した事を告げる。

 

「よし、我らは砦より離脱を図る賊軍を掃討する。徐晃(じょこう)にはそのまま進軍するよう伝えろ」

 

「はっ! 直ちに!」

 

 再び前線へと駆けて行く伝令から視線を外し、義真は待機していた残りの部隊に向き直った。

 

皇甫嵩(こうほすう)隊、往くぞ」

 

『は!!!!!』

 

 義真の、低いがよく通る声が響き、群青に『皇甫』の旗を掲げる一隊が一糸乱れぬ機敏な動きで砦の右側面へと動き出す。

 

盧植(ろしょく)隊、行きますよ!」

 

『はっ!!!!!』

 

 大斧を担ぎ直し、深緑に『盧』の旗を掲げる隊を引き連れ、子幹は砦の左方面へ馬首を返した。

 

「さて、ではもう一働きするかの……朱儁(しゅしゅん)隊、我に続けィ!!!」

 

『ぅおおおおおおおおおおっ!!!!!』

 

 胸の前でがちん、と手甲を打ち合せて公偉が気炎を上げる。

 それに呼応するように兵達も雄叫びを上げ、朱色に『朱』の旗を高々と天に向かって掲げた。

 

 

 

 この一時辰(約二時間)後。

 黄巾党の首領、張三姉妹は曹操によって討ち取られたとの報が討伐軍の全軍へと伝えられ、乱は収束へと向うのだった。

 

 

 

 

 

 

【北平の或る記録帳】

 

 

 

 ――三頁目の記述。

 

 張角、張宝、張梁が討たれて黄巾の乱が終結してから三日。

 それ以前から治安改善に力を入れていた白蓮さんの努力の甲斐あって、街には活気が戻り、多くの市が立つようになった。

 賊の脅威が去り、街の皆がホッとしているのが歩いていても分かる。

 

〈中略〉

 

 街で会った仕官希望の女の子を城まで案内した。

 途中で色々と話をしたけど、この子……田豫(でんよ)さんは(どちらかと言えば)文官志望みたいだ。

 市が立つ区画の整理をしたいようで、治安の元ともなる屯所を近場に移動させるなどの意見を聞けた。

 今は未だまとまっていないとのことだが、五胡への対策案も考えているらしい。

 意見が通るかは彼女の仕官が出来て、尚且つ白蓮さんの判断しだいだけど……白蓮さんなら田豫さんとはウマが合うような気がする。

 

 城の中庭で白蓮さんと星を見つけた。早速、田豫さんを引き合わせる。

 白蓮さんは仕官希望者に喜び、すぐに面接を始めるようだったので邪魔にならないようにその場を離れた。

 その時に「頑張って」と田豫さんにエールを送ったのだが……。

 

 ――ぶんぶんと首が千切れんばかりに頷く田豫さん。

 

 ――半眼で俺を見つめる白蓮さん。

 

 ――綺麗な笑顔を浮かべ、練兵場まで俺を引き摺る星。

 

 翌日、賊討伐の時ですら味わった事の無い強烈な筋肉痛に襲われる事になった。

 

 

 ……星、だから俺とじゃあ訓練にならないんだって。

 

 

 

 

 

 ――五頁目の記述。

 

 先日、田豫、字を国譲と名乗る少女が伯珪殿の臣となった。

 少し話をしてみたが、成る程、一刀の言うように随分と利発な少女だ。

 ややのんびりとした観のある伯珪殿をよく補佐する役を担えるようになるだろう。

 

〈中略〉

 

 兵の調練中、昨日入隊した者達の中に一人だけ他を圧する力量の持ち主を見つける。

 名を陳到(ちんとう)、字は叔至。

 上背のある、きびきびとした所作の少女だ。

 試しに軽く手合わせをしてみたが……私の動きについて来ていた。

 調練後、向こうから手合わせを請われたので今度は本気で相手をする。

 …………訓練後、何故か師匠と呼ばれるようになった。

 

(追記)

 

