-柳洞寺の再会-
/1
「あそこに大聖杯が……」
「……あの戦いでも、停止には至らなかったのか」
武装する蒼銀のサーヴァントと、赤黒のサーヴァント。
その後ろに守られるようにして、寄り添っている二人の子供。
その視線は、内部から脈打つ紅い光がこぼれ出る、巨大なクレーターの峰に向けられている。
――四人は今、柳洞寺の地下に隠されていた洞窟の最深部。大空洞に立っていた。
*****
「もしかして、聖杯になにか問題があるのかも!」
しとしと梅雨の雨の降る日の午後。
遠坂邸の自室で、地下室から持ち込んだ魔術書を読み漁っていた凛が、突然そんなことを言い出した。
「凛。どうした突然大声を上げて」
偶然お茶を持ってきたアーチャーが尋ねると、凛は扉を振り返って青年を見る。
「ずっと考えていたのよ。私達の魔術の失敗が、どうしてこんな結果になったのか」
そしてアーチャーから紅茶を受けとり、一口飲むと説明を開始した。
「……私も士郎も、姿はこんなだけど、魔力はいつもより充実してるの。セイバーと貴方の召喚にも余裕で耐えられるくらいにね。
で、知っての通り、サーヴァントはマスターに召喚されて契約を結ぶけど、召喚の維持は聖杯が行っている 」
過去の英霊を、人間が単独で召喚することは出来ない。
魔術師は召喚の儀式で英霊を呼び出し、この世界に留まるための錨(いかり)となるが、英霊の召喚自体は聖杯の仕事なのだ。
数年前の聖杯戦争で、セイバーは間桐慎二の肉体を核にした『聖杯として召喚された、なにかの肉塊』を破壊したが、聖杯そのもの……正確には、聖杯を作り出すための機関。大聖杯を破壊したわけではない。
だから凛は、今もセイバーをサーヴァントとして現世に留めていられるし、アーチャーの召喚にも成功した。
「で、それが君達が子供になったことと関係があると?」
「わかんないけど、セイバーを通じて、私の魔術回路に何かが起きたんじゃないかしら?
貴方を召喚した直後は、セイバーですら魔力を一時的に消費したし、彼女もこの件に繋がってるのは確 かよ。
だから、大元の聖杯を調べたら分かるんじゃないかと思って」
「なるほど……」
しかし、ふと疑問が浮かぶ。
「だが、それでは衛宮士郎まで子供になった理屈が分からん」
「何言ってるのよ。私と士郎はパスで繋がってるんだから当然でしょう? 私に発生した問題に対する影響を、思い切り被っちゃったんじゃないかしら」
「え?」
パスとは、霊的なつながりのことだ。
サーヴァントとマスターの間に作る、霊的回線。
ここを伝ってマスターはサーヴァントに魔力を与え、サーヴァントが姿を消してもマスターはその存在を霊的に感じ取れる。
「なんで君と衛宮士郎でパスを繋ぐんだ?
