第一章~運命が変わる瞬間~
それは、ある一本の電話から始まった。
「もしもし?あれ、聞こえてる?」
一呼吸間を空けて、返事が返ってきた。
「・・・聞こえてるよ。まったく、何のようだ。」
少々声を荒げ、低いトーンで話した彼は、どうにも不機嫌らしい。これは困った。か?
「あら、つれないじゃん。なんかあった?」
「どうでもいいだろ。で、用件は?」
今度はすばやく。さっさと終わらせてしまいたい、という彼の心情が、手に取るように分かる。
「はいよ。本田さんがさ、話があるってんで、第二課の奴を集めてくれって。頼まれたんだ。集合は本部3階のブリーフィングルーム。13:00までに来てくれってさ。用件はこんだけ。おくれんなよ~。」
「おいっ、ちょっ!」
・・・切れた。
ちっ、気の短いやつめ、まったく。時間を確認する。今、丁度11:28分。
(時間は、まだあるが・・・本部に、いくか。)
素早く身支度を整え、家を出た。外はそこそこ暖かい。3月とはいえ、人界はまだまだ冷える。
世界は今現在、4つの種族が交わり生活している。二度の世界規模大戦を経て、魔界、竜界と交流を持ち、最近になっては「亜人」と呼ばれる新種族も発見され、コンタクトを取ることに成功。現在は安定したお付き合いをしている。
魔界人、竜人が、人界で生活を始めたのは今から、400年ほど前と言われている。
魔界人と竜人なんてのが出てくるくらいだから、この世界の人は、少なからず「魔法」というものが使えるようになった。それこそ、どこかのお偉いさんから、一般人まで。生まれたときから、ある程度の能力が身につくらしい。
使えるようになったのは、初めて人間と魔族が関わったときからだとか。
魔法とは、文字どおり魔力を使った攻撃方法である。個人差はあるが、体内にある魔力を、力として打ち出すもの。大きい攻撃ともなると、攻撃までのシークエンスはそれだけ長くなる。3種界で起こる戦闘に、魔法の使用は欠かせない。
そしてもう一つ、「竜法」というものが存在する。
竜法は、体術が主となって形成されている、普通の体術と違う特殊なものである。普通の体術と違うところは竜力を使っていることだ。竜力は読んで字のごとく、竜の力。だが、竜力はだれでも使えるわけではなく、竜人もしくは、それに順ずる何かに備わっている特殊な力である。竜法はその竜力を体表面に膜のような形で展開し、個人の能力をはるかに超えた芸当が可能となる優れもの。
こういうのが今の普通。しかし昔は、この3種族がお互いに対立し、戦っていたのだから、変な話。
大戦当時の話になるが、両種はともに、あまり目立った行動をとってはならなかった。目立った行動を、この人界でとろうものなら、本国から永久追放されかねない勢いだったからだ。ま、例外はいたがね。
人界での、両種掃討戦も行われた。そこで、たくさんの人が死んだ。昔は、この人界で両種を目にするなど、本当に稀だった。
けれど、今は違う。現代の人界では、人口の半分が両種である。平和なのは良いことだなあ。こんなにも平和になったのは、この国に「軍部」というものが設置されてからだが・・・
「おっと。」
のんびりと歩いてはいたが、ほとんど本部の目の前まで来てしまった。早いな。
(まだ1時間はあるぞ・・・。どうしたもんだか)
*
「すいませーん。宅配便ですがー。」
「は~い」
朝。日曜日だというのに、大分早くに目が覚めてしまった。珍しいこともあったもので。
「それでは、ここに印を御願いします。」
ポチッとな
「こちらが、荷物です。はい、それでは。」
「ありがとうございました~・・・ふぅ。」
荷物を部屋に置き、今日一日、何をしようか考える。ああ、今日は燃えるごみの日だった。すっかり忘れてた。
そういえば、今日の夕飯の材料が無いかもしれない。
等、天空速人(あまそら はやと)は考えていた。
いつもの日常、いつもの風景。速人は、市内の高等技術学校に通う、極々普通並の高校1年生である。現在絶賛一人暮らし中の身である。母は彼が幼いときに他界、父は行方不明。兄の翔(かける)は本部勤めで中々帰ってこない、と。なんともベタな一人暮らし設定である。しかしながら、いまの人界、こんな子供達は、案外たくさんいるものだったりする。まあ一人暮らしとは言っても、速人の場合は、翔が仕送りを送ってくれていたりするので、生活に困ってはいない。ただ、高校生一人では、木造2階建ての天空家も広いものだ。結構、寂しかったりする。