 一刀へ 胸に手を当てて自分の行動を振り返ってみることだな。

     ……いや、いい。忘れてくれ(この一行は小さな字で書かれている)。

 

 

 

 

 

 ――七頁目の記述。

 

 国譲が来てくれたお陰で政務が捗るようになった。北郷には感謝だな。

 一昨日星が推挙してくれた叔至にも吃驚した。

 星や愛紗、鈴々程じゃないけど、強い。私も手合わせしてみたから分かる。

 しかも叔至はわざわざ汝南から来てくれた…………二人も家臣が増えて、正直なところ、かなり嬉しい。

 

〈中略〉

 

 国譲の案は使わせて貰おう。やっぱり治安維持が第一だよな。

 兵の調練も星と叔至の二人がやってくれるお陰で私が政務に回れる時間が増えた。

 ……国譲の案の事もあるし……ええと、明日の非番は…………北郷か。

 

 …………よ、よし、あいつを誘って街の視察に行くか。

 

 

 

 

 

 ――八頁目の記述。

 

 師匠と共に部隊の訓練に当たった(あ、師匠とは子龍殿のことです)。

 黄巾の輩との戦は終わってはいるものの、変事がまた起きぬとも限らない。

 未だ非才の身なれど、我が君のお力になれるよう、師匠について精進していきたいと思う。

 

 

 

 ――み、短い文章ですみません。

 

(追記)

 

 記述忘れ。

 午後の警邏にて視察中の我が君と北郷殿に会う。

 我が君が嬉しそうにしていたのでなによりだと思った。

 

 

 

 

 

 ――九頁目の記述。

 

 商業区への屯所の移転案が認められたので早速人員の手配に掛かる。

 ゆくゆくは商業区だけではなく、街のどこで揉め事が起きてもすぐに見回りの兵が駆け付けられる様にしたい。

 後、街の外に広がる荒地をなんとか開拓できないものか…………そうだ、伯珪様と北郷様に話してみよう。

 

 未だ形にもならない私の話を真剣に聞いてくれた北郷様と、それらを聞いた上で仕官を認めて下さった伯珪様。

 この恩に一日でも早く報いる事ができるよう、頑張って行きたい。

 

〈中略〉

 

 …………北郷様と子龍様は何で客将のままなんだろう。

 

(追記)

 

 私も北郷様達と一緒に視察に行きたかったです……。

 

(追記の追記)

 

 成る程。白蓮殿が昨晩上機嫌だったのはそういう訳だったか……。

 何故私も(消した跡あり。左の四文字がかろうじて判別出来る) 

 

 

 

 

 

 ――十四頁目の記述。

 

 引き止めようとしたけど……やっぱり、無理か……。

 はは、なんか(この後、数行に渡って文字が滲んで判別出来ない)

 

〈中略〉

 

 せめて、あいつ等の旅の無事を祈ってやらないとな……。

 

 ……。

 

 …………。

 

 

 

 …………星。

 

 ………………一刀。

 

 

 

 

 

 

【鷹の休日】

 

 

 

「や、お邪魔してるよ桔梗」

 

「鷹!? お主、いつ帰ってきたのだ!?」

 

 執務を終えて自室に帰って来た厳顔は、部屋の中央にある卓で然も当然とばかりに寛いでいる友人――張任――の姿を見て声を上げた。

 

「ついさっきね」

 

「……ん? はて、わしは何も聞いておらなんだが」

 

「窓から入ったからね」

 

「どこの盗人(ぬすっと)だお主は……」

 

 誰何の声に片目を瞑り、しれっと答える友人の姿に桔梗は苦笑する。

 

「あら、鷹。久し振りねー」

 

「お、紫苑久し振り」

 

 続いて入って来た子供連れの友人が鷹の姿を認めて、柔らかな口調で声を掛けた。 

 

「鷹さんひさしぶりー」

 

「おーひさしぶりー。璃々(りり)ちゃんはいつも元気だねー」

 

 とてとて、と駆け寄る璃々に合わせて身を屈め、鷹は微笑みながらその頭を優しく撫でる。

 