使い魔ならまだしも、人間同士で繋ぐなんていう話は聞いたことがないが」
「…………え。だって……」
あの聖杯戦争で、勝つためにパスを繋いだから。
と、言おうとした瞬間。どうやって繋いだのかを思い出し、凛の目が「あ」というものになる。
「? どうした凛。凄い形相だが」
「い、いいいいいいいいのよっっっっ。いろいろあったの!!!」
誤魔化すように手元の本を思い切りバンッと閉じ、その間に手を挟んで悲鳴にならない悲鳴を上げる。
「~~~~~~~っっっっっっっっ」
どうやら、どうしようもない理由があるらしいが、アーチャーは懸命にも聞かないでおくことにした。
下手につついて蛇を出すのは、非常に危険だと知っていたからだ。
と、こんな会話があった後、、衛宮の屋敷に行っていた士郎とセイバーにも声をかけ、柳洞寺の地下に広 がるこの空間までやってきたのだが……。
「やはり生きていたか」
脈打つ光を見つめアーチャーが呟くと、セイバーが当然とばかりに口を開く。
「我々が召喚を受けているのだ。聖杯が今もあるのは当然だろう」
セイバーが召喚を受け続け、アーチャーも召喚を受けた。
……つまり、聖杯は今も聖杯戦争を続けている。
「上まで行ってみる?」
凛の問いに、英霊二人が振り返る。
「君らでは危ない。私が見てこよう」
「サーヴァントの方が危なくないか? なんか影響とか……」
士郎が心配そうに言うと、セイバーが安心させるように力強い微笑を見せる。
「大丈夫です。生きているとはいえ、大聖杯から流れてくる魔力はあの戦いの時に比べれば微風と同じ。 中に飛び込んだりしなければ、問題ないでしょう」
そしてセイバーはアーチャーと目配せすると、アーチャーは大聖杯に向かって歩き出した。
と。そのとき。
「出迎えご苦労!」
と言う声と共に、一つの影が聖杯の淵から立ち上がった。
「!!?」
その場にいた全員に緊張が走る。
アーチャーも足を止め、遠見のスキルで目を凝らす。
数キロ先のものでも詳細に映し出す眼に、逆光に立つその人物の姿がはっきりと浮かび上がる。
細身で背の高い男性だ。
白いジャケットに、短い丈の赤いシャツと同じ色のボトムを着ている。淡い色の金の髪が、背後の光を受 けて白く輝く。
瞳は血を映したような真紅の色。
アーチャーとセイバーが立ち止まったのに気づいたのか、男のよく通る声が、大空洞に再び響く。
「雑種め。余計な手間をかけさせおって……。だがいい。今日の我は機嫌が良いので」
が。
男が最後まで言い切る前に、アーチャーの弓が男に飛んだ。
「偽・螺旋剣(カラドボルク)」
ギュオンッッ!
捩れた矢はとても良い音を立て、男の影にぶち当たる。
しかしその直前。男の前面に展開された盾のような物が矢を弾く!
「貴様贋作者(フェイカー)か!? 一度ならず二度も我に立てつこうとは」
「第二・第三波」
男の反論を聞く前に、アーチャーから次々と矢が放たれる。
「待たんか! 人の話を」
「剣よ!!」
いつの間に駆け出していたのか、セイバーが剣の結界を解き放ちながらクレーターを駆け上がる。
風王結界から解き放たれた剣から溢れる光は、王の勝利を誓う力。
「なっ。こんな場所でなにを」
それをみて、慌てたのは男だけではない。
彼女のマスターも青ざめる。
「エクス――――」
「セイバーストップストップストップッッッッッッ!!!! さすがにソレアウトだから!!!!」
凛の声が大空洞に響き渡り、危うい所でセイバーが我に返った。
「はっ」
しかし令呪を使ったわけではないので、勝利の剣からちょっぴりこぼれた力が、びゅーんと男に向かって放たれて、唖然としていた男の顔に、ぼこっと当たる。
「あ」
同じく傍観していた士郎が見たところによりますと、それで男はダメージを受けた様子は無いけど、すっかりバランスを崩してしまい、そのままクレーターの中に落ちて行ったそうな……。
「…………まさか、ヤツが復活するとは……」
男の消えた辺りに視線を向けたまま、ふう。とため息をつきながら弓をしまうアーチャーさん。
