暗い道を歩いている。ずっと……、ずっと暗い道を。
どこを歩いているのかなんて、――わからない。
――歩いても音はしない、歩く音さえも聞こえないと言ってもいいかもしれない。
光なんてものは当然のようにない。匂いもまぁ……しない。あえて言うなら、無臭というのか。
とにかく、何も五感が反応しないのだ。
「……」
だからこそ――、じゃないが『これが夢である』と理解できていた。
夢とわかってしまえば、『この先に何があるか?』なんてことを当然考えてしまうわけで。ということで、この疑問を解決すべく、闇雲にあてもなく進ませるのだけど……。
数十分間……、正確な時間がわからないが一五分ぐらいか。それぐらい歩いた記憶はある。
とはいっても、夢だから時間なんてものがあるのかわからない。もしかしたら、五分って思ったことが五時間だったり、一分のことだったりするのかもしれないし。夢と現実は並行していないって話。
「うーん……」
首をいくら傾げてもやはり見えるものは、――何も特に変わらない。目の前に現れるのはやっぱり闇だった。――暗い、何もない世界。まぁ、今日はそういう夢なのかもしれない。
そう割り切れば、いいのだけど何もないのは寂しさも不思議と湧いてきて……。
人の温もりを感じようにも、人の気配ってのもない。
自分、一人だけの世界。夢ってのは案外こういう世界なのかもしれない。記憶の整理って話もあるしね。
「――ん?」
その闇をかき消すかのように奥のほうで白く発光する何が目に入った。
「なんだろう……?」
そこだけがスポットライトを浴びせられているかのように眩しい。そこへ近づけば近づくほど光は強くなっていった。こんな記憶はないはずなんだけど……。
「ぅ……」
久々の光ってのもあったから、少し頭がくらくらしてその場に倒れそうになった。日光を浴びすぎないでいきなり浴びると毒とか聞いたことがある。それに近いのかもしれない。
――でも、これは夢なのだと再認識してしまったら、その感覚は消えた。夢が夢とわかる決定的瞬間なのかもしれない。
「……?」
目を凝らしてみると、そのスポットライトは人の形をしたものを照らしているようだった。
「女の子……?」
後ろ姿は男にしては肉つきが少なく、柔らかみを持った女の子の後ろ姿にどこか似ていた。
「……美咲?」
その後ろ姿はよく知っている人物だった。幼馴染であり、同じマンションのボクの部屋の隣に住んでいる少女。――天枷美咲。
「何をしてい――」
「……?」
美咲が振り返りこちらを見た瞬間、背中が急に冷たくなった気がした……。その寒気は流れる電流のように全身を巡って痺れさせる。
それは、
「え、えっ……お前何を……?」
美咲の口元は赤く染まっていたから。
口元から漏れた液体はかつて白いワイシャツだったと思われるシャツを真紅へと変色させているようだった。それに――手に持っている“何か”から血を垂らし、赤い水の流れを作っていた。絶えず――、それが綺麗に口元から下半身に向かってまっすぐと赤い道を作っている。
「元気の素だよ? 教えてくれたのは葵じゃない」
それが当然と言わんばかりに美咲は笑いかけてくる。よく見てみれば手には何かの……その切り刻まれた残骸が転がっていた。
今まで白と思っていたのは……、全て赤だった。光から見える色は、全て赤かった。
「う、ぅあああ……」
視界が歪む。赤く、赤く視界を蝕んでいくようで……!