「いや~やっぱりここに帰ってくるとほっとするわ。向こうは空気がえらくギスギスしてたからねー」

 

「ふむ……武都の方はもう良いのか? 五胡は未だ攻め寄せていると聞くが……」

 

 座ったまま大きく伸びをする鷹に、桔梗は怪訝そうにそう尋ねたのだが……。

 

「ははは。それがね、ウチの隊の連中、向こうで取り上げられちゃってさ」

 

「なんじゃと!!?」

 

「ええっ!?」

 

 どこか乾いた笑いと、いつもの軽い口調で返ってきた答えを聞いて、桔梗と紫苑は驚きの声を上げる。

 慌てて詳細を聞いたところ、彼女の部隊は主君、劉焉の命令で武都において五胡の迎撃に当たっている劉璝(りゅうかい)の隊に組み込まれたそうだ。

 なんでも五胡との戦闘で自分から攻めずに山間(やまあい)で迎撃に徹していたのが劉焉の気に食わなかったのだろうと鷹は語る。

 そして、兵を取り上げられた鷹は巴郡へと戻されることになった。

 

「……解せぬ。あやつらを十全に使いこなせるのはお主しかおらん。それは劉焉様とて解っておられるであろうに」

 

 鷹が率いる直属の部隊の殆どは彼女が劉焉の部下となる前、侠客であった頃から共に戦ってきた者達である。

 共に居た年月は十年を下るまい。寝食を共にし、互いに背中を預けあう……隊員全てが義兄弟も同然の部隊なのだ。

 

 桔梗と紫苑はその頃からの付き合いだからこそ、鷹が隊の仲間を大事にしているのが解る。

 だからこそ先程のあっさりとした返答に驚きと怒りを覚えたのだが、僅かに震えている彼女の肩を見て、二人は口をついて出かけた非難の言葉を飲み込んだ。

 

「まあ……私は南で負けてるからね。本当ならすぐに兵権を取り上げられてもおかしくなかったから……武都でしばらくの間指揮が執れただけでも御の字だよ」

 

「むう……」

 

「……でも」

 

「――――はい! この話はこれで終わり! 桔梗も紫苑もそう暗くならないの! 眉間にしわ寄せてると璃々ちゃんが怖がるじゃない」

 

 話を振ってきたのはお主だろうに、と思わなくもないが一番つらいであろう鷹本人が気にしないように振舞っているのを見て、桔梗はいつの間にか握りこんでいた拳をゆっくりと開いた。

 

「あっ! そうそう、璃々ちゃんにお土産があったんだ!」

 

 先程までの暗い雰囲気を吹き消すように、鷹は殊更に弾んだ口調で璃々に笑顔を向ける。

 

「まあ、何かしら? 楽しみね、璃々?」

 

「うん、お母さん! 鷹さんなになにー?」

 

 傍らの風呂敷をごそごそと探る鷹の側に璃々がぱたぱたと近づいて行く。

 

「じゃーん! はい、これだよ!」

 

 そう言って鷹が取り出したのは……

 

「? あ! ネコさんのぼうしだー!」

 

「これは……猫の足の形をした手袋? と靴? かしら」

 

「それに……えらく丈の短い下穿きと……なんじゃ? この布切れは?」

 

 桔梗たちは知るはずもない、南蛮の少女達が着ていた服? だった。

 

「ふふふ、着てみればすぐに解るわよ。紫苑、ちょっと耳かして……ごにょごにょ」

 

「ふんふん……あらあら……うふふ……璃々、ちょっと向こうでお着替えしましょうか?」

 

「ふぇ?」

 

 鷹になにやら耳打ちされていた紫苑は途中から笑みを浮かべ、話が終わるや否や娘を連れて部屋の隅にある衝立(ついたて)の裏へと歩いて行く。

 

「鷹……もしやとは思うが…………あれは服、か?」

 

「そうよ。南蛮の子達が着ていた服」

 