「思わず頭に血が上ってしまいました。申し訳ありません凛」
「いいのよ。でも、なんでアイツがこんなところに……。やっぱり聖杯には問題があったのかしら」
申し訳なさそうに凛に頭を下げるセイバーさんと、考え込む遠坂さん。
「けど、なんか様子が変じゃなかったか? 服とか」
何気にいいところに目をつけてる士郎くん。
「ふむ。いいところに目をつけたな坊主。……む? 見たままの姿ではないようだが……もしや」
興味深そうに士郎と凛を眺めるギルガメッシュさん。
「え」
「な」
「あ」
「え?」
思わず金髪の男に四人の視線が集中する。
「む。どうした?」
「だって……」
凛が思わず声を上げる。
今ばっちり、大聖杯の中に転がり落ちたじゃないですか。
そんな視線に気づいたのか、金の男はふふんと笑う。
「ふ。あの程度の攻撃。少しばかりバランスを崩したが我を転ばすには至らん。聖杯に再び飲み込まれる前にどうにかしたわ」
どうにかじゃわかんないけど、ギルガメッシュだからどうにかしたんだろう。なんか手に長い鎖持ってるし。
「この鎖……あの時のか」
アーチャーが鎖を拾い上げて尋ねる。
あの時とは、バーサーカーの動きを封じた時の事だが。
「そうとも。神性の者なら確実に動きを封じる『天の鎖(エルキドゥ)』。友が居なければさすがの我でも危なかったかも知れんな。……む。贋作者。なぜ友を我にまきつける。身体が重くなるではないか」
「ギルガメッシュは半人半神でしたねそういえば」
「セイバー。鎖はそうやって縛り上げるものではない。大体これでは身動きが取れなくなる」
「貴方、あの時のギルガメッシュなの? 大聖杯から出てきたの?」
「なんだ娘。我程の力があれば、復帰もたやすいに決まっておるだろう。そもそもあの大聖杯。力の飽和が過ぎて……まてまてまて。貴様ら何をやっているっ」
ギルガメッシュが喋っている間に、彼の身体を鎖でぐるぐる簀巻きにしたアーチャーとセイバーは、よっこらし ょと担ぎ上げると大聖杯に向かって歩き出す。
「あそこに叩き込めばいいんだな」
「いいと思います。二度と戻ってこられないように確実に投げ込みましょう」
「勝手に話を進めるなーーーーー!」
和やかな口調で物騒な会話をする二人に、ギルガメッシュが静止するが、二人はもちろん止まらない。
なんだかかわいそうになってしまった凛と士郎が、とりあえず話だけでも。と引き止めなければ、確実に、ギルガメッシュは再び大聖杯の中に(に混ざってる泥)に溶かされたことでしょう。危ないあぶない。
/2
「全く……死ぬかと思ったぞ」
ぱんぱんと服の汚れをはたきながら、鎖から開放されたギルガメッシュは呟いた。
その前では、今でも警戒を解いていないセイバー・アーチャーと、不思議そうな顔をしている凛と士郎がその姿を見つめている。
「……その服もアレだけど、なんか、あの時と雰囲気違ってないか?」
最初に尋ねたのは士郎だった。
あの時の戦いでこの男は、溢れる攻撃性を隠そうともしなかった。
バーサーカーを木偶のように切り刻み、イリヤから心臓(聖杯)を引きずり出し、慎二にソレを植え付けた。
そしてその目的は……。
狂気とも思える行動の数々が思い出され、自然と士郎と凛の目にも緊張が浮かび上がる。
しかし、ギルガメッシュの反応は意外なものだった。
「変わる? それは貴様らの方だろう。元から聖杯戦争に関わるには幼いと思っていたが、形まで幼子になっているとは。セイバーも贋作者も随分ふ抜けているようだしな」
「なにを……っ」
色めきたつセイバーに、アーチャーが片手で制する。
「確かに緊張感には欠けていたかも知れんな……。今は聖杯戦争の最中ではないのだから、極限まで神経を高める理由が無いし、必要も感じては居なかった。……貴様が現れなければ」
鋭い眼光で返されたアーチャーの言葉に、ギルガメッシュはかんらと笑う。
「その通り。今の聖杯は戦争準備ができる状態ではない」
「……つまり、今は聖杯戦争じゃないから、貴方は戦わない。という事?」
「戦って何になる?」
