-りんちゃんのさいなん-
士郎と凛が子供になってしまったことにも、すっかり馴染んでしまったある日のこと。
「こんにちはー」
大きな台車を引っ張る青年と共に、藤ねえが衛宮邸に現れた。
「ふく?」
「うん。この間から二人とも、同じ服ばっかり着てるじゃない。もしかして着替えが無いのかなって」
「あー」
そうなのだ。
二人が着ているのは、凛のクロゼットの奥にたまたま残っていたもので、他に子供服は持っていない。
下着はさすがにセイバーに買いに行ってもらったが、他はずっと夜に洗濯して乾かして、同じ服で過ごしていたのだ。
「で、ウチに古いのだけど沢山あるから、持ってきてみたの」
そこまで説明すると、台車を引いていた青年が、二つの大きなダンボールを持ってくる。
「お嬢さん。ここでいいっスか?」
「うんありがとうー。置いたら帰っても大丈夫だよ」
「うっス」
青年は藤村組の者だったらしい。アーチャー達にも一礼すると、そのまま台車を引いて帰っていった。
「藤ねえにしては気がきくなー」
「先生ありがとうございます」
士郎が素直な感想を述べ、凛が礼を言うと、藤ねえはパタパタと手を振って笑顔で返す。
「私はいつでも気が利く美人先生よーっ。私が子供の頃のだけと、厳選してきたから安心してっ」
「はい」
「……なんか今、さらっと変なことを言わなかったか?」
「ではこれは居間に運んでおくぞ」
三人が話している間に、アーチャーとセイバーがそれぞれがダンボールを抱え上げると、家の中に戻ってい った。
「……これが藤ねえの子供の頃の服?」
「……今とは全く趣味が違うんですね」
「かわいらしいですねえ」
「…………」
居間に戻った四人がダンボールを広げると、一つは士郎むけなのだろう。男の子でも大丈夫そうなズボンにシャツなどだった。
しかしもう一方の箱に入っていたのは、どれもこれも、少女趣味全開のレースとリボンまみれの服だったのだ。
「あーこれ、おじいちゃんとおばあちゃんがくれたやつね。なつかしー。動きづらいから着なかったんだけど」
藤ねえがばーんと引っ張りだしたのは、袖ぐりにひらひらのついた、お姫様みたいなピンクのワンピースだ。
幼少期の藤ねえを想像してみる。
そしてこのフリフリワンピースを着ているところを想像……できない。むり。
多分娘・孫娘ドリームに沸いた大人たちが、当人の性質が全く向いてないことに気づくまでに、揃えられた物なのだろう。
「なるほど。着ていないから残ったのだな」
至極真っ当な感想をだしたアーチャーに、全員がうなずいた。
「でも、こういうの凛ちゃん似合いそうでしょ? でしょ?」
いくらなんでもちみっこな女の子に『遠坂さん』は苦しいらしく、気がつけば呼び名が変化している。
凛も自分の姿が分かっているので気にしない。
しかしそれは、あくまで呼び名の話。
「あの、わたしももう少し動きやすいのがいいかな~……?」
大草原の小さな家なエプロンドレスを宛がわれ、じりじりと後退する凛。
彼女はボーイッシュまでは行かないが、動きやすいさっぱりした服が好みなのだ。
ふりふりヒラヒラは、着たいファッションからは、かなり遠くに離れている。
「かわいらしいではないですか。私も幼い頃はこのようなものを着ていましたよ」
「セイバーは何着たって似合うから」
ニコニコしながら藤ねえと共に勧めてくるセイバーに言い返す。
そもそも中世の人なんだから、ドレスで当然だし。
「これは? これは?」
わくわくした顔で士郎が取り出したのは、ふわふわペチコートのついたスカートだ。
もう一方には赤地に小花柄の、繊細な縫製のワンピースを持っている。
なんだっけ。これ。
昔、一世を風靡した少女趣味の高級ブランド服にそっくりだ。桃色家屋とかそういうの。
そっくりじゃなくて現物かもしれないが、そんなことはどうでもいい。
士郎がすっごくキラキラした目で凛を見ている。
なんだその目は。今までがんばったお洒落をしてても、そこまで輝いた顔で見てきたことはなかったぞ。
「しろう~……っ。アーチャーもなんか言ってよっ」
助けを求めてかつての相棒に視線を飛ばせば、黒い青年はダンボールから出した服を選別しては、
せっせと士郎に手渡してる。
――あんたもか。
「まあ、ちょっと試着するだけならいいだろう?」
わー。
柳洞寺の朝焼けで見た、さわやかな笑顔が再現されてるー。
なぜこんなに皆のテンションが上がっているのかというと、ちゃんと理由がある。
凛に自覚は無いのだが、子供姿の彼女は、それはもうお人形さんとしか言いようの無い、愛らしい容姿 をしていたのだ。
白磁の肌に、ピンクローズの唇。うっすらと色づいた頬。
サファイアのような深い蒼の瞳。そこに長いまつげが影を落して。
それらに合わせ、ふわふわと柔らかな癖のついた髪の毛は、きちんと手入れをすれば豪奢な巻き毛にな るに違いないもので。