「はい、葵の分」
手渡されたのは何かの……手だった。それもどこかで見たような――干からびた手だった。
☓ ☓ ☓
「う……」
いやな目覚めだ……。
瞳を閉じても、脳裏にどこか残っているようで気持ちが悪い……。
――あんなものを見た後では眠る気なんて起きるはずもなく。ボクは起きることにした。とはいっても、空はまだ朝日を迎える時間帯でもないようで。
「四時か……」
机の上に置いてある目覚まし時計のライトをつけるとそのくらいの時間を示していた。まぁ、頭がまだぼーとしているから……もしかしたらもっと早い時間だったかもしれない。
「ふぅ……」
時間か……。
部屋の明かりを一段階つけるとタンスに寄りかかった。
――今の状況を頭に思い浮かべてみる。えっとー、
「あっ……!」
もしかすると、こんなことを考えてばっかりいるから……あぁいう夢を見てしまうのかもしれない。
気分を変えようと考え、顔をあげると――ベランダから森が見えた。……緑、深い緑の葉っぱと茶色い茎。葉っぱはもしかすると青々しいっていう人もいるかもしれないらしいけど、緑にしかボクには見えない。
それがずっと奥まで……続いて森の終わりが見えない。森っていうんだから先が見えないのかもしれない。木、林、森と、いう意味的にね。
「……はぁ」
――気分を変えようとしても、ボクをこの世界は逃がしてくれないみたいだ。
「……」
ボクの知らない世界が――、この外には続いている。
見えるだけなら、何もおかしくない。むしろ、自然が多くて都会の空気が好きじゃない人にとっては好都合かもしれない。
だけど、――ボクの知る、知っていたベランダからの景色は、“都会の汚さが分かる道路が”マンションの塀から身を乗り出せば見えるはずであった。
それに加えて、いつまで経っても終わらない工事現場が見え、働くのに疲れた社会人がたまにマンションの壁を殴る。そんな場所だった。ありふれた景色が見えるはず……だった。
そう――数日前までは。
「……」
この世界に来て何日が経つだろうか。
四日……? いや、一週間ぐらいか。それを調べる手段はここにはなく。記憶という曖昧なものしか判断材料がなかった。
だから、もしかすると数日間ってのも経っていなくてボクの見ている幻……、そういう考えも浮かばなかったワケじゃないけど……、美咲と何度も夢から目覚めようとしても一行に覚めることはなく、ここが現実の場所なのだと再認識させられる結果となった。
――日にちの概念がわからないのはここには調べる手段がないから。インターネットもなく、当然のように電話も通じない。無人島に近い……?
いや、……電気、衣食住に関わるエネルギーだけが通じているから“生きることが出来る無人島……?”と言ったほうがいいのかもしれない。そんな世界にボクは、ボクたちは来てしまっていた。
「ボクたちか……」
なぜ、ボクたちだけなのかはわからない。神さまの気まぐれなのか? どこかの研究者が実験場としてたまたま選んだのかはわからない。来てしまったボクたちとしては、当然困惑するしかなく……。
しかも、その影響にあった範囲は“たった一つのマンション”だけという……。それも“あの日、あの時にいたマンションにいた住人”ではなく、“このマンションの住人”という不可解なものだった。
そのおかげでこのマンションにどんな人が住んでいるのかを知れた。それが今後何かの役に立つかどうかはわからないけど……。こんな機会がなければ、一生知ることもなかったと思う。
でも、――その何人かはもうこの世界から消えた。
それは数日経ったある日、住民の一人が気が狂ったかのように突然自分の首をむしり始めたから。
首に生まれた傷口から血があふれ始め、もがき苦しんでもやめることはなく。当然、それを止めようと何人かがその手を掴もうとしたのだが、返り討ちにあって打ちどころが悪かったのか……、そのまま。
――人間ってのはなんてヤワなものなんだろうっていうのが思い知らされた。心も身体もすぐ壊れてしまう。だから、死んだ住人は何もわからない緊迫感。それに押しつぶされたじゃないかってボクは思う。
だから、生き残ったボクたちはお互いに干渉しないことを決めて、こうやってそれぞれ信用できる人を身近において別れた。何かわかればまた合流しようと。
そして、決め事をした。――狂い始めても関わってはいけないと。
「……?」
布団から起き上がった美咲が眠たそうに目を擦りながら、こちらを見ていた。
「ごめん、起こしちゃった? まだ、寝てて大丈夫だよ」
何が安全で、どれが大丈夫なのか……。おそらく、このマンションにいる人は誰一人としてわからないだろう。だけど、寝起きに不安がらせても仕方ないので、出来るだけ笑顔を作った。
「……」
ボクの顔を見た美咲は、首を一度傾げるとそのまま布団へと戻っていった。
夢のなかだけはどうか幸せを――。そうボクは祈る。
血の黒くて赤い布団で死んだように眠る美咲を見ながら、ボクもそのまま眠るよう目をつぶった。今度は素敵な夢が見れると信じて……。
――もう、誰の声も聞こえない。
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主人公たちは、別の世界へと来てしまった。そこで主人公は……。