♬~ ♬~
昼休みを告げる鐘が鳴り始め、
「今日は……、ここまで。今度までにここは復習しておくように」
教師が授業終了の言葉を作る。――何十回、何百回と聞いた台詞。一文字の狂いもない。
今日も――代わり映えのない授業内容だった。誰が教師から注意され、誰が質問するのか。全て私の頭のイメージ通りに動く。操作しているわけでもなく、強制しているわけでもない。だけど、コマのように彼らはその通りに動き続ける。
授業を受けている生徒は困惑した表情や、自分が当てられるのではないかという恐怖感を得ている表情を作り上げているが、果たして何がそんなに難しいのか、今の私には理解できない。
……学校の勉強なんて出来ても、守りたいものは守れない。助けたい人は、――助けられない。だから、学校なんてものはある意味無駄なのかもしれない。
だけど、まどかの素性を見ておくためには学校に来るしかない。だから、ここに居続ける。
「……だってさ? 早く行こうぜ!」
授業中はあんなにも静かであったのに、ここにはもう活気に包まれた空間が出来上がっていた。売店に行く人や教室以外で食べる人がお弁当を持って、それぞれ誰かと共に出ていく。――友だちという存在。
生徒たちは笑い合い、この生活が楽しいと訴えかけてくる。
「……はぁ」
それは当然なのだ。彼らは私とは違うのだから。魔法少女じゃない人たちにとって、これが現実。だから、私は私の道を行くだけ。
「……」
教科書と何も書いていないノートをカバンへ仕舞うと立ち上がる。屋上で少しでも魔女の気配を探さないと……。それにキュゥべぇの動きも気になる――、
「暁美さん、い、一緒に御飯食べない?」
私の行動を阻害するように、まどかの控えな声が届いた。本当だったら、一緒に食べたい……。だけど、
「いいえ、遠慮しておくわ」
私はまどかに背を向け教室から出ていこうと足を教室の外へと向けた。
――必要以上の接触はダメ。そういう戒めの釘を私は自分自身に撃ち込んだんだから。
まどかの悲しそうな顔を見るのも、声を聞くのも嫌だから。そうさせたのは紛れもなく私だというのに――。振り返らなくてもわかるまどかの悲しそうな顔が……。
でも、友だちを助けるにはこうするしか私にはできない。
「くっ……!」
☓ ☓ ☓
「……ここはこう数式を使って」
先生がホワイトボードに数式を記入していきます。それを追うように私たち生徒は、ただ無言で書き写していました。授業中なので当たり前なことなのですが、私はまだ慣れません。皆は当たり前のことなのでしょうか、まだ病院の名残が強いせいかシャープペンシルを素早く動かすことができません。
大体私がホワイトボードを書き写す頃には、消されて次の内容が書かれてしまいます。なので、ホワイトボードに書かれたものを出来るだけ理解して、ノートへと書かなくても大丈夫なように頭の回転を必死にしていました。
幸い本を読んでいたおかげか、国語だけはなんとか今のところはなっていました……。数学は絶望的で、家での復習でまかなうことしかできていません。苦手というやつかもしれません。
「……ぅ」
横目でこっそり周囲の顔を覗いてみれば、どこか皆さん退屈そうでした。私のように数学が得意じゃないのか暗い表情をしている人もいます。
欠伸をしたり、目薬をさしたりしている人もいます。お昼近くだからなのかもしれません。私もちょっとだけお腹が空いたような印象があります。
なのでもしかしたら皆さん、お腹が減って力がでないのかも? そのうちの一人がこちらの視線に気づき、こちらを振り返るような素振りを見せたので、
「! ……あぅ」
慌てて教科書を立てて、視界の壁にしました。
しばらくして、教科書を元に戻すとその人は何もなかったかのようにホワイトボードの方を見つめていました。
気づかれてない?
――鹿目まどかさん。
私に手を差し伸べてくれた、とても暖かくて明るい人。
あっ!
「……ぅ」
鹿目さんは笑っていました。先ほどと変わらずホワイトボードを見ているはずなのに笑っています。ホワイトボードには当然何も楽しいことは書いてありません。たぶん、私がさっきから見ているのに気づいたんだと思います。
「ぁぅ……」
恥ずかしくて、頬が熱を帯びていくのを感じます。しゅ、集中しなきゃ! ホワイトボードへ再び視界を戻した時、今度は先生と目が合いました。
「んっ……暁美? 顔が赤いけど大丈夫か?」
先生の一言で私に視線が集まってくるのを感じつつ、
「だ、大丈夫で、です!」
なんとか無事に返答することができた私は、考えていたことを忘れそうでした。『大丈夫なの?』という声が至るところから聞こえてきます。私は大丈夫そうに見せるため、必死にシャープペンシルを動かし続けました。何を書いているのか自分でもわからないほど、ただ動かし続けました。
しばらくして、視線が散っていくのを感じ先生も、
「そうか、じゃぁ続けるか……」
私からホワイトボードへ意識を向き直し数式の続きを説明し始めました。
「ふぅ……」
視線がなくなったことで、少し頬の熱が落ち着いてきた気がします。そのおかげか、この後やろうとしていたことを思い出すことが出来ました。
掛け時計を見つめると、あと数分で昼休みを告げる鐘がなる頃合いです。
「……」
今日こそは鹿目さんに話しかける。お昼に誘う。そう決めてきたのだから。
大丈夫――何度も練習して、何度も舌を噛んだ。大丈夫……、大丈夫と自分を落ち着かせます。
♬~ ♬~
「今日は……、ここまで。今度までにここは復習しておくように」
そう言って、先生が教室から出ていくのを確認してから私は席を急いで立ちました。足を鹿目さんの席へ動かします。
「ご、ごめんなさい」
名前も知らない女子生徒の方とぶつかりながらもゆっくりと近付こうとした時、
「あ、わりぃな!」
「あぅ……!」
私の前を元気な男子生徒が通り過ぎて行きました。
「えっと……よし」
今度こそはぶつからずに行こうと顔をあげると、幸いまだ青髪の生徒と鹿目さんは話していて席を立っていませんでした。話しかけるなら今と深呼吸して少し考えた後、
「……か、鹿目さん!」
声を出すと、
「あっ。ぅ……」
鹿目さんは青髪の元気な女の子に引きずられ、もう教室の入り口まで差しかかっていました。下を向いて考えている数秒のうちに連れて行かれた?
「ま、待って!」
急いでその後を追うようにして廊下へ出た時、
「あっ……」
何かに足がぶつかり、ゆっくりと床へと倒れていく感覚が支配し始め、
「ぅ……」
ぶつかるというその恐怖から思わず目をつぶってしまいました。
「大丈夫?」
でも、痛みは訪れず温もりが私を包み込むようで、
「えっ」
目を開けた私は抱きしめられてるような形で支えられていました。
「だ、大丈夫です。あ、あり、ありがとございます!」
私が何度も頭を下げると、『大丈夫よ、そんなに言わなくても』と声を返してくれました。
――黄色い髪をしたロールが特徴的な綺麗な人。
「今日もだめ……」
鹿目さんたちは、もうどこにも見当たりませんでした。
☓ ☓ ☓
脳裏に浮かんだのは遠い記憶。でも、それは私の歩みを完全に止めた。
「あっ……、でも」
私は振り返り、まどかの手を取った。
「今日だけは一緒に食べることにするわ」
「うん!」
――まだ、大丈夫。そう信じて。
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