そりゃーこんな御子さんが居たら、ふわふわのフリフリのレースとリボンまみれにさせたくなるのは人情っても のでしょう。
(こ、このままでは元に戻るまでひらひら生活に……っ)
限りなく正解であろう危機感に、凛はがばっと立ち上がると、玄関に向かって逃げ出した。
「あっ逃げたっ」
数秒遅れて追ってくる足音が聞こえてくる。
しかし捕まってしまったが最後。
あの四人のあくまに着せ替え人形にされる未来が、確実に幻視できる。
凛はぱたぱたと廊下を駆けて、玄関に必死に向かう。
とりあえず自宅に逃げよう。
服は後で、深山町にある町で一番安い服屋で揃えるのだ。
だが、後もう少しで玄関が見えようとした時、凛は目の前に突如現れた障害物に、思い切りぶつかってしまった。
「きゃんっ」
ぼんよと顔に柔らかくて弾力のあるものが当たり、すってんころりんと床に倒れると、驚いた声が振ってくる。
「先輩?! どうしたんですか?」
聞きなれた声は、実の妹でもある女性の声で。
「あ、桜……」
ここに救いの手が現れた。
確かに凛は、その時そう思ったのだ――――――――。
「ひどいのよ皆……っ」
「あっ桜ちゃんいいところに!」
凛が助けを求めようと口を開くと、だだだーっと追っ手四人が駆けて来た。
それぞれの手に、ふりふりでひらひらにモノを持って。
桜は涙目の凛を見下ろし、ついでその後ろの四人をみて、全てを理解する。
これは………約束された理想郷が現れたのだと。
「先輩……」
「さくら……」
目と目を合わせる美しい姉妹の姿。
ぎゅっと桜は、両腕にすっぽり収まるくらい小さな姉を抱きしめて。
「こんなステキなこと、私に黙ってはじめるなんてあんまりですっ」
「え」
そのままヒョイと凛を抱き上げる。
「ごめんねー。ウチから色々服を持ってきたから、凛ちゃんに着て貰おうと思って」
「藤ねえの持ち物すごいぞっ。桜はああいうの好きなんじゃないかな」
「桜にぜひ見立てて欲しいですね。私達よりセンスがあると思いますし」
「うむ。クリーニングは任せておきたまえ。新品同様に仕上げて見せよう」
和気藹々と居間に戻っていく五人と、呆然と運ばれていく役一名。
はっと我に返ったときには既に遅し。
「もーーーーーーーーいやーーーーーーーーーーっっっっ」
その日。衛宮邸からは、女の子の泣き声と和やかな笑い声とカメラのシャッター音が、夕方まで響いていたとか。
*後日談*
間桐邸。
慎二が居間を通りかかると、いつも自宅では物音ひとつ立てないくらい静かな妹が、くすくすと楽しそうに テーブルでがさごそしている。
「なにやってんだお前」
「あ、兄さん」
見れば、アルバム写真を整理しているらしい。
しかしこの家では写真撮る習慣が無い。
不思議に思い覗き込むと、写真は一人の少女ばかりが写っている。
巻き毛の黒髪が見事な、人形みたいな美少女が、愛らしいレースやリボンのドレスに身を包んだ写真ばかりだ。
「…………オマエ、なんか犯罪に手を染めたんじゃないだろうな……」
昔の諸々は全て無かったことにして尋ねると、妹は心外そうに眉を寄せた。
「そんなことするわけ無いじゃないですか。姉さんにお願いして、写真取らせてもらったんです」
「は? ……これ、遠坂か!?」
そういえば魔術に失敗して、衛宮ともどもガキに戻ったとか以前話を聞いていた。
一度哂いに行ってやろうと思いつつも、機会が無いままでいるのだ。
「本物はお人形みたいに綺麗でかわいらしいんですよ」
にこにこ話す妹に、慎二はふうん……とあいまいに返事をする。
でも中身がアレだろ? などどうっかり口を滑らせて、日記に書かれてはたまらない。
「ああ……本当にかわいらしかったなあ姉さん。また着て見せてくれないかしら」
桜はそんなことを呟いていたが、慎二はテーブルに広げられた写真を眺めながら、ふと思い出す。
「こんなの昔、親父が山ほど買い込んでたな。オマエは着なかったけど」
当時、祖父の思惑を知らなかった父が、遠坂から娘を貰うと言うことで、問題があってはいけないと思ったのか、色々とそろえていたのだ。
実際は全く活用されなかったのだが。
そんな、思い出すことも無かった記憶がぽろりと口から転がり出て。
「にいさん」
「ん?」
「その服は今何処に?」
「さあ……捨ててないなら物置じゃないか?」
その返事を聞くやいなや、桜の手が残像を残す高速で動き写真とアルバムを纏めると、さっとソファから立ち上がる。
「私、急ぎの用が出来たので」
そうにっこり微笑むと、桜は軽い足取りで倉庫に向かって駆けていった。
「…………ずっと放置されてた服じゃ、劣化して駄目になってると思うけどなあ」
兄の呟きは、当然妹には届いてなかった。
つづく。
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子供化してしまったために着るものの無い士郎と凛に、藤ねえが持ってきてくれた服は……。桜ちゃんノリノリです(笑