「!? おい、仮にも敵国の、しかもお主から部隊を取り上げる原因になった相手の――」

 

「――それを言ったら西涼でも羌族の格好をしている人は居るし、北平の太守は降伏した五胡を自軍に組み込んでるとも聞くわ。それに、あの服は私が見よう見真似で似せて作ったものだしね」

 

 桔梗の言葉に、腕組みしながら語る鷹。

 

「……まあ、敗戦に関しては思うところはあるわ。でも…………ううん、そうね。言葉で説明するよりも、先ずは着替えた璃々ちゃんを見て頂戴」

 

 途中から言葉を濁す友人に頭をひねっていると、衝立の向こうから紫苑の歓声が聞こえてきた。

 

「……予想通り、紫苑は気に入ったみたいね」

 

 にやり、と笑みを浮かべて呟く鷹の視線の先。

 

「えへへー、鷹さん、桔梗さんみてみてー」

 

 紫苑に手を引かれ、衝立の裏から出て来た璃々の姿を見て、「ほう」と桔梗は感嘆の吐息を漏らした。

 いつもは結んでいる髪を下ろして猫の頭部を模した帽子を被り、両手両足に猫の両足を模した手袋と靴(どちらもかなり大きめだが)。

 暖かそうなそれらの部分とは反対に、胴体と腰周りは短い下穿きと胸の辺りだけを隠す黒い布切れだけでお腹や背中は露出している。

 随分と極端な格好だな、と思った桔梗だが、南蛮の辺りは年中温暖な気候と聞く。こちらで言うところの普通の格好をしていたら、暑くてたまらないだろう。

 

「うんうん、思った通り、よく似合ってるわ」

 

「ふむ、確かによう似合うておる……成る程、鷹の言う通り見た方が早かったのう」

 

「ふふっ、でしょ~…………実はね――」

 

「――失礼します! 桔梗様、本日の調練を……張将軍!?」

 

 鷹が先程の風呂敷包みを解き始めた時、大きな声と共に一人の少女が部屋の入り口に立った。

 前髪の何房かが途中まで白く染まった黒髪の少女――魏文長――は室内に有った知人の姿に素っ頓狂な声を上げる。

 

「久し振りね、焔耶ちゃん。だけど真名で呼んで欲しかったかな」

 

「あ、いえ、その、す、すみません鷹将軍」

 

「将軍」は要らないんだけど、と苦笑する鷹。

 

「でも、丁度良かったわ。……焔耶ちゃん、今仕事が終わったところなの?」

 

「――あ、そ、そうでした! 桔梗様、本日の調練、終了しました!」

 

「ご苦労。……で、鷹?」

 

「ありがと桔梗。……えっと……ああ、これこれ……お待たせ。はい、これが焔耶ちゃんの分ね」

 

「はっ? ワタシ……ですか? って、何ですかこれは?」

 

 そう言って鷹が焔耶に渡したのは、璃々が着ているのと同じものだった(当然、大き目のものだが)。

 

「……鷹、お主、まさか」

 

 なにやら不穏な気配を感じたのか、掠れる声で尋ねる桔梗。

 

「ああ、桔梗、心配しなくてもいいわよ? ちゃんと、桔梗と紫苑と私のもあるから」

 

「「――っ!!?」」

 

 その言葉が鷹の口から放たれた瞬間、桔梗と、璃々の姿を見て事態を察した焔耶は素晴らしい早さで部屋からの逃走を図る――――が。

 

「あら~、桔梗? どこへ行くのかしら~?」

 

「あれれ? 焔耶ちゃん、もう忘れたの? ……私からは逃げられない」

 

 それ以上の速度で迫る二匹の魔物にがっちりと肩を掴まれた。

 引きつった笑みを浮かべる二人に迫る猫装備一式。

 

 

 

 

 

 ――その後、部屋に悲鳴と歓声が響いたのは語るまでも無い事だろう。

 

 

 

 

 

 

【予兆?】

 

 

 

「――以上が劉焉領に潜り込ませた密偵からの報告ですねい」

 

