No.438564

ちびっこマスター!そのよん

春日美歩さん

子供化してしまったために着るものの無い士郎と凛に、藤ねえが持ってきてくれた服は……。桜ちゃんノリノリです(笑

2012-06-17 19:44:29 投稿 / 全2ページ    総閲覧数:2913   閲覧ユーザー数:2824

-りんちゃんのさいなん-

 

士郎と凛が子供になってしまったことにも、すっかり馴染んでしまったある日のこと。

「こんにちはー」

大きな台車を引っ張る青年と共に、藤ねえが衛宮邸に現れた。

 

「ふく?」

「うん。この間から二人とも、同じ服ばっかり着てるじゃない。もしかして着替えが無いのかなって」

「あー」

そうなのだ。

二人が着ているのは、凛のクロゼットの奥にたまたま残っていたもので、他に子供服は持っていない。

下着はさすがにセイバーに買いに行ってもらったが、他はずっと夜に洗濯して乾かして、同じ服で過ごしていたのだ。

「で、ウチに古いのだけど沢山あるから、持ってきてみたの」

そこまで説明すると、台車を引いていた青年が、二つの大きなダンボールを持ってくる。

「お嬢さん。ここでいいっスか?」

「うんありがとうー。置いたら帰っても大丈夫だよ」

「うっス」

青年は藤村組の者だったらしい。アーチャー達にも一礼すると、そのまま台車を引いて帰っていった。

「藤ねえにしては気がきくなー」

「先生ありがとうございます」

士郎が素直な感想を述べ、凛が礼を言うと、藤ねえはパタパタと手を振って笑顔で返す。

「私はいつでも気が利く美人先生よーっ。私が子供の頃のだけと、厳選してきたから安心してっ」

「はい」

「……なんか今、さらっと変なことを言わなかったか?」

「ではこれは居間に運んでおくぞ」

三人が話している間に、アーチャーとセイバーがそれぞれがダンボールを抱え上げると、家の中に戻ってい った。

 

 

「……これが藤ねえの子供の頃の服?」

「……今とは全く趣味が違うんですね」

「かわいらしいですねえ」

「…………」

 

居間に戻った四人がダンボールを広げると、一つは士郎むけなのだろう。男の子でも大丈夫そうなズボンにシャツなどだった。

しかしもう一方の箱に入っていたのは、どれもこれも、少女趣味全開のレースとリボンまみれの服だったのだ。

「あーこれ、おじいちゃんとおばあちゃんがくれたやつね。なつかしー。動きづらいから着なかったんだけど」

藤ねえがばーんと引っ張りだしたのは、袖ぐりにひらひらのついた、お姫様みたいなピンクのワンピースだ。

 

幼少期の藤ねえを想像してみる。

そしてこのフリフリワンピースを着ているところを想像……できない。むり。

 

多分娘・孫娘ドリームに沸いた大人たちが、当人の性質が全く向いてないことに気づくまでに、揃えられた物なのだろう。

「なるほど。着ていないから残ったのだな」

至極真っ当な感想をだしたアーチャーに、全員がうなずいた。

「でも、こういうの凛ちゃん似合いそうでしょ? でしょ?」

いくらなんでもちみっこな女の子に『遠坂さん』は苦しいらしく、気がつけば呼び名が変化している。

凛も自分の姿が分かっているので気にしない。

 

しかしそれは、あくまで呼び名の話。

 

「あの、わたしももう少し動きやすいのがいいかな~……?」

大草原の小さな家なエプロンドレスを宛がわれ、じりじりと後退する凛。

彼女はボーイッシュまでは行かないが、動きやすいさっぱりした服が好みなのだ。

ふりふりヒラヒラは、着たいファッションからは、かなり遠くに離れている。

「かわいらしいではないですか。私も幼い頃はこのようなものを着ていましたよ」

「セイバーは何着たって似合うから」

ニコニコしながら藤ねえと共に勧めてくるセイバーに言い返す。

そもそも中世の人なんだから、ドレスで当然だし。

 

「これは? これは?」

 

わくわくした顔で士郎が取り出したのは、ふわふわペチコートのついたスカートだ。

もう一方には赤地に小花柄の、繊細な縫製のワンピースを持っている。

なんだっけ。これ。

昔、一世を風靡した少女趣味の高級ブランド服にそっくりだ。桃色家屋とかそういうの。

そっくりじゃなくて現物かもしれないが、そんなことはどうでもいい。

士郎がすっごくキラキラした目で凛を見ている。

なんだその目は。今までがんばったお洒落をしてても、そこまで輝いた顔で見てきたことはなかったぞ。

「しろう~……っ。アーチャーもなんか言ってよっ」

助けを求めてかつての相棒に視線を飛ばせば、黒い青年はダンボールから出した服を選別しては、

せっせと士郎に手渡してる。

 

 

 

――あんたもか。

 

 

 

「まあ、ちょっと試着するだけならいいだろう?」

わー。

柳洞寺の朝焼けで見た、さわやかな笑顔が再現されてるー。

 

なぜこんなに皆のテンションが上がっているのかというと、ちゃんと理由がある。

凛に自覚は無いのだが、子供姿の彼女は、それはもうお人形さんとしか言いようの無い、愛らしい容姿 をしていたのだ。

 

