二時間目の授業が始まっていた。
そんな蒼陽高等学校の校門に数人の人が集まっていた。しかしどこか様子がおかしい。聞き取れない呻き声にも似た声を漏らし、がっちりと要塞の門のように閉められた鉄の門に身体をぶつけて無理やりに突破しようとしている様子だ。
そんな様子が二階の職員室の窓からしっかりと見られていた。
最初は当然不審者なのかもしれないと思い様子を見ていた。飛び越える様子もなかったので何をしているのだろうかと教師たちは不思議がっていた。だがそれも三十分もそうしているのだからだんだん気味が悪くなっていた。
そんな複雑な雰囲気が職員室に漂っていた――その時だ。
突然立ち上がった教師がいた。スーツ姿の多くの教師の中でもただ一人異彩を放っているジャージ姿の教師大山巌だった。名前からや生徒指導担当の教師であるために規則には厳しかった。
生真面目でもあるために動こうとしない教師たちに業を煮やしたのだ。
「私が行ってきましょう! ああいうやからには一発ガツンと言ってやらんと!」
「ちょ、ちょっと大山先生!」
竹刀を片手にズンズンというように職員室を出て行く彼に対して女性職員が止まるように言う。だが彼はそれを無視して階段を下りてからすぐのドアから校門へと向かう。
先ほどまでは静観を決め込んでいた教師たちであるが、その中からも数人彼の後を追うようにして出て行く。
外に出るとやはり不気味に思えた。
流石の大山もゴクリと生唾を飲む。キッと目を据わらせ、近づき――
「何をしている貴様ら! 貴様らのような人間が神聖な学び舎に来る資格などない、即刻去れ!」
学校中に聞こえるのではないかというような声量で叫ぶ大山。近くにいた教師たちは近くでマイクで叫んだかのような声を聞いてしまい、思わず耳を押さえてしまう。
しかし鉄の門の前にいる者たちは相変わらず意味の分からない行動をとり続けている。大山が何度も大声で叫んでもまったく聞いていないようでこちらにたいして隙間から腕を伸ばしてくる。
あまりの不気味な行動に大山を除く教師たちは数歩後退する。そんな彼らの様子を見て小さく舌打ちをする大山。この学校の教師たちはあまりにも腰抜けすぎると内心で毒づく。
それに一番気になるのは彼らから放たれているようである腐敗臭だ。鼻が捻じれるようなあまりの臭いに思わず手で覆ってしまう。
伸ばされた手が大山の腕に触れ、そして掴んだ。
「っ!?」
なんて力だ――!?
彼自身体力などには自身があった。普通の成人男性よりも鍛え上げられた腕は掴んでいる細腕とは比べ物にならない。それなのに同じくらいの人間に掴まれているような力で握られているために思わず苦悶の声を漏らしてしまう。動揺が隠せない。
思わず握っていた竹刀で思いっきりその腕を叩く。
竹刀特有の乾いた音とともに、腕の骨が折れる鈍い音が同時に響いた。掴んでいた腕はあらぬ方向へと俺、ぶらぶらと力なくぶら下がる。しかし腕の骨を折られた人はまったく悲鳴も何もあげず、相変わらずの奇行を続ける。
大山はいい加減にしろといわんばかりにしないで近づいてきている者たちの頭をどつく。後方に押された者たちは力なく倒れる。頭を地面にぶつけ、なにか柔らかいものが潰れる音がいくつも聞こえる。
ひとり、二人、三人と大山が竹刀で突いていたが、突然音もなく伸ばされた腕に掴まれ、鉄の門に引き寄せられる。伸びきっていた腕の状態では力自慢の大山でもどうすることもできず、勢いよく門に半身をぶつける。
「大山先生!」
突然のことに教師たちからも悲鳴のような声が上がる。何とか逃れようとするも数人がかりで引っ張られているために大山はそこから動くことができないでいた。
そして大きく口を開けた者たちが、掴んでいる大山の腕にその歯を突きたてた。
「ぎゃあああァァァっ!」
大山の口から悲鳴が上がる。
大山の噛まれた腕から血が噴き上がる。
その噴水のように噴き上がる血は止まることなく緑色のジャージを真っ赤なものへと変え、足元を血の海へと変える。後ろに立っていた教師たちはあまりの突然のことと、ショックに声を失っていた。肉が引き裂かれる音とともに、ふらふらと大山がそのかまれた箇所を抑え、まるで人が変わったように泣き叫びながらその血の海に身を投げる。ゴロゴロと転がりながら痛みを訴える。
「お、大山先生……」
ひとりの教師が恐怖に染まった声で呟く。
倒れ伏した大山は小さく痙攣した後、声もなく死んだ。
ピクリとも動かなくなった大山を見て、悲鳴をあげる女性教師がその場を走り去る。今の彼女に正常な嗜好はできまい。ただでさえこの場にいる男性教師ですら恐怖で固まり、動けないでいるのだ。
「お、おい……」
ひとりの教師が指差した。そこには死んだはずの大山がゆっくりと動き、立ち上がった姿があった。
良かった――そう思った教師はゆっくりと大山に歩み寄り、その肩に手を置き――噛まれた。
「あ、あああぁぁぁ!」
悲鳴をあげても大山はさらにその歯を腕に食い込ませる。まるで肉を貪る肉食動物のように噛み切る。そのたびに痛みと恐怖の叫びを上げる。
「う、うわあああっ!」
「ば、化け物だアアアッ!」
残っていた教師たちはその場を走り去る。
「た、助け――」
僅かに生気を残していた教師が逃げる教師たちに手を伸ばすも、首元を噛み切られ、絶命する。
それと同時だった。
硬い鉄の門が遂に突破されたのだ。雪崩の如く蘇った死者たちが学校内へと侵入を開始した。
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時は2150年。
決してありえないとはいえない未来の話。
いつものように朝目が覚めればいつもの日常がやってくるだろうということを信じて疑わなかった。
だが次の朝目が覚めたら……世界が終わっていた。
町を歩き回るは生きた死体――ゾンビ。人が人を喰らい、まるで生き地獄を見ているかのようだ。
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