「えっと……夜天の書やと呼び辛いから……リインフォースはどうや?」
「……管理者権限により、名称変更確認しました。はい、私はリインフォースですね、我が主」
「堅苦しい呼び方やな。出来れば名前で呼んでくれへんか、リインフォース」
「その……我が主では駄目なのでしょうか?」
「う~ん……ならせめて人前では名前呼び厳守や。身内だけならそれでええよ」
「わ、分かりました」
はやての条件にやや困惑しながらも頷くリイン。その様子に誰もが苦笑していた。だが、その中で一人リンディだけが微笑みを浮かべてはやてへ視線を送る。
「リインフォース、か。さしずめ祝福の風と言った意味かしら。良い名前だと思うわ」
「いや、そう言われると照れますね。その、管制人格やとリンディさん達も呼び辛いやろ思て」
アースラ艦内の艦長室。そこではやてを加えた今回の関係者全員が見守る中、遂に管制人格が起動した。はやてとの初対面もつつがなく終わり、話は夜天の書のバグについての説明へと移る。闇の書と呼ばれる事になった原因であるバグは防衛プログラムが大きな要因。しかし、リインフォースがはやての指示で少しではあるが手を出せる事も告げられ、一堂に希望の光が差し込んだ。
だが、はやての体の事等の根本的な解決には至らないので一度完成させてから防衛プログラムを完全破壊してほしいとリインは告げた。その際、万が一に備えて守護騎士システム等は切り離し、はやての元に残るようにするとも。
それを聞いてユーノが疑問を浮かべた。それは先程のリインの話で触れられなかった部分。そう、管制人格であるリインは厳密には守護騎士ではない。
ならば防衛プログラムを破壊した後、リインはどうなるのかと。その問いかけに一瞬面食らうリインだったがすぐに表情を戻すと周囲へはっきりと断言した。
「大丈夫だ。私なら何とでもなる」
「でも……管制人格なんていう貴方の存在を考えると、まだこの書には何かある気がするんだ」
「何かって……何なの、ユーノ君」
どこか不安そうな表情のユーノになのはも言いようのない不安を感じてそう尋ねた。それにユーノはあくまで予想だけどと前置いて語り出した。
「管制人格を起動させて、こんな簡単に事が終わるならとっくに闇の書なんて物は消えていてもおかしくないんだ。でも、何度も闇の書は現れては恐ろしい災いを起こしている。歴代の主達が完成後の事を調べなかったのもあるかもしれないけど、バグは簡単にどうにか出来るものじゃないって事もあると思うんだ。違いますか?」
ユーノの声にリインは何も言わない。だが、そのどこか諦めたような表情が何よりの証拠だった。それを見て、はやてが信じられないというように呟いた。
「……リインフォース」
「鋭いな、少年。そうだ……おそらく私がいる限り、バグは何度でも再生する」
「っ?! じゃあ……っ!」
「私を最終的には―――」
息を呑むフェイトに対してリインが消滅させればいいと答えようとした。だが、そのリインを遮る声がしたのはその瞬間だった。
「大丈夫!」
その声の主に全員の視線が集まる。それは五代だった。いつものようにサムズアップを見せ、その表情は笑顔。だが、それに面食らっているのは初対面のリインとはやてのみ。
他の者達は、それにやはりといった顔をし、一部等は呆れつつ笑みを浮かべ、なのは達や翔一は同調するかのように笑みを見せていた。
「リインさんは死にたくないですよね?」
「っ……それは……」
「死にたくないなら、死なせない。殺される理由なんてない。絶対、助けますから。俺達みんなで!」
「そうです。俺達が力を合わせれば、必ず何とかなります!」
「「だから大丈夫っ!」」