(う~ん。仕方ない、先に先生のところに行ってから、買い物に行こう。)
そういうわけで、家を出る。今思えば、この瞬間から物語は始まっていたのかもしれない。
そして、時間が進むこと数時間。買い物を終え、のんびり帰宅している時であった。
急に雨が降ってきた。最悪。家までは、まだ距離がある。仕方が無いので、と適当に見つけた廃工場の入り口で、雨をしのぐことにした。この時、時刻は13:40分・・・。
「ふふっ。はっけ~ん・・・・・」
雨はまだまだ上がりそうも無い。
*
軍本部は、現在の人界の中心にある。人界は、巨大な3つの大陸から成り立っていた。
しかし、二回も世界規模の戦争が起きている。大陸へのダメージは、甚大だった。そのため、巨大だった3つの大陸は、大きく形を崩し、1つの大陸においては大陸の面積が半分以下になるという始末。
しかし、軍部の活躍によって大陸は補修され、それ以上大事にならずにすんだらしい。
軍部の設立は、この第二次人界大戦が終結してすぐだった。軍部設置以降、大きな戦争も無く、平穏無事に生活していられる。
12:39分だった。水野龍鬼(みずの りゅうき)は、ブリーフィングルームで皆を待っていた。結局、何もすることが無いので、ここに入ってぬくぬくと温まっていたのだ。
昼食を買い忘れたことに気がついたのは、今に至ってからだった。
(ブリーフィング終わりに、時間空かないかな。)
と、考えていると、ようやく一人来たようだ。
「はいご到着~。あら?早かったね?」
能天気に入ってきたこの男は、火向・L・啓太(ひむかい・ろい・けいた)俺の幼馴染、兼悪友、もしくは腐れ縁。男が幼いころから付き合っていると、このくらいの年齢になればこういう関係になるのは、もはや必然なのだろうか。
「まあ早いのは良いことだよな。でも、一番面倒くさそうだったお前が最初に来ているのは、正直びっくりかな~。」
こいつはこうやって、なにかしらのちょっかいを出してくる。そのくせ、キレやすい。おかげでケンカばっかりしていた。昔の話だが。この年齢になると耐えられるようになるものだ。
「別に面倒くさそうには、してなかっただろ。」
「い~や~、機嫌悪そうだったからね、電話で話したとき。」
俺はもともとそんな声だ。そんなことを言ったら、年中無休で俺は機嫌が悪いことになる。
「ところで、他の二人は?あと本田さん。」
答えるのも面倒だったので、話をそらした。
「まあまあ、気長に行こうぜ。そのうち来るって。」
もう十分待ったんだ。俺が。
しばらくこいつと話していたら、13:00を過ぎていた。
「もう一時過ぎてるねぇ。遅いなあ。」
と、啓太。気長に行こうって言ってたのは、どこのどいつだよ。しかし、噂をすると何とやら。
「おお、待たせてすまない。集まってるのは、二人だけか?」
そういって入ってきたのは、本田さん。俺達「軍部特殊隊陸空工作部第二課」の責任者であり、俺達の上官。数少ない将官の地位にいる、お偉いさんである。
すると、ここで啓太が口を開いた。
「他の二人は?」
「あいつらは合同任務で、田舎に行っているはずだな。ま、来るのが遅くてもしょうがない。先にお前らに話しとくか。」
嫌な予感が。
「今回集まってもらったのは、もちろん任務の話をするためなんだが、もう一つ、話がある。ま、その話も任務行動に関係するんだがな。今回の任務内容は、もちろん蟲の駆除だ。」
予想どおり、面倒くさ。そしてもちろんってなんだ、本田さん。
現代の人界に限らず、なにかしらの戦闘工作を行い、テロのような行動を起こし、世界の住人に、多大なる迷惑をかけている存在を軍部では、「蟲」と呼んでいる。
軍部が、ある程度3種界を掌握しているといっても、こういう輩は必ず出てくるものである。
最近の任務はこんなのばっか。特務隊の名目はどこへやら。それで、もう一つの話って?
「今回は、蟲はのんびりつぶして構わない。問題なのは、その蟲にまぎれて、何者かが行動を起こしていることだ。」
「何者かが?」
啓太が疑問を口にする。疑問に思うのは俺も一緒だが。
「現段階で詳しいことは判明していないが、相当のやり手ではある。一度「シュベルル」の小隊を出したが、全滅したそうだ。」
「シュベルルが?」
俺は知らず知らずに声を出していた。
驚いた。「シュベルル」といえば、元老院直属のエリート部隊だったはずだ。幾多の戦場で数々の戦果を上げているお堅い集団だ。思えばこいつらのせいで俺らの仕事が蟲の駆除に偏ったのか?