白磁の肌に、ピンクローズの唇。うっすらと色づいた頬。

サファイアのような深い蒼の瞳。そこに長いまつげが影を落して。

それらに合わせ、ふわふわと柔らかな癖のついた髪の毛は、きちんと手入れをすれば豪奢な巻き毛にな るに違いないもので。

そりゃーこんな御子さんが居たら、ふわふわのフリフリのレースとリボンまみれにさせたくなるのは人情っても のでしょう。

 

(こ、このままでは元に戻るまでひらひら生活に……っ)

 

限りなく正解であろう危機感に、凛はがばっと立ち上がると、玄関に向かって逃げ出した。

「あっ逃げたっ」

数秒遅れて追ってくる足音が聞こえてくる。

しかし捕まってしまったが最後。

あの四人のあくまに着せ替え人形にされる未来が、確実に幻視できる。

凛はぱたぱたと廊下を駆けて、玄関に必死に向かう。

とりあえず自宅に逃げよう。

服は後で、深山町にある町で一番安い服屋で揃えるのだ。

 

だが、後もう少しで玄関が見えようとした時、凛は目の前に突如現れた障害物に、思い切りぶつかってしまった。

「きゃんっ」

ぼんよと顔に柔らかくて弾力のあるものが当たり、すってんころりんと床に倒れると、驚いた声が振ってくる。

「先輩?! どうしたんですか?」

聞きなれた声は、実の妹でもある女性の声で。

「あ、桜……」

ここに救いの手が現れた。

確かに凛は、その時そう思ったのだ――――――――。

 

「ひどいのよ皆……っ」

「あっ桜ちゃんいいところに!」

凛が助けを求めようと口を開くと、だだだーっと追っ手四人が駆けて来た。

それぞれの手に、ふりふりでひらひらにモノを持って。

桜は涙目の凛を見下ろし、ついでその後ろの四人をみて、全てを理解する。

 

 

 

これは………約束された理想郷が現れたのだと。

 

 

 

「先輩……」

「さくら……」

目と目を合わせる美しい姉妹の姿。

ぎゅっと桜は、両腕にすっぽり収まるくらい小さな姉を抱きしめて。

 

「こんなステキなこと、私に黙ってはじめるなんてあんまりですっ」

「え」

そのままヒョイと凛を抱き上げる。

 

「ごめんねー。ウチから色々服を持ってきたから、凛ちゃんに着て貰おうと思って」

「藤ねえの持ち物すごいぞっ。桜はああいうの好きなんじゃないかな」

「桜にぜひ見立てて欲しいですね。私達よりセンスがあると思いますし」

「うむ。クリーニングは任せておきたまえ。新品同様に仕上げて見せよう」

和気藹々と居間に戻っていく五人と、呆然と運ばれていく役一名。

はっと我に返ったときには既に遅し。

 

 

「もーーーーーーーーいやーーーーーーーーーーっっっっ」

 

 

その日。衛宮邸からは、女の子の泣き声と和やかな笑い声とカメラのシャッター音が、夕方まで響いていたとか。

 

*後日談*

 

間桐邸。

慎二が居間を通りかかると、いつも自宅では物音ひとつ立てないくらい静かな妹が、くすくすと楽しそうに テーブルでがさごそしている。

「なにやってんだお前」

「あ、兄さん」

見れば、アルバム写真を整理しているらしい。

しかしこの家では写真撮る習慣が無い。

不思議に思い覗き込むと、写真は一人の少女ばかりが写っている。

巻き毛の黒髪が見事な、人形みたいな美少女が、愛らしいレースやリボンのドレスに身を包んだ写真ばかりだ。

「…………オマエ、なんか犯罪に手を染めたんじゃないだろうな……」

昔の諸々は全て無かったことにして尋ねると、妹は心外そうに眉を寄せた。

「そんなことするわけ無いじゃないですか。姉さんにお願いして、写真取らせてもらったんです」

「は? ……これ、遠坂か!?」

 

そういえば魔術に失敗して、衛宮ともどもガキに戻ったとか以前話を聞いていた。

一度哂いに行ってやろうと思いつつも、機会が無いままでいるのだ。

 

「本物はお人形みたいに綺麗でかわいらしいんですよ」

にこにこ話す妹に、慎二はふうん……とあいまいに返事をする。

でも中身がアレだろ? などどうっかり口を滑らせて、日記に書かれてはたまらない。

「ああ……本当にかわいらしかったなあ姉さん。また着て見せてくれないかしら」

桜はそんなことを呟いていたが、慎二はテーブルに広げられた写真を眺めながら、ふと思い出す。

「こんなの昔、親父が山ほど買い込んでたな。オマエは着なかったけど」

 

当時、祖父の思惑を知らなかった父が、遠坂から娘を貰うと言うことで、問題があってはいけないと思ったのか、色々とそろえていたのだ。

実際は全く活用されなかったのだが。

 

そんな、思い出すことも無かった記憶がぽろりと口から転がり出て。

「にいさん」

「ん?」

「その服は今何処に?」

「さあ……捨ててないなら物置じゃないか?」

その返事を聞くやいなや、桜の手が残像を残す高速で動き写真とアルバムを纏めると、さっとソファから立ち上がる。

「私、急ぎの用が出来たので」

そうにっこり微笑むと、桜は軽い足取りで倉庫に向かって駆けていった。

「…………ずっと放置されてた服じゃ、劣化して駄目になってると思うけどなあ」

 

兄の呟きは、当然妹には届いてなかった。

 

 

つづく。


 
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