「……ふむ。劉焉は北に目を向けているか……これは、南への侵攻は止まった、と考えても良いのか?」

 

「今んところは、って頭に付きそうだけどな」

 

「ですが、これでしばらくの間は内政に専念出来そうですね。雍闓殿、支援はまだ必要ですか?」

 

「いや、流石にこれ以上は世話になる訳には行かねえよ。すまねえな、士燮殿」

 

 ――雲南の城、玉座の間に五人の人影があった。

 

 手にした竹簡を閉じながら、話を終えたのはまるで蓑虫(みのむし)の如く、服のあちらこちらに竹簡を吊り下げている大きな丸眼鏡の少女。

 

 口元に手を当ててその報告に頷いたのは、髪と肌が雪のように白く、赤い縁取りの四角い眼鏡を掛けた妙齢の女性。

 

 それに続いて発言した二人はここ雲南の太守、雍闓こと獅炎と交趾太守、士威彦。

 

 後の一人は丸眼鏡の少女の横に立っている、頭部以外は隙間無くぴっちりと着込んだ少女だ。

 肩までの長さの飴色(あめいろ)の髪を、一房だけ蜻蛉(とんぼ)を模した髪留めで留めている。

 

「や、議題は以上ですか? …………では、今回はこれにて終了します」

 

 獅炎と威彦の話が終わり、座が静かになるのを見計らうと飴色の髪の少女はそう締めくくった。

 

「ふう。おっし、解散! じゃあ、また一年後な」

 

「お疲れ様です皆さん。申し訳ありませんが、私はこれで失礼させて頂きますね」

 

「そちらこそお疲れ様、威彦殿。またお会い出来る時を楽しみにしている」

 

「ええ朱褒(しゅほう)殿。王伉(おうこう)殿、呂凱(りょがい)殿もいずれまた」

 

「や、こちらこそです威彦殿。次の機会にはゆっくりお話でもしたいですね」

 

「恐縮ですねい。(わたくし)めもいずれ交趾には立ち寄らせて頂きたいのですが」

 

「ふふ、呂凱殿、喜んで。――では、失礼」

 

 一礼し、玉座の間を出て行く威厳に「お疲れー!」と手を振る獅炎は、その姿が見えなくなると、

 

「さってっと。いい時間だし、飯でも食いに行かねえか」

 

 髪をかき上げて、残った三人に向き直った。

 

「私も小用があるのでね。悪いが、先に失礼させてもらうよ、獅炎」

 

「そうか、じゃあまたな、(けい)!」

 

 襟元と袖口に赤い線が入った真っ白な着物の、その長い袖を靡かせて踵を返す朱褒に声を掛ける獅炎。

 

「ああ、すまないね。この埋め合わせはまた今度。秋光(しゅうこう)令狸(れいり)もまたね」

 

「や、ではまた、蛍」

 

「お元気でい」

 

 口元に微かな笑みを浮かべ、朱褒は朱色の高下駄をからんからん、と響かせて手を振り去っていく。

 

「秋光と令狸はどうする? 一緒に飯食いに行くか?」

 

「や、ではご一緒させてもらおうかな」

 

「朝からでしたから、少々お腹が空きましたねい」

 

「よっしゃ、じゃあ行くか!」

 

 

 

 

 

 お昼時にはごった返す飯店。それは、ここ東々亭でも変わりはない。

 三人は混み合う店内の一角になんとか相席を見つけると、

 

「獅炎様、お疲れ様です! あ、お三方、こちらへどうぞ!」

 

 見知った緑の髪の少女が立ち上がって、獅炎達に手を振った。

 

「おう、輝森か。……お前一人か?」

 

「はい。竜胆ちゃんと蓬命ちゃんは美以さん達と一緒に居る筈ですが」

 

「そっか……っと、注文頼む」

 

 卓の近くを歩いていた店員に手を振る獅炎。

 

「酢豚定食と麻婆豆腐で……秋光と令狸はどうする?」

 