「そう言う訳で早急に行動に移ってくれ。やつらの場所は大体分かってる。今回はアンノウンが混ざってる。蟲はともかく、お前らでも勝てるか分からんから、十分注意して臨め。」
「「了解」」
こうして、現地に行くことになり、出発したのが13:28分。
・・・運命的なものを感じないか?
13:40分の話。
廃工場は、どうやら結構広いらしい。雨宿りも兼ねて、速人はのんびり歩いてみることにした。
広すぎる。予想はしていたが、これほどとは。奥に向かって長い廊下のようなものがあり、天井も高い。入り口からすぐ右の部屋の中心。サークルのようなものがあり、文字がたくさん。あっ、光った。
その時だった。
視界が歪む。
息が出来ない。
「!!!」
声にならない声を出し、速人はその場に倒れこんだ。
*
本部を出発してから、十数分たっていた。輸送機で飛ぶのは久しぶり。すると啓太が
「おお~?あれじゃない?」
指差した方向には、工場のようなものがあり、かすかに結界反応が見て取れる。すかさず降下する。
蟲は行動を起こす場所に結界を張る。それも、魔力衝(しょう)の結界を。魔力衝は、総合の魔力値が一定に満たないとほとんど行動できなくなるという、低級の結界術である。これは、魔力増強術というものを施してある軍部連中には、まったく効果が無い。戦闘で使う者は皆無というほどだ。が、施術をしていない一般人は、よっぽど鍛えていないか、魔力保有量が高くない限り、行動不能になる。まあ、そういう定義になってはいるが、LV3までもってこられると、一般市民は駄目なようだ。現に、軍部に所属していない人界一般市民で、トップの魔力を保有していた鈴木さんが倒れたのだから。
それを狙ってしかけてくるから、気持ち悪い。
着地して、廃工場にはいる。そこで、
「「な!?」」
「え?」
二人、いや、正確には三人が、ほぼ同時に声を発した。そのうち二人は驚いているが、もう一人は疑問の目で二人のほうを見ていた。
一瞬の沈黙があり、そして
「あの、どうしました?」
先に口を開いたのは速人の方だった。そこでようやく、龍鬼と啓太は我に返り、騒ぎ始めた。
(ど~して一般市民が!?いや、まだ決まったわけじゃないが・・・。でも、派遣されたのは俺らだけじゃ!それじゃあこの人すごいひと~!?)
(分かったから、落ち着けって!)
そんな啓太をどうどうとなだめていた時だ。天井が崩れる。すかさず回避、そして
「ふっ!」
「うわっ!!」
速人の周りに防御陣壁を展開する。速人は尻餅を付き、驚いた様子でこちらを伺っている。啓太がつぶれた。
(一人・・・三人・・・四人かっ!)
龍鬼は魔力振動で、動いている蟲の人数を特定する。さらに天井に向かって一発、
《アマルズ・フリーシュ!》
水から氷に変化し、爆ぜる。その氷自体に殺傷能力は無いが、当たった部位が凍る。相手の動きを止めるには、最適な技といえる。
無数の氷は、容赦なく相手を凍てつかせ、束縛する。一瞬で決まった。
(一人、逃した。ふむ・・・やはり・・・)
ボコーン
「げっほげっほ!!」
啓太復活。
「あー!口の中に砂が!あっ!しまった、もしやこれはメラミン!?」
「違う、アスベストだ!!」
バシッと頭をたたく。いやいや、アスベストじゃないんだけど・・・
「・・・アスベストがっ!」
「言い直すな。そして違う。」
もう一発。
「って、おい!違うだろ!」
「え?終わった?帰るの??」
大丈夫かこれは。そうじゃないだろう。
「ああ!任務だ!忘れてたよ。それで・・・って、なんだ、もう終わってるじゃん。」
「いや、まだ一人・・・二人いるな。これは。」
推測が確信に変わった。完全に気配を感じ取れる。こいつが例の・・・
「ふんふん、そっか。そいで、さっきの子は?」
「そっちにいるよ。ちょうど陰のほう。」
「あいよ。」
そう言って少年の方に歩いていった。いや、だからまだ終わってないって。
*
戦闘中。天空速人は、ただ呆然として、事の成り行きを見守っていた。ほんの数分の出来事だが、瞬きは数えるくらいしかしていない。自分でも、驚くほど冷静になっていた。あの時死んだかもしれないと考えるとぞっとするが。
しかし、二人のやり取りを見ていて、
(つっこみ所が違う!?)
そう思う速人であった。
*
{一章中間区切り}
一巻表紙予定(仮)
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オリジナル小説
一巻の第一章。
半分までです。