五代と翔一の二人が見せるサムズアップ。それにリインは言葉を失う。そこから感じる何とも言えない安心感に。はやても同じように言葉を無くしたが、何かに驚いて周囲を見渡した。そう、二人以外にもサムズアップをしている者達がいたのだ。
「な、なのはちゃん達まで……」
「にゃはは、これ五代さんといるとクセになっちゃって」
「うん。でも、不思議とそう思えるんだ。大丈夫って」
「きっと、五代さんがやるからだよ。何があっても大丈夫。その想いがこれに込められているんだ」
なのは達三人の言葉にはやてが何故か納得している横では、リインが同じ仕草をしているシグナム達に驚いていた。
「私達も同じだ。私達だけではなく五代と翔一が、仮面ライダーがいる。それだけで……そう思えるのだ」
「ええ。決して何事にも負けない。そんな気持ちにね」
「あたし達だけじゃねぇ。なのは達やリンディ達局員まで手を貸してくれてんだ。それに仮面ライダーが二人もいれば怖いもんなんかね〜よ!」
「……ガラではないが、そういう事だ」
「お前達……そこまで……」
そう言いながらリインも何故かそれを見ていると心が不思議と穏やかになっていく印象を覚えていた。絶対の安心感。必ず、絶対上手くいく。そんな想いがそれから伝わってくるような感じを。
そんな二人と違った意味で驚いている者がいた。それはクロノ。エイミィやリンディはサムズアップをしていたが、彼だけはまだ恥ずかしいのかそれをしていない。が、二人がする事は彼も予想していた。そう、彼が驚いたのはそこではなくある二人までがそれをしていたからだ。
「まさか君達まで……」
「その……えっと……」
「ま、まぁ意思表明ってやつかな?」
クロノの言葉にアリアとロッテの二人は何か戸惑いながらもそう告げた。その手はしっかりとサムズアップの形をしている。ロッテの決意表明との言葉を聞き、クロノ達はリインを助ける事と取ったが実際は違う。
二人は決意したのだ。犠牲を出さずにこの事件を終わらせる。そのためにグレアムが思い描いた計画とは違うものを支える事を。サムズアップと笑顔で戦う男と、家族として全力ではやて達を助けようとする男。その二人の心に惹かれた故に。
(お父様……この罰は必ず受けます。だから……許してください。初めてのワガママを!)
(信じてお父様。必ずこいつらがいれば……仮面ライダーなら何とかしてくれるよ!)
この瞬間、アースラにいる者達の想いは一つになった。本来ならば有り得ない流れ。それがもたらすのは、果たして希望か絶望か。だが、彼らに不安はない。持てる力の全てを使い最高の結末を掴み取ってみせると。そう強く決意しているのだから。闇の書事件。その幕は近い……
その日、真司は困っていた。というのも、いつものように訓練をしてほしいとチンクにせがまれたのだが、同じようにセインが遊んで欲しいと言ってきたからだ。
真司としてはチンクの日課である訓練に付き合ってやりたい。が、新しく出来た妹分の頼みを聞いてやりたいとも思い悩んでいた。
(チンクちゃんとの訓練に付き合ってあげるべきだよなぁ……いや、でも、セインは妹みたいなもんだし……)
そんな風に悩む真司を見て、チンクはセインへ視線を送る。それはどこか非難めいたもの。だが、それを受けてもセインはどこ吹く風とばかりに視線を送り返す。
その視線は、別に何も悪い事していないと言わんばかり。そんな二人に気付かず、真司は未だに悩んでいた。だが、ふとその悩みに答えが出る。
「そうだ! じゃ、訓練の方法を変えよう。模擬戦じゃなくて俺の世界の遊びにしてさ」
「遊びだと……?」
「真司兄、どんな遊び?」
「あのな……」
