No.431976

黒髪の勇者 第二編 王立学校 第二十話

レイジさん

第二十話です。
宜しくお願いします。

黒髪の勇者 第一編第一話
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2012-06-03 10:43:43 投稿 / 全1ページ    総閲覧数:502   閲覧ユーザー数:501

黒髪の勇者 第二編第二章 王都の盗賊(パート10)

 

 「全く、諦めの悪い人たちですね。」

 宮殿の二階テラス、柵際でユリウスがそう言った

 「もう逃げ場はないぞ。」

 間合いを計りながら、詩音はそう言って太刀を抜いた。アルフォンスも二連装銃をユリウスに向ける。だが、その言葉に対してユリウスは不敵に笑った。

 「残念、あるんですよね、これが。」

 ユリウスはそう叫ぶと、指をくわえて天に突き刺すような口笛を吹き鳴らした。直後に、風を切る音と力強い羽音が詩音の耳に届いた。

 「風竜だ!」

 後から追い付いてきたアレフがそう叫んだ。見れば、地面すれすれの超低高度を恐ろしい速度で飛ぶ風竜の姿が詩音の視界に移った。

 逃がさない。

 詩音は太刀を鞘に戻すと、即座に駆けだした。そのまま、ユリウスがテラスから飛び降りた。

 「シオン、受け取れ!」

 ユリウスに続いてテラスから飛び出そうとした僅かな瞬間に、アルフォンスがそう叫んだ。突き出した右手に掴んだものはアルフォンスの二連装銃。

 そのまま、詩音は無我夢中で風竜の尻尾を抱きかかえた。とたんに、嫌悪するように風竜が暴れ、尻尾を無造作に振った。

 「しつこい男ですね!」

 流石のユリウスも驚いた様子でそう叫んだ。

 「諦めが悪いからね。」

 不安定な体制のまま、振り落とされない様に必死になりながら詩音はそう答えた。

 「一体、何者なのですか・・!」

 風竜を上昇へと導きながら、ユリウスがそう言った。その時、宮殿の陰から離れて月明かりが詩音を照らす。

 「黒髪、黒目・・!」

 驚愕した様子で、ユリウスがそう言った。

 「まさか、勇者だと言うのですか、貴方が?」

 「そんなことは興味がないね。それより聖玉を返せ!」

 「易々と返す訳がないでしょう。それに、貴方はここで死んでもらった方がよさそうだ。伝説とはいえ、勇者の存在は我々にとって不都合極まりありませんからね。」

 「不都合?」

 一体、何を言っているのだろうと考えた詩音の問いに対してユリウスは答えず、ただワンドを振り上げた。

 「させない!」

 それよりも早く、詩音が二連装銃をユリウスに向けた。そして、即座に引き金を引く。

 だが、狙いは僅かに逸れた。

 「残念、抵抗もそこまでですね。」

 ユリウスが勝ち誇り、ワンドを回転させて詠唱を開始した。

 マスケット銃は連射が利かない。その常識にとらわれていたのだろう。

 「そっちがね。」

 今度は、もっと正確に。未だに上昇を続ける風竜の尻尾にかじりつきながら、詩音は真正面に銃を構えた。

 大丈夫、アルフォンスのライフル銃は天下一品だ。

 詩音はそう呟くと、二発目の銃弾をユリウスに向けて放った。直後に、ユリウスの左肩に鮮血が走る。

 「しまった!」

 その左手から、ぽろりと聖玉が毀れおちた。

 「ウェンディ!」

 詩音はそう叫ぶと、落下してくる聖玉に向けて飛び付いた。しっかりと両手で聖玉を包み込み、そのまま重力にまかせて落下していく。高さはもう百メートル以上あるだろうか。

 このまま落下したら、死ぬな。

 そう思った直後、黒い影が詩音を抱きとめた。

 「結構無茶するね、シオン!」

 ウェンディである。先程から風竜を追いかけるように待機していたのである。

 「どうも、でも聖玉は取り戻した。」

 「ご苦労さま、一度地上に下りよう、二人も乗せていたらまともに動けない。」

 「ユリウスは?」

 「盗賊か?大丈夫、カティアが追っている。」

 そう言われて上空を見上げると、成程火竜の数倍はあるだろう巨大な竜が格闘戦を仕掛けているところであった。一頭の騎乗者は王立学校の制服に身を包んでいる。逃亡を抑えるように進路を塞ぎながら、まるで舞うような飛行を続けていた。

 「それじゃ、カティアの加勢に行ってくる!」

 詩音を地上に下ろした所で、ウェンディはそう言うと再び火竜を上昇させた。

 