「私は麻婆豆腐と白米飯でお頼みします」

 

 

 

 

 

「や、ラーメン、メンマ抜きで」

 

 

 

 

 

 ――王伉が注文を口にしたその瞬間、何故か、店内に居た全ての人間の背筋に悪寒が走ったという。

 

 

 

「……主殿、一つお聞きしたいのですが――メンマは嫌いでしたかねい?」 

 

 

 

 

 

「や、そう言えば令狸には言ってませんでしたか。その通りです、あんな(しな)びた(たけのこ)を食すなど、とてもとても」

 

 

 

 

 

 ぴしり。

 

 

 

 

 

 ――王伉の言葉と同時、令狸は空気にひびが入る音が聞こえたような気がした。

 

「…………ソウデスカ。……あ、料理が来ましたねい、頂きましょうか」

 

 これ以上、この話題を続けるのは危険だ。直感的に危険を感じ取った令狸はとっさに主君の気を逸らす。

 

(何故か、取り返しの付かない事態を招いてしまった気がしますねい……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――中原、陳留の外れにて。

 

 かちゃん。

 

「ああっ!!?」

 

「? 星? ……うわちゃ~、ビン落っことしちゃったかー」

 

 街道を歩いていると、何かに躓いたのか、星が腰から下げていた小瓶を取り落としてしまったようだ。

 見ると、落ちた小瓶から嗅ぎ慣れた匂いが――アレ、この匂い、は。

 

「――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」

 

 匂いがメンマだと気付いたその時、星は鬼気迫る表情でこぼれたメンマを回収していた。

 訓練の時よりも更に動きが早いのは気の所為じゃないだろう。

 

「せ、星? だ、大丈夫だった?」

 

 あらかた回収し終わったのか、しゃがみ込んだまま動きが止まった星に遠慮気味に声を掛ける。

 

「…………た」

 

「え?」

 

 反応が無い……いや、違う。微かに星の体が震えていた。

 ぽつり、と何かを呟いたみたいだけど、声が小さすぎて聞こえない。

 近寄って――ッ!!?

 

「三枚、駄目に、なった」

 

 俯いたままの星は前髪で目が隠れ、その表情を窺い知ることは出来なかった。

 尤も、全身から溢れ出ている形容し難いオーラのようなものが、彼女の悲しみと怒りを表している。

 ぶつ切りの呟きには感情が乗っていない平坦な声の所為か、恐ろしい程耳に良く響く。

 

「せ、星。また次の街で買い直せ――」

 

「――南蛮、大麻竹」

 

 ――なっ!!?

 

「揚師匠の、南安、特製、メンマ」

 

 なっ、なんだってーー!!! ……と言うかいつの間に揚婆さんに弟子入りしてたの星!?

 

「――何者かは知らぬが、覚えておくがいい」

 

 一向に収まらない暗黒のオーラに俺が怯えていると、星はゆらりと立ち上がり、何も無い宙に向かって静かな怒りの言葉を発した。

 

 

 

 

 

 ――この時俺は、星が何に怒っていたのか解る筈も無く。

 しばしの時を経て、星と『彼女』が対峙することも、神ならぬ我が身には知りようも無かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あとがき

 

 大変お待たせしました。天馬†行空 幕間 拠点の二をお届けします。

 今回は漢王朝、正規軍の三名の顔見せと、黄巾の乱終了直後の北平と益州、南中それぞれであった動きを書いてみました。

 そして、またオリキャラが多数登場しましたが、彼女達は反董卓連合の最中、終了後とそれぞれ再登場する予定です。

 可能な限り次話を早めに投稿出来るよう努めますので、またしばらくお待ち頂ければと思います。それでは。

 

 次回予告のようなもの

 都、洛陽に到着した一刀と星。そこで一刀達はある人物との再会を果たす。

 

 

 

 

 

 秋光(王伉)「や、あくまでラーメンが主体であり至高。添え物は所詮、添え物に過ぎないのですよ」

 

 

 

 

 


 
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