これが、ジェイルラボ始まって以来の大騒ぎとなるとはこの時誰も想像しなかった……
「何? 新しい訓練法?」
「そうだ。だが真司が言うには人数が多くなければ訓練にならんらしくてな。トーレにも声を掛けてくれと」
トレーニングルームで軽く汗を流していたトーレ。そこへチンクが現れて告げた内容にその表情が訝しむようなものへと変わる。真司の性格を知るトーレにしてみれば、何かあるとすぐに模擬戦をサボりたがる真司が自ら訓練をするなど考えられなかったのだ。
だが、それをチンクも良く知るはずと思い直し、まずは詳しく聞く必要があると尋ねた。
「一体その内容はどんなものだ? 人数が多くなければならんとは集団戦のようだが……」
「すまんが私も詳しくは知らん。だが、普段の模擬戦では得られん経験になるらしい。既にセインは参加を表明している」
「……何か嫌な予感はするが……いいだろう。訓練場に行けばいいのか?」
「ああ、そこで待っていてほしい」
返ってきた言葉に一抹の不安を覚えるものの、チンクの言葉に頷いてトーレは訓練場へ向かって歩き出した。その背中を見送ってチンクは小さく呟いた。私は嘘は言ってないぞ、と。その表情はどこか自分を納得させているように見えた。
一方、セインは別の場所で勧誘をしていた。相手は同じ時期に目覚めたディエチだ。その手にしているのは真司のシャツ。そう、彼女は洗濯物を干していたのだ。
「新しい訓練? 真司兄さんがそう言ったの?」
「そうなんだよ。楽しくて訓練にもなる遊びなんだってさ。ね、やろうよディエチ」
セインの言葉にディエチは内心で疑問を抱く。真司は、あまり訓練が好きではないとディエチは知っているのだ。そんな真司が本当に訓練になるようなものをしたがるだろうかと、そう考えたのだ。
それをセインも理解しているからか、どこか楽しそうに笑みを浮かべて告げた。
「気持ちは分かるけどさ、ウー姉達も誘ってやるんだって。みんなで遊ぶなんて面白そうじゃない?」
「……確かにそうだけど……」
「ね! やろ〜よ、ディエチ。きっと楽しいって!!」
ディエチの手を掴んで力説するセイン。それが何かおかしくてディエチは苦笑しながら頷いた。
「じゃ、干し終わったら訓練場ね。待ってるから」
「うん、分かった」
元気良く去って行くセインを見送り、ディエチは首を傾げる。一体大勢でやる訓練みたいな遊びって、何なんだろうと考えて。だが、その表情がすぐに嬉しそうな笑みへ変わる。姉妹全員で何かをする事が楽しみなのだ。
彼女は知らない。それはディエチだけではなくウーノ達でさえ初めての経験となる事を。そして、これから増えていく姉妹達との思い出。その最初の一ページでもあるのだから。
そして、勧誘は別の場所でも行われていた。そう、真司によって。これからやる事をこのラボにいる全員を巻き込んだ一大イベントにしてやろう。真司はそう意気込んでいたのだ。
「私達も?」
「参加ぁ?」
「そ! どうせならみんなでやろうって。だってさ、姉妹だろ? たまにはみんなで何かしないと」
書類整理等の事務仕事を片付けていた二人の前に現れた真司は、新しい訓練法を検証してほしいと言って二人の参加を求めた。無論、二人は戦闘用に作られてはいないので訓練などする必要はない。だが、真司の姉妹全員で何かという言葉には、確かに思う事もあるもので。
(真司さんの言う通り、今後の計画のためにも妹達とは色々と意思疎通をする必要があるわね。でも……)
(シンちゃんの考案した訓練法ねぇ〜。みんなでするってところにも興味はあるけど……どうしたものかしら……?)
(やばいな。もう一押ししないと、この二人は動かせないぞ……うしっ!)