不思議そうに小首を傾げたギルガメッシュに、四人は納得せざるを得なかった。
「じゃあ、仕方が無いな」
そして、そう呟いたのは、やはり士郎だった。
「お前のやったことを忘れたわけでも、許したわけでもない。……けど、戦わないなら、こっちも戦う理由は無い」
「シロウ」
セイバーが少年を見ると、士郎は大きなとび色の瞳で一生懸命ギルガメッシュを睨んでいた。
一方睨まれているギルガメッシュは、面白い生き物を見つけたときのような瞳で士郎を見つめていると、にっと笑ってその小さな頭をかき回した。
「幼子が小生意気なことを言う」
「うわっ。なにするんだよ!! 子供なのは見た目だけで、今はもう酒だってのめる年なんだぞっっ」
「そうかそうか」
「前と変わりすぎだろうアンタ!」
「何を根拠にそう思うのか分からん。我は常に、思ったままに動いているぞ」
嫌がるさまが面白いのか、更にぐしゃぐしゃとなで繰り回すので、他の三人……特にサーヴァント二人も、すっかり毒気が抜けてしまった。
「聖杯を調べるのは、また今度になりそうね」
「彼奴に聞いてみてはいかがですか? 聖杯から復帰したそうですし、何か事情を知っているかと」
凛の呟きにセイバーが声をかけると、凛は士郎とじゃれている英雄王を見て、半眼になる。
「うん……それが一番手っ取り早い気がするんだけど、なんか、嫌な予感がするのよね……」
聖杯が容量いっぱいみたいなこと、さっき言ってなかった?
凛の心の中での呟きは、後に実現してしまうのだが、それはまた別のお話。
*****
数日後。
「衛宮士郎。用意が出来たから皆を呼んできてくれ」
「わかった」
「今日の夕餉はなんだ?」
「市場まで出向いたら、いい魚が売っていたので色々作ってみた」
「ほう。贋作者の癖に料理だけは本物を作るのだな」
「ほっとけ。準備を手伝わないと貴様の分は無いぞ」
「王に指図するのか?」
「食べたくないなら構わんが」
「……しかたあるまい」
「手際が悪いな娘」
「なによ。これでも時計塔では結構いいところにいるのよ」
「ではその学舎の程度が低いのだな。ここをこうしてみろ」
「あっ。勝手に触らないで……っ……って、宝石の化合できてる……。何でそんなことできるのよ!?」
「王が全てに通じているのは当然だろうが」
「なぜ凛の屋敷でそんなに寛いでいるのです貴方は。自分の住まいがあるでしょう」
「長く空けすぎて居たのでな。今は直させているのだ。大体この屋敷も、我の仮屋だったのだぞ」
「はあ?」
そして更に数日後。
「いくぞ英雄王っ」
「小僧。掛かってくるがいい!」
衛宮の家の居間で、格闘ゲームに興じる大人と子供。
実はこの二人。ギルガメッシュが家にやってきたその日から、ずーーーーーーーっと二人で対戦している。
ゲーム機とソフトはこの家には無かったので、もちろんギルガメッシュの持参品だ。
初めは英雄王無双だったのだが、この数日であっという間に上達した士郎は、今ではかなりいいレベルの戦いしている。二人ともかなり本気だ。
と。そこへ藤ねえが遊びに来て。
「あっ。士郎。子供はテレビゲーム一時間までよっ。というわけでお姉さんに代わりなさいっ」
「しょうがないなあ」
「また負けに来たのかフジムラ」
「ギルガメッシュさんに一矢報いるまでは続けますっ」
呆れたような金髪の男に宣言すると、藤ねえはどっかりと隣に座り込み、早速慣れた操作でキャラクターを決定する。
そんな様子をずっと見ていたセイバーは。
「まるで十年前からこの家に住んでたように馴染んでる…………」
かつての宿敵のあまりの溶け込みぶりに、こっそり頭を抱えたとか。
つづく。
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子供になってしまった原因を探るため、柳洞寺地下の大聖堂にやってきた凛達だったが、そこに現れたのは……。
ぎるがめさん登場です。ギルガメと言うと、FF12の高く売れる亀の甲羅を思い出しますね。
それはともかく、書いている人はある意味、英雄王に多大な夢を抱いているのです。