 「下手に殺さない方が良いのかしら。」

 自棄を起こしたかのように連続した風魔術を放つ盗賊の攻撃を旋回しながら避けて、カティアはそう呟いた。それにしても、風竜の使い方から魔力まで、呆れるほどの実力の持ち主であった。風竜の使い手としては比類するものがないと自負しているカティアが全力で騎乗してなんとか逃亡を抑えられているという程度である。ほんの少しでも気を緩めれば、即座に逃亡されるか、或いは相手の風魔法の餌食となるだろう。

 そろそろ、こちらから仕掛けましょうか。

 カティアはそう考えて、それまで守勢に回っていた竜を大きく旋回させた。一気に浮上して盗賊の上方を取ったカティアは、そのまま盗賊目掛けて自由落下を開始した。手綱を掴んでいた右手を離して、懐からワンドを取り出す。超加速を付けた風竜から振り落とされない様に両足でしっかりと風竜の首筋を掴む。そのまま静かに詠唱を始めて、ワンドを回転させた時。

 盗賊が、上昇に転じた。手にしたワンドの切っ先には魔力を集中させた淡い光が見える。

 面白いわ、魔術の打ち合いね。

 カティアがそう考えてワンドを振り上げた時、月明かりが盗賊の横顔を照らし出した。目鼻立ちが透き通った、まだ幼い少年の表情がカティアの視界に飛び込んでくる。

 そしてカティアは、驚愕の余りに瞳を見開いた。

 「残念、貴女は僕を殺せない。」

 ユリウスがそう言った直後、カティアは魔術を放つことなく竜を側面旋回させた。一方で、ユリウスが強力な魔術を放つ。まるで鋭利な矢の様なかまいたちが空間を切り裂いて行った。

 直後に、ユリウスが反回転を行い、唐突に下降を開始した。上昇するウェンディの火竜に向けて、一直線に。

 「ウェンディ、避けて!」

 カティアがそう叫び、もう一度風竜を下降させる。だが、ユリウスの狙いはウェンディではなかった。

 「シオン、気を付けろ!」

 ユリウスと交差したウェンディが、地上で待機する詩音に向けて突き刺す様に叫んだ。

 

 来る。

 なぜか魔術を放たなかったカティアとの戦闘を眺めていた詩音は、撒き散らすような殺気を放つユリウスの風竜を眺めて、太刀を握りしめた。ウェンディの声が響く。恐ろしい勢いで風竜が詩音へと迫っていた。

 あんな鉤爪で引っかかれただけで、即死だな。

 詩音はそう考えながら、聖玉を地面に置いた。片手を塞がれて戦えるような相手ではない。

 「シオン!」

 フランソワの絶叫が響いた。テラスから飛び降りかねない勢いで身を乗り出している姿が視界の端に映った。それを抑えているのはどうやらアレフとセリスである様子であったが。

 勿論、負ける訳にはいかない。

 風竜の脚が詩音に迫った。まるで壁の様な白く、そして見るからに硬質な鱗に覆われた風竜の右脚が眼前を支配したところで、詩音は体勢を低く保ち、側面に身体を避けながら踏み込みざまに剣を引き抜いた。加速を付けた風竜の右脚と、オーエンが心血注いで構築した、鋼の刃が交錯する。

 直後に、詩音の背後で鮮血が吹き出し、人間の何倍もあろうかという絶叫がアリシアに響き渡った。

 風竜の右脚が切り裂かれたのである。

 そのまま振り返り、上空を見上げると、右脚からとめどもない流血をしている風竜の姿が目に付いた。狂ったように暴れる風竜をなんとか制御しながら、ユリウスは小さく舌打ちを付いた。

 そしてそのまま、東の方角へとユリウスは一目散に逃亡していった。

 なんとか、いや、流石に死ぬかと思った。

 ユリウスの風竜を見送った所で、詩音は太刀を月光に当てた。

 「流石に欠けた、か。」

 一部で歯毀れを起こしている太刀を眺めて、そう言った詩音は、地面に降ろしていた聖玉を掴んで、漸く大きな吐息を漏らした。

 動くのも億劫なくらい疲れているが、聖玉を元の場所に戻さなければならない。

 そう思って歩き出した所で、フランソワが泣きべそをかきながら走ってくる姿が視界に入った。

 なんだか、この前もこんなことがあったな。戦いの後で、フランソワが泣きじゃくっていて。

 「ばか、ばか、ばか、死んじゃうかと思ったわ、シオンのばか!」

 そう言って、フランソワが詩音の胸元へと飛び込んできた。

 「もう大丈夫だから、ね。」

 詩音はそう言いながら、詩音の身体をきつく抱きしめるフランソワの柔らかな髪を、優しく撫でた。

 


 
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