何かを悩んでいるように見える二人を動かすため、真司は奥の手を出す事にした。それは何かと言うと、最近理解した二人の弱点を突くもの。即ち―――。
「訓練の勝者には、今日の晩飯注文権が!」
「「やるわ」」
その食欲を刺激する事。故に二人は即答だった。その二人の声に真司は隠れてガッツポーズ。そう、真司によって美味しい料理という物を知ってしまったジェイル達は栄養食には満足出来なくなっていたのだ。
今では三食の真司の料理を密かな楽しみにしているぐらいにまでなり、しかも、真司が話す料理の数々はどれも一度は食べてみたいと思わせるもの。つまり注文権などは、未だに食べた事のない料理を頼む絶好の機会。ま、ここのところの二人の密かな悩みは体重増加なのだが。
(最近運動不足だったし……丁度いいわね。そう、これは体のためよ。決して食事目当てではないわ。……何頼もうかしら?)
(まぁ、私がやるからには勝利確実。少しは体も動かさないとねぇ。体調管理も重要だし……栄養面を考えて何食べるか決めておかないと)
こうしてウーノとクアットロも参加が決定して真司は心から笑顔を見せる。そして、その視線を研究室へ向けた。残る標的は一番運動を嫌がるだろう相手だったからだ。それでもやらねばならない。そう強く決意し真司は呟く。
———待ってろ。後はジェイルさんだけだかんな。
それから五分後。訓練場にラボにいる全員が揃っていた。何故かやる気十分のジェイル、ウーノ、クアットロ。待ちきれないといった表情のセイン。どこか不安や疑問が晴れない感じのトーレとディエチ。そして、どこか楽しそうな雰囲気のチンク。
ちなみにジェイルは言うまでもなくサバイブを見せる事を条件に参加。それと、こっそり注文権も付けさせているところにらしさを感じる。そんな七人を前に真司は満足そうな笑顔を浮かべて頷いた。
「じゃ、これからみんなでやるのは、鬼ごっこです」
「「「「「「「鬼ごっこ?」」」」」」」
真司の口から告げられた言葉に七人の声が重なる。それに真司はやはりという顔をして鬼ごっこの説明をした。誰か一人が鬼となり、残りの者は隠れたりして鬼から逃げるもの。鬼に体を触られたらその場で終わり。
鬼は制限時間内に全員捕まえたら勝利。逃げる方は、時間内逃げ切れれば勝利となり、もし勝者が複数いれば日にちを分けて注文に応じると真司は告げた。
そして、決めたルールは変身禁止とIS禁止に攻撃禁止。後は隠れていいのはラボの一部限定で制限時間は一時間とのもの。その間、ただ知恵と体力のみで勝利を目指す事を真司は強調した。もし反則行為をした場合は一週間栄養食と真司が告げると、七人それぞれに大小の戦慄が走った。
セインとディエチは栄養食の味を知らないので真司の料理が食べられない事を嫌がり、ジェイル達の理由は言うまでもない。誰もが絶対に反則行為だけはするものかと誓う中、真司が告げた言葉にまた不思議がる声が上がる事となる。
「じゃ、鬼はじゃんけんで決めよう」
「「「「「「「じゃんけん?」」」」」」」
「あ〜、これもか……」
真司、じゃんけん説明中。すると全員が石が紙に負けるのは理解出来ないと言い出し、真司が説明に困り一時中断。結局、真司の世界ではそれでみんな納得してるとごり押して説明終了と相成った。
そしてじゃんけんの結果、鬼は真司となり、ジェイル達はそれぞれ隠れるために去って行く。律儀に目を閉じ三十数える真司。やがてカウントも終わり、彼は目を開け走り出す。絶対全員見つけてやると呟きながら……
それからはもう騒々しいにも程がある賑やかさだった。真司が最初に見つけたのはトーレ。隠れるのは性に合わんと真司を待っていたのだ。それを聞き、真司は肩透かしを食らった気分になったが、ならばと急いで追い駆ける。
それに対してトーレは余裕を見せて逃げた。その逃走劇を遠目で眺め、チンクはどこか寂しい気持ちになったのか真司の後ろから声を掛ける。と、彼がそれに気付き目標を変更。だがチンクも素早く、真司は中々追いつけない。そのままチンクは逃げ切り、真司は地面に大の字で転がった。
そうして数分後、真司はおもむろに起き上がると、狙いをトーレやチンクのような運動系からウーノやクアットロの事務系へと変更して動き出す。それを離れて見つめる人影二つ。言うまでもなくトーレとチンクだ。
「これで終わりか。ったく、情けない……」
「……もう、私を追ってはこんか……」
呆れるトーレと安堵するチンクだったが、その声はどこか寂しげだった。一方、その頃セインとディエチはと言うと……
「こないね……真司兄」
「そうだね……」
揃って入浴中だった。それというのも、セインの考えた作戦が原因。勝つにはどうすればいいか。鬼である真司に触られないようにすればいい。ならばどうするか。簡単だ。真司が体を直視出来ないようにしよう。
そして入浴と相成った。ディエチが同伴しているのは、真司に見つかった際にセインを取り押さえるため。前回の騒ぎで真司がとばっちりを喰らったのをディエチは繰り返さぬようにと考えていたのだ。どこまでも兄想いのディエチである。
「ね、ディエチはさ、真司兄をどう思う?」
「え? どうって……」
「あたしさ、真司兄に言われたんだよね。戦闘機人って言葉、あまり使わないでほしいって」
「セインもそうなんだ。あたしも言われた。戦うために生まれたんじゃない。みんな、幸せになるために生まれたんだからって」
セインもディエチもその言葉を言われた時、何かが自分の中で動いたのだ。その言葉は、ある意味で自分の存在を否定する言葉。でも、それに込められたものは紛れも無い真心。戦うために生きるのではなく、幸せになるために生きて欲しい。その言葉の意味を考える度、二人は何故か心が苦しくなるのだ。
自分達が生まれた訳、その理由。それらを理解しているからこそ真司の言葉は痛い。創造主であるジェイルの目的。それを果たすための存在が自分達なのだ。
(真司兄に計画の事は話すなってドクター達は言ってるけど……隠し事するのって何か嫌なんだよね)
(真司兄さんは何も知らずにドクターに手を貸してる。もし、あたし達がしようとしてる事を知ったら……嫌われるかな)
元々ナンバーズには血の繋がりはない。故にその絆は歪だったのだ、本来は。だが、真司がそれを補うようにいた。血の繋がりどころか何の繋がりもない存在。それが何故か、いつの間にかこのラボの中心にいた。
ジェイルやクアットロ等の気難しい者達とは、裏表ない言動や素直な性格で信頼を得て、トーレやチンクは模擬戦や日常の他愛ない事で繋がりを作り、セインやディエチは兄と呼ばれたためか、熱心に世話を焼いている。
そして、その真司がそれらの出来事を他の者達へ話す事でそれを話題に食事時は盛り上がる。こうして本当の家族のような構図が出来上がっていたのだ。
「……ディエチ、あたし決めた事があるんだけど……聞いてくれる?」
「何?」
「もし、もしもだよ? 真司兄がドクターと敵対するなら……あたし、真司兄の味方する」
「っ?! それって」
「だってさ! 真司兄は言ったんだ! 仮面ライダーになったのは戦いを止めるためだって! ……あたし、真司兄と戦いたくないよぉ」
立ち上がり、セインは涙を浮かべながらそう言った。まだ起動してたった五日。それでも、セインは元来の性格故か真司に強く影響されていた。積極的に関わったせいもあるかもしれないが、それ以上にセインがまだ精神的に幼く、また少女だったのも関係している。
(あたし、誰が何て言っても真司兄を助ける。お兄ちゃんだもんね、真司兄は)
それは兄妹愛なのだろう。だが、その裏には本人も知らない淡い恋慕がある。今はまだ影すら見せぬ想いなれど、それは確かにセインの中に息づいていた。そんなセインをディエチは見つめ、驚愕と同時に羨望の眼差しを送っていた。
(セインは自分の道を決めたんだ。あたしは……そんな事出来ないよ……)
ジェイル達を裏切る事は出来ない。だが真司と戦いたくないのはディエチも同じ。訓練では誰よりも強く、家事を共にしたり、色々な話をしてくれる優しく頼れる存在。それがディエチにとっての真司。
故に分かるのだ。セインの気持ちは。しかしディエチはそれと同じ決断は出来ない。姉妹を敵にする事など出来ないのだ。それをセインも分かっているのか目元を拭いながらディエチへ言った。
「大丈夫だよ。時間は掛かるだろうけど、あたし達で何とか真司兄とドクター達を敵対させないようにしよう」
「……出来るかな?」
「う〜ん……そう言われると不安だけどさ。かなり厳しいとは思うけどやるしかないでしょ」
「そうだ、ね。やるしかないね」
「あ、それとさっきの話は」
「分かってる。誰にも言わないから」
「えへへ、よろしく〜」
そう言ってセインは浴槽へ入り直す。やや冷えた体に温水が心地良い。そう感じてセインは笑みを浮かべる。そんなセインにディエチも笑みを見せ、目を閉じて静かに思う。
いつか来るかもしれない最悪の事態。それを防ぐために自分も出来る限りの事をしようと。そして既に自分なりの道を選んだセインにそこはかとない姉らしさを見て、ディエチは思う。やはりセインは姉なのだなと。
そんな風にゆったりする二人だったが、この後衣服が脱衣所にあるのを真司に見つかり、呆気なく失格となった。その理由は、男への精神攻撃とのもの。勿論セインは文句を述べたのだが、ディエチが真司の肩を持ってこの件は終わるのだった。
そしてそれから十分後。ジェイルの研究室に真司はいた。彼は思いついたのだ。ここなら、ラボのどこに誰がいるか良く分かるのではと。
「えっと……確かこれで……お、出た出た」
モニターが複数表示され、その一つ一つに目を向ける真司。すると、その内の一つに話し合うウーノとクアットロの姿があった。何を話しているのか気になった真司はそのモニターをメインへ変更しようとして、コンソールを操作しようとした。しかし―――。
「あれ? どれだっけ……?」
操作が分からない。いつもウーノやクアットロが手軽にやっていたので、自分にも簡単に出来るだろうと踏んでいたのだ。だがそこで恐ろしいのは素人の考え。適当にやれば出来るだろうと、真司が何かのボタンを押そうとした瞬間———何かがその手を止めた。
「それはダメだよ!」
「おわっ!? ジェイルさんかぁ……びっくりした」
物陰に隠れていたジェイルが飛び出し真司の手を押さえたのだ。それに驚く真司だが、相手がジェイルだと分かると安心し自分が押そうとしていたボタンについて尋ねた。それにジェイルが答えたのは、それは万が一の時用の証拠隠滅システム。つまり自爆装置の起動スイッチだと言った。
「そ、そんなもん本当にあるんだ……」
「そりゃあそうさ。ここのデータを……悪用されたら不味いしね」
「なるほど」
どこか皮肉っぽく笑うジェイルに真司は何も疑わずに頷いた。そして、その瞬間何か思い出したようにジェイルの手を掴んで言った。
「ジェイルさん、失格だから」
「……今のは無しに」
「無理」
「だろうねぇ……」
容赦ない真司の言葉にどこかがっかりしながらジェイルは肩を落とした。この後、ジェイルはウーノ達を捕まえに行った真司を見送り、トボトボと訓練場へと歩いていく。その背中には何とも言えない哀愁のようなものが漂っていた。
「……じゃ、私が勝ったらクアットロの料理も注文するわ」
「はい。なら、私はウーノお姉様のものを……」
そう、二人が話していたのは勝利後の取引。どちらが残れば互いの注文を頼める。そのため、いざという時にはより逃げられる可能性の高い方を逃がそうとそんな話し合いをしていたのだ。
そして取引成立と二人が不敵に笑う。この時、二人が安全を考慮して物陰に隠れていなければ結末は変わっただろう。しかし、残念ながら今回はそれが裏目に出た。
後は無事逃げおおせるのみと考えていた二人の肩が同時に叩かれる。それに二人は何かと思い振り向いて———固まった。
「ウーノさんとクアットロ、失格」
「どうしてここが……」
「分かったの……」
信じられないとばかりに呟く二人に真司は先程の出来事を告げた。その内容にウーノとクアットロは驚きを抱くと同時に感心していた。確かにラボの施設の使用は禁止されていなかった事を気付かされたからだ。
それを真司は誰に言われるでもなく思いつき、行動に移した。その機転と発想に二人は改めて真司の怖さを知った。本人としてはそこまで大した事とは思っていないだろう事。だが、それは傍目からは盲点を突いているのだから。
(まさかそんな発想へ行き着くなんて……真司さんってたまに恐ろしいのよね……)
(まさかシンちゃんに知略面で負けるなんて……でもぉ、これで次回は私のか・ち……)
やや唸るような二人へ真司は笑みを浮かべて自分も中々やるものだろうと胸を張った。それに二人は少し笑みを浮かべる。その反応が自分を褒めていると察し、真司は笑顔でガッツポーズを取った。そんな真司を二人は微笑ましいものを感じて微笑む。
こうして残りはトーレとチンクだけとなったのだが、結果は言うまでもないだろう。この後真司はトーレとチンクに逃げ切られたのだ。それでも最後の最後まで諦めず追い駆けたのだから大したものだ。そして、時間が終わりを告げると真司はよろよろと訓練場へと向かった。
「え〜、それでは結果を発表しま〜す」
訓練場に響き渡る真司の疲れた声。その場にいる者達は、そんな真司にそれぞれ苦笑。彼が奮戦する様を五人はモニターによる中継で観戦していたのだ。故に彼が何故そうなっているかを知っている。
「勝者はトーレとチンクちゃん。で、勝者のご褒美として今日の晩飯注文権が与えられま〜す」
「注文、か……何かあるか、お前達」
「ドクター、私は特にありませんので、どうぞご自由に」
チンクはセイン達へ、トーレはジェイルへとそう振ったが、そこにいた全員が揃って首を振った。真司はそれを見て、あくまでも注文権は二人の権利だから自分で決めるべきだと周囲の気持ちを代弁する。
それに二人は困り顔。だが、このままでは埒が明かないと思ったのかトーレがふとこう口にした。それはラボの者達が初めて味わった辛味。汗を流しながらスプーンを動かした料理だ。
「なら、以前チンクが手伝ったアレだ」
「アレか。確かにアレならいいな」
どこか嬉しそうに頷くチンクを見て、不思議そうなセインとディエチ。そんな二人にウーノが笑みを浮かべて告げた。二人が起動する少し前、真司を手伝ってチンクが一緒になって作った料理の名を。
「実はね……」
その日、ジェイルラボに食欲をそそる香りが立ち込めた。真司が以前作った香辛料をふんだんに使った本格的チキンカレーと、日本的なとろみのあるカレーの香りが。そして、この日食べたカレーの美味しさに感激したセインが一週間に一度はカレーがいいと言い出し、カレーのレギュラー化が決まる。
その後カレーは後のナンバーズ達にも好まれ、セインは真司のお手伝いからカレーだけは任されるまでになるのだった。
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やりたかった事は、それぞれの影響力の大きさ。知らず知らずで影響を与えるのが仮面ライダー達。
そして、それは必ず良い方向へと世界を動かす力と変わる。そんな感じの話です。
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遂に姿を見せた管制人格。
はやてによって新たな名を与えられた彼女は闇の書のバグへの対処法を教えていく。
だが、その裏にある不安要素。それに気付かれた時、彼女は知る。
言葉に出来ない安心感を